2013年10月2日水曜日

連邦議会選挙後のドイツ

私がドイツに行った9月上旬はちょうど選挙戦の真っただ中で、街のいたる所に候補者のポスターが貼られていた。特にバイエルンでは9月22日の連邦議会選挙だけでなく、その1週間前の9月15日には州議会選挙が行われるので、ポスターの数も政党の種類も多く見かけた。


選挙戦と言っても日本のように選挙カーで候補者名を連呼したり、街頭で候補者が演説するといったことはなく、街の中は至って静かである。
ミュンヘンにいた3日間でも、Linke(左派)がバイエルン州立歌劇場前の広場で集会を行っているのを見かけたくらいだろうか。あとはポスターにいつどこで候補者の演説会があるといったお知らせが書かれているくらいで、街頭での選挙活動はまったく見かけない。
それは、ドイツではたいていの人が支持する政党を決めていて、日本のように浮動票が大多数を占めるということがないからである(たとえば、ZDFでは「もし来週の日曜日に選挙があるとしたら、どの政党に投票しますか」といった世論調査を毎週行っているが、「その他」はせいぜい5%くらい)。
 


連邦議会選挙の結果は、CDU/CSU(キリスト教民主同盟/キリスト教社会同盟)が4年前の選挙から6.9ポイント伸ばして41.5%の票を獲得し、2.7ポイント伸ばして25.7%の票を得た最大野党のSPD(社会民主党)を大きく引き離して、選挙前の予想どおりCDU/CSUが大勝した。

しかし、「素晴らしい結果だ(Superergebnis)! 」と言って満面の笑みを浮かべていたメルケル首相も喜んでばかりいられない。
連立相手のFDP(自由民主党)が5%条項をクリアできず議席を失ったため、連立与党として過半数に達しなかったからである。与党として過半数を得るためには、今まで政策的に対立していた野党の中から連立相手を選ばなくてはならなくなってしまったのだ。

全630議席の各政党の議席配分は次のとおりである(過半数は316)。
CDU/CSU 311、SPD(社会民主党) 192、Linke 64、Grüne(緑の党) 63

数の上だけで見ると、CDU/CSUは他のどの政党と組んでも過半数を超えるが、実際には政策の違いやそれぞれ政党のお家の事情でそう簡単には行かない。

CDU/CSUと最大野党のSPDが連立を組むいわゆる「大連立」は、国民から大きな支持を得ているが、SPDの側には2005年から2009年に大連立を組んだとき、メルケル人気に食われて以後大きく支持率を下げたことから、大連立に対するアレルギーが根強く残っている。
ZDF(ドイツ第二放送)が9月27日に行った世論調査では、全体としては58%が大連立に賛成している。SPD支持者の間でも64%が大連立に賛成しているが、SPD支持者の中には、大連立によってSPDがダメージを受けると答えた人が50%に達していて、心境の複雑さがうかがえる(SPDの利益になると答えた人は38%)。

環境保護重視の緑の党と経済発展重視のCDU/CSUは、以前は連立など考えられなかったが、東日本大震災後にCDU/CSUが原発廃止に舵を切ったため、まったく歩み寄りができない政党ではなくなってきた。
緑の党の支持者の間でも、「CDU/CSUとの連立がもっとも良い」が67%で、「大連立がもっとも良い」の57%、「SPD、Linkeとの連立がもっとも良い」の47%を引き離している。

一方で、海外派兵やユーロ支援に反対する左派とCDU/CSUは、政策が違いすぎるので連立はあり得ない(世論調査の質問項目にも入っていない)。

つまり考えららえる連立の組み合わせは、①CDU/CSUとSPDの大連立(議席数503)、②CDU/CSUと緑の党の連立(同375)、③SPD、左派、緑の党の連立(同319)の3パターンだけである。

