JR東京駅にある東京ステーションギャラリーでは「牧歌礼讃/楽園憧憬 アンドレ・ボーシャン+藤田龍児」が開催されています。
東京ステーションギャラリー入口 |
今回は、厳しい境遇を生き抜いた日仏2人の画家、アンドレ・ボーシャンと藤田龍児の競演が楽しめる展覧会。時代も国も違うのに、二人の作品に共通する、どこか懐かしくてのどかな景色に癒されます。
それではさっそく報道内覧会に参加した時の様子をレポートしたいと思います。
※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は報道内覧会で美術館より特別の許可をいただいて撮影したものです。
展覧会概要
展覧会名 牧歌礼讃/楽園憧憬 アンドレ・ボーシャン+藤田龍児
会 場 東京ステーションギャラリー(JR東京駅丸の内北口改札前)
会 期 2022年4月16日(土)~7月10日(日)
※会期中、一部展示替えがあります(前期4/16-5/29、後期5/31-7/10)
休館日 月曜日(5/2、7/4は開館)
開館時間 10:00~18:00(金曜日~20:00)※入館は閉館30分前まで
入館料 一般 1,300円、高校・大学生 1,100円、中学生以下無料
※展示室内の混雑を避けるため日時指定制を導入し、各時間で入館人数の上限を設定しています。館内でも当日券をご購入できますが、土日祝など混雑する時間帯は入館をお断りする場合があります。
※展覧会の詳細、チケット購入方法、新型コロナウイルス感染拡大防止対策等は、同館ウェブサイトでご確認ください⇒東京ステーションギャラリー
会場内は大きく2つに分かれていて、3階には藤田龍児、2階にはアンドレ・ボーシャンの作品が展示されています。
そして、3階の最後の部屋には2人の作品が並んで展示されています。
1 藤田龍児作品(3階展示室)
見どころ1 50歳頃を境とした画風の違いが比較できる
若いころから画家として活躍していた藤田龍児(1928-2002)は、40歳代後半で脳血栓により右半身不随になり、一度は画業を断念しましたが、懸命のリハビリの結果、50歳を過ぎて左手で絵を描き続けました。
3階展示室に入ってすぐに展示されているのは、若いころのシュルレアリスムの影響が感じられる作品群。
藤田は画業を断念した時に、手元にあった作品の多くを処分してしまったので、残されている前期の作品はとても希少価値のあるものなのです。
そして、50歳を過ぎて左手で描くようになった作品は、のどかな野原の風景や、街中のさりげない光景。どこまでもメルヘンチックでノスタルジックな作品です。
展示風景 |
下の写真中央はメインビジュアルになっている《デッカイ家》。
「大きな家」でなく「デッカイ家」というタイトルからしてなごめます。
個人的には左の《定年退職後》に惹かれました(川で釣りをしている男性のように退職したらのんびりしたい!)。
見どころ2 変わらないモチーフを探そう!
50歳頃を前後に大きく作風が変わった藤田ですが、変わらずに描き続けたのがエノコログサ。
エノコログサは「猫じゃらし」として知られていますが、藤田は踏まれても踏まれても生えてくる姿に生命力の強さを感じ取ったのかもしれません。
こちらは前半の作品。
左の《於能碁呂草》のタイトルは、『古事記』の国生み神話の中に出てくる「於能碁呂嶋(オノゴロ島)」からとられているようなのですが、『古事記』と藤田作品との関係はぜひ公式図録(※)のコラムをご覧ください。
※税込 3,080円 ミュージアムショップで好評発売中!
後半の作品にもたいていエノコログサが描かれていますが、この作品は《草丘》というタイトルにもかかわらず、まるで主役は手前の斜面いっぱいに描かれたエノコログサのように見えます。
《草丘》1998年 大舘康伸氏蔵 通期展示 |
藤田作品に多く登場するのは、曲がりくねった道、トンネル、白い犬、少女。
それらはいったいどのような意味をもつのでしょうか。
そんなことを想像しながら見る楽しみが藤田の作品にはあります。
抽象的な前半の画風に対して、後半はより具体的な画風になっていますが、具体的ではありながら、実際にこのような光景はありえなのでは、というところが藤田作品の魅力のひとつかもしれません。
一つだけご紹介すると・・・
こちらは《あさきゆめみし(山師)》。
「あさきゆめみし」は「いろは歌」の「浅き夢見じ」に通じますが、なぜ「(山師)」なのでしょうか。
それを解くカギは画面のほぼ中央のトンネルにありました。
トンネルの入口の上には「GOLD」の文字。入口の前に立つ男性が手にするのはツルハシ。
あるかどうかわからない金(GOLD)を探し求める山師の姿に、夢を追い続ける藤田自身の姿を重ね合わせたのかもしれません。
見どころ3 秘密は下塗りとスクラッチにあり
特に後半の藤田作品を見て最初に感じたのは、空の青は決して突き抜けるような明るさでなく、丘の緑も鮮やかな色合いでもなく、画面全体が落ち着いたトーンの色合いになっていることでした。
展示風景 |
そしてどの色彩も「地に足がついている」といった具合に、しっかりとカンヴァスに乗っているように見えて、画面全体に安定感があるようにも感じられましたが、その秘密は画面の下塗りにあったのです。
藤田は画面を黒で下塗りしていたのでした。
そして、もう一つの藤田作品の特徴はスクラッチ(引っ掻き)。
草などの表現に注目してください。
塗った絵具が乾かないうちにニードルで引っ掻いて草が生い茂る様などを表現しているのです。
ところが、ここで大切なのはスクラッチするタイミング。
塗ってすぐでも、乾ききってしまってからでもいけないのです。
藤田は塗ったあとどのくらい時間がたてばスクラッチするのにちょうどいい乾き具合なのか知っていたようで、画家仲間と飲んでいる時でも、時間になるとスクラッチするために家に帰ったというエピソードが残っています。
2 アンドレ・ボーシャン作品(2階展示室)
見どころ1 戦後の窮地を救ったのは絵筆だった!
アンドレ・ボーシャン(1873-1958)は、もとは苗木職人で農園を経営していましたが、第一次世界大戦で招集され、除隊後に故郷に戻ると、農園は破産し、その心労から妻は精神を病み、その後は森の中でなかば自給自足の生活を送ることになりました。
展示風景 |
それからボーシャンは本格的に絵を描くようになったのですが、ボーシャンが美術界にデビューしたのはサロン・ドートンヌに初入選した1921年のこと。
そのときすでに48歳。遅咲きの画家だったのです。
なにしろ、正確に地図を作らなければ、作戦行動に支障をきたしてしまうのですから。
見どころ3 歴史画、神話画の登場人物も庶民的
フランスの歴史画の登場人物ですぐに思い浮かんでくるのはナポレオン。
たとえばアカデミズムの代表的な画家ダビッドの《サン・ベルナール峠のナポレオン》では、馬上のナポレオンはカッコよく描かれています。
しかし、ボーシャンの歴史画の登場人物はあくまでも庶民的で、あまりカッコいいともいえません。まるで近所で見かける人たちのようなのですが、かえって作品が親しみやすく見えてくるから不思議です。
神話に登場する神様たちにも親近感が湧いてきます。
不安定な時代だからこそ、じわ~と心が和んでくる展覧会を見にきてみませんか。
お帰りにはぜひミュージアムショップにもお立ち寄りください。
展覧会公式図録 3,080円、オリジナル額絵 600円、オリジナルポストカード 各種150円(いずれも税込価格)、など盛りだくさんです。