2024年12月27日金曜日

山種美術館【特別展】HAPPYな日本美術―伊藤若冲から横山大観、川端龍子へ―

東京・広尾の山種美術館では、【特別展】HAPPYな日本美術―伊藤若冲から横山大観、川端龍子へ―が開催されています。

展覧会チラシ

【展覧会開催概要】


会 期  2024年12月14日(土)~2025年2月24日(月・振休)
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで) 
休館日  月曜日[1/13(月・祝)、2/24(月・振休)は開館、1/14(火)は休館
     12/29(日)~1/2(木)は年末年始休館]
入館料  一般 1400円、中学生以下無料(付添者の同伴が必要)
     【冬の学割】大学生・高校生500円 
     ※本展に限り、特別に入館料が通常1100円のところ500円になります。

その他、各種割引、展覧会の詳細等は山種美術館公式ホームページをご覧ください⇒https://www.yamatane-museum.jp/ 

展示構成
 第1章 福をよぶ―吉祥のかたち
 第2章 幸せをもたらす―にっこり・ほのぼの・ほんわか


展覧会チラシをご覧になって「あれッ?」と思われた方がいらっしゃるのではないでしょうか。いつも江戸時代から近代・現代日本画の名品の展覧会を開催している山種美術館なのに、チラシにはなぜかハニワの写真も。
しかし、そのナゾは展示室に入ってわかりました。

※掲載した写真はプレス内覧会で美術館より許可を得て撮影したものです。
※今回の特別展では、《埴輪 猪を抱える猟師》(5-7世紀(古墳時代) 個人蔵)のみ写真撮影OKです。撮影はスマートフォン・タブレット・携帯電話に限定されています。その他、撮影の注意事項は展示室内でご確認ください。


《埴輪 猪を抱える猟師》5-7世紀(古墳時代) 個人蔵



新年を迎えるのにふさわしいおめでたい展覧会ですので、松竹梅、七福神、富士山、鶴や来年の干支の蛇など、おめでたい画題の作品がずらりと並んでいます。

展示風景

第1展示室の冒頭を飾るのは富士山をはじめとした吉祥画を数多く描いた横山大観の《天長地久》(昭和18年頃 山種美術館 上の写真左手前)。青々と茂る松林と、画面右から左に飛んでいく鶴の群れが緊張感を感じさせる印象的な作品です。
「天長地久」とは、永久に変わることのない天地のように、物事がいつまでも続くことを意味する語ですが、太平洋戦争のさ中、連合軍の反攻で日本軍が劣勢に立たされるようになった昭和18年頃の大観の、変わることのない日本を残したいという思いが伝わってくるようです。

大観の願いもあってか、敗戦後も日本は滅ぶことなく平和な日々が訪れました。
戦後に描いた松林にはどことなくのどかな雰囲気がただよっているように感じられます(下の写真中央)。


横山大観・川合玉堂・川端龍子《松竹梅》
(右から川合玉堂「竹(東風)」、横山大観「松(白砂青松)」、川端龍子「梅(紫昏図)」1955(昭和30)年 山種美術館


三人の巨匠によるこの作品は、山種美術館の創設者・山﨑種二氏の希望により企画された松竹梅展で実現したもので、青龍社を創設して大観と袂を分かった川端龍子と横山大観は、戦前は仲たがいしていたのですが、戦後は交流が復活して、二人でひたすら酒を酌み交わしたという、これまたおめでたいエピソードも残されています。

今回のメインビジュアルの中でも特に大きく扱われているのは、その川端龍子が描いた《百子図》(大田区立龍子記念館)。

川端龍子《百子図》1949(昭和24)年 大田区立龍子記念館


象のまわりを子どもたちがうれしそうにはしゃいでいて、見ている私たちも明るい気分なってきます。
この作品は、戦後、「象を見たい」と東京の子どもたちが行動を起こし、「戦時猛獣処分」で象がいなくなった上野動物園にインドから「インディラ」と名付けられた象が贈られ、象は首につけた鈴を鳴らしながら芝浦の港から上野動物園まで歩いたというエピソードに触発されて龍子が描いたものでした。

HAPPYな気分になれるのは、やはり平和があってこそ。
今回の展示を見て、あらためて平和の大切さを感じました。


続いては、二つの国立博物館での展覧会ですっかり人気者になったハニワが登場。
冒頭でご紹介したハニワは、獲物の猪を抱えて得意気な表情をしています。

展示風景

その左隣の独立ケースに展示されているのは、極楽浄土に棲み、その美しい声で仏法を説くという想像上の鳥で、上半身は人の姿、下半身は鳥の姿の迦陵頻伽(かりょうびんが)像。
仏涅槃図でよく見かける迦陵頻伽は嘆き悲しむ表情で描かれていますが、この迦陵頻伽は子どもがにこやかに笑っているような表情をしています。
どちらもHAPPYな表情をしているので今回の特別展に展示されているということがここで初めてわかりました。そして展覧会のタイトルも「HAPPYな『日本画』」でなく「HAPPYな日本美術」になっているナゾも同時に解けました。


