2023年9月14日木曜日

根津美術館 企画展「甲冑・刀・刀装具ー光村コレクション・ダイジェストー」

東京・南青山の根津美術館では、企画展「甲冑・刀・刀装具ー光村コレクション・ダイジェストー」が開催されています。

展覧会チラシ

今回の企画展は、根津美術館が所蔵する約1200点の甲冑・刀・刀装具コレクションの中から選りすぐりの作品が見られる展覧会。
甲冑、刀剣ファンはもちろんのこと、刀の鐔(つば)に施されたユニークなキャラクターの金工細工など、誰にでも楽しめる展覧会ですのでぜひ多くの方にご覧いただきたいです。

それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。
 

展覧会開催概要


会 期   2023年9月2日(土)~10月15日(日)
開館時間  午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日   毎週月曜日
      ただし9月18日(月・祝)、10月9日(月・祝)は開館、9月19日(火)、10月10日(火)は休館
入場料   オンライン日時指定予約
      一般 1300円、学生 1000円
      *当日券(一般1400円、学生1100円)も販売しています。同館受付でお尋ねください。
      *障害者手帳提示者および同伴者は200円引き、中学生以下は無料。 
会 場   根津美術館 展示室1・2

展覧会の詳細、オンラインによる日時指定予約、スライドレクチャー等の情報は同館公式サイトをご覧ください⇒根津美術館 

※展示室内及びミュージアムショップは撮影禁止です。掲載した写真は記者内覧会で美術館より特別に許可を得て撮影したものです。

展示構成
 1 光村コレクションとは
 2 甲冑 ー蒐集のはじまり
 3 刀 ー蒐集と公開
 4 刀装具 ー記録・技術保存


1 光村コレクションとは

 
光村コレクションとは、明治~昭和前期の実業家・光村利藻氏(号 龍獅堂)が蒐集した3000点以上におよぶ甲冑や刀剣、刀装具のコレクションのことですが、その数の多さもさることながら、蒐集のきっかけとなったエピソードにも驚かされました。


「1 光村コレクションとは」展示風景


利藻氏のコレクションの発端は、長男の初節句のために本物の緋威(ひおどし)の甲冑と陣太刀を購入したことだったのですが、今でも子どもの初節句に五月人形を買う親はいるでしょうが、本物の甲冑と刀を子どもに買ってあげる親はそうはいないのではないでしょうか。

それからわずか10年ほどの間に蒐集の対象は甲冑から刀剣、刀装具にまでおよび、量だけでなく質も非常に高いコレクションが形成されたのです。

さらに光村コレクションが初代 根津嘉一郎氏の手に渡った時のエピソードにも驚かされました。

利藻氏の事業が行き詰まり、コレクションを手放さなくてはならなかったとき、渡米実業団の一員として明治42年(1909)に横浜を出港しようとしていた嘉一郎氏は、実物を全く見ることなく一括購入したのです。
のちに嘉一郎氏は、自身に刀剣の趣味はないものの、苦心の大蒐集だから買っておいたと語っていますが、優れた日本美術が海外に流出することを防ぐ意図もあったとも思われています。


2 甲冑 ー蒐集のはじまり 


今回展示されている「当世具足」とは、弓矢や太刀などが戦いの主力であった時代の重い甲冑から、槍や鉄砲の普及で戦いの様相も変わり、戦国時代以降に広まったより頑丈で活動しやすい甲冑のことで、当時としてはいわば最新式の武具。
その「当世具足」をはじめ、兜や面具など28件が含まれる現在の根津美術館の光村コレクションの中から、選りすぐりの武具が展示されいてる様は、今にも大河ドラマの合戦シーンが始まりそうでまさに「壮観!」の一言です。


「2甲冑 -蒐集のはじまり」展示風景

そして今回特にうれしかったのが、甲冑横のパネル(下の写真左)に鍬形、吹返、草摺など各部位の名称が記載されていることでした。
甲冑のことはあまり詳しく知らなかったので勉強になりました。


