2026年8月6日木曜日

東京国立博物館 弘法大師生誕1250年記念 特別展「空海と真言の名宝」 

東京・上野公園の東京国立博物館では、弘法大師生誕1250年記念 特別展「空海と真言の名宝」が開催されています。




今回の特別展は、空海ゆかりの名宝や密教美術の名品、真言宗各派の秘仏をはじめ、真言宗各派総大本山会(各山会)所属の十八本山をはじめ関係寺院が所蔵する国宝15件、重要文化財60件を含む88件の至宝が一堂に会した見どころ満載の展覧会です。
開幕前に開催された報道内覧会に参加してきましたので、展覧会の様子をさっそくご紹介したいと思います。

※真言宗各派総大本山会(各山会)所属の十八本山
 長谷寺、仁和寺、寳山寺、智積院、朝護孫子寺、勧修寺、大覚寺、醍醐寺、根来寺、
 中山寺、金剛峯寺、西大寺、教王護国寺[東寺]、清荒神清澄寺、泉涌寺、善通寺、
 須磨寺、随心院

展覧会開催概要

会 期  2026年7月14日(火)~9月6日(日)
     *会期中、一部作品の展示替えあり。
休館日  月曜日(ただし、8月31日(月)は本展のみ開館(東博コレクション展は休館。
     8月10日(月)は本展は休館(東博コレクション展のみ開館)。)
観覧料金 一般 2,300円、大学生1,300円、高校生 900円
     (注)中学生以下、障がい者とその介護者一名は無料。入館の際に学生証、障がい  
        者手帳等の提示が必要。
      
展覧会の詳細等については展覧会公式サイトをご覧ください⇒https://tsumugu.yomiuri.co.jp/kukai2026/

※展示室内は一部を除き撮影不可です。掲載した写真は報道内覧会で主催者の許可を得て撮影したものです。

展示構成
 第一章 空海と真言密教
 第二章 後七日御修法の世界
 第三章 真言宗各派の名宝
 第四章 真言宗各派の彫刻と秘仏


第一章 空海と真言密教


唐で密教を学び、それを体系的に日本にもたらした弘法大師空海(774-835)が、「真言密教は非常に難しいので言葉だけでは伝わらない。造形の力で教えの真髄を説く。」と言っているように、真言密教の仏画や仏像を前にすると、視覚的に強く訴えてくるものが感じられます。


弘法大師生誕1250年記念 特別展「空海と真言の名宝」 東京国立博物館 2026年 展示風景


赤々と燃え上がる炎の中、目を大きく見開き、忿怒の形相で威圧するのは、京都・醍醐寺が所蔵する国宝《五大尊像》。
不動、降三世、軍荼利、大威徳、金剛夜叉の五大明王が一幅ずつ描かれ、国家の安寧を祈る仁王経法や、息災、増益、調伏のために行われる五壇法の本尊として用いられた《五大尊像》は、この迫力なら魔物も逃げてしまうだろうという圧倒的な説得力があります。


国宝《五大尊像》のうち〈不動明王〉(右)、〈降三世明王〉
鎌倉時代 12~13世紀 京都・醍醐寺 前期展示(7/14-8/9)
後期(8/11-9/6)には〈軍荼利明王〉〈大威徳明王〉〈金剛夜叉明王〉
が展示されます。


弘法大師生誕1250年記念 特別展「空海と真言の名宝」 東京国立博物館 2026年 展示風景


続いて注目したいのは、墨の線だけで描かれた白描の密教図像。
仏様の姿・形を描いたものを図像といいますが、それぞれの仏様の形、手の形(印相(いんそう))、手に持つもの(持物(じもつ))など、文字で説明されているものを形にしているため間違って伝えられることも避けられるので、密教寺院ではとても大切にされてきました。


《十二天図像》のうち(右から)〈伊舎那天〉〈帝釈天〉〈火天〉〈閻魔天〉
〈羅刹天〉〈水天〉鎌倉時代・13世紀 京都・醍醐寺 前期展示(7/14-8/9)
後期(8/11-9/6)には〈風天〉〈毘沙門天〉〈梵天〉〈地天〉〈日天〉〈月天〉
が展示されます。

第二章 後七日御修法の世界


照明を落とした厳かな雰囲気の空間が見えてきました。
ここでは一般には公開されることがない後七日御修法の様子が再現されています。

※後七日御修法(ごしちにちみしほ)
1月8日~14日までの7日間、京都・教王護国寺[東寺]灌頂院で鎮護国家、五穀豊穣、玉体安穏などを願い、各山会各派の山主らによって営まれる真言宗最高の法会。一般には非公開。


