2024年10月8日火曜日

山種美術館【特別展】没後50年記念 福田平八郎✖琳派

東京・広尾の山種美術館では、9月29日(日)から【特別展】没後50年記念 福田平八郎✖琳派が開催されています。





展覧会の見どころは事前告知の記事でお伝えしていますので、今回は先日開催されたプレス内覧会に参加してその場で見た印象を中心に展覧会の様子をご紹介したいと思います。



展覧会開催概要


会 期  2024年9月29日(日)~12月8日(日)
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日  月曜日[10/14(月・祝)、11/4(月・振休)は開館、10/15(火)、11/5(火)は休館]
入館料  一般1400円、大学生・高校生1100円、
     中学生以下無料(付添者の同伴が必要です) 
各種割引、展覧会の詳細、関連イベント等は山種美術館公式サイトをご覧ください⇒https://www.yamatane-museum.jp/

展示構成
 第1章 福田平八郎
 第2章 琳派の世界
 第3章 近代・現代日本画にみる琳派的な造形

※展示室内は次の1点を除き撮影禁止です。掲載した写真はプレス内覧会で美術館より許可を得て撮影したものです。

色づいた葉やススキが今の季節にふさわしい福田平八郎《彩秋》(山種美術館)のみスマートフォン・タブレット・携帯電話限定で写真撮影OKです。館内で撮影の注意事項をご確認ください。
SNSで発信する時のハッシュタグは、#山種美術館 #福田平八郎・琳派展 です! 


福田平八郎《彩秋》1943(昭和18)年 山種美術館



第1章 福田平八郎


第1展示室に入ってすぐにお出迎えしてくれるのは、メインビジュアルになっている福田平八郎の《筍》(山種美術館)。

第1章展示風景

地面からニョキッと出てきた二本の筍は、皮が黒々としていて、中身がぎっしり詰まっている質感が伝わってくるようでした。
そして驚いたのが、地面に広がる竹の葉。
なんと竹の葉の輪郭線には琳派のトレードマークともいえる「たらし込み」(墨や絵具の滲みを活かして描く技法)が使われているのでした。ぜひ目の前で「たらし込み」の妙をご覧ください。


福田平八郎《筍》1947(昭和22)年 山種美術館

平八郎の出身地の大分と画業を学んだ京都では没後50年記念の回顧展が開催されましたが、東京で開催されるのは山種美術館だけ。同館所蔵作品と個人蔵の作品あわせて26点もの作品が展示され、そのうえ、学生時代に描いた作品から、徹底した細密描写にこだわった作品、そして単純な色彩と大胆な構図による独自の世界を確立した作品まで、平八郎の画業の変遷をたどることができるのです。

左から、福田平八郎《白桃》1962(昭和37)年、《桃》1952(昭和27)年頃
(いずれも個人蔵)、《花菖蒲》1957(昭和32)年、《鮎》1956(昭和31)年
(いずれも山種美術館蔵)

平八郎が京都市立絵画専門学校2年生の時に描いた作品が《桃と女》(山種美術館)。
青々とした桃の葉とたわわに実る桃、明るい表情で収穫作業を行う女性たちが描かれた生命感あふれる作品ですが、なんと第10回文展に出品して落選してしまった作品なのです。

福田平八郎《桃と女》1916(大正5)年 山種美術館

落選の悲哀を味わった平八郎ですが、その後、文展(文部省美術展覧会)の後身として始まった帝展(帝国美術院展覧会)の第5回目には展覧会委員に名を連ね、初めて審査員を務めることになり、その時に出品されたのが平八郎初期の大作《牡丹》(山種美術館)でした。

福田平八郎《牡丹》1924(大正13)年 山種美術館

中国・宋代(10~13世紀)の院体花鳥画を意識して、南宋時代の李迪(りてき)《紅白芙蓉図》【国宝】(東京国立博物館)に見られるように、花を前面に出して大きく描き、一つひとつの花びらを丁寧に表現しているのですが、画面の薄暗い雰囲気も相まって、平八郎の作品からは現実のものとは思えない幻想的な雰囲気が感じられてくるのです。

