2024年6月12日水曜日

根津美術館 企画展「古美術かぞえうたー名前に数字がある作品ー」

東京・南青山の根津美術館では、企画展「古美術かぞえうたー名前に数字がある作品ー」が開催されています。

展覧会チラシ


今回の企画展は、古美術の見どころを分かりやすく解説する「はじめての古美術鑑賞」シリーズの一環として開催される展覧会で、タイトルに数字が含まれる古美術を、「かぞえうた」になぞらえて一、二、三から百万までたどっていきながら、古美術のすばらしさを体感できるというユニークな内容なので、とても楽しみにしていました。

開幕に先立って開催された記者内覧会に参加してきましたので、さっそく展示の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


会 期  2024年6月1日(土)~7月15日(月・祝)
開館時間 午前10時~午後5時(入館は閉館30分前まで)
休館日  毎週月曜日 ※ただし、7月15日(月・祝)は開館 
入場料  オンライン日時指定予約
     一般1300円、学生1000円
     *障害者手帳提示者及び同伴者は200円引き、中学生以下は無料
会 場  根津美術館 展示室1・2

展覧会の詳細、オンライン日時指定予約、スライドレクチャー等の情報は同館公式サイトをご覧ください⇒根津美術館

※展示室内及びミュージアムショップは撮影禁止です。掲載した写真は記者内覧会で美術館より特別に許可を得て撮影したものです。

展示構成
 1 姿や技法を示す数字
 2 書(描)かれた内容をあらわす数字
 3 仏教美術にあふれる数字

1 姿や技法を示す数字

「数字」とひとくちに言っても、その姿かたちだったり、技法だったりと、数字がもつ意味合いはさまざま。

最初に登場するのは、その名のとおり1枚の木の葉をかたどった青磁の香合。
安政2年(1855)刊の「形物香合相撲」という番付では、西方前頭七枚目とのことでしたので、相当の実力者。番付というと大相撲でなじみがあるので、当時どれだけの価値が認められていたのかが実感として伝わってきます。
香合に(香を入れる蓋つきのうつわ)との説明があるのもうれしいです。

《青磁一葉香合》中国・明時代 17世紀
根津美術館

続いては、タイトルの数字が形を表す六角形、八角形、十角形のうつわ類。
うつわ類で一般的だったのは丸型や四角形でしたが、五角形や七角形といった奇数のものは作りにくかったようです。

右から 《染付山水文六角水注》景徳鎮窯 中国・明時代
 16世紀 根津美術館
《色絵鳳凰丸文八角鉢》、《色絵椿菊牡丹文十角鉢》
どちらも日本・江戸時代 17~18世紀
山本正之氏寄贈 根津美術館


数字が形だけでなく、そこに何が表されているのかが想像できるのが八角形の形をした《八角尾垂釜 芦屋》。八つの側面に表されているのは中国の名勝・瀟湘八景です。

《八角尾垂釜 芦屋》日本・室町~桃山時代
16世紀 根津美術館

数字が技法を表すものもあります。
《三彩壺》の三彩とは、陶器に2色以上の釉(うわぐすり)を用いて低火度で焼いたやきもののことで、中国・唐時代の唐三彩がよく知られています。

《三彩壺》中国・唐時代 7~8世紀
根津美術館


2 書(描)かれた内容をあらわす数字

今回の企画展は「数字」がキーワードの展覧会ですので、陶磁器などの工芸品や、書、絵画などさまざまなジャンルの古美術作品が見られるのも大きな楽しみのひとつです。

「2 書(描)かれた内容をあらわす数字」展示風景


下の写真右は作品のタイトルどおり「夢」という文字が一文字絵書かれた《夢一字》。
しかしながらよく見てみると、画面上の方には2頭の蝶が描かれているのに気がつきます。
「夢」というと書初めで書きそうな題材かと思いましたが、この作品は『荘子』に出てくる故事で、人生のはかなさをたとえた「胡蝶の夢」をあらわしたものだったのです。