《紅糸威二枚胴具足》日本・江戸時代 19世紀
根津美術館

利藻氏が長男の初節句のために最初に購入した緋威(ひおどし=緋色の糸でつづり合わされた)の甲冑は、この紅糸でつづり合わされた具足のように、ひときわ鮮やかな色彩を放っていたことでしょう。


3 刀 ー蒐集と公開


古くから刀剣の制作がさかんだった備前国(岡山県東南部)で制作された「備前」の古刀から、江戸時代の新刀、さらには明治に入り廃刀令により窮地に立たされていた刀鍛冶に注文製作の機会を与えて製作された刀まで、刀剣女子ならずともこのラインナップは見逃すわけにはいきません。

「3 刀 ー蒐集と公開」展示風景

新古、大小あわせて2000口あまりになったと伝わる利藻氏が蒐集した刀剣は、古刀では備前、新刀では京・大坂で制作された刀剣が充実していたことが特徴でした。

利藻氏は、自邸で甲冑や刀剣、刀装具を積極的に公開したとのことですが、今ならきっと多くの刀剣女子たちが訪れたことでしょう。


上の写真後方の展示ケースに見られるようにパネルを半分ほど下げて、刃に光が集中するように工夫されたライティングも絶妙です。

重要美術品《太刀 銘 長光》日本・鎌倉時代 13世紀
根津美術館

《太刀 銘 長光》の刃文は直線的なのが特徴ですが、ここにも刀剣の各部位の名称や刀文の特徴などの解説パネルがあるので、刀剣にあまり詳しくなくてもすぐに刀剣の見方がわかるので助かります。

次の刀装具の展示でも、さすがに鐔(つば)はわかりますが、小柄(こづか)、笄(こうがい)となると刀のどの部位になるのだろうとあやしくなるので、「刀装具の部位と名称」の解説パネルはとても参考になります。


4 刀装具 ー記録・技術保存


利藻氏は刀装具などを蒐集しただけでなく、それらを調査し、刀装具の大型名品図録『鏨廼花(たがねのはな)』を編纂するという大きな業績を残しています。
今回展示されているのはその復刻版。

『鏨廼花(復刻版)』6冊のうち 日本・昭和時代 昭和46年(1971)
根津美術館

ここでは鐔などに施された細かな超絶技巧をぜひじっくりご覧いただきたいです。
単眼鏡お持ちの方はぜひご持参ください。

「4 刀装具 ー記録・技術保存」展示風景


目を凝らして小さな鐔を見てみると、右には怖い顔で鬼をにらみつける鍾馗さん、左には鬼が見えてきますが、鬼の怖がりようがなんとユーモラスなこと。

《鍾馗鬼図大小鐔》松尾月山作 日本・江戸~明治時代 19世紀
根津美術館


最初は何がかたどられているのか分かりませんでしたが、くりぬかれた部分が茶釜から頭やしっぽ、足をはやした「ぶんぶく茶釜」でした。(下の写真左《茂林寺茶図透鐔》)

左が《茂林寺釜図透鐔》田中清寿作 右は《秋草図鐔》端信蘆作
どちらも日本・江戸時代 19世紀 根津美術館


ほかにもまだまだ小さな刀装具に広がる世界が楽しめるので、細部までぜひご覧ください!


展示室5 二月堂焼経ー焼けてもなお煌めく


寛文7年(1667)2月に東大寺で行われた修二会(お水取り)の際、二月堂からの出火で下の部分が焼損した「二月堂焼経」4件。2017年から2022年にかけて行われた修理後初公開の重要美術品も含まれています。


重要文化財《華厳経 巻第四十六(二月堂焼経)》
日本・奈良時代 8世紀 根津美術館


修理の際、カビと考えられていた白い部分が蛍光X線調査で消火の際に水をかぶったため銀がイオン化して水中に溶け出し、それが本紙に広がったものと推定されたとのこと。
銀の文字の煌めきをぜひご覧いただきたいです。

展示室6 月見の茶


まだまだ厳しい残暑が続いていますが、暦の上ではもう秋。
秋といえば月見ですが、一足早くお月見が楽しめるのが重要美術品《色絵武蔵野図茶碗》。
右の白抜きの満月と、月の光に照らされた秋草が優雅な雰囲気を醸し出しています。

重要美術品《色絵武蔵野図茶碗》野々村仁清作 日本・江戸時代 17世紀
根津美術館


ミュージアムショップ


展覧会の記念に刀装具のA4クリアファイルやハガキなどはいかがでしょうか。
ぜひミュージアムショップにもお立ち寄りください!




