2026年4月15日水曜日

静嘉堂文庫美術館 美を味わう ―懐石のうつわと茶の湯

静嘉堂@丸の内では、展覧会「美を味わう —懐石のうつわと茶の湯」が開催されています。


多くの美術館や博物館で陶磁器などうつわの展覧会が開催されていますが、懐石のうつわや茶道具を愛でる内容の今回の展覧会はちょっと違った味付けがされています。
本来であれば料理を盛り付けているところを展示できればよいのですが、生ものは長い日数置いておくと腐ってしまうのでそれはできません。そこで、形や文様などはもちろんのこと、料理や菓子を盛っていることも想像しながらうつわを愛でることができるように、展示室の壁面には料理を盛り付けた様子がパネル展示されています。
まさに美を味わうことができる展覧会なのです。
(ホワイエの一角でも、うつわに料理を盛り付けている場面を撮影したビデオが上映されているので、ぜひご覧いただきたいです。)

それでは、開会前に開催されたプレス内覧会に参加してきましたので、  さっそく展示の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要


会 期   2026年4月7日(火)~6月14日(日)
      前期:4月7日(火)~5月6日(水・祝)
      後期:5月8日(金)~6月14日(日)
      ※前後期で一部作品の展示替えあり
休館日   毎週月曜日(ただし5月4日(月・祝)は開館)、5月7日(木)
開館時間  10:00~17:00 ※入館は閉館の30分前まで
      ※毎月第4水曜日は20時まで、6月12日(金)、・13日(土)は19時まで開館
トークフリーデー  毎週木曜日
入館料   一般 1500円、大高生 1000円、中学生以下 無料
      障がい者手帳をお持ちの方(同伴者1名〈無料〉を含む) 700円      
※展覧会の詳細、チケット購入方法、関連イベント等については同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.seikado.or.jp
※掲載した作品はすべて公益財団法人静嘉堂の所蔵です。

撮影条件  国宝《曜変天目(稲葉天目)》以外は撮影可。
      *携帯電話・スマートフォン・タブレットのカメラは使用できます。
       動画撮影・カメラでの撮影は不可。

展示構成
 第1章 懐石の流れ
 第2章 懐石道具の華、「向付」のさまざま
 第3章 茶事を彩る、懐石のうつわ
 第4章 懐石から茶へ―千利休と豊臣秀吉ゆかりの茶道具

展覧会チラシ


第1章 懐石の流れ


静嘉堂文庫美術館では、今までにも陶磁器や茶道具など、うつわの展覧会は開催されていましたが、懐石のうつわを中心とした展覧会は、1992年の開館以来、今回が初めてとのこと。
陶磁器、漆器、ガラスなど様々な素材のうつわが見られるのが今回の展覧会の大きな見どころのひとつです。

懐石とは、茶事において抹茶を喫する前に供される料理のこのとで、茶道の世界では11月から4月までが炉の季節、5月から10月までが風炉の季節なので、第1章では、前期(4/7-5/6)には炉の季節、後期(5/8-6/14)には風炉の季節を想定した取り合わせが紹介されます。


第1章 展示風景


第2章 懐石道具の華、「向付」のさまざま


今回の展覧会で特に注目したいのが懐石道具の華、「向付(むこうづけ)」。
膳の手前にご飯と汁物の碗があって、その向こう側にあって懐石の最初に出される主菜または副菜を盛り付けるための小鉢や皿が向付ですが、その形もデザインもさまざまなものを楽しむことができるのが第2章です。



第2章 展示風景

向付は、料理を盛り付けやすいように長方形や楕円形のものが多いのかと思っていたのですが、今回の展覧会ではいろいろな形の向付があることに気が付かされました。
そして、産地も日本の有田、中国の景徳鎮窯、朝鮮の釜山窯、さらにはオランダのデルフト窯だったりと、まさに「さまざま」。

中国・景徳鎮窯の《祥瑞松竹梅文袖型向付》は、旗がたなびくような少し変わった形をしていますが、これは明末の崇禎年間(1628-44)頃、日本の茶人の注文によって景徳鎮民窯で焼成されたやきもので、形は江戸初期に流行した「誰袖屛風(たがそでびょうぶ)」や「誰袖匂袋(たがそでにおいぶくろ)」等に着想を得たものではないかと考えらえれています。


《祥瑞松竹梅文袖型向付》 景徳鎮窯 明時代(17世紀前半)
通期展示


筆者が特に気に入ったのは、京都で焼かれた舟形の《銹絵舟形向付》。
素早く食べないとすいすいとどこかへ行ってしまいそうです。

《銹絵舟形向付》 京 江戸時代(18世紀)
通期展示



第3章 茶事を彩る、懐石のうつわ

 
懐石では一汁三菜が基本ですが、季節や亭主の趣向に応じて様々なうつわがそれぞれの場面に応じて登場します。第3章では、静嘉堂の所蔵品のなかから、懐石のうつわとして用いられた鉢や皿、さらには酒器や菓子器までの、多様な作品を楽しむことができます。