新年の楽しみのひとつは七福神めぐり。展示室内でも七福神めぐりができます。

こちらは狩野探幽没後に江戸狩野派の総帥となった狩野常信の《七福神図》。
七福神をかこんではしゃぐ子どもたちがとてもかわいいです。

狩野常信《七福神図》17-18世紀(江戸時代) 山種美術館



初夢でどんな夢を見るのかは、大いに気になるのではないでしょうか。
ここで富士山が描かれた作品を見て富士山のイメージをつかんで、ぜひいい初夢を見ていただきたいです。

右から 小松均《赤富士図》1977(昭和52)年、奥村土牛《山中湖富士》
1976(昭和51)年、横山大観《心神》1952(昭和27)年
いずれも山種美術館


今回の特別展では、山種美術館所蔵の《伏見人形図》をはじめ《鶴図》《鶏図》《叭々鳥図》《蛸図》(いずれも個人蔵)の5点もの伊藤若冲作品を観ることができます。
中でも海中をゆらりと泳ぐ「さかさタコ」は初めて見ましたが、くりっとした目が愛らしいです。

右 伊藤若冲《伏見人形図》1799(寛政11)年 山種美術館
左 《蛸図》18世紀(江戸時代) 個人蔵

今回もミュージアムグッズは、新発売も多く出ていて内容が充実してます。



《百子図》(大田区立龍子記念館)をモチーフにしたミニトートバッグ(税込1,650円)はおすすめです。ハニワや伊藤若冲《伏見人形図》(山種美術館)ほがのアクリルホルダー(各 税込770円)がぶら下がっているのが見えますでしょうか。とてもオシャレです。




Cafe椿では、出品作品にちなんだ和菓子に加え、クリスマスやお正月限定の和菓子も楽しむことができます。



年内は12月28日(土)まで。新年は1月3日(金)から。
2025年がHAPPYな年になることを願って、ぜひ訪れていただきたい展覧会です。 

2024年12月11日水曜日

大倉集古館 特別展「志村ふくみ100歳記念ー《秋霞》から《野の果て》までー

東京・虎ノ門の大倉集古館では、特別展「志村ふくみ100歳記念ー《秋霞》から《野の果て》までー」が開催されています。

大倉集古館外観

今回の特別展は、紬織りを独自の感性と想像力で、芸術性の高い作品として発展させた人間国宝・志村ふくみさん(1924~)の紺色を基調にした初期の代表作から、2000年代以降の明るい色調の作品まで、70年にわたる染織家としての足跡を辿ることができる展覧会です。

着物の展示を見ていつも思うのは、着るときは着る人の体に合わせて小さくなる着物が、美術館の中で広げて展示されると実は意外と大きく、そこに写し出される模様や図柄を楽しむことができる大画面のキャンバスのように見えるということです。

今回の特別展も、展示ケースの中に広げられたさまざまな色合いの着物を見て心地よい気分になってくる、とてもいい雰囲気の展覧会ですので、さっそく展示の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


会 期  2024年11月21日(木)~2025年1月19日(日)
      前期 11月21日(木)~12月15日(日)
      後期 12月17日(火)~2025年1月19日(日)
開館時間 10:00~17:00 *金曜日は19:00まで開館(入館は閉館の30分前まで)
休館日  毎週月曜日(祝・休日の場合は翌平日)、12月29~31日
     *新年は1月1日から開館
入館料  一般 1,500円、大学生・高校生 1,000円、中学生以下無料
*展覧会の詳細、ギャラリートーク、各種割引等は同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.shukokan.org/ 


*展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は主催者より広報用画像をお借りしたものです。
*所蔵はすべて個人蔵です。


展示は志村ふくみさんが染織を始めるきっかけとなった作品から始まります。
ふくみさん自身が「はじめての着物」とも述べているこの《秋霞》は、1958年の第5回日本伝統工芸展で奨励賞を受賞しました。
近くで見ると、微妙に色合いの異なる紺色のグラデーションがとてもきれいです。

志村ふくみ《秋霞》1958年 紬織/絹糸、藍 個人蔵(通期展示)

