先週の土曜日(10月19日)、平塚市美術館で開催中の「伊豆市コレクションによる天才たちの若き日~横山大観から速水御舟まで」に行ってきました。
この特別展は、今年2月に伊豆市と平塚市が友好都市提携協定を結んだのを記念して開催されたもので、修善寺温泉の老舗旅館「新井旅館」の3代目主人・相原寛太郎氏が明治の終わりから昭和の初めにかけて収集した作品を中心に、横山大観、今村紫紅、小林古径、安田靫彦、前田青邨、速水御舟といった近代日本画を代表する画家たちの若いころの作品が展示されています。
この日は学芸員さんのギャラリートークがある日で、担当学芸員・江口さんのユーモアをまじえたわかりやすい解説で、それぞれの作品や画家たちにより親しみがわいてきました。
相原寛太郎さんは、自分でも日本画を習っていた方で、才能はあるけどまだ無名の若い画家を自分の旅館に招き、食事を出したり、寝泊まりさせたりして、絵を描かせたとのことで、当時すでに有名だった大観はVIP待遇で、離れの部屋を用意するほどの徹底ぶりだったそうです。
入口に行ってすぐ右にある安田靫彦の「吉野訣別」は、なんと靫彦が数えで16歳の時の作品(下のパンフレット左の上から2番目)。仕上げがまだ未熟なところもあるが、今でいえば中学生のころから才能を発揮していたといったとのお話でしたが、解説を聞かなければとても16歳の少年の作品とは思わなかったでしょう。
他にも、細部にこだわる小林古径の「箏三線」(左の一番下)、画面全体に空気感を感じさせる菱田春草の「秋郊帰牧」(右の一番下)、右隻に広がりのある松と幹にとまる鳥、左隻にまっすぐの竹と飛んでいる鳥といった具合に画面を対照させるところに琳派の影響も感じられる大観の六曲一双の屏風「松竹遊禽」(一番上)、すりガラスのような絶妙なタッチで燈籠を描いた前田青邨の「燈籠大臣」などなど、主な作品ごとにポイントも解説していただきました。
(パンフレットも充実しています。見開きになっていて、中には大観と御舟が渡欧する前の壮行会のときに新井旅館中庭で撮った写真も掲載されています)
また、「西の栖鳳、東の林響」とまで言われたが40歳の若さで亡くなった石井林響、浮世絵のような着物の鮮やかな色合いを表現する広瀬長江(ちょうこう)といった、今まで知らなかった画家の素晴らしい作品に出会うのも展覧会の大きな魅力です。
安田靫彦は、第1回文展に出した「豊公」が岡倉天心に気に入られ、茨城県の五浦(いづら)に呼ばれたとの説明書きがありましたが、天心や五浦といった文字を見ると、先日試写会で見た映画「天心」で天心役を演じた竹中直人さんの顔が思い浮かんできてしまいます(10月10日のブログをご参照ください)。映像の影響って大きいですね。
「天心イヤー」にふさわしいこの特別展。
100点以上ある伊豆市コレクションを保管している地元の修善寺郷土資料館では、スペースの都合で10点ほどの作品を1か月ごとに入れ替えをして展示しているので、一挙に64点も見ることができるなんてまるで夢のような企画です。
会期は11月24日までです。ギャラリートークももう一回あります。
詳細は平塚市美術館のホームページでご確認ください。
↓
http://www.city.hiratsuka.kanagawa.jp/art-muse/2013206.htm
ベルリンの壁崩壊から20年以上が経過した2011年、ドイツでのできごとを東側の視点から紹介したいと思って始めたブログです。最近では美術展の紹介記事も多く書いています。これからも楽しい記事を載せたいと考えていますので、今後ともお付き合いください。
2013年10月23日水曜日
2013年10月20日日曜日
バイエルン美術紀行(2)ミュンヘン市内散策
9月5日(木)ミュンヘン
観光初日。
朝6時前に起きてたっぷり朝食をとり、ゆっくりコーヒーを飲んでからホテルを出て街の中心に向かった。
今回泊まったホテルは中央駅近くの「オイロペーイッシャー・ホフ(Europäischer Hof)」。
駅前だと歩いて行ける範囲に王宮(レジデンツ)や美術館があるし、ニュルンベルクに列車で行くにもちょうどいい。
しかし誤算だったのは、道路に面した部屋だったので、ホテル前にテーブルを出しているレストランの客の話し声や酔っぱらいの騒ぐ声、パトカーのサイレンの音、といった具合に朝方まで騒々しかったこと。
翌朝、フロントに行って、道路に面していない部屋に替えてもらうよう交渉したが、空いている部屋はないと言う。
後から思ったが、道路に面していない部屋はきっとランクが上の部屋なのだろう。
寝不足気味の頭には、朝の涼しげな風が何とも心地よい。
カールス門をくぐり、メインストリートのノイハウザー通りをぷらぷら歩き、新市庁舎にあるインフォメーションの前で開業時間の9時まで少し待つことにした。
ノイハウザー通り側から見たカールス門
今回の旅行の行程は大まかに次のように考えていた。
9月5日(木) ミュンヘン郊外(ニュンフェンブルク城)
9月6日(金) ニュルンベルク
9月7日(土) レジデンツをはじめとした市の中心、レンバッハギャラリー
9月8日(日)午前 アルテ・ピナコテーク、ノイエ・ピナコテーク
早めに遠くに行って、その後は時間の許す限りミュンヘン市内をうろうろしようという魂胆(こんたん)だ。
インフォメーションが開き、私の順番が来た。
対応してくれたのは年配の女性。
ニュンフェンブルク城への行き方や1日乗車券の適用エリアなどを訊いたが、どれもテキパキと答えてくれて、とても頼もしい。
「ところで、アルテ・ピナコテークやノイエ・ピナコテークは日曜日だと入館料が1ユーロになるんですよね」と私が聞くと、
「よく知ってますね」といった感じでニヤッと笑いながら、「美術館に行くならこれが便利ですよ」と言ってデューラーの自画像が表紙になっているコンパクトな美術館案内パンフレットをカウンターの下から出してくれた。
(アルテとノイエ・ピナコテークは、予定どおり9月8日の日曜日に行きました。ノイエは1ユーロでしたが、アルテは3ユーロでした。それでも安いです)
折りたたむと手のひらサイズになり、左側がミュンヘン市内の博物館や美術館の案内、右側が市内の地図や地下鉄やSバーンの路線図になっていて、とても便利なしろもの。
カンディンスキーをはじめとした「青騎士」の画家たちの作品を多く収集しているレンバッハハウスは長い間休館していたが、今年5月に再開したのがわかったのもうれしい。
インフォメーションの女性は「さらにいいことに夜は20時まで開館しているんですよ」と言って、該当ページの開館時間をボールペンで訂正してくれた。
インフォメーションを出てからもさらに東に歩き、今回はもう来る時間はとれないだろうと思い、イーザル川に沿って遊歩道を歩き、緑豊かな英国庭園の中を散策した。
日が昇ってきて、気温はかなり高くなってきたが、湿気がないので汗はほとんどかかない。
イーザル川河畔
英国庭園
昼も近くなったので、インフォメーションで教えてもらったとおりに、トラムに乗ってニュンフェンブルク城に向かった。
こちらは18番線。途中で17番線に乗り換え、「ニュンフェンブルク城」の停留所で降りた。
停留所を降りると、池に浮かぶ涼しげなニュンフェンブルク城の姿がすぐに目に入ってきた。
(次回に続く)
観光初日。
朝6時前に起きてたっぷり朝食をとり、ゆっくりコーヒーを飲んでからホテルを出て街の中心に向かった。
今回泊まったホテルは中央駅近くの「オイロペーイッシャー・ホフ(Europäischer Hof)」。
