2026年6月9日火曜日

山種美術館開館60周年記念特別展「川合玉堂 -なつかしい日本の情景-」関連イベント                           口演会「川合玉堂そのなつかしさ 饒舌館長ベストテン」

5月30日(土)に開催された、山種美術館開館60周年記念特別展「川合玉堂 ―なつかしい日本の情景―」関連イベント 口演会「川合玉堂そのなつかしさ 饒舌館長ベストテン」に参加してきました。
講師はアートブログ「饒舌館長」でおなじみの河野元昭氏です。


河野元昭氏


「講演会」ではなく「口演会」と書きましたが、これは誤字ではありません。
「口演」を辞書で調べると、「落語・講談など口で述べる演芸を行うこと」とありますが、川合玉堂の画業の変遷や作品の魅力などを、ユーモアを交えながらわかりやすく解説する河野氏のトークは口演会というタイトルにピッタリの内容でした。

河野氏のブログ「饒舌館長」では今回の特別展を紹介していますので、こちらもぜひご覧ください。URLはこちらです⇒https://jozetsukancho.blogspot.com/

展覧会開催概要】
 会 期  2026年5月16日(土)~7月26日(日)
 開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
 休館日  月曜日[7/20(月・祝)は開館、7/21(火)は休館]
 入館料  一般1400円、大学生・高校生1100円、中学生以下無料(付添者の同伴が必要) 
 各種割引、展覧会の詳細、関連イベント、等は山種美術館公式サイトをご覧ください 

※展示室内は次の1点を除き撮影禁止です。掲載した写真はプレス内覧会で美術館より許可を得て撮影したものです。

今回の撮影可の作品は、川合玉堂《紅白梅》(玉堂美術館)。
スマートフォン・タブレット・携帯電話限定で写真撮影OKです。展示室内で撮影の注意事項をご確認ください。

川合玉堂《紅白梅》1919(大正8)年頃 紙本金地・彩色 
玉堂美術館

さて、「饒舌館長ベストテン」ですが、これは1位から10位までのランキングでなく、制作年代順に玉堂の画業の変遷をたどる流れになってます。


①写生画巻  1888(明治21)年、写生帖 1891-94(明治24-27)年頃 どちらも玉堂美術館
②鵜飼〈第4回内国勧業博覧会展〉  山種美術館 1895(明治28)年
③行く春(小下絵)   玉堂美術館 1916(大正5)年
  行く春(屏風 重要文化財)  1916(大正5)年
④紅白梅(屏風)           玉堂美術館 1919(大正8)年頃
⑤昭和度 悠紀地方風俗歌屛風(小下絵)    玉堂美術館 1928(昭和3)年
  昭和度 悠紀地方風俗歌屛風         皇居三の丸尚蔵館 1928(昭和3)年
⑥春風春水〈本山幽篁堂当代画蹟木刻竹器作品展〉  山種美術館 1940(昭和15)年
⑦山雨一過〈第6回新文展〉   山種美術館 1943(昭和18)年
  写生帖    玉堂美術館 1936(昭和11)年頃
⑧早乙女     山種美術館 1945(昭和20)年
⑨朝晴〈第1回日展〉 山種美術館 1946(昭和21)年
⑩湖畔暮雪  山種美術館 1950(昭和25)年頃
00猫          山種美術館 1951(昭和26)年頃


河野氏の口演の内容を全てご紹介するとものすごいボリュームになってしまうので、ここでは河野氏が口演の中でふれた3つのキーワードに沿っていくつかの作品をご紹介したいと思います。


1 完成した形をこわしていく玉堂


①写生画巻  1888(明治21)年、写生帖 1891-94(明治24-27)年頃 どちらも玉堂美術館

川合玉堂《写生画巻》1888(明治21)年 紙本・彩色
玉堂美術館


②鵜飼〈第4回内国勧業博覧会展〉 山種美術館 1895(明治28)年

川合玉堂《鵜飼》1895(明治28)年 絹本・彩色
山種美術館

江戸絵画が専門の河野氏が近代日本画家のなかでも特に川合玉堂に関心をもったのは、玉堂の「完成した形をこわしていく」姿勢からでした。

愛知に生まれ岐阜で育ち、京都の画家・望月玉泉のもとで日本画を学んだ玉堂は、《写生画巻》(玉堂美術館蔵)に見られるように、15歳ですでに高度な技量を身につけ、写生と粉本を重視する京都画壇の中で研鑽を積んできましたが、これに飽き足らずに東京に飛び出すきっかけとなったのが、1895(明治28)年に京都で開催された第4回内国勧業博覧会でした。
玉堂はこの博覧会に《鵜飼》(山種美術館)を出品しましたが、同じくこの博覧会に出品されていた狩野派出身の日本画家・橋本雅邦の《龍虎図屏風》(重要文化財 静嘉堂文庫美術館)を見て、写生は重視しても絶対視せず作者の想像力(イマジネーション)が感じられたこの作品にショックを受け、翌年には上京して雅邦門下に入ったのでした。

