2020年11月30日月曜日

東京丸の内で世紀末のパリ気分~三菱一号館美術館「1894 Visions ルドン、ロートレック展」

冬になるとクリスマスのイルミネーションでひときわ輝いて見える三菱一号館美術館の外壁パネルのデコレーション。




今年は開館10周年の最後を飾る展覧会「1894 Visions ルドン、ロートレック展」が開催されています。
「1894」とは、丸の内初のオフィスビルとして三菱一号館が竣工した年。
今回の展覧会は、世界有数のルドン・コレクションを誇る岐阜県美術館とのコラボ企画で、
1894年にちなんでルドンロートレックが活躍した19世紀末のフランス・パリに焦点を当てたものです。
さらにルドンやロートレックだけでなく、同時代の画家や、フランスに留学した日本の洋画家たちも登場して、19世紀末のパリの雰囲気がそのまま展示室内に再現されている豪華な展覧会なのです。

展覧会概要


会 期  2020年10月24日(土)~2021年1月17日(日)
  (前期後期で展示替えがあり、11月26日から後期展示が始まっています。)
開館時間 10時~18時(祝日を除く金曜と会期最終週平日、第2水曜日は21時まで)
     ※入館は閉館の30分前まで
休館日  月曜日(月曜日が祝日の場合と、12月28日、2021年1月4日は開館)
     年末年始の12月31日(木)、2021年1月1日(金)
入館料  一般 2,000円ほか
※本展覧会は日時指定券をお持ちの方を優先的にご案内します。展覧会の詳細、チケット購入方法等は同館公式HPでご確認ください⇒https://mimt.jp/


展覧会チラシ


展示構成
 第1章 19世紀後半、ルドンとトゥールーズ=ロートレックの周辺
 第2章 NOIR-ルドンの黒
 第3章 画家=版画家 トゥールーズ=ロートレック
 第4章 1894年 パリの中のタヒチ、フランスの中の日本-絵画と版画、芸術と装飾
 第5章 東洋の宴
 第6章 近代-彼方の白光

巡回展情報
 岐阜県美術館
「三菱一号館美術館共同企画 1894 Visions-ロートレックとその時代」
  開催予定 2021年1月30日(土)~3月14日(日) 

展示室内は撮影不可です。掲載した写真は、内覧会で美術館より特別の許可をいただいて撮影したものです。

さて、展示構成にしたがって順番にご案内したいところですが、まずは今回の展覧会を象徴する場面からご紹介したいと思います。

エッフェル塔やセーヌ川を背景に見るロートレック。

第4章展示風景


第4章展示風景

暖炉の部屋で見るルドンやロートレック。

第2章展示風景

第3章展示風景


もうこれだけで気分はパリ!
すっかり19世紀末のパリの雰囲気にひたることができます。

さらに冒頭ご紹介したように、今回の展覧会はこの二人だけではありません。
同時代の画家や、フランスに留学した日本の洋画家たちも登場する豪華なラインナップなのです。


「第1章 19世紀後半、ルドンとトゥールーズ=ロートレックの周辺」では、三菱一号館美術館と岐阜県美術館の所蔵する19世紀後半の名品の「夢の競演」が実現しています。

19世紀後半といえば、やはり一番の人気は印象派
三菱一号館美術館が所蔵するルノワールモネの作品でまずひと安心。

第1章展示風景

そして、岐阜県美術館からは、ゴーギャンを中心にブルターニュ地方の村に集まったポンタヴェン派ベルナールや、ゴーギャンを崇拝するナビ派セリュジエの作品。

第1章展示風景


「第1章 19世紀後半、ルドンとトゥールーズ=ロートレックの周辺」でしっかり19世紀後半のツボを押さえたうえで、「第2章 NOIR-ルドンの黒」に進みます。
ルドンの「黒」とは、主に木炭で描かれた作品群のこと。木炭の濃淡だけで描かれた不思議な世界に引き込まれてしまいそうです。


第2章展示風景

続いて「第3章 画家=版画家 トゥールーズ=ロートレック」へ。
ロートレックのポスターは、街頭に貼り出すためのものと思っていたのですが、蒐集家が室内を飾るために制作された限定版もあったとのこと。
部屋に飾ると室内が華やいだ雰囲気になりますね。