《秋霞》の隣には、ふくみさんが影響を受けた染織家の母・小野豊さん(1895-1984)の作《吉隠》が並んで展示されています。
《吉隠》という作品名は、『万葉集』の中の歌に詠まれた奈良県桜井市吉隠の地にちなんでつけられたとのこと。
淡い色合いの紺の間の白い帯状の模様がいいアクセントになっています。

小野豊《吉隠》1960年頃 紬織/絹糸、藍 個人蔵(前期展示)
撮影:安河内聡


《野の果て》(手稿)は、ふくみさんが書いた童話に兄の小野元衞さん(1919-1947)が絵を描いた手稿です。 
画家を志した元衞さんは、結核を患い28歳の若さで生涯を閉じましたが、兄の芸術に対する真摯な姿勢は、妹のふくみさんのその後の創作活動に大きな影響を与えました。


文:志村ふくみ・画:小野元《野の果て》(手稿)
1943年 個人蔵(通期展示)

時がたって2023年、ふくみさんが100歳を目前にして遠い日の春の野を回想して制作したのが《野の果てⅡ》でした。
パステルカラーのような淡い萌黄色や紅色、紫色の色合いが、まるでメルヘンの世界にいるような気分にさせてくれる作品です。

志村ふくみ《野の果てⅡ》2023年 紬織/絹糸、紫根、
紅花、春草 個人蔵(通期展示)



今回の展覧会では、自然の光景や源氏物語などの古典文学、さらには海外への旅など、ふくみさんの発想の源泉の豊かさ、幅の広さに感銘を受けました。

はじめに、ふくみさんの出身地で、染織家としての道を歩み始めた近江八幡の目の前に広がる琵琶湖から。

《月の湖》は、満月に近い宵に琵琶湖のほとりで月の出を待ち、やがて湖上の沖島の上に月がのぼる瞬間に思わず感動して織り上げたという作品。
波間に月の光がきらきらと反映する様子が浮かんでくるようです。


志村ふくみ《月の湖》1985年 紬織/絹糸、藍、玉葱
個人蔵(前期展示)


1987年の第34回日本伝統工芸展に出陳された《光の道》は初期の代表作。
こちらは月ではなく、日の光でしょうか。日の出か夕暮れ時の湖面の光と闇の対比が見事に表現された作品です。
志村ふくみ《光の道》1987年 紬織/絹糸、藍、渋木
個人蔵(前期展示)


京都・嵯峨に構えた工房の近くの清凉寺境内に光源氏のモデルとなった源融の墓所があることに気がついたことがきっかけで、ふくみさんは『源氏物語』の帖名に由来する作品をいくつも手掛けています。

《若紫》は『源氏物語』「若紫」の帖にちなんだ作品です。絵画では光源氏が幼き紫の上を垣根の間から「垣間見る」場面が描かれることが多い「若紫」ですが、この作品では高貴な血を引きながらも田舎住まいをしている少女の世塵に染まっていない有り様を表現しているように感じられます。
志村ふくみ《若紫》2007年 紬織/絹糸、紫根、茜
個人蔵(後期展示)

風景だけでなく人間の心情も着物で表現したふくみさんは、海外への旅によって欧州の文化を吸収しました。

《舞姫》は、森鴎外『舞姫』に登場する薄幸の少女エリスの揺れ動く切ない心情を表現しているように思えました。

志村ふくみ《舞姫》2013年 紬織/絹糸、紅花、紫根、刈安、藍、
梔子 個人蔵(前期展示)

ベートーヴェンのバイオリン・ソナタ9番「クロイツェル」が由来の《クロイツェル・ソナタ》の模様は、楽譜のようにも見えて、時には静かに、時には激しく奏でるバイオリンとピアノの調べが聞こえてきそうです。
志村ふくみ《クロイツェル・ソナタ》2013年 紬織/絹糸、
黒、刈安 個人蔵(後期展示)

斬新なデザインの《風露》は、切継と呼ばれる小さな布片を接ぎ合わせる技法で、端切れをつなぎ合わせて着物に仕立てたものですが、ふくみさんがある抽象絵画をみて着想を得たとのこと。

志村ふくみ《風露》2000年 紬織/絹糸、紅花、藍、刈安、紫根
個人蔵(後期展示)

詩人・石牟礼道子さんの最後の著作を原作とする新作能「沖宮」のために制作された衣裳にも注目したいです。
「沖宮」は、島原の乱ののちの天草の地で、天草四郎の霊が干ばつに苦しむ村のために龍神への人柱になる少女あやを海底の「沖宮」へ導くという物語で、物語の内容にふさわしく、衣裳には独特の雰囲気が漂っています。
舞衣《紅扇》は主人公あやの、狩衣《竜神》は神である龍神の、小袖《Francesco》は四郎の衣裳で、このうち《紅扇》と《Francesco》は上演時には着用されず、今回が初公開になるものです。