会期は10月15日(日)まで。
この秋おすすめの展覧会です!

2023年9月13日水曜日

泉屋博古館東京 企画展「楽しい隠遁生活ー文人たちのマインドフルネス」

東京・六本木の泉屋博古館東京では、「楽しい隠遁生活 ー文人たちのマインドフルネス」が開催されています。
泉屋博古館東京エントランス

いつも内容の充実した展覧会が開催されている泉屋博古館東京。今回は「隠遁」というタイトルに惹かれ、どのような内容の展示なのか特に楽しみにしていました。

展示室に入るともうそこは都会の喧騒から離れた別世界。タイトルどおり田舎に隠遁したようなとても心地のよい空間が広がっていました。

それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要


会 期  2023年9月2日(土)~10月15日(日)
開館時間 11:00~18:00 ※金曜日は19時まで開館 ※入館は閉館の30分前まで
休館日  月曜日 ※9/18(月・祝)・10/9(月・祝)は開館、翌9/19(火)・10/10(火)は休館
入館料  一般 1,000円、高大生 600円、中学生以下無料
展覧会の詳細、イベント情報等は同館公式サイトをご覧ください⇒泉屋博古館東京


展示構成
 §1 自由へのあこがれ「隠遁思想と隠者たち」
 §2 理想世界のイメージ
 §3 楽しい隠遁ー清閑の暮らし
 §4 時に文雅を楽しむ交遊
 同時開催:特集展示「住友コレクションの近代彫刻」

 ※撮影はホール及びホール内に展示されている北村四海《蔭》のみ可能です。
 ※館内は撮影不可です。掲載した写真は主催者の許可を得て撮影したものです。

展覧会を紹介する時はハッシュタグ #楽しい隠遁生活 で発信お願いします。


§1 自由へのあこがれ「隠遁生活と隠者たち」


第1展示室に展示されているのは、許由、竹林七賢、西行、芭蕉、鴨長明はじめ隠遁生活を送った歴代の先達たちが描かれた掛軸や工芸作品です。

§1 自由へのあこがれ「隠遁思想と隠者たち」 展示風景

中国古代の伝説上の人物・許由は、堯(ぎょう)帝から帝位を譲ろうと言われると、汚れたことを聞いたので潁水で耳を洗い清めたという逸話が知られていますが、これはまた別のエピソードが主題になっています。

橋本雅邦《許由図》明治33年(1900) 泉屋博古館東京

ここに描かれているのは、隠遁して物を持つのを好まない許由が水を飲むのも、酒を呑むのも手を使っていたので、ある人から盃瓢を贈られ、許由がそれを松の枝に懸けたら風に揺られて音を立てたので、松林を吹き抜ける風の音を聞くのに邪魔になり川に捨ててしまったという場面。
よく見ると瓢箪が川面に浮かんでいるのがわかります。

この《許由図》は描かれた年代にも注目したいです。
明治31年(1898)の「東京美術学校騒動」で橋本雅邦とともに同校の創設に尽力して校長に就任していた岡倉天心が追放されると、雅邦も天心とともに同年の日本美術院設立に加わったという近代日本画界にとって激震が走った時期だったのです。
そういった背景をもとにもう一度この作品を見ると、瓢箪(過去)をポイッと捨てて、これから先に広がる未来を見つめているようにも思えてきます。
(もちろんこの時は、その後、日本美術院がたどる苦難の道のりは想像できなかったことでしょう。)

江戸から明治にかけての掛軸が多い中、モノトーンの画面が俗世を離れた草庵のわびしさを引き立ているのは現代作家・丸山勉さんの作品《庵(あん)》。

丸山勉《庵》令和4年(2022) 個人蔵


京都・下鴨神社の禰宜の家に生まれ、下鴨神社の摂社・河合社の禰宜への推挙が同族の反対によって実現しなかったため、失意の中、50歳頃に出家した鴨長明の庵が描かれたこの作品は、『方丈記』の作者の心情が反映されているように感じられました。