弘法大師生誕1250年記念 特別展「空海と真言の名宝」 東京国立博物館 2026年 展示風景



上の写真手前は、かつて内裏の仁寿殿で行われ、のちに清涼殿の二間で行われた後七日御修法のうち観音供(かんのんぐ)の本尊として用いられていたことから「二間観音」と呼ばれていた秘仏、聖観音菩薩・梵天・帝釈天立像で、この三尊の組合せはとても珍しく、ほかに類例がないものです。
また、この三尊は儀式の際も写真奥の厨子に安置されていますが、今回は特別に厨子からお出ましになっていただきました。中央の聖観音菩薩立像でも高さ約25cmの小さな像ですが、希少材であるビャクダン製の本体表面にほどこされた截金文様や、台座の色彩、金属製の精緻な光背や装身具など、当時の工人たちの技術の粋を前からも左右からも後ろからも見ることができます。

重要文化財《聖観音菩薩・梵天・帝釈天立像(二間観音)》鎌倉時代・13世紀
京都・教王護国寺[東寺] 通期展示




第三章 真言宗各派の名宝

 
第三章には、真言宗各派の寺院が誇るゆかりの名宝のうち、書画や工芸を中心に展示されています。

弘法大師生誕1250年記念 特別展「空海と真言の名宝」 東京国立博物館 2026年 展示風景


ここで信貴山朝護孫子寺の僧・命蓮の奇跡のエピソードが描かれた国宝《信貴山縁起絵巻》に久しぶりにめぐり合えたのはうれしかったです。
三巻構成の絵巻のうち、前期(7/14-8/9)には、命蓮が信貴山から鉢を飛ばして托鉢していたところ、これを渋った長者の米倉を飛行させた場面が描かれた「飛倉巻」、後期(8/11-9/6)には、延喜帝(醍醐天皇)の病を、命蓮が信貴山から剣護法を遣わして癒した「延喜加持巻」が展示されます。

国宝《信貴山縁起絵巻》 「飛倉巻」 平安時代・12世紀
奈良・朝護孫子寺 前期展示(7/14-8/9)
後期(8/11-9/6)には「延喜加持巻」が展示されます。

上の写真左奥に展示されているのは同じく奈良・朝護孫子寺が所蔵する《金銅鉢》です。
鉢は僧侶が托鉢の際に用いる道具で、この《金銅鉢》は聖徳太子の宝前に施入したもので、聖徳太子創建との伝承がある朝護孫子寺における太子信仰を象徴する貴重な作品です。

なお、この《金銅鉢》は命蓮の持ち物と混同されていた時期もあったそうです。
現在のドローンのように空を飛んだ鉢ではありませんが、このように関連作品が並んで展示されていると、国宝《信貴山縁起絵巻》のイメージがふくらむのでとてもありがたいです。

《金銅鉢》平安時代・延長7年(929) 奈良・朝護孫子寺
通期展示



第四章 真言宗各派の彫刻と秘仏


第四章には、奈良時代の古仏から、初期密教の魅力を伝える傑作や、普段は姿を見ることができない「秘仏」まで、真言宗各派に受け継がれてきた仏像の名品が一堂に会しています。

会場内には梁や柱が設置されていて、まるで寺院のお堂に入ったようなしつらえになっています。仏教がテーマの展覧会なので、実はこのように臨場感のある展示を期待していたのですが、まさに期待どおり。
この雰囲気を満喫しながら仏様たちを拝むことができました。

弘法大師生誕1250年記念 特別展「空海と真言の名宝」 東京国立博物館 2026年 展示風景


第一章では、掛軸の《五大尊像》を拝見しましたが、こちらは彫刻の五大明王像。
東寺や高野山で修行を重ねた密教僧の湛海が数え73歳という、当時としてはかなり高齢になって制作したとは思えない迫力が感じられます。
閉じていた厨子がそーっと開いて五大明王が現れる場面を見てみたくなりました。

重要文化財《厨子入五大明王像》湛海作 江戸時代・元禄14年(1701)
奈良・寳山寺


2mを超える巨像で、頭部が大きく圧倒的な存在感のある重要文化財《十一面観音菩薩立像》は、33年に一度開帳される秘仏。展覧会にお出ましになる機会もあまりないので、ぜひこの機会にご覧いただきたいです。

重要文化財《十一面観音菩薩立像》平安時代・9~10世紀
三重・観菩提寺 通期展示

弘法大師生誕1250年記念 特別展「空海と真言の名宝」 東京国立博物館 2026年 展示風景



最後のエリアに展示されている、国宝《五智如来坐像》(京都・安祥寺)と重要文化財《愛染明王坐像》(山梨・放光寺)は写真撮影ができます。
その場で撮影の注意事項をご確認ください。

顔の前で弓矢を構え、天を射るかのような姿から「天弓愛染明王」と呼ばれる重要文化財《愛染明王坐像》は、絵画で描かれることはあっても、彫像としてはとても珍しい例なのです。

