2024年6月27日木曜日

【7月2日開幕!】三井記念美術館 美術の遊びとこころⅧ 五感であじわう日本の美術

東京・日本橋の三井記念美術館では、7月2日(火)から「五感であじわう日本の美術」が開催されます。

展覧会チラシ


今回の展覧会は、日本の古美術や、日本で受容された東洋の古美術に親しんでもらうことを目的に、同館が夏休みに合わせて企画している「美術の遊びとこころ」シリーズの第8弾。

今回は分かりにくいと思われがちな日本や東洋の古美術を、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚などの感覚を研ぎ澄ませて見るという企画。どんな発見や驚きがあるのか今から楽しみです。

それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


会 期  2024年7月2日(火)~9月1日(日)
開館時間 10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日  月曜日(ただし7月15日、8月12日は開館)、7月16日(火)
入館料  一般1,200円、大学・高校生700円、中学生以下無料
展覧会の詳細、関連イベント等は同館ホームページをご覧ください⇒三井記念美術館 

※掲載した作品はすべて三井記念美術館蔵です。


気持ちを想像してみる


はじめに作品の中の人物に注目してみましょう。

中央に座っている人物は中国・唐時代の武将、郭子儀(697-781)。安史の乱を平定して功成り名を遂げた名将で、長生きをして、子供や孫に恵まれたので、立身出世、長寿、子孫繁栄などをあらわすおめでたい画題として好んで描かれました。

郭子儀の長寿の祝いに集まった子や孫たちの晴れやかな表情にこちらも心が和んできます。

「郭子儀祝賀図」円山応挙筆 江戸時代・安永4年(1775)


お花見で盛り上がるのは昔も今も同じ。
いい気分になって踊っている男女はとても楽しそう。でも、お酒を飲んでもあまりはめをはずさないようにという戒めのようにも見えてきました。

「花見の図」河鍋暁斎筆 江戸時代・19世紀


無表情な顔の人を「あの人は能面のような顔をしている。」と言いますが、能面には表情がないどころか激しい表情をあらわすものがあります。
重要文化財「能面 蛇(じゃ)」は、女性の激しい恨みや怒りの感情を表現したもので、般若よりされに獣性が増しているという怖い能面なのです。

重要文化財「能面 蛇(じゃ)」
室町時代・14-16世紀



音を聴いてみる


耳を澄ましてみると、動物や鳥、虫の鳴き声、雨や風、滝の音が聴こえてくる作品があります。

江戸中期に来日して長崎で活躍した中国の画家で、日本絵画に大きな影響を与えた沈南蘋の筆による「花鳥動物図(松樹双鶴図)」からは、波の音や鶴の鳴き声が聴こえてきそうです。
水平線の彼方に見える朝日と思われる赤色、松、そして鶴の親子。これもおめでたい作品ですね。


「花鳥動物図(松樹双鶴図)」沈南蘋筆
清時代・18世紀


画面左から右に強い風が吹いて、ゴーゴーという風の音が聴こえてきそうなこの作品は、襖の板を斜めに貼って、板目を強風に見立てるところがすごいです。
秋草だけでなく、飛び出してきた白兎も風に飛ばされているように見えてきます。

「秋草に兎図襖」酒井抱一筆 江戸時代・19世紀


香りを嗅いでみる


ある特定の香りからそれにまつわる過去の記憶が呼び覚まされる心理現象のことを「プルースト効果」というそうです。
これは、フランスの作家マルセル・プルーストの自伝的長編小説『失われた時を求めて』で、主人公が紅茶に浸したマドレーヌの香りに触れた瞬間、過去の記憶がよみがえってきたことからつけられたもので、五感の中でも嗅覚は直接、記憶を刺激するとされています。