§2 理想世界のイメージ


中国・東晋末~宋の詩人、陶淵明の『桃花源記』に登場する「桃源郷」は理想世界のイメージとして古くから絵画に描かれてきていました。

§2 理想世界のイメージ 展示風景

『桃花源記』は、武陵の漁夫が川をさかのぼるうちに桃の林の中を行くと山に突きあたり、舟を置いて小さな穴の中を通ると、戦乱を逃れて平和に暮らす人々の村にたどり着くというストーリー。
中国・清時代の童基の《桃源図》には、手前に山の洞窟、遠方にのどかな山村の光景が描かれています。

童基《桃源図》中国・清時代 泉屋博古館


村に数日滞在した漁師は帰る途中に目印をつけていったのですが、漁師がもう一度その村に行こうとしたところ道に迷って二度とたどり着くことはできませんでした。
そんな理想郷はどのようなところだったのでしょうか。
想像をふくらませながら洞窟の穴から遠くの村を覗きこんでみました。


§3 楽しい隠遁ー清閑の暮らし


今回の展示で特によかったのは、掛軸と文房具が絶妙にマッチングした展示室内のしつらえでした。

§3 楽しい隠遁ー清閑の暮らし 展示風景

中央に鎮座するのは太湖石。

《太湖石》中国・清時代 泉屋博古館




太湖石は中国・江南地方の蘇州近くにある太湖からとれる石灰岩で、長年の浸食で独特の形状をしているのが特徴です。
中国では古くから庭園の中庭に大きな太湖石が置かれたり、盆石として室内に飾られたりしていました。

壁には山水図や観瀑図がかかり、その前には中国の文人たちの文房具が並べられているので、まるで中国文人の書斎に紛れ込んだような、まさにマインドフルネス(安寧な心理状態)な気分になってきます。

§3 楽しい隠遁ー清閑の暮らし 展示風景


§3 楽しい隠遁ー清閑の暮らし 展示風景


「§2 理想社会のイメージ」に戻りますが、掛軸に描かれたものと同じ形をした青磁も展示されているので、ぜひ見比べてみてください。

下の写真右、田能村竹田《梅渓閑居図》(泉屋博古館)とその前に展示されている茶道具や青磁です。

§2 理想世界のイメージ 展示風景



§4 時に文雅を楽しむ交流


ここでは主に古代の文人たちが集まった宴席が描かれた「雅集図」や、文人たちが書斎で山水図を眺めて自然の雰囲気を楽しんだ「臥遊図」が展示されています。

§3 楽しい隠遁ー清閑の暮らし~§4 時に文雅を楽しむ交遊 展示風景


上の写真手前の展示ケースに酒器とともに展示されているのは、小田海僊《酔客図巻》。
最初はまじめに文雅について語り合っていた高士たちですが、酔いがまわってくるとともに横になったり、帰り際には足元がおぼつかなくなったりする様子が描かれています。

手前 小田海僊《酔客図巻》(部分)文政7年(1824) 泉屋博古館


ゆるい感じがとてもいい味を出しているこの絵巻を見ていたら、仲間に加わたい気分になってきました。

同時開催:特集展示「住友コレクションの近代彫刻」


第4展示室では、特集展示「住友コレクションの近代彫刻」が同時開催されています。

「特集展示「住友コレクションの近代彫刻」展示風景

明治期を代表する洋画家のひとり、山本芳翠の現存する唯一の石膏像《虎石膏像》は、《猛虎一声》(東京藝術大学蔵)制作のためのマケット(準備習作)と思われる作品。
暗がりの中、咆哮する虎の声が聞こえてきそうな油絵《猛虎一声》も虎の迫力が伝わってくる作品ですが、こちらも小さいながらも眼光の鋭さに圧倒される逸品です。

山本芳翠《虎石膏像》明治時代 泉屋博古館東京


会期は10月15日(日)まで。
都会のど真ん中にいながらにして隠遁生活の雰囲気が味わえる展覧会です。
ぜひお楽しみください!