重要文化財《愛染明王坐像》平安時代・12世紀
山梨・放光寺 通期展示


そして最後は、初期密教彫刻の傑作、国宝《五智如来坐像》(京都・安祥寺)。
みなさまとてもおだやかで可愛らしいお顔をしています。

国宝《五智如来坐像》平安時代・9世紀 京都・安祥寺 通期展示

仏像は、寺院では正面からしか拝むことができないことが多いのですが、今回はぐるりと後ろまで回ってどの角度からでも見ることができるのです。

このように横から見ると、正面から見たときには感じなかったのですが、私たちと一緒に前に向かって進んでいるように思えました。

国宝《五智如来坐像》平安時代・9世紀 京都・安祥寺 通期展示


特設ミュージアムショップには、展示作品をモチーフにしたオリジナルグッズやコラボグッズが盛りだくさん。

特設ミュージアムショップ


豊富なカラー図版と作品解説をはじめ、後七日御修法の特別な写真や通常公開されない秘仏など、今回の特別展の魅力を余すところなく収めた公式図録もおすすめです。

展覧会公式図録



展示替えがありますが、会期中88件の作品が展示されます。
暑い日が続いていますが、展示室内は快適です。この機会に霊場めぐりにちなんで88件の名宝、名品をめぐる旅を体験してみませんか。

2026年8月4日火曜日

江戸東京博物館リニューアル記念特別展「洋館 明治の夢と挑戦」

東京・墨田区の東京都江戸東京博物館では、江戸東京博物館リニューアル記念特別展「洋館 明治の夢と挑戦」が開催されています。


明治時代に入り、新政府の近代化政策によって多くの西洋文化が日本に入ってきましたが、その象徴ともいえるのが洋風建築でした。
今回の特別展は、明治期に急速に展開・普及した洋風建築について、その受容から本格的西洋建築の成立までの様子を、建築図面をはじめ、ドローイング、錦絵、模型、古写真、絵葉書、家具、建築部材などさまざまな資料や、立体パノラマなどで体感できる展覧会です。

今回は、前期最終日(7月26日)に開催された特別講演会「日本近代建築史におけるドイツと日本の洋館」に参加して、あわせて前期展示を、そしてその後、後期展示も拝見してきましたので、さっそく展覧会の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


展覧会名 江戸東京博物館リニューアル記念特別展「洋館 明治の夢と挑戦」
会 期  2026年6月23日(火)~8月23日(日)
     ※展示替えあり 前期:6/23-7/26、後期:7/28-8/23
開館時間 午前9時30分~午後5時30分、土曜日は午後7時30分まで、8月7日(金)・
     14日(金)・21日(金)は午後9時まで(入館は閉館の30分前まで)
休館日  月曜日(ただし8月10日は開館)
展覧会の詳細、最新情報等は同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.edo-tokyo-museum.or.jp/s-exhibition/western-style-architecture/

展示構成
 第1章 ナマコ壁と擬洋風建築(ぎようふうけんちく)
 第2章 建築家がやってきた—外国人建築家と「都市風景」
 第3章 開花する洋風の明治—日本人建築家の挑戦
 第4章 羨望の住処(すみか)―明治の洋風邸宅 

※展示室内は一部作品のみ撮影可です。会場内で撮影の注意事項をご確認ください。


展示室に入って最初に感じたのは、立体パノラマによる都市風景の再現展示が広がる臨場感でした。

私たちをお出迎えしてくれるのは、横浜・山手から見た幕末の横浜居留地の景色。


「洋館 明治の夢と挑戦」展示風景

港内には多くの外国船が停泊し、手前には外国人の居留地が広がっています。
空にはカモメが飛び、鳴き声が聞こえ、時間の経過とともに日が昇り、日が暮れて夜になってまた朝が来るという一日の移り変わりも体験できます。


第1章 ナマコ壁と擬洋風建築(ぎようふうけんちく)

明治元年(1868)、東京開市とともに築地に居留地が開かれ、外国人向けの宿泊所として建てられたのが築地ホテル館でした。主設計はアメリカ人建築技術者リチャード・ブリジェンスが行い、工事は大工棟梁の二代目清水喜助が担当しました。
そして、清水が明治5年(1872)に設計・施工を手がけたのが、大作・第一国立銀行でした。
横浜に続いての立体パノラマは、雪景色の中の中の第一国立銀行。
このように、江戸時代以来の大工が明治初期に見よう見まねで作った和洋折衷の建物を「擬洋風建築(ぎようふうけんちく)」と呼びます。

「洋館 明治の夢と挑戦」展示風景


この立体パノラマの原画は、もちろんこの方の作品。
「光線画」で一世を風靡した明治期の版画家・小林清親です。
雪の第一国立銀行が描かれた風景は、小林清親の展覧会が開催されれば、必ずといってよいほど展示されるので、ご覧になられた方も多いのではないのでしょうか。