志村ふくみ監修 制作:都機工房 舞衣《紅扇》2021年
紬織/絹糸、紅花、藍、刈安、臭木 個人蔵(後期展示)




志村ふくみ監修 制作:都機工房 小袖《Francesco》2020年
紬織/絹糸,臭木、藍 個人蔵(後期展示)



志村ふくみ監修 制作:都機工房 狩衣《竜神》2018年
紬織/絹糸、藍、梔子、玉葱 個人蔵(前期展示)


日本の伝統的な着物に日本の風景や古典文学の登場人物の心情を込めた作品、海外の文化を取り入れた作品をはじめ、様々な色合いの作品が楽しめるので、普段から着物を着ている方や着物ファンの方はもちろんのこと、着物とはあまり縁のない方にもおすすめできる展覧会です。 
寒い日々が続きますが、心温まる展覧会をぜひご覧ください。

三井記念美術館 唐ごのみー国宝 雪松図と中国の書画ー

東京・日本橋の三井記念美術館では「唐ごのみー国宝 雪松図と中国の書画ー」が開催されています。




今回の館蔵品展は、冬の風物詩・円山応挙の国宝《雪松図屛風》とともに、「唐物」と呼ばれ、鎌倉・室町時代に将軍家や武家を中心に好まれた宋や元時代の中国の文物から、明や清に至るまで、江戸時代の人たちが愛でた「唐ごのみ」の逸品が展示される、とても充実した内容の展覧会ですので、開幕を楽しみにしていました。

それではさっそく展覧会の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


会 期  2024年11月23日(土・祝)~2025年1月19日(日)
開館時間 10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日  月曜日(但し1月13日は開館)、年末年始12月27日(金)~1月3日(金)、
     1月14日(火)
入館料  一般 1,200円、大学生・高校生 700円、中学生以下無料
展覧会の詳細、各種割引等については同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.mitsui-museum.jp/
 

展示構成
 第1章 拓本コレクターとその蒐集品
 第2章 北三井家旧蔵の書画
 第3章 墨蹟と書
 第4章 名物絵画の世界

※本展覧会では12月6日(金)より、国宝《雪松図屛風》をはじめとする展示室4の作品の一部に限り撮影可能です。それ以外の作品の写真はプレス内覧会で美術館の許可を得て撮影したものです。
※展示作品はすべて、三井記念美術館所蔵です。


国宝《雪松図屏風》円山応挙筆 江戸時代・18世紀


今回の展覧会の見どころの一つは、拓本や中国絵画をはじめ多くの作品が初公開されていることです(初公開作品には出品目録に★印がついてます)。
そして、もう一つの見どころは、それぞれの作品の旧蔵者や三井家への伝来の経緯などがよくわかる、とても興味深い展示になっていることです。


第1章 拓本コレクターとその蒐集品


展示室1には、真筆が残っていないとされる書聖・王羲之(303-361)や、唐代に独自の筆法を創出した顔真卿(709-785)の書をはじめとした、世界屈指の拓本コレクションで知られる三井記念美術館が所蔵する拓本の名品の数々が個別ケースに展示されています。

展示室1 展示風景


現在、同館が所蔵する拓本はほぼ、新町三井家9代・三井高堅(みつい たかかた 1867-1945)氏の旧蔵品からなるもので、同氏は、特に宋拓や唐拓といった古拓本の収集に力を注ぎました。

下の写真右は、書家で初唐三大家の一人、褚遂良(596-658)による《雁塔聖教序》で、『西遊記』の三蔵法師でおなじみの玄奘三蔵が天竺から持ち帰った経典を漢訳した功績を称えるために建立された石碑の拓本です。
左は、三井髙敏氏が息子の高堅氏(当時の名は堅三郎)に宛てた《雁塔聖教序》送付の礼状で、三重・松坂在住の高敏氏が、美術作品が集まる京都に住む息子に拓本収集を依頼していたことがうかがえる資料です。礼状には「想像よりも良い品で嬉しい。」と書かれていて、入手した時の高敏氏の喜びようが伝わってくるようです。

右 《雁塔聖教序》褚遂良筆 唐時代・永徽4年
左 三井高敏書簡 三井堅三郎(高堅)宛 明治時代・19世紀



いつもとっておきの名品が一品だけ点だけ展示される展示室2には、《石鼓文 中権本(宋拓)》が展示されています。

「石鼓文(せっこぶん)」とは、中国に現存する最古の石刻文のことで、10個の太鼓状の石に刻まれていることからこの名があり、戦国時代に作られたものとされています。
およそ2500年前の文字が残っているということだけでも貴重なのですが、その伝来にもドラマがありました。