菊の花がびっしりと描き込まれた蒔絵の高圷(「たかつき」 食物を盛る脚付きの台)が発する香りを想像してみると、どのような記憶がよみがえってくるでしょうか。

「菊尽蒔絵高圷」象彦(八代西村彦兵衛)製 大正時代・20世紀


「菊尽蒔絵高圷」象彦(八代西村彦兵衛)製 大正時代・20世紀


触った感触を想像してみる


美術館では実際に作品に触れることはできませんが、触った感触を想像してみると新たな発見があるかもしれません。

見るからにごつごつとした感触の花入の銘は業平。
業平とは平安前期の歌人で、美男子で知られ伊勢物語の主人公とされる在原業平のことですが、形にとらわれない姿が、放縦な人生を送った業平の生き方を連想させてくれます。


「伊賀耳付花入 銘 業平」桃山時代・16-17世紀

金属の質感が伝わってくるのが「姥口霰釜」。
姥口とは老婆の口のことで、口がすぼまっている形からこのように呼ばれています。表面には霰(あられ)のような小さな突起が並んでいるので、手に持ってもすべりにくくて、手触りもよさそうです。


「姥口霰釜」 与次郎作 桃山時代・16世紀

味を想像してみる


作品の味を想像してみるのも美術品を見る楽しみのひとつかもしれません。

「超絶技巧」で知られるようになった安藤緑山の作品は、近くで見ても本物のように見えますが、柿やナス、イチジクなどは象牙を彫って彩色したものなのです。


「染象牙果菜置物」 安藤緑山作 大正~昭和時代初期・20世紀



美術品として美術館に収蔵されている飲食器も、もとは普段の食事に使用されていたものです。雪中の笹が描かれた尾形乾山作の器には「私なら野菜の煮物を乗せて食べたいな」といったふうに想像してみると楽しいかもしれません。

「銹絵染付笹図蓋物」 尾形乾山作 江戸時代・18世紀


「銹絵染付笹図蓋物」 尾形乾山作 江戸時代・18世紀



温度を感じてみる


絵の中に描かれたモチーフを手がかりに、場所や季節、時間を読み解いていくと何が感じられてくるでしょうか。

右隻には日本風の海辺の松林、左隻には険しい山がそびえる中国風の山水画描かれた円山応挙筆の「山水図屏風」の前に立つと、心地よい潮風にあたっている気分になってきます。


「山水図屏風」(右隻) 円山応挙筆 江戸時代・安永2年(1773)


「山水図屏風」(左隻) 円山応挙筆 江戸時代・安永2年(1773)



日本美術を見るのに、フランスのマルセル・プルーストが出てるとは夢にも思いませんでした。これは全く異色の組み合わせですが、途中まで読んだ『失われた時を求めて』を最後まで読みたくなったから不思議です。

ぜひ五感を働かせて作品の新たな魅力や楽しみ方を発見してみませんか。
おすすめの展覧会です。

2024年6月26日水曜日

泉屋博古館東京 企画展「歌と物語の絵ー雅やかなやまと絵の世界」

東京・六本木の泉屋博古館東京では企画展「 歌と物語の絵ー雅やかなやまと絵の世界」が開催されています。

泉屋博古館東京エントランス

今回の企画展は、泉屋博古館が所蔵する住友コレクションから桃山・江戸時代前期の「やまと絵」が一挙公開される超豪華な内容の展覧会なので、開幕前から楽しみにしていました。
遅ればせながら先日おうかがいしてきましたので、さっそく展示の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


会 期  2024年6月1日(土)~7月21日(日) *会期中展示替えあり
 前期  6月1日(土)~6月23日(日)
 後期  6月25日(火)~7月21日(日)
休館日  月曜日、7月16日(火) *7月15日(月・祝)は開館
開館時間 午前11時~午後6時 金曜日は午後7時まで開館
     *入館は閉館の30分前まで
入館料  一般1,000円、高大生 600円 中学生以下無料
展覧会の詳細、イベント情報等は同館公式サイトをご覧ください⇒泉屋博古館東京