第3章展示風景


「第4章 1894年 パリの中のタヒチ、フランスの中の日本-絵画と版画、芸術と装飾」はすでに一部紹介しましたが、ロートレックの大判ポスター、ゴーギャンがタヒチ文化理解のために刊行しようとした紀行文『ノア・ノア』に自らが描いた挿絵などが展示されていて、当時のパリの華やいだ雰囲気が伝わってきます。

第4章展示風景

第4章展示風景

そして、「第5章 東洋の宴」の注目は明治期を代表する洋画家・山本芳翠
フランス仕込みの洗練された女性像を描く芳翠は好きな洋画家の一人。
岐阜県美術館は芳翠の出身地だけあっていい作品を所蔵しています。

第5章展示風景

ところで、解説パネルに「留学中に描いた作品を積み込んだ海軍の巡洋艦畝傍(うねび)が航海中に消息を絶ち、滞欧中のほとんどが失われた。」とありますが、芳翠の滞欧中の作品は、なぜ海軍の巡洋艦で運ばれたのでしょうか。
明治前半、日本にはまだ自前で大型の軍艦を建造する技術がなかったため、日本海軍がイギリスに発注したのが防護巡洋艦「浪速」「高千穂」、そしてフランスに発注したのが「畝傍」でした。そして、「畝傍」が竣工して日本に向かうタイミングで芳翠の作品を積み込んだのです。芳翠も軍艦なら安全だろうと考えたかもしれません。
しかし、「畝傍」はシンガポール出港後行方不明になり、のちに亡失と認定されましたが、真相は謎のまま。
かえすがえすも残念でなりません。

さて、いよいよ会場は3階から2階に移り、最終章「第6章 近代-彼方の白光」。

暗闇の中に浮かんでくるのは三菱一号館美術館の至宝中の至宝、「黒」の時代から「色彩」の時代に移ったルドンの大作《グラン・ブーケ(大きな花束)》。
《グラン・ブーケ(大きな花束)》が完成した1901年、精神も肉体も病んでいたロートレックは、まるで19世紀が終わったのを見届けるかのように、同年の9月に亡くなりました。

ルドン《グラン・ブーケ(大きな花束)》

こちらは岐阜県美術館が所蔵する「色彩」の時代のルドンの作品群。
ルドンらしい淡い色彩が幻想的な雰囲気を醸し出す、とても上品な名作ばかりです。

第6章展示風景

そして、世紀末のパリを彷彿とさせるこの展覧会は、ルドンを仰ぎ見たナビ派の画家たち、セリュジエやボナールの作品で幕を閉じます。

第6章展示風景

第6章展示風景

コロナ禍の影響で海外に安心して行かれない状況の中、国内の美術館のコラボ企画で海外気分を味わえる展覧会は、今ではとても貴重なものに感じられました。

2021年1月17日(日)まで開催されています。この冬おススメの展覧会です。

2020年11月17日火曜日

SOMPO美術館「東郷青児 蔵出しコレクション~異国の旅と記憶~」

今ではすっかり西新宿のランドマークとして定着した巨大な白亜のオブジェ「SOMPO美術館」。

SOMPO美術館外観

今年7月に新装オープンしたSOMPO美術館の開館記念展「珠玉のコレクション-いのちの輝き・つくる喜び-」に続く第2弾は「東郷青児 蔵出しコレクション~異国の旅と記憶~」

もとは安田火災とゆかりの深かった東郷青児のコレクションを常設する美術館として1976年に安田火災海上(現在の損保ジャパン)本社ビル42階に「東郷青児美術館」として誕生した同館にとって、今回はまさに出発点に立ち返った展覧会。

今まで開催された展覧会でも同館所蔵の東郷青児作品は見ているのですが、今回は普段あまり公開されることのない作品が多く出てくる「蔵出しコレクション」。
さて、どんな作品が蔵から出てくるのか楽しみです。

