2024年10月22日火曜日

国立西洋美術館 「モネ 睡蓮のとき」

今年(2024年)は、1874年にパリで開催された第1回印象派展から150周年を迎える年。
その記念すべき年に、東京・上野公園の国立西洋美術館では「モネ 睡蓮のとき」が開催されています。
モネの晩年の作品に焦点をあてた今回の企画展は、世界最大級のモネ・コレクションを誇るパリのマルモッタン・モネ美術館から日本初公開作品を含む約50点が来日して、国立西洋美術館はじめ国内の所蔵作品もあわせて64点もの作品が展示される豪華な内容の展覧会です。

すでに大人気で多くの方が訪れている「モネ展」ですが、さっそく展覧会の見どころをご紹介したいと思います。

展覧会チラシ

展覧会開催概要


会 期   2024年10月5日(土)~2025年2月11日(火・祝)
開館時間  9:30~17:30(金・土曜日は21:00まで)※入館は閉館の30分前まで
休館日   月曜日、11月5日(火)、12月28日(土)~2025年1月1日(水・祝)、
                 1月14日(火)
      (ただし、11月4日(月・休)、2025年1月13日(月・祝)、2月10日(月)、
                   2月11日(火・祝)は開館)
観覧料   一般2,300円、大学生1,400円、高校生1,000円
12月21日(土)以降、日時指定券を土日祝と2025年2月の全日程に限り導入しています。
2月1日(土)~11日(火・祝)の開館日は、21時まで開館します(※最終入場は20時30分まで)。
※チケットの購入方法、展覧会の詳細は展覧会公式サイトをご覧ください⇒https://www.ntv.co.jp/monet2024/

展示構成
 第1章 セーヌ河から睡蓮の池へ
 第2章 水と花々の装飾
 第3章 大装飾画への道
 第4章 交響する色彩
 エピローグ さかさまの世界

※展示室内は、第3章を除き撮影不可です。掲載した写真は報道内覧会で主催者より許可を得て撮影したものです。


展示室入口でお出迎えしてくれるのは、モネがジヴェルニーの自邸の庭に造った睡蓮の池の大きなパネル。



すぐにモネの世界に入り込める粋な演出ですが、画面下の方に見える人影に注目です。
これは来館者の写り込みではなく、あのトレードマークともいえる帽子を被ったモネの頭が水面に写った影。モネ展を訪れた人が、モネの視点から睡蓮の池の水面を眺め、モネになった気分で睡蓮の作品を見てみようという今回の展覧会の意図が込められているパネルだったのです。

第1章 セーヌ河から睡蓮の池へ


展示は、モネが睡蓮の連作を手掛ける前に描いた、セーヌ河やロンドンの景色の作品から始まります。

「モネ 睡蓮のとき」展示風景、国立西洋美術館、2024-2025年


モネがノルマンディー地方の小村ジヴェルニーに転居した1883年にはすでに睡蓮の池があったのではなく、転居後に土地を買い足して睡蓮の池を造成してから睡蓮を書き始め、さらに池の拡張工事をしてから睡蓮の連作に取り掛かるようになったのでした。

「モネ 睡蓮のとき」展示風景、国立西洋美術館、2024-2025年


理想とする庭や池を造ったモネのまなざしは睡蓮の池の水面に向かいました。
そして、睡蓮の池の水はセーヌ河の支流から引いたものでした。
セーヌ河の水は睡蓮の池の水となって、晩年のモネの最大の創造の源となったのです。

第2章 水と花々の装飾


今回の展覧会の大きな見どころのひとつは、幻に終わった装飾画(室内の壁面を飾るために描かれた絵画)の計画のためにモネが描いた習作の数々。
習作といってもそれだけで一つの作品として十分に見応えがあって、藤やアガパンサスなど、睡蓮以外の花の色合いを楽しむことがもできるのです。

それぞれが高さ1m、幅3mもあるこの2点の《藤》は、藤の花をモティーフとするフリーズ(帯状装飾)の習作の現存する8点のうち最も大きなものです。
明るい色彩の藤の花が、リズミカルに配置されていて、近くで見るとまるで音楽を奏でるように感じられてきます。

