2018年4月12日木曜日

東京富士美術館「暁斎暁翠伝」ブロガー内覧会

斬新で、型破りで、勇壮で、ユーモラスで、そして風刺もきいた河鍋暁斎。そして父・暁斎に絵を学び、暁斎の画風を引き継ぎつつ女性らしい優しさを表現した娘の暁翠。
この父娘の競演「暁斎暁翠伝」が東京八王子の東京富士美術館で開催されています。



暁斎のバラエティに富んだ作品はもちろん、娘・暁翠の作品が前後期合わせて80点も展示されるのは滅多にない機会。会期は6月24日(日)までですが、前期と後期があって作品も入れ替わるので、出品作品リストを見て、さっそく八王子に行く予定を手帳に書きこみましょう!

展覧会の概要はこちら、暁斎・暁翠伝 をご参照ください。 

関連イベントも盛りだくさんです。

前期は4月1日(日)~5月13日(日)、後期は5月15日(火)~6月24日(日)、

前期後期にかかわらず展示期間の短い作品もあるので、

作品の展示替えはこちら、出品作品リスト でご確認ください。

さて、それでは4月1日(日)のオープンに先駆けて3月31日(土)に開催されたブロガー内覧会に参加しましたので、展覧会の様子を紹介したいと思います。

この日はまだ桜が散りはじめで、花びらが美術館のまわりをはらはらと舞っていました。


7歳で歌川国芳のもとで修行して、その後駿河台狩野派に学び、19歳で修行を終えた早熟な暁斎。国芳や狩野益信の作品が並ぶプロローグに続いて始まるのは、「第1幕 暁斎伝」。
案内していただいたのは、暁斎の曽孫にあたる河鍋暁斎記念美術館の河鍋楠美館長と東京富士美術館の担当学芸員の方のお二人。

※掲載した写真は、美術館の特別の許可をいただいて撮影したものです。

最初のコーナーから「画鬼暁斎」らしい作品が並んでます。


数え3歳で蛙を写生して以来、生涯蛙を描き続けた蛙好きの暁斎(下の写真右《蛙の人力車と郵便夫》)。やはりこのユーモアのセンスが暁斎らしさです。
そして左が17歳で描いた《毘沙門天像》。
河鍋楠美館長は、ご自身が17歳で今後の進路を考えなくてはならないとき、この絵を見て、「同じ年でこれだけの絵は描けない、画家になるのはやめよう」と決心されたとのことです。


続いて有名な「百円鴉」。
明治14年(1881年)、第二回内国勧業博覧会に出品して絵画の最高賞を受賞した《枯木寒鴉図》。当時の教員の初任給が5円程度だった時代に破格の百円で日本橋の菓子商・榮太樓の主人が購入したもの。



《夕涼み美人(骸骨) 下絵》
暁斎は下絵にもこだわりました。この美人画の下絵にはちゃんと骨まで描かれています!


続いて動物画。
こちらはジョサイア・コンドル旧蔵の《鯉魚遊泳図》。正面を向いている鯉の顔がユニーク。ジョサイア・コンドルは、暁斎のもとに入門した英国人建築家。画号は暁斎の暁とイギリスの英をとって「暁英」。


狩野派の伝統を感じさせる《竹虎之図》(左)はじめ、《月に二羽の杜鵑(ほととぎす)》(中)、《鶴図屏風》(右)と真面目な作品が並びます。やはりこの力量はすごい!


次に美人画と道釈人物画が並びます。


着物の絵柄からそれとわかる《極楽太夫図》。


《美人観蛙戯図》。蛙が相撲を取っています。女性のすねのチラリズムがいかにも暁斎。


暁斎の《風神雷神図》(双幅)。
琳派では風神を右、雷神を左に描くのに対して、暁斎は狩野派の伝統にしたがって風神を左、雷神を右に描きました。律義なところもある暁斎です。


続いて幽霊・妖怪変化図、風俗画・物語絵、風景・山水画のコーナーに移ります。


《飴天狗》。
天狗たちが飴に引き寄せられています。明治維新後の世相を風刺しているのでしょうか。


暁斎の戯画・風刺画も面白いです。
《放屁合戦絵巻(二巻)》
これぞ暁斎!放屁のこの力強い筆の勢い!