ユーロ支援へのスタンスなど政策的には左派とSPD、緑の党との距離も大きく(SPDと緑の党は連立を組んだこともある)、また、ZDFの世論調査では③のパターンに賛成が22%、反対が67%で、大多数の国民は支持していないが、今回の選挙で第三党に躍り出て勢いに乗る左派のグレゴール・ギジー議員団長は、ZDFとのインタビューで「SPD、左派、緑の党の3党で過半数を超えているのに、なぜこのチャンスを生かさないのか」と、余裕たっぷりにSPDと緑の党に連立交渉を呼びかけている。

1948年生まれで東ドイツ出身のギジーは、SED(ドイツ社会主義統一党)の後身で1990年に設立されたPDS(民主社会党)を率いてからすでに20年以上たつのに、風貌だけでなく落ち着きのなさやよくしゃべるところ、それでいてなんとなく憎めないところは以前と全く変わらない。
(ZDFのこの記事の「Video Gysi」をご参照ください。ドイツ語が分からない人でもギジーの「うるささ」がよくわかります)

http://www.heute.de/Linke-Rot-rot-grüne-Basis-fragen-29931006.html


可能性は少ないと思うが、選挙に大勝したCDU/CSUに一発大逆転でSPD、左派、緑の党の連立が実現しないとも限らない。
だから私は、このギジーがドイツの将来を占うキーパーソンだと考えている。

ではその時、やはり落ち着きがなくて、受けないギャグを連発するSPDの首相候補シュタインブリュックが首相になるのか?
他の国から、ドイツの中年おじさんはみんなこんなに落ち着きがないと思われてしまわないか?
(←これは冗談ですが)
個人的には緑の党のユルゲン・トリティンさん(下の写真)のように落ち着いて風格があって、なおかつ気さくな感じの人の方が好きなのだが。

 
 
いずれにしても、SPDは大連立を組むかどうかは11月14日から16日にかけてライプツィヒで行う党大会で民主的に決定する、と決めたので、これからのドイツはどうなるのか、しばらくは目が離せないところである。



2013年9月23日月曜日

バイエルン美術紀行(1)オクトーバーフェスト

9月4日(水)ミュンヘン
ミュンヘン空港到着まであと1時間ちょっとというとろであわただしく機内食が出てきた。
事前に配られたメニュー表を見ると、「夕食 オクトーバーフェスト名物料理」とある。
主菜は、「鮭の味噌焼き、御飯」または「焼きソーセージ、ザワークラウト、ポテトマッシュ、オニオンソース」と書いてあったので、私は迷わずソーセージの方を選んだ。ドイツ到着前の一足早いオクトーバーフェストが楽しめる、こう考えたからだ。
飲み物はもちろんドイツビール。
普段はトイレが近くなるので機内でアルコールは飲まないことにしているが、もうすぐ着陸だし、今回は特別。


ご覧のとおりソーセージ、ジャガイモ、そしてキャベツの酢漬け、と至ってシンプルな料理。
これぞまさにドイツ!
ソーセージを食べながらコクのあるドイツビールを料理とともに味わい、食後デザートのアップフェルシュトルーデルのバニラソース和え(ビールの缶の左隣り)とコーヒー。

今回の旅行は「美術紀行」のはずだが、まずは胃袋からドイツに入り込んでいった。

ミュンヘン空港に降り立ち、入国検査を済ませた後、「Sバーン」の表示をさがしながら空港駅の方に向かった。途中、乗車券の券売機があったので切符を買おうとしたが、これがまた複雑で、どう買ったらいいかよくわからない。
私の前に並んでいた人のやり方を見ていたが、一日乗車券を買ったため参考にならなかったので、私の順番になっても買い方がわからず画面を見回していたら、後ろの女性が手伝ってくれた。
でも結局わからなくなってしまったら、隣の券売機で切符を買っていた男性が「ゾーン4つ分買えばいいんだよ」と言って、ささっと画面を操作して切符購入の画面を出してくれた。
ミュンヘン中央駅まで10ユーロ40セント。『地球の歩き方ドイツ’12-’13』には10ユーロと書いてあったので、最近料金が値上がりしたのだろうか。

