2026年1月30日金曜日

東京国立博物館・台東区立書道博物館 連携企画「明末清初の書画」

東京国立博物館と台東区立書道博物館では、今年で23回目を迎えた連携企画が開催されています。
今まで、王羲之、趙孟頫、文徴明、董其昌はじめ歴代中国の書家たちの特集が続き、昨年は国内にある拓本の名品が大集結した「拓本のたのしみ」が開催され、すっかり新春の風物詩として定着した連携企画の今年のタイトルは「明末清初の書画」。

明末清初は、明王朝(1368-1644)から異民族である満洲族が漢民族を支配する清王朝(1616-1912)に転換する激動の時代。
今回の連携企画では、このような時代に生まれた書画の名品が展示されるのはもちろんのこと、作品を生み出した文人たちのさまざまな生きざまが紹介される、とても興味深い内容になっています。

展覧会チラシ

展覧会が開催される両館共通のタイトルは「明末清初の書画」ですが、サブタイトルは東京国立博物館が「乱世にみる夢」、台東区立書道博物館が「八大山人 生誕400年記念」と、それぞれ特徴のある展示が見られますので、館ごとに見どころをご紹介していきたいと思います。


東京国立博物館


展覧会名  東京国立博物館・台東区立書道博物館 連携企画「明末清初の書画」
      ―乱世にみる夢—
会 期   2026年1月1日(木・祝)~3月22日(日)
      前期:1月1日(木・祝)~2月8日(日)
      後期:2月10日(火)~3月22日(日)
会 場   東京国立博物館 東洋館8室

※展覧会の詳細等については同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.tnm.jp/
※東博コレクション展では個人利用に限り撮影ができます。ただし、撮影禁止マークのついている作品は、所蔵者の意向により撮影ができません。
※後期展示の作品は、主催者より広報用画像をお借りしたものです。


いつも中国書画の名品が展示されていて、中国の上海博物館に瞬間移動した気分にさせてくれる東洋館8室に入ってすぐに感じたのは、金色にきらきらと輝く華やいだ雰囲気でした。

展示風景


展示作品の解説を読んでその理由がわかりました。
文化が爛熟した明時代後期には、金による装飾を施した料紙の金箋(きんせん)や、滑らかで光沢のある絹織物の絖(ぬめ)を用いた絖本(こうほん)など、きらびやかな材質の紙・絹が好んで用いられたからなのです。

こちらは張瑞図(1570-1641)が、北宋時代に蘇軾ら16名の文化人が集った様子を描いた「西園雅集図」に米芾が題したと伝える文書を金箋12幅に書写した大作《行草書西園雅集図記軸》です。

《行草書西園雅集図記軸》張瑞図筆 明時代・17世紀
東京国立博物館蔵 前期展示


そして、縦に長い長条幅や扇面などの特徴的な形式が好まれるようになったのもこの時代で、一字一字が連続した草書体の「連綿草」やデフォルメなどによる新規な表現が独創的な様式に発展したのが明末清初でした。

高士のくつろいだ様子がなごめる扇面の作品は、張瑞図や黄道周ら明末の文人たちとの交流が知られ、日本で高く評価された王建章(生没年不詳)の《観泉図扇面》です。


《観泉図扇面》王建章筆 明~清時代・17世紀
東京国立博物館蔵(比屋根郁子氏寄贈) 前期展示


そして、これぞデフォルメの極致ともいえる作品は、詳しい一生は不明な点が多い呉彬の《渓山絶塵図軸》。奇怪な岩や山が入道雲のように湧き出てくる様子は一度見たら忘れられないほど強烈な印象です。2月25日~3月22日の期間限定展示ですのでお見逃しなく!


《渓山絶塵図軸》呉彬筆 明時代・万暦43年(1615)
個人蔵 展示期間(2/25-3/22)

明末清初の漢民族の文人たちは、明王朝の滅亡に際して自らの立場の選択を迫られました。

倪元璐(1593-1644)は、明末の農民反乱、李自成の乱のときに自ら縊死して明と運命を共にした烈士(れっし)のひとり。明末清初の連綿趣味を代表する一人でもありました。

展示風景


傅山(1607-84)は、清において官吏に推挙されても固辞したという、明への忠節を貫いた遺民(いみん)のひとりでした。傅山の書は狂逸的な連綿草と評価されていますが、《草書五言絶句四首四屛》(下の写真左の四幅 東京国立博物館蔵 前期展示)のようにここまで自由に筆を走らせていながら、破綻なくまとめるところはさすがです。
これぞ狂逸的といえる後期展示の《草書五言律詩軸》(東京国立博物館蔵)も楽しみです。

展示風景

遺民画家の立場を貫いた龔賢(1619?-89)の巨幅《山水図軸》(重要美術品 東京国立博物館蔵)は後期に展示されます。

重要美術品 《山水図軸》龔賢筆 清時代・康煕12年(1673)
東京国立博物館蔵 後期展示

そして明清の両王朝に仕えたため弐臣(じしん)として批判され、書も長らく評価されなかったのが王鐸(1592-1652)でした。

《行書五律北方俚作詩軸》王鐸筆 清時代・順治7年(1650)
東京国立博物館蔵(高島菊次郎氏寄贈) 前期展示

ほかにも明朝の遺民で王朝復興を果たせず日本に亡命して儒者として厚遇された朱舜水や、清になって初めて官僚として仕えた文人たちもいましたが、ここで頭の中に浮かんできたのは、筆者が明朝滅亡に遭遇したらどの道を選び、どのような夢を思い描いたかということでした。