2023年8月31日木曜日

山種美術館 【特別展】日本画に挑んだ精鋭たち ―菱田春草、上村松園、川端龍子から松尾敏男へ―

東京・広尾の山種美術館では、「【特別展】日本画に挑んだ精鋭たち ―菱田春草、上村松園、川端龍子から松尾敏男へー」が開催されています。


山種美術館正面

今回の特別展は、明治維新から戦後、そして現代までの激動の時代に新たな日本画を生み出すことに挑んだ日本画の巨匠たちの名品の数々から、新たな日本画に挑戦する「山種美術館賞」「Seed 山種美術館 日本画アワード」の大賞や優秀賞を受賞した現代の日本画家の作品まで展示される、とても内容の濃い展覧会なのでとても楽しみにしていました。

そこでさっそく開会後の週末にふらりと行ってきましたので、展示の様子をご紹介したいと思います。

展示室内は、速水御舟《白芙蓉》に限りスマホ、タブレット、携帯電話でのみ撮影可。
ほかの作品は撮影不可。掲載した写真は美術館より広報用画像をお借りしたものです。

展覧会開催概要


会 期  2023年7月29日(土)~9月24日(日)
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日  月曜日[9/18(月)は開館、9/19(火)は休館]
入館料  一般 1400円、夏の学割 大学生・高校生500円、中学生以下無料(付添者の同伴が必要)
※チケット購入方法、各種割引等は山種美術館公式サイトをご覧ください⇒https://www.yamatane-museum.jp/


展示構成
 第1章 近代画家たちの挑戦―新たな日本画の創造を目指して―
 第2章 現代画家たちの挑戦―戦後を乗り越え、日本画を未来へつなぐー
 【特集陳列】「今日の日本画 山種美術館展」から「Seed 山種美術館 日本画アワード」へ
 オンライン講座関連作品

第1章 近代画家たちの挑戦―新たな日本画の創造を目指して―


今回の特別展の見どころの一つは、明治初期の日本画界をけん引した狩野芳崖橋本雅邦、東京美術学校(現在の東京藝術大学)で学び、日本美術院(院展)で岡倉天心の指導のもと新たな表現を試みた横山大観菱田春草、京都日本画界の巨匠竹内栖鳳、大観を中心とした院展に対抗して会場芸術を唱えた川端龍子をはじめ、日本画の新たな境地を切り開いた画家たちの逸品が見られることです。


最初にご紹介するのは、菱田春草《雨後》(山種美術館)。

菱田春草《雨後》1907(明治40)年頃
山種美術館

一見すると画面全体にもやがかったように見えますが、これは、輪郭線を描かずにぼかしや色彩の濃淡で空気や水、光を表現する新たな日本画のスタイルに取り組んだ作品で、目の前で見ると雨上がりの湿った空気が伝わってくるように感じられます。

このような表現方法は、当時「朦朧体」と批判され、国内での評判はよくありませんでしたが、国外では好評で、アメリカで大観や春草らの展覧会を開催したときには多くの作品が売れたそうです。


続いては下村観山《不動明王》(山種美術館)。

下村観山《不動明王》1904(明治37)年頃 山種美術館

空からスーッと飛んできて、ピタッと止まるこのスピード感は、国宝《信貴山縁起絵巻》(奈良・朝護孫子寺)の「延喜加持ノ巻」に登場する剣鎧護法童子を思い浮かべさせてくれますが、古典復興に努めた観山らしい作品です。

実は、これでもかというくらい細部まで描き込む絶妙な筆さばきの観山は、日本美術院の移転により岡倉天心とともに北茨城・五浦に移った4人(大観、春草、観山、木村武山)の中でも一番好きな画家なので、この作品に再会できてとてもうれしかったです。


大画面の作品は、川端龍子《鳴門》(山種美術館)。
院展で頭角を現した川端龍子ですが、その大胆な表現が院展とそぐわなくなり、日本美術院を脱退し、1929(昭和4)年に青龍社を結成、「会場芸術」を提唱して数々の名作を生み出しました。