右 一溪宗什筆(絵 狩野常信筆)《夢一字》
日本・江戸時代 17世紀 
左 頼山陽筆《蔵鋒二大字》日本・江戸時代 文政7年(1824)
どちらも小林中氏寄贈 根津美術館


上の写真左《蔵鋒二大字》の「蔵鋒」とは聞きなれない言葉ですが、筆先を中に入れて書く筆法のことで、才能をひけらかさないことを意味しているのです。
わずか一、二文字の書ですが、どちらも深い意味合いがあることがわかりました。


「数字」が人数をあらわす作品も展示されています。

小さな小さな刀の小柄に象嵌であらわされているのは、『古今和歌集』の序で取り上げられた6人の和歌の名人「六歌仙」。

下 大日釜調作《六歌仙図小柄》日本・江戸時代 18世紀
上 後藤高来作《四君子図大小縁頭》日本・江戸~明治時代 19世紀
どちらも根津美術館 


美男美女で知られた在原業平と小野小町の顔は銀で白く塗られていましたが、謡曲「草紙洗小町」では小野小町を陥れようとした悪役として描かれている大友黒主は顔も黒いままなところに注目したいです。
単眼鏡がないとよく見えないような細かい作品にはこのように拡大鏡があるので助かります。


江戸時代中期の文人画家・池大雅らしい豪快な書は、盛唐の詩人・杜甫が李白や張旭などの酒豪8人の酔態を詠んだ七言古詩「飲中八仙歌」。
第5扇(右から5枚目)には、酒を好み「詩仙」と称された李白らしい「李白は1斗の酒を飲む間に百篇もの詩を生んだ」という詩が綴られています。

池大雅筆《飲中八仙歌》日本・江戸時代 18世紀
秋山順一氏寄贈 根津美術館


《五十三次蒔絵鼻紙台》があらわす数字はもちろん東海道の宿場の数。
これは、蒔絵で東海道五十三次をデザインした、懐紙や楊枝などの手回り品を収める調度品で、下段右の日本橋からスタートして中段の違い棚、上段の引出を廻って天板の大津にたどりついて、天板の近江八景を臨むことができるので、ぜひ周囲を三周して東海道の旅をお楽しみいただきたいです。


《五十三次蒔絵鼻紙台》日本・江戸時代 18世紀
福島静子氏寄贈 根津美術館


3 仏教美術にあふれる数字

普段はあまり気にしていませんでしたが、「釈迦三尊像」はじめ仏教美術作品のタイトルは数字の宝庫。展示室2には仏教美術の名品の数々が展示されています。

「3 仏教美術にあふれる数字」 展示風景


黄金色に輝くのは、中国・北魏時代の【重要文化財】《釈迦多宝二仏並坐像》。
釈迦の説法を讃嘆するために多宝如来が宝塔に乗って出現して、釈迦を自席の隣に招き入れたという『法華経』の所説にもとづく場面なので、二仏の表情がとてもおだやかなのが印象的でした。

【重要文化財】《釈迦多宝二仏並坐像》
中国・北魏時代 太和13年(489) 根津美術館

《普賢十羅刹女像》に描かれているのは、『法華経』の信者を守護すると説かれている普賢菩薩と十羅刹女、そして毘沙門天、持国天。
十羅刹女はもとは人を食う怖い鬼でしたが、改心して信者を守るようになったとされていて、普賢菩薩と十羅刹女が描かれた仏画は特に女性に人気があったとのことです。
通常、十羅刹女の髪型や装束は中国風か日本風に統一されるのですが、この作品では一人だけ和風の髪型をしているので、ぜひ探してみてください。

《普賢十羅刹女像》日本・鎌倉~南北朝時代 14世紀
根津美術館

そして一から始まった「かぞえうた」は「百万塔」でフィナーレを迎えます。
「百万塔」は、恵美押勝(藤原仲麻呂)の乱(764年)平定後に称徳天皇によって発願され、奈良の東大寺、西大寺や大阪の四天王寺など10か寺に10万基ずつ納められたものすが、今では法隆寺だけのものが一部残されていて、この百万塔も法隆寺に伝来するものなのです。
手前には「百万塔」の塔身上部に納められていた『無垢浄光経』の陀羅尼もあわせて展示されています。