そして展示は、先ほどご紹介した《筍》のように、これぞ平八郎!と言える作品から、晩年の作品へと続いていきます。

第1章展示風景


第2章 琳派の世界


第2章は、きらびやかな金屏風や、季節感が感じられる花鳥画の掛軸をはじめ、平八郎が大きな影響を受けた琳派作品が展示され、琳派の世界に没入できる空間が広がっています。

右 伝 俵屋宗達《槙楓図》17世紀(江戸時代)
左 酒井抱一《秋草鶉図》【重要美術品】19世紀(江戸時代)
どちらも山種美術館

第2章展示風景

中でも注目したいのが、桃山から江戸初期にかけて活躍した二人の芸術家、俵屋宗達と本阿弥光悦のコラボ作品。

俵屋宗達(絵)、本阿弥光悦(書)《鹿下絵新古今集和歌巻断簡》
17世紀(江戸時代) 山種美術館

作品名に「断簡」とあるように、この作品はもとは1巻の絵巻を切ったもので、山種美術館が所蔵しているのは絵巻の冒頭の部分。ほかにも絵巻の断簡は国内の美術館にも所蔵されていて、後半の大部分はアメリカのシアトル美術館が所蔵しているので、同館の公式サイトで同館所蔵分の画像を見ることができます。

同じく宗達と光悦のコラボ作品《四季草花下絵和歌短冊帖》(山種美術館)は、もとは屏風に貼り付けられているものでした。
季節の草花が描かれた大きな画面の屏風に貼り付けられているところを頭の中で想像しながらこの作品を見てみると、また一つ味わいが深まるかもしれません。

俵屋宗達(絵)、本阿弥光悦(書)《四季草花下絵和歌短冊帖》
17世紀(江戸時代) 山種美術館


第3章 近代・現代日本画にみる琳派的な造形


一つの展覧会で福田平八郎と琳派の2つの展覧会が楽しめると思っていたのですが、実は3つめの楽しみがありました。
それは、俵屋宗達、尾形光琳、酒井抱一と、私淑によって江戸時代を通じて引き継がれてきた琳派に私淑し、構図や技法の影響を受けた近代・現代の日本画の巨匠たちが描いた作品が展示されている第3章です。

影響を受けた琳派作品がパネル展示されている作品もあるので、見比べてみると画家の琳派に対する思いの強さが伝わってきます。

第3章展示風景


菱田春草、小林古径、速水御舟、奥村土牛はじめ名だたる日本画家たちの作品も「琳派」という視点から見てみると新たな発見があることに気が付かされます。


左から、吉岡堅二《春至》1970-73(昭和45-48)年頃、
菱田春草《月四題のうち「秋」》1909-10(明治42-43)年頃、
正井和行《庭》1971(昭和46)年(いずれも山種美術館蔵)


オリジナルグッズも充実してます!

展示作品の絵はがきや一筆箋、福田平八郎《芥子花》(山種美術館)をモチーフにした「ブックカバーしおりセット」、さらには携帯ルーペもあって、いつものことながら充実のレパートリーです。




『【特別展】 没後50年記念 福田平八郎✖琳派』の図録も販売中(税込1320円)。
福田平八郎と琳派の作品がご自宅でも楽しめます。福田平八郎のことばも掲載されていてA5ハンディサイズ。さっそく購入しました。




オリジナル和菓子も充実してます!