川端龍子《鳴門》1929(昭和4)年 山種美術館

この作品は実際には鳴門でなく、江ノ浦(神奈川県)の海の写生をもとに描かれているのですが、鳴門の渦潮と潮風の荒々しさが画面全体から伝わってくる、まさに会場芸術にふさわしい作品と言えるのではないでしょうか。


わずか40年の短い生涯の間、常に新しい画風に挑戦し続けた速水御舟の作品は前回展「【特別展】小林古径 生誕140年記念 小林古径と速水御舟 ―画壇を揺るがした二人の天才―」で代表作の重要文化財《炎舞》(山種美術館)をはじめ多くの名作をご覧になられた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

今回展示されているのは《白芙蓉》(山種美術館)。
この作品のみスマホ、タブレット、携帯電話でのみ撮影可です。


速水御舟《白芙蓉》1934(昭和9)年
山種美術館



第2章 現代画家たちの挑戦ー戦後を乗り越え、日本画を未来へつなぐー


第二次世界大戦の敗戦後、今までの伝統的な文化が否定され、「日本画滅亡論」まで展開される中、日展を離れた山本丘人らが、1948(昭和23)年に「世界性に立脚する日本絵画の創造」を綱領に掲げて結成したのが創造美術(現・創画会)でした。

アラビアの風景を題材としたこの作品は、世界を飛び超えて火星から太陽を眺めているような宇宙的な広がりが感じられました。

山本丘人《入る日(異郷落日)》1963(昭和38)年 山種美術館


今回の特別展のもう一つの見どころは、山種美術館の初代館長・山﨑種二氏が「美術を通じた社会貢献」という理念のもと、日本画の奨励・普及活動の一環として1971(昭和46)年に創設し、1997(平成9)年まで隔年14回にわたって開催された「今日の日本画 山種美術館賞展」の歴代の大賞、優秀賞17点と、山種美術館開館50周年を機に2016(平成28)年に公募形式でスタートした「Seed 山種美術館 日本画アワード」の過去2回の大賞受賞作品が見られることです。

こちらにご紹介するのは、新たな日本画に挑んできた青龍社、創画会を経て1989(平成元)年の第10回山種美術館賞の大賞に輝いた平松礼二氏の《路-「この道」を唱いながら》(山種美術館)。

平松礼二《路-「この道」を唱いながら》
1989(平成元)年 山種美術館
[第10回山種美術館賞展 大賞]

平松礼二氏はじめ現在活躍中の画家の力作が数多く展示されているので、見応え十分です。

今回で3回目となる公募展「Seed 山種美術館 日本画アワード2024」の募集期間は8月16日から9月10日まで。
詳細は特設サイトをご覧ください⇒https://www.yamatane-museum.jp/seed2024/index.html

今回はどのような作品が出品されるのでしょうか。来春に開催される受賞・入選作品の展覧会が今から楽しみです。


展覧会を見たあとのお楽しみは「Cafe 椿」のオリジナル和菓子と抹茶のセット。
5種類あるオリジナル和菓子のうち、今回は川端龍子《鳴門》(山種美術館)の雄大な景色がとても印象的でしたので、《鳴門》(左隻)をモチーフにした「波涛」をチョイスしました。
色合いもさわやかな甘さも夏らしくて、抹茶との相性もぴったりです。




会期は9月24日(日)まで。
まだ間に合いますので、暑さ対策をしっかりとってぜひご覧いただきたい展覧会です。

2023年8月9日水曜日

サントリー美術館 虫めづる日本の人々

東京・六本木のサントリー美術館では「虫めづる日本の人々」が開催されています。

美術館入口のパネル

今回の展覧会の主役は「虫」。
サントリー美術館では虫がメインテーマとなるのは初めてという展覧会。
今回も楽しい動画が期待を高めてくれています。

展覧会のPR動画(開催概要のサイトの下の方にあります)⇒展覧会関連動画

こんなかわいい虫たちの動画を見たら展覧会に行かないわけにはいきません。
それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