文人の書斎を再現したスペースに飾られた「ラストエンペラー」宣統帝の《楷書七言聯》(前期展示)を眺めつつ、烈士となるのが潔くてもそれだけの勇気があっただろうか、遺民を貫いて清貧な生活に耐えることができただろうか、官吏に推挙されたら安定した収入を拒むことができただろうか、など頭の中で考えながら会場をあとにしました。

展示風景



台東区立書道博物館


展覧会名  東京国立博物館・台東区立書道博物館 連携企画「明末清初の書画」
      ―八大山人 生誕400年記念—
会 期   2026年1月4日(日)~3月22日(日)
      前期:1月4日(日)~2月8日(日)
      後期:2月10日(火)~3月22日(日)
会 場   台東区立書道博物館

※展覧会の詳細等については同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.taitogeibun.net/shodou/
※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は主催者より広報用画像をお借りしたものです。

台東区立書道博物館の展示のメインテーマは、今年(2026)、生誕400年を迎えた八大山人(1626-1705)。
八大山人は明の皇族出身で、通名は朱耷。明滅亡後に出家し、50歳代なかばに還俗して故郷の江西省南昌に戻り、そのころから八大山人を名乗つて書画を売り生計を立てた遺民画家でした。
八大山人は、自由奔放な筆致で、今でいうゆるキャラのような鳥や魚を描いていますが、そこには明の皇族出身としての誇りや、異民族の清朝に対する抵抗が込められているとの指摘があります。

《乙亥画冊》には八大山人の全8図が収められています。一度に全部広げることができないので、会期中に1ページずつ展示期間を区切って展示されます。
こちらの第4図は2月3日から2月15日までの展示です。
鳥たちは上目遣いで何を見ているのでしょうか。
八大山人の置かれた立場を考えると、清朝の皇帝をはじめとした支配層を皮肉っぽく眺めているようにも見えてきます。


《乙亥画冊》 八大山人筆 清時代・康煕34年(1695)
調布市武者小路実篤記念館蔵 通期展示


今回は八大山人の特集なので、これはぜひ見たいと思っていたのが晩年の代表作《安晩帖》(泉屋博古館蔵 展示期間 2月23日~3月8日)。
2022年に開催された「泉屋博古館東京リニューアルオープン記念展Ⅲ 古美術逍遥―東洋へのまなざし」では前期に第七図(叭々鳥)、後期に第六図(鱖魚)を見ることができましたが、2025年に泉屋博古館(京都)で公開されたときには行かれなかったので、どの図が見られるのか楽しみにしています。
そして今回は明末清初の文人たちの生きざまに焦点を当てた展覧会ですので、ぜひとも遺民・八大山人の忸怩たる思いにも注目したいです。


重要文化財《安晩帖》 八大山人筆 清時代・康煕33年(1694)、
康煕41年(1702) 泉屋博古館蔵 展示期間(2/23-3/8)

こちらは八大山人が80歳で亡くなる年の書《酔翁吟巻》(泉屋博古館蔵 後期展示)。
遺民・八大山人が最後にどのような境地に達したのか、興味深く拝見したいです。


《酔翁吟巻》(部分) 八大山人筆 清時代・康煕44年(1705)
泉屋博古館蔵 後期展示

八大山人の精神は、清中期に江蘇省揚州の繁栄を背景に登場した揚州八怪に引き継がれていきました。
こちらは揚州八怪のひとり、李鱓(1686-1762?)の《風荷図軸》(大阪市立美術館蔵 後期展示)。


《風荷図軸》 李鱓筆 清時代・18世紀
大阪市立美術館蔵 後期展示

八大山人へのオマージュは、清王朝が滅び、中華民国時代になっても続きます。
清末から現代にかけて活躍した斉白石(1863-1957)は、石濤や八大山人など遺民画家の作風を継承した文人画家でした。
画面下からぬっと姿を現す蟹がとても可愛らしいです。

《蟹図軸》 斉白石筆 中華民国時代・20世紀
台東区立朝倉彫塑館蔵 通期展示


台東区立書道博物館2階一番奥の中村不折記念室には、明末清初から揚州八怪、さらには中華民国時代までの書画が並んで展示されています。

以前、呉昌碩や斉白石の絵を見て、中国ではいつからこんなに自由に描くようになったのだろうと驚いたことがあったのですが、17世紀から20世紀までの中国書画が並んで展示されるのを見て、明末清初から現代まで続く自由な画風の流れがあることがよくわかりました。

最後にご紹介するのは、後期に中村不折記念室に展示される、明朝の忠臣・黄道周(1585-1646)の《山水図軸》(京都国立博物館蔵 後期展示)。
前面に描かれた大きな松の木が印象的です。
黄道周は明が滅んだ後も福王や唐王を立てて明王朝復興を目指しましたが、清軍に捕らえられ刑死した烈士でした。