《石鼓文 中権本(宋拓)》 戦国時代・前5~前4世紀


拓本は、元の碑文の摩耗や戦乱での破壊などで、刻まれた文字が失われてしまうことが多いので、文字数が多く、摩耗の少ないものが貴重なものとされていて、この石鼓文の拓本は497字を収め、最も字数が多いものです。これは明代を代表する書画コレクターの安国が20年間探し求めてようやく手に入れたもので、安国が子孫にあてた跋文には、この拓本を末永く守り伝えるように記しています。
また、元末四大家の一人、文人画家の倪瓚(げいさん)が観賞したことを自ら記しているのですが、筆を抑え気味に描き空気感のある山水画を描く倪瓚のファンとしては、倪瓚と同じものを見ていると思うと、より味わい深いものに感じられました。


三井記念美術館の拓本コレクションの充実ぶりは、2019年に東京国立博物館で開催された特別展「顔真卿 王羲之を超えた名筆」で多くの拓本が展示されているのを見て初めて知ったのですが、いつも年初めに楽しみにしている東京国立博物館と台東区立書道博物館の連携企画に来年は三井記念美術館も加わり、同館所蔵の拓本の名品が台東区書道博物館に展示されるとのことですので、こちらも楽しみです。
(2025年1月4日~3月16日 台東区立書道博物館「拓本のたのしみ」)


第2章 北三井家旧蔵の書画


展示室4には、国宝《雪松図屏風》と中国書画が展示されています。

展示室4 展示風景

先ほど、初公開作品が多いことはご紹介しましたが、第2章と第4章では、これまで評価が定まっていなかった「伝」のつく中国絵画の多くが初めて公開されています。

中には、牛を連れて放浪する高士が二幅に描かれた(伝)張芳汝《牧牛山水図》のように、現在ではおそらく中国絵画を模して日本で描かれたとみられる作品もありますが、中国絵画といわれても信じてしまうほどの出来映えの「和製中国絵画」もとてもいい雰囲気を醸し出しているので、江戸時代の人たちが中国絵画として愛でていたことは不思議ではないと感じました。
作品の左の資料からは、室町時代に画家や美術鑑定家として活躍した能阿弥筆と伝わる外題(現代における作品ラベル兼鑑定書に相当)や、江戸時代初期の狩野派の総帥・狩野探幽ら、江戸時代の画家の鑑定を得たことがわかります。


《牧牛山水図》(伝)張芳汝 室町時代・15~16世紀



国宝の茶室「如庵」を再現した展示室3には、南宋~元代の茶器と、中国の名勝として知られる瀟湘八景の一つを題材にした珠光筆《漁村夕照図》が展示されていて、唐ごのみで統一された落ち着いた空間が広がっています。

展示室3 展示風景


第3章 墨蹟と書


続いては、禅僧たちの書が並ぶ展示室5と展示室6へ。

展示室5 展示風景

ここでも墨蹟と並んで、その伝来が記された付属資料が展示されているので、どちらも見比べながらご覧いただきたいです。


《陳大観園中竹一首》(伝)蘇軾・黄庭堅 15~17世紀


《陳大観園中竹一首》は、北宋時代の書家・詩人で『赤壁賦』で知られる蘇軾と、蘇軾の門弟で同じく北宋を代表する書家・詩人の黄庭堅の筆と伝わるというだけでもすごいのですが、加藤清正が朝鮮出兵時に現地で得て豊臣秀吉に献上したと伝わっているものなのです。
伝来の真偽はわかりませんが、表具の天地は秀吉が馬印にも用いた瓢箪の文様なので、秀吉ゆかりの品として茶室で愛でられたのかもしれません。


第4章 名物絵画の世界

  
最後の展示室7には、松江藩10代藩主で、大名茶人として名高い松平不昧(1751-1818)が旧蔵した「雲州名物」や徳川幕府の旧蔵品「柳営御物」、中国絵画の名品が展示されています。

展示室7 展示風景

ここでも作品だけでなく、付属資料にも注目したいです。
牧谿筆と伝わる《川苣図》は、一見すると何が描かれているかよく分からないのですが、小松菜のような葉野菜が葉を下にして束ねられていて、ラッキョウのような植物が刺されているのです。
そしてこの作品は、狩野探幽の所蔵品で、幕府に献上されたのち、土浦藩土屋家へ下賜されたという由緒あるもので、さらに作品が収められている外箱も、金の蒔絵が施されている立派なものです。

《川苣図》(伝)牧谿 14~16世紀


「唐ごのみー国宝 雪松図と中国の書画ー」は来年1月19日(日)まで開催されているので、国宝《雪松図屏風》を見て年を越すのもよし、年始に国宝《雪松図屏風》を見るのもよし、中国書画の名品の数々とあわせてぜひご覧いただきたい展覧会です。

2024年11月22日金曜日

「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」 来夏 大阪を皮切りに東京、愛知巡回開催決定!