どちらも クロード・モネ《藤》1919-1920年頃
マルモッタン・モネ美術館

第2章は赤系の壁面と相まってとても落ち着いた雰囲気。
まるで実現しなかった装飾画が、この場に見事に再現されているように思えてきます。

「モネ 睡蓮のとき」展示風景、国立西洋美術館、2024-2025年


第3章 大装飾画への道


そして睡蓮の池が描かれた「大装飾画」の制作過程において生み出された作品群が展示されている第3章へ。

ここがパリ・オランジュリー美術館の幅4mにも及ぶ「大装飾画」が展示されている楕円形の部屋を再現した空間です。
睡蓮の池の大画面の作品が私たちを取り囲むように展示されているので、現地にいるような気分にさせてくれる展示になっているのがうれしいです。

「モネ 睡蓮のとき」展示風景、国立西洋美術館、2024-2025年


上半分が失われた姿で発見されたこの作品は、2019年に「デジタル推定復元プロジェクト」のクラウドファンディングが行われたことでもよく知られています。
筆者も微力ながら寄付をさせていただきましたが、そのせいかとても身近に感じられる作品です。

クロード・モネ《睡蓮、柳の反映》1916年?
国立西洋美術館(旧松方コレクション)


第4章 交響する色彩


晩年は白内障に悩まされながらも「大装飾画」と並行してモネが手がけた小型連作が展示されているのが第4章です。

「モネ 睡蓮のとき」展示風景、国立西洋美術館、2024-2025年


「水の庭」の池にかかる日本風の太鼓橋や枝垂れ柳、「花の庭」のバラのアーチがある小道など、最後の力を振り絞ったかのような激しい筆遣いと鮮烈な色彩に心を打たれます。


「モネ 睡蓮のとき」展示風景、国立西洋美術館、2024-2025年


エピローグ さかさまの世界


「大装飾画」の制作が開始された1914年は第一次世界大戦が始まった年でした。
この2点もオランジュリー美術館の「大装飾画」のために制作されたものです。
柳が水面にさかさまに映し出されたこの穏やかな2つの作品からは、多くの人々が犠牲になり、未曽有の苦しみをもたらした戦争に心を痛め、心の平安を求めて筆をとったモネのメッセージが伝わってくるように感じられました。

左から、クロード・モネ《枝垂れ柳と睡蓮の池》《睡蓮》
どちらも1916-1919年頃 マルモッタン・モネ美術館 



展示作品のカラー図版やコラムが掲載された展覧会公式図録は永久保存版です。



中学生以下の子どもたちにはジュニアパスポートも用意されているので、小さいお子さんでも気軽に展示を楽しむことができます。



モネの晩年の力作が見られて、パリに行かなくてもパリの美術館の雰囲気が味わえる展覧会です。
大画面の睡蓮の大作をぜひお楽しみください!

講演会「1975年、山下少年が観た福田平八郎の絵」(【特別展】福田平八郎✖琳派 関連イベント) 

10月19日(土)に開催された講演会「1975年、山下少年が観た福田平八郎の絵」に参加してきました。

山下裕二氏

この講演会は、山種美術館が展覧会ごとに開催している関連イベントのひとつで、今回は美術史家で明治学院大学教授の山下裕二氏が高校1年生のときに初めて福田平八郎の作品を観た時のエピソードを交えながら、平八郎の魅力、現在開催中の【特別展】福田平八郎✖琳派の見どころを紹介する内容になっています。

【特別展】福田平八郎✖琳派は、9月29日(日)から始まっているので、すでにご覧になられた方もいらっしゃるかと思いますが、展覧会開催概要は次のとおりです。

展覧会開催概要


会 期  2024年9月29日(日)~12月8日(日)
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日  月曜日[11/4(月・振休)は開館、11/5(火)は休館]
入館料  一般1400円、大学生・高校生1100円、
     中学生以下無料(付添者の同伴が必要です) 
各種割引、展覧会の詳細、関連イベント等は山種美術館公式サイトをご覧ください⇒https://www.yamatane-museum.jp/