第3章 展示風景

ここでもお気に入りの一品を見つけました。
中国・漳州窯で焼かれた、胡人たちが楽しそうに踊る《呉州赤絵胡人獅子文鉢》です。

《呉州赤絵胡人獅子文鉢》漳州窯 明時代(17世紀前半)
通期展示

モダンなデザインに感じられたのが、有田 古九谷様式の《色絵丸文台鉢》。
紫を地に緑・白・黄の丸文が映える表面に目が行きがちですが、裏面にも染付で葡萄の蔓を二箇所からつたわせるように描き、高台内面は緑釉で塗り込めるという念の入りよう。
鏡の上に展示されているので、裏面までよく見ることができます。

《色絵丸文台鉢》有田 古九谷様式 江戸時代(17世紀)
通期展示



第4章 懐石から茶へ―千利休と豊臣秀吉ゆかりの茶道具


懐石を中心とした初座を終えたあと茶人たちは、濃茶と薄茶を喫する後座に移ります。
第4章では、静嘉堂の茶道具コレクションから、千利休と、利休が仕えた豊臣秀吉ゆかりの名品が展示されて、後座の茶室をイメージした雰囲気を味わうことができます。


第4章 展示風景 



なかでも前期の注目は、室町幕府第三代将軍・足利義満によって見出されたとされる唐物茄子茶入《付藻茄子》。
桃山時代には織田信長、豊臣秀吉の手に渡り、大坂夏の陣で大坂城が落城したとき、大破した《付藻茄子》を徳川家康の命によって塗師の藤重藤元・藤巖堂父子が精巧な漆繕いを行い、このような姿によみがえった茶入です。。
今回は鏡の上に展示されているので、底の部分の繕いの様子がよく見えるようになっています。


唐物茄子茶入《付藻茄子》 福州窯系 南宋~元時代(13~14世紀)
前期展示(4/7-5/6)


後期には同じく大坂夏の陣で罹災して藤重父子が修復した唐物茄子茶入《松本茄子(紹鷗茄子)》が展示されます。
家康は、見事な修理の労をねぎらって、《付藻茄子》を父・藤元に、《松本茄子》を子の藤巖に下賜しました。
今日の私たちがこのような茶入の名品を見ることができるのは藤重父子のおかげなので、とてもありがたいです。

第4章では、国宝《曜変天目(稲葉天目)》も展示されています。

 
ミュージアム・ショップでは新商品も続々入荷。
国宝《曜変天目(稲葉天目)》がデザインされた「曜変天目ゴーフレット」も新商品。
ゴーフレットを食べ終えたあとも、缶はオシャレな小物入れとして使えるのがうれしいです。

ミュージアムショップ


展示作品のカラー図版や詳しい作品解説が掲載された展覧会図録はハンディサイズ。鑑賞のお供にいかがでしょうか。
展覧会図録

展覧会のタイトルどおり、料理を味わう気分で懐石のうつわが楽しめます。おすすめの展覧会です。 

2026年4月12日日曜日

茅ヶ崎市美術館 生誕100年 昭和を生きた画家 牧野邦夫 —その魂の召喚- 

JR茅ケ崎駅から海の方に向かってしばらく歩くと見えてくるのが自然豊かな高砂緑地。その中に立地する茅ヶ崎市美術館では、展覧会「生誕100年 昭和を生きた画家 牧野邦夫 ―その魂の召喚—」が開催されています。



昭和に改元される前年の大正14(1925)年に生まれ、昭和61(1986)年に没した牧野邦夫は、まさに激動の昭和という時代に生きた画家でした。特定の絵画団体などに所属することなく、個展を開催して作品を発表していた牧野の知名度は決して高くはなく、筆者がその名を知ったのは、平成25(2013)年に練馬区立美術館で開催された「牧野邦夫―写実の精髄―」展のメインビジュアルになっていた《ビー玉の自画像》を見たときでした。
ところが、気になった画家ではあったものの展覧会に気が付いたのが会期末に近かったこともあって、そのときは残念ながら見に行くことができませんでした。

それから13年。
地元神奈川県の茅ヶ崎市美術館で開催されるのを知って、今度こそ逃さずに見に行こうと思い立って行ってきました。
作品を前にして、牧野邦夫という画家のすごさに驚いてばかりいましたが、どれだけものすごい画家なのかはぜひその場でご覧いただくとして、ここではいくつかの作品をもとに見どころをご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