海運橋 第一銀行雪中 小林清親/画 1877年(明治10)年 東京都江戸東京博物館
※前期展示のため現在は展示しておりません。 


第2章 建築家がやってきた—外国人建築家と「都市風景」

「擬洋風建築(ぎようふうけんちく)」はどれも個性豊かなものでしたが、新政府が求めていたのは個性よりも「本物の西洋」でしたので、さまざまな国から建築家が招聘されました。

冒頭でご紹介した特別講演会「日本近代建築史におけるドイツと日本の洋館」では、「洋館 明治の夢と挑戦」出品作品「国会議事堂案 外観透視図」(エンデ&ベックマン作)を所蔵しているベルリン工科大学建築博物館館長のハンス=ディーター・ネーゲルケ氏、日本におけるエンデ&ベックマン研究の第一人者である堀内正昭氏から、明治時代におけるドイツ建築と日本の洋館について、お話をおうかがいしました。

なかでも、2人のドイツ人建築家、ヘルマン・エンデとヴィルヘルム・ベックマンが設計した3件のうち、2件は実現しなかったこと、建築様式には古代ギリシャ、ゴシック、ルネサンスなどさまざまな様式があって、ドイツの建築家たちはそれらを発展・変容させているということを実例をあげて紹介されたお話は特に興味深かったです。

エンデ&ベックマンが「官庁集中計画」の一環として設計した国会議事堂のドローイングは、日本初公開です。

国会議事堂案 外観透視図 エンデ&ベックマン/設計
1887-1888年(明治20-21)頃 ベルリン工科大学建築博物館
Architekturmuseum der Technischen Universität Berlin Inv. Nr.20190


エンデ&ベックマンが設計した作品でもう一つ実現しなかったのは東京裁判所で、実現したのは法務省旧本館でした。今回の特別展のサブタイトルにあるように、エンデとベックマンの挑戦は、法務省旧本館を除き夢と終わってしまったのです。
もし、エンデとベックマンの夢が実現していたら、官庁街は重厚な建物が並び、少し違った雰囲気の風景になっていたのかもしれません。

東京裁判所 第一案 外観透視図 エンデ&ベックマン/設計
1887年(明治20)頃 ベルリン工科大学建築博物館
Architekturmuseum der Technischen Universität Berlin Inv. Nr.1071


明治政府にとって、幕末期に欧米列強と締結した不平等条約の改正(治外法権の撤廃、関税自主権の回復)は最大の政治課題でした。そこで、条約改正のために欧米の制度・生活様式などを取り入れた欧化政策をとりましたが、その象徴が、多くの日本人建築家を育てたイギリス人建築家ジョサイア・コンドルが設計した鹿鳴館で行われた舞踏会でした。
ここではワルツの調べが流れ、夜になれば舞踏会参加者たちの客たちのざわめきも聞こえてきます。


「洋館 明治の夢と挑戦」展示風景



第3章 開花する洋風の明治—日本人建築家の挑戦

第3章では、明治12年(1879)、ジョサイア・コンドルが育成して工部大学校造家学科(現・東京大学工学部建築学科)を卒業した日本人初の建築家4名(辰野金吾、片山東熊、曾禰達蔵、佐立七次郎)らの業績が紹介されています。


ドイツから招聘された鉄道技術者フランツ・バルツァーが提案した東京駅の立体図案は和風の案だったので、洋風の駅舎を求めていた日本側に採用されることはありませんでしたが、その後の設計を託された辰野金吾は、バルツァーの配置案を引き継いで現在の東京駅の設計を進めました。    

バルツァー提案による中央停車場模型 2014年(平成26)
 鉄道博物館(東京ステーションギャラリー)

こうして誕生したのが、辰野金吾が設計した中央停車場(現・東京駅)でした。
戦争による被害を受けましたが、平成24年(2012)におよそ100年前の姿によみがえり現在に至っています。

中央停車場建物展覧図 1911年(明治44)頃 鉄道博物館

第3章の最後の立体パノラマは、辰野金吾の帝国製麻ビルと、妻木頼黄が装飾を担当した日本橋。明治建築界のライバルの作品は、かつてこのように対峙していたのでした。

「洋館 明治の夢と挑戦」展示風景



第4章 羨望の住処(すみか)―明治の洋風邸宅 

今回の特別展のフィナーレを飾るのは、東宮御所(現・迎賓館赤坂離宮)の朝日之間や花鳥之間などの写真を背景に、その場で実際に使われていたサイドボードや椅子、食器台などが展示された豪華絢爛な空間です。
展示を眺めていると、まるでその場にいるような贅沢な気分になってきます。

「洋館 明治の夢と挑戦」展示風景



「洋館 明治の夢と挑戦」展示風景


冒頭にご紹介したように、明治期の洋館が体感できる展示です。それに、解説もわかりやすく、建築ファンはもちろん、建築に詳しくなくても、大人も子ども楽しめるので、夏休みのぴったりの展覧会です。おすすめです。

お帰りの際には東宮御所に入った気分で記念撮影をぜひ!