展覧会チラシ



展示構成
 §1 うたうたう絵
 §2 ものかたる絵
 §3 れきしがたる絵
 特集展示「没後100年 黒田清輝と住友」

※撮影はホール(映像コーナーを除く)及び第1展示室内№3《三十六歌仙書画帖》のみ可能です。
※館内は撮影不可です。掲載した写真は主催者の許可を得て撮影したものです。


§1 うたうたう絵


今回の企画展の大きな見どころのひとつは、四季折々の景色や、年中行事、花鳥風月などが描かれた大画面のやまと絵の屏風が見られること。屏風に描かれた扇面や歌枕から和歌が聴こえてくるように感じられます。


《扇面散・農村風俗図屏風》江戸時代(17世紀) 泉屋博古館 通期展示


右隻に自然の風景の中に舞う十八面もの扇面、左隻に農村とそこに暮らしている人たちの様子が描かれているのは《扇面散・農村風俗図屏風》。
この優雅な景色を眺めていると、まるで自分がその場にいるような心地よい気分になってきます。
右隻のそれぞれの扇面に描かれているのは「古今集」や「千載集」の古歌などに詠われた場面なのですが、元歌がわからなくても、扇面に描かれた絵を一つひとつ眺めているだけでも楽しめます。

画面いっぱいに歌枕のイメージが広がっているのが伝土佐広周《柳橋柴舟図屏風》。

伝土佐広周《柳橋柴舟図屏風》江戸時代(17世紀) 泉屋博古館 通期展示


歌枕とは和歌に多く詠み込まれる名所・旧跡のことで、この作品に描かれている「川、橋、山、柴舟、網代木(杭)」から、当時の人たちは、地名は書かれていなくても京都から少し離れた名所「宇治」を思い浮かべたのです。

和歌にちなんだ屏風だけでなく、優れた歌人たちが描かれた作品も展示されています。
こちらは近衛信尹、本阿弥光悦ともに「寛永の三筆」と並び称された書の名手・松花堂昭乗の《三十六歌仙書画帖》。
今回の企画展ではこの作品のみ撮影可です。

松花堂昭乗《三十六歌仙書画帖》江戸・元和2年(1616)
泉屋博古館 頁替えあり 

後期(6/25-7/21)には柿本人麻呂の場面が展示されます。
少し後ろに傾いてくつろいだ姿勢がトレードマークの人麻呂の姿を見ると、こちらもくつろいだ気分になってくるので、ぜひ後期展示も見に行きたいです。

松花堂昭乗《三十六歌仙書画帖》柿本人麻呂
江戸・元和2年(1616) 泉屋博古館
後期展示:6/25-7/21


こんな大迫力の扇面散屏風は初めて見ました。描かれている扇面はなんと60枚!
葛の下絵の上に描かれた扇面には動きがあって、とてもリズミカルに感じられます。

伝本阿弥光悦《葛下絵扇面散屏風》江戸時代(18世紀) 泉屋博古館 通期展示




§2 ものかたる絵


伊勢物語、源氏物語、平家物語。
平安時代から鎌倉時代にかけて多く生まれた王朝物語や合戦物語の中でも特に近世に人気のあった三大物語屏風が見られるのも今回の企画展の大きな見どころのひとつです。
さらにこの三作とも、画派も構成も異なっているので、その違いを比較することもできるのです。

イケメンで知られた平安前期の歌人で、三十六歌仙のひとりでもある在原業平が主人公とされる『伊勢物語』の名場面が描かれた屏風は宗達派によるもの。

宗達派《伊勢物語図屏風》(右隻)桃山~江戸時代(17世紀) 
泉屋博古館 通期展示

宗達派《伊勢物語図屏風》(左隻)桃山~江戸時代(17世紀) 
泉屋博古館 通期展示

『源氏物語』五十四帖のうち十二場面を金雲で区切って描いているのは《源氏物語図屏風》。どの場面にも多くの人物が登場して、人々の表情が豊かなのに気づかされます。
その描写から、江戸初期の風俗画の名手で「浮世絵の祖」とされる岩佐又兵衛に近く、又兵衛晩年の工房作とみられている作品です。