《百万塔》日本・奈良時代 8世紀
根津美術館


同時開催中! 展示室5 江戸→東京 ー駆け抜ける工芸ー

展示室5では、漆芸家・日本画家として知られる柴田是真をはじめ、幕末から明治にかけての激動の時代を生き抜き、東京を中心に活動した工芸家の漆工や金工などの作品が展示されています。

右 柴田是真《端午蒔絵印籠》日本・江戸時代 19世紀
左 柴田是真《鍾馗蒔絵印籠》日本・明治時代 明治19年(1886)
どちらも根津美術館 


同時開催中! 展示室6 季夏の茶の湯


季夏とは陰暦六月のこと。蒸し暑いこの時期にふさわしく、展示室6には涼しさを感じさせてくれる茶道具が展示されています。

茶室の天井から吊り下げられているように展示されている花入がとても涼しげでした。

《砂張釣舟花入》東南アジア 16-18世紀
根津美術館

会期は7月15日(月・祝)まで。
やさしく古美術が楽しめるこの夏おすすめの展覧会です。

2024年6月7日金曜日

山種美術館 【特別展】犬派?猫派?ー俵屋宗達、竹内栖鳳、藤田嗣治から山口晃までー

東京・広尾の山種美術館では「【特別展】犬派?猫派?ー俵屋宗達、竹内栖鳳、藤田嗣治から山口晃までー」が開催されています。




今回の特別展は、江戸時代から現代までの犬や猫が描かれた可愛らしい作品が展示される展覧会なので楽しみにしていました。
遅ればせながら、先日、展覧会にお伺いしてきましたのでさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要


会 期  2024年5月12日(日)~7月7日(日)
     *会期中、一部展示替えあり。
      前期5/12(日)~6/9(日)、後期6/11(火)~7/7(日)
     (展示替えのある作品には展示期間を記載しました。)
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
入館料  一般 1400円、大学生・高校生 1100円 
     中学生以下無料(付添者の同伴が必要) 
*各種割引、展覧会の詳細は山種美術館公式サイトをご覧ください⇒https://www.yamatane-museum.jp/

※展示室内は、長沢芦雪《菊花子犬図》(個人蔵)、【重要文化財】竹内栖鳳《班猫》(山種美術館)に限りスマホ、タブレット、携帯電話でのみ撮影可です。
その他の作品は撮影禁止です。掲載した写真は美術館より広報用画像をお借りしたものです。


展示構成
 第1章 ワンダフルな犬
 第2章 にゃんともかわいい猫
 特集展示 トリ(最後)は花鳥画 


第1章 ワンダフルな犬

第1展示室の冒頭に展示されているのは、俵屋宗達《犬図》(個人蔵)。

江戸時代初期に京都で活躍した「琳派の祖」俵屋宗達は、国宝《風神雷神図》(京都・建仁寺)など金箔地の華やかな作品で知られていますが、《犬図》のように水墨のモノトーンな作品も落ち着いた雰囲気を醸し出していてとてもよい感じです。

何が気になったのでしょうか。振り向いた犬のしぐさがとってもキュート。
犬のブチ模様には、のちに琳派の代名詞ともなった、絵具の滲みを活かした「たらし込み」が見られます。

俵屋宗達《犬図》個人蔵 17世紀(江戸時代)


続いては江戸時代中期に京都で活躍した伊藤若冲《狗子図》(個人蔵)。
大胆なポーズの鶏を描いた若冲ですが、この子犬たちの姿もひとひねりきいているのが若冲らしいところといえるのではないでしょうか。少し首をもたげた手前の白い子犬はもちろん、後ろ姿しか見えない黒い子犬も前足や耳の様子から可愛さが伝わってくるようです。

伊藤若冲《狗子図》個人蔵 18世紀(江戸時代)