展覧会を見たあとはスイーツを味わいながら一休み。
「Cafe 椿」では福田平八郎や琳派の作品を思い浮かべながら、作品にちなんだオリジナル和菓子をお召し上がりいただくことができます。


福田平八郎と琳派、そして琳派の影響を受けた近現代日本画の巨匠たちの作品。
一度で三つも楽しめる展覧会です。おすすめです。

2024年10月2日水曜日

大倉集古館 企画展「寄贈品展」

東京・虎ノ門の大倉集古館では、企画展「寄贈品展」が開催されています。

大倉集古館外観

今回の企画展は、大倉集古館を設立した大倉喜八郎氏の嗣子・喜七郎氏が収集した近代日本画、木彫工芸家、木内半古・省古の木彫工芸品、保坂なみの明治の刺繍、古備前再現を目指した陶芸家、森陶岳の備前焼はじめ、近年、大倉集古館に寄贈されたさまざまなジャンルの作品が見られる展覧会です。

9月14日に開幕したのですが、遅ればせながら先日、展覧会におうかがいしてきましたので、展示の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


会 期  2024年9月14日(土)~10月20日(日)
開館時間 10:00~17:00 金曜日は19:00まで(入館は閉館の30分前まで)
休館日  毎週月曜日(休日の場合は翌火曜日)
入館料  一般 1,000円、大学生・高校生 800円、中学生以下無料
※展覧会の詳細、ギャラリートーク、各種割引等は同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.shukokan.org/

*展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は主催者より広報用画像をお借りしたものです。
*展示作品はすべて大倉集古館蔵です。


1階展示室に入ってすぐに気がついたのは、大画面で鮮やかな色彩の近代日本画が多く展示されているので、とても華やいだ雰囲気が感じられることでした。


大倉喜七郎氏が愛した近代日本画

今回の企画展のメインビジュアルになっているこの作品は、花鳥画を得意とした荒木十畝の《晩秋》。秋の深まりとともに色づく紅葉の赤が印象的です。

《晩秋》荒木十畝、昭和4年(1929)


今回寄贈を受けた近代日本画のうち、《晩秋》を含む7点が昭和5年(1930)にイタリア・ローマで開催された日本美術展覧会(ローマ展)に展示されたものでした。
ローマ展は、大倉喜七郎氏の全面的な支援によって、横山大観、竹内栖鳳、川合玉堂ほか当時の日本画界を代表する画家約80名、約170点の作品が展示された大規模な展覧会でした。
今年の春の企画展「大倉集古館の春」でローマ展に出展された横山大観《夜桜》(大倉集古館蔵)を拝見しましたが、今回もまるで「ミニ・ローマ展」と思えるくらいの作品を見ることができたので、とてもうれしかったです。

続いては同じくローマ展に出展された《菊》。
正倉院宝物を思わせるエキゾチックな壺の模様がきっとローマっ子を魅了したのではないかと思える、菊池契月らしい格調の高さがうかがえる作品です。

《菊》菊池契月、昭和4年(1929)


日本の書道界や絵画界への援助を惜しまなかった喜七郎氏は、横山大観、川合玉堂に大倉組嘱託の待遇を与え、援助を行ったといわれています。

玉堂が描いた《暮るる山家》は、琳派の代名詞ともいえる「たらしこみ」の技法が見られる作品。
画面右上のまるで名刀のような鋭い三日月があらわす緊張感を感じると同時に、画面下に描かれたつぶらな瞳の子馬の可愛さに癒される作品です。

《暮るる山家》川合玉堂、大正7年(1918)



日中のかけはし・王一亭(王震)の書

《行書王之渙涼州詞軸》は、中国・清時代から民国時代初期に上海を中心に活躍した実業家で書画家の王一亭が中国・唐時代の王之渙作「涼州詞」を書写し、大倉組副頭取・門野重九郎氏に贈ったもので、のちに大倉組監査役の肥田耕三氏に贈られ、この度、ご遺族から大倉集古館に寄贈されました。
大倉集古館には、ほかにも王一亭の書や絵画が所蔵されているとのことなので、いつかはぜひ、大倉財閥と上海実業界のかけはしとなった王一亭作品をまとまって見てみたいです。