もちろん《鵜飼》(山種美術館)も決してつまらない絵ではなく、京都時代の代表作のひとつで、日本の自然と日本人の生活の融合をめざした玉堂の原点がこの作品にある、と河野氏は指摘しています。


2 文学に造詣の深かった玉堂


玉堂は俳諧や和歌など文学的素養があり、それが作品にも大きく影響していました。


③行く春(小下絵) 玉堂美術館蔵 1916(大正5)年

川合玉堂《行く春(小下絵)》1916(大正5)年 紙本・淡彩
玉堂美術館


④紅白梅(屛風) 玉堂美術館蔵 大正8年頃


《行く春》(小下絵)は秩父・長瀞への旅に基づいて描かれた《行く春》(重要文化財   東京国立近代美術館蔵)の下図ですが、実際より険しく崖を描いていることから、中国・北宋の文学者、蘇東坡の『赤壁賦』をイメージしているのでは、と河野氏。
また、《紅白梅》(玉堂美術館蔵)も、尾形光琳筆の国宝《紅白梅図屛風》(MOA美術館蔵)の影響がうかがえますが、鶴と梅を愛でた中国・北宋の詩人、林和靖の梅を詠んだ詩『山園小梅』のなかの「疎影横斜水清浅、暗香浮動月黄昏」がイメージソースにあったのではと河野氏は指摘しています。


3 鳥瞰的・俯瞰的な視点から描く玉堂


⑦山雨一過〈第6回新文展〉 山種美術館蔵 1943(昭和18)年
  写生帖 山種美術館蔵 1936(昭和11)年頃

写生をもとに想像力(イマジネーション)を働かせて、高いところから俯瞰的に見る視点から作品を描くのが玉堂の大きな特徴でした。
「これぞまさに風景画!」と河野氏がおすすめするのが《山雨一過》(山種美術館)。
なぜなら、風景の「風」は風(かぜ)、「景」は光をあらわすので、玉堂が描いたこの作品は風と光の世界を表現しているからなのです。


川合玉堂《山雨一過》1943(昭和18)年 絹本・彩色
山種美術館

展示室にはこの作品につながる写生が描かれた《写生帖》(玉堂美術館)が展示されています。
写生では人物は描かれていませんが、本画には人物が描かれ、また、本画では風景は少し上からの視点で描かれているので、写生を見てから本画を見ると、見ている私たちが空中にふわっと浮かんだような錯覚にとらわれます。
玉堂の写生が本画にどのように高められていくのかがよくわかる対比です。


川合玉堂《写生帖》1936(昭和11)年頃 紙本・彩色
玉堂美術館

⑧早乙女  山種美術館蔵 1945(昭和20)年

川合玉堂《早乙女》1945(昭和20)年 絹本・彩色
山種美術館 

展示室の冒頭に展示され、今回の特別展のメインビジュアルにもなっている《早乙女》(山種美術館蔵)も俯瞰的な視点から描かれた作品です。そして、にじみを活かしたたらし込みによる畔道の表現には琳派の影響が見られます。


⑨朝晴〈第1回日展〉  山種美術館蔵 1946(昭和21)年


戦後に再開された第1回日展に出品された作品が、《朝晴》(山種美術館)。
この作品は、上から見下ろすのではなく、下から見上げるような構図になっています。
遠くには「白く輝く新しい日本が描かれているのでは。」と河野氏。

川合玉堂《朝晴》1946(昭和21)年 絹本・彩色
山種美術館

90分があっという間に過ぎていった口演会では、玉堂作品を見る新たな視点を聴くことができて、今まで以上に玉堂のファンになってしまいました。
さて、筆者のベストテンは、と考えているところですが、みなさまも展覧会をご覧いただいて、 マイ・ベストテンを選んでみてはいかかでしょうか。

山種美術館開館60周年記念特別展はこれからおよそ1年をかけて開催されます。
今後のスケジュールはこちらをご覧ください⇒https://www.yamatane-museum.jp/exhibitions/schedule.html


2026年6月6日土曜日

根津美術館 企画展「はじめての古美術鑑賞 ―美術のなかの文字―」

東京・南青山の根津美術館では、企画展「はじめての古美術鑑賞 ―美術のなかの文字―」が開催されています。




今回の企画展は、東洋古美術が西洋絵画にくらべて敷居が高いという声にこたえて根津美術館が2016年以来開催してきた、古美術の技法やテーマをやさしく解説する企画展示「はじめての古美術鑑賞」シリーズの第7弾。

これまでの「はじめての古美術鑑賞」では、展示作品や作品解説などから新たな気づきがあって、東洋古美術により親しみがもてるようになったので、今回もどんな「発見」があるのか楽しみにしていました。

それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要


会 期  2026年5月30日(土)~7月12日(日) 
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日  毎週月曜日
入館料  オンライン日時指定予約 一般 1400円、学生(大学生以上) 600円
※当日券(一般1600円 学生800円)も販売しています。同館受付でお尋ねください。
※障害者手帳提示者及び同伴者1名は200円引き。
※高校生以下は無料ですが、学生証の提示が必要です。

展覧会の詳細、関連イベント、チケットの購入方法等は同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.nezu-muse.or.jp/

※展示室内及びミュージアムショップは撮影禁止です。掲載した写真は報道内覧会で美術館より特別の許可を得て撮影したものです。
※前期(5/30~6/21)、後期(6/23~7/12)で一部作品の展示替、巻替等があります。記載のない作品は通期展示です。

展示構成
 絵画のなかの文字
  落款と鑑蔵印、賛、仏画にも文字、景色のなかの和歌
 工芸のなかの文字
  銘文、器物に記された文字


今回は「文字」がテーマの企画展ですが、展示されているのは書ではなく、絵画作品や工芸作品です。
絵画作品では描かれた絵、工芸作品ではその文様や形などに注目しがちですが、これらの作品の中にはさまざまな文字が記されていて、それが作品の構成要素や隠し味になっていることに気がつきました。


絵画のなかの文字


落款と鑑蔵印


展示室1の冒頭に展示されているのは、狩野探幽が江戸に下ったあとも京都に残った京狩野の二代目・狩野山雪の《秋景山水図》。
水墨山水ファンの筆者にとってはこの静謐な雰囲気がたまらなく好きな作品ですが、今回注目するのは画面右下の落款です。


秋景山水図 狩野山雪筆 日本・江戸時代 17世紀
根津美術館 

落款とは、筆者自身が書いた署名や捺(お)された印のことで、山雪の落款は「狩野氏山雪」の署名と、「山雪」と書かれた壺形の印。落款には絵師によって違いがあって、山雪の落款はシンプルなものが多いとのことですが、並んで展示されている冷泉為恭《小松引図》の長い署名と比較すると面白いかもしれません。

落款の位置は絵のバランスを考えて決まるという例が徳川家慶の《風竹図》。
家慶は第12代将軍(在職1837-53)。老中・水野忠邦に天保の改革を断行させたものの、あまりの急激さに改革は失敗。一方、度重なる外国船の来航に悩まされ、ペリー来航直後に病没するという、まさに内憂外患の時期の将軍でしたが、風雅な絵画作品を残していました。

風竹図 徳川家慶筆 日本・江戸時代 天保12年(1841)
根津美術館

この作品には署名はありませんが、画面左に捺されているのは「家慶」という印。
将軍になる以前から家慶に絵を教えていた奥絵師の狩野養信の日記の抜粋がパネル展示されていますが、「御印此辺可然」(意訳「印はこのあたりに捺すといいでしょう」)とアドバイスしたことが記録されています。


印が捺されていても、それは作者のものとは限りません。

重要文化財 竹雀図 伝 牧谿筆 中国・元時代 13世紀
根津美術館 前期展示


この作品は足利将軍家が所蔵した東山御物で、画面左下の瓢箪型の「善阿」印は第3代将軍・足利義満(在職1369-95)が所蔵したことを示す印、画面右上の四角い「雑華室印」は第6代将軍義教(在職1429-41)が所蔵したことを示す印です。
このような印は鑑蔵印と呼ばれています。
後期には「雑華室印」が捺された、重要文化財《風雨山水図》(伝 夏珪筆 根津美術館)が展示されます。


賛 


絵の上部や空間に書き込まれた詩文や和歌などの文字のことを「賛(画賛)」といいます。
多くの禅僧によって画面上部の余白いっぱいに賛が書かれている掛軸は詩画軸と呼ばれ、室町時代の応永年間(1394-1428)に流行しました。なかでも閑静な茅屋を描いた詩画軸は書斎画とよばれています。
この《江天遠意図》も書斎画のひとつ。絵はもちろん、絵と詩のバランスもとてもいい雰囲気の作品だと思います。



重要文化財 江天遠意図 伝 周文筆 大岳周崇ほか11僧賛
日本・室町時代 15世紀 前期展示

この作品の作者と伝わる周文は京都・相国寺の僧で、室町幕府の御用絵師となり、雪舟の師という高名な絵師であったにもかかわらず、生没年は不詳で、周文筆と伝わる作品には落款がないので真筆と確定される作品もなく、謎の多い絵師として知られています。
この作品も制作年は明らかではありませんが、賛者の中で最も早く没した大周周奝の没年(1419)から制作年の下限がわかるというように、賛は作品の制作年代を推測する手掛かりにもなるのです。