【展覧会概要】

会 期  2020年11月11日(水)~2021年1月24日(日)
休館日  月曜日(ただし11月23日、1月11日は開館)
     年末年始(12月28日(月)~2021年1月4日(月))
開館時間 午前10時~午後6時(入館は閉館30分前まで)
観覧料
 一般 1,000円、大学生 700円、高校生以下 無料 障がい者手帳をお持ちの方 無料
※本展は日時指定入場制です。事前に日時指定のオンラインチケットをご購入ください。入場無料の方もオンラインによる日時指定をお願いします。

展覧会の詳細、チケット購入方法、新型コロナウィルス感染拡大防止対策等については美術館の公式サイトでご確認ください⇒SOMPO美術館


展覧会チラシ


館内は、ゴッホ《ひまわり》ほか9作品は撮影可(フラッシュ不可)ですが、その他は撮影不可です。掲載した写真は内覧会で美術館の特別の許可をいただいて撮影したものです。
(撮影可の作品の写真には「撮影可」とキャプションに記載しました。)

さて、今回の展覧会は6章構成になっていて、アトリエの再現に始まり、初期の前衛的な作品から、フランス滞在時の人物画や風景画、「青児美人」と言われたモダンな美人画、青児には珍しい男性の肖像画、晩年の彫刻や厚塗りの試みなど、作品や写真、関連資料などを通じて東郷青児の画風の変遷をたどりながら、いつの間にか青児ワールドに入ることができる展示構成になっています。

東郷青児になじみのない方でもスーッと入ることができる展示構成です!


展覧会の構成
 第1章 1920年代のフランス(1921-28)
 第2章 モダンボーイの帰国(1928-35)
 第3章 イメージの中の西洋(1935-59)
 第4章 戦後のフランス(1960-78) (1)リアルなフランス体験 (2)二科の交換展と受章
 第5章 異国の旅と蒐集品(1960-78)
 第6章 当館の設立と新たなる旅(1976-78)


そして、年代順に青児の画風の変遷をたどりながら、20歳代に留学したフランスに始まり、ヨーロッパ各地、中東、北アフリカ、南米など、世界各地を旅して、そこで青児が見た人物や風景の作品を見ながら、エキゾチックな旅の追体験ができるのも今回の展覧会の魅力の一つ。

世界各地の人物や風景を見て海外旅行気分が味わえる!


5階展示室に入ってすぐは導入ゾーン
入口左には東郷青児のアトリエが再現されています。
展示されているトランク、イーゼル、パレット、絵筆などは実際に青児が使っていたものなので、まるで本物のアトリエにいるような気分。

東郷青児のアトリエ再現
撮影可


続いて正面を見ると、18歳の時に描いた作品《コントラバスを弾く》(1915年)と、翌年の二科展に出品していきなり二科賞を受賞したこの作品を前にポーズを決める東郷青児(下の写真左から)。
「僕の作品どう?」

どちらも撮影可

東郷青児といえば、「東郷様式」と呼ばれたモダンな女性像が思い浮かびますが、初期の東郷青児の「未来派風」の前衛的な作品も実は魅力的なのです。
初めて見たのは「東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館」時代の2017年に開催された「生誕120年 東郷青児展」でした。この時は青児の生まれ故郷にある鹿児島市立美術館から多くの初期作品が出品されたのをよく覚えています。

《コントラバスを弾く》(1915年)
撮影可

第1章「1920年代のフランス(1921-28)」に展示されているのは、青児の最初のフランス留学時代に描いた風景画や女性たち。

第1章展示風景


《南仏風景》は、在仏中に体調を崩して1ヶ月ほど保養のためすごした南仏の町を描いた作品。
キュビズムやシュルレアリスムの影響と言ってしまえばそれまでですが、不自然にゆがんだ建物や木を見ていると、異郷の地で体調がよくないときに不安げに窓の外を見るとこのように見えるのかもしれません。

《南仏風景》(1922年)
撮影可


第2章 モダンボーイの帰国(1928-35)にはどこかで見たことのある絵が出てきます。


第2章展示風景

そうです、SOMPO美術館のロゴマークになっているのが上の写真中央の《超現実派の散歩》(1929年)に描かれた、宙に浮いて月を捉えようとする人物なのです。

美術館前の案内看板

まだこの頃は、フランス仕込みのシュールな雰囲気が残っていますが、第3章 イメージの中の西洋(1935-59)になるといよいよおなじみの「青児美人」が登場してきます。 