昨年末から今年初めにかけて山種美術館で開催された「【特別展】癒やしの日本美術ーほのぼの若冲・なごみの土牛ー」で展示されて大人気だった長沢芦雪《菊花子犬図》(個人蔵)にふたたびめぐり会えました。

今回は芦雪の師・円山応挙の《雪中狗子図》(個人蔵)も展示されているので、師弟の可愛さの表現の違いを見比べることができるのがうれしいです。

長沢芦雪《菊花子犬図》個人蔵
18世紀(江戸時代)

日本ではあまり見かけない洋犬が描かれた珍しい作品も展示されています。
左隻下のダックスフンド似の洋犬がいいアクセントになっていて、西洋人との交流が盛んに行われた桃山時代~江戸初期の雰囲気がよく伝わってくるように感じられました。

作者不詳《洋犬・遊女図屛風》個人蔵
17世紀(江戸時代)

描いた作品から近代日本画の大家たちが犬派か猫派かがわかるのもこの特別展の楽しみのひとつです。
川端龍子が描いたのは飼い犬のムク。
豪快な大作を描き、会場芸術を提唱した龍子が、飼い犬のノミ退治をしていたという愛犬家の一面を知って微笑ましく感じられました。

川端龍子《立秋》大田区立龍子記念館
1932(昭和7)年


神坂雪佳の描く犬は、明治~昭和前期にかけての工芸図案家の第一人者らしく単純明快。それでも子犬のモフモフとした毛並みや、好奇心いっぱいの子犬たちのひたむきさが伝わってくるから不思議です。

神坂雪花『百々世草』巻2より「狗児」芸艸堂
1909(明治42)年


第2章 にゃんともかわいい猫

竹内栖鳳が旅先の沼津で猫を見かけ、「徽宗皇帝の猫がいるぞ」と言って飼い主から譲り受けて描いた【重要文化財】《班猫》(山種美術館)は、すっかり山種美術館のアイドル猫として定着して、今回の特別展でも大人気。
徽宗皇帝とは、中国・北宋第八代皇帝の徽宗(1082-1135 在位1100-1125)のことで、政治には関心がなく、豪奢な生活をするために人民に重税を課したり、北方の女真族が建国した金の侵入を招き、北宋滅亡の原因を招いたりしましたが、文化・芸術を保護して自らも筆をとり国宝《桃鳩図》(個人蔵)に代表される花鳥画の名品を描き、書では痩金体という独自の書体を創始するなど、芸術面では高く評価されている皇帝で、近代日本画の画家にも大きな影響を与えました。

猫を見てただ単に可愛いと思うのでなく、栖鳳の《班猫》にまで徽宗の影響が及んでいることを知り、あらためて「徽宗おそるべし」と感じました。


竹内栖鳳《班猫》【重要文化財】 山種美術館
1924(大正13)年

猫といえばはずせないのは、江戸時代後期の浮世絵師で、多くの猫を飼い猫好きで知られた歌川国芳。
《山海愛度図会(さんかいめでたいずえ)》は、タイトルをすべて「~たい」で統一して全国の名産品を紹介するシリーズで、「ヲゝいたい」はこのシリーズで猫が登場する3枚のうちの1枚です。
猫の両前足からは爪が出て痛そうなのですが、猫を抱いている女性はうれしそうな表情をしています。きっと大の猫好きなのでしょう。

歌川国芳《山海愛度図会 七 ヲゝいたい 越中滑川大蛸》
個人蔵 1852(嘉永5)年 前期展示(5/12-6/9)


こちらは後期(6/11-7/7)に展示される歌川国芳《猫の当字 たこ》(個人蔵)。
猫で文字を描くという発想は猫好きでなければ思いつかないかもしれません。それに体の柔らかい猫でないとこんなポーズはとれないですよね。

歌川国芳《猫の当字 たこ》個人蔵
1842(天保13)年頃 後期展示(6/11-7/7)