2026年7月22日水曜日

国立西洋美術館 企画展「版画家レンブラント 挑戦、継承、インパクト」

東京・上野公園の国立西洋美術館では、企画展「版画家レンブラント 挑戦、継承、インパクト」が開催されています。
 


今回の企画展は、17世紀オランダを代表する画家レンブラント(1606-1669)の版画表現の可能性を拓いた名作はもちろん、レンブラントに憧れた巨匠たちの作品も展示されて、レンブラントの版画史における’’インパクト”にも注目した国内初の大規模な展覧会です。

それではさっそく展覧会の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


展覧会名 版画家レンブラント 挑戦、継承、インパクト
会 場  国立西洋美術館(東京・上野) 企画展示室
会 期  2026年7月7日(火)~9月23日(水・祝)
開催時間 9:30~17:30(毎週金・土は20:00まで)※入館は閉館の30分前まで
主 催  国立西洋美術館、レンブラント・ハウス美術館、朝日新聞社
国立西洋美術館公式サイト⇒https://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2026rembrandt.html

展示構成
 第1章  レンブラント、版画の挑戦
 第2章 受け継がれる遺産 17―18世紀
 第3章 世紀を超えるインパクト 19―20世紀

※展示室内は一部の作品を除き撮影可です。会場で撮影の注意事項をご確認ください。


見どころ1 版画家レンブラントの挑戦!


今回の展覧会では、「油彩以上に色彩豊か」(詩人・批評家テオフィル・ゴーティエ[1811-1872])とも言わしめた、レンブラント版画の魅力がたっぷり紹介されます。

レンブラントは、エッチング制作を始めた当初、多くの自画像を制作しました。その主要な目的のひとつは、表情の習作だったと考えられています。
第1章の冒頭には、レンブラントの母の肖像、レンブラント自身の自画像、アムステルダムの版画商の肖像などが展示されています。

第1章展示風景


レンブラントの自画像は、驚いたような様子だったり、しかめっつらをしていたり、羽根飾りつきの帽子をかぶってかしこまっていたりと表情豊か。
レンブラントという人がとても身近に感じられました。

レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン《自画像、口を開けた顔》
1630年 エッチング レンブラント・ハウス美術館



レンブラントがエッチングで手掛けた主題は、肖像、風俗、聖書の物語、風景など多岐にわたりますが、ジャンルの専門化が進んだ17世紀当時のオランダでは、レンブラントの主題の幅広さは例外的なもので、野心的なものでした。

風俗画が人気を博したこの時代にレンブラントは風俗画も描きましたが、無宿者や旅回りの楽師や行商人など社会のアウトサイダーとみなされてきた人たちを好んで描いたのもレンブラントの特徴でした。

レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン《旅回りの楽師たち》
1635年頃 エッチング レンブラント・ハウス美術館

キリスト教的主題も当時では主流ではありませんでしたが、レンブラントが制作したエッチングの中で大きな割合を占めていたのが「キリスト教主題」の作品でした。

エッチングの歴史に残る傑作とされるのが《百グルデン版画》。
このタイトルは作品についた破格に高額な値段にもとづいたもので、1649年末までにはこの価格がすでについていたとのことですので、レンブラントの人気の高さがうかがえます。

レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン《百グルデン版画》
1648年頃 エッチング、ドライポイント、ビュラン/和紙 国立西洋美術館


厳かに光を放つキリストを中心に、『マタイによる福音書』19章に記された複数のエピソード―病人の癒し、パリサイ人たちとの論争、子どもたちの祝福、富める若者への譴責―が一つの画面の中で同時進行的に描かれています。
複数のエピソードを同時進行で展開させる手法、線の重ね具合によって画面右側の漆黒の闇からグレー、白へと移り変わる陰影のグラデーション、そしてインクのにじみの効果が出る和紙を使っていることなど、まさにレンブラントの挑戦がぎゅっと詰まった作品です。



見どころ2 レンブラントのインパクト!