展示構成
 第1章 福田平八郎
 第2章 琳派の世界
 第3章 近代・現代日本画にみる琳派的な造形



※展示室内は次の1点を除き撮影禁止です。掲載した写真はプレス内覧会で美術館より許可を得て撮影したものです。

今回撮影可の作品は福田平八郎《彩秋》(山種美術館)。スマートフォン・タブレット・携帯電話限定で写真撮影OKです。館内で撮影の注意事項をご確認ください。

福田平八郎《彩秋》1943(昭和18)年 山種美術館


それではさっそく講演会の様子をご紹介したいと思います。

高校1年生の山下少年が1975年の春休みに友人と京都旅行に行ったときに偶然見たのが、京都国立近代美術館で開催されていた福田平八郎遺作展のポスターで、メインビジュアルは《雨》(東京国立近代美術館)でした。
雨というタイトルなのに描かれているのはなぜか瓦だけ。それでもよく見ると瓦には雨粒が点々と残っているというシンプルな構図に「かっこいい!」と思った山下少年は展示を見て図録まで購入したとのこと。

ちなみに山下さんがこの日に着用されていたのは、今年(2024年)大阪中之島美術館と福田平八郎の故郷大分にある大分県立美術館で開催された展覧会「没後50年 福田平八郎」のメインビジュアルで、平八郎の代表作の一つ《漣》(重要文化財 大阪中之島美術館)をモチーフにしたシャツでした(冒頭の写真に注目です)。

《雨》と同じくシンプルなデザインで山下さんが「かっこいい」と感じた《漣》は今回の特別展では展示されていませんが、同様の図柄の作品が展示されているのでぜひ注目していただきたいです。


福田平八郎《漣》20世紀(昭和時代) 個人蔵

この作品は、ある劇場のために《漣》と同じデザインの緞帳の作成を依頼された平八郎が制作した下絵とのこと。もしその緞帳が現存していたら見てみたいと思いました。

《雨》から月日が経過して、当時大学生だった山下さんが出会った平八郎の作品は、1981(昭和56)年発行の「近代美術シリーズ」の記念切手に採用された《筍》(山種美術館)でした。この《筍》は今回の特別展の冒頭に展示されています。

展示風景


山下さんが小学生だった1960年代は、だれもが切手帳を持って、記念切手が発売されると郵便局に並んで買いに行くという切手ブームが盛んな時代でした。「国宝シリーズ」の記念切手で見た雪舟《秋冬山水図》や《信貴山縁起絵巻》などが山下さんにとっての日本美術との最初の接点だったのです。

今回の特別展では文展に落選した学生時代の作品《桃と女》(山種美術館)から、大正期のリアルで「あやしさ」が感じられる《牡丹》(山種美術館)、《筍》をはじめとした、その後のあっさりとした作品まで展示されています。
「これだけ振れ幅の大きな画家はいないのでは。今回の特別展では平八郎の振れ幅の大きさを見ていただきたい。」と山下さん。

右から 福田平八郎《桃と女》1916(大正5)年、
《牡丹》1924(大正13)年 どちらも山種美術館 

上の写真の《牡丹》が描かれた大正期は、平八郎に限らず、洋画家・岸田劉生が言った「デロリ」とした作風が流行った時代でした。
同じ牡丹でも、1960(昭和35)年頃に描いた牡丹はあっさりとしてこんなに明るく描かれています。

福田平八郎《牡丹》1948(昭和23)年頃 山種美術館


今回の特別展では、山種美術館が所蔵する琳派作品で琳派の流れをたどることができます。


琳派の祖。俵屋宗達と本阿弥光悦のコラボ作品と並んで山下さんが紹介されたのは、江戸琳派の酒井抱一や鈴木其一の作品で、特に興味深かったのが、伊藤若冲や中国絵画との関連でした。

伊藤若冲《動植綵絵》のうち「梅花皓月図」を意識したことがうかがえるのが酒井抱一の《月梅図》。若冲ほど梅の枝を込み入って描いてはいませんが、空間を広くとったところに抱一ならではのセンスが感じられます。