会 場  茅ヶ崎市美術館 〒253-0053 神奈川県茅ケ崎市東海岸北1-4-45
会 期  2026年3月31日(火)~6月7日(日)
開館時間 10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日  月曜日(ただし、5月4日は開館)、5月7日(木)
観覧料  一般:1,200円、大学生:1,000円、市内在住65歳以上:600円
     高校生以下、障がい者およびその介護者は無料
展覧会の詳細、関連イベント等は同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.chigasaki-museum.jp/

展示構成
 序章  内面(うちなるもの)をみつめて―生涯のテーマ・自画像—
 第1章 描く対象(もの)を求めて—模索期・昭和30年代—
 第2章 レンブラントとの対話—開花期・昭和40年代—
 第3章 想いのままに―完成期・昭和50年代—
 終章  魂の召喚—その終焉・昭和60年代—

※展示室内は《未完成の塔》(個人蔵(練馬区立美術館寄託))を除き撮影禁止です。掲載した写真はプレス内覧会で美術館より許可を得て撮影したものです。


展覧会チラシ


序章 内面をみつめて—生涯のテーマ・自画像—



序章には、牧野が生涯を通じて描き続けてきた自画像が展示されていますが、それは顔だけが描かれた自画像だけではありませんでした。
剣を持って武装する姿や狐の面が描かれた自画像、さらにはぐにゃっと曲がった食卓を前に煙草を手にしてくつろぐ画家自身などさまざま。着ている服装にしても、人の顔がデザインされたモフモフの服や、ひらひらした派手なフリルがついた襟や袖の服など奇抜なデザインのものもあって、どれも特徴的。
不思議な魅力を持ったいくつもの自画像を見ているうちに、心の準備ができないまま一気に「牧野ワールド」に引き込まれてしまいました。

「序章」展示風景


第1章 描く対象(もの)を求めて—模索期・昭和30年代—



筆者が牧野を知るきっかけとなった《ビー玉の自画像》(個人蔵)は第1章に展示されていました。
この作品は、牧野が好きだったアルブレヒト・デューラーが自身を正面から描いた《自画像》(ドイツ・ミュンヘン アルテ・ピナコテーク蔵)を連想させてくれますが、アルテ・ピナコテークで見たデューラーの《自画像》と同じく、我が道を行こうとする牧野の画家としての決意や信念が伝わってくるように感じられました。


牧野邦夫《ビー玉の自画像》昭和38(1963)年 個人蔵


第1章で注目したいのは、下の写真右の《邪保(若いサタン)》(個人蔵)で初めて描いて以来、牧野作品に繰り返し登場する「邪保(じゃぼ)」。
「邪保」は、芥川龍之介の小説「きりしとほろ上人伝」に登場する悪魔(ぢやぼ diabo(ポルトガル語)のことで、この小説では主人公の巨人「れぷろぼす」の前に学者の姿をして現れて、彼をたぶらかす存在でしたが、牧野が描く邪保は、邪悪な存在というより、神に見放された悲しみ、孤独な寂しさを心に抱く牧野オリジナルの存在としてとらえられていました。

右 牧野邦夫《邪保(若いサタン)》 昭和32(1957)年頃、
左 牧野邦夫《邪保》 昭和36(1961)年 どちらも個人蔵


第2章 レンブラントとの対話—開花期・昭和40年代—



17世紀ネーデルラント絵画の巨匠レンブラントを生涯にわたって敬愛し続けた牧野は、昭和41(1966)年、レンブラントの母国オランダを訪ね、その後、ヨーロッパ各地を巡り、西洋の古典絵画に大きな刺激を受けました。
そして、帰国後に牧野が本格的に取り組み始めたのが、芥川龍之介をはじめ文学作品を題材にした物語絵でした。

「第2章」展示風景


なかでも特に強い印象を受けたのは、「奉教人の死」「きりしとほろ上人伝」「じゆりあの・吉助」「南京の基督」といった芥川龍之介の切支丹物を題材にした作品でした。

奉行の取り調べにキリシタンであることを素直に告白した「じゆりあの・吉助」が磔の刑で息絶えた場面が描かれた《ジュリアーノ吉助の話(芥川龍之介作品より)》をはじめ、物語のクライマックスシーンを劇的にとらえた迫真の描写にはただただ圧倒されるばかりでした。

牧野邦夫「ジュリアーノ吉助の話」(芥川龍之介作品より)
昭和45(1970)年 個人蔵


第3章 想いのままに―完成期・昭和50年代—


タイトルのとおり、想いのままに描いた昭和50年代の作品が展示されているのが第3章。
冒頭にご紹介した茅ヶ崎市美術館入口の看板の作品は、ミケランジェロが描くような筋骨隆々とした戦士たちが登場していますが、実は壇ノ浦の戦いに敗れた平家一族が入水する、「平家物語」の名場面が描かれているのです。
作品を見ていると、人物など細部は写実的なのに、全体としては幻想的、西洋絵画的なタッチなのに、題材はギリシャ神話ではなく日本の古典文学という、なんとも言えないアンバランスさになぜか魅了されてしまいます。