駅前だと歩いて行ける範囲に王宮(レジデンツ)や美術館があるし、ニュルンベルクに列車で行くにもちょうどいい。
しかし誤算だったのは、道路に面した部屋だったので、ホテル前にテーブルを出しているレストランの客の話し声や酔っぱらいの騒ぐ声、パトカーのサイレンの音、といった具合に朝方まで騒々しかったこと。
翌朝、フロントに行って、道路に面していない部屋に替えてもらうよう交渉したが、空いている部屋はないと言う。
後から思ったが、道路に面していない部屋はきっとランクが上の部屋なのだろう。
寝不足気味の頭には、朝の涼しげな風が何とも心地よい。
カールス門をくぐり、メインストリートのノイハウザー通りをぷらぷら歩き、新市庁舎にあるインフォメーションの前で開業時間の9時まで少し待つことにした。
ノイハウザー通り側から見たカールス門
今回の旅行の行程は大まかに次のように考えていた。
9月5日(木) ミュンヘン郊外(ニュンフェンブルク城)
9月6日(金) ニュルンベルク
9月7日(土) レジデンツをはじめとした市の中心、レンバッハギャラリー
9月8日(日)午前 アルテ・ピナコテーク、ノイエ・ピナコテーク
早めに遠くに行って、その後は時間の許す限りミュンヘン市内をうろうろしようという魂胆(こんたん)だ。
インフォメーションが開き、私の順番が来た。
対応してくれたのは年配の女性。
ニュンフェンブルク城への行き方や1日乗車券の適用エリアなどを訊いたが、どれもテキパキと答えてくれて、とても頼もしい。
「ところで、アルテ・ピナコテークやノイエ・ピナコテークは日曜日だと入館料が1ユーロになるんですよね」と私が聞くと、
「よく知ってますね」といった感じでニヤッと笑いながら、「美術館に行くならこれが便利ですよ」と言ってデューラーの自画像が表紙になっているコンパクトな美術館案内パンフレットをカウンターの下から出してくれた。
(アルテとノイエ・ピナコテークは、予定どおり9月8日の日曜日に行きました。ノイエは1ユーロでしたが、アルテは3ユーロでした。それでも安いです)
折りたたむと手のひらサイズになり、左側がミュンヘン市内の博物館や美術館の案内、右側が市内の地図や地下鉄やSバーンの路線図になっていて、とても便利なしろもの。
カンディンスキーをはじめとした「青騎士」の画家たちの作品を多く収集しているレンバッハハウスは長い間休館していたが、今年5月に再開したのがわかったのもうれしい。
インフォメーションの女性は「さらにいいことに夜は20時まで開館しているんですよ」と言って、該当ページの開館時間をボールペンで訂正してくれた。
インフォメーションを出てからもさらに東に歩き、今回はもう来る時間はとれないだろうと思い、イーザル川に沿って遊歩道を歩き、緑豊かな英国庭園の中を散策した。
日が昇ってきて、気温はかなり高くなってきたが、湿気がないので汗はほとんどかかない。
イーザル川河畔
英国庭園
昼も近くなったので、インフォメーションで教えてもらったとおりに、トラムに乗ってニュンフェンブルク城に向かった。
こちらは18番線。途中で17番線に乗り換え、「ニュンフェンブルク城」の停留所で降りた。
停留所を降りると、池に浮かぶ涼しげなニュンフェンブルク城の姿がすぐに目に入ってきた。
(次回に続く)
2013年10月10日木曜日
「横山大観展」夜間特別観覧会(横浜美術館)&映画「天心」試写会
先週の土曜日(10月5日)、横浜美術館でこの日から始まった「横山大観展-良き師、良き友」のブロガーナイト(夜間特別観覧会)に参加してきました。
横浜美術館のブロガーナイトは前回の「プーシキン美術館展」に続き2回目です。いつも抽選にはずれてしまう美術館もある中、地元横浜で2回とも当選できてうれしい限りです。
横浜美術館のみなさま、「横山大観展」広報事務局のみなさま、こんな素晴らしい機会を与えていただきありがとうございました。微力ながらこのブログでしっかり宣伝させていただきます。
なお、紹介した写真は、夜間特別観覧のため特別に撮影許可をいただいたものです。
(上の写真の奥にある画家・山口晃さんが描いた横山大観や岡倉天心たちの肖像画の特設ボードは記念撮影可です)
夜間特別観覧会は、横浜美術館主任学芸員の八柳サエさんのミニレクチャーと、特別観覧会の2部構成でした。
ミニレクチャーでは、今回の展覧会の特長や見どころなどをスライドを見ながら解説していただきました。
はじめに今回の展覧会の特長についてお話をいただきました。
「ひとつめは、若手画家との交流がさかんだった壮年期の大観に焦点を絞ったことです。大観と言うと年をとってからは『巨匠』というイメージで、お国のために富士山ばかり描いた人というイメージが強いですが、この時代の大観はのびやかでユーモラスな作品を描いていたんです」
「ふたつめは、今年は岡倉天心生誕150年、没後100年、まさに天心イヤーと言っていい年なので、『良き師』である天心の影響を受けた明治期と、大正2年に天心が没した後、『良き友』たちと交流した大正期から第1回文化勲章を受章した昭和12年までを対照させたことです」
次に展覧会の構成とそれぞれの見どころについてお話をいただきました。
構成は、
第1章 良き師との出会い:大観と天心
1-1 天心との出会い
1-2 日本美術の理想に向けて
第2章 良き友-紫紅、未醒、芋銭、渓仙:大正期のさらなる挑戦
2-1 水墨と色彩
2-2 構図の革新とデフォルメ
2-3 主題の新たな探究
第3章 円熟期に至る
となっていて、メインの第2章の構成については、どれだけ時間がかかったかわからないほど悩まれた、とのことでした。
こういうお話をおうかがいすると、こちらも気合を入れて絵を見なくてはという気になってきます。
それではさっそく展示室に。
「見どころ」は展示室ごとにふれさせていただきます。
まずは第1章の第1セクション「天心との出会い」
入口には大観の東京美術学校(現・東京藝術大学)の卒業作品「村童観猿翁」。
写真では小さくてよくわかりませんが、猿回しのおじいさんは大観の先生だった橋本雅邦、子どもたちは同級生をモデルにしたそうです。
第2セクション「日本美術の理想に向けて」の見どころは何といっても「屈原」。
中国戦国時代の大詩人であり、楚国の政治家であった屈原は、事実無根の誹謗により国を追放され、絶望のうちに川に身を投げて命を絶ったという悲劇の人。
この屈原に、東京美術学校を同じく誹謗により追放された岡倉天心を重ね合わせ、大観はこの作品を描いている、とのことで、この後に描いた作品の人物がどれもおっとりとした感じなのに比べて、この屈原だけは鬼気迫る表情をしています。
この作品は必見ですが、展示は10月16日(水)まで。次の三連休がチャンスです。
第2セッションは続きます。
明治36年のインド旅行の影響を受けた作品も見られます。
第2章の第1セクション「水墨と色彩」
ここの見どころの一つは水墨の「長江の巻」と、
琳派を思わせる斬新な色あいの「秋色(しゅうしょく)」。
こちらは第2セクション「構図の革新とデフォルメ」のコーナーの入り口。
一番左の絵は講師の八柳さんが「お茶の水博士のような団子鼻」とユーモアをこめて説明されていた「老子」。
その隣は、私が特に気に入った「浪」。しばらく見入ってしまいました。
第3セクションは「主題の新たな探究」
「千ノ與四郎」は若き日の千利休。
すでに掃き清めた庭を掃くように命じられた利休が、木をゆすって葉を落とし、風情を出したという逸話を題材にしたものです。
「わび、さび」の人を、きらびやかさの中にあえて配置したという、まさに主題を新たに解釈した作品、とのことです。