《源氏物語図屏風》江戸時代(17世紀)
泉屋博古館 通期展示

《平家物語・大原御幸図屏風》では、いくつもの場面が描かれるのでなく、壇ノ浦の戦いに敗れ、入水したものの一命をとりとめ大原の寂光院で隠棲していた建礼門院(平清盛の娘で安徳天皇の母)を後白河法皇が訪ねるという一場面が大きく描かれています。

《平家物語・大原御幸図屏風》桃山時代(16世紀)
泉屋博古館 通期展示

物語文学が描かれた絵巻物も展示されています。
絵巻物は、巻き広げながら(展示室では右から左に進みながら)次はどんな場面が出てくるのだろうと期待する楽しみがあります。
《竹取物語絵巻》のクライマックスは、何といっても十五夜の夜、迎えに来た天人たちともにかぐや姫が月の世界へと登って行く感動的な場面。
かぐや姫が乗った豪華絢爛な輿や、かぐや姫に求婚したがかなわず、不死の薬を放心状態で受け取る帝、かぐや姫を月に帰すまいと抵抗しようとしたがその甲斐なく、あきらめ顔の警護兵たちの表情が印象的でした。

《竹取物語絵巻》(部分)江戸時代(17世紀)
泉屋博古館 通期展示


《是害房絵巻》(重文)は、是害房という中国から来た天狗が比叡山の僧と法力競べをして打ち負かされ、日本の天狗に介抱されて賀茂河原で湯治して帰国するというストーリーですが、介抱されている身なのに湯治中に「背中をよく洗え」など天狗たちに指示している場面などは思わず吹き出しそうになってしまいました。

重要文化財 伝土佐永春筆《是害房絵巻》
南北朝時代(14世紀) 泉屋博古館 通期展示

天狗たちのそばに書かれているのは、漫画の吹き出しのように天狗たちがしゃべっているセリフというのもユニークです。

重要文化財 伝土佐永春《是害房絵巻》(部分)
南北朝時代(14世紀) 泉屋博古館 通期展示



§3 れきしがたる絵


「歴史画」とは歴史上の出来事を題材とした絵画のことですが、ここでは明治時代以降に描かれた日本神話、軍記物、偉人などを題材にした作品が展示されています。

「§3 れきしがたる絵」では前後期あわせて10点の作品が展示されますが、前後期でほとんどが展示替えになるので(一部展示期間限定あり)、前期に来られた方も、ぜひ後期もご覧いただきたいです。

こちらは天岩戸神話を題材にした原田西湖《乾坤再明図》(前期展示)。

原田西湖《乾坤再明図》明治36年(1903)
泉屋博古館東京 前期展示(6/1-6/23)

第4展示室では、昭和20年(1945)の空襲で焼失した黒田清輝《昔語り》を東京国立博物館に残る下絵などから往時をしのぶ特集展示「没後100年 黒田清輝と住友」が同時開催されています。

後期展示は7月21日(日)まで開催されます。
都会の喧騒を離れて優美なやまと絵の世界にしばし入り込んでみませんか。
おすすめの展覧会です。

2024年6月20日木曜日

【6月22日開幕!】静嘉堂@丸の内「超・日本刀入門reviveー鎌倉時代の名刀に学ぶ」 

刀剣ブームがすっかり定着した今、刀剣ファンのベテランにも、これから刀剣のことを知りたい方にもピッタリの展覧会が、東京駅すぐ近くの明治生命館1階にある静嘉堂@丸の内で6月22日(土)から始まります。
タイトルは超・日本刀入門reviveー鎌倉時代の名刀に学ぶ

展覧会ポスター


世田谷区岡本で開催されて人気を博した「超・日本刀入門」が開催されたのが2017年。それから約7年の月日が経過して、東京・丸の内で初となる刀剣展は見どころいっぱい。
開幕に先立って、さっそく展覧会の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要