《行書王之渙涼州詞》王一亭、中華民国時代・20世紀



保坂なみによる明治の刺繍

明治期に刺繍が女性が社会で生き抜いていくために必要とされた技術の一つとして教えられていたことも、保坂なみのことも知らなかったので、今回、「百花の王」牡丹や、そのまわりを舞う蝶が描かれたこの作品のように吉祥文様や花鳥が施された刺繍作品を見ることができたのは大きな収穫でした。
(中国語では、高齢の老人を意味する耄耋(もうてつ、ぼうてつ)という言葉があり、耄は猫、耋は蝶と発音が共通するので、猫も蝶もどちらも長寿の象徴なのです。)


《袱紗 牡丹に胡蝶模様刺繍》保坂なみ、明治~大正・20世紀 


木内半古・省古の木彫工芸品

木内喜八、半古、省古は三代続いて江戸・東京で活躍した木彫工芸家で、大倉家が支援したご縁で、この度、ご遺族より二代半古による一重切の竹花入や、三代省古が娘のためにつくった可愛らしい木画(寄木象嵌)の帯留ほかなどの作品が寄贈されました。

半古の《竹花入》は、まさに侘び寂びの世界。豊臣秀吉の小田原攻めに同行した千利休が作ったと伝わる《一重切花入》を思い浮かべました。

《竹花入》木内半古、明治~昭和・19~20世紀


宮内庁正倉院御物整理掛に出仕した半古と省古は、宝物の修理を通して得た知見を自身の制作に活かしたことでも知られています。
省古の《花喰織文木画帯留》に表された花の枝をくわえた瑞鳥は正倉院宝物にあしらわれていた「花喰鳥」の模様を踏襲したもので、シルクロードを通って奈良時代の日本に渡ってきた模様でした。

小さな帯留に、省古の娘さんへの愛情が込められたとても愛らしい作品です。

《花喰織文木画帯留》木内省古、明治~昭和・19-20世紀


江戸時代の竹取物語


奈良絵本とは室町時代後半~江戸時代前期に、おもに御伽草子を題材として作られた絵入の冊子のことで、嫁入道具として好まれました。
奈良絵本『竹取物語』は明治~昭和のジャーナリスト・徳富蘇峰が旧蔵し、大正13年(1924)に「威子嬢」(詳細不明)に贈ったもので、喜八郎氏とは旧知の仲の蘇峰が旧蔵したこの作品は、めぐりめぐって大倉集古館に所蔵されることになりました。


奈良絵本『竹取物語』江戸時代・17世紀


挑戦者・森陶岳の作陶


2階は1階の華やいだ雰囲気とはがらりと変わって、森陶岳による落ち着いた雰囲気の備前焼の作品が展示されています。

森陶岳は、古備前に魅せられ、一度絶えた焼成法を摸索し、さらに古備前を超えた独自の作風を切り開いた挑戦者でした。

どっしりとしたいかにも備前らしい形の《備前大蕪花入》。


《備前大蕪花入》森陶岳、昭和61年(1986)

こちらは独自性が発揮された《彩土器》。《備前大蕪花入》とほぼ同じ時期に作られたのに印象は全く異なり、弥生式土器を思わせる丸い胴体に銀やプラチナを塗って黒と白の不思議な感じのする模様をほどこした作品です。

《彩土器》森陶岳、昭和60年(1985)


ススキ?がなびく先に見えるのは満月、そして台鉢の形は半月。
ほかにも備前焼の徳利やぐい呑みが展示されているので、こんな優雅な景色をながめながら酒を飲み、料理を味わってみたいと思いました。
 
《備前半月台鉢》森陶岳、昭和61年(1986)