「ひまわり」の連作や浮世絵の影響を受けたことで知られ、日本でも人気の高い画家の一人、フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)の展覧会が、来夏の大阪を皮切りに東京、愛知に巡回開催されることが決定しました。

 2025年7月 5日(土)~ 8月31日(日)    大阪市立美術館
 2025年9月12日(金)~12月21日(日)   東京都美術館
 2026年1月 3日(土)~3月23日(月)  愛知県美術館(予定)

ゴッホの展覧会は今までも国内で開催されていますが、今回のゴッホ展は、ファン・ゴッホ家のコレクションに焦点を当てた日本初の展覧会です。

よく知られているように、兄フィンセントの画業を支え、大部分の作品を保管していたのは弟のテオ(テオドルス・ファン・ゴッホ 1857-1891)でしたが、兄の死の半年後にその生涯を閉じ、テオの妻ヨー(ヨハンナ・ファン・ゴッホ=ボンゲル)が膨大なコレクションを管理することとなりました。
ヨーはファン・ゴッホの名声を高めることに人生を捧げ、作品を展覧会に貸し出し、販売し、膨大な手紙を整理して出版し、息子フィンセント・ウィレムは、コレクションを散逸させないため、フィンセント・ファン・ゴッホ財団をつくり、美術館の設立に尽力しました。

アムステルダムのファン・ゴッホ美術館は、画家フィンセント・ファン・ゴッホの約200点の油彩、500点にのぼる素描をはじめ、手紙、関連作品、浮世絵版画などを所蔵していますが、そのほとんどが1973年の開館時にフィンセント・ファン・ゴッホ財団が永久貸与したものです。

今回のゴッホ展では、ファン・ゴッホ美術館の作品を中心に、ファン・ゴッホの作品30点以上に加え、日本初公開となるファン・ゴッホの手紙4通なども展示され、家族が守り受け継いできたコレクションが紹介されます。

それではさっそく展示作品のいくつかをご紹介したいと思います。


フィンセント・ファン・ゴッホ《画家としての自画像》は、ゴッホのパリ時代(1886-88)の終盤に描かれた自画像で、パリで身につけた筆遣いと、補色を効果的に用いた明るい色調が見どころの作品です。
1890年にファン・ゴッホと初めて会ったヨーは、この作品の姿がこの時の印象によく似ていると回想しています。

フィンセント・ファン・ゴッホ 《画家としての自画像》188712-18882
ファン・ゴッホ美術館、アムステルダム(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)
Van Gogh Museum, Amsterdam (Vincent van Gogh Foundation)


パリでロートレックやゴーガンらと出会ったファン・ゴッホは多くの刺激を受け、自らの表現が時代遅れなものだと気づき、新しい表現を身につけようと35点を超える花の静物画を描き、実験を繰り返しました。この《グラジオラスとエゾギクを生けた花瓶》からは、効果的な色彩の組み合わせや自由な筆づかいの試みが感じられます。

フィンセント・ファン・ゴッホ 《グラジオラスとエゾギクを生けた花瓶》 18868-9
ファン・ゴッホ美術館、アムステルダム(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)
Van Gogh Museum, Amsterdam (Vincent van Gogh Foundation)
 

画家としての収穫も多かったパリでの生活は、一方でゴッホを心身ともに疲れさせ、1888年2月には南仏のアルルに移り、同年秋にはゴーガンも合流しました。
《種まく人》はその頃に生まれた作品で、敬愛する画家ミレーの描いた種まく人を自らも描きたいと、試行錯誤を繰り返し、この構図にたどり着きました。大胆な色彩の組み合わせですが、秋の夕暮れを表すためにやや落ち着いた色調が用いられているところに注目したいです。

フィンセント・ファン・ゴッホ 《種まく人》 188811月  
ファン・ゴッホ美術館、アムステルダム(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)
Van Gogh Museum, Amsterdam (Vincent van Gogh Foundation)

パリ時代から南仏アルルの時代までの作品を駆け足で紹介してきましたが、1853年3月30日にオランダの小村フロート・ズンデルトの牧師の家に生まれたファン・ゴッホは、1880年、画家になることを決意し、ベルギーのブリュッセルや、オランダのヌエネンなど、各地で絵画の修業を続けました。