しっかりと趣のある山水画も描いています。


初公開の《水墨山水図》。


雪舟の破墨山水図みたい!
春の景色を墨一色で描いたすごくいい絵です。
《墨堤春色図》



何で電信柱?と思いましたが、当時、電信柱は文明開化の象徴でした。
《電信柱》(画:暁斎、賛:山岡鉄舟)

浮世絵も忘れてはいけません。

《風流蛙大合戦之図》
元治元年(1864)の長州征伐を蛙合戦に見立てた錦絵。
出版されたのも同じ年で、まだ江戸幕府の時代。人間を描くと幕府にとがめられたので、蛙を描いたとのことです。右下の蓮の葉には紀州徳川家の家紋「六ツ葵紋」が描かれていますが、幕府のおとがめをおそれてか、初版にあったこの紋は二版からは消されたので、「葵の御紋があるのが価値があります(笑)。」と河鍋館長。



暁斎は本の挿絵の仕事もしています。


25年前にロンドンで暁斎展を開催したときには、「本当に一人の画家が描いたのか?5人の画家が描いたのではないか。」と言われたそうです。
こうやって作品を見ていると、本当にそう思われても仕方がないくらい作風の幅がとても広いですね。

第1幕と第2幕の間には間奏「暁斎・暁翠、父娘二代の能・狂言画」が入ります。

さて、この鐘は?
そう、これは能「道成寺」の鐘で、展示用にひとまわり小さく作られたもの。
暁斎は能・狂言にも精通していました。


右の下絵は、能「道成寺」で僧侶に裏切られた女の怨念が白拍子となって鐘の中に入り、早着替えで蛇に変わるところを描いたもの。
《道成寺(鐘の中) 下絵》(暁斎)



下の写真は右から《能 石橋》《松風・羽衣》(双幅)《狂言 末広がり》《式三番 翁之図(裏面:秋草に雀)》(いずれも暁翠)

《十二家ヶ月図屏風》(六曲一双)は11月まで描いたところで暁斎が亡くなったので、暁斎が描き遺した鴉の絵を暁翠が貼りこんだものです。父娘の合作ですね。






第2幕は「暁翠伝」です。
こちらは暁斎が娘・暁翠のためにお手本として描いた《柿に鳩図》。
鳩のふっくらとした質感がいいですね。


まずは動物画と美人画から。


《寛永時代美人図》
暁斎の下絵をもとに暁翠が描いた美人画で、暁斎の下絵の猫を狆(ちん)に替え、山水図屏風や調度品を描き加えたもの。女性も優しげで、狆も愛らしいです。


《月に崖上の狼》
獰猛なはずの狼の目がくりくりしている!


さらに美人画、神仏画、風俗画と続きます。


《百福図》
ふくよかで愛らしい顔をした100人以上の福女。
解説パネルにも「こうしたユーモアは、父譲り」と書かれていました。


この《百福図》は西陣織の帯の下絵です。
帯は展示室最後のコーナーに展示されています。
《暁翠筆《百福図》西陣織》(大西織物)


《恵比寿、大黒天と鼠》
下の方に描かれているのは、裃を付けた男鼠と打掛を着た女鼠が大根をささげているところ。このユーモアはやっぱり父親譲り?


《養老の瀧図》
奈良時代、美濃国の貧しい男が薪を取りに入った山中で酒が湧き出る岩を見つけて父に孝行する話をえがいた作品。
紅葉の赤が鮮やかです。


浮世絵もあります。


《毘沙門天寅狩之図》
こういった勇壮な作品もありますが、


《五節句之内 花月》
こういったあでやかで優雅な作品もあります。
暁翠も暁斎に負けずに画風の幅の広い画家ですね。


暁翠は明治30年代後半には女子美術学校(現在の女子美術大学)で日本画教授を務め、日本の女子教育に尽力しました。

女子美術学校時代の写真も展示されています。





エピローグは「現代に「伝」えられる暁斎」。暁斎・暁翠の足跡がしのばれる遺品や資料が展示されています。


駆け足で展覧会の様子を紹介しましたが、いかがだったでしょうか。
とてもすべては紹介しきれないですし、展示替えもあるので、ぜひその場でご覧になっていただきたいと思います。