第3章展示風景

1950年代の女性ファッションを象徴するギュッと絞ったウェストの女性を描いた《赤いベルト》。

《赤いベルト》(1953年)
撮影可

戦後になって、まだ海外への渡航が制限されていた時代に、多くの人が憧れる「西洋」の明るいイメージを描いた青児ですが、それだけではありませんでした。
第4章 戦後のフランス(1)リアルなフランス体験では、植民地の独立戦争などで疲弊したフランスの、特に農村部の困窮に衝撃を受けた青児は、その悲惨な状況を作品に残しています。

第4章展示風景

寒さに凍える少女を描いた《子供》(1960年)や物思いにふける女性を描いた《慕秋》(1960年)、おそらく息絶えたであろう娘を力なく見つめる母親と、こちらに鋭い視線を向ける姉を描いた《貧しき子》(1963年)(上の写真右から)からは、インドシナ戦争(1946-54年)からアルジェリア独立戦争(1954-62年)まで長い間続いたフランスの植民地をめぐる戦争の悲惨さが痛いほど強く伝わってきます。


戦後、東郷青児は二科展の中心人物として、パリの美術団体サロン・ドートンヌで二科展を開催するなど海外の美術団体との交流を進めました。
第4章 戦後のフランス(1960-78)(2)二科の交流展と受章では青児が展覧会のためにパリに送った作品が展示されています。
この時期になるとおなじみの青児美人のオンパレード。見る人を安心させてくれます。

第4章展示風景

第5章 異国の旅と蒐集品(1960-78)に展示されているのは、今までの東郷青児展ではあまり見ることがなかった異国の地の風景を描いた作品群。コロナ禍で思うように海外に行かれる時期ではないからこそ、心にじわーっとしみ込んでくる作品ばかり。

砂漠に立つ孤高の男性や、世界各地で見かけた女性たち。

第5章展示風景

上の写真右の《赤い砂》(1967年)もそうですが、男性を描いてもこれが東郷青児の作品とすぐにわかる「青児様式」。

こちらも青児にしては珍しい男性の肖像画《タッシリの男》(1972年)。

《タッシリの男》(1972年)
撮影可

サハラ砂漠中央にある先史時代の壁画で知られた世界遺産タッシリ・ナジェール遺跡に青児が訪れたのは70歳代なかば。この旺盛な行動力を見習いたい!

晩年にも「青児美人」は健在です。

《女体礼賛》(1972年)
撮影可


新たな試みがブロンズ像《日蝕》(1976年)。

《日蝕》(1976年) 撮影可

1972年の二科展に彫刻を出品した青児がこの《日蝕》を制作したのは80歳近くになっていました。
そして、絵画でも新たな試みに挑戦しています。
第6章 当館の設立と新たなる旅(1976-78)に展示されている作品は、晩年に試みた厚塗りの《貴婦人》。


《貴婦人》(1976年) 撮影可

功成り名を遂げても満足することなく、いつまでも新たな表現方法を追求し、制作意欲旺盛な東郷青児の生きざまを見ていると、「こちらも頑張らなくては」と思い、元気をもらったような気分になりました。


収蔵品コーナーも健在です

最後はゴッホの《ひまわり》をはじめとした豪華な収蔵品のコーナー。
今回はうれしいことにこの《ひまわり》が撮影可!