《山水図軸》 黄道周筆 明時代・崇禎8年(1635)
京都国立博物館蔵 後期展示

会期は3月22日(日)までですが、前期は2月8日(日)までです。
展示期間限定の作品もあるので、展示リストをチェックして、激動の時代の中国書画の名品の数々と文人たちの生きざまをぜひご覧いただきたいです。

2026年1月16日金曜日

静嘉堂文庫美術館(静嘉堂@丸の内) 特別展「たたかう仏像」

 東京・丸の内の静嘉堂@丸の内(明治生命館1階)では、特別展「たたかう仏像」が開催されています。



「仏像」というと、やさしいお顔をしていて、見ていると自然と心が和んで、思わず手を合わせたくなる、そんなイメージがありますが、今回の特別展は、鎧兜に身を固め、こわい顔をした「たたかう仏像」たちに会える展覧会です。
でも、こわいといってもたたかう相手は私たちではありません。私たちを護るためにたたかってくれる仏さまたちなのでご安心を。

それでは先日展覧会におうかがいしましたので、さっそく展示の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要


会 期  2026年1月2日(金)~3月22日(日)
      前期 1月2日(金)~2月8日(日)
      後期 2月10日(火)~3月22日(日)
      ※後期期間中に重文・十二神将像のみ一部展示替えがあります。
会 場  静嘉堂文庫美術館(静嘉堂@丸の内)
休館日  毎週月曜日(ただし、2月23日(月・祝)は開館)、2月1日(日・全館停電日)
     2月24日(火)
開館時間 10:00~17:00※入館は閉館の30分前まで
     *毎月第4水曜日は20時まで、3月20日(金・祝)・21日(土)は19時まで開館
     *毎週木曜日はトークフリーデー
入館料  一般 1500円、大高生 1000円 中学生以下 無料
     障がい者手帳をお持ちの方(同伴者1名無料) 700円
※展覧会の詳細、関連イベント等は静嘉堂文庫美術館公式サイトをご覧ください⇒https://www.seikado.or.jp
※出陳作品は全て公益財団法人 静嘉堂の所蔵です。

撮影条件  国宝《曜変天目》以外は撮影可。
      *携帯電話・スマートフォン・タブレットのカメラは使用できます。
       動画撮影・カメラでの撮影は不可。

展示構成
 第1章 救済の最前線―たたかう仏像のさまざまな姿—
 第2章 静嘉堂の仏像×俑
 第3章 十二神将像と十二支の世界
 ホワイエ 象徴から図像へ―刀に刻まれた仏―




展示室1の展示の冒頭でお出迎えしてくれるのは、目を大きく見開いて相手をにらみつける毘沙門天像と、六牙の白象に乗り、光条を発して前に進む普賢菩薩像でした。


右:毘沙門天像 左:重要文化財 普賢菩薩像
どちらも鎌倉時代 13世紀 前期展示

新年の恒例行事の一つに七福神巡りがありますが、七福神の中で唯一武装しているのが毘沙門天。それはなぜかというと、毘沙門天は四天王の一神としては多聞天と呼ばれ、須弥山中腹に住み、北方を守護しているので、甲冑を身に着け、怒った顔(忿怒の相)をしてにらみを利かせる役割を担っているからなのです。
そのお隣の普賢菩薩は穏やかな表情をしていますが、象の頭の上には、武器を持つ明王のような姿の「三化人」が描かれているのでお見逃しなく。

後期には、重要文化財《不動明王二童子像》と重要美術品《五大力菩薩像》が展示されます。下の写真でご覧のとおり、ごうごうと燃え盛る炎を背景に、倶利伽羅剣を持ち、眼光鋭い不動明王のものすごい迫力に圧倒されます。

重要文化財 不動明王二童子像 詫磨栄賀筆
南北朝時代 14世紀


今回の特別展では、「法華経」(『妙法蓮華経』)の内容を絵画化した《妙法蓮華経変相図》も大きな見どころのひとつです。
ゆるかわ系のかわいらしい仏さまたちが描かれたこの絵巻を見ていると、とてもなごんだ気分になってきますが、絵の中には熱心に布教する毘沙門天や普賢菩薩が描かれているので、ぜひ探してみてください。

妙法蓮華経変相図 宋時代 11~12世紀 通期展示


展示室2でも、たたかう仏像たちの仏画が続きます。

「第1章 救済の最前線―たたかう仏像のさまざまな姿―」展示風景


ここで特に注目したいのは、初公開の《十一面観音菩薩坐像・春日厨子》です。
両手で持てるくらいの小さな厨子ですが、中には春日大社の景色とともに、武具を持ってにらみを利かす不動明王、愛染明王が詳細に描かれているので、その迫力が伝わってくるようです。


金胴十一面観音坐像・厨子のうち厨子 鎌倉時代 13世紀末~ 14世紀
通期展示

展示室2の仏画も前期後期で大幅な展示替えがあります。
後期に展示される作品のひとつは、狩野探幽の弟子、久隅守景が描いた重要美術品《釈迦十六善神像》。
画面の上方に太陽と月が描かれる例はあまりないとのことですが、おめでたさが感じられ、新年の床の間を飾るのにふさわしい作品ではないかと思えました。