仏画にも文字


仏画にお経が書かれることはあっても、お経で仏画を描いたのが、今回の企画展のメインビジュアルになっている《文字絵十一面観音像》。

文字絵十一面観音像 大臨晋城筆 日本・江戸時代 嘉永6年(1853)
福島静子氏寄贈 根津美術館 

観音様が墨の線で描かれているように見えますが、線ではなく、約2000文字の『観音経』の経文を2返と3分の1の約4750文字連ねて描いたものなのです。
拡大鏡もあるのでぜひ近くでご覧いただきたいです。


景色のなかの和歌


右隻に満開の桜の古木、左隻に紅葉した楓の大木が画面いっぱいに描かれた華やかな屛風が見えてきました。


吉野龍田図屏風 日本・江戸時代 17世紀 根津美術館

それぞれの枝には古今和歌集などの和歌が書かれた短冊がいくつもかかっていますが、枝に隠れたりして全部の文字が見えません。この屏風を鑑賞する人たちには、見えている文字だけでどの和歌かがわかるほどの教養が求められていたのです。
でもご心配なく。屏風の前には短冊に書かれた和歌と作者、収録された和歌集の名前が記載されたパネルがありますので、現代の私たちでも誰のどの和歌なのかがわかるようになっています。


工芸のなかの文字


銘文 


中国・殷時代の青銅器から、朝鮮時代の陶磁器、日本の鉄の釜までバラエティに富んだ工芸品が並ぶなかでも、変わりダネは《飛天文雲版》。
雲版とは禅宗寺院で合図に使用される鳴物ですが、なんと制作年が改竄されているのです。
もとは「延文四己亥年(1359)」でしたが、「文」の文字が「長」に、「己亥」が「丙戌」に替わり、なんと433年もさかのぼってしまいました。より古くすることによって箔をつけようとしたのでしょうか。

飛天文雲版 日本・南北朝時代 延文4年(1359) 根津美術館


器物に記された文字


きらびやかな蒔絵の硯箱が目にとまりました。
繊細な蜘蛛の巣の表現が素晴らしい《秋野蜘蛛巣蒔絵料紙硯箱》です。
そして蜘蛛の巣の中央には「蜘」という一文字。本物の蜘蛛が描かれるより説得力があるような気がしました。


秋野蜘蛛巣蒔絵料紙硯箱 日本・江戸~明治時代 19世紀
根津美術館


【同時開催】


展示室5 うた、ものがたりと蒔絵


今回の企画展のテーマは「美術のなかの文字」ですが、ここに展示されいているのは文字ではなく、描かれた絵柄から和歌や中国の故事、源氏物語などの物語や謡曲などを想像させてくれる蒔絵の名品の数々です。

謡寄蒔絵提重 日本・江戸時代 19世紀 根津美術館



展示室6 涼一味の茶  


展示室6には、蒸し暑い日が続くこの季節にふさわしい、清々しさを感じさせてくれる茶道具が展示されています。

涼しげな風が感じられるのは、天井から吊るして揺れる様子が想像できる釣舟花入。

砂張釣舟花入 東南アジア 16~18世紀 根津美術館 


今回特に気になった茶道具は柄(え)のついたかわいらしい茶入でした。

島物柄付茶入 福建省系 中国・明時代 16~17世紀
根津美術館



新商品のご案内


根津美術館オリジナル商品「珠光緞子」シリーズに、このたび新たに「ぷち袋」(金・赤・紺)が加わりました。
小ぶりで使いやすいサイズなので、お茶会をはじめいろいろな場面で使うことができ、贈り物にも最適です。
ミュージアムショップにもぜひお立ち寄りください。

ミュージアムショップ


美術作品のなかの文字を探していくうちに、作品のもつ魅力がより一層伝わってくるように感じられました。おすすめの展覧会です。 

2026年5月26日火曜日

山種美術館 開館60周年記念特別展Ⅰ 川合玉堂 ―なつかしい日本の情景―

東京・広尾の山種美術館では、開館60周年記念特別展Ⅰ 川合玉堂 —なつかしい日本の情景—が開催されています。 


山種美術館外観

1966(昭和41)年、東京・日本橋兜町に日本初の日本画専門美術館として開館してから今年で開館60周年を迎える山種美術館では、これからおよそ1年をかけて開館60周年記念特別展が開催されます。
その第1弾が、日本画家・川合玉堂(1873-1957)の画業を振り返る今回の展覧会。

玉堂作品を見ていつも感じるのは、今では失われつつあって見る機会もあまりない日本の田園風景なのに、なぜか懐かしさを感じさせてくれるという不思議な魅力です。
今回の特別展でもその魅力を十分に楽しむことができました。東京・奥多摩にある玉堂美術館の所蔵作品を交え、初期から晩年までの画業の変遷をたどることができる、とても充実した内容の展覧会です。

それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要


会 期  2026年5月16日(土)~7月26日(日)
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日  月曜日[7/20(月・祝)は開館、7/21(火)は休館]
入館料  一般1400円、大学生・高校生1100円、中学生以下無料(付添者の同伴が必要です。) 
各種割引、展覧会の詳細、関連イベント等は山種美術館公式サイトをご覧ください⇒https://www.yamatane-museum.jp/  

展示構成
 第1章 研鑽の時代 —明治期
 第2章 玉堂芸術の確立 —大正から戦中期
 第3章 画業の円熟 奥多摩時代 —戦後
 第4章 玉堂のまなざし

※展示室内は次の1点を除き撮影禁止です。掲載した写真はプレス内覧会で美術館より許可を得て撮影したものです。

今回の撮影可の作品は、川合玉堂《紅白梅》(玉堂美術館)。
スマートフォン・タブレット・携帯電話限定で写真撮影OKです。展示室内で撮影の注意事項をご確認ください。

川合玉堂《紅白梅》1919(大正8)年頃 紙本金地・彩色 
玉堂美術館

これは玉堂が大正期に琳派の影響を受けて制作した作品のひとつで、尾形光琳筆の国宝《紅白梅図屛風》(MOA美術館)の影響を受けていますが、光琳画には描かれていない鳥が描かれています。ぜひその場で可愛らしいシジュウカラを見つけてみてください。

山種美術館ではいつもそのときの展覧会を象徴する作品が冒頭に展示されていますが、今回はメインビジュアルになっている川合玉堂《早乙女》(山種美術館)でした。

川合玉堂《早乙女》1945(昭和20)年 絹本・彩色
山種美術館 

今は農家では田植え機で苗を植えることが多く、体験学習などでしか見ることがなくなった田植えの光景は、まさに「なつかしい日本の情景」。
敗戦が決定的となった昭和20年初夏の様子が描かれていますが、田植えをする女性たちの晴れやかな表情に心が救われます。

1873(明治6)年に愛知に生まれ岐阜で育った玉堂は、13歳の時に京都の画家・望月玉泉のもとで日本画を学び始め、のちに円山・四条派の幸野楳嶺の門下で竹内栖鳳らとともに研鑽を積んでいきます。
第1章には当時玉堂が描いた《写生画巻》(玉堂美術館)が展示されていますが、その早熟ぶりに驚かされます。

川合玉堂《写生画巻》1888(明治21)年 紙本・彩色
玉堂美術館

岐阜で少年時代を過ごした玉堂にとって長良川の鵜飼は身近な夏の風物詩でしたので、生涯を通じて繰り返し描いています。1895(明治28)年に玉堂が描いた《鵜飼》(山種美術館)は初期の代表作で、構図は円山応挙の《鵜飼図》などに準じたとみられていますが、子どもの頃からよく観察していたのでしょうか、鵜匠や鵜の姿が活き活きと表現されています。


川合玉堂《鵜飼》1895(明治28)年 絹本・彩色
山種美術館


この作品は、京都で開催された第四回内国勧業博覧会に出品され三等銅牌を受賞しましたが、この展覧会は玉堂にとって大きな転機となりました。
同じく第四回内国勧業博覧会に出品されていた、狩野派出身の日本画家・橋本雅邦の《龍虎図屏風》(静嘉堂文庫美術館 重要文化財)を見た玉堂は感銘を受け、翌年には上京して雅邦の門下に入ったのでした。
玉堂の画家としての早熟ぶりには驚かされましたが、いきなり京都から東京に行ってしまうこの行動力にも驚かされます。

そして1906(明治39)年、玉堂が33歳の時に描いた《渓山秋趣》(山種美術館)は、伝統的な山水画に奥行き感をもたせた雅邦の重要文化財《白雲紅樹》(東京藝術大学大学美術館)の影響がみられますが、遠方の山並みは群馬の妙義山がモデルで、小橋を渡る人物も中国の高士ではなく、薪を担いだ日本の樵(きこり)ですので、当時から日本の風景を描こうという玉堂の姿勢をみてとることができます。

川合玉堂《渓山秋趣》1906(明治39)年 絹本・彩色
山種美術館


こうして、円山・四条派、狩野派という江戸絵画の二つの大きな流派を基礎に、玉堂は日本の四季折々の情景を描いていくのですが、筆者が特に魅力を感じるのは、ここに農作業の帰りの人たちがいるといいなと思うと、そこにはそれにふさわしい人物が描かれているという、心にしっくりとくるところなのです。

こちらは、川合玉堂《山雨一過》(山種美術館)。ここに馬を引く馬子がいるといいなと思ったら、やはりいました。もうすぐ岩陰に隠れそうな瞬間をとらえたところも絶妙です。それに玉堂作品では人物は小さく描かれていることが多いので、より自然に風景の中に溶け込んで見えるのも大きな魅力です。