今回の展覧会は壮年期の大観なので、富士山の絵は少しですが、やはり大観といえば富士。
富士山の絵もあります。
右が大観の「霊峰不二」、左が小杉未醒の「飛天」。
第3章「円熟期に至る」は大正期の大観の集大成といえるべきものです、と八柳さん。
こちらは「野の花」。大原女は大観の奥様がモデルだそうです。
作品の紹介は以上です。
東京美術学校の学生時代から、「良き友」との交流から生まれた壮年期まで、大観の作風の変化がよくわかる展示でした。
前期だけでも見ごたえのある展示ですが、今回のハイライトのひとつ「夜桜」は後期展示ですし、期間限定の作品もあるので、「これは何回も来なくては」と思わせてくれる展覧会です。
音声ガイドのナビゲーターは、この秋公開予定の「天心」で岡倉天心役を演じた竹中直人さん。
展示替えや、学芸員さんのギャラリートークなど関連イベントの詳細はホームページでご確認ください。
(大観展オフィシャルサイト)
http://taikan2013.jp/about/index.html
前回のプーシキン美術館展に来られた方も、来られなかった方も、大観展を機会に、ぜひ横浜にいらしてください。
あれ?「横山大観」がいつの間にか「横浜大観」に。
(追伸)
本日(10月10日)、横浜・関内で開催された「天心」の試写会に行ってきました。
監督の松村克弥さんが冒頭のごあいさつで「竹中さんが本当によく(天心役を)受けてくれた」とお話しされていましたが、「変人」岡倉天心を何の違和感もなく演じられていました。
きっと天心のような「変人」いなければ日本美術は守られなかったのでしょう。
大観役の中村獅童さんはじめ、下村観山、菱田春草、木村武山、狩野芳崖を演じだ役者さんも、みなさんはまり役で、それぞれの画家の作品を見るときは映画の場面やセリフを思い出してしまいそうです。
近代日本画に興味のある方、必見です。
(ロードショーの状況などは映画「天心」オフィシャルサイトをご参照ください)
http://eiga-tenshin.com/
美術の分野では、去年がフェルメール・イヤーなら、今年は天心イヤー。
そのせいか、最近は特に近代日本画の美術展ラッシュでうれしい悲鳴を上げています。
先週は会期末が近くなった「速水御舟」展(10月14日まで山種美術館で開催)に行って墨のグラディーションの妙や筆遣いの細やかさに感動して、今週末はやはり10月14日に終了する「竹内栖鳳」展(東京国立近代美術館)にすべり込みで行くつもりです。
「天心」を見て、観山の実直さに感動したので、大観展のあとに横浜美術館で開催される「下村観山」展にも行ってみたくなりました。
これは「速水御舟」展で特に気に入った「白芙蓉」の絵はがき。ミュージアムショップで買いました。
横浜美術館のブロガーナイトは前回の「プーシキン美術館展」に続き2回目です。いつも抽選にはずれてしまう美術館もある中、地元横浜で2回とも当選できてうれしい限りです。
横浜美術館のみなさま、「横山大観展」広報事務局のみなさま、こんな素晴らしい機会を与えていただきありがとうございました。微力ながらこのブログでしっかり宣伝させていただきます。
なお、紹介した写真は、夜間特別観覧のため特別に撮影許可をいただいたものです。
(上の写真の奥にある画家・山口晃さんが描いた横山大観や岡倉天心たちの肖像画の特設ボードは記念撮影可です)
夜間特別観覧会は、横浜美術館主任学芸員の八柳サエさんのミニレクチャーと、特別観覧会の2部構成でした。
ミニレクチャーでは、今回の展覧会の特長や見どころなどをスライドを見ながら解説していただきました。
はじめに今回の展覧会の特長についてお話をいただきました。
「ひとつめは、若手画家との交流がさかんだった壮年期の大観に焦点を絞ったことです。大観と言うと年をとってからは『巨匠』というイメージで、お国のために富士山ばかり描いた人というイメージが強いですが、この時代の大観はのびやかでユーモラスな作品を描いていたんです」
「ふたつめは、今年は岡倉天心生誕150年、没後100年、まさに天心イヤーと言っていい年なので、『良き師』である天心の影響を受けた明治期と、大正2年に天心が没した後、『良き友』たちと交流した大正期から第1回文化勲章を受章した昭和12年までを対照させたことです」
次に展覧会の構成とそれぞれの見どころについてお話をいただきました。
構成は、
第1章 良き師との出会い:大観と天心
1-1 天心との出会い
1-2 日本美術の理想に向けて
第2章 良き友-紫紅、未醒、芋銭、渓仙:大正期のさらなる挑戦
2-1 水墨と色彩
2-2 構図の革新とデフォルメ
2-3 主題の新たな探究
第3章 円熟期に至る
となっていて、メインの第2章の構成については、どれだけ時間がかかったかわからないほど悩まれた、とのことでした。
こういうお話をおうかがいすると、こちらも気合を入れて絵を見なくてはという気になってきます。
それではさっそく展示室に。
「見どころ」は展示室ごとにふれさせていただきます。
まずは第1章の第1セクション「天心との出会い」
入口には大観の東京美術学校(現・東京藝術大学)の卒業作品「村童観猿翁」。
写真では小さくてよくわかりませんが、猿回しのおじいさんは大観の先生だった橋本雅邦、子どもたちは同級生をモデルにしたそうです。
第2セクション「日本美術の理想に向けて」の見どころは何といっても「屈原」。
中国戦国時代の大詩人であり、楚国の政治家であった屈原は、事実無根の誹謗により国を追放され、絶望のうちに川に身を投げて命を絶ったという悲劇の人。
この屈原に、東京美術学校を同じく誹謗により追放された岡倉天心を重ね合わせ、大観はこの作品を描いている、とのことで、この後に描いた作品の人物がどれもおっとりとした感じなのに比べて、この屈原だけは鬼気迫る表情をしています。
この作品は必見ですが、展示は10月16日(水)まで。次の三連休がチャンスです。
第2セッションは続きます。
明治36年のインド旅行の影響を受けた作品も見られます。
第2章の第1セクション「水墨と色彩」
ここの見どころの一つは水墨の「長江の巻」と、
琳派を思わせる斬新な色あいの「秋色(しゅうしょく)」。
こちらは第2セクション「構図の革新とデフォルメ」のコーナーの入り口。
一番左の絵は講師の八柳さんが「お茶の水博士のような団子鼻」とユーモアをこめて説明されていた「老子」。
その隣は、私が特に気に入った「浪」。しばらく見入ってしまいました。
第3セクションは「主題の新たな探究」
「千ノ與四郎」は若き日の千利休。
すでに掃き清めた庭を掃くように命じられた利休が、木をゆすって葉を落とし、風情を出したという逸話を題材にしたものです。
「わび、さび」の人を、きらびやかさの中にあえて配置したという、まさに主題を新たに解釈した作品、とのことです。
今回の展覧会は壮年期の大観なので、富士山の絵は少しですが、やはり大観といえば富士。
富士山の絵もあります。
右が大観の「霊峰不二」、左が小杉未醒の「飛天」。
第3章「円熟期に至る」は大正期の大観の集大成といえるべきものです、と八柳さん。
こちらは「野の花」。大原女は大観の奥様がモデルだそうです。
作品の紹介は以上です。
東京美術学校の学生時代から、「良き友」との交流から生まれた壮年期まで、大観の作風の変化がよくわかる展示でした。
前期だけでも見ごたえのある展示ですが、今回のハイライトのひとつ「夜桜」は後期展示ですし、期間限定の作品もあるので、「これは何回も来なくては」と思わせてくれる展覧会です。