地元の人たちの好意のおかげでどうにか切符を買うことができたが、今度はホームに設置してある刻印機の使い方がわからない。
切符を買ったら刻印機に入れると、チンと音がして時刻が刻印されるはずだが、切符が刻印機の穴の幅より大きくて中に入らない。
他の人のしぐさを見ると、回数券みたいに何枚もつながっているものを入れている。
私の購入した切符には今日の22時05分まで有効、とかミュンヘン空港から4ゾーンとか記載されているので、あらためて刻印の必要はないのかな、と勝手に判断してSバーンに乗り込んだ。



出発間際になって東洋系の小柄な若い女性がザックやキャリーケースなどいくつもの荷物を持って乗ってきて、ボックス席の私の前に座った。
彼女も切符を手に持っていたが、私の方を見ると英語で話しかけてきた。
「この切符は時刻のスタンプを押さなくていいんですか」
私は「私もよくわからないが、たぶん必要ないと思います」と答えた。

それから会話が始まった。
私が「今日はミュンヘンに泊まるんですか」と聞いたら、「いえ、ミュンヘンから夜行列車でパリに行くんです」と言う。
話を聞いてみると、出身は西安の近くで、現在は北京で都市農業を学んでいて、これから2年間パリで留学生活を送る、とのこと。北京からだとこの方法が一番安いそうだ。
私が「パリには寝台車で行くんですか」と聞くと、やはり節約のため普通の座席の列車でいくと言う。きっと若いからできることなのだろう。普通の座席に座りっぱなしだったら、おじさんは次の日疲れて何もやる気が出なくなってしまう。

話をしているうちに、彼女がおそるおそる私に聞いてきた。
「ところで、どちらから来られたんですか」
私もおそるおそる「日本から」と答えた。
おそるおそるというのには理由があった。
最近では近年になく近隣の国との関係が悪化しているので、私自身は隣国の人に悪い感情をもっていないのに、中国や韓国の人は日本人のことを良く思っていないのではと思っていたからである。

海外に出れば必ずと言っていいほど東洋系の人に会う。今まではあまり気にせずに話をしていたが、誰もが「国は国、人は人さ」と思ってくれるか不安だ。考えすぎかもしれないが、余計なことを考えないで済むように、お隣りの国とのぎすぎすした関係は早くやめてもらいたいものだと思う。

それでも「日本から」と言った後も特に気にする風もなく会話は進んだ。
私が15年以上前に中国旅行をして、ウイグルのウルムチ、カシュガル、トルファンに行き、9月だったので昼はすごく暑かったとか、行き帰りに北京に寄って万里の長城にも行ったという話をすると、彼女も学会でウルムチに行き、やはり夏だったのでとても暑かった、とか、ローカルな話題で盛り上がったりした。

会話が途絶えたところで、私はやはりおそるおそる、
「最近、日本と中国の関係が良くないので、『日本人は嫌いだ』と言われるかと思った」
言ってみた。
すると彼女は笑って、「個人的にはそんなことはないですよ。私の大学の友人でも日本に留学して帰ってきた人もいるけど、日本のことは悪く言ってはいないです」
「それを聞いて安心しました」と私。

「では、今、中国に観光で行っても大丈夫ですか」
「もちろんですよ」
「行きたいところはいろいろあるのですが、特に青島に行きたいですね。以前、青島では酒屋でビールを買うと、ビニール袋に入れて持って帰るといった記事があったので、みんな家に帰ってからどうやって飲むのか見てみたいんです」
「どうやって飲むんですかね(笑)」

「それから北京の中心にある、かつては王宮で今は博物館になっているところにも行きたいですね」
故宮博物館のことだが、発音がわからなかったので、メモ帳に「故宮」と書いたらうなずいて、
「でも一日では回れないですよ」

今度は彼女の方から、
「西安だと、〇〇が有名です」
私は〇〇の部分は聞き取れなかったが、
「ああ、兵士の人形とかがあるところですよね」
「そうです」
「そこも行ってみたいと思っているんです」
(もちろん兵馬俑のことです)