この手紙の宛て先のファン・ラッパルトは、画業のごく初期に知り合ったオランダ時代の先輩画家で、ファン・ゴッホは手紙に作品のスケッチを描き込み、意見や助言を求めましたが、社会の底辺の人々を題材とした暗い色彩の作品を描いた修業時代の代表作《ジャガイモを食べる人々》への手厳しい批評でふたりの友情は終わりを迎えることになりました。

「傘を持つ老人が描かれた、フィンセント・ファン・ゴッホからアントン・ファン・ラッパルトに宛てた手紙」  1882923日頃 ファン・ゴッホ美術館、アムステルダム(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)
Van Gogh Museum, Amsterdam (Vincent van Gogh Foundation)(purchased with support from the Mondriaan Fund, the Ministry of Education, Culture and Science, the VSBfonds and the Cultuurfonds)


ファン・ゴッホは、その短い生涯の間、ファン・ラッパルトや弟のテオなどに多くの手紙を書きましたが、作品とのかかわりを示す手がかりとなる貴重な資料なので、文章は読めませんが、描かれているスケッチや文章の内容をその場で読み取りたいと思いました。

さて、これまで展示作品を紹介してきましたが、最後に今回のゴッホ展の「みどころ」をご紹介します。

1 ファン・ゴッホ家のコレクションに焦点を当てた日本初の展覧会
2 30点以上のファン・ゴッホ作品で初期から晩年までの画業をたどる
3 ファン・ゴッホが集めた作品や初来日となるファン・ゴッホの手紙4通を展示


来年も多くの展覧会の開催情報がアナウンスされていますが、間違いなくこのゴッホ展も見逃せない展覧会の一つ。今から開幕が待ち遠しいです。

2024年11月8日金曜日

泉屋博古館東京 特別展「オタケ・インパクトー越堂・竹坡・国観、尾竹三兄弟の日本画アナキズムー」

東京・六本木の泉屋博古館東京では特別展「オタケ・インパクトー越堂・竹坡・国観、尾竹三兄弟の日本画アナキズムー」が開催されています。

 
泉屋博古館東京エントランス

展覧会開催概要

会 期  2024年10月19日(土)~12月15日(日)
 前期  10月19日(土)~11月17日(日)
 後期  11月19日(火)~12月15日(日)
開館時間 11:00~18:00(金曜日は19:00まで開館 ※入館は閉館の30分前まで)
休館日  月曜日、※11月4日は開館(翌5日休館)
入館料  一般1,200円、高大生800円、中学生以下無料  
※展覧会の詳細、関連イベント等は同館公式サイトをご覧ください⇒泉屋博古館東京

展示構成
 第1章 「タツキの為めの仕事に専念したのです」ーはじまりは応用美術
 第2章 「文展は広告場」ー展覧会という乗り物にのって
 第3章 「捲土重来の勢を以て爆発している」ー三兄弟の日本画アナキズム
 第4章 「何処までも惑星」ーキリンジの光芒
 特集  清く遊ぶー尾竹三兄弟と住友

今回の展覧会はホール内の尾竹国観《絵踏》と北村四海《蔭》のみ撮影可能です。
館内で撮影の注意事項をご確認ください。
※掲載した写真は主催者より広報用画像をお借りしたものです。


今回の特別展は、東京で尾竹三兄弟を紹介する初めての展覧会。彼らの重要作をはじめ、多数の初公開作品など前後期あわせて約70点もの作品が大集結する豪華な内容なので、とても楽しみにしていました。
特に見たかったのは、花鳥風月を愛でる伝統的な日本画とは全くかけ離れたアヴァンギャルドな尾竹竹坡の《月の潤い・太陽の熱・星の冷え》。


尾竹竹坡《月の潤い・太陽の熱・星の冷え》大正9年 
宮城県立美術館【前期展示】

《月の潤い・太陽の熱・星の冷え》は、『日本画とは何だったのか 近代日本画史論』(古田亮著 2018年)で初めて見て、まさにインパクトを受けていつかは見てみたいと思っていたので、実物を目の前で見ることができて大満足でした。

キャプションのタイトルは「トム少佐、聞こえますか?」。
トム少佐とは、伝説のロックスター、デヴィット・ボウイの名曲「スペース・オディティ」に出てくる宇宙飛行士。幻想的な「スペース・オディティ」を脳内で再生しながらこの作品を眺めているとまるで宇宙空間をさまよっているような心地よい気分になってきます。
この作品は前期展示ですが、後期にも同じようなアヴァンギャルドな作品が見られるので後期も行かなくてはなりません。