音声ガイドのナビゲーターは、この秋公開予定の「天心」で岡倉天心役を演じた竹中直人さん。
展示替えや、学芸員さんのギャラリートークなど関連イベントの詳細はホームページでご確認ください。
(大観展オフィシャルサイト)
http://taikan2013.jp/about/index.html
前回のプーシキン美術館展に来られた方も、来られなかった方も、大観展を機会に、ぜひ横浜にいらしてください。
あれ?「横山大観」がいつの間にか「横浜大観」に。
(追伸)
本日(10月10日)、横浜・関内で開催された「天心」の試写会に行ってきました。
監督の松村克弥さんが冒頭のごあいさつで「竹中さんが本当によく(天心役を)受けてくれた」とお話しされていましたが、「変人」岡倉天心を何の違和感もなく演じられていました。
きっと天心のような「変人」いなければ日本美術は守られなかったのでしょう。
大観役の中村獅童さんはじめ、下村観山、菱田春草、木村武山、狩野芳崖を演じだ役者さんも、みなさんはまり役で、それぞれの画家の作品を見るときは映画の場面やセリフを思い出してしまいそうです。
近代日本画に興味のある方、必見です。
(ロードショーの状況などは映画「天心」オフィシャルサイトをご参照ください)
http://eiga-tenshin.com/
美術の分野では、去年がフェルメール・イヤーなら、今年は天心イヤー。
そのせいか、最近は特に近代日本画の美術展ラッシュでうれしい悲鳴を上げています。
先週は会期末が近くなった「速水御舟」展(10月14日まで山種美術館で開催)に行って墨のグラディーションの妙や筆遣いの細やかさに感動して、今週末はやはり10月14日に終了する「竹内栖鳳」展(東京国立近代美術館)にすべり込みで行くつもりです。
「天心」を見て、観山の実直さに感動したので、大観展のあとに横浜美術館で開催される「下村観山」展にも行ってみたくなりました。
これは「速水御舟」展で特に気に入った「白芙蓉」の絵はがき。ミュージアムショップで買いました。
2013年10月2日水曜日
連邦議会選挙後のドイツ
私がドイツに行った9月上旬はちょうど選挙戦の真っただ中で、街のいたる所に候補者のポスターが貼られていた。特にバイエルンでは9月22日の連邦議会選挙だけでなく、その1週間前の9月15日には州議会選挙が行われるので、ポスターの数も政党の種類も多く見かけた。
選挙戦と言っても日本のように選挙カーで候補者名を連呼したり、街頭で候補者が演説するといったことはなく、街の中は至って静かである。
ミュンヘンにいた3日間でも、Linke(左派)がバイエルン州立歌劇場前の広場で集会を行っているのを見かけたくらいだろうか。あとはポスターにいつどこで候補者の演説会があるといったお知らせが書かれているくらいで、街頭での選挙活動はまったく見かけない。
それは、ドイツではたいていの人が支持する政党を決めていて、日本のように浮動票が大多数を占めるということがないからである(たとえば、ZDFでは「もし来週の日曜日に選挙があるとしたら、どの政党に投票しますか」といった世論調査を毎週行っているが、「その他」はせいぜい5%くらい)。
連邦議会選挙の結果は、CDU/CSU(キリスト教民主同盟/キリスト教社会同盟)が4年前の選挙から6.9ポイント伸ばして41.5%の票を獲得し、2.7ポイント伸ばして25.7%の票を得た最大野党のSPD(社会民主党)を大きく引き離して、選挙前の予想どおりCDU/CSUが大勝した。
しかし、「素晴らしい結果だ(Superergebnis)! 」と言って満面の笑みを浮かべていたメルケル首相も喜んでばかりいられない。
連立相手のFDP(自由民主党)が5%条項をクリアできず議席を失ったため、連立与党として過半数に達しなかったからである。与党として過半数を得るためには、今まで政策的に対立していた野党の中から連立相手を選ばなくてはならなくなってしまったのだ。
全630議席の各政党の議席配分は次のとおりである(過半数は316)。
CDU/CSU 311、SPD(社会民主党) 192、Linke 64、Grüne(緑の党) 63
数の上だけで見ると、CDU/CSUは他のどの政党と組んでも過半数を超えるが、実際には政策の違いやそれぞれ政党のお家の事情でそう簡単には行かない。
CDU/CSUと最大野党のSPDが連立を組むいわゆる「大連立」は、国民から大きな支持を得ているが、SPDの側には2005年から2009年に大連立を組んだとき、メルケル人気に食われて以後大きく支持率を下げたことから、大連立に対するアレルギーが根強く残っている。
ZDF(ドイツ第二放送)が9月27日に行った世論調査では、全体としては58%が大連立に賛成している。SPD支持者の間でも64%が大連立に賛成しているが、SPD支持者の中には、大連立によってSPDがダメージを受けると答えた人が50%に達していて、心境の複雑さがうかがえる(SPDの利益になると答えた人は38%)。
環境保護重視の緑の党と経済発展重視のCDU/CSUは、以前は連立など考えられなかったが、東日本大震災後にCDU/CSUが原発廃止に舵を切ったため、まったく歩み寄りができない政党ではなくなってきた。
緑の党の支持者の間でも、「CDU/CSUとの連立がもっとも良い」が67%で、「大連立がもっとも良い」の57%、「SPD、Linkeとの連立がもっとも良い」の47%を引き離している。
一方で、海外派兵やユーロ支援に反対する左派とCDU/CSUは、政策が違いすぎるので連立はあり得ない(世論調査の質問項目にも入っていない)。
つまり考えららえる連立の組み合わせは、①CDU/CSUとSPDの大連立(議席数503)、②CDU/CSUと緑の党の連立(同375)、③SPD、左派、緑の党の連立(同319)の3パターンだけである。
ユーロ支援へのスタンスなど政策的には左派とSPD、緑の党との距離も大きく(SPDと緑の党は連立を組んだこともある)、また、ZDFの世論調査では③のパターンに賛成が22%、反対が67%で、大多数の国民は支持していないが、今回の選挙で第三党に躍り出て勢いに乗る左派のグレゴール・ギジー議員団長は、ZDFとのインタビューで「SPD、左派、緑の党の3党で過半数を超えているのに、なぜこのチャンスを生かさないのか」と、余裕たっぷりにSPDと緑の党に連立交渉を呼びかけている。
1948年生まれで東ドイツ出身のギジーは、SED(ドイツ社会主義統一党)の後身で1990年に設立されたPDS(民主社会党)を率いてからすでに20年以上たつのに、風貌だけでなく落ち着きのなさやよくしゃべるところ、それでいてなんとなく憎めないところは以前と全く変わらない。
(ZDFのこの記事の「Video Gysi」をご参照ください。ドイツ語が分からない人でもギジーの「うるささ」がよくわかります)
↓
http://www.heute.de/Linke-Rot-rot-grüne-Basis-fragen-29931006.html
可能性は少ないと思うが、選挙に大勝したCDU/CSUに一発大逆転でSPD、左派、緑の党の連立が実現しないとも限らない。
だから私は、このギジーがドイツの将来を占うキーパーソンだと考えている。
ではその時、やはり落ち着きがなくて、受けないギャグを連発するSPDの首相候補シュタインブリュックが首相になるのか?
他の国から、ドイツの中年おじさんはみんなこんなに落ち着きがないと思われてしまわないか?