 
会 期  2024年6月22日(土)~8月25日(日) ※会期中一部展示替えあり
会 場  静嘉堂@丸の内(明治生命館1階)
休館日  毎週月曜日(ただし7月15日・8月12日は開館)、7月16日(火)
トークフリーデー 8月13日(火)
開館時間 午前10時~午後5時
     (毎週土曜日は午後6時まで、第3水曜日は午後8時まで)
     ※入館は閉館の30分前まで
入館料  一般1,500円 大高生1,000円 中学生以下無料
展覧会の詳細、関連イベント等は静嘉堂文庫美術館公式サイトをご覧ください⇒https://www.seikado.or.jp/

※掲載した作品はすべて静嘉堂文庫美術館所蔵です。

見どころ1 静嘉堂文庫美術館所蔵の国宝・重文刀剣9件が揃い踏み!


静嘉堂が所蔵する刀剣はなんと約120振!
その中には国宝1件、重要文化財8件が含まれるので、そのコレクションの充実ぶりには驚かされますが、今回の展覧会では国宝・重文の刀剣9件すべてが展示される超豪華レパートリーなのです。

まずは国宝の刀剣「手搔包永《太刀 銘 包永》から。

国宝 手搔包永《太刀 銘 包永》鎌倉時代(13世紀) 

銘の「包永(かねなが)」とは、大和国(現在の奈良県)最大の刀工集団で、奈良東大寺の西門・輾磑門(てがいもん 現在の転害門)前に住した手掻派の祖のことで、この国宝の太刀は正応年間(1288-93)に活躍した包永の銘が刻まれた貴重な作品なのです。
(上の写真の左の部分、柄(つか)の中に入れる「茎(なかご)」に彫られた「包永」の文字に注目です。)

続いては重要文化財の刀剣「新藤五国光《太刀 銘 国光》」。

重要文化財 新藤五国光《太刀 銘 国光》鎌倉時代(13-14世紀) 

新藤五(しんどうご)国光は相州伝の始祖とされる相模の刀工で、国光の銘の入ったこの太刀のすごいところは、短刀の名手とされる国光の極めて稀な太刀であることと、茎部分を短く詰める「磨上げ(すりあげ)」を行わないで、制作当初の姿を保っている「生ぶ(うぶ)」の状態であること。すらりとした姿に思わず見入ってしまいます。

こちらは幅広くて力強い姿の短刀。

重要文化財 左安吉《短刀 銘 安吉(名物日置安吉)》
南北朝時代(14世紀)

岡山藩家老・日置豊前守忠俊(へきぶぜんのかみただとし)(1571-1641)が所持していたこの短刀は、筑前の刀工・左安吉の作で、江戸幕府8代将軍徳川吉宗のときに本阿弥家によって編纂されたといわれる『享保名物帳』で「名物刀剣」とされている名刀のひとつなのです。

まるではるかかなたの大星雲のような刀剣の輝きは、見ているだけでうっとりしてきますが、作られた地域による刀文の違いがわかってくると楽しみが一段と増えたような気がしてきました。

見どころ2 戦国武将が所持した名刀6振が見られる!


刀剣はどのような武将が所持していたのかというのも大きな興味のひとつです。

織田家家臣で織田四天王のひとり滝川一益(1525-1586)が主君・織田信長から賜ったとされるのが「滝川高綱」の太刀。戦国時代末期の様式を伝える希少な作例の朱鞘の打刀拵(うちがたなこしらえ)とあわせて展示されます。

重要文化財 古備前高綱《太刀 銘 高綱》鎌倉時代(12-13世紀)



附《朱塗鞘打刀拵》桃山時代(16世紀)


備前長船派の名工・兼光の作と伝わる刀は、上杉景勝の重臣・直江兼続(1560-1619)が豊臣秀吉の遺品として賜ったものでした。兼続没後は未亡人のお船の方から主家の米沢藩主上杉家に献上されたので「後家兼光」との号がついています。

伝 長船兼光《刀 大磨上げ無銘(号 後家兼光)》
南北朝時代(14世紀)