川合玉堂《山雨一過》1943(昭和18)年 絹本・彩色
山種美術館


さらに郷愁をそそる重要なアイテムは渡し舟。今では生活に根付いたものは少なく、観光用としてわずかに残っているだけではないかと思われますが、玉堂の作品の中には、人物とともに生活の一コマとして描かれているのです。


川合玉堂《春風春水》1940(昭和15)年 絹本・彩色
山種美術館 


古きよき日本の情景を描き続けた玉堂ですが、戦争とは無縁ではありませんでした。
荒れ狂う海を描いた《荒海》(山種美術館)は、1944(昭和19)年に開催された文部省戦時特別美術展(第7回新文展)に出品された作品。
昭和18年には連合軍の反撃が本格化し、大本営は日本軍の大戦果を発表していても、勝っているはずの戦地は徐々に日本に近づき、昭和19年7月にはついにサイパン島が陥落。その後、サイパン島をはじめマリアナ諸島から飛び立つB29による本土爆撃が本格化する時期でしたので、押し寄せる波(連合軍)を受けても微動だにしない岩(日本)は、玉堂の心中を反映しているように思えます。

川合玉堂《荒海》1944(昭和19)年 絹本・彩色
山種美術館

この作品の海の景色は、横浜市金沢区富岡にあった玉堂の別荘・二松庵(にしょうあん)での写生に基づいているとのことです。
二松庵の主屋は残念ながら2013(平成25)年に火災により焼失してしまいましたが、現在では旧川合玉堂別邸(二松庵)庭園として定期的に一般公開されています。
かつては庭園から海が見えたので、玉堂は来客に「庭師が大きな池を作ってしまった」と冗談を言ったそうです。
(以上、横浜市の公式サイトからの引用)
現在では埋め立てにより海ははるか彼方に行ってしまいましたが、それでも往時の面影をしのぶことができるので、ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。
詳しくは横浜市の公式サイトでご確認ください⇒旧川合玉堂別邸(二松庵)庭園


山種美術館の猫といえば、竹内栖鳳の重要文化財《班猫》や小林古径の《猫》(どちらも山種美術館)を思い浮かべますが、玉堂が飼い猫を描いたとされる《猫》も負けず劣らず可愛いさいっぱいです。
解説パネルには、「玉堂のことば」として猫が玉堂にじゃれついている様子が掲載されているので、玉堂がどれだけ飼い猫を可愛がっていたかがよく伝わってきます。

川合玉堂《猫》1951(昭和26)年頃 紙本・淡彩
山種美術館

ほかにも川合玉堂と、玉堂の作品と人柄に惹かれた山種美術館の創立者・山﨑種二氏との交流の様子がうかがえる書簡もあって、ほのぼのとした気持ちにさせてくれる展覧会でした。


今回も展示作品にちなんだミュージアムグッズが充実しています。さらに開館60周年記念を記念して製作されたオリジナルトートバッグはおしゃれで軽くてたっぷり入るすぐれもの。
ミュージアムショップにもぜひお立ち寄りください。

ミュージアムグッズ



山種美術館が2026年7月7日(火)に開館60周年を迎えることを記念して、7月7日(火)~7月12日(日)にご来館いただいた方にはノベルティグッズのプレゼントがあります。

ノベルティグッズのご案内

楽しみはまだまだあります。
1階の「Cafe椿」で、美術鑑賞の余韻のなか、お茶や出品作品をモチーフにしたオリジナル和菓子をいただくのもおすすめです。

オリジナル和菓子のご案内



山種美術館開館60周年記念特別展の今後のスケジュールはこちらをご覧ください⇒https://www.yamatane-museum.jp/exhibitions/schedule.html

これからの1年間が楽しみです。

2026年5月3日日曜日

宇都宮美術館 ヴァルラフ=リヒャルツ美術館所蔵 ゴッホの跳ね橋と印象派の画家たち

宇都宮市郊外の緑豊かな丘の上に位置する宇都宮美術館では、宇都宮美術館開館30周年・市制施行130周年記念 ヴァルラフ=リヒャルツ美術館所蔵 ゴッホの跳ね橋と印象派展が開催されています。



世界遺産のケルン大聖堂で知られるドイツ・ケルン市にあるヴァルラフ=リヒャルツ美術館は、中世後期の宗教画からバロック、さらには19世紀から20世紀初頭までの絵画を所蔵するドイツ有数の美術館で、10年ほど前に訪れてその絵画コレクションの充実ぶりに驚いたことを今でもよく覚えています。

最近、ケルンをはじめドイツの美術館巡りを再開したいと考えていたところですが、このたびヴァルラフ=リヒャルツ美術館・コルブー財団のコレクションのなかから印象派を中心としたフランス近代美術の名品の数々が来日するというので、喜び勇んで宇都宮美術館に取材に行ってきました。