(←これは冗談ですが)
個人的には緑の党のユルゲン・トリティンさん(下の写真)のように落ち着いて風格があって、なおかつ気さくな感じの人の方が好きなのだが。
選挙戦と言っても日本のように選挙カーで候補者名を連呼したり、街頭で候補者が演説するといったことはなく、街の中は至って静かである。
ミュンヘンにいた3日間でも、Linke(左派)がバイエルン州立歌劇場前の広場で集会を行っているのを見かけたくらいだろうか。あとはポスターにいつどこで候補者の演説会があるといったお知らせが書かれているくらいで、街頭での選挙活動はまったく見かけない。
それは、ドイツではたいていの人が支持する政党を決めていて、日本のように浮動票が大多数を占めるということがないからである(たとえば、ZDFでは「もし来週の日曜日に選挙があるとしたら、どの政党に投票しますか」といった世論調査を毎週行っているが、「その他」はせいぜい5%くらい)。
連邦議会選挙の結果は、CDU/CSU(キリスト教民主同盟/キリスト教社会同盟)が4年前の選挙から6.9ポイント伸ばして41.5%の票を獲得し、2.7ポイント伸ばして25.7%の票を得た最大野党のSPD(社会民主党)を大きく引き離して、選挙前の予想どおりCDU/CSUが大勝した。
しかし、「素晴らしい結果だ(Superergebnis)! 」と言って満面の笑みを浮かべていたメルケル首相も喜んでばかりいられない。
連立相手のFDP(自由民主党)が5%条項をクリアできず議席を失ったため、連立与党として過半数に達しなかったからである。与党として過半数を得るためには、今まで政策的に対立していた野党の中から連立相手を選ばなくてはならなくなってしまったのだ。
全630議席の各政党の議席配分は次のとおりである(過半数は316)。
CDU/CSU 311、SPD(社会民主党) 192、Linke 64、Grüne(緑の党) 63
数の上だけで見ると、CDU/CSUは他のどの政党と組んでも過半数を超えるが、実際には政策の違いやそれぞれ政党のお家の事情でそう簡単には行かない。
CDU/CSUと最大野党のSPDが連立を組むいわゆる「大連立」は、国民から大きな支持を得ているが、SPDの側には2005年から2009年に大連立を組んだとき、メルケル人気に食われて以後大きく支持率を下げたことから、大連立に対するアレルギーが根強く残っている。
ZDF(ドイツ第二放送)が9月27日に行った世論調査では、全体としては58%が大連立に賛成している。SPD支持者の間でも64%が大連立に賛成しているが、SPD支持者の中には、大連立によってSPDがダメージを受けると答えた人が50%に達していて、心境の複雑さがうかがえる(SPDの利益になると答えた人は38%)。
環境保護重視の緑の党と経済発展重視のCDU/CSUは、以前は連立など考えられなかったが、東日本大震災後にCDU/CSUが原発廃止に舵を切ったため、まったく歩み寄りができない政党ではなくなってきた。
緑の党の支持者の間でも、「CDU/CSUとの連立がもっとも良い」が67%で、「大連立がもっとも良い」の57%、「SPD、Linkeとの連立がもっとも良い」の47%を引き離している。
一方で、海外派兵やユーロ支援に反対する左派とCDU/CSUは、政策が違いすぎるので連立はあり得ない(世論調査の質問項目にも入っていない)。
つまり考えららえる連立の組み合わせは、①CDU/CSUとSPDの大連立(議席数503)、②CDU/CSUと緑の党の連立(同375)、③SPD、左派、緑の党の連立(同319)の3パターンだけである。
ユーロ支援へのスタンスなど政策的には左派とSPD、緑の党との距離も大きく(SPDと緑の党は連立を組んだこともある)、また、ZDFの世論調査では③のパターンに賛成が22%、反対が67%で、大多数の国民は支持していないが、今回の選挙で第三党に躍り出て勢いに乗る左派のグレゴール・ギジー議員団長は、ZDFとのインタビューで「SPD、左派、緑の党の3党で過半数を超えているのに、なぜこのチャンスを生かさないのか」と、余裕たっぷりにSPDと緑の党に連立交渉を呼びかけている。
1948年生まれで東ドイツ出身のギジーは、SED(ドイツ社会主義統一党)の後身で1990年に設立されたPDS(民主社会党)を率いてからすでに20年以上たつのに、風貌だけでなく落ち着きのなさやよくしゃべるところ、それでいてなんとなく憎めないところは以前と全く変わらない。
(ZDFのこの記事の「Video Gysi」をご参照ください。ドイツ語が分からない人でもギジーの「うるささ」がよくわかります)
↓
http://www.heute.de/Linke-Rot-rot-grüne-Basis-fragen-29931006.html
可能性は少ないと思うが、選挙に大勝したCDU/CSUに一発大逆転でSPD、左派、緑の党の連立が実現しないとも限らない。
だから私は、このギジーがドイツの将来を占うキーパーソンだと考えている。
ではその時、やはり落ち着きがなくて、受けないギャグを連発するSPDの首相候補シュタインブリュックが首相になるのか?
他の国から、ドイツの中年おじさんはみんなこんなに落ち着きがないと思われてしまわないか?
(←これは冗談ですが)
個人的には緑の党のユルゲン・トリティンさん(下の写真)のように落ち着いて風格があって、なおかつ気さくな感じの人の方が好きなのだが。
いずれにしても、SPDは大連立を組むかどうかは11月14日から16日にかけてライプツィヒで行う党大会で民主的に決定する、と決めたので、これからのドイツはどうなるのか、しばらくは目が離せないところである。
2013年9月23日月曜日
バイエルン美術紀行(1)オクトーバーフェスト
9月4日(水)ミュンヘン
ミュンヘン空港到着まであと1時間ちょっとというとろであわただしく機内食が出てきた。
事前に配られたメニュー表を見ると、「夕食 オクトーバーフェスト名物料理」とある。
主菜は、「鮭の味噌焼き、御飯」または「焼きソーセージ、ザワークラウト、ポテトマッシュ、オニオンソース」と書いてあったので、私は迷わずソーセージの方を選んだ。ドイツ到着前の一足早いオクトーバーフェストが楽しめる、こう考えたからだ。
飲み物はもちろんドイツビール。
普段はトイレが近くなるので機内でアルコールは飲まないことにしているが、もうすぐ着陸だし、今回は特別。
ご覧のとおりソーセージ、ジャガイモ、そしてキャベツの酢漬け、と至ってシンプルな料理。
これぞまさにドイツ!
ソーセージを食べながらコクのあるドイツビールを料理とともに味わい、食後デザートのアップフェルシュトルーデルのバニラソース和え(ビールの缶の左隣り)とコーヒー。
今回の旅行は「美術紀行」のはずだが、まずは胃袋からドイツに入り込んでいった。
ミュンヘン空港に降り立ち、入国検査を済ませた後、「Sバーン」の表示をさがしながら空港駅の方に向かった。途中、乗車券の券売機があったので切符を買おうとしたが、これがまた複雑で、どう買ったらいいかよくわからない。
私の前に並んでいた人のやり方を見ていたが、一日乗車券を買ったため参考にならなかったので、私の順番になっても買い方がわからず画面を見回していたら、後ろの女性が手伝ってくれた。
でも結局わからなくなってしまったら、隣の券売機で切符を買っていた男性が「ゾーン4つ分買えばいいんだよ」と言って、ささっと画面を操作して切符購入の画面を出してくれた。
ミュンヘン中央駅まで10ユーロ40セント。『地球の歩き方ドイツ’12-’13』には10ユーロと書いてあったので、最近料金が値上がりしたのだろうか。
地元の人たちの好意のおかげでどうにか切符を買うことができたが、今度はホームに設置してある刻印機の使い方がわからない。
切符を買ったら刻印機に入れると、チンと音がして時刻が刻印されるはずだが、切符が刻印機の穴の幅より大きくて中に入らない。
他の人のしぐさを見ると、回数券みたいに何枚もつながっているものを入れている。
私の購入した切符には今日の22時05分まで有効、とかミュンヘン空港から4ゾーンとか記載されているので、あらためて刻印の必要はないのかな、と勝手に判断してSバーンに乗り込んだ。
出発間際になって東洋系の小柄な若い女性がザックやキャリーケースなどいくつもの荷物を持って乗ってきて、ボックス席の私の前に座った。