会 期  2023年7月22日(土)~9月18日(月・祝)
     ※各作品の出品期間は、出品作品リスト(PDF)をご参照ください。
     ※作品保護のため、会期中展示替があります。ポスター等に掲載している伊藤若冲
      《菜蟲譜》の展示期間は8月9日~9月18日で、期間中に場面替があります。
     ※日時指定予約制ではありません。
開館時間 10:00~18:00(金・土は10:00~20:00)
     ※8月10日(木)、9月17日(日)は20時まで開館
     ※いずれも入館は閉館の30分前まで
休館日  火曜日 9月12日(火)は18時まで開館
入館料  一般 1,500円 大学・高校生 1,000円 
     ※中学生以下無料
     ※障害者手帳をお持ちの方は、ご本人と介護の方1名様のみ無料

展覧会の詳細等は同館公式サイトをご覧ください⇒サントリー美術館

展示構成
 第一章 虫めづる国にようこそ
 第二章 生活の道具を彩る虫たち
 第三章 草と虫の楽園-草虫図の受容について-
 第四章 虫と暮らす江戸の人々
 第五章 展開する江戸時代の草虫図-見つめる、知る、喜び-
 第六章 これからも見つめ続ける-受け継がれる虫めづる精神-

※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真はプレス内覧会で美術館の特別の許可を得て撮影したものです。


虫めづる国の擬人化が楽しい!


「虫めづる日本」の展覧会ですので楽しみにしていたことがありました。
それは「虫の擬人化」です。

古くから動物を擬人化して描く日本の絵師たちなので、虫も擬人化するのではと思っていましたが、やはり期待どおりでした。

こちらは玉虫姫をめぐって蝉(セミ)の右衛門督、螽斯(キリギリス)の紀伊守、蜩(ヒグラシ)の備中守たちが恋争いをする物語が描かれた《きりぎりす絵巻》の一場面。


《きりぎりす絵巻》(部分) 住吉如慶 二巻のうち 江戸時代・17世紀
細見美術館 全期間展示(ただし場面替えあり)

虫に着物を着せているので、屋敷の縁台に腰かける従者とおぼしきトンボの背中からは翅がはみ出していますが、これがまた擬人化の面白いところです。
作者は江戸初期のやまと絵師で、住吉派の創始者・住吉如慶。土佐派に学び、精細な表現を得意とする如慶らしく、金地の屏風や障壁画、そして杉戸絵など、細やかに描かれた画中画にも注目したいです。


《きりぎりす物語》のクライマックス、玉虫姫の婚礼の行列は8/23~9/18に展示されるので、すでにご来館いただいた方もぜひまたお越しいただきたいです。

《きりぎりす絵巻》(部分)  住吉如慶 二巻のうち 江戸時代・17世紀
細見美術館 全期間展示(ただし場面替えあり)


続いて今回の展覧会のメインビジュアルになっている伊藤若冲の《菜蟲譜》。

擬人化ではありませんが、若冲が描く虫たちは、首をかしげるように横を振り向くバッタ?や、目がクリッとしておどけたような表情をした蜂がいたりして、どことなく人間っぽさが感じられます。


重要文化財《菜蟲譜》(部分) 伊藤若冲 一巻 寛政2年(1790)頃
佐野市立吉澤記念美術館 展示期間:8/9-9/18(場面替えあり) 

重要文化財《菜蟲譜》(部分) 伊藤若冲 一巻 寛政2年(1790)頃
佐野市立吉澤記念美術館 展示期間:8/9-9/18(場面替えあり)




虫を見つけるのは楽しい!


蝶のように色が鮮やかですぐにわかる虫もいますが、草の蔭に隠れていたり、草と同じ色をして見つけにくい虫たちもいます。
絵の中のそんな虫たちを探すのも今回の展覧会の楽しみのひとつ。

『源氏物語』第十帖「賢木」を題材にした《野々宮蒔絵硯箱》には合計で四匹の鈴虫が登場しますが(『源氏物語』では松虫)、全部見つけるのは至難のワザ。
蓋の下の中央にある青貝が埋め込まれた鈴虫はすぐにわかりますが、あとの三匹はかなり難易度が高いです。
展示では矢印で鈴虫の位置が示されているので、ぜひその場でトライしてみてください!