これから季節も良くなりますし、ハイキング気分で八王子まで足を運んでみてはいかがでしょうか。

そして河鍋楠美館長の著書『河鍋暁斎・暁翠伝』。
こちらは今回の展覧会の図録でもあります。
カラー図版もきれいで、「暁斎・暁翠伝」のエッセンスがぎゅっと詰まっていて、暁斎や暁翠のエピソードもあって、とても読みやすい本です。おススメです。




2018年4月6日金曜日

第4次メルケル内閣はどこへ向かっていくのか?(1)

「選挙に負けて連立交渉に勝ったSPD」

3月14日に発足した第4次メルケル内閣の政党ごとの大臣ポストの割り当てを見て、ふと、こういったフレーズが頭の中に浮かんできた。

全部で15ある大臣ポストの配分は、CDU 6、SPD 6、CSU 3。
連邦議会での議席数は、ともに議席数を減らしたCDUが200(-55)、CSUが46(-10)、そして「歴史的な敗北」を喫したSPDが153(-40)なので(カッコ内は前回2013年選挙時との比較)、この三党の議席数を見ると、大臣ポストの配分は明らかにバランスを欠いている。
それに大臣ポスト数だけではない。財務相、外務相といった主要ポストまでSPDが占めることになった。

昨年9月24日の連邦議会選挙の敗北を受けて当時のシュルツSPD党首は、「大連立は組まない!SPDは野党になる!」と宣言したが、CDU/CSU、FDP、緑の党によるジャマイカ連立交渉の決裂後、SPDはCDU/CSUとの連立交渉のテーブルに着き、首相になることにこだわり続けたメルケル氏の足元を見透かして、見事に実をとった形になった。

どうにか首相の座を確保したメルケル氏だが、CDU内部からも「妥協しすぎ」との批判が出て、党内での求心力が低下している中、今後どのようなかじ取りをしていくのだろうか。
第4次メルケル内閣の顔ぶれを見ても必ずしもメルケル氏の政策に好意的でない政治家が入閣しているので、メルケル首相がどうバランスをとっていくのか興味深いところ。
ちょうどZDF”Heute"に各大臣の紹介記事が掲載されていたので、ここで紹介してみたい。政府の公式プロフィールと違って、所々スパイスが効いているので、そのニュアンスを活かしながら簡潔に訳してみた。(カッコ内は筆者の補足)。