「ここにも猫が描かれている!」とあらためて気付かされたのが、速水御舟《翠苔緑芝》(山種美術館)。
ついつい左隻の飛び跳ねるウサギたちに目が行きがちですが、右隻には何かをじっと見つめている黒猫がいました。

速水御舟《翠苔緑芝》山種美術館
1928(昭和3)年

江戸時代から始まった犬や猫の系譜は、現代まで続きます。

今を時めく山口晃さんの《捕鶴圖》(山種美術館)は、鶴と猫のお題で即興で描いた席画(宴会や集会の席上で注文に応じて即席に描いた絵)とのこと。
猫たちは鶴を捕まえて鍋にしようと相談しているのか、はたして鶴は捕まえられるのか。顛末が知りたくなる作品です。

山口晃《捕鶴圖》山種美術館
2014(平成26)年
撮影:宮島径 ©︎YAMAGUCHI Akira, Courtesy of Mizuma Art Gallery


茨城県の霞ケ浦にアトリエを構えてから猫と出会い、猫をテーマとした作品を多く描くようになった國司華子さんの《シリトリと三角とぐるぐる。》(作家蔵)はタイトルからしてミステリアス。中央にデンと構える猫が印象的です。


國司華子《シリトリと三角とぐるぐる。》作家蔵
2016(平成28)年



特集展示 トリ(最後)は花鳥画 

「私は犬派でも、猫派でもない。トリ派だ!」という方、ご安心を。
第2展示室には、展覧会初公開の菱田春草《柏二小鳥》(個人蔵)や、透き通るような白い羽が見事な上村松篁《白孔雀》(山種美術館)をはじめ近現代の作家による花鳥画の優品も展示されています。


ご自宅で犬や猫を飼われている方も、飼っていなくても動物好きな方も、どなたでも楽しめるおすすめの展覧会です!

2024年5月6日月曜日

大倉集古館 特別展「浮世絵の別嬪さん」ー歌麿、北斎が描いた春画とともにー

東京虎ノ門の大倉集古館では、特別展「浮世絵の別嬪さんー歌麿、北斎が描いた春画とともにー」が開催されています。

大倉集古館外観

江戸時代に華開いた浮世絵をテーマにした展覧会は多くの美術館・博物館で開催されていますが、今回の特別展の見どころは、何といっても前期後期合わせて90点近くの作品のほとんどがこの世に1点しかない肉筆美人画という超豪華なレパートリーが楽しめること。さらに、浮世絵の誕生から江戸後期まで、主な浮世絵師たちの名作で美人画の歴史をたどることができるのも大きな魅力のひとつです。

展覧会開催概要


会 期  2024年4月9日(火)~6月9日(日)
  前 期 4月9日(火)~5月6日(月・休)
  後 期 5月8日(水)~6月9日(日)
開館時間 10:00~17:00(入館は16:30まで)
  *金曜日は19:00まで(入館は18:30まで)
休館日 毎週月曜日(休日の場合は翌平日)
入館料 一般 1,500円 大学生・高校生 1,000円 中学生以下無料
展覧会の詳細等は同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.shukokan.org/     

*展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は主催者より広報用にお借りしたものです。

展示構成
 第1章 初期風俗画と又兵衛、そして師宣の誕生ー17世紀
 第2章 安度、長春の隆盛ー18世紀前期までの美人画
 第3章 春章、歌麿、栄之の精華ー18世紀後期の美人画
 第4章 葛飾北斎と歌川派の浮世絵師ー19世紀の美人画
 第5章 めくるめく春画の名品


第1章 初期風俗画と又兵衛、そして師宣の誕生ー17世紀

浮世絵は、室町~桃山時代の狩野派や土佐派の風俗画の影響を受けて起ったので、展示は日常の生活風俗を描く屏風から始まります。
(前期は《遊楽図屏風》、後期は《舞妓図屏風》(どちらも無款 個人蔵)が展示されます。)