重要美術品 釈迦十六善神像 久隅守景筆
 江戸時代 17世紀 後期展示


中国・元時代の《十王図・二使者図》も、十二幅のうち前期に四幅、後期に四幅が展示されます。
昔の人たちは、亡くなった人たちが閻魔様らに裁かれる場面を見て、生きているうちに功徳を積まなくてと、現代の私たち以上に強く思ったのではないでしょうか。

重要美術品    十王図・二使者図のうち第五 閻魔王、第六 変成王、
監斎使者、直府使者(右から) 元時代 14世紀 前期展示
 

静嘉堂@丸の内の中で一番広い展示室3に移ります。
大きな展示ケースにずらりと展示されているのは、中国の後漢~西晋、北魏、唐、晩唐~五代の俑。これだけ中国の俑がならぶ壮観な光景は感動的でもあります。

「第2章 静嘉堂の仏像×俑」展示風景

俑とは、中国で死者とともに埋葬した人形(ひとがた)のことで、秦の始皇帝陵の兵馬俑や、唐代の三彩釉陶などがよく知られています。

展示をここまでご覧になって、「あれっ」と思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。「たたかう仏像」の展覧会なので、仏像彫刻を期待したのに、最初に出てきたのは仏画でした。仏画も仏像の絵画作品なのでまだわかりますが、ここでなぜ中国の俑なのでしょうか。

実はこれには理由がありました。

奈良時代以降、日本で作られた仏像の鎧は、唐時代の甲冑の影響を受けていたので、両者を見比べることができる展示になっているのです。
(詳しくは展示室内の解説パネルをご覧ください。)

確かに、鎧の形も、腰の獣面も、邪鬼が踏みつけられているところもよく似ています。

三彩神将俑 唐時代  8世紀 通期展示

筆者が特に気になったのは、お墓を護る獅子面と人面の一対の加彩鎮墓獣。
墳墓の中でいきなり出てきたら、恐ろしさのあまり腰を抜かしてしまうことでしょう。
そしてすぐに気が付いたのが大きな鼻の穴。荒い鼻息で吹き飛ばされてしまいそうです。

         
           加彩鎮墓獣 唐時代 7世紀後半~8世紀 通期展示


展示室3の独立ケースに展示されている仏像はどれも個性的です。

如来坐像の両脇を固めるのは力士像二体。
筋骨隆々とした堂々とした体格の力士像が金剛杵を振りあげ、宝棒を地に着く姿はとても力強いのですが、体をくねらせているので、音楽に合わせてリズミカルに踊っているようにも見えました。

如来坐像・力士立像 晩唐~五代 10世紀 通期展示


日本では「兜跋」毘沙門天と呼ばれる、宝冠を被り、地天女に支えられた毘沙門天も展示されています。地天女は、もとは大地をつかさどるインドの女神なので、地天女がぐいっと持ち上げて毘沙門天がちょうど地中から登場してきた劇的な場面にも思えてきました。


兜跋毘沙門天立像 平安時代 10世紀末~11世紀
通期展示

頭上の獣頭はとぐろを巻く蛇のようなので巳(へび)神像にも見えるのですが、その姿勢は13世紀の仏教図像集『覚禅抄』に描かれる「世流布」(世に流布する)像の中の未(ひつじ)神像に近いとされている謎の十二神将像は初公開です。

十二神将立像 鎌倉時代 13世紀 通期展示


運慶から湛慶を経て三代目と言われる康円作の《広目天眷属立像》は後期展示です。
奈良・天理市にあった真言宗の古刹で、江戸時代までは大伽藍を誇りましたが、明治の廃仏毀釈で全てが破壊されて、遺された寺宝も散逸してしまいました。
四天王の眷属像も、持国天眷属像と増長天眷属像は東京国立博物館、多聞天眷属像がMOA美術館に所属されています。

重要文化財 広目天眷属像(部分) 康円作 鎌倉時代 文永4年(1267)
後期展示


そして展示室4へ。
京都・浄瑠璃寺の薬師如来坐像に随侍していた十二神将の登場です。
この十二神将の特徴は何といっても、どの神将も若々しく生き生きとしていて、独特のポーズをとって、表情も豊かなことです。


「第3章 十二神将像と十二支の世界」


こちらは前期と後期の前半(1/2-3/1)に展示される今年(2026年)の干支の《十二神将立像のうち午神像》です。
何かを考えている様子ですが、「さて、どうしたものか。」と思わずセリフを入れてみたくもなります。 

《十二神将立像のうち午神像》 鎌倉時代 安貞2年(1228)頃
展示期間 1/2-3/1


十二神将は、現在は静嘉堂に7軀、東京国立博物館に5軀が分蔵されています。
今回は静嘉堂所蔵の7軀が期間を分けてすべて展示されるので、全7軀にお目にかかるチャンスです。

ホワイエには静嘉堂の名刀や槍が展示されているので、刀剣ファン必見です。
今回のテーマはたたかう仏像ですので、刀に施された毘沙門天や不動明王の彫刻にも注目したいです。

刀 銘 国路 出羽大掾藤原国路 桃山時代 16~17世紀 通期展示

個性的な仏像や俑が展示されている「たたかう仏像」展ですので、美術展ナビと共同開発のアクリルクリップ、静嘉堂オリジナルのマスキングテープをはじめ展覧会オリジナルグッズも個性ゆたかです。