彼女も切符を手に持っていたが、私の方を見ると英語で話しかけてきた。
「この切符は時刻のスタンプを押さなくていいんですか」
私は「私もよくわからないが、たぶん必要ないと思います」と答えた。
それから会話が始まった。
私が「今日はミュンヘンに泊まるんですか」と聞いたら、「いえ、ミュンヘンから夜行列車でパリに行くんです」と言う。
話を聞いてみると、出身は西安の近くで、現在は北京で都市農業を学んでいて、これから2年間パリで留学生活を送る、とのこと。北京からだとこの方法が一番安いそうだ。
私が「パリには寝台車で行くんですか」と聞くと、やはり節約のため普通の座席の列車でいくと言う。きっと若いからできることなのだろう。普通の座席に座りっぱなしだったら、おじさんは次の日疲れて何もやる気が出なくなってしまう。
話をしているうちに、彼女がおそるおそる私に聞いてきた。
「ところで、どちらから来られたんですか」
私もおそるおそる「日本から」と答えた。
おそるおそるというのには理由があった。
最近では近年になく近隣の国との関係が悪化しているので、私自身は隣国の人に悪い感情をもっていないのに、中国や韓国の人は日本人のことを良く思っていないのではと思っていたからである。
海外に出れば必ずと言っていいほど東洋系の人に会う。今まではあまり気にせずに話をしていたが、誰もが「国は国、人は人さ」と思ってくれるか不安だ。考えすぎかもしれないが、余計なことを考えないで済むように、お隣りの国とのぎすぎすした関係は早くやめてもらいたいものだと思う。
それでも「日本から」と言った後も特に気にする風もなく会話は進んだ。
私が15年以上前に中国旅行をして、ウイグルのウルムチ、カシュガル、トルファンに行き、9月だったので昼はすごく暑かったとか、行き帰りに北京に寄って万里の長城にも行ったという話をすると、彼女も学会でウルムチに行き、やはり夏だったのでとても暑かった、とか、ローカルな話題で盛り上がったりした。
会話が途絶えたところで、私はやはりおそるおそる、
「最近、日本と中国の関係が良くないので、『日本人は嫌いだ』と言われるかと思った」
言ってみた。
すると彼女は笑って、「個人的にはそんなことはないですよ。私の大学の友人でも日本に留学して帰ってきた人もいるけど、日本のことは悪く言ってはいないです」
「それを聞いて安心しました」と私。
「では、今、中国に観光で行っても大丈夫ですか」
「もちろんですよ」
「行きたいところはいろいろあるのですが、特に青島に行きたいですね。以前、青島では酒屋でビールを買うと、ビニール袋に入れて持って帰るといった記事があったので、みんな家に帰ってからどうやって飲むのか見てみたいんです」
「どうやって飲むんですかね(笑)」
「それから北京の中心にある、かつては王宮で今は博物館になっているところにも行きたいですね」
故宮博物館のことだが、発音がわからなかったので、メモ帳に「故宮」と書いたらうなずいて、
「でも一日では回れないですよ」
今度は彼女の方から、
「西安だと、〇〇が有名です」
私は〇〇の部分は聞き取れなかったが、
「ああ、兵士の人形とかがあるところですよね」
「そうです」
「そこも行ってみたいと思っているんです」
(もちろん兵馬俑のことです)
そうこうしているうちにSバーンはミュンヘン中央駅の地下に到着した。所要時間は約40分。
私は彼女のキャリーケースを持って列車を降り、それをホームに置き、「では気を付けて」といって出口の方に向かった。
(青島のことは以前のブログに書いたのですが、第一次大戦が終わるまではドイツが占領していて、ドイツ時代の面影も残っているので、いつかは青島に行って「青島ビール紀行」としてこのブログでも紹介したいと考えています)
↓
http://deutschland-ostundwest.blogspot.jp/2011/07/150_24.html
(次回に続く)
ミュンヘン空港到着まであと1時間ちょっとというとろであわただしく機内食が出てきた。
事前に配られたメニュー表を見ると、「夕食 オクトーバーフェスト名物料理」とある。
主菜は、「鮭の味噌焼き、御飯」または「焼きソーセージ、ザワークラウト、ポテトマッシュ、オニオンソース」と書いてあったので、私は迷わずソーセージの方を選んだ。ドイツ到着前の一足早いオクトーバーフェストが楽しめる、こう考えたからだ。
飲み物はもちろんドイツビール。
普段はトイレが近くなるので機内でアルコールは飲まないことにしているが、もうすぐ着陸だし、今回は特別。
ご覧のとおりソーセージ、ジャガイモ、そしてキャベツの酢漬け、と至ってシンプルな料理。
これぞまさにドイツ!
ソーセージを食べながらコクのあるドイツビールを料理とともに味わい、食後デザートのアップフェルシュトルーデルのバニラソース和え(ビールの缶の左隣り)とコーヒー。
今回の旅行は「美術紀行」のはずだが、まずは胃袋からドイツに入り込んでいった。
ミュンヘン空港に降り立ち、入国検査を済ませた後、「Sバーン」の表示をさがしながら空港駅の方に向かった。途中、乗車券の券売機があったので切符を買おうとしたが、これがまた複雑で、どう買ったらいいかよくわからない。
私の前に並んでいた人のやり方を見ていたが、一日乗車券を買ったため参考にならなかったので、私の順番になっても買い方がわからず画面を見回していたら、後ろの女性が手伝ってくれた。
でも結局わからなくなってしまったら、隣の券売機で切符を買っていた男性が「ゾーン4つ分買えばいいんだよ」と言って、ささっと画面を操作して切符購入の画面を出してくれた。
ミュンヘン中央駅まで10ユーロ40セント。『地球の歩き方ドイツ’12-’13』には10ユーロと書いてあったので、最近料金が値上がりしたのだろうか。
地元の人たちの好意のおかげでどうにか切符を買うことができたが、今度はホームに設置してある刻印機の使い方がわからない。
切符を買ったら刻印機に入れると、チンと音がして時刻が刻印されるはずだが、切符が刻印機の穴の幅より大きくて中に入らない。
他の人のしぐさを見ると、回数券みたいに何枚もつながっているものを入れている。
私の購入した切符には今日の22時05分まで有効、とかミュンヘン空港から4ゾーンとか記載されているので、あらためて刻印の必要はないのかな、と勝手に判断してSバーンに乗り込んだ。
出発間際になって東洋系の小柄な若い女性がザックやキャリーケースなどいくつもの荷物を持って乗ってきて、ボックス席の私の前に座った。
彼女も切符を手に持っていたが、私の方を見ると英語で話しかけてきた。
「この切符は時刻のスタンプを押さなくていいんですか」
私は「私もよくわからないが、たぶん必要ないと思います」と答えた。
それから会話が始まった。
私が「今日はミュンヘンに泊まるんですか」と聞いたら、「いえ、ミュンヘンから夜行列車でパリに行くんです」と言う。
話を聞いてみると、出身は西安の近くで、現在は北京で都市農業を学んでいて、これから2年間パリで留学生活を送る、とのこと。北京からだとこの方法が一番安いそうだ。
私が「パリには寝台車で行くんですか」と聞くと、やはり節約のため普通の座席の列車でいくと言う。きっと若いからできることなのだろう。普通の座席に座りっぱなしだったら、おじさんは次の日疲れて何もやる気が出なくなってしまう。
話をしているうちに、彼女がおそるおそる私に聞いてきた。
「ところで、どちらから来られたんですか」
私もおそるおそる「日本から」と答えた。
おそるおそるというのには理由があった。
最近では近年になく近隣の国との関係が悪化しているので、私自身は隣国の人に悪い感情をもっていないのに、中国や韓国の人は日本人のことを良く思っていないのではと思っていたからである。
海外に出れば必ずと言っていいほど東洋系の人に会う。今まではあまり気にせずに話をしていたが、誰もが「国は国、人は人さ」と思ってくれるか不安だ。考えすぎかもしれないが、余計なことを考えないで済むように、お隣りの国とのぎすぎすした関係は早くやめてもらいたいものだと思う。
それでも「日本から」と言った後も特に気にする風もなく会話は進んだ。