牧野邦夫《海と戦さ(平家物語より)》昭和50(1975)年 個人蔵


第二次世界大戦の中でも、補給を度外視した無謀な作戦として知られる「インパール作戦」を題材にした高木俊朗の戦記小説『インパール』に着想を得た作品が《インパール(高木俊朗作品より)》(練馬区立美術館蔵)です。
学徒動員で出陣して宮崎で終戦を迎えた牧野は、戦場で戦ったことはありませんでしたが、空襲の犠牲になった死体や、原爆による被害を受けた広島の惨状を見た経験があったので、圧倒的な英印軍の兵力の前に斃れる日本軍兵士たちや、飢えや疫病により多くの兵士が犠牲になり、「白骨街道」とも呼ばれた退却ルートの様子を生々しく描いています。
戦場の悲惨さに心が揺さぶられる大作です。

牧野邦夫《インパール(高木俊朗作品より)》昭和55(1980)年
練馬区立美術館蔵

そこにはいないはずなのに、牧野の目には見えてしまうのでしょうか。
千穂夫人とともに自身を描いている生活の一場面なのに、三味線を弾く猫がいたり、奥の部屋には江戸時代の人たちと思われる人物がいたりと、画面いっぱいに摩訶不思議な世界が広がるのも牧野作品の大きな魅力のひとつです。

牧野邦夫《食卓に座る千穂》昭和55(1980)年 個人蔵



終章  魂の召喚—その終焉・昭和60年代—



本展で撮影可能の作品は、《未完成の塔》(個人蔵(練馬区立美術館寄託))
これは、牧野が50歳の昭和50(1975)年に描き始め、10年ごとに一層ずつ描き進める構想を立てたもので、昭和53年頃(c1978)には「レンブラントが30歳頃の絵に自分は60歳位になったら追いつけるのではないか。レンブラントのような絵を描けるようになるには自分は63歳で死んだレンブラントより30年長く生きなければ到達しないので、90歳過ぎまで生きなければならない。」といった内容の言葉を遺していましたが、牧野は惜しくも61歳で亡くなったので、二層目を描きかけた段階でこの作品は未完成なままで終わってしまいました。


牧野邦夫《未完成の塔》未完成 個人蔵(練馬区立美術館寄託)


牧野にとって茅ヶ崎は画家としての駆け出しの頃に過ごしたゆかりの土地でした。
茅ケ崎駅前にあったマッコール洋裁学園の経営を任された2人の姉とともに、東京美術学校を卒業して間もない牧野は、昭和24(1949)年に小田原から茅ヶ崎へ移り住んだのでした。
学園は、昭和55(1980)年に用地立ち退きにより閉鎖され、以降は茅ヶ崎の地に足を踏み入れることはありませんでしたが、往時をしのぶ写真や、茅ヶ崎市美術館が所蔵する牧野が当時描いたデッサンなどが展示されている展示室3は、茅ヶ崎市美術館ならではの展示です。
本展は巡回展ですが、ここでしか見られない展示なのでぜひご覧いただきたいです



展示室3展示風景


牧野の作品は、個展を開いてコレクターが買っていくということが多かったので、今回の展覧会も個人蔵の作品が多いのが特徴です。
なんとなく惹かれた作品の前で立ち止まって見ていたところ、「これは私が所蔵している作品です。」と年配の男性に声をかけられました。「とてもいい作品ですね。」と笑顔で答えたら、その方からも笑顔が返ってきました。
ほんの一瞬の短い会話でしたが、牧野の作品は、この方のように作品を大切にするコレクターのみなさんに支えられているのだなと実感しました。

不思議な魅力をもった「牧野ワールド」が楽しめる展覧会です。ぜひ多くの方にご覧にいただきたいです

2026年3月25日水曜日

半蔵門ミュージアム「富士山 花と雲と湖と」イベント講演会 徳川時代の富士山図—饒舌館長ベストテン—

東京・半蔵門ミュージアムで3月7日(土)に開催された「富士山 花と雲と湖と」イベント講演会「徳川時代の富士山図—饒舌館長ベストテン―」に参加してきました。
この講演会は、同館で1月17日(土)から5月10日(日)まで開催中の特集展示「富士山 花と雲と湖と」 にちなんで開催されているイベントのひとつで、講師はアートブログ「饒舌館長」でおなじみの河野元昭氏(出光美術館理事、東京大学名誉教授)。
(アートブログ「饒舌館長」のURLはこちらです⇒https://jozetsukancho.blogspot.com/)
会場内は超満員で、オンライン聴講された方もいらっしゃったので、多くの方が河野氏の楽しくて、とても興味深いお話を聴かれたのではないでしょうか。