黒を基調として、楕円の窓から十二神将が顔を出すという、なんとも渋いデザインの図録も好評発売中。
ミュージアムショップにもぜひお立ち寄りください。



年の初めにふさわしく、静嘉堂の守護神が勢ぞろいしたとても頼もしい展覧会です。
前期も後期もぜひご覧いただきたいです。

2026年1月13日火曜日

山種美術館 特別展「LOVE いとおしい・・・っ!―鏑木清方の恋もよう、奥村土牛のどうぶつ愛―」

 東京・広尾の山種美術館では、【特別展】LOVE いとおしい・・・っ!―鏑木清方の恋もよう、奥村土牛のどうぶつ愛―が開催されています。

山種美術館外観

恋人たちの愛、動物への愛―私たちの身近にはさまざまな形の愛(=LOVE)がありますが、今回の特別展は、LOVEをテーマにした日本の近代・現代の絵画が見られる展覧会です。
遅ればせながら、先日、展覧会にお伺いしてきましたので、さっそく展示の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要


会 期  2025年12月6日(土)~2026年2月15日(日)
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日  月曜日
入館料  一般1400円、中学生以下無料(付添者の同伴が必要です)
     冬の学割:大学生・高校生500円
※各種割引等は同館公式ホームページをご覧ください⇒https://www.yamatane-museum.jp/   

展示構成
 第1章 人々への愛
 第2章 神仏、動物、そして故郷への愛

※展示室内は次の1点を除き撮影禁止です。掲載した写真は美術館より広報画像をお借りしたものです。

今回撮影可の作品は、小林古径の代表作《清姫》(山種美術館)の連作8点のうちの「日高川」です。

小林古径 《清姫》のうち「日高川」紙本・彩色
1930(昭和5)年 山種美術館

能や浄瑠璃、歌舞伎の題材にもなった安珍清姫の伝説に取材した《清姫》は、熊野参りの若い僧安珍に恋をした清姫が、逃げる安珍を追いかけ、大蛇になった清姫が道成寺の釣鐘に隠れた安珍を焼き殺してしまうという悲恋の物語の場面が描かれた作品です。
「日高川」で描かれているのは、安珍を追いかけている清姫が日高川に向かって手を伸ばしている場面。
「さて次の場面は」と気になるところですが、今回は全8点が一堂に展示されているので、ぜひその場でご覧いただきたいです。


家族への愛

今回の展覧会では、「家族への愛」、「恋愛」、「師匠・尊敬する人への愛」、「神仏への愛」、「動物への愛」、「故郷への愛」を題材にした作品が展示されていますが、「家族への愛」でご紹介する作品は、大正から昭和初期にかけて活躍した小茂田青樹の《愛児座像》(山種美術館)です。

1929(昭和4)年11月、青樹は38歳で初めて子どもを授かりましたが、生まれた男女の双子のうち、長男はほどなく天に召されたといわれています。
この作品のモデルは幼い長女・仲子で、おかっぱ頭にあどけない表情、小さな手、かごいっぱいのおもちゃなどから、作者の「いとおしい…っ!」という気持ちが伝わってくるようでした。


小茂田青樹《愛児座像》1931(昭和6)年 紙本・彩色
山種美術館


恋愛

「恋愛」でご紹介する作品は、実話をもとにしたお夏と清十郎の悲恋を題材にした《お夏狂乱》(福富太郎コレクション資料室)。池田輝方が敬愛する坪内逍遥の戯曲『お夏狂乱』の舞台は本作品発表の1ヵ月前に初演されました。
身分違いの恋に破れ、髪も衣装も乱れてぼんやりと遠くをみつめる姿がとても切なく感じられます。


池田輝方《お夏狂乱》1914(大正3)年 絹本・彩色 福富太郎コレクション資料室


今回の特別展のメインビジュアルになっている鏑木清方の《薄雪》(福富太郎コレクション資料室)や、小林古径の《清姫》も悲恋の物語。舞台で演じられたり、絵になったりするのは、ハッピーエンドではなく、カタルシスを感じることができる悲しい恋、道ならぬ恋がふさわしいのかもしれません。

神仏への愛

続いては、奥村土牛が師と仰いだ小林古径の死に直面して本格的に描きたいと強く願った中尊寺の《一字金輪坐像》を描いた《浄心》(山種美術館)。
実物は木造の坐像なのですが、黄金色に輝く仏さまの肌は柔らかく感じられ、まるで生身の人間のよう。古径を慕う思いが伝わってくるように感じられました。


奥村土牛《浄心》1957(昭和32)年 紙本・彩色 山種美術館


動物への愛

今回の特別展では、動物を描いた作品の点数が一番多く、どの動物も可愛らしく描かれているので、動物ファンにはたまらない展覧会です。

生きものを題材に数多くの作品を描いた奥村土牛の動物を描いた作品も5点展示されています。
どの作品にも生きものに対する愛が感じられ、この《兔》(山種美術館)では、可憐な赤い花と、つぶらな瞳のウサギの絶妙なコンビネーションが見られます。