そうこうしているうちにSバーンはミュンヘン中央駅の地下に到着した。所要時間は約40分。

私は彼女のキャリーケースを持って列車を降り、それをホームに置き、「では気を付けて」といって出口の方に向かった。

(青島のことは以前のブログに書いたのですが、第一次大戦が終わるまではドイツが占領していて、ドイツ時代の面影も残っているので、いつかは青島に行って「青島ビール紀行」としてこのブログでも紹介したいと考えています)
 ↓

http://deutschland-ostundwest.blogspot.jp/2011/07/150_24.html

(次回に続く)


2013年9月16日月曜日

ドイツ・ゲーテ紀行(18)

9日にミュンヘンから帰ってきました。
今回はかなり欲張って朝から晩まで歩き回ったせいか、かなり体に負担がかかったようで、1週間たってもまだ疲れがとれなくて困っていたのですが、ようやくブログを更新する元気が出てきました。
前回のブログではあと2回ぐらい、とお伝えしましたが、あと1回で終わりそうなので、今回が「ドイツ・ゲーテ紀行」の完結編です。
「バイエルン美術紀行」の方は写真の整理をしてから連載を始めさせていただきますので、しばしお待ちください。


平成24年9月9日(日)続き
ホテルの部屋でゆったりとお昼を食べた後は、新装なったシュテーデル美術館に向かった。お目当てはフェルメールの「地理学者」。




実はこの作品、平成23年の春に渋谷のBunkamuraで開催されていた「フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展」で来日したときには、フェルメールの作品はこの一点だけだったので見に行かなかったが、あとになってどうしても見たくなったという「気になる作品」だった。
(このときのいきさつは以前のブログに書いたのでご参照ください)
 ↓
http://deutschland-ostundwest.blogspot.jp/2012/04/19.html

そこで館内に入って真っ先に向かったのが「地理学者」のある部屋。
部屋に入ると、中には私のほかに誰もいない。
一人だけでフェルメールの作品と向き合う何とも贅沢な時間。

この年に来日したフェルメールの作品が6点、そしてすべてのデジタル複製をフェルメールセンターで見ることができたというおそらく最初で最後の「フェルメール・イヤー」(詳しくは上記のブログをご参照ください)。
ここフランクフルトの地でようやく「地理学者」に会い、「フェルメール・イヤー」の最後を飾ることができて大きな満足感にひたることができた。

シュテーデル美術館では、イタリア旅行中のゲーテのくつろいだ姿を描いたティッシュバインのl「カンパーニャのゲーテ」も見逃せない(ゲーテ・ハウスに併設された博物館にあるものはレプリカ)。

そこで、シュテーデルでのおみやげはこれ。


上はティッシュバインの「カンパーニャのゲーテ」。下はアンディ・ウォーホールがさまざまな色調で描いたゲーテの肖像画のうちの一つ。この色調が一番気に入った。


シュテーデル美術館を出たのが5時半くらいだったが、この日も暑くて乾燥していたし、だいぶ歩いたのでもうビールが飲みたくなった。
ということで、フランクフルト最後の夜は、ビアレストランが集まるザクセンハウゼン。
どの店にしようかなと通りをぷらぷら歩いていたが、


やはりイタリア料理が食べたくなったので、入ったのは「ベラ・ナポリ」というイタリア料理店。



私が座ったのは右手前のテーブル。
まずはドイツ旅行最後の夜に乾杯。

注文した料理はチーズたっぷりのペンネ。
チーズの塩味がビールとよく合うので、ビールも進む。

この店を切り盛りしているのは30歳代くらいのイタリア人の若いお兄さん。
道行く知り合いにイタリア語で声をかけたり、向かいの家のイタリア人の若い男性がピザの出前を注文しにきたりと、この店はけっこう地元のイタリア人社会に根付いているようだ。

食事も終わり、「お勘定お願いします(Zahlen,bitte)」とドイツ語でお兄さんに声をかけたところ、後ろに座っていたおじさん(3つ上の写真に写っている人)が、人差し指を左右に振りながら「違う、そういうときは"il conto per favore"と言うんだ」と訂正してくれた。
何だかイタリアに来ているような気がしてきた。