(顔写真はこちらをご参照ください。)
  第4次メルケル内閣の顔ぶれ

新メルケル内閣の新しい大臣の顔ぶれ

財務相兼副首相  オーラフ・ショルツ(Olaf Scholz) SPD 59
  前ハンブルク市長(ハンブルクは都市州なので州首相に相当)
 CDU/CSUの政治家からも財政健全化策のさらなる推進を期待されている。ハンブルク州内務相、連邦労働相を歴任、2011年からハンブルク市長、と政治経験は豊富。
外相 ハイコ・マース(Heiko Maas)  SPD  51歳 
  前司法相。ガブリエル前外相は「彼なら素晴らしいことをやってくれるだろう。」とコメント。2013年にザールラント州経済労働相から連邦司法相に就任。法律学者。
経済相 ペーター・アルトマイヤー(Peter Altmeier) CDU 59歳
  前首相府長官。メルケル首相の信任が特に厚い。今後はエネルギー政策のかじ取りも担うことになる。
内務相 ホルスト・ゼーホーファー(Horst Seehofer) CSU  68歳
  前バイエルン州首相。今後は住宅部門と地域振興(※)も担当することになるが、内務省が肥大化するとの批判も。
法務相 カタリナ・バーレイ(Katarina Barley) SPD  49
  家庭相から法務相へ。法曹界では弁護士、裁判官、続いてラインラント=プファルツ州司法省の担当官を歴任。
首相府長官 ヘルゲ・ブラウン(Helge Braun) CDU  45歳
  表舞台に出ることはあまりなかったが、首相府では知られた顔。首相府では連邦と州の調整を担当する政務次官で、特に州間財政調整と難民危機を担当。
家庭相 フランツィスカ・ギフィ(Franziska Giffy) SPD 39
2015年からベルリン・ノイケルン区長。「地方自治の源泉は現場を見ること。」がモットー。前任のハインツ・ブシュコフスキーのもとで同区の欧州委員を経験。フランクフルト・アン・デア・オーデル出身の政治学者。
労働相 フーベルトゥス・ハイル(Hubertus Heil SPD  45
  SPD院内副総務。2005年から2009年まで党幹事長。1350億ユーロ(17.55兆円)の予算を受け持ち、年金改革を担当する。政治学者。1998年からSPDの連邦議会議員。
農業相 ユリア・クレックナー(Julia Klöckner) CDU 45歳
  ラインラント・プファルツ州のCDU党首。2009年から2011年まで農業省の政務次官。今回は大臣として農業省を所管する。
交通相 アンドレアス・ショイヤー(Andreas Scheuer) CSU  43歳
  交通相としてディーゼル・スキャンダルに取り組まなくてはならない。交通分野は初めてではなく、2009年から2013年まで交通省政務次官を務めた。
CSU幹事長としてメルケル首相の難民政策を強く批判している。
国防相 ウルスラ・フォン・デア・ライエン(Ursula von der Leyen) CDU 59歳
  国防軍の装備不足を批判されても国防相に留まった。2005年からメルケル内閣で家庭相、労働相を歴任。
保健相 イェンス・シュパーン(Jens Spahn) CDU 37
  メルケル首相は党内のもっとも批判的な議員を内閣に迎え入れた。CDUの保守的路線を主張する政治学者。前財務相政務次官。
環境相 スベンニャ・シュルツェ(Svenja Schulze) SPD 49
  約20年、ノルドライン・ヴェストファーレン州の政治に携わっていた。2010年から7年間、同州の教育相。同州の教育無償化を実現。その後、同州のSPD幹事長。
教育相 アーニャ・カルリチェック(Anja Karliczek) CDU 41歳
  新閣僚の中ではおそらくもっとも表舞台に顔を出していない。2013年から連邦議会議員。昨年からCDU/CSUの院内総務。彼女の教育相への任命は多くの人にとってサプライズ。
経済協力・開発相 ゲルト・ミュラー(Gerd Müller) CSU   62
  フォン・デア・ライエン国防相と並んで二人目の留任。1994年から連邦議会議員。経済協力・開発相として、難民の原因を抑えることに取り組まなくてはならない。いわゆる「アフリカ版マーシャルプラン」を提唱。

(※)ドイツ語ではHeimat。Heimatは、故郷、故国といった意味であるが、今まで連邦政府にはHeimatを所管する省がなく、実際に何を所管するのかはっきりしていない。手がかりとしては、ゼーホーファー内務相の故郷(Heimat)バイエルン州の財務省。同省は地域開発と”Heimat”も所管していて、主な業務は、ITのインフラ整備、地域振興のため官庁支所の設置、地域の土地政策、地域の文化保護とあるので、とりあえず「地域振興」と訳した。

メルケル首相が警戒しなくてはならないのは、主要ポストを押さえて自分たちの政策の実現を進めようとするSPDだけでない。
CDUの姉妹政党CSUも、今年の秋にバイエルン州議会選挙を控えていて、AfDがこれ以上票を伸ばすのを許すわけにはいかない。移民や難民に対して批判的な声が大きくなる中、CSUがメルケル首相の寛大な難民政策を阻止することは予想に難くない。

さて、このようにようやく成立したものの、連立内にも火種をかかえた第4次メルケル内閣はどこへ向かっていくのだろうか?

次回は、この第4次メルケル内閣を有権者がどう受け止めているのか見ていきたい。
(次回に続く)

2018年3月1日木曜日

泉屋博古館分館「生誕140年記念特別展 木島櫻谷」ブロガー内覧会

東京・六本木にある泉屋博古館分館では2月24日(土)から「生誕140年記念特別展 木島櫻谷」が始まりました。

木島櫻谷(このしま おうこく 1877(明治10)年~1938(昭和13)年)は明治から昭和にかけて活躍した京都の画家で、今回の展覧会は、没後70年の4年前に開催された第1回目に続いて2回目の木島櫻谷展です。
前半は櫻谷が得意とした動物画、後半は住友家の茶臼山本邸の大広間を飾るために制作された《四季連作屏風》をはじめ近代花鳥画、と二段構えの構成になっています。

2月24日(土)~4月8日(日) PartⅠ 近代動物画の冒険 
4月14日(土)~5月6日(日) PartⅡ 木島櫻谷の「四季連作屏風」+近代花鳥図屏風尽し

  展覧会の詳細は、泉屋博古館の公式サイトをご覧ください。
  ゲスト・トークや野地分館長のトークも開催されます。



さて、さっそくですが、先日開催されたブロガー内覧会に参加しましたので、まずは動物画の世界の魅力をご紹介したいと思います。
※掲載した写真は美術館より特別に撮影の許可をいただいて掲載したものです。