奥村土牛《兔》1947(昭和22)年頃 絹本・彩色 山種美術館


山種美術館では、江戸時代や近代の日本画だけでなく、同館が主催する公募展「Seed 山種美術館 日本画アワード」で入選した現代作家の日本画を見ることができるのも大きな楽しみの一つです。
今回は、「Seed 山種美術館 日本画アワード2024」で奨励賞を受賞した小針あすかさんの《珊瑚の風》(山種美術館)が展示されています。


小針あすか《珊瑚の風》2023(令和5)年 紙本・彩色 山種美術館

この公募展の入選作品の展覧会が開催されたときには会場に足を運び、ちょうど小針さんご本人のアーティストトークをおうかがいすることができました。
沖縄の離島のとある海岸を描いたというこの作品を前にすると、海の波の音と、柔らかな風が感じられて、とても心地よい気分になってきます。


故郷への愛

川合玉堂が描くのは、少年時代を過ごした岐阜の代表的な風物詩の鵜飼です。
この作品は、生涯を通じて繰り返し鵜飼を描いた玉堂の初期の代表作で、制作に際し、改めて現地を取材したとのこと。
鵜飼の活気ある様子もさることながら、切り立った岩山の迫力に圧倒されます。


川合玉堂《鵜飼》1895(明治28)年 絹本・彩色 山種美術館


ミュージアムショップには、今回の特別展出品作品をデザインしたグッズなど人気商品が盛りだくさん。
1階の「Cafe椿」には、特別展出品作品をモチーフにした特製オリジナル和菓子もメニューにあります。
楽しみいっぱいの展覧会ですので、年のはじめに訪れてみてはいかがでしょうか。
新年は1月3日(土)からです。

展覧会チラシ



2026年1月11日日曜日

フェルメールの傑作《真珠の耳飾りの少女》 今夏、14年ぶりに来日決定!大阪へ!                  2026年8月21日~9月27日、大阪中之島美術館で開催の展覧会で公開 

 1月8日(木)、朝起きて朝日新聞の朝刊を見ていきなり驚きました。
なんと一面に掲載されていたのは、フェルメールのあの見慣れた傑作の写真。
そうです。日本のフェルメール・ファンの中でも特に人気の高い《真珠の耳飾りの少女》です。
タイトルには、「真珠の耳飾りの少女」が来日 8月21日~9月27日 大阪中之島美術館とありますが、オランダ・ハーグのマウリッツハイス美術館が所蔵するこの作品は、現在、原則「門外不出」のはず。朝からすごくうれしいニュースが飛び込んできたのです。

ヨハネス・フェルメール 《真珠の耳飾りの少女》
 1665年頃 44.5×39 cm 油彩・カンヴァス
マウリッツハイス美術館 © Mauritshuis, The Hague


そしてもう一つ驚いたのは、前回の来日がもう14年も前のことだったということ。
前回の来日は、約120万人が来場した2012年の「マウリッツハイス美術館展 オランダ・フランドル絵画の至宝」の時で、筆者も約120万人の一人として会場の東京都美術館に行って拝見してきました。
その時は金曜日の夜間開館の時だったので、それほどの混雑ではありませんでしたが、会場の奥の方に1点だけ独立して展示されていた《真珠の耳飾りの少女》の前には長い列ができていました。
それでもベルトパーテーションで仕切られた列の一番前は立ち止まることができなかったのですが、二列目からは立ち止まって見ることができたので、まずは二列目で少し遠くから見て、そのあと一番前の列に並んで歩きながら耳の真珠やつぶらな瞳をはじめ、細部までしっかりと見ることができました。
そのうちに閉館間際になって人も少なくなったので、最後にもう一回一番前の列に並んで、名残を惜しみながら別れを告げてきたことを鮮明に覚えています。
きっとその時の印象が強かったせいでしょうか、記憶の中ではそれが10年以上も前のこととは思ってもいませんでした。


今回の来日決定にあたり、マウリッツハイス美術館のマルティネ・ゴッセリンク館長がコメントを寄せています。
「当館には毎年、フェルメ ールの《真珠の耳飾りの少女》を愛する何千人もの日本人観光客が訪れます。 この『少女』の旅は、日本の皆さまに彼女を送り届けられる、 おそらくは最後となるであろう特別な機会です。」

今回の来日はマウリッツハイス美術館の改修工事による臨時休館に伴い実現することになったもので、まさに最後のチャンスかもしれません。

マウリッツハイス美術館 © Mauritshuis, The Hague  


現在わかっているのは、今年の夏、《真珠の耳飾りの少女》が38日間の期間限定で来日して、展覧会は大阪中之島美術館のみの開催で、他地域への巡回がないということです。
前回の来日で見られた方も、見られなかった方も、今からぜひ大阪行きを計画してみてはいかがでしょうか。

展覧会のタイトルも、その他の詳細情報も2月下旬ごろから発表されるとのことですので、新たな情報がわかり次第、ご紹介したいと思います。

【開催概要】
展覧会タイトル:2026年2月下旬発表予定
会期: 2026年8月21日(金)~ 9月27日(日) 38日間
会場:大阪中之島美術館
〒530-0005 大阪府大阪市北区中之島4-3-1
主催:大阪中之島美術館、朝日新聞社、朝日放送テレビ
※その他の詳細は2月下旬ごろから順次発表いたします。本展のお問い合わせ先は2月下旬公開予定です。
展覧会公式サイト:https://vermeer2026.exhibit.jp/
展覧会公式X:https://x.com/Vermeer2026
展覧会公式Instagram:https://www.instagram.com/vermeerosaka2026  