帰り際、「友人にも宣伝する」と言ってテーブルの上に置いてあった店の名刺を何枚か持っていこうとすると、「待て」と言ってお兄さんは店の奥に引っ込んでいった。
何かと思ったら、店の名刺をごそっと持ってきて、「みんなに宣伝しろ」と言う。
親しい友人たちには飲み会などで名刺を配ったが、ブログで宣伝するのが1年後になってしまった。お兄さん遅くなってごめんなさい。そのかわりここでしっかり宣伝しますね。

お店の人の感じも良くて、ビールも料理もおいしくて、値段も手ごろだし(料理とビール2杯で約16ユーロ)、ザクセンハウゼンに来たら「ベラ・ナポリ」。
自信をもっておススメします。

夜の8時前。
ドイツの夜はまだ明るい。



ほろ酔い加減の私は、マイン川の心地よい風に吹かれながらホテルまでの道を歩いていった。
(「ドイツ・ゲーテ紀行」おわり)









2013年9月1日日曜日

バイエルン美術紀行(予告編)

おととい(8月30日(金))の夜は三菱一号館美術館で開催中の「浮世絵~珠玉の斎藤コレクション」を見て、きのう(8月31日(土))は日帰りで京都に行き、京都迎賓館の一般参観に参加して、と相変わらずあわただしい日々が続いています。
そんなこともあって、「ドイツ・ゲーテ紀行」の更新が進まないのですが、あと2回ぐらいで終わりというところで、次のドイツ行きの日が近づいてきてしまいました。

今回は9月4日(水)から9月9日(月)までの日程でミュンヘンに行ってきます。
ミュンヘンに4連泊して美術館めぐりをしようというのが大きな目的ですが、もちろん街歩きも楽しんで、のどが乾いたらビールを飲むというのも大きなウェートを占めいています。
それから、デューラーの生まれ故郷ニュルンベルクにも日帰りで行くつもりです。

それにしてもミュンヘンには、バイエルン王国を支配したヴィッテルスバッハ家が蒐集した芸術作品が並ぶアルテ・ピナコテーク、ノイエ・ピナコテーク、レジデンツ(宮殿)、ニンフェンブルク城、さらには市立レーンバッハギャラリー、と数えただけでもこれだけの美術館・博物館があって、限られた日数の中で回れるか今から不安です。

旅行から帰ってきたら、まず「ドイツ・ゲーテ紀行」を完成させて、次に「バイエルン美術紀行」を連載ていきますので、どうか引き続きご愛読のほどよろしくお願いします。

さて、先週の金曜日の夜に行った「浮世絵~珠玉の斎藤コレクション」ですが、あらためて「川崎・砂子の里資料館」の館長・斎藤文夫さんの浮世絵コレクションのものすごさに驚いてしまいました。
なにしろ浮世絵の誕生から爛熟に至る全貌を500点を超える作品で紹介しようという壮大な企画で、現在開催中の第3期だけでも150点以上の作品が展示されているのです。
会期は9月8日(日)までです。あと1週間しかありません。必見です。

今回の私のお気に入りは歌川国芳で、「横浜本町之図」(上)と「東都三ッ股の図」(下)の絵はがきをおみやげに買いました。

 

無類の猫好きの国芳の猫の絵は今までも楽しませて(笑わせて)もらいましたが、晩年は横浜絵を精力的に描いていて、この「横浜本町之図」が絶筆と知り、横浜生まれ横浜育ちの私としては、よけいに親近感を覚えるようになりました。
「東都三ッ股の図」は、隅田川の向こうに見える井戸掘り用のやぐらが描かれているので、「国芳はスカイツリーの出現を予言していた!」と話題になった作品です。

実は、この「珠玉の斎藤コレクション」、第1期と第2期は行く時間がとれなかったので、9月9日から再開する「川崎・砂子の里資料館」にはこれからも足繁く通って、今回見ることができなかった作品を追いかけていきたいと考えています。
10月1日には京急川崎駅近くに「東海道かわさき宿交流館」がオープンして、27日まで特別企画展「広重東海道五拾三次」が開催されるので、「川崎に浮世絵大集合!」といった感があります。
さていつ行こうか、と今からわくわくしています。