尾竹竹坡《大漁図(漁に行け)》はアヴァンギャルドというよりマニアック!
最初は何が描かれているのかよく分かりませんでしたが、近くで見ると海面にはおびただしい数の魚、魚、魚。なかには亀の姿も見えます。

尾竹竹坡《大漁図(漁に行け)》大正9年
個人蔵【前期展示】

そして、舟の上にもこれ以上獲っては舟が沈んでしまうのではないかというくらいたくさんの魚。逞しい体をした漁師に獲られまいと抵抗しているタコの姿も見えます。
アップにしてみるとそのすごさがよく分かります。

尾竹竹坡《大漁図(漁に行け)》(部分)大正9年
個人蔵【前期展示】

それにしても魚の目は黒目の部分がもっと大きいはずなのですが、竹坡の描く魚は白目の部分が大きくて、どの魚も驚いている表情をしていて、ひょうきんな顔をしているようにも見えるのはなぜなのでしょうか。


新潟で紺屋(染物屋)を営む家に生まれ、父・倉松に絵の手ほどきを受けた長男・熊太郎(越堂)(1868-1931)、三男・染吉(竹坡)(1878-1936)、四男・亀吉(国観)(1880-1945)の尾竹三兄弟の本格的な画業の出発点は富山でした。
明治22年頃、越堂は富山へ移り、売薬版画の下絵や新聞の挿絵、絵馬などを描いて家計を助け、竹坡、国観も兄を追って富山に移り、兄を支えたのです。

富山といえば富山の薬売り。
子どもの頃、富山の薬売りの人が家に来て薬の交換をしたあと、帰り際にもらったカラフルな紙風船で遊んだ記憶がありますが、当時の進物商法(おまけ)は多色摺りの浮世絵で、歌舞伎役者を描いた役者絵や七福神など吉祥画題の福絵などが中心でした。

尾竹国観《役者見立 壇浦兜軍記・阿古屋琴セメの段》
富山市売薬資料館【後期展示】


その後、本格的な絵画学習を志した国観は明治26年に上京して歴史画の大家・小堀鞆音に入門、その3年後には竹坡が上京して、円山派の流れを継ぐ川端玉章に師事しました。
(明治32年には越堂も上京。)

国観の《油断》は、特定の歴史的事実や人物に基づかない作品ですが、敵陣に攻め入る武士たち(右隻)、不意打ちにあわてふためく武士や女房たち(左隻)の姿が臨場感たっぷりに描かれています。








尾竹国観《油断》明治42年 東京国立近代美術館 【前期展示】

《油断》は明治42年に開催された第3回文展に出品された作品で、2等賞第2席を受賞しました。当時の文展では1等賞は空席で、2等賞第1席は若くして亡くなった天才日本画家・菱田春草の《落葉》(重要文化財 永青文庫)でした。
この作品は国観の文展デビュー作なのですが、のちに重要文化財となる作品と肩を並べるほどの作品を描いてしまったのですから、「国観おそるべし!」と言わざるを得ません。


ホールに展示されている尾竹国観《絵踏》は初公開。撮影可の作品です。
《絵踏》は、江戸幕府がマリア像やキリスト十字架像などを足で踏ませてキリスト教の信徒でないことを証明させたというドラマチックな場面が描かれた作品で、国画玉成会展覧会に出品されたのですが、国画玉成会の審査員の選からもれた兄・竹坡と岡倉天心が仲たがいして竹坡が同会を除名されたため、国観も退会して展示中だった《絵踏》も会場から撤去したという、作品そのものにもドラマチックないわれがあったのです。

尾竹国観《絵踏》明治41年 泉屋博古館東京【通期展示】



「これは狩野探幽では!」と一瞬思った、余白をたっぷり使った竹坡の《九冠鳥》は後期展示。これも初公開の作品ですが、大正期にはアヴァンギャルドな絵を描いた竹坡が明治期にはこんな絵を描いていたことに驚かされます。

尾竹竹坡《九冠鳥》明治45年 個人蔵 【後期展示】

越堂の《漁樵問答》は大正5年の第10回文展に出品された作品で、こちらも初公開です。

尾竹越堂《漁樵問答》大正5年 個人蔵【後期展示】


前期は11月17日(日)まで。後期も大幅な展示替えがあって、上でご紹介した大作も展示されるので楽しみです。

今回は展覧会チラシもインパクト大。なんと「パ」の字の大きいこと。
今回の特別展をご覧いただいて、ぜひインパクトの大きさを感じ取ってください!