【ヨハネス・フェルメール(1632-1675)】
美術の黄金時代であった17世紀オランダを代表する画家の一人であり、静謐な日常生活の情景を精緻に描いた作品で知られる。制作に関しては一枚の絵に長い時間を費やしたため、完成させた作品は多くなく、現存する作品はわずか30数点しか知られていない。 画家になった当初は聖書や古典神話に基づく歴史画を描いていたが、24歳頃から室内風俗画へと転向した。マウリッツハイス美術館所蔵の《真珠の耳飾りの少女》は、フェルメール作品の中でも最も著名で世界的に広く愛される作品の一つである。


【マウリッツハイス美術館】
オランダ・ハーグにあるマウリッツハイス美術館は、主に17世紀のオランダ・フラン ドル絵画の優れたコレクションで知られる。館の建物はオランダ古典様式建築の傑作と評され1644年に邸宅として建設された。その後、1822年に王立美術館として開館した。美術館の基礎となるコレクションは、オラニエ公ウィレム5世の絵画収集品であ り、彼の息子であるオランダ初代国王ウィレム1世によって美術館が創設された。所蔵作品には、フェルメールの《真珠の耳飾りの少女》、《ディアナとニンフ》、《デルフトの眺望》の3作品のほか、やレンブラントの《ニコラース・テュルプ博士の解剖学講義》 をはじめ、ルーベンス、フランス・ハルス、ヤン・ステーンなど著名な画家の傑作が含まれている。


2026年1月7日水曜日

すみだ北斎美術館 企画展「北斎でひもとく!浮世絵版画大百科」

東京・墨田区のすみだ北斎美術館では、企画展「北斎でひもとく!浮世絵版画大百科」が開催されています。
今回の企画展は、浮世絵版画に多くの注目が集まった今年(2025年)の締めくくりにふさわしい、浮世絵版画の歴史や技法、テーマなどをひもといて、その幅広い魅力を感じとることができる展覧会です。
先日さっそく拝見してきましたので、展示の様子をご紹介したいと思います。

展覧会チラシ


展覧会開催概要


会 期  2025年12月11日(木)~2026年2月23日(月・祝)
     ※前後期で一部展示替えあり
     前期:2025年12月11日(木)~2026年1月18日(日)
     後期:2026年1月21日(水)~2月23日(月・祝)
休館日  毎週月曜日
     開館:2026年1月3日(土)、1月12日(月・祝)、2月23日(月・祝)
     休館:2025年12月29日(月)~2026年1月2日(金)、1月13日(火)
     ※ただし、2026年1月20日(火)は展示替えのため当企画展は休室
会 場  すみだ北斎美術館 3階企画展示室
開館時間 9:30~17:30(入館は17:00まで)
主 催  墨田区・すみだ北斎美術館
観覧料  一般1,000円、高校生・大学生700円、65歳以上700円、中学生300円
     障がい者300円、小学生以下無料
※観覧当日に限り、4階『北斎を学ぶ部屋』、常設展プラスもご覧になれます。
※展覧会の詳細、チケットの購入方法、各種割引の詳細、最新のイベント情報は同館公式ホームページをご覧ください⇒https://hokusai-museum.jp/encyclopedia/
※企画展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は、主催者より広報画像をお借りしたものです。

展示構成
 プロローグ
 1章 日本の木版画 その始まり
 2章 浮世絵版画をひもとく
 3章 生活の中に息づく浮世絵版画
 4章 時代によって変わる浮世絵版画




今回の展覧会では、いくつものサプライズが楽しめたのですが、最初のサプライズは冒頭に展示されている平安時代後期の木版画「阿弥陀如来坐像印仏」(長治2年(1105)  すみだ北斎美術館蔵 前期展示)でした。
この木版画は、なんと日本最古の図像版画として知られ、京都・浄瑠璃寺(現・木津川市)にある、九体阿弥陀像(国宝)の中尊の胎内に収められていたものなのです。
(後期には「浄瑠璃寺摺仏」(年代未詳 すみだ北斎美術館蔵)が展示されます。)

日本の木版画の始まりは、飛鳥時代(593-1192)に中国から伝来した仏教の普及に深く関係し、平安時代(794-1192)になると、仏教の経典を大量に作るため、木版での摺刷が行われるようになったとのことですが、浮世絵版画が誕生するまでに木版画の長い歴史があったことをあらためて実感することができました。

浮世絵版画の誕生は江戸時代(1603-1867)の初期頃ですが、墨一色の《墨摺絵》だった浮世絵版画が、紅を加えた《紅摺絵》、そして、複数の色を版木で摺り重ねた多色摺木版画=錦絵になるまでも長い歴史がありましたが、次のサプライズは、輪郭線を摺る主版や色ごとに分けた色版がずらりと展示されていることでした。
浮世絵を摺るための版木は、使い終わったら他の作品に転用されたりするので、版木が残っているというのはとても珍しいことなのです。
版木の展示ケース横のタブレットでは、一色ずつ色がついていく様子がわかる「摺りのプロセス」の動画を見ることができます。