附 渡邊桃舩《芦雁蒔絵鞘打刀拵》明治時代(19世紀)

信長、秀吉の次は徳川家康。家康ゆかりの大名が所持していた太刀も展示されます。
太刀の茎の部分に金象嵌の見事な所持銘が入っている本多平八郎忠為(忠刻、1596-1626)は播磨姫路新田藩の初代藩主で、徳川四天王の中でも武勇で名高い本多平八郎忠勝(1548-1610)の孫にあたり、眉目秀麗で知られたそうです。
イケメンと刀剣の深いつながりはこの時代からあったのかもしれません。


一文字守利《太刀 銘 守利(金象嵌)本多平八郎忠為所持之》
鎌倉時代(13世紀)


見どころ3 重要文化財「木造十二神将立像 七軀」(鎌倉時代)が特別公開!


見どころは刀剣だけではありません。

京都・南山城の古刹、浄瑠璃寺の薬師如来坐像の眷属として鎌倉時代に制作された十二神将像のうち、現在静嘉堂が所蔵する7軀が一挙公開されます。
作者は、運慶の子息など周辺の仏師(慶派仏師)と推測されていて、頭の上の十二支の彫刻がとてもリアル。ぜひ注目してみてください。

慶派《木造十二神将立像》のうち丑神像
鎌倉時代・安貞2年(1228)頃

こわそうにみえてもどことなくユーモラスなしぐさに親しみを覚えます。

慶派《木造十二神将立像》のうち午神像
鎌倉時代・安貞2年(1228)頃


さて、十二神将立像のうち気になる残りの5軀ですが、それは東京国立博物館に所蔵されています。
2017年に東京国立博物館で開催された特別展「運慶」では42年ぶりに12軀が勢揃いしましたが、次はいつになるかわかりません。まずは今回の展覧会で7軀をじっくりご覧いただいてみてはいかがでしょうか。


超絶技巧!将軍家に仕えた金工・後藤家の刀装具が見られる!


後藤家は室町後期から幕末にかけて将軍家に仕えた装剣金工の名門で、今回の展覧会では、第三代・乗真(1505あるいは1512-62)の作と伝わる《十二支図三所物》も展示されます。
よく見ると、小さな画面に十二支の動物たちがからむように彫り込まれた、まさに「超絶技巧」。じっくり見てみたいです。

伝 後藤乗真《十二支図三所物》室町時代(16世紀)



うれしいことに今回の展覧会では出品の全刀剣がスマホで撮影OKです。
(※)国宝《曜変天目》は撮影できません。

丸の内に集結した名刀の数々をぜひお楽しみください!

2024年6月12日水曜日

根津美術館 企画展「古美術かぞえうたー名前に数字がある作品ー」

東京・南青山の根津美術館では、企画展「古美術かぞえうたー名前に数字がある作品ー」が開催されています。

展覧会チラシ


今回の企画展は、古美術の見どころを分かりやすく解説する「はじめての古美術鑑賞」シリーズの一環として開催される展覧会で、タイトルに数字が含まれる古美術を、「かぞえうた」になぞらえて一、二、三から百万までたどっていきながら、古美術のすばらしさを体感できるというユニークな内容なので、とても楽しみにしていました。

開幕に先立って開催された記者内覧会に参加してきましたので、さっそく展示の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


会 期  2024年6月1日(土)~7月15日(月・祝)
開館時間 午前10時~午後5時(入館は閉館30分前まで)
休館日  毎週月曜日 ※ただし、7月15日(月・祝)は開館 
入場料  オンライン日時指定予約
     一般1300円、学生1000円
     *障害者手帳提示者及び同伴者は200円引き、中学生以下は無料
会 場  根津美術館 展示室1・2