展覧会開催概要


会 期  2026年4月19日(日)~6月21日(日)
開館時間 9:30~17:00(入館は16:30まで)
休館日  月曜日、5月7日(木) ※ただし5月4日(月・祝)は開館
観覧料  一般1,200円、大学生・高校生 1,000円
     ※本展は、小学生・中学生は無料です。
展覧会の詳細、関連イベント等の情報は同館公式サイトをご覧ください⇒https://u-moa.jp/
 
※本展では写真撮影が可能ですが、SNS投稿禁止の作品もあるので、写真撮影については館内で注意事項をご確認ください。

展示構成
 第1章  印象派前
 第2章  バルビゾン派
 第3章  印象派
 第4章  ポスト印象派
 第5章  点描派
 第6章  20世紀の色彩画家


第1章 印象派前


西欧では、歴史画を頂点とした絵画の主題の序列がありましたが、序列が低かった風景画の価値を高めた印象派以前の先駆者たちの作品が展示されているのが第1章です。

第1章 展示風景


第1章での注目の作品は、写実主義を貫いたギュスターヴ・クールベ(1819-1877)の《シヨン城》。

ギュスターヴ・クールベ《シヨン城》1873年

クールベというと「海の風景画」のイメージが強く、今回も《海景》という作品が展示されていますが、この《シヨン城》にはクールベの政治的な活動が色濃く反映されています。
1871年に労働者階級を中心とした革命政権パリ・コミューンに参加し、帝政の象徴であったヴァンドーム広場の円柱破壊に関与したことで投獄され、釈放後の1873年にスイスに亡命してその地で失意のうちに生涯を閉じました。
レマン湖畔にあるシヨン城はかつて牢獄として使われ政治犯も収容した古城。クールベはパリを追われた自身をこの作品に投影したとされているのです。


写実主義の画家でありながら、明るい色調などを取り入れ、印象派の先駆者ともいわれるエドゥアール・マネ(1832-1883)が描いたのは、春の訪れを告げる美味しそうなアスパラガス。
この作品には価格より高く購入したコレクターにマネが「束から一本抜けていました」と書き添えられたアスパラガス一本だけの絵(オルセー美術館蔵)を届けたというユニークなエピソードがあります。

エドゥアール・マネ《アスパラガスの束》1880年



第2章 バルビゾン派


第2章に展示されているのは、パリ近郊、フォンテーヌブローの森のはずれにあるバルビゾン村に集まった風景画家たちのグループ「バルビゾン派」の詩情あふれる自然の風景を描いた作品です。


第2章 展示風景

春と夏には各地で習作を描き集め、秋と冬はアトリエで理想の風景へと再構築するバルビゾン派の代表格カミーユ・コロー(1796-1875)の作品は、日ごろあわただしい生活を送っている私たちの心を癒してくれます。

カミーユ・コロー《ヴィル・ダヴレー》1860-70年頃


第3章 印象派


第3章には、クロード・モネ(1840-1926)やピエール=オーギュスト・ルノワール(1841-1919)をはじめ印象派の巨匠たちの名品が勢揃い。
国内で再現されたこの贅沢な空間をぜひともその場で味わっていただきたいです。

第3章 展示風景


アルフレッド・シスレー(1839-1899)の《ハンプトンコート橋》は、1874年に開催された「第1回印象派展」の後に訪れたロンドン滞在時の作品。
手前を流れるテムズ河の川面は夏の日を浴びてきらきらと輝いている様子が描かれていますが、これは異なる色の絵の具を混ぜると明度が下がってしまうので、色を混ぜずに置いていき、作品を観る人に色が混ざり合うように見えるような効果をもたらす「筆触分割」という、印象派の画家たちがよく用いた技法で表現されているものなのです。
この作品で特に惹かれたのは、橋から画面中央の奥に向かって伸びる道がどこまでも続くかのように見える奥行きの深さでした。この先には何があるのだろうかかという期待を感じさせてくれる作品です。

アルフレット・シスレー《ハンプトンコートの端》1874年


象の鼻のような形をした奇岩で知られるノルマンディー地方の景勝地エトルタはモネが繰り返し描いた場所なので、これはすっかりおなじみの光景です。
1885年にこの地を訪れた作家のモーパッサンは、モネが5~6枚のカンヴァスを子供たちに持たせて、それぞれのカンヴァスにモネが時間の経過に伴い変化する光や雲を描いていたといったモネの制作風景を記述しています。おそらく小遣い目あてでしょうが、強い風の中、長時間カンヴァスを持ち続けていた子供たちの姿を想像して、ほほえましく感じられました。