浮世絵版画は、版元が企画して販売する商品でしたので、費用対効果や時間対効果が重視されました。
全紙(紙を漉いたまま、裁断していない最大のサイズ)を半分にしたり、それをさらに半分にしたりと、紙の無駄が出ないように、浮世絵版画のサイズは工夫されていましたが、こちらは《大判》と呼ばれ、倍大判(縦約39cm、横約53cm)を縦に1/2にしたサイズの作品です。


葛飾北斎「新版浮絵浦島竜宮入之図」 天明(1781-89)頃
すみだ北斎美術館蔵 後期展示

同じく後期に展示される葛飾北斎「あづま与五郎の残雪」「伊達与作せきの小万夕照」は、左右の絵につながりがありませんが、これは《二丁掛》と呼ばれた、1枚の版木に2図を摺って、摺り上がった後で2つに裁断して販売するものだったのです。
なんと大胆は発想なのでしょうか!


葛飾北斎「あづま与五郎の残雪」「伊達与作せきの小万夕照」享和(1801-04)頃
すみだ北斎美術館蔵 後期展示

浮世絵版画は、版元・絵師・彫師・摺師の四者が共同で制作したものですので、摺師の職人技も見どころのひとつです。

前期には、作品の上辺と下辺のぼかしの幅が異なる2点の葛飾北斎「雪月花 隅田」が並んで展示されています。
これは、ぼかしの技法のひとつ《拭きぼかし》と呼ばれる、摺師が版木の上に乗せた絵の具を濡らした布で板上に広げて摺る技法で、ぼかしの幅には差が出てくるのです。
どちらが好みかその場で比較してみてはいかがでしょうか。


葛飾北斎「雪月花 隅田」天保(1830-44)初期頃
すみだ北斎美術館蔵 前期展示


浮世絵版画は、江戸の人々に身近に存在していたので、江戸の日常が描かれていたり、宣伝や広告のチラシにも用いられていました。


葛飾北斎「覗機関」寛政6-9年(1794-97)
すみだ北斎美術館蔵 通期展示
※半期で同タイトルの作品に展示替えをします

覗機関(のぞきからくり)とは、箱の中の絵を覗き穴からみる機器で、絵を立体的に見せる工夫がされたものでした。
この作品は今回の企画展のメインビジュアルになっていますが、後ろ姿だけで、物珍しそうに覗き込む子ども達の気持ちを表現してしまうところは「さすが北斎!」と思わずうなってしまいました。


商品の宣伝や広告にも浮世絵版画が使われていることは初めて知りました。
この作品は、海苔の宣伝用チラシなのです。
海苔漁の風景を北斎が手がけ、宣伝文句は戯作者の柳亭種彦が書いていますが、ふたりはお互いの家を行き来して遊ぶ友達だったそうです。

葛飾北斎「東叡山御用 御膳海苔所」天保12年(1841)
すみだ北斎美術館蔵 前期展示


ほかにも、《組上げ絵》や《立版古》と呼ばれた、切り取って組み立てることができる江戸のペーパークラフトもありました。
切り取って組み立てる版画作品だけでなく、実際に組み立てた作例も展示されています。
(葛飾北斎「しん板くミあけとうろふ ゆやしんミせのづ》」化(1804-18)中期頃 埼玉県立歴史と民俗の博物館蔵 通期展示)


明治時代に入ると、庶民に向けて様々な情報を発信してきた浮世絵版画は、その役割を写真や新聞に徐々に譲り渡していきました。
それでも、本来はライバルであるはずのカメラを題材にした作品を作ってしまうところに浮世絵版画のしたたかさを感じました。
こちらは、「明治のカメラ女子」を描いた「開花人情鏡 写真」です。


豊原国周「開花人情鏡 写真」明治11年(1878)
すみだ北斎美術館蔵 前期展示

明治以降の浮世絵版画では、今やどこの美術館で展覧会が開催されても多くの人が訪れるほど人気が高い、「光線画」の小林清親、新版画の川瀬巴水、吉田博の作品も展示されています。

そして今回の企画展の最大のサプライズは最後にやってきました。
「今」を題材に浮世絵版画を制作している絵師のひとり、石川真澄さんの「接吻四人衆大首揃」(平成27年(2015) UKIYO-E PROJECT)です。
描かれているのは、アメリカの人気ロックバンド「KISS」の四人のメンバー。
四人ともトレードマークのメイクで、コスチュームは忠臣蔵の衣裳、ベースのジーン・シモンズはちゃんと長い舌を出しています。
この作品を見ていたら、以前KISSのコンサートに行った時のことを思い出して、「デトロイト・ロック・シティ」の派手なイントロが聞こえてくるように感じられました。

ミュージアムショップでは展覧会リーフレットが発売中です(税込350円)。
展覧会の構成に沿って、オールカラーで見どころがコンパクトに紹介されているので、鑑賞のおともにぜひ!

展覧会リーフレット


いつも欠かさないことですが、帰る前に4階『北斎を学ぶ部屋』で北斎さんにごあいさつ。


北斎のアトリエ再現模型


江戸時代初期の墨摺絵から多色摺に発展して、明治時代の近代化を経て現代まで綿々と続く浮世絵版画の魅力をたっぷり楽しむことができました。
おすすめの展覧会です。