続いては、浮世絵の歴史を語るうえで欠かせないこの方、「浮世絵の祖」といわれる岩佐又兵衛の作品が展示されているのもうれしいです。

岩佐又兵衛 重要美術品《伊勢物語図「梓弓」(樽屋屏風)》
江戸時代、17世紀前期 個人蔵 【前期展示】
(後期には岩佐又兵衛《連舞之図》江戸時代、17世紀中期
個人蔵 が展示されます。)  

「長頬豊頥(ちょうきょうほうい)」と言われ、頬や頥(=あご)が長く特徴的な人物を描いた岩佐又兵衛は、和漢の物語や故事などの題材を当世風にアレンジして独特の画風を確立して、次に出てくる菱川師宣以降の浮世絵の基礎を形成した絵師とされています。

岩佐又兵衛の父、戦国武将の荒木村重は織田信長に仕えていましたが、のちに信長に反旗を翻し、現在の伊丹市にあった有岡城に籠城。
その後、村重は一族や家臣たちを残し、大切にしていた茶道具を持って自らは脱出。有岡城は落城し一族や家臣たちは信長によって処刑されましたが、又兵衛はからくも救出され生き延びました。

歴史に「もし」は禁物ですが、もしこのとき又兵衛が処刑されていたら、浮世絵の歴史はどうなっていたのか。岩佐又兵衛の作品を見るたびにこのような思いが頭の中に浮かんできます。

さて、いよいよ浮世絵草創期を代表する絵師、菱川師宣の登場です。

菱川師宣《紅葉下立美人図》元禄元~7年(1688-94)
個人蔵 【通期展示】

代表作《見返り美人》(東京国立博物館蔵)に見られるような動きの中の一瞬をとらえた優雅なたたずまいが見事な作品です。


第2章 安度、長春の隆盛ー18世紀前期までの美人画

菱川師宣の次に登場するのは、懐月堂安度と宮川長春。

懐月堂安度《立美人図》宝永~正徳(1704-16)
千葉市美術館蔵 【前期展示】
(後期には、懐月堂安度《文書く美人図》宝永~正徳4年(1704-14)
個人蔵 が展示されます。)


豪華な衣装、斜めを向いて体を「く」の字にそらしたポーズ、はっきりとした太い輪郭線が特徴の安度の作品は、浮世絵界に新風を吹き込みました。
安度率いる懐月堂工房は、のちに「懐月堂美人」と言われた肉筆美人画を量産しましたが、正徳4(1714)年に江戸城大奥で起こった絵島生島事件に連座して安度は伊豆大島に配流され工房は解体、安度はその後許されて江戸に戻ったようですが、晩年の活動が明らかにされていないのが残念です。

この時期を代表するもう一人の浮世絵師、肉筆画のみを描き、菱川師宣や懐月堂安度の影響を大きく受けた宮川派の祖・宮川長春の優雅な美人画が展示されているので、両者のそれぞれの特徴を比較することができます。

先ほどご紹介した安度だけでなく、長春の人生も安穏たるものではありませんでした。
寛延3(1750)年暮れ、日光東照宮の修復に参加した際の画料が不払いであったため、宮川派の画工らが画料を着服した稲荷橋狩野家を襲撃し、狩野春賀を殺害するという事件を起こしました。
長春はその後まもなく亡くなり、弟子の一笑は伊豆新島に配流、残された春水は宮川の画姓を勝川と名乗り、春水の門人、勝川春章が勝川派の祖として次の世代を担うことになりました。

第3章 春章、歌麿、栄之の精華ー18世紀後期の美人画

18世紀後期になると、肉筆画と並んで浮世絵の技法の二本柱の一つ、版画表現に大きな変化がありました。それまでは彩色のない「墨摺絵」や1色から2~3色を用いた「丹絵」「紅絵」「紅摺絵」でしたが、多色摺の「錦絵」が登場したのです。

今までカラフルな浮世絵は肉筆画の独壇場でしたが、浮世絵の主流は肉筆画から版画に移ってきました。
そういった中でも、宮川派の流れをくむ勝川春章は優美な美人画を描き続け、肉筆美人画の第一人者となりました。