私が15年以上前に中国旅行をして、ウイグルのウルムチ、カシュガル、トルファンに行き、9月だったので昼はすごく暑かったとか、行き帰りに北京に寄って万里の長城にも行ったという話をすると、彼女も学会でウルムチに行き、やはり夏だったのでとても暑かった、とか、ローカルな話題で盛り上がったりした。
会話が途絶えたところで、私はやはりおそるおそる、
「最近、日本と中国の関係が良くないので、『日本人は嫌いだ』と言われるかと思った」
言ってみた。
すると彼女は笑って、「個人的にはそんなことはないですよ。私の大学の友人でも日本に留学して帰ってきた人もいるけど、日本のことは悪く言ってはいないです」
「それを聞いて安心しました」と私。
「では、今、中国に観光で行っても大丈夫ですか」
「もちろんですよ」
「行きたいところはいろいろあるのですが、特に青島に行きたいですね。以前、青島では酒屋でビールを買うと、ビニール袋に入れて持って帰るといった記事があったので、みんな家に帰ってからどうやって飲むのか見てみたいんです」
「どうやって飲むんですかね(笑)」
「それから北京の中心にある、かつては王宮で今は博物館になっているところにも行きたいですね」
故宮博物館のことだが、発音がわからなかったので、メモ帳に「故宮」と書いたらうなずいて、
「でも一日では回れないですよ」
今度は彼女の方から、
「西安だと、〇〇が有名です」
私は〇〇の部分は聞き取れなかったが、
「ああ、兵士の人形とかがあるところですよね」
「そうです」
「そこも行ってみたいと思っているんです」
(もちろん兵馬俑のことです)
そうこうしているうちにSバーンはミュンヘン中央駅の地下に到着した。所要時間は約40分。
私は彼女のキャリーケースを持って列車を降り、それをホームに置き、「では気を付けて」といって出口の方に向かった。
(青島のことは以前のブログに書いたのですが、第一次大戦が終わるまではドイツが占領していて、ドイツ時代の面影も残っているので、いつかは青島に行って「青島ビール紀行」としてこのブログでも紹介したいと考えています)
↓
http://deutschland-ostundwest.blogspot.jp/2011/07/150_24.html
(次回に続く)
2013年9月16日月曜日
ドイツ・ゲーテ紀行(18)
9日にミュンヘンから帰ってきました。
今回はかなり欲張って朝から晩まで歩き回ったせいか、かなり体に負担がかかったようで、1週間たってもまだ疲れがとれなくて困っていたのですが、ようやくブログを更新する元気が出てきました。
前回のブログではあと2回ぐらい、とお伝えしましたが、あと1回で終わりそうなので、今回が「ドイツ・ゲーテ紀行」の完結編です。
「バイエルン美術紀行」の方は写真の整理をしてから連載を始めさせていただきますので、しばしお待ちください。
平成24年9月9日(日)続き
ホテルの部屋でゆったりとお昼を食べた後は、新装なったシュテーデル美術館に向かった。お目当てはフェルメールの「地理学者」。
実はこの作品、平成23年の春に渋谷のBunkamuraで開催されていた「フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展」で来日したときには、フェルメールの作品はこの一点だけだったので見に行かなかったが、あとになってどうしても見たくなったという「気になる作品」だった。
(このときのいきさつは以前のブログに書いたのでご参照ください)
↓
http://deutschland-ostundwest.blogspot.jp/2012/04/19.html
そこで館内に入って真っ先に向かったのが「地理学者」のある部屋。
部屋に入ると、中には私のほかに誰もいない。
一人だけでフェルメールの作品と向き合う何とも贅沢な時間。
この年に来日したフェルメールの作品が6点、そしてすべてのデジタル複製をフェルメールセンターで見ることができたというおそらく最初で最後の「フェルメール・イヤー」(詳しくは上記のブログをご参照ください)。
ここフランクフルトの地でようやく「地理学者」に会い、「フェルメール・イヤー」の最後を飾ることができて大きな満足感にひたることができた。
シュテーデル美術館では、イタリア旅行中のゲーテのくつろいだ姿を描いたティッシュバインのl「カンパーニャのゲーテ」も見逃せない(ゲーテ・ハウスに併設された博物館にあるものはレプリカ)。
そこで、シュテーデルでのおみやげはこれ。
上はティッシュバインの「カンパーニャのゲーテ」。下はアンディ・ウォーホールがさまざまな色調で描いたゲーテの肖像画のうちの一つ。この色調が一番気に入った。
シュテーデル美術館を出たのが5時半くらいだったが、この日も暑くて乾燥していたし、だいぶ歩いたのでもうビールが飲みたくなった。
ということで、フランクフルト最後の夜は、ビアレストランが集まるザクセンハウゼン。
どの店にしようかなと通りをぷらぷら歩いていたが、
やはりイタリア料理が食べたくなったので、入ったのは「ベラ・ナポリ」というイタリア料理店。
私が座ったのは右手前のテーブル。
まずはドイツ旅行最後の夜に乾杯。
注文した料理はチーズたっぷりのペンネ。
チーズの塩味がビールとよく合うので、ビールも進む。
この店を切り盛りしているのは30歳代くらいのイタリア人の若いお兄さん。
道行く知り合いにイタリア語で声をかけたり、向かいの家のイタリア人の若い男性がピザの出前を注文しにきたりと、この店はけっこう地元のイタリア人社会に根付いているようだ。
食事も終わり、「お勘定お願いします(Zahlen,bitte)」とドイツ語でお兄さんに声をかけたところ、後ろに座っていたおじさん(3つ上の写真に写っている人)が、人差し指を左右に振りながら「違う、そういうときは"il conto per favore"と言うんだ」と訂正してくれた。
何だかイタリアに来ているような気がしてきた。
帰り際、「友人にも宣伝する」と言ってテーブルの上に置いてあった店の名刺を何枚か持っていこうとすると、「待て」と言ってお兄さんは店の奥に引っ込んでいった。
何かと思ったら、店の名刺をごそっと持ってきて、「みんなに宣伝しろ」と言う。
親しい友人たちには飲み会などで名刺を配ったが、ブログで宣伝するのが1年後になってしまった。お兄さん遅くなってごめんなさい。そのかわりここでしっかり宣伝しますね。
お店の人の感じも良くて、ビールも料理もおいしくて、値段も手ごろだし(料理とビール2杯で約16ユーロ)、ザクセンハウゼンに来たら「ベラ・ナポリ」。
自信をもっておススメします。
夜の8時前。
ドイツの夜はまだ明るい。
ほろ酔い加減の私は、マイン川の心地よい風に吹かれながらホテルまでの道を歩いていった。
(「ドイツ・ゲーテ紀行」おわり)
今回はかなり欲張って朝から晩まで歩き回ったせいか、かなり体に負担がかかったようで、1週間たってもまだ疲れがとれなくて困っていたのですが、ようやくブログを更新する元気が出てきました。
前回のブログではあと2回ぐらい、とお伝えしましたが、あと1回で終わりそうなので、今回が「ドイツ・ゲーテ紀行」の完結編です。
「バイエルン美術紀行」の方は写真の整理をしてから連載を始めさせていただきますので、しばしお待ちください。
平成24年9月9日(日)続き
ホテルの部屋でゆったりとお昼を食べた後は、新装なったシュテーデル美術館に向かった。お目当てはフェルメールの「地理学者」。
実はこの作品、平成23年の春に渋谷のBunkamuraで開催されていた「フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展」で来日したときには、フェルメールの作品はこの一点だけだったので見に行かなかったが、あとになってどうしても見たくなったという「気になる作品」だった。
(このときのいきさつは以前のブログに書いたのでご参照ください)
↓
http://deutschland-ostundwest.blogspot.jp/2012/04/19.html
そこで館内に入って真っ先に向かったのが「地理学者」のある部屋。
部屋に入ると、中には私のほかに誰もいない。
一人だけでフェルメールの作品と向き合う何とも贅沢な時間。
この年に来日したフェルメールの作品が6点、そしてすべてのデジタル複製をフェルメールセンターで見ることができたというおそらく最初で最後の「フェルメール・イヤー」(詳しくは上記のブログをご参照ください)。
