東京・上野公園にある東京国立博物館 平成館では、特別展「本阿弥光悦の大宇宙」が開催されています。
今回の展覧会のメインビジュアルになっているのはキラキラ輝く本阿弥光悦作の国宝《舟橋蒔絵硯箱》(東京国立博物館)。展示室内でもこの作品が冒頭でみなさまをお出迎えしてくれます。
「始めようか、天才観測。」という謎めいたキャッチコピーも気になりますが、これは誤植ではありません。
星空を見上げる「天体観測」ではなく、「天才芸術家」本阿弥光悦が作り出した蒔絵の硯箱や絵巻物、陶器のように決して大きくない作品の中に広がる大きな宇宙が楽しめる展覧会なのです。
展覧会開催概要
会 期 2024年1月16日(火)~3月10日(日)
※会期中、一部作品の展示替えがあります。
会 場 東京国立博物館 平成館
休館日 月曜日、2月13日(火) ※ただし、2月12日(月・休)は開館
開館時間 午前9時30分~午後5時(入館は閉館の30分前まで)
観覧料(税込) 一般:2,100円、大学生:1,300円、高校生:900円
※中学生以下、障がい者とその介護者1名は無料。入館の際に学生証、障がい者手帳等の提示が必要。
※本展は事前予約不要です。混雑時は入場をお待ちいただく可能性があります。
展覧会の詳細等は展覧会公式サイトをご覧ください⇒https://koetsu2024.jp/
展示構成
第一章 本阿弥家の家職と法華信仰ー光悦芸術の源泉
第二章 謡本と光悦蒔絵ー炸裂する言葉とかたち
第三章 光悦の筆線と字姿ー二次元空間の妙技
第四章 光悦茶碗ー土の刀剣
※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は、報道内覧会で主催者より許可を得て撮影したものです。
※展示期間の表記のない作品は通期展示予定の作品です。
本阿弥光悦(1558-1637)は、流麗な書やきらびやかな蒔絵の硯箱などで知られていますが、光悦が生まれた本阿弥家は刀剣鑑定の名門家系で、光悦自身も刀剣鑑定の優れた力量を持っていました。
第一章では本阿弥家によって高く評価された鎌倉時代後期の相州鍛冶・正宗ほかの作による国宝4件をはじめ名刀がまばゆいばかりの輝き放っているので、刀剣ファンは見逃すわけにはいきませんね。
「第一章 本阿弥家の家職と法華信仰ー光悦芸術の源泉」展示会場風景 左から、国宝《刀 無銘 正宗(名物 観世正宗)》相州正宗 鎌倉時代・14世紀 東京国立博物館、国宝《刀 金象嵌銘 城和泉守所持 正宗磨上 本阿(花押)》 相州正宗 鎌倉時代・14世紀 東京国立博物館 |
光悦が実際に腰に着けていたと伝わる唯一の短刀や、蒔絵の装飾が見事な刀装(刀の外装)も
刀剣ファン必見です。
「第一章 本阿弥家の家職と法華信仰ー光悦芸術の源泉」展示会場風景 左から、重要美術品《短刀 銘 兼氏 金象嵌 花形見》志津兼氏 鎌倉~南北朝時代・14世紀、《(刀装)刻鞘変り塗忍ぶ草蒔絵合口腰刀》 江戸時代・17世紀 |
光悦が熱心な日蓮法華宗の信徒であったことがうかがえるのも今回の展覧会の特徴です。
突如目の前に出現したのは、寺院の建物などに掲げられている扁額(へんがく)。
いずれも光悦が揮毫したものですが、堂々とした書体に驚かされます。
「第一章 本阿弥家の家職と法華信仰ー光悦芸術の源泉」展示会場風景 左から、《扁額「学室」》原品:本阿弥光悦筆 明治2年(1869)再刻 京都・常照寺、《扁額「本門寺」》本阿弥光悦筆 江戸時代・寛政4年(1627) 東京・池上本門寺、《扁額「妙法華経寺」》本阿弥光悦筆 江戸時代・寛政4年(1627) 千葉・中山法華経寺、《扁額「正中山」》本阿弥光悦筆 江戸時代・17世紀 千葉・中山法華経寺 |
紺紙でなく珍しく紫紙に金字で書かれた経典は、重要文化財《紫紙金字法華経幷開結》(京都・本法寺)。