後期には、三幅対の勝川春章《雪月花図》(重要文化財 MOA美術館蔵)が見られるので楽しみです。



勝川春章《雪月花図》、左から 三幅対のうち《雪図》《月図》《花図》
天明7~8年(1787-88) MOA美術館蔵 重要文化財 【後期展示】



画面に大きく女性の半身像を描いた大首絵を制作した喜多川歌麿と、すらりとした十二頭身の女性の全体像を描いた鳥文斎栄之はライバルとしてしのぎを削りました。

第3章では春章、歌麿、栄之の美人画だけでなく、普段はあまりなじみのない上方の浮世絵師たちの名品も見られます。


第4章 葛飾北斎と歌川派の浮世絵師ー19世紀の美人画

そしてポスト歌麿として登場したのは葛飾北斎。
北斎は「冨嶽三十六景」をはじめとした風景版画などで国内外で人気を博していますが、こんなに優雅な美人画を描くのですから、破門されたとはいえ勝川春章門下で学んだことは無駄ではありませんでした。

葛飾北斎《二美人図》江戸時代、18世紀
MOA美術館蔵 重要文化財 【後期展示】

第4章では、国芳はじめ歌川派の美人画も見逃せないです。


第5章 めくるめく春画の名品

江戸時代の人たちのおおらかな性の表現が近年評価されるようになった春画も展示されています。春画は地階に展示されていて、性的表現を含むので15歳未満の方はご遠慮いただくエリアになっています。


喜多川歌麿《歌満くら》12図のうち、天明8年(1788)
個人蔵 【通期展示】(頁替えあり)


4月9日(火)に開幕したこの特別展は5月6日(月・休)で前期展示が終了しましたが、ほとんどの作品が前期と後期で入れ替わりますので、前期に行かれた方も、前期に行かれなかった方も、後期展示を見逃すわけにはいきません。
肉筆美人画の華やいだ雰囲気をぜひお楽しみください!

2024年3月19日火曜日

【4月13日開幕!】静嘉堂文庫竣工100年・特別展「画鬼 河鍋暁斎×鬼才 松浦武四郎」

東京駅すぐ近くの明治生命館1階にある静嘉堂@丸の内では、静嘉堂文庫竣工100年目を記念して、幕末から明治にかけて活躍した多才な二人の交流の足跡を紹介する特別展が開催されます。

展覧会ポスタービジュアル


特別展のタイトルは「画鬼 河鍋暁斎×鬼才 松浦武四郎」
独創的な画風を展開した絵師・河鍋暁斎(1831-89)と、探検家、好古家、著述家で北海道の名付け親・松浦武四郎(1818-88)は、活躍する分野こそ違いましたが、二人の間には交流があり、暁斎が武四郎の依頼を受けて、武四郎の愛玩品図録『撥雲余興』の挿絵の一部や、武四郎を釈迦に見立てた「武四郎涅槃図」を描いています。

サブタイトルは「地獄極楽めぐり図」から リアル武四郎涅槃図まで
暁斎の代表作「地獄極楽めぐり図」(静嘉堂蔵)と重要文化財「武四郎涅槃図」(松浦武四郎記念館蔵)が16年ぶりに競演することをはじめ、見どころいっぱいの展覧会なので、今から開幕が待ち遠しいです。

展覧会開催概要


会 期  2024年4月13日(土)~6月9日(日)
会 場  静嘉堂@丸の内(東京都千代田区丸の内2-1-1明治生命館1階)
開館時間 10:00-17:00
 ※土曜日は18:00、第四水曜日は20:00閉館。入館は閉館時間の30分前まで
休館日  月曜日、5月7日(火) ※4月29日(月・祝)、5月6日(月・祝)は開館
入館料  一般 1,500円 大高生1,000円 中学生以下無料 
※チケットの購入方法、展覧会の詳細、関連イベント等は静嘉堂文庫美術館公式サイトをご覧ください⇒https://www.seikado.or.jp/



河鍋暁斎(画鬼 暁斎)



見どころ1 「地獄極楽めぐり図」×「武四郎涅槃図」16年ぶりの競演!!