展覧会の詳細、オンライン日時指定予約、スライドレクチャー等の情報は同館公式サイトをご覧ください⇒根津美術館

※展示室内及びミュージアムショップは撮影禁止です。掲載した写真は記者内覧会で美術館より特別に許可を得て撮影したものです。

展示構成
 1 姿や技法を示す数字
 2 書(描)かれた内容をあらわす数字
 3 仏教美術にあふれる数字

1 姿や技法を示す数字

「数字」とひとくちに言っても、その姿かたちだったり、技法だったりと、数字がもつ意味合いはさまざま。

最初に登場するのは、その名のとおり1枚の木の葉をかたどった青磁の香合。
安政2年(1855)刊の「形物香合相撲」という番付では、西方前頭七枚目とのことでしたので、相当の実力者。番付というと大相撲でなじみがあるので、当時どれだけの価値が認められていたのかが実感として伝わってきます。
香合に(香を入れる蓋つきのうつわ)との説明があるのもうれしいです。

《青磁一葉香合》中国・明時代 17世紀
根津美術館

続いては、タイトルの数字が形を表す六角形、八角形、十角形のうつわ類。
うつわ類で一般的だったのは丸型や四角形でしたが、五角形や七角形といった奇数のものは作りにくかったようです。

右から 《染付山水文六角水注》景徳鎮窯 中国・明時代
 16世紀 根津美術館
《色絵鳳凰丸文八角鉢》、《色絵椿菊牡丹文十角鉢》
どちらも日本・江戸時代 17~18世紀
山本正之氏寄贈 根津美術館


数字が形だけでなく、そこに何が表されているのかが想像できるのが八角形の形をした《八角尾垂釜 芦屋》。八つの側面に表されているのは中国の名勝・瀟湘八景です。

《八角尾垂釜 芦屋》日本・室町~桃山時代
16世紀 根津美術館

数字が技法を表すものもあります。
《三彩壺》の三彩とは、陶器に2色以上の釉(うわぐすり)を用いて低火度で焼いたやきもののことで、中国・唐時代の唐三彩がよく知られています。

《三彩壺》中国・唐時代 7~8世紀
根津美術館


2 書(描)かれた内容をあらわす数字

今回の企画展は「数字」がキーワードの展覧会ですので、陶磁器などの工芸品や、書、絵画などさまざまなジャンルの古美術作品が見られるのも大きな楽しみのひとつです。

「2 書(描)かれた内容をあらわす数字」展示風景


下の写真右は作品のタイトルどおり「夢」という文字が一文字絵書かれた《夢一字》。
しかしながらよく見てみると、画面上の方には2頭の蝶が描かれているのに気がつきます。
「夢」というと書初めで書きそうな題材かと思いましたが、この作品は『荘子』に出てくる故事で、人生のはかなさをたとえた「胡蝶の夢」をあらわしたものだったのです。

右 一溪宗什筆(絵 狩野常信筆)《夢一字》
日本・江戸時代 17世紀 
左 頼山陽筆《蔵鋒二大字》日本・江戸時代 文政7年(1824)
どちらも小林中氏寄贈 根津美術館


上の写真左《蔵鋒二大字》の「蔵鋒」とは聞きなれない言葉ですが、筆先を中に入れて書く筆法のことで、才能をひけらかさないことを意味しているのです。
わずか一、二文字の書ですが、どちらも深い意味合いがあることがわかりました。


「数字」が人数をあらわす作品も展示されています。

小さな小さな刀の小柄に象嵌であらわされているのは、『古今和歌集』の序で取り上げられた6人の和歌の名人「六歌仙」。

下 大日釜調作《六歌仙図小柄》日本・江戸時代 18世紀
上 後藤高来作《四君子図大小縁頭》日本・江戸~明治時代 19世紀
どちらも根津美術館 


美男美女で知られた在原業平と小野小町の顔は銀で白く塗られていましたが、謡曲「草紙洗小町」では小野小町を陥れようとした悪役として描かれている大友黒主は顔も黒いままなところに注目したいです。
単眼鏡がないとよく見えないような細かい作品にはこのように拡大鏡があるので助かります。