この経典は平安中期の能書家(書の名人)で「三蹟」の一人、小野道風(894-966)の写経と伝わり、第二章で展示されている重要文化財《花唐草文螺鈿経箱》(京都・本法寺)とともに、光悦によって京都・本法寺に寄進されたものです。
重要文化財《花唐草文螺鈿経箱》本阿弥光悦作 江戸時代・17世紀 京都・本法寺 |
京都・本法寺ゆかりの芸術家でよく知られているのが、東京国立博物館が所蔵する国宝《松林図屏風》の作者・長谷川等伯(1539-1610)。
法華信徒の縁で本法寺との付合いがあった等伯が、若くして亡くなった息子の久蔵の七回忌追善供養のために描いた長さ約10m、幅横6mに及ぶ大作、重要文化財《佛涅槃図》ほかの作品が同寺に所蔵されています。
京都の町衆(裕福な商工業者)や法華信徒のネットワークを築いて、書、漆芸、陶芸など総合芸術家として活躍した光悦が、偶然等伯と本法寺の境内で遭遇して、それがきっかけでコラボしたらどんな作品が生まれたのだろうか、と勝手に想像してしまいました。
実際に光悦とコラボしたのは、国宝《風神雷神図屏風》(京都・建仁寺)の作者・俵屋宗達(生没年不詳)。
こちらは宗達の筆によると伝わる屛風に、光悦が『古今和歌集』の和歌を一首ずつ書き記した色紙が貼られた、天才芸術家二人が競演する超豪華な作品《桜山吹図屛風》です。
今回の展覧会のもう一つの特徴は、華麗で斬新な意匠の「光悦蒔絵」の作品が、光悦がたしなんだ謡曲(能楽の文章)が書かれた謡本の装飾から受けた影響がよくわかることです。
「第二章 謡本と光悦蒔絵ー炸裂する言葉とかたち」展示会場風景 |
雲母(うんも)の粉末を施した雲母摺(きらずり)の料紙、金銀泥で描かれた草花など贅を尽くした装飾の謡本と「光悦蒔絵」の作品が向かい合わせに展示されているので、両方を見比べながら「光悦蒔絵」の世界を楽しむことができます。
今回の光悦展の大きな見どころの一つは、長さ13mに及ぶ重要文化財《鶴下絵三十六歌仙和歌巻》(京都国立博物館)はじめ絵巻物が全期間かつ全面展示されることです。
絵巻物は展示スペースの関係で一部だけ展示されていることがよくありますが、今回はこのようにゆったりとした空間で最初から最後まで全部見られるのがうれしいです。
「第三章 光悦の筆線と字姿ー二次元空間の妙技」展示会場風景 |
圧巻は何といっても重要文化財《鶴下絵三十六歌仙和歌巻》(京都国立博物館)。
水辺にたたずむ鶴の群れが飛び立ち、波間に向かって降り、また空に向かって昇り、そしてふたたび水辺に降り立つ様が描かれた下絵は俵屋宗達によるもので、まるで動画を見ているような動きが感じられます。
その鶴の下絵の上に書かれた光悦による三十六歌仙の秀作三十六首を見ていると、鶴の羽ばたく音を聞きながら三十六歌仙の和歌がメロディーを伴って流れてくるように思えてきました。
重要文化財《鶴下絵三十六歌仙和歌巻》本阿弥光悦筆 俵屋宗達下絵 江戸時代・17世紀 京都国立博物館 |
音楽のアクセントのように太い文字と細い文字が配置された「肥痩をきかせた筆線」が特徴の光悦の書と、金銀泥で描かれた下絵が競演している作品からも心地よい調べが聴こえてくるようです。
そしていよいよクライマックスの第四章へ。
照明を落とした展示室内はまるでプラネタリウムの中に入り込んだよう。
ここで輝きを放っているのは何万光年も彼方の星座ではなく、眼の前の小さな光悦作の茶碗に広がる雄大な景色なのです。
元和元年(1615)、徳川家康から京都北部の鷹峯の地を拝領した光悦は、この地に住み、茶碗づくりを生業とした樂家(らくけ)との交流を通じて茶碗の制作づくりに励みました。
光悦が作る茶碗の特徴は「手捏ね(てづくね)」。
形は均一でなく、ひび割れもあったりして一見すると無骨なように見えますが、土をこねたり、茶碗をかたちづくるときの手の動きがわかるようで、見ているうちに味わいが深まってくるものばかりです。
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