中央 酒井抱一《月梅図》、左 酒井抱一《飛雪白鷺図》、
右 鈴木其一《伊勢物語図 高安の女》いずれも19世紀(江戸時代)
山種美術館

中国絵画の学習成果が感じられるのが鈴木其一《牡丹図》(山種美術館)。
伝 趙昌《牡丹図》14世紀(元時代) (皇居三の丸尚蔵館)を参考にしたことが指摘されています。

鈴木其一《牡丹図》1851(嘉永4)年 山種美術館


琳派のDNAを受け継いだ近代・現代日本画家たちの作品が展示されているのも今回の見どころの一つです。

菱田春草《月四題》のうち「秋」1909-10(明治42-43)年頃 山種美術館


今回の特別展の見どころや展示室内の様子は以前の記事で紹介してますので、ぜひこちらもご覧ください。




次回展「【特別展】HAPPYな日本美術ー伊藤若冲から横山大観、川端龍子へー」の講演会「HAPPY三題噺~白蛇・七福神・百~」は現在受付が始まっています。
講師は静嘉堂文庫美術館館長の安村敏信さん。
講演会を聞けば展覧会の楽しみも倍増すること間違いなし。
定員に達する前にぜひお申し込みください!

2024年10月8日火曜日

山種美術館【特別展】没後50年記念 福田平八郎✖琳派

東京・広尾の山種美術館では、9月29日(日)から【特別展】没後50年記念 福田平八郎✖琳派が開催されています。





展覧会の見どころは事前告知の記事でお伝えしていますので、今回は先日開催されたプレス内覧会に参加してその場で見た印象を中心に展覧会の様子をご紹介したいと思います。



展覧会開催概要


会 期  2024年9月29日(日)~12月8日(日)
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日  月曜日[10/14(月・祝)、11/4(月・振休)は開館、10/15(火)、11/5(火)は休館]
入館料  一般1400円、大学生・高校生1100円、
     中学生以下無料(付添者の同伴が必要です) 
各種割引、展覧会の詳細、関連イベント等は山種美術館公式サイトをご覧ください⇒https://www.yamatane-museum.jp/

展示構成
 第1章 福田平八郎
 第2章 琳派の世界
 第3章 近代・現代日本画にみる琳派的な造形

※展示室内は次の1点を除き撮影禁止です。掲載した写真はプレス内覧会で美術館より許可を得て撮影したものです。

色づいた葉やススキが今の季節にふさわしい福田平八郎《彩秋》(山種美術館)のみスマートフォン・タブレット・携帯電話限定で写真撮影OKです。館内で撮影の注意事項をご確認ください。
SNSで発信する時のハッシュタグは、#山種美術館 #福田平八郎・琳派展 です! 


福田平八郎《彩秋》1943(昭和18)年 山種美術館



第1章 福田平八郎


第1展示室に入ってすぐにお出迎えしてくれるのは、メインビジュアルになっている福田平八郎の《筍》(山種美術館)。

第1章展示風景

地面からニョキッと出てきた二本の筍は、皮が黒々としていて、中身がぎっしり詰まっている質感が伝わってくるようでした。
そして驚いたのが、地面に広がる竹の葉。
なんと竹の葉の輪郭線には琳派のトレードマークともいえる「たらし込み」(墨や絵具の滲みを活かして描く技法)が使われているのでした。ぜひ目の前で「たらし込み」の妙をご覧ください。


福田平八郎《筍》1947(昭和22)年 山種美術館

平八郎の出身地の大分と画業を学んだ京都では没後50年記念の回顧展が開催されましたが、東京で開催されるのは山種美術館だけ。同館所蔵作品と個人蔵の作品あわせて26点もの作品が展示され、そのうえ、学生時代に描いた作品から、徹底した細密描写にこだわった作品、そして単純な色彩と大胆な構図による独自の世界を確立した作品まで、平八郎の画業の変遷をたどることができるのです。

左から、福田平八郎《白桃》1962(昭和37)年、《桃》1952(昭和27)年頃
(いずれも個人蔵)、《花菖蒲》1957(昭和32)年、《鮎》1956(昭和31)年
(いずれも山種美術館蔵)