「どちらがレンブラントのエッチング作品でしょうか?」と聞かれても迷ってしまいますが、下の写真右はレンブラント20歳代の《自画像、口を開けた顔》から18年後に制作された《窓辺でエッチングを制作する自画像》、左はゲオルク・フリードリヒ・シュミットの《窓の蜘蛛を伴う自画像》でした。

右 レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン《窓辺でエッチングを
制作する自画像》1648年 エッチング、ドライポイント、ビュラン/中国紙 
左 ゲオルク・フリードリヒ・シュミット《窓の蜘蛛を伴う自画像》
1758年 エッチング、ドライポイント どちらもレンブラント・ハウス美術館

シュミットは、エングレーヴィングによる肖像画の複製において高く評価されたドイツの作家で、キャリアの後半にはレンブラント風のエッチングを多く手掛けるようになり、サンクトペテルブルク滞在中に制作された《窓の蜘蛛を伴う自画像》は、その代表作に数えられます。
レンブラントの自画像を土台にしつつ、シュミットが好んだと考えられるヴァイオリンやワイン、兵役の経験を示唆する剣、窓の外にはロシアの風景、窓ガラスには運命や時の経過と結びつけられたモティーフのクモの巣が描かれるなど、独自の趣向を取り入れているところに注目したいです。

フランスの画家でフォーヴィスムの代表的作家のひとり、マティスもレンブラントへの敬意を表した作品を描いていました。


アンリ・マティス《版画を彫るアンリ・マティス》
1900-03年 ドライポイント 国立西洋美術館


18世紀末から19世紀初頭にかけて活躍したスペインの画家、版画家ゴヤは、スペインであまり知られていなかったレンブラントの版画を熱心に研究して、受けた刺激を自作に反映させました。

左 レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン《使徒たちに現れるキリスト》
1656年 エッチング レンブラント・ハウス美術館
右 フランシスコ・ホセ・デ・ゴヤ・イ・ルシエンテス
《〈戦争の惨禍〉79:真理は死んだ》 1810-20年頃
エッチング、バーニッシャー/ウォーヴ紙 国立西洋美術館


「真理」は、王政復古による「憲法の自由」の死の暗喩を表した作品で、群像の配置や「真理」が発する光線の描写に、レンブラントの《使徒たちに現れるキリスト》とのつながりが見て取れます。


エッチングに対する関心が下火になっていた19世紀、エッチング・リヴァイヴァルが起こり、エッチングの普及と地位向上を目指す『エッチングのパリ』誌の宣伝のために制作されたのが、レガメのポスターでした(下の写真右)。

このポスターのオリジナルは、今回の展覧会のメインビジュアルになっているレンブラントの《書斎の学者(ファウスト)》(下の写真左)。今回の展覧会のメインビジュアルになっている作品です。

右から フレデリック・レガメ《『エッチングのパリ』誌ポスター》
1875年 リトグラフ/青色紙 レンブラント・ハウス美術館
ヴィクトル=マリー・ユゴー『ノートル=ダム・ド・パリ』1832年、パリ
(初刊1831年) 東京大学総合図書館
レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン《書斎の学者(ファウスト)》
1652年頃 エッチング、ビュラン、ドライポイント 国立西洋美術館


見どころ3 レンブラント・ハウス美術館と国立西洋美術館による共同企画!


「わっ、なんでここに《夜警》が!?」と一瞬驚いてしまいましたが、これはレンブラントの《夜警》をはじめ名高い巨匠たちの油彩画をもとに、数々のエッチングを制作したフランス人画家シャルル・ワルトネの作品でした。
そしてこれは国立西洋美術館の所蔵作品と知って、またいつか見る機会があるかもと思い、うれしくなってきました。

シャルル・ワルトネ《夜警(レンブラントに基づく)》1886年
エッチング、ドライポイント/和紙 国立西洋美術館 星元太郎氏より寄贈



次の2点の作品もレンブラントとシュミットの作品と同じく「どちらがレンブラントの作品?」と思ってしまいますが、下の写真の上がレンブラントの《三本の木》(国立西洋美術館)、下がフランスの画家、彫刻家、銅版画家、ルグロの《嵐の川景色》(レンブラント・ハウス美術館)です。
雨や雲、木々の表現など、ルグロがレンブラントのインパクトを受けた作家のひとりであることがよくわかります。

なお、《三本の木》の作品解説のキャプションによると、左の水辺では男女が釣り糸を垂れ、右の繁みには密会中の男女が潜み、右奥の斜面の上を馬車が横切り、その先にはレンブラント自身と思われる画家が描かれているとのことですが、すべてを見つけ出すのはかなり難易度が高いです。ぜひその場でレンブラントの巧みなエッチング表現に「挑戦」してみてください。

レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン《三本の木》 1643年
エッチング、ドライポイント、ビュラン 国立西洋美術館


アルフォンス・ルグロ《嵐の川景色》
1857年 ドライポイント レンブラント・ハウス美術館


オランダ、アムステルダムの中心に位置するレンブラント・ハウス美術館は、レンブラントが1639年から1658年まで実際に暮らした家を利用した、世界で唯一のレンブラント専門の美術館で、レンブラントによるエッチングの世界有数のコレクションを中心に、素描作品、さらに彼と関連の深い、あるいは、その強い影響を受けた芸術家たちの作品を収蔵しています。