2013年8月18日日曜日

ドイツ・ゲーテ紀行(17)+「花開く江戸の園芸」「〈遊ぶ〉シュルレアリスム」

昨日(8月17日)は都内の美術展をハシゴしてきました。



ひとつめは江戸東京博物館で開催中の「花開く江戸の園芸」。
ここ両国に、花や緑の描かれた浮世絵や屏風、掛け軸、江戸時代に出版された草木図鑑が大集合。
北斎の「菊図」、広重の「東都名所 亀戸藤花」、それに国芳のユーモアあふれる作品、などなど館内はまさに百花繚乱。見ごたえ十分です。
会期は9月1日(日)までです。

http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/exhibition/special/2013/07/index.html

ふたつめは損保ジャパン東郷青児美術館で開催中の「〈遊ぶ〉シュルレアリスム」。
こちらは日本中のシュルレアリスムの作品が新宿に大集合。
マグリットやダリ、キリコの絵がこんなに多く国内にあったんですね。それも中国・四国・九州地方に集中しているなんて驚きです。
さらには私の大好きなポール・デルボーの作品も見ることができ、大満足です。
会期は8月25日(日)までなので、あと1週間です。

http://www.sompo-japan.co.jp/museum/exevit/index_shuru.html

紹介が会期末近くになってすみません。どれもおススメです。お見逃しなく。


ドイツ・ゲーテ紀行続き
平成24年9月9日(日)
いよいよ観光最終日。
朝食を済ませ、レーマー広場まで朝の散歩をして、それからゲーテの生家に向かった。
中央の黄色い建物がゲーテの生家で、右が入口。


日本語のオーディオガードがあるのもうれしい。

調度品も内装もすばらしい。
第二次大戦の空襲でフランクフルト市内は大きな被害を受け、ゲーテの生家も破壊され、現在の建物は戦後に再建されたものだが、調度品類は郊外に避難させていたので無事だった。
先人たちの努力があったからこそ、私たちは当時の面影をしのぶことができる。

 大きな天文時計。

空襲はすさまじく、建物は完全に破壊されがれきと化したが、空襲のあとがれきを掘り返したら、地下から地上に向かう階段の下から三段目までは破壊されずに残っていた。
良く見ると、下から三段目までは石にひびが入ったり、表面がはがれているが、四段目以上との色合いの違いは言われないとわからないほどなので、戦後、再建に尽力した人たちがいかにオリジナルの雰囲気を残しながら丁寧に再現しようとしていたかがよくわかる。


併設されているゲーテ博物館も見たのでゲーテの生家を出たときはすでに正午を過ぎていた。
湿気がないとはいえ、かなりの暑さで体もまいってきたので、ホテルの部屋で少し休みたくなった。
そこでフランクフルト中央駅まで歩き、駅ナカのイタリア料理のテイクアウトの店でパスタを買うことにした。
お店の女性はいかにも南国育ちらしい陽気な人。
どのパスタにしようかと迷っていたら、「ミックスでもいいですよ。この容器に入る分なら値段は一緒ですから」というので、ナスときゅうりのトマトソース、ブロッコリーのパスタを少しずつと香草のスパゲティを注文した。

ホテルの部屋に戻り窓を開けると外からは路面電車のきしむ音や車のクラクションの音が聞こえてくる。
昼間でも部屋の中は冷房が必要なほど暑くならないので、部屋には扇風機がひとつあるだけ。


扇風機の風に当たり、透き通った青い空をながめながら食べるパスタの味はいつになくおいしく感じられた。

けだるい夏の昼下がり。
「旅をしてるんだな」
こんな感覚がふと心の中に浮かんできた。


(次回に続く)







2013年8月11日日曜日

ジョー・プライスさんが来てくれました(福島県立美術館「若冲が来てくれました」に行ってきました)

先週の日曜日(8月4日)、「若冲が来てくれました」を見に福島県立美術館に行ってきました。
福島駅から福島交通飯坂線に乗り、2つめの「美術館図書館前」で降りて徒歩約3分、美術館は静かな山あいの中にあります。
入口では、伊藤若冲の「鳥獣花木図屏風」の看板がお出迎え。