今回の展覧会の注目作品
《寒月》(京都市美術館)

展示は木島櫻谷の年代を追って、画風の変化がわかる構成になっています。

Ⅰ 青年のころ
Ⅱ 壮年のころ
Ⅲ 暮年のころ

今回ご案内いただいたのは、京都にある泉屋博古館本館の実方(さねかた)学芸課長。

「晩年は京都郊外の自宅にこもり、没後は『忘れられた画家』でしたが、4年前に開催した第1回の木島櫻谷展が好評で、その後、新たな作品情報が寄せられたことがきっかけとなって生誕140年にあらためて開催することになりました。」と実方さん。

実方さんのギャラリートークはとても丁寧でわかりやすい解説でした。
以下、実方さんのご案内で会場内をめぐってみましょう。

初めは、展示作品のほとんどが初公開という第1室から。
「《野猪図》(下の写真右)は、櫻谷の制作年代がわかる最初の作品です。猪は幕末から描かれていて、円山応挙以来の写生に基づく生物の伝統を受け継いでいます。」
「みどころは『毛かき』です。猪の毛を一本一本丁寧に描き、風にたなびく毛も表現しています。四条円山派の流れを汲む今尾景年に学んだ櫻谷は、20歳代前半からこれだけの技量を身につけていたのです。」
「《猛鷲図》は、27歳の時の作品で、京都の老舗染織商・千總(ちそう)が製作したタペストリーの原画で、今まで原画は京都画壇の重鎮に依頼されていましたが、この時は弱冠26歳の櫻谷が抜擢されました。」
「落ち葉が舞う中、今にも飛び立とうとする鷲を描いているダイナミックな構図ですが、左の翼の先端を見てください。右上から光を受けているように見えますが、これは西洋絵画的な光を感じさせる描き方で、こういうところに西洋絵画の影響が感じられます。」

右《野猪図》(個人蔵)、左《猛鷲図》(株式会社千總)
「櫻谷は奈良にもよく写生に出かけました。《初夏・晩秋》は、右隻が初夏、左隻が晩秋を描いていて、季節感とともに空気の表現も表しています。」
「写生とはいえ、鹿の目がかわいいのが櫻谷らしい味付けですね。」

《初夏・晩秋》(京都府(京都文化博物館管理))
「《寒月》は、月夜に明かりを探りながら出てきた狐を描いています。」
「雪の鞍馬で獣の足跡を見たとき、『これは孤独な飢えた狐の足跡に違いない』と思ったのがこの作品を描くきっかけでした。」
「櫻谷は動物園に行って狐の写生をしましたが、動物園の狐はみな満腹でまるまるとしていたので、飢えた狐を描くのに苦労した、と言ったそうです。」
「竹の青は群青を使っていますが、群青を焼いて黒っぽくして重ね塗りをしています。」
「空のグレーはどういった顔料を使ったのかわからず、いまだに謎です。薄墨ではこのような光沢感が出ません。」

《寒月》(京都市美術館)(再掲)
さて、ここでユニークな展示品を紹介しましょう。
「櫻谷文庫からお借りしてきたものですが、こちらは《青のトランク》とよばれていて、青と緑の天然の岩絵具の瓶が入っていています。さまざまな色合いの青が入っていて、櫻谷の青へのこだわりを感じさせてくれます。」
「このトランクだけはカギがかかるようになっています。当時、群青は高価だったからでしょう。」

《青系絵具のトランク》(櫻谷文庫)
「今回の見どころの一つは写生帳です。画家の生の息吹が感じられます。」



そして、写生帳の展示の中にまざって展示されているのは、なんと京都市立紀念動物園の年間パスポート!
小さくて見逃してしまいそうですが、ぜひご覧になってください。
写生を重んじた櫻谷らしいですね。