クロード・モネ《エトルタの浜辺の漁船》1883-84年

今回の展覧会では、モネも、ルノワールも趣きの異なる作品がそれぞれ4点来日しています。

第2章 展示風景


上の写真はルノワールの4点の作品で、右から2番目の作品は、一瞬、ルノワールが縫物をする可愛らし女の子を描いた作品と思ってしまいますが、実はモデルはルノワールの次男ジャン。
なぜジャンが女の子の姿をしているのかというと、乳幼児死亡率が高かった当時、特に男の子の死亡率が高かったことが背景にあるようです。本人は周囲からからかわれたりしたので嫌がっていたようですが、親の子に対する愛情が伝わってくる作品です。

ピエール=オーギュスト・ルノワール《縫物をするジャン・ルノワール》
1898年 


第4章  ポスト印象派


「ポスト印象派」というのは特定の表現様式でなはく、印象派の流れをくみながらも独自の世界を切り開いた個性的な画家たちの総称で、第4章にはその中心的な人物、ポール・セザンヌ(1839-1906)、ポール・ゴーガン(1848-1903)、フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)らの作品が展示されています。


第4章 展示風景



ピカソをはじめとするキュビズムに大きな影響を与えたセザンヌの《梨のある静物》は不思議な作品です。
キュビズムの特徴は「複数の視点の組合せ」ですが、この作品では机の側面を真横から見ている視点と机の奥の面を上から見下ろしている視点、皿は横から見ているようで上からも覗き込んでいるような視点が混在していて、それでいて一つの作品として成り立つように構成するというセザンヌの試みをうかがうことができます。

ポール・セザンヌ《梨のある静物》1885年頃


そしていよいよ今回の展覧会のメインビジュアルになっているファン・ゴッホの《跳ね橋》の登場です。
ミレーの影響を受け真の農民画家を目指した頃の重厚な色調の《ニューネンの農家》と、南仏アルルの明るい色調の《跳ね橋》という対照的な作品が「VIPルーム」に並んで展示される演出がとても素晴らしいです。

どちらもフィンセント・ファン・ゴッホ
 右 《跳ね橋》 1888年 左 《ニューネンの農家》 1885年 


あらためて近くで拝見すると、水面に映る跳ね橋の立体感もよくわかります。
ファン・ゴッホはアルルの黄色が特に気に入ったようですが、今回気が付いたのは、画面左のまるでホイップクリームのようにべちゃっと置かれた白い絵の具。おそらく雲なのでしょうが、右端の屋根の赤とともに明るい陽光の中に一つのアクセントになっているように感じられました。


フィンセント・ファン・ゴッホ《跳ね橋》1888年


第5章  点描派


1874年に第1回が開催されて以来、内部での対立が続いた「印象派展」は1886年に最後となる第8回が開催されますが、その時にはモネ、ルノワール、シスラーの姿はなく、新たに参加したのはジョルジュ・スーラ(1859-1891)、ポール・シニャック(1863-1935)らの点描派の画家たちでした。

第5章 展示風景


印象派の画家が感覚的に「筆触分割」を行っていたのに対し、点描派の画家たちはそれを科学的に進め、また、彼らは現場ではスケッチにとどめ、アトリエでじっくりと制作する手法をとりました。
イタリアの地中海沿岸の景色を描いたシニャックの《カポ・ディ・ノリ》では、自由に描かれていた印象派の作品と比べて、規則的に色が配置されていることがよくわかります。

ポール・シニャック《カポ・ディ・ノリ》1898年


第6章  20世紀の色彩画家 


第6章に展示されているのは、鮮烈な色彩と荒々しい筆致から名付けられた「フォービズム(野獣派)」の指導者であったアンリ・マティス(1869-1954)や、ゴーギャンから影響を受けた「ナビ派」のモーリス・ドニ(1870-1943)、ピエール・ボナール(1867-1947)、エドゥアール・ヴュイヤール(1868-1940)らの作品です。
(第6章にはSNS投稿不可の作品が多いのでご注意ください。下の写真はSNS投稿不可でない作品です。)

右 エドゥアール・ヴュイヤール《クリクブッフの”エタンセルの庭園”の干し草》1902年
左 モーリス・ドニ《ピンク色の教会、ティヨロワ》1921年


ミュージアムショップ


19世紀から20世紀初頭のフランス絵画コレクションの充実ぶりにはあらためて感動しましたが、展覧会関連グッズの豊富なラインナップにも驚かされました。

背面の壁にかかっているのは、《跳ね橋》をモチーフにしたストール。
展示作品のカラー図版や詳しい解説、それぞれの画家の年表も掲載された展覧会公式図録は永久保存版です。
ほかにもファン・ゴッホ、マネ、セザンヌのイラストが描かれた缶に入っている瓦せんべいなどのスイーツもありますので、お帰りの際にはミュージアムショップにもお立ち寄りください。


ミュージアムショップ

宇都宮美術館のあとには、あべのハルカス美術館、名古屋市美術館に巡回しますが、東日本ではここ宇都宮以外では開催されないので、東日本にお住いの方はこの機会にぜひ宇都宮でご覧ください。
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