平八郎が京都市立絵画専門学校2年生の時に描いた作品が《桃と女》(山種美術館)。
青々とした桃の葉とたわわに実る桃、明るい表情で収穫作業を行う女性たちが描かれた生命感あふれる作品ですが、なんと第10回文展に出品して落選してしまった作品なのです。

福田平八郎《桃と女》1916(大正5)年 山種美術館

落選の悲哀を味わった平八郎ですが、その後、文展(文部省美術展覧会)の後身として始まった帝展(帝国美術院展覧会)の第5回目には展覧会委員に名を連ね、初めて審査員を務めることになり、その時に出品されたのが平八郎初期の大作《牡丹》(山種美術館)でした。

福田平八郎《牡丹》1924(大正13)年 山種美術館

中国・宋代(10~13世紀)の院体花鳥画を意識して、南宋時代の李迪(りてき)《紅白芙蓉図》【国宝】(東京国立博物館)に見られるように、花を前面に出して大きく描き、一つひとつの花びらを丁寧に表現しているのですが、画面の薄暗い雰囲気も相まって、平八郎の作品からは現実のものとは思えない幻想的な雰囲気が感じられてくるのです。

そして展示は、先ほどご紹介した《筍》のように、これぞ平八郎!と言える作品から、晩年の作品へと続いていきます。

第1章展示風景


第2章 琳派の世界


第2章は、きらびやかな金屏風や、季節感が感じられる花鳥画の掛軸をはじめ、平八郎が大きな影響を受けた琳派作品が展示され、琳派の世界に没入できる空間が広がっています。

右 伝 俵屋宗達《槙楓図》17世紀(江戸時代)
左 酒井抱一《秋草鶉図》【重要美術品】19世紀(江戸時代)
どちらも山種美術館

第2章展示風景

中でも注目したいのが、桃山から江戸初期にかけて活躍した二人の芸術家、俵屋宗達と本阿弥光悦のコラボ作品。

俵屋宗達(絵)、本阿弥光悦(書)《鹿下絵新古今集和歌巻断簡》
17世紀(江戸時代) 山種美術館

作品名に「断簡」とあるように、この作品はもとは1巻の絵巻を切ったもので、山種美術館が所蔵しているのは絵巻の冒頭の部分。ほかにも絵巻の断簡は国内の美術館にも所蔵されていて、後半の大部分はアメリカのシアトル美術館が所蔵しているので、同館の公式サイトで同館所蔵分の画像を見ることができます。

同じく宗達と光悦のコラボ作品《四季草花下絵和歌短冊帖》(山種美術館)は、もとは屏風に貼り付けられているものでした。
季節の草花が描かれた大きな画面の屏風に貼り付けられているところを頭の中で想像しながらこの作品を見てみると、また一つ味わいが深まるかもしれません。

俵屋宗達(絵)、本阿弥光悦(書)《四季草花下絵和歌短冊帖》
17世紀(江戸時代) 山種美術館


第3章 近代・現代日本画にみる琳派的な造形


一つの展覧会で福田平八郎と琳派の2つの展覧会が楽しめると思っていたのですが、実は3つめの楽しみがありました。
それは、俵屋宗達、尾形光琳、酒井抱一と、私淑によって江戸時代を通じて引き継がれてきた琳派に私淑し、構図や技法の影響を受けた近代・現代の日本画の巨匠たちが描いた作品が展示されている第3章です。

影響を受けた琳派作品がパネル展示されている作品もあるので、見比べてみると画家の琳派に対する思いの強さが伝わってきます。

第3章展示風景


菱田春草、小林古径、速水御舟、奥村土牛はじめ名だたる日本画家たちの作品も「琳派」という視点から見てみると新たな発見があることに気が付かされます。


左から、吉岡堅二《春至》1970-73(昭和45-48)年頃、
菱田春草《月四題のうち「秋」》1909-10(明治42-43)年頃、
正井和行《庭》1971(昭和46)年(いずれも山種美術館蔵)


オリジナルグッズも充実してます!