講演会の様子

講演では、江戸狩野を確立した狩野探幽、琳派を大成した尾形光琳、今や世界的に有名になった葛飾北斎をはじめ、江戸時代を代表する絵師たちが描いた富士山作品の「饒舌館長ベストテン」を中心に、富士山が描かれた絵画の魅力や、古来より聖なる山として敬う対象であった富士山が、江戸時代には富士講によって登山する対象になり、また、富士山を見ながら酒を飲むなど生活を楽しむための山に大きく変化したこと、さらに特集展示「富士山 花と雲と湖と」展示作品の見どころなどをご紹介いただきました。

そして、注目したいのが講演会のタイトル。
平和な時代が続いた江戸時代は、「パクスロマーナ(ローマの平和)」になぞらえて「パクストクガワーナ(徳川の平和)」とも呼ばれますが、長い間戦争がなかったことによって町衆が豊かになり、それが文化として結実して、絵画の分野でも優れた作品が生み出された江戸時代を、河野氏はあえて「徳川時代」としているのです。
世界各地で紛争が続いている中、このタイトルから河野氏の平和に対する強い思いを感じ取ることができました。

講演会終了後は地下展示室に移り、常設展示と特集展示を拝見しました。

特集展示開催概要


展覧会名 富士山 花と雲と湖と
会 期  2026年1月17日(土)~2026年5月10日(日)
会 場  半蔵門ミュージアム(東京都千代田区一番町25)
時 間  10時~17時30分(入館は17時まで)
休館日  毎週月曜日・火曜日
入場料  無料
公式サイト https://www.hanzomonmuseum.jp/ 

半蔵門ミュージアムは、入口の大きな看板が目印です。




※展示室内は撮影不可です。掲載した写真は、美術館より広報用画像をお借りしたものです。
※掲載した作品はすべて半蔵門ミュージアム所蔵です。


地下展示室の構成は、常設展示の「ガンダーラの仏教美術」、同じく常設展示の「祈りの世界」、そして今回は富士山を描いた作品が並ぶ特集展示「富士山 花と雲と湖と」と、大きく3つのに分かれています。

常設展示「ガンダーラの仏教美術」には、2~3世紀ごろ作られたガンダーラ仏伝浮彫が複数展示されています。キャプションには詳しい解説があるので、それぞれの作品がどの場面をあらわしていて、誰がどの人物がなのかもよくわかるので、作品を見ながら釈尊の生涯をたどることができます。そして、立体作品なので、正面からだけでなく、左や右から眺めると人物たちの違った表情が見えてくるのでぜひ試してみてください。


ガンダーラ仏伝浮彫 初転法輪      2~3世紀

常設展示「祈りの世界」には、運慶作と推定されている大日如来坐像(重要文化財)をはじめ、醍醐寺ゆかりの如意輪観音菩薩坐像、不動明王坐像、二童子立像が常設展示されています。
落ち着いた雰囲気の中、心穏やかに仏様を拝むことができるとても素晴らしい空間です。

半蔵門ミュージアム 地下展示室


そして特集展示「富士山 花と雲と湖と」へ。
冒頭を飾るのは、東京美術学校(現・東京藝術大学)の第1期生で、岡倉天心を中心に創立された日本美術院に参加し、近代日本画界に大きな足跡を残した横山大観の《霊峰不二》。
生涯を通じて富士山を主題とした絵を2000点以上も描いた大観は、この作品では手前に松の木が並ぶ三保の松原、奥に雪化粧の富士山を描いていますが、雲の上に浮かぶように見える富士山の姿がより一層神秘的に感じられました。


横山大観《霊峰不二》1939年 

片岡球子が1966年第51回院展に《面構(つらがまえ)  足利義政》を出品してから始まった「面構シリーズ」では、そこに描かれた足利将軍や浮世絵師など人物の迫力に驚かされましたが、「富士山」シリーズでは、その大胆な構図と、鮮やかな色彩に驚かされます。
片岡球子の作品は他にも2点展示されていますが、どれもどっしりとした存在感のある富士山が描かれています。

片岡球子《花に囲まれし富士》1985年頃

「会場芸術」を提唱して日本美術院を脱退し、青龍社を立ち上げた川端龍子が祖父にあたり、龍子のもと青龍社で日本画家としての道を歩んだ岡信孝の《紅梅富士》は、紅梅の赤と雪化粧の富士山の白の対比がとても印象的です。

岡信孝《紅梅富士》1990年代


川端龍子や龍子門下の横山操を慕い、青龍社展に1960年の初入選から1966年の解散まで出品した平松礼二の「路」シリーズの作品2点が展示されています。
そのうちの1点が《路・爽秋路》。すすきをはじめ、秋の草花が描かれている中、遠くに見える富士山の白がいいアクセントになっています。