会期は10月20日(日)まで。
この秋おすすめの展覧会です。

2024年9月30日月曜日

相国寺承天閣美術館 企画展「禅寺の茶の湯」

京都・相国寺承天閣美術館では、企画展「禅寺の茶の湯」が開催されています。


展覧会チラシ


今回の企画展は、室町幕府第三代将軍・足利義満により夢窓疎石を開山として創建された臨済宗相国寺派大本山の相国寺と、鹿苑寺(金閣寺)、慈照寺(銀閣寺)をはじめとした塔頭寺院の協力のもと、国宝1件、重要文化財6件を含む相国寺派寺院の名品全203作品が期間中に展示される超豪華な内容の展覧会です。
(Ⅰ期のみ49作品、Ⅱ期のみ49作品、通期105作品)

実は知っているようで知らなかった禅寺と茶の湯の深いかかわりがわかるとても興味深い展覧会ですので、さっそく展示の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要


展覧会名   企画展「禅寺の茶の湯」
会 期    [Ⅰ期]2024年9月14日(土)~2024年11月10日(日)
       [Ⅱ期]2024年11月17日(日)~2025年2月2日(日)
休館日    展示替休館 2024年11月11日(月)~11月16日(土)
       年末年始休館 2024年12月27日(金)~2025年1月5日(日)
開館時間   10時~17時(入館は16時30分まで)
拝観料    大人800円、シニア(65歳以上)600円、大学生600円、
       中学生・高校生300円、小学生200円
       ※大人の方に限り、20名様以上は団体割引で各700円
       ※障碍者手帳をお持ちの方と介護者の方一名様は無料
会 場    相国寺承天閣美術館

展覧会の詳細、関連イベント等は同館公式サイトをご覧ください⇒相国寺承天閣美術館

展示構成
 第一章 茶の湯の名品
 第二章 仏教儀礼と茶の湯
 第三章 寛政の茶会 慈照院頤神室
 最終章 平成の茶会 鹿苑寺常足亭 落慶披露茶事

※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は記者内覧会で特別に許可を得て撮影したものです。



【第一展示室】

第一章 茶の湯の名品


「茶の湯」というと、茶道具の名品をめぐって争奪戦を繰り広げ、権力の誇示のために茶会を行った戦国武将たちのイメージが強いのですが、実は禅との深いかかわりがありました。
仏教行事の中ではご本尊に茶を供え、書院などで参列者に茶がふるまわれていたのです。

第一展示室の冒頭に展示されているのは、中国や朝鮮から伝来した茶道具の名品です。


「第一章 茶の湯の名品」展示風景


最初にご紹介するのは、中国から伝来した唐物の茶入《唐物茄子茶入 銘珠光(別名兵庫) 大名物 添利休消息》。


《唐物茄子茶入 銘珠光(別名兵庫) 大名物 添利休消息》
一口 中国・元時代 相国寺蔵 Ⅰ期展示


さまざまな形をした茶入がありますが、丸い形をしたものは野菜の茄子にたとえて「茄子茶入」と呼ばれています。
ここでは主役の茶入だけでなく、代々作り替えられてきた象牙の蓋や茶入を包む名物裂の仕覆(しふく)、茶入を保存する棗形の木の器・挽家(ひきや)、茶入を入れる黒漆の箱の蓋付などの付属品があわせて展示されているところにも注目したいです。
茶入はさらにいくつもの大きさの違う木箱に入れられているので、この小さな茶入がいかに大切に保存されていたのかがよくわかります。

そして蓋の箱書には千利休以前に選定された「名物」を表す「大名物」の文字が見えます。銘の「珠光」「兵庫」は、この茶入に添えられた利休の文から付けられたものでした。


続いては、黒釉の中にある細かな線条文が、兎の毛並みのようにも、稲の穂先の禾(のぎ)のようにも見える重要美術品《禾目天目茶碗》。
細かい模様をぜひ近くでじっくりご覧いただきたいです。