展示作品の絵はがきや一筆箋、福田平八郎《芥子花》(山種美術館)をモチーフにした「ブックカバーしおりセット」、さらには携帯ルーペもあって、いつものことながら充実のレパートリーです。




『【特別展】 没後50年記念 福田平八郎✖琳派』の図録も販売中(税込1320円)。
福田平八郎と琳派の作品がご自宅でも楽しめます。福田平八郎のことばも掲載されていてA5ハンディサイズ。さっそく購入しました。




オリジナル和菓子も充実してます!

展覧会を見たあとはスイーツを味わいながら一休み。
「Cafe 椿」では福田平八郎や琳派の作品を思い浮かべながら、作品にちなんだオリジナル和菓子をお召し上がりいただくことができます。


福田平八郎と琳派、そして琳派の影響を受けた近現代日本画の巨匠たちの作品。
一度で三つも楽しめる展覧会です。おすすめです。

2024年10月2日水曜日

大倉集古館 企画展「寄贈品展」

東京・虎ノ門の大倉集古館では、企画展「寄贈品展」が開催されています。

大倉集古館外観

今回の企画展は、大倉集古館を設立した大倉喜八郎氏の嗣子・喜七郎氏が収集した近代日本画、木彫工芸家、木内半古・省古の木彫工芸品、保坂なみの明治の刺繍、古備前再現を目指した陶芸家、森陶岳の備前焼はじめ、近年、大倉集古館に寄贈されたさまざまなジャンルの作品が見られる展覧会です。

9月14日に開幕したのですが、遅ればせながら先日、展覧会におうかがいしてきましたので、展示の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


会 期  2024年9月14日(土)~10月20日(日)
開館時間 10:00~17:00 金曜日は19:00まで(入館は閉館の30分前まで)
休館日  毎週月曜日(休日の場合は翌火曜日)
入館料  一般 1,000円、大学生・高校生 800円、中学生以下無料
※展覧会の詳細、ギャラリートーク、各種割引等は同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.shukokan.org/

*展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は主催者より広報用画像をお借りしたものです。
*展示作品はすべて大倉集古館蔵です。


1階展示室に入ってすぐに気がついたのは、大画面で鮮やかな色彩の近代日本画が多く展示されているので、とても華やいだ雰囲気が感じられることでした。


大倉喜七郎氏が愛した近代日本画

今回の企画展のメインビジュアルになっているこの作品は、花鳥画を得意とした荒木十畝の《晩秋》。秋の深まりとともに色づく紅葉の赤が印象的です。

《晩秋》荒木十畝、昭和4年(1929)


今回寄贈を受けた近代日本画のうち、《晩秋》を含む7点が昭和5年(1930)にイタリア・ローマで開催された日本美術展覧会(ローマ展)に展示されたものでした。
ローマ展は、大倉喜七郎氏の全面的な支援によって、横山大観、竹内栖鳳、川合玉堂ほか当時の日本画界を代表する画家約80名、約170点の作品が展示された大規模な展覧会でした。
今年の春の企画展「大倉集古館の春」でローマ展に出展された横山大観《夜桜》(大倉集古館蔵)を拝見しましたが、今回もまるで「ミニ・ローマ展」と思えるくらいの作品を見ることができたので、とてもうれしかったです。

続いては同じくローマ展に出展された《菊》。
正倉院宝物を思わせるエキゾチックな壺の模様がきっとローマっ子を魅了したのではないかと思える、菊池契月らしい格調の高さがうかがえる作品です。

《菊》菊池契月、昭和4年(1929)


日本の書道界や絵画界への援助を惜しまなかった喜七郎氏は、横山大観、川合玉堂に大倉組嘱託の待遇を与え、援助を行ったといわれています。

玉堂が描いた《暮るる山家》は、琳派の代名詞ともいえる「たらしこみ」の技法が見られる作品。
画面右上のまるで名刀のような鋭い三日月があらわす緊張感を感じると同時に、画面下に描かれたつぶらな瞳の子馬の可愛さに癒される作品です。

《暮るる山家》川合玉堂、大正7年(1918)