第1室最後に紹介する作品は《獅子虎図屏風》。
「こちらは明治37年の作品。虎や獅子は古くから想像で描かれてきましたが、この時期には本物が見られるようになりました。京都の動物園にはライオンはいなかったので、櫻谷は大阪まで出かけて写生したそうです。」
「獅子の顔をご覧になってください。ペインティングナイフで塗ったような質感が感じられます。当時、洋画家の浅井忠が京都に住んでいたので影響を受けたのかもしれません。晩年には穏健になった櫻谷ですが、この時代の櫻谷は冒険的な試みをしていました。」
「櫻谷には、夏あるいは7月といった落款がある作品が多いのですが、祇園祭に向けて町衆たちからの注文制作が多かったからかもしれません。」

祇園祭の宵々山、宵山のあたりに新町通や室町通を歩いていると、町屋の戸が開いていて、中をのぞくと薄明かりの光がさす部屋に屏風がさりげなく飾られているといった光景を見ることがあります。
そう思いながら屏風の作品を眺めていると、どこからともなく祇園祭のお囃子の音が聞こえてくるような気になってきます。

《獅子虎図屏風》(個人蔵)

第1室と第2室をつなぐホールに展示されているのは《熊鷲図屏風》。
「熊の毛は一本一本でなく、『割筆(われふで)』という技法で描き、熊らしくしガサガサとした質感を出していますが、耳をそばだてて遠くを見つめているような顔は、知性すら感じさせられます。」
「熊は幕末から画題に取り上げられ、たいていは猛々しく描かれていましたが、櫻谷の描く動物は、どこか人間臭く、感情移入したくなるような姿に描かれていないでしょうか。」

《熊鷲図屏風》(個人蔵)

続いて第2室へ。
「30歳の時、櫻谷にとって大きな出来事がありました。第一回文展に出展した《しぐれ》が日本画部門で最高賞を取ったのです。以後、櫻谷は一躍「文展の寵児」になりました。」
「《かりくら》は櫻谷34歳の時の作品で第4回文展に出展されたものです。長い間行方がわからず探し求められていましたが、4年前、櫻谷文庫の片隅に表装もされずに竹ざおに巻かれているのが見つかりました。絵具の剥落など深刻な状態でしたが、住友財団が2年かけて修復し、今回初公開されることになりました。」

《かりくら》が見つかった時の写真は作品の解説パネルにありますので、ぜひご覧になってください。

「《かりくら》の前に立つと、目の前に馬が勢いよく飛び出してくるかのように見えないでしょうか。」
「この作品の2年後に《寒月》を描いていて、この頃から櫻谷は色彩への関心に舵を切っていきました。」

第2展示室風景
右が《田舎の秋》(華鴒大塚美術館)
奥が《かりくら》(櫻谷文庫)

左から《雪径駄馬》《渓上春色》(いずれも華鴒大塚美術館)、
《葡萄栗鼠》(個人蔵)、《幽渓秋色》(泉屋博古館分館)

「40歳代後半から櫻谷は、公的な仕事から身を引いて、京都郊外・衣笠の自宅にこもるようになりました。この頃、大作は減りましたが、情感を込めた小さな作品を描いています。」
「《獅子》は、茶色や墨を丹念に塗り重ねて描いた作品で、若いころ描いた獅子のように立ち姿ではなく、雄々しさはありませんが、顔に注目してください。人間の顔のようにも見えますが、こんな顔のライオンはいないのではないでしょうか(笑)。」
「老いたライオンのようにも見えますが、それは櫻谷自身を重ねているのかもしれません。」
「写生はきちんとしているのですが、この作品のように、あえてそのまま描かないのが櫻谷らしいところです。」
中央が《獅子》、右が《雁来紅に猫》(いずれも櫻谷文庫)、
左が《角とぐ鹿》(京都市美術館)
「櫻谷は、猫や狸を好んで描きました。狸はきれいでも、縁起物でもなかったので、もともと絵にならなかったのですが、衣笠の自宅近くには狸がうろうろしていたのでしょうか。」

右が《月下遊狸》(泉屋博古館分館)、《竹林老狸》(個人蔵)
《鶏》、《遅日》(いずれも個人蔵)

最後に京都にある櫻谷文庫(木島櫻谷旧邸)のご案内がありました。


3月3日(土)から4月1日(日)までの間の金土日祝に特別公開されるとのことです。
「ガラス越しでなく作品を見ることができるいいチャンスです。」と実方さん(拍手)。

さて、「木島櫻谷展PartⅠ 近代動物画の冒険」はいかがだったでしょうか。
どの動物も生き生きと描かれていて、とても素晴らしい内容の展覧会です。
ぜひとも会場で、作品をじっくりご覧になっていただければと思います。

2018年2月12日月曜日

三菱一号館美術館「ルドン-秘密の花園」展

東京丸の内の三菱一号館美術館では「ルドン-秘密の花園」展が開催されてます。

ライトアップされてオシャレな外観


ルドンというとやはり思い浮かべるのは、幾種類もの草花が花瓶からあふれんばかりに描かれている《グラン・ブーケ》(三菱一号館美術館蔵)。

こちらは撮影可のコーナーです。
正面の《グラン・ブーケ》のパネルの前でぜひ記念写真を!