「地獄極楽めぐり図」は、パトロンの早世した娘・田鶴(たつ)の追善供養にと暁斎が依頼された画帖で、田鶴が冥界ツアーを楽しみ極楽浄土に到達する場面が描かれていて、今回は全40図が全場面公開されます(会期中場面替えあり)。

河鍋暁斎「地獄極楽めぐり図」明治2~5年(1869-72)
静嘉堂蔵 ※会期中場面替えあり

河鍋暁斎「地獄極楽めぐり図」明治2~5年(1869-72)
静嘉堂蔵 ※会期中場面替えあり


見どころ2 初の試み「これぞリアル武四郎涅槃図」!


 今回のユニークな試みは、「武四郎涅槃図」が展示されるだけでなく、そこに描かれた武四郎の愛玩品が松浦武四郎記念館、静嘉堂の双方から集結して立体的に再現されることです。

重要文化財 河鍋暁斎「武四郎涅槃図」
明治19年(1886) 松浦武四郎記念館蔵

横たわる武四郎が首に着けている「大首飾り」や後方の赤い台座の上の仏像、さらには登場する人物たちの肖像画が展示されるので、ぜひ「武四郎涅槃図」と見比べながら楽しみたいです。

松浦武四郎(鬼才 武四郎)明治15年(1882)撮影
松浦武四郎記念館蔵

武四郎65歳の肖像写真でも自慢げに身についけている「大首飾り」はこちらです。

「大首飾り」縄文時代~近代 静嘉堂蔵


見どころ3 『撥雲余興』にみる暁斎挿絵の品はやっぱりユニーク!再現力抜群!


『撥雲余興』とあわせて挿絵に描かれた実物も同じ空間に展示されるので、武四郎の愛玩品のユニークさも暁斎の抜群な再現力も見ることができます。

『撥雲余興』より「古銅老猿仮面」河鍋暁斎挿絵
明治10年(1877) 静嘉堂蔵


「老猿面」年代不詳 静嘉堂


『撥雲余興』より「鬼面鈴」河鍋暁斎挿絵
明治15年(1882) 静嘉堂蔵

「鬼面鈴」年代不詳 静嘉堂蔵 

どちらもなぜこのようなものを蒐集するのかと思ってしまいますが、あらためて武四郎の旺盛な好奇心に驚かされます。


そして、松浦家伝来の暁斎作品や、武四郎蒐集の古物の目録『蔵品目録』掲載の資料で、近年静嘉堂が所蔵することが再認識された古写経類、天神像などの書画も展示されます。

ここでは天神信仰にまつわる作品をご紹介します。

はじめに松浦家伝来の暁斎筆「野見宿禰(のみのすくね)」絵馬額(松浦武四郎記念館蔵)。
これは天神様でないと思われるかもしれませんが、相撲取りの祖として伝えらる野見宿禰は土師臣となり、土師氏の中に菅原姓を名乗るものが出たことから、菅原道真は野見宿禰の末裔とする説があるのです。

河鍋暁斎「野見宿禰」明治17年(1884)
松浦武四郎記念館蔵

続いては『蔵品目録』に掲載されている静嘉堂秘蔵の武四郎旧蔵「天神像」。

「渡唐天神像」(伝啓書記筆相国寺万里居士賛)
室町時代 静嘉堂蔵

「渡唐天神像」は、菅原道真が唐に渡ったとの伝承に基づいて室町時代の禅宗の寺院で盛んに描かれたもので、この作品の作者と伝わる「啓書記」とは、鎌倉・建長寺の書記で、落ち着いた雰囲気のある水墨の山水画を描いた画僧・賢江祥啓のことです。

こちらも『蔵品目録』に掲載されている「渡唐天神像」です。

伝土佐光起「渡唐天神像」江戸時代
静嘉堂蔵


「画鬼」と「鬼才」、二人の「鬼」がコラボするとどのような内容になるのか、とても楽しみな展覧会です。