平松礼二《路・爽秋路》1987年頃

日本美術院を中心に活動した横山大観や片岡球子の作品と、豪放な筆致の作品を描き日本美術院を脱退した川端龍子のもとで学んだ岡信孝や平松礼二の作品が並んで展示されていて、どれも個性的な富士山が描かれているところがとても興味深かったですが、個性的な富士山はさらに続きます。

河野氏の「イチ押し」が、版木に直接インクを付けず、版木に紙を押し当てて図柄を浮き立たせ、紙の上からインクを塗る「拓刷り」という独自の版画技法を確立した版画家・笹島喜平の作品。力を込めてバレンで摺り込んでいるので、白い部分にも凹凸があり、それが「陰影となってのものしさを感じさせている。」と河野氏。
今回の特集展示では《飛雲富士B》、《清秋富士》、《精進湖の富士》の3点が展示されているので、ぜひ近くからご覧いただいてこれらの作品がもつ迫力を感じとっていただきたいです。

笹島喜平《清秋富士》1973年

現在の静岡県富士市に生まれ、幼少期より目にしていた富士山を主題とした作品を数多く描いた野田好子の《飛翔》は、三保の松原に天女が舞い降りたとされる「羽衣伝説」を彷彿とさせるとても幻想的な作品です。

野田好子《飛翔》1993年



講演会で河野氏は「江戸時代には、富士山に自分の感情を投影するようになった。」とお話しされていましたが、日本画、版画、洋画と異なるジャンルの近現代の作家10名の15作品からも、作者それぞれの思いが込められた、全く異なった表情を見せてくれる富士山を楽しむことができました。

ぜひ多くの方にご覧いただきたい展示です。おすすめです。

2026年3月19日木曜日

山種美術館 【特別展】花・flower・華 2026―横山大観の桜・川端龍子の牡丹・速水御舟の梅―

東京・広尾の山種美術館では、 【特別展】花・flower・華 2026—横山大観の桜・川端龍子の牡丹・速水御舟の梅―が開催されています。


山種美術館では、毎春、花をテーマにした展覧会が開催されていますが、今年は酒井抱一、横山大観、菱田春草、川端龍子、速水御舟をはじめ、名だたる画家たちが描いた四季折々の花をモチーフにした名品の数々が展示されている展覧会です。
それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要


会 期  2026年2月28日(土)~5月10日(日)
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日  月曜日(5/4(月・祝)は開館)
入館料  一般 1400円、中学生以下無料(付添者の同伴が必要です。)
     春の学割  大学生・高校生 500円
各種割引、展覧会の詳細、関連イベント等は山種美術館公式サイトをご覧ください⇒https://www.yamatane-museum.jp/

展示構成
 第1章 季節の花々
 第2章 幻想の花々

今年(2026(令和8)年)、山種美術館は開館60周年を迎え、年間を通して、所蔵する近代・現代日本画の名品を中心に見ごたえのある特別展が開催されます。開館60周年記念特別展についてはこちらをご覧ください⇒https://www.yamatane-museum.jp/exhibitions/schedule.html


※展示室内は次の1点を除き撮影禁止です。掲載した写真はプレス内覧会で美術館より許可を得て撮影したものです。

今回の撮影可の作品は、墨の濃淡で表現された牡丹の花びらが幻想的な速水御舟《牡丹花(墨牡丹)》(山種美術館)。スマートフォン・タブレット・携帯電話限定で写真撮影OKです。展示室内で撮影の注意事項をご確認ください。 

速水御舟《牡丹花(墨牡丹)》1934(昭和9)年
紙本・墨画彩色 山種美術館


第1章 季節の花々


春の花といえば桜、桜といえば花見。
桜の花が描かれた作品が並ぶ様は、まさに春爛漫。
展示室内は華やいだ雰囲気に満ちあふれています。

展示風景

菱田春草《桜下美人図》(山種美術館)に描かれているのは、満開の桜の下を優雅に歩く和服姿の女性たち。
これは春草が東京美術学校(現 東京藝術大学)在学中の制作で、一番左の女性の姿は菱川師宣の《見返り美人》(東京国立博物館)の影響が見られ、浮世絵の研究成果があらわれた作品です。
20歳にしてこれだけの完成した作品を描いた春草の早熟ぶりにおどろかされますが、画面右下の謎(?)の動物にも注目したいです。 

菱田春草《桜下美人図》1894(明治27)年
絹本・彩色 山種美術館

一方、春草と同じく岡倉天心の薫陶を受け、東京美術学校、日本美術院と歩んだ横山大観が好んで描いたのは、人知れず可憐に咲く山桜。
朝日に輝く様子を描く《春朝》(山種美術館)は、江戸時代の本居宣長の和歌「しき嶋の やまとごころを 人とはば 朝日ににほふ 山さくら花」を彷彿とさせます。