重要美術品《禾目天目茶碗》一口 中国・宋時代
相国寺蔵 Ⅰ期展示

日本で作られた「和物」の名品も頑張っています。

「第一章 茶の湯の名品」展示風景

利休の判がすえられている黒漆の天目台「尼ケ崎台」とともに展示されているのは「黄瀬戸珠光天目茶碗」。口縁には真鍮の覆輪がはめられているので、より一層引き締まった感じがします。
(天目茶碗とは鎌倉時代、中国浙江省天目山に留学した禅僧が持ち帰り広めたため、広い口に窄まった高台をもつ形の茶碗を指すことになりました。)


《黄瀬戸珠光天目茶碗 添尼ケ崎台利休在判》
一口 室町時代 慈照寺蔵 通期展示


江戸時代初期の茶人で、金森流茶道の開祖・金森宗和の作と伝わり、鹿苑寺境内に建つ「夕佳亭(せっかてい)」を復元した茶室にも名品の数々が展示されいて、茶室の雰囲気をさらに盛り上げています。

「第一章 茶の湯の名品」展示風景


【第二展示室】

伊藤若冲の水墨画の傑作、重要文化財「鹿苑寺大書院障壁画」の一部を移設した第二展示室に移ります。
第二展示室の展示は、仏教儀式と茶の湯のかかわりがよくわかるのが特徴です。


第二展示室 展示風景



第二章 仏教儀礼と茶の湯


第二章には、昭和12年(1937)に相国寺第二世・春屋妙葩(しゅんおくみょうは 普明国師)の五五〇年遠忌の法要が相国寺で盛大に行われた際、相国寺本山や塔頭の茶室で設けられた茶席で用いられた春屋妙葩の墨蹟や茶道具が展示されています。


「第二章 仏教儀礼と茶の湯ー祖師の遠忌」展示風景

相国寺法堂で行われた献茶会には約500名が参列したといわれ、塔頭の茶室でも茶席が設けられ、参拝者たちが訪れたとのことですが、そのときのにぎわいが伝わってくるようです。

「第二章 仏教儀礼と茶の湯ー祖師の遠忌」展示風景


今回の展示で特に興味深かったのが、京都五山の僧が江戸時代に幕府から朝鮮修文職に任ぜられて対馬に輪番で赴いていたことでした。
将軍の代替わりの際に江戸に赴いた朝鮮通信使はよく知られていますが、約100名ほどの規模の訳官史が江戸時代に57回も対馬を訪れていたことはあまり知られていません。
その訳官史と交流したのが相国寺はじめ京都五山の僧たちだったのです。

「第二章 仏教儀礼と茶の湯ー以酊庵の茶礼」展示風景

当時の文書には、対馬にあった以酊庵(いていあん)で行った訳官史への茶の湯の饗宴の記録などが記録されているので、京都五山の僧たちが外交儀式において重要な役割を担ったことがわかります。
あわせて、約二年の任期で対馬に赴いた僧たちが持ち帰った茶道具も展示されています。


第三章 寛政の茶会 慈照院頤神室


寛政年間(1789-1801)に相国寺の塔頭慈照院の茶室・頤神室(いしんしつ)で行われた茶会の様子が再現されているのが第三章。

「第三章 寛政の茶会 慈照院頣神室」展示風景

頤神室は、千利休の孫で千家第三世、千宗旦好みの茶室で、茶会の際に狐が宗旦に成りすまして参加したところ、宗旦本人が遅れて登場したので狐はあわてて下地窓を突き破って逃げたというの逸話が残されています。
下の写真左は宗旦に化けた狐が描かれた《宗旦狐図》(慈照院蔵 通期展示)。今でも頤神室の床掛けに用いられている一幅で、今回が初公開です。

「第三章 寛政の茶会 慈照院頣神室」展示風景


最終章 平成の茶会 鹿苑寺常足亭 落慶披露茶事


最終章には、平成16年(2004)に、鹿苑寺の客殿と常足亭の落慶に際して、表千家不審庵、裏千家今日庵、武者小路千家官休庵、藪内燕庵、遠州茶道宗家、山田宗徧流不審庵の六家元を招いて連会茶事が行われた時の様子が再現されています。