ここフランクフルトの地でようやく「地理学者」に会い、「フェルメール・イヤー」の最後を飾ることができて大きな満足感にひたることができた。
シュテーデル美術館では、イタリア旅行中のゲーテのくつろいだ姿を描いたティッシュバインのl「カンパーニャのゲーテ」も見逃せない(ゲーテ・ハウスに併設された博物館にあるものはレプリカ)。
そこで、シュテーデルでのおみやげはこれ。
上はティッシュバインの「カンパーニャのゲーテ」。下はアンディ・ウォーホールがさまざまな色調で描いたゲーテの肖像画のうちの一つ。この色調が一番気に入った。
シュテーデル美術館を出たのが5時半くらいだったが、この日も暑くて乾燥していたし、だいぶ歩いたのでもうビールが飲みたくなった。
ということで、フランクフルト最後の夜は、ビアレストランが集まるザクセンハウゼン。
どの店にしようかなと通りをぷらぷら歩いていたが、
やはりイタリア料理が食べたくなったので、入ったのは「ベラ・ナポリ」というイタリア料理店。
私が座ったのは右手前のテーブル。
まずはドイツ旅行最後の夜に乾杯。
注文した料理はチーズたっぷりのペンネ。
チーズの塩味がビールとよく合うので、ビールも進む。
この店を切り盛りしているのは30歳代くらいのイタリア人の若いお兄さん。
道行く知り合いにイタリア語で声をかけたり、向かいの家のイタリア人の若い男性がピザの出前を注文しにきたりと、この店はけっこう地元のイタリア人社会に根付いているようだ。
食事も終わり、「お勘定お願いします(Zahlen,bitte)」とドイツ語でお兄さんに声をかけたところ、後ろに座っていたおじさん(3つ上の写真に写っている人)が、人差し指を左右に振りながら「違う、そういうときは"il conto per favore"と言うんだ」と訂正してくれた。
何だかイタリアに来ているような気がしてきた。
帰り際、「友人にも宣伝する」と言ってテーブルの上に置いてあった店の名刺を何枚か持っていこうとすると、「待て」と言ってお兄さんは店の奥に引っ込んでいった。
何かと思ったら、店の名刺をごそっと持ってきて、「みんなに宣伝しろ」と言う。
親しい友人たちには飲み会などで名刺を配ったが、ブログで宣伝するのが1年後になってしまった。お兄さん遅くなってごめんなさい。そのかわりここでしっかり宣伝しますね。
お店の人の感じも良くて、ビールも料理もおいしくて、値段も手ごろだし(料理とビール2杯で約16ユーロ)、ザクセンハウゼンに来たら「ベラ・ナポリ」。
自信をもっておススメします。
夜の8時前。
ドイツの夜はまだ明るい。
ほろ酔い加減の私は、マイン川の心地よい風に吹かれながらホテルまでの道を歩いていった。
(「ドイツ・ゲーテ紀行」おわり)
2013年9月1日日曜日
バイエルン美術紀行(予告編)
おととい(8月30日(金))の夜は三菱一号館美術館で開催中の「浮世絵~珠玉の斎藤コレクション」を見て、きのう(8月31日(土))は日帰りで京都に行き、京都迎賓館の一般参観に参加して、と相変わらずあわただしい日々が続いています。
そんなこともあって、「ドイツ・ゲーテ紀行」の更新が進まないのですが、あと2回ぐらいで終わりというところで、次のドイツ行きの日が近づいてきてしまいました。
今回は9月4日(水)から9月9日(月)までの日程でミュンヘンに行ってきます。
ミュンヘンに4連泊して美術館めぐりをしようというのが大きな目的ですが、もちろん街歩きも楽しんで、のどが乾いたらビールを飲むというのも大きなウェートを占めいています。
それから、デューラーの生まれ故郷ニュルンベルクにも日帰りで行くつもりです。
それにしてもミュンヘンには、バイエルン王国を支配したヴィッテルスバッハ家が蒐集した芸術作品が並ぶアルテ・ピナコテーク、ノイエ・ピナコテーク、レジデンツ(宮殿)、ニンフェンブルク城、さらには市立レーンバッハギャラリー、と数えただけでもこれだけの美術館・博物館があって、限られた日数の中で回れるか今から不安です。
旅行から帰ってきたら、まず「ドイツ・ゲーテ紀行」を完成させて、次に「バイエルン美術紀行」を連載ていきますので、どうか引き続きご愛読のほどよろしくお願いします。
さて、先週の金曜日の夜に行った「浮世絵~珠玉の斎藤コレクション」ですが、あらためて「川崎・砂子の里資料館」の館長・斎藤文夫さんの浮世絵コレクションのものすごさに驚いてしまいました。
なにしろ浮世絵の誕生から爛熟に至る全貌を500点を超える作品で紹介しようという壮大な企画で、現在開催中の第3期だけでも150点以上の作品が展示されているのです。
会期は9月8日(日)までです。あと1週間しかありません。必見です。
今回の私のお気に入りは歌川国芳で、「横浜本町之図」(上)と「東都三ッ股の図」(下)の絵はがきをおみやげに買いました。
無類の猫好きの国芳の猫の絵は今までも楽しませて(笑わせて)もらいましたが、晩年は横浜絵を精力的に描いていて、この「横浜本町之図」が絶筆と知り、横浜生まれ横浜育ちの私としては、よけいに親近感を覚えるようになりました。
「東都三ッ股の図」は、隅田川の向こうに見える井戸掘り用のやぐらが描かれているので、「国芳はスカイツリーの出現を予言していた!」と話題になった作品です。
実は、この「珠玉の斎藤コレクション」、第1期と第2期は行く時間がとれなかったので、9月9日から再開する「川崎・砂子の里資料館」にはこれからも足繁く通って、今回見ることができなかった作品を追いかけていきたいと考えています。
10月1日には京急川崎駅近くに「東海道かわさき宿交流館」がオープンして、27日まで特別企画展「広重東海道五拾三次」が開催されるので、「川崎に浮世絵大集合!」といった感があります。
さていつ行こうか、と今からわくわくしています。
そんなこともあって、「ドイツ・ゲーテ紀行」の更新が進まないのですが、あと2回ぐらいで終わりというところで、次のドイツ行きの日が近づいてきてしまいました。
今回は9月4日(水)から9月9日(月)までの日程でミュンヘンに行ってきます。
ミュンヘンに4連泊して美術館めぐりをしようというのが大きな目的ですが、もちろん街歩きも楽しんで、のどが乾いたらビールを飲むというのも大きなウェートを占めいています。
それから、デューラーの生まれ故郷ニュルンベルクにも日帰りで行くつもりです。
それにしてもミュンヘンには、バイエルン王国を支配したヴィッテルスバッハ家が蒐集した芸術作品が並ぶアルテ・ピナコテーク、ノイエ・ピナコテーク、レジデンツ(宮殿)、ニンフェンブルク城、さらには市立レーンバッハギャラリー、と数えただけでもこれだけの美術館・博物館があって、限られた日数の中で回れるか今から不安です。
旅行から帰ってきたら、まず「ドイツ・ゲーテ紀行」を完成させて、次に「バイエルン美術紀行」を連載ていきますので、どうか引き続きご愛読のほどよろしくお願いします。
さて、先週の金曜日の夜に行った「浮世絵~珠玉の斎藤コレクション」ですが、あらためて「川崎・砂子の里資料館」の館長・斎藤文夫さんの浮世絵コレクションのものすごさに驚いてしまいました。
なにしろ浮世絵の誕生から爛熟に至る全貌を500点を超える作品で紹介しようという壮大な企画で、現在開催中の第3期だけでも150点以上の作品が展示されているのです。
会期は9月8日(日)までです。あと1週間しかありません。必見です。
今回の私のお気に入りは歌川国芳で、「横浜本町之図」(上)と「東都三ッ股の図」(下)の絵はがきをおみやげに買いました。
「東都三ッ股の図」は、隅田川の向こうに見える井戸掘り用のやぐらが描かれているので、「国芳はスカイツリーの出現を予言していた!」と話題になった作品です。
実は、この「珠玉の斎藤コレクション」、第1期と第2期は行く時間がとれなかったので、9月9日から再開する「川崎・砂子の里資料館」にはこれからも足繁く通って、今回見ることができなかった作品を追いかけていきたいと考えています。
10月1日には京急川崎駅近くに「東海道かわさき宿交流館」がオープンして、27日まで特別企画展「広重東海道五拾三次」が開催されるので、「川崎に浮世絵大集合!」といった感があります。
さていつ行こうか、と今からわくわくしています。
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