今回開催された「ルドン-秘密の花園」展は、この《グラン・ブーケ》に象徴されるように、ルドンの描いた草花でいっぱいのとても華やいだ雰囲気の展覧会です。
さらに、《グラン・ブーケ》が飾られていたフランス・ブルゴーニュ地方にあるドムシー男爵の城館の食堂を再現した空間もあって、ヨーロッパの古城を訪れたようなゴージャスな気分にひたることもできます。
会期は5月20日(日)までです。

展覧会の詳細は三菱一号館美術館の公式サイトをご覧ください。

http://mimt.jp/

それでは先日開催されたブロガー内覧会の流れに沿って展覧会の様子を紹介したいと思います。
※掲載した写真は美術館の特別の許可をいただいて撮影したものです。なお、掲載した作品はすべてルドン作です。

はじめにドムシー男爵の城館の食堂を再現した部屋で髙橋館長からご挨拶がありました。

髙橋館長


「今回のルドン展は10年間温めていた企画で、個人的にとても思い入れのある展覧会です。」と高橋館長。
ルドンの《グラン・ブーケ》の購入をパリの老画商の御曹司から持ちかけられたのが2008年の春。その年の秋に《グラン・ブーケ》のあるブルゴーニュ地方のドムシー城を訪れ、城館の食堂に飾られた《グラン・ブーケ》が薄明かりの中、大聖堂のステンドグラスにも似た光を放っているように感じ、「この空間を再現した展覧会を開く。」と決意されたとのこと。
そして、《グラン・ブーケ》が人前で初めて公開されたのが日本でなくパリのグラン・パレで2011年3月に開催されたルドンの回顧展。髙橋館長がその開会式に日本から出席しようとした矢先、東日本大震災が発生しました。
「その後、この作品は日本に運ばれ、震災後1年にも満たない2012年1月に公開された《グラン・ブーケ》の前では、まるで雷に打たれたようにひたすら画面を見つめる人、頭を垂れて祈るように佇む人、さまざまな思いでこの絵と向き合う人々の姿が忘れられません。私にとって、震災の記憶と人々の再生の姿が重なり合うのがこの作品なのです。」

続いて、同じくドムシー男爵の城館の食堂を再現した部屋で、今回の展覧会を担当された学芸員の安井さんと「青い日記帳」のTakさんのギャラリートークがありました。

Takさん ルドンとはどんな画家なのでしょか。
安井さん 定義に困る画家ですね。フランス象徴主義の画家と言われますが、位置づけが
    非常に難しいです。不思議な画家です。
Takさん 技法も油彩だったり、パステル画だったりしますね。
安井さん 時系列的に説明すると、はじめは短期間ですがフランス・アカデミズムのジェ
    ロームのもとでは木炭でデッサン、続いてエッチング、パステル画、油彩、39歳
    の時に出した最初の画集『夢のなかで』はリトグラフでした。
Takさん ドムシー男爵の城館の食堂壁画が勢揃いしました。  
安井さん 《黄色い花咲く枝》(下の写真右)はルドンらしい作品です。
    断片化したものを散りばめていながら妙な統一感があります。

右《黄色い花咲く枝》、左《黄色い背景の樹》(作品番号53)
(いずれもオルセー美術館蔵)

安井さん ドムシー男爵の食堂では、《黄色い花咲く枝》の右側は窓でした。画面右端の
    中央に描かれた半円形のものは何だかわかりにくいですが、おそらく窓の外の
    木々か何かと連続しているものではないでしょうか。
     ルドンはこういった絵画空間の連続性も計算して描いています。