ゴッホ《ひまわり》(1888年) 撮影可


今回の展覧会では撮影可の作品がこの《ひまわり》のほか9点ありますが、どれも鑑賞者優先でフラッシュ撮影や人物を入れての撮影は不可など注意事項があります。
そして《ひまわり》も自分を入れる記念撮影は禁止で、撮影する場所も決められています。
撮影マナーを守って楽しく作品を鑑賞したいですね。

《ひまわり》の前のフォトスポットの表示

2020年11月2日月曜日

静嘉堂文庫美術館「能をめぐる美の世界」展

前回は様々なジャンルの美術品の競演で私たちを楽しませてくれた静嘉堂文庫美術館の今回の展覧会は「能をめぐる美の世界」

日本の仮面劇のルーツ、伎楽面や舞楽面にはじまって、翁面、男面、女面、鬼面などさまざな種類の、それもそれぞれの表情がどれも微妙に違っている面が展示されていて、さらには能面を包むきらびやかな面袋や、面のウラまで見られるという、まさに奥行きの深い能の世界にいつの間にか引き込まれていく展覧会です。


【展覧会概要】

会 期  2020年10月13日(火)~12月6日(日)
  前期 10月13日~11月8日 後期 11月10日~12月6日
  (前期後期で展示替えがあります。)
休館日  毎週月曜日(ただし、11月23日は開館)、11月24日(火)
開館時間 午前10時~午後4時30分(入館は午後4時まで)
入館料  一般1000円ほか
新型コロナウィルス感染防止対策及び展覧会の詳細は同館公式HPでご確認ください⇒http://www.seikado.or.jp/

※掲載した写真は、展示室内の撮影が可能であった10月31日までに来館した際に撮影したものです。11月1日以降は展示室内は撮影不可です。
※ラウンジの作品は会期中撮影可です。

ラウンジ展示風景



さて、「能の展覧会」と聞かれて、能に興味のある方は「これは行かなくては!」と思われるでしょうが、能に興味のない方、能の演目はいくつか知っているけどそれほど詳しくないという方は「今回はパスかな。」と思ってしまうかもしれません。

ところが今回の「能をめぐる美の世界」は、能に興味のない方、詳しくない方(私もその一人です)も能をめぐる美の世界にすーっと入り込んでいける、とても楽しい展覧会なのです。


能とは、能楽とは、能面とは


さてはじめにとは何なのか、おさらいしてみましょう。
能は、室町幕府第三代将軍 足利義満(1358-1408 在職1368-94)の庇護のもと、観阿弥、世阿弥父子によって大成された歌舞劇で、600年以上の歴史をもつ伝統芸能なのです。
能楽と総称される能と狂言は、1957年に国の重要無形文化財(芸能)に指定され、2008年にはユネスコの無形文化遺産保護条約「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に記載されました。
そして、能の主役である「シテ」がつけるのが面(能面)。シテの相手をする「ワキ」は面をつけずに現実の男性を演じます。伴奏は、謡曲を斉唱する地謡(じうたい)と、能管(笛)、小鼓、大鼓、太鼓からなる囃子(はやし)。



「第1章 岩﨑彌之助と能」展示風景

展示室入口では、刺繍家 菅原直之助(1871-1942)による刺繍額《翁》(上の写真左)と《鞍馬天狗》(上の写真右)がお出迎え。
この刺繍額は、自らも能楽師、初世梅若実について謡の稽古を始めた三菱第2代社長 岩﨑彌之助氏が菅原直之助に制作を依頼して、岩﨑家高輪邸洋館(現「関東閣」)応接室に掛けられていたもの。
「では、どうぞ。」と、応接室にご案内されたような心地よい気分で展覧会は始まります。


仮面劇のルーツ 伎楽面、舞楽面はエキゾチック!


展示室に入ってすぐに目に入るのは、能面よりゴツゴツしていて、サイズも大きなお面。
私たちが知っている能面とは少し趣きが違います。

「第2章 日本の仮面劇のルーツ-伎楽面・舞楽面」展示風景


それもそのはず、ここに展示されているのは、7世紀・推古天皇(※)の時代に中国から伝えられた仮面劇、伎楽で使われた伎楽面と、劇ではありませんが、奈良時代以降日本に伝わり、平安時代からは宮廷や寺社の儀式として行われ、現在でも皇室行事はじめ各地の寺社等で受け継がれている舞楽に使われる舞楽面なのです。

※『日本書紀』第二十二巻 推古天皇二十年(611年)に、百済人の味摩之が「呉に学びて、伎楽の儛を得たり」と言って、桜井に少年たちを集めて伎楽の儛を習わせたとの記述があります(『日本書紀(四)』(岩波文庫 1995年)P124)。