一方、国立西洋美術館でも、レンブラントのエッチングを重点的な収集の対象として、《百グルデン版画》など代表作を含む、20点余の作品を所蔵しています。
今回の展覧会は、レンブラント・ハウス美術館と国立西洋美術館による共同企画で、両館が誇るコレクションを中心に、国内の美術館や個人蔵の作品も加えた約130点が一挙に展示され、レンブラントのエッチングと、それが同時代及び続く時代に与えた影響を見ていく企画です。

先ほどご紹介したレンブラントとゴヤの夢の競演をはじめ、両館の作品が並んで展示されていて比較できるのも共同企画ならでは。この絶好の機会にぜひ版画家レンブラントの魅力をお楽しみいただきたいです。


特設ミュージアムショップには関連グッズも盛りだくさん。



展覧会公式図録もおすすめです。

展覧会公式図録


2026年7月18日土曜日

すみだ北斎美術館 開館10周年記念 北斎 広重 ふたりの富士、それぞれの富士

 東京・墨田区のすみだ北斎美術館では、開館10周年記念 北斎 広重 ふたりの富士、それぞれの富士が開催されています。


展覧会チラシ


   

今回は、すみだ北斎美術館開館10周年を記念して開催される展覧会の第2弾で、江戸後期の浮世絵界を代表する2人の巨匠が描く富士山の競演が見られるので、開幕を楽しみにしていました。
遅ればせながら、先日、展覧会を拝見してきましたので、さっそく展示の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要

会 期   2026年6月23日(火)~8月30日(日)
      ※前後期で一部展示替えを実施
      前期:6月23日(火)~7月26日(日)
      後期:7月28日(火)~8月30日(日)
開館時間  9:30~17:30(入館は17:00まで)
休館日   毎週月曜日
      (月曜が祝日または振替休日の場合はその翌平日)
      開館:7月20日(月・祝)
      休館:7月21日(火)
会 場   3階企画展示室
主 催   墨田区・すみだ北斎美術館
特別協力  町田市立国際版画美術館

※観覧当日に限り、4階『北斎を学ぶ部屋』、常設展プラスもご覧になれます。
※展覧会の詳細、チケットの購入方法、各種割引の詳細、最新のイベント情報は同館公式ホームページをご覧ください⇒https://hokusai-museum.jp/
※企画展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は、主催者より広報画像をお借りしたものです。

展示構成
 序章 江戸っ子の富士
 1章 北斎の富士
 2章 広重の富士
 3章 北斎 広重 ふたりの富士、それぞれの富士






今年も7月に入って富士山が開山して、多くの登山者が富士山に登っていますが、江戸時代にも富士山を信仰する町人らで組織された冨士講の人たちで富士登山はご覧のとおりにぎわっていました。


二代歌川国輝「富士山諸人参詣之図」山梨県立博物館蔵(前期)

ところがよく見てみると、上る人の笠や着物には味噌や豆、下る人の笠には竹や油などの文字が書かれています。これは当時の物価の上下も暗示しているのでした。
ということは、浮世絵師が現代の富士登山の様子を描いたら、上る人たちだけになってしまうかもしれませんね。


今回の展覧会の大きな見どころは、なんといっても葛飾北斎(1760-1849)と歌川広重(1797-1858)による富士山が描かれた作品の夢の競演が見られることです。

北斎の名作「冨嶽三十六景」46図は、約4年ぶりに前後期で全点が展示され、広重の「冨士三十六景」36図も前後期で全点展示されます。さらに広重最晩年の大作「名所江戸百景」の中から富士山が描かれた図、そして広重「不二三十六景」シリーズの作品も展示されるという、まさに豪華レパートリー、充実の内容です。


前後期で展示替えということは、「冨嶽三十六景」の中でも特に人気の高いビッグ3はいつ見られるのだろうと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、ご心配には及びません。
「凱風快晴」、「山下白雨」、「神奈川沖浪裏」は、半期で同タイトルの作品が展示されるので、前期に来ても、後期に来ても見ることができます。


赤く染まる富士山から「赤富士」とも呼ばれる「冨嶽三十六景 凱風快晴」。

 葛飾北斎「冨嶽三十六景 凱風快晴」すみだ北斎美術館蔵(通期)
半期で同タイトルの作品に展示替え



「冨嶽三十六景 山下白雨」は、山裾に松林が加えられた変わり図も前期に展示されます。(後期はパネル展示)
 
葛飾北斎「冨嶽三十六景 山下白雨」吉野石膏コレクション すみだ北斎美術館寄託(通期)
半期で同タイトルの作品に展示替え

海外の方たちから「グレートウェーブ」の愛称で親しまれている「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」。

葛飾北斎「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」吉野石膏コレクション すみだ北斎美術館寄託(通期)
 半期で同タイトルの作品に展示替え