《野々宮蒔絵硯箱》江戸時代・17世紀 サントリー美術館
全期間展示


「第三章:草と虫の楽園-草虫図の受容について-」には、中国や朝鮮から日本に渡ってきた草虫図と、その影響が見られる室町~桃山時代の日本の絵師たちの作品が向かい合うように展示されています。
ここは中国絵画ファン(筆者もその一人)にとっては特に注目したいエリアです。

右から 《葡萄垂架図》伝 任仁発 元時代・14世紀 東京国立博物館
《牡丹図》伝 徽宗 元時代・14世紀 個人蔵
重要文化財《竹虫図》 伝 趙昌 南宋時代・13世紀 東京国立博物館
いずれも展示期間:7/22-8/21
 
上の写真右の《葡萄垂架図》には、二匹の虻(アブ)と螽斯(キリギリス)が描かれていますが、二匹目の螽斯を見つけるのは少し難しいかもしれません(ヒント:葡萄の葉の穴から顔を出している)。

8月23日からはこちらの3作品は入れ替えになるのでぜひもう一度見に行きたいです。

重要文化財《草虫図》 双福 元時代・14世紀  東京国立博物館
Image: TNM Image Archives 展示期間:8/23-9/18



蝶が描かれている作品は、どこに蝶がいるのかよく分かりますが、下の写真左の《百蝶図》になると何匹いるのか数えるのが大変です。
それにしても、波濤の上をおびただしい数の蝶が舞うという、現実にはありえそうもない光景ですが、蝶の翅の鮮やかな色合いが華やかさを演出しているように見えました。

右から 《草花群虫図》狩野伊川院栄信 江戸時代・18~19世紀 東京国立博物館
《蝶図》森文良 江戸時代・18~19世紀 個人蔵
《百蝶図》松本交山 江戸時代・19世紀 神田の家 井政
いずれも展示期間:7/22-8/21  

上の写真の作品は8/21までの展示ですが、8/23からも多くの蝶が描かれた作品が展示されるのでお楽しみに!

生活の中の虫たちが楽しめる!


酒器や、衣裳、装飾品など、身近な生活の道具にも虫たちが登場します。

展示風景

秋草にとまる鈴虫があしらわれた《鈴虫蒔絵銚子》。
秋の夜長、鈴虫の音を思い浮かべながらこの《鈴虫蒔絵銚子》から注がれる酒を味わったらさぞかし美味しいのではと想像してみました。

《鈴虫蒔絵銚子》一口 江戸時代・17世紀 サントリー美術館
全期間展示

4階の第1展示室から3階の第2展示室に降りてくると、夜空に蛍が飛び交う様が再現された演出がお出迎えしてくれます。

展示風景


《納凉之圖》に描かれているのは、川辺に座り夕涼みを楽しむ女性と子供たち。
空を飛び交うのは蝙蝠(コウモリ)や蛍。
今では都心の川辺で蛍狩りなどとてもできることではありませんが、ここなら江戸時代にタイムスリップした気分で蛍狩りを楽しむことができます。

《納凉之圖》溪斎英泉 江戸時代・19世紀 太田記念美術館
展示期間:7/22-8/21


最後に展示されているのは、現代作家・満田晴穂氏の自在置物の虫たち。
下の写真中央の鬼蜻蜓は、自在という江戸時代の技法と、緑色の複眼を表現するためのエナメル焼付けという現代の技法がミックスされて完成したまさに現代の超絶技巧。


右から《自在大蟷螂》令和5年(2023)、《自在鬼蜻蜓》《自在精霊蝗虫》
どちらも令和4年(2022年)、いずれも満田晴穂 作家蔵

「虫」をテーマに、絵巻、屏風、掛け軸、浮世絵、蒔絵、金工、衣裳、そして現代の超絶技巧まで、さまざまなジャンルの作品が楽しめる展覧会です。

熱中症には十分気を付けていただいてぜひお楽しみください!