当時は大陸の国際色豊かな文化を積極的に取り入れていた時期で、面の胡人(アーリア人)やインド人など、彫りの深いエキゾチックな顔立ちなのが特徴です。
伎楽は飛鳥・奈良時代に最盛期を迎え、法隆寺(現在は東京国立博物館法隆寺宝物館蔵)、正倉院、東大寺などには飛鳥・奈良時代の伎楽面が多く残され、天平勝宝4(752)年の東大寺大仏開眼供養でも盛大に演じられましたが、平安時代には衰退し、舞楽がそれに代わりました。

これらの伎楽面・舞楽面を蒐集、修理し、後世に伝えたのは明治~大正時代の彫刻家、加納鉄哉(1845-1925)。

展示室の最後のエリア、第4章には、加納鉄哉制作の仮面が展示されています。
岩﨑彌之助氏との交流がご縁で、加納鉄哉が制作した仮面や、蒐集した仮面は現在、静嘉堂に収蔵されています。
下の写真でご覧のとおり、「模古」というだけあって、彫りも古さの感じも本物と間違えてしまうくらいの精巧さです。

「第4章 名工・加納鉄哉の技-仮面の模古作」展示風景


能面を収納する箪笥、面袋にも注目!


さて、いよいよ能面の展示ですが、今回展示されいてるのは、越後国新発田藩主溝口家が旧蔵していた能面コレクション全67面。そして、そのすべてが今回初公開なのです。
(67面のうち33面は三菱財団の助成により修復し、公開可能になったもので、修復の様子などが展示室内のパネルで紹介されいてるので、こちらもぜひご参照ください。)

「第3章 能面の世界」展示風景

ここからは能面がずらりと展示されているのですが、最初に展示されているのは、江戸時代中期~後期(18~19世紀)に制作された、能面を収納する《黒漆塗面箪笥(4棹のうち)》(上の写真右)。左右それぞれ三段の引出しがあって、引き出しには面の名が3つ記されているので一段に3面が収納されていたことがわかります。

そして、能面の隣に展示されているのは、金の糸で吉祥紋様を織り込んだ金襴(きんらん)や、中国から伝わった絹織物の錦や緞子(どんす)といった高級感あふれる面袋(上の写真の能面の左)。

どちらも能面とセットになってお目にかかる機会は多くないかもしれないので、ぜひこちらにも注目です。


能面にも表情がある!


表情の変わらない人のことを「あの人は能面のようだ。」と表現することがありますが、能面にも表情があります。
もちろん一つひとつの能面は木でできているので表情は変わりませんが、例えば長いあごひげが特徴の翁面でも、こうやって見比べてみると、どちらもにこやかな笑顔を浮かべていますが、少し控えめな笑顔だったり、満面の笑みだったりと、受ける印象が微妙に違うのがわかります。

右が《翁(福来)》(室町時代後期 16世紀)、左が《翁(日光)》(江戸時代後期 18-19世紀)。
(カッコ内の福来、日光は面の作者。どちらも通期展示。)



続いて老人男性の面 尉面(じょうめん)。
こちらも長いあごひげと額に刻まれた深いしわが特徴ですが、今でもどこかでにいそうな「おじいちゃん」のような面もあって、親しみがわいてきます。


「第3章 能面の世界」
尉面の展示風景

男面にも少年から中年男性を表す面が展示されていて、それぞれの面の特徴がよくわかる展示になっています。
少し憂いを帯びた青年の面「中将」、見るからに強そうな武将の面「平太」、神や神霊を表す面「三日月」、能の中では神性を帯びた存在として扱われることが多い「童子」など、パネルの解説と面ごとのキャプションを読みながら面を見ていくと、「だからこういう表情をしているんだ!」と納得できます。

「第3章 能面の世界」
男面の展示風景


「第3章 能面の世界」
男面の展示風景


能面のウラを見たことがありますか?