左が安井さん、右がTakさん。安井さんの後ろの黒いパネルが、
ドムシー城食堂装飾画配置図です。

Takさん 花と植物をメインにしていますが、ブリューゲルのように花がずらりという感じ
    ではないですね。
安井さん ルドンは複数のイメージを一つの画面に重ね合わせるのが特徴です。
     ドムシー男爵の食堂では絵はもっと高い位置に飾られていました。ちょうど絵
    の下の位置が頭の高さと思っていただけますでしょうか。
     そうすると、この《人物(黄色い花)》のように、下の方はよく見えるので対象
    は詳しく描かれ、上の方はあまりよく見えないので対象は記号のように描かれて
    います。

《人物(黄色い花)》(オルセー美術館蔵)


Takさん 花瓶にいけられた花の作品を集めた部屋がありますね。
    (「第7章 再現と想起という二つの岸の合流点にやってきた花ばな」です。写真
     は最後の各章紹介のコーナーで掲載しています。)
安井さん 20歳代中ごろの暗い背景のカチッとした作品から、パステル画、そして、にじ
    みの効果を出すため下地が塗られていないカンバスに描かれた作品まで、制作年
    の異なる花の作品を一つの部屋に集めました。

Takさん 他にこの展覧会の見どころは。
安井さん 実はこの部屋にも他に見どころがあります。
    《ドムシー男爵夫人の肖像》です。

右《ドムシー男爵夫人の肖像》(オルセー美術館蔵)
左《神秘的な対話》(岐阜県美術館蔵)


 
安井さん 肖像画では通常ここまで広い余白はとりません。
     この作品ではモデルと背景は画面の半分ずつでなく、余白の方が広く描かれて
    いますが、赤い服と黒っぽい上着を着た夫人の存在感の重さとバランスをとるた
    めこれだけ広い余白が必要になるのです。
     余白には何が描かれているかわかりません。ルドン本人も何も語りません。で
    も注文主は「これでいい。」と言う。作者と注文主の奇妙な関係がここにありま
    す。
     その隣の作品《神秘的な対話》では、若い女性が赤い木の枝を持っています。
    《黄色い背景の樹》(作品番号51の方)や《二人の踊女》にも赤い木の枝が描かれ
    ていて、何かを暗示しているのでしょうが、これについて本人は何も語らないの
    で、何を暗示しているかはわかりません。

《黄色い背景の樹》(作品番号51)(オルセー美術館蔵)
右の暖炉の上の作品が《二人の踊女》(横浜美術館蔵)
「第2章 人間と樹木」の部屋に展示されています。

安井さん 作品全体の雰囲気としてあいまいなままにしておく、それがルドンの特徴と言
    えるのではないでしょうか。(拍手)

そして最後に会場内をご案内しましょう。
展覧会は8章構成になっていますので、各章ごとに紹介していきます。

第1章 コローの教え、ブレスダンの指導

第1章には、画家としてのデビューが遅かったルドンの長い修行の初期にコローの助言をもらい、版画家ブレスダンからエッチングの指導を受けて制作した作品が並んでいます。



第2章 人間と樹木

ルドンの夢想世界に登場する生きものたちは樹木のかたわらにいます。



第3章 植物学者 アルマン・クラヴォ―

ルドンは10代の頃に出会ったアルマン・クラヴォ―からフローベールやエドガー・アラン・ポー、ボードレールを教えてもらいました。





第4章 ドムシー男爵の食堂装飾

トークショーでも紹介されたドムシー男爵の食堂装飾が再現された部屋です。


上の写真は3階ですが、2階にもドムシー男爵の食堂装飾が再現された部屋があります。


第5章 「黒」に棲まう動植物

最初の画集『夢のなかで』からの作品も、ボードレール『悪の華』を題材にした作品もここにあります。



第6章 蝶の夢、草花の無意識、水の眠り
展覧会チラシの表紙を飾った《眼をとじて》(岐阜県美術館蔵)が展示されているのがこの部屋です。こんな素晴らしい作品が日本にあるなんてうれしいですね。





第7章 再現と想起という二つの岸の合流点にやってきた花ばな

トークショーで紹介された部屋です。制作年の異なる花瓶にいけられた花の絵が並んでいます。



第8章 装飾プロジェクト

ルドンの下絵による椅子や衝立とルドンの下絵そのものが展示されています。



 
さて、みなさんいかがだったでしょうか。
春を先取りしたとても素晴らしい展覧会です。おススメです。