横山大観《春朝》1939(昭和14)年頃
絹本・彩色 山種美術館


中国では「富貴花」「花王」「花神」とも呼ばれ、堂々とした花を咲かせる牡丹が描かれた作品は、冒頭でご紹介した速水御舟《牡丹花(墨牡丹)》(山種美術館)をはじめ、なぜか幻想的な世界に引き込まれていきそうな気分になってきます。


展示風景

「会場芸術」を提唱して日本美術院を脱退し、青龍社を立ち上げた川端龍子らしい大画面の屏風に描かれているのは『伊勢物語』に登場する「八橋」とその周囲に咲き誇る杜若(かきつばた)。
尾形光琳《八橋図屛風》(メトロポリタン美術館)などの影響を受けて描かれた作品ですが、発表されたのは1945(昭和20)年に開催された第13回春の青龍展。
太平洋戦争末期の厳しい状況の中でもこれだけの大作を制作し、自らが主宰する展覧会を開催してしまう龍子のエネルギーのすごさが感じられました。

 
川端龍子《八ツ橋》1945(昭和20)年
絹本金地・彩色 山種美術館

秋を彩る草花は、華やかさはありませんが、落ち着いた趣きが感じられます。

展示風景


ここで木村武山の作品にめぐり合えたのはうれしかったです。
日本美術院の北茨城・五浦への移転の際、横山大観、菱田春草、下村観山とともに岡倉天心に従った木村武山は、大観らと比べて知名度はあまり高くありませんが、鮮やかな色彩の作品を描く武山は好きな近代日本画家のひとりなのです。
《秋色》(山種美術館)は、そのタイトルどおり秋らしく抑え気味の色合いがとても素晴らしい作品です。

木村武山《秋色》20世紀(大正時代)
絹本・彩色 山種美術館

 
つぼみがちらほら開いてくると春が近づいてきたんだな、と感じさせてくれるのが梅の花。そして、雪の中でも元気に花を咲かせているイメージがあるのが椿の花。
下の写真は《紅梅・白梅》(双幅)、《椿ノ花》(どちらも山種美術館)とも速水御舟の作品です。
《紅梅・白梅》のうち左幅の金泥で描かれた三日月は、まるで研ぎ澄まされた刀のよう。まだまだ寒い冬の夜の緊張感が伝わってくるようでした。


右 速水御舟《紅梅・白梅》1929(昭和4)年 絹本・彩色 
左 速水御舟《椿ノ花》1933(昭和8)年 紙本・彩色
どちらも山種美術館


四季それぞれの花が描かれた四幅の荒木十畝《四季花鳥》(山種美術館)はとても華やかで、巨幅が並んだ様はまさに壮観。
今回の特別展のメインビジュアルになっていて、実際に百種類の花が描かれている田能村直入《百花》(山種美術館)もじっくり見ていたらいつの間にか時が過ぎてしまいます。

荒木十畝《四季花鳥》1917(大正6)年
絹本・彩色 山種美術館


第2章 幻想の花々


第2展示室に展示されているのは、伝説に登場する花や、空想上の花が描かれた作品です。

山本梅逸《桃花源図》(山種美術館)は、中国の詩人・陶淵明の「桃花源記」に記された、桃の花が咲き誇る桃源郷が描かれた作品で、のどかな理想郷の雰囲気が感じられます。
同じ尾張国(愛知)出身の中林竹洞とともに中国絵画のコレクターでもあった神谷天遊のもとで学び、中国絵画の影響を受けた山本梅逸は竹洞と並んで好きな江戸時代の絵師のひとりです。


山本梅逸《桃花源図》19世紀(江戸時代)
絹本・彩色 山種美術館


花がテーマの特別展ですので、出品作品をモチーフにしたオリジナルグッズも盛りだくさん。




1階の「Cafe椿」では、特製オリジナル和菓子のメニューもあります。



今年の春も美術館でお花見をしてみませんか。おすすめの展覧会です。

2026年3月1日日曜日

フェルメール《真珠の耳飾りの少女》展 17世紀オランダ絵画の名品、奇跡の再来日              大阪中之島美術館 8月21日開幕!

フェルメールの代表作《真珠の耳飾りの少女》が大阪中之島美術館に来日する展覧会のタイトルが、「フェルメール《真珠の耳飾りの少女》展 17世紀オランダ絵画の名品、奇跡の再来日」に決定しました。

ヨハネス・フェルメール 《真珠の耳飾りの少女》 1665年頃 44.5×39.0 cm 油彩、
カンヴァス マウリッツハイス美術館 
© Mauritshuis, The Hague


※《真珠の耳飾りの少女》が前回来日した時の様子などはこちらで紹介しています⇒フェルメールの傑作《真珠の耳飾りの少女》今夏、14年ぶりに来日決定!大阪へ!