美術館に着いたのが午後2時過ぎ。これから閉館の5時近くまでじっくり見て、5時過ぎの電車で帰るつもりでいたので、先にミュージアムショップに寄ってお目当てのものを買いました。
まずは「鳥獣花木図屏風」の絵はがき(奥)と一筆箋(手前)。


この一筆箋はすぐれもので、表は白紙でメモができるようになっていますが、裏は 「鳥獣花木図屏風」の屏風一枚一枚の絵が描かれていて、つなぎ合わせると一つの屏風になります。

左隻
 右隻

こうやって並べてみるとかなり大きくなるので壮観です。
ただし、これではもったいなくてメモとしては使えないという悩みもあります。

他にも長沢芦雪や鈴木其一の作品の絵はがきなどを買い込み、ロッカーに入れてひと安心。
これで心置きなく展示作品を見ることができます。


今回のお目当ての一つは、鈴木其一の「群鶴図屏風」。
鶴の頭が並ぶリズム感がなんともいえず好きで、屏風の前を何往復もして角度を変えてしばらく眺めていました。
この絵は折り畳み式の絵はがきが見当たらなかったので、下の写真ははがき大の左隻。
この作品は前期(8月25日まで)だけの展示なので、ご興味のある方はお見逃しなく。


 
次は大きな屏風に牛と象がでーんと描かれた長沢芦雪の「白象黒牛図屏風」。

師匠の円山応挙の言うことを聞かない、あまりいい弟子ではなかった芦雪ですが、黒牛の前で嬉しそうにたたずむ犬は、まさしく応挙の犬。
まるで芦雪が「私はやっぱり応挙の弟子です」と静かに宣言しているように思えました。

若冲や芦雪、其一、さらには酒井抱一、円山応挙はじめ江戸の絵師たちの粒よりの作品が展示替えも入れると全部で100点以上もそろった展覧会なので、一気に見るのは疲れます。
1時間ほどたったところで、少し休憩をとろうと思い展示会場を出たところ、ミュージアムショップの前に長蛇の列。
レジ待ちかな?それにしても人が多いな、と思いながら通り過ぎようとしたところ、なんとジョー・プライスさんと悦子さんのご夫妻がサイン会をやっていました。
事前のお知らせもなかったので、サプライズ企画だったのでしょうか。
それにしても「この機会を逃してはならない」と、急いで図録を買い、列に並びました。

ご夫婦のサインをいただき、「サンキュー」ぐらいしか言えませんでしたが握手をして、なんだか夢でも見ているような心地でした。

 
 プライスさんご夫妻にお会いできて、もう満足。帰ってもいいやという気にもなりましたが、まだまだ半分以上見ていない作品もあったので、気をとりなおしてもう一度展示室に入りました。

これは若冲の「鶴図屏風」の折り畳み式絵はがき(奥)と「花鳥人物図屏風」の一筆箋(手前)。
「花鳥人物図屏風」は8月20日からの展示で、見ることができなかったので、一枚一枚はがして、家で鑑賞するつもりです。

東日本大震災で被害を受けた人たちに元気と勇気を与えようというプライスさんご夫婦のご厚意により今年の3月から仙台市博物館、岩手県美術館と巡回してきたプライスコレクションもいよいよ福島でおしまいです。
会期は9月23日までなので、まだまだ間に合います(展覧会の構成や出品リストは公式サイトをご参照ください)。

http://www.art-museum.fks.ed.jp/exhibition/jakuchu.html


「この内容なら新幹線に乗っても来る価値あるわよね」
と話していた女性の二人組がいました。
私も横浜から新幹線を使ってきたので、二人の話を聞きながら「そうですよね」と心の中でうなずいていました。
今年の夏のおススメは福島です。

(追記)
 
私のホームページにも若冲の 「鳥獣花木図屏風」をアップしました。

http://hwm8.spaaqs.ne.jp/yamaguchi-25/jakuchu.html

2013年8月10日土曜日

ドイツ・ゲーテ紀行(16)