日中のかけはし・王一亭(王震)の書

《行書王之渙涼州詞軸》は、中国・清時代から民国時代初期に上海を中心に活躍した実業家で書画家の王一亭が中国・唐時代の王之渙作「涼州詞」を書写し、大倉組副頭取・門野重九郎氏に贈ったもので、のちに大倉組監査役の肥田耕三氏に贈られ、この度、ご遺族から大倉集古館に寄贈されました。
大倉集古館には、ほかにも王一亭の書や絵画が所蔵されているとのことなので、いつかはぜひ、大倉財閥と上海実業界のかけはしとなった王一亭作品をまとまって見てみたいです。

《行書王之渙涼州詞》王一亭、中華民国時代・20世紀



保坂なみによる明治の刺繍

明治期に刺繍が女性が社会で生き抜いていくために必要とされた技術の一つとして教えられていたことも、保坂なみのことも知らなかったので、今回、「百花の王」牡丹や、そのまわりを舞う蝶が描かれたこの作品のように吉祥文様や花鳥が施された刺繍作品を見ることができたのは大きな収穫でした。
(中国語では、高齢の老人を意味する耄耋(もうてつ、ぼうてつ)という言葉があり、耄は猫、耋は蝶と発音が共通するので、猫も蝶もどちらも長寿の象徴なのです。)


《袱紗 牡丹に胡蝶模様刺繍》保坂なみ、明治~大正・20世紀 


木内半古・省古の木彫工芸品

木内喜八、半古、省古は三代続いて江戸・東京で活躍した木彫工芸家で、大倉家が支援したご縁で、この度、ご遺族より二代半古による一重切の竹花入や、三代省古が娘のためにつくった可愛らしい木画(寄木象嵌)の帯留ほかなどの作品が寄贈されました。

半古の《竹花入》は、まさに侘び寂びの世界。豊臣秀吉の小田原攻めに同行した千利休が作ったと伝わる《一重切花入》を思い浮かべました。

《竹花入》木内半古、明治~昭和・19~20世紀


宮内庁正倉院御物整理掛に出仕した半古と省古は、宝物の修理を通して得た知見を自身の制作に活かしたことでも知られています。
省古の《花喰織文木画帯留》に表された花の枝をくわえた瑞鳥は正倉院宝物にあしらわれていた「花喰鳥」の模様を踏襲したもので、シルクロードを通って奈良時代の日本に渡ってきた模様でした。

小さな帯留に、省古の娘さんへの愛情が込められたとても愛らしい作品です。

《花喰織文木画帯留》木内省古、明治~昭和・19-20世紀


江戸時代の竹取物語


奈良絵本とは室町時代後半~江戸時代前期に、おもに御伽草子を題材として作られた絵入の冊子のことで、嫁入道具として好まれました。
奈良絵本『竹取物語』は明治~昭和のジャーナリスト・徳富蘇峰が旧蔵し、大正13年(1924)に「威子嬢」(詳細不明)に贈ったもので、喜八郎氏とは旧知の仲の蘇峰が旧蔵したこの作品は、めぐりめぐって大倉集古館に所蔵されることになりました。


奈良絵本『竹取物語』江戸時代・17世紀


挑戦者・森陶岳の作陶


2階は1階の華やいだ雰囲気とはがらりと変わって、森陶岳による落ち着いた雰囲気の備前焼の作品が展示されています。

森陶岳は、古備前に魅せられ、一度絶えた焼成法を摸索し、さらに古備前を超えた独自の作風を切り開いた挑戦者でした。

どっしりとしたいかにも備前らしい形の《備前大蕪花入》。


《備前大蕪花入》森陶岳、昭和61年(1986)

こちらは独自性が発揮された《彩土器》。《備前大蕪花入》とほぼ同じ時期に作られたのに印象は全く異なり、弥生式土器を思わせる丸い胴体に銀やプラチナを塗って黒と白の不思議な感じのする模様をほどこした作品です。

《彩土器》森陶岳、昭和60年(1985)


ススキ?がなびく先に見えるのは満月、そして台鉢の形は半月。
ほかにも備前焼の徳利やぐい呑みが展示されているので、こんな優雅な景色をながめながら酒を飲み、料理を味わってみたいと思いました。
 
《備前半月台鉢》森陶岳、昭和61年(1986)

会期は10月20日(日)まで。
この秋おすすめの展覧会です。