江戸時代中期の文人画家・池大雅らしい豪快な書は、盛唐の詩人・杜甫が李白や張旭などの酒豪8人の酔態を詠んだ七言古詩「飲中八仙歌」。
第5扇(右から5枚目)には、酒を好み「詩仙」と称された李白らしい「李白は1斗の酒を飲む間に百篇もの詩を生んだ」という詩が綴られています。

池大雅筆《飲中八仙歌》日本・江戸時代 18世紀
秋山順一氏寄贈 根津美術館


《五十三次蒔絵鼻紙台》があらわす数字はもちろん東海道の宿場の数。
これは、蒔絵で東海道五十三次をデザインした、懐紙や楊枝などの手回り品を収める調度品で、下段右の日本橋からスタートして中段の違い棚、上段の引出を廻って天板の大津にたどりついて、天板の近江八景を臨むことができるので、ぜひ周囲を三周して東海道の旅をお楽しみいただきたいです。


《五十三次蒔絵鼻紙台》日本・江戸時代 18世紀
福島静子氏寄贈 根津美術館


3 仏教美術にあふれる数字

普段はあまり気にしていませんでしたが、「釈迦三尊像」はじめ仏教美術作品のタイトルは数字の宝庫。展示室2には仏教美術の名品の数々が展示されています。

「3 仏教美術にあふれる数字」 展示風景


黄金色に輝くのは、中国・北魏時代の【重要文化財】《釈迦多宝二仏並坐像》。
釈迦の説法を讃嘆するために多宝如来が宝塔に乗って出現して、釈迦を自席の隣に招き入れたという『法華経』の所説にもとづく場面なので、二仏の表情がとてもおだやかなのが印象的でした。

【重要文化財】《釈迦多宝二仏並坐像》
中国・北魏時代 太和13年(489) 根津美術館

《普賢十羅刹女像》に描かれているのは、『法華経』の信者を守護すると説かれている普賢菩薩と十羅刹女、そして毘沙門天、持国天。
十羅刹女はもとは人を食う怖い鬼でしたが、改心して信者を守るようになったとされていて、普賢菩薩と十羅刹女が描かれた仏画は特に女性に人気があったとのことです。
通常、十羅刹女の髪型や装束は中国風か日本風に統一されるのですが、この作品では一人だけ和風の髪型をしているので、ぜひ探してみてください。

《普賢十羅刹女像》日本・鎌倉~南北朝時代 14世紀
根津美術館

そして一から始まった「かぞえうた」は「百万塔」でフィナーレを迎えます。
「百万塔」は、恵美押勝(藤原仲麻呂)の乱(764年)平定後に称徳天皇によって発願され、奈良の東大寺、西大寺や大阪の四天王寺など10か寺に10万基ずつ納められたものすが、今では法隆寺だけのものが一部残されていて、この百万塔も法隆寺に伝来するものなのです。
手前には「百万塔」の塔身上部に納められていた『無垢浄光経』の陀羅尼もあわせて展示されています。

《百万塔》日本・奈良時代 8世紀
根津美術館


同時開催中! 展示室5 江戸→東京 ー駆け抜ける工芸ー

展示室5では、漆芸家・日本画家として知られる柴田是真をはじめ、幕末から明治にかけての激動の時代を生き抜き、東京を中心に活動した工芸家の漆工や金工などの作品が展示されています。

右 柴田是真《端午蒔絵印籠》日本・江戸時代 19世紀
左 柴田是真《鍾馗蒔絵印籠》日本・明治時代 明治19年(1886)
どちらも根津美術館 


同時開催中! 展示室6 季夏の茶の湯


季夏とは陰暦六月のこと。蒸し暑いこの時期にふさわしく、展示室6には涼しさを感じさせてくれる茶道具が展示されています。

茶室の天井から吊り下げられているように展示されている花入がとても涼しげでした。

《砂張釣舟花入》東南アジア 16-18世紀
根津美術館

会期は7月15日(月・祝)まで。
やさしく古美術が楽しめるこの夏おすすめの展覧会です。