さらに、《真珠の耳飾りの少女》に加え、フェルメールの最初期の作品《ディアナとニンフたち》の出品も決定して、マウリッツハイス美術館が所属するフェルメール作品3点のうち2点が今回の展覧会のために来日することになりました。
ほかにも17世紀オランダ絵画の重要作品であるヤン・ステーン《老いが歌えば若きが笛吹く》、パウルス・ポッテル《水に映る牛》、マリア・ファン・オーステルウェイク《装飾的な花の壺》などもあわせて展示されます。


《ディアナとニンフたち》は、ローマ神話の月と狩猟の女神ディアナが、侍女たちのニンフ(森の精)に足を洗わせている場面が描かれていて、フェルメールが神話に題材をとった唯一の作品なのですが、かつては別の画家の作品と思われていました。
それは1876年にマウリッツハイス美術館が入手した時に偽の署名が入っていたためで、19世紀末の修復でフェルメールの署名が見つかり、当時はほとんど知られていなかったフェルメールの作品とされたのです。

ヨハネス・フェルメール 《ディアナとニンフたち》1653-1654年頃 97.8×104.6 cm 油彩、
カンヴァス マウリッツハイス美術館 © Mauritshuis, The Hague

《老いが歌えば若きが笛吹く》は、オランダの風俗画を代表する画家ヤン・ステーンの代表作。
この作品は、「年寄りが歌えば、若者が笛を吹く」という、17世紀オランダで広く知られたことわざが描かれたもので、子どもというものは、悪い行為を含めて大人のすることをなんでも真似するので、大人はつねに正しい手本を示さなければならないという警告が込められています。
自分や家族をモデルにすることが多かったステーンは、ここでは絵の中央で自らパイプを吸う姿で登場して悪い手本を示しています。
ステーンのこの得意げな表情をぜひ目の前で見てみたいです。

ヤン・ステーン《老いが歌えば若きが笛吹く》 1663-1665年頃 83.8×91.9cm  油彩、カンヴァス
 マウリッツハイス美術館 © Mauritshuis, The Hague


パウルス・ポッテルは牛の絵で知られるオランダの画家。画家であった父に学び、早熟の才能を示しましたが、結核によりわずか28歳の若さで亡くなりました。それでも生涯100点近くの作品を残し、19世紀まではフェルメールよりも有名な画家だったのです。
ポッテルは水面に映る反射を巧みに描いたので、この絵は「映る牛」という愛称で親しまれてきました。

パウルス・ポッテル《水に映る牛》1648 43.4×61.3cm 油彩、板
マウリッツハイス美術館 © Mauritshuis, The Hague

17世紀オランダでは何人もの女性画家によって静物画が描かれ、それを代表する女性画家マリア・ファン・オーステルウェイクは、花の絵で国際的な名声を博し、神聖ローマ皇帝、フランス国王、イギリス国王などにも作品を求められました。
とても華やいだ雰囲気の作品ですが、この作品には強い象徴的意味が込められているのです。
ひまわりは神の存在を象徴し、赤いバラは聖母や愛を表し、花瓶にはキリストを象徴するブドウや羊と戯れるプットー(童子)が見え、花の入った杯の蓋の上のヴィーナスは欲望を表しています。
このように絵の持つ意味を読み解くのも、静物画を見る楽しみのひとつかもしれません。

マリア・ファン・オーステルウェイク《装飾的な壺の花》1670-1675年頃?
 
62.0×47.5cm 油彩、カンヴァス マウリッツハイス美術館 © Mauritshuis, The Hague   


以上、5点の作品の来日が発表されていますが、ほかに17世紀オランダ絵画のどんな名品が来日するのか今から楽しみにしています。

展覧会の開催概要は次のとおりです。
大阪中之島美術館のみでの開催で、他地域への巡回はないので、この絶好の機会を見逃すわけにはいきません。


【展覧会開催概要】
 展覧会タイトル:フェルメール《真珠の耳飾りの少女》展  17世紀オランダ絵画の名品、
         奇跡の再来日
 会 期:2026年8月21日(金)~2026年9月27日(日)
 会 場:大阪中之島美術館 5階展示室 〒530-0005 大阪府大阪市北区中之島4-3-1
 主 催:大阪中之島美術館、朝日新聞社、朝日放送テレビ
 後 援:オランダ王国大使館

※チケットは6月発売、詳細は5月下旬に発表されます。
※記載内容に変更が生じる場合があります。最新の情報は展覧会公式サイトでご確認ください。

 展覧会公式サイト:https://vermeer2026.exhibit.jp/
 展覧会公式X:https://x.com/Vermeer2026
 展覧会公式Instagram:https://www.instagram.com/vermeerosaka2026 
    

マウリッツハイス美術館 © Mauritshuis, The Hague