平成24年9月8日(土)続き
列車は時刻どおりフランクフルト南駅に到着した。
そこから地下鉄に乗り、ヴィリー・ブラント通り駅で降りて、フランクフルト中央駅の方に向かった。

フランクフルトは、今やドイツだけでなく欧州の金融の中心だ。
高層ビルが立ち並び、車も人も街にあふれ、今朝までいた旧東ドイツの都市と比べると、まるで別の国に来たようだ。

燦然と輝く欧州中央銀行とEUのシンボルマーク。


近くの公園にあったはずのゲーテ像は300mほど離れたところにあるゲーテ広場に移設されていた。

ゲーテの右後ろには高層ビルがそびえ立ち、工事用のクレーンも姿を現している。
これぞまさにドイツ発展の象徴だ。
そしてフランクフルトは欧州の交通の要所でもある。空に見える幾筋もの飛行機雲がそれを物語っている。

勇壮な姿のゲーテ像と比べてシラーの像は緑の中にひっそりとたたずんている。
ワイマールではゲーテと並んで立っていたシラー像だが、ここフランクフルトでは離ればなれになってしまった。

フランクフルトは、現在だけでなくゲーテが生まれ育った頃から大都市だった。
大聖堂では歴代神聖ローマ帝国皇帝の戴冠式が行われた。
1764年4月3日に行われたヨーゼフ2世の戴冠式のときの街じゅうのにぎわいはゲーテも実際に目の前で見ている。

ドイツ各地から選帝侯たちが大行列を従えて市の門をくぐりフランクフルトに入ってきた。
街には多くの見物人たちであふれていた。
市庁の前の広場も人でいっぱいだ。
戴冠式を終えたヨーゼフ2世が市庁のバルコニーに現れたとき、万歳の叫びがわき起こり、儀式はクライマックスを迎えた。
(岩波文庫『詩と真実』第一部 第五章P312以降) 

戴冠式が行われた大聖堂。


レーマー広場にある旧市庁。真ん中の建物の正面入り口の上がバルコニー。


バルコニーの内側の大広間には歴代皇帝の肖像画が飾られている。

選帝侯たちが通った市門は残っていない。かつては市の周囲をめぐらしていた城壁がわずかに残っているばかりだ。



かつての中央見張所(ハウプト・ヴァッフェ)も見張り塔(エッシェンハイマー塔)も今ではカフェになっている。
 



ゲーテ広場から伸びるショッピングストリート(グローセ-・ボッケンハイマー通り)にあるカフェで軽めの昼食。
カフェは外も人でいっぱい。

あまりのまばゆさ、あまりの人の多さにいささか疲れてしまったが、聖カタリーナ教会の中の静けさに救われた。


ランチの後もひたすら街の中を歩いた。
天気は晴れで気温は30℃。気温は高いが、湿度が低くからっとしているので、汗かきの私でも全く汗をかかない。
そのかわり、太陽光線は肌にちくちくするほど強く当たり、ノドがカラカラになってくる。
ゲーテの生家に行くのは次の日にしようと決めていたが、足が何となくゲーテの生家の方に向かい、結局、その近くのレストランで夕食をとることにした。
レストランの名前は「Salzkammer」。
この日はビールでなく、フランクフルト名物のリンゴ酒。


普段から野菜中心の食事をしているので、さすがに肉料理には飽きてきた。
そこでこの日の夕食はベジタリアン。

皿の手前左はラビオリ、真ん中の2つはチーズと小麦粉をこねて焼いたもの、一番右はその香草バージョン。
ほんのり塩味がついていて、どれも全粒粉パンとの相性がいい。
つけ合わせのサラダもみずみずしくて、干からびた体に水分がいきわたるような心地がした。
もちろんリンゴ酒も2杯目を注文した。

ここはアルペン料理を出すお店。
後で調べたら、店の名前もオーストリアのザルツブルグ周辺の山岳地帯からとったものであることがわかった。
この料理の名前もずばり「アルペントリオ」。

こちらはお店の前景。
今宵もフランクフルトの夜はリンゴ酒とともに更けていく。

(次回に続く)