今回の展覧会では、富士山を北斎と広重が同じ場所または類似した構図で描いた作品が並んで展示されているので、二人の個性の比較ができるのがうれしいです。

北斎の「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」と並んで展示されている広重の「不二三十六景 相模七里か浜風波」に描かれた波は、北斎の波を意識しているのでしょうが、まるで小山のように盛り上がっていてとてもシュールな印象を受けます。

歌川広重「不二三十六景 相模七里か浜風波」山梨県立美術館蔵(通期)

広重は保永堂版「東海道五拾三次之内 由井 薩埵嶺」でも静岡の薩埵峠を描いていますが、海は穏やかで、「冨士三十六景 駿河薩タ之海上」のように激しい波の表現はありませんでした。
北斎「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」と広重の「冨士三十六景 駿河薩タ之海上」は今回の展覧会のメインビジュアルになっていますね。

歌川広重「冨士三十六景 駿河薩タ之海上」町田市立国際版画美術館蔵(前期)


北斎の「冨嶽三十六景」は、真正面からとらえた大きな富士も描いていますが、奇抜な構図で姿をあらわす富士山もまた大きな魅力です。
「冨嶽三十六景 遠江山中」では、支柱の間から富士山が顔をのぞかせています。
この作品は、木材と支柱が織りなす三角形と富士山が相似形になっていて、幾何学的な構図になっているのも大きな特徴です。

葛飾北斎「冨嶽三十六景 遠江山中」すみだ北斎美術館蔵(前期)


広重の富士はどうでしょうか。
「冨士三十六景 さがみ川」は、筏(いかだ)船の焚火の囲い、大山、富士山の三角形の相似形を巧みに用いた構図のバランスのよさから名作として高く評価されていますが、北斎のインパクトの強さとは違ったさりげなさが広重の魅力なのかもしれません。
この作品はゴッホの「タンギー爺さん」の背景に描かれていることでも知られています。

歌川広重「冨士三十六景 さがみ川」町田市立国際版画美術館(前期)

後期に展示される「冨士三十六景 甲斐大月の原」は、色とりどりに咲き乱れる秋の七草がまるで冨士山を祝福しているような明るさが感じられます。

歌川広重「冨士三十六景 甲斐大月の原」町田市立国際版画美術館(後期)


広重は北斎より37歳年下で、北斎が70代で「冨嶽三十六景」を発表してから約20年後に広重の「不二三十六景」、さらに約10年後に「冨士三十六景」が刊行されています。
今回の展覧会では、広重が北斎から受けた影響を見ることができますが、同時に広重の北斎に対するライバル意識も感じ取ることができました。

歌川広重『富士見百図』(前後期で頁替あり すみだ北斎美術館)の自序では「北斎の富士図は構図の面白さが主で、富士は脇役となってしまっているが、自分は目の当たりにした富士の写生をもとにして、細部は省略したとしてありのままの風景を描いている」といった内容のことを語っているのです。


広重は晩年の大作「名所江戸百景」でも、120図のうち22図に富士山を描いています。
そのうち、現在の目黒区中目黒にあった目黒新富士は、北方探検家で幕臣の近藤重蔵が別邸内に築かせた富士塚のことで、その山頂には人の姿が見えますが、さぞかしいい眺めだったことでしょう。
北斎が富士塚をほとんど描いていないのに対して、広重は上目黒の元富士も描いているので、富士塚を江戸の名所として紹介する姿勢がうかがえます。

歌川広重「名所江戸百景 目黒新冨士」東京藝術大学蔵(前期)


これまで、北斎と広重の波や、三角形の構図を比較してきましたが、後期には東海道の原宿(静岡県沼津市)と吉原宿(静岡県富士市)の間にある富士沼から見た富士山を比較することができます。

「冨嶽三十六景 駿州大野新田」で北斎は、前景に芦を積んだ牛を引きのんびりと家路につく農民たちを描いて情緒豊かな情景に仕上げています。
       

葛飾北斎「冨嶽三十六景 駿州大野新田」すみだ北斎美術館蔵後期)


一方、広重は「不二三十六景 駿河富士沼」で、山頂が絵の枠を突き抜けた富士山の堂々とした姿を表現しています。
同じく富士山頂が絵の枠を突き抜けている「東海道五拾三次之内 原 朝之冨士」を思い浮かべました。 

歌川広重「不二三十六景 駿河冨士沼」太田記念美術館蔵(後期)


3階ホワイエのフォトスポットにはメインビジュアルのパネルに加え、富士講の登山者が身に着ける行衣の顔はめパネルがあるので、富士山に登った気分で記念撮影をしてみてはいかがでしょうか。

3階ホワイエのフォトスポット



「開館10周年記念 北斎 広重 ふたりの富士、それぞれの富士」のリーフレットはオールカラーで全12ページ。作品紹介も充実していて、持ち運びにも便利なので、鑑賞のお供にもぜひ!



北斎と広重という二人の巨匠が描いた富士山が同時に楽しめる展覧会です。
おすすめです!