「最終章 平成の茶会 鹿苑寺常足亭 落慶披露茶事」展示風景


茶事の流れに従って展示が進んで行くので、それぞれの場面でどの什物が用いられたのかがよくわかります。
 寄付(よりつき 書院)~客が寄付(よりつき)で身支度を調え、湯を飲み案内を待つ。
 本席 初座(ほんせき しょざ 常足亭小間)~茶室に入り、亭主による炭手前が始まる。
 懐石(かいせき 客殿)~客は客殿に移し、懐石料理を楽しむ。
 本席 後座(ほんせき ござ 常足亭小間)~再び茶室にて濃茶がふるまわれる。
 薄茶席 常足亭広間(うすちゃせき 常足亭広間)~小間から広間に移り、薄茶がふるまわれる。

足利義満が造営した山荘、北山殿を母胎とする鹿苑寺で行われたこの茶事は、義満の六〇〇年遠忌事業の一つでもあったので、足利将軍家を意識した什物が随所に登場します。

ただの木の枠のように見える炉縁ですが、実は金閣寺に実際に使われていた木なので、一部にはうっすらと金箔が残っていたりするすごいものなのです。

《国宝金閣欄干古材》一口 現代 大光明寺蔵
通期展示

足利義政が所持していた大名物として珍重された蟹の蓋置。
なぜこれが蓋置?と思ってしまいますが、もとの用途とは違う用途で用いるのは茶道具ではよくあることです。唐物茶入も中国では油壷や薬壺などとして使われていたのです。
この蟹も、もとは義政が庭に置くために制作したものなのです。

《蟹蓋置》一口 室町時代 大光明寺蔵
通期展示


本国中国ではあまり知られていなくても、日本では絶大な人気のあった中国禅僧の画家・牧谿が描いた《江天暮雪図》は、画面右下に義満の「道有」品がある東山御物でした。

《江天暮雪図》牧谿筆 一幅 中国・宋時代
鹿苑寺蔵 通期展示

他にも、唐時代に山中の隠者王休が、来客に川に張った氷を砕いて茶を煎じてもてなしたという故事を描いた円山応挙の《敲氷煮茗図》(通期展示)はじめ数多くの名品が展示されています。

「最終章 平成の茶会 鹿苑寺常足亭 落慶披露茶事」展示風景



今回の企画展のメインビジュアルになっている国宝《玳玻散花文天目茶碗》はⅡ期の展示です。

国宝《玳玻散花天目茶碗》一口 中国・宋時代 相国寺蔵
Ⅱ期展示

重要文化財《唐津鉄斑文水指》もⅡ期展示。
肥前国で窯場で焼かれた陶器のことを唐津焼と呼びますが、鉄釉によって斑文がつくりだされているのでこの名が付いている水指です。


重要文化財《唐津鉄斑文水指》一口 桃山時代 相国寺蔵
Ⅱ期展示


「禅寺の茶の湯」展のポスターやチラシは、明るくて親しみがもてて、思わず来てみたくなるデザインです。




国宝《玳玻散花文天目茶碗》のまわりを楽しそうに踊っている男女は、重要文化財《花下遊楽図屏風》の登場人物たちでした。この屏風もⅡ期展示です。

重要文化財《花下遊楽図屏風》六曲一隻 江戸時代 相国寺蔵
Ⅱ期展示


ミュージアムショップでは、展示作品の図版やわかりやすい解説が掲載された「禅寺の茶の湯」展の図録販売中です(税込1,200円)。




Ⅰ期展示も名品ぞろいですが、Ⅱ期展示も見逃せません。
初公開の作品も多数あるので、Ⅰ期もⅡ期もどちらもご覧いただきたい展覧会です。