能面の場合、壁面に掛けられたり、棚の上に展示されて、見る人は能面のオモテを見ることになりますが、個別ケースに立てられて展示されるとどうなるでしょうか。



「第3章 能面の世界」展示風景


こちらは表から見たところですが、裏に回ると、そこは漆黒の世界。

「第3章 能面の世界」展示風景


ガラスに顔がくっつかないように注意して、できるだけ近くに寄ってみてください。
そうすると、視界は狭く、小さな穴から鼻と口で呼吸するだけの窮屈な世界。
この面をつけて演じるシテ役の役者さんの大変さがわかるような気がしてきました。


能面は使われてこそ完成品-面打師 新井達矢さんの映像は必見!



地階講堂では映像「面打 新井達矢」が上映されています。上映時間は約15分。
伝統芸能の担い手なので人間国宝級の方を想像していたのですが、この映像に登場する面打師 新井達矢さんはいかにも好青年といった感じの若い方。

生木から彫って、色を塗って、毛をつけて面を完成させるまでの場面はもちろん出てくるのですが、遠慮気味にお話される新井さんの言葉一つひとつが心に響いてきました。

その一つが「能面は使われてこそ完成品」


「第3章 能面の世界」
女面の展示風景

今回展示されている能面のうち、女面の「曲女(曲見) (増阿弥)」(上の写真左)は、今年9月2日に国立能楽堂(東京都渋谷区)で実際に使用された面。
江戸中期の作とされる能面が息を吹き返し、現代の舞台によみがえったのです。
その感動の場面を報じた新聞記事が館内に掲示されていますので、ぜひお読みいただきたいです。

映像では能面を使う側、シテ役の役者さんのコメントも出てきます。
「新井さんが作る面は、おさまりもよく、視界も確保されている。」

先ほど紹介した面の裏側を思い出して、ものすごく納得がいきました。

新井さんは「面を作るだけでなく、お話をする機会があれば広めていきたい。」とも発言されていました。
11月8日(日)の午後には新井達矢さんの面打ち実演会が2回に分けて開催されるので、ご興味のある方はぜひ。
参加方法などの詳細は展覧会公式HPでご確認ください⇒能をめぐる美の世界


迫力十分!鬼のお面も登場



能面の最後のコーナーは、節分の時に使う鬼の面とは少し趣きが違いますが、こわい顔をした鬼面

こわい顔といっても、やはり一つひとつはそれぞれ特徴のある表情をしていて、大きく分けて3種類の面があるとのことです(解説パネルより)。

最初が憤怒の様相をした「悪尉(あくじょう)面」。悪とは尋常ならざる強さを示す言葉とのこと。



「第4章 能面の世界」
鬼面の展示風景

続いて口をへの字にギュッと結んだ「癋見(べしみ)面」。
見ている方も自然と顔の筋肉に力が入ってきそうです。


「第4章 能面の世界」
鬼面の展示風景


莫大なエネルギーを発揮する力強い神などに使用される、大きく見開いた目が飛び出している「飛出(とびで)面」。

「第4章 能面の世界」
鬼面の展示風景


どの鬼面も、眼や歯が金色に輝いていますが、これは鍍金銅版(金メッキした銅版)をはめているからで、それが強い霊力をもっていることを示しているとのこと。

私たちもパワーのおすそ分けがいただけるかもしれません。


ほかにも初世梅若実自画賛の扇や、見事な蒔絵の小鼓など、能に欠かせない小道具も展示されています。

また、先ほどご紹介した面打師 新井達矢さんの面打ち実演会はじめ関連イベントも盛りだくさん。
ぜひ会場にお越しいただいて、能をめぐる美の世界を堪能していただければと思います。


関連イベント


(今後開催されるものを記載しました。詳細はこれから発表されるものもあるので、展覧会公式HPでご確認ください⇒能をめぐる美の世界)

1 講演会  11月14日(土) 「日本彫刻史上における能面の魅力」
       早稲田大学教授 川瀬由照氏

2 宝生和英(ほうしょうかずふさ)氏(宝生流宗家)トーク 11月21日(土)
 
3 新井達矢氏による面打ち実演会
   11月8日(日) A:13時30分~14時20分(50分)
           B:14時40分~15時30分(50分)

4 列品解説
   11月7日(土) 午前11時~  11月19日(木) 午後2時~ 
   11月28日(土) 午前11時~