2026年6月29日月曜日

三菱一号館美術館 「”カフェ”に集う芸術家—印象派からゴッホ、ロートレック、ピカソまで」

東京・丸の内の三菱一号館美術館では「”カフェ”に集う芸術家—印象派からゴッホ、ロートレック、ピカソまで」が開催されています。

展覧会ポスター

飲食や娯楽を楽しむだけでなく、新たな芸術が生まれる場所となってきた19世紀後半のパリの"カフェ"。
三菱一号館美術館とひろしま美術館の共催で開催されている「"カフェ"に集う芸術家」展は、印象派をはじめ多くの芸術家たちが集った"カフェ"に迷い込んだ気分になって、当時の雰囲気が楽しめる展覧会です。

それではさっそく展覧会の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要


会 期  2026年6月13日(土)~9月23日(水・祝)
     ※8/4(火)以降一部作品の展示替があります。
開館時間 10:00~18:00
     但し、金曜日、第2水曜日、7/25(土)、9/19(土)~9/23(水・祝)は20時
     まで開館。入館は閉館時間の30分前まで
     ・夜間開館時間(18~20時)限定特別企画を予定
     ・スペシャルトークフリーデー:7/25(土)15~20時(予定)
休館日  祝日を除く月曜日 但し、トークフリーデー(6/29、7/27、8/31)は開館
観覧料  一般:2,300円、大学生:1,300円、高校生:1,000円、中学生以下:無料

※展覧会の詳細、チケット購入方法、夜間開館時間(18~20時)限定特別企画などの各種イベントは展覧会特設サイトをご覧ください⇒https://mimt.jp/ex_sp/cafe/
    
※この展覧会では撮影禁止マークついている作品を除き写真撮影ができます。展示室内で撮影の注意事項をご覧ください。

展示構成
 第一章 カフェを描く—レアリスムから印象派へ
  第一節 近代絵画の誕生とカフェ
  第二節 メディアとしての版画の隆盛とカフェ
 第二章 夜のカフェ—シェレ、ロートレックの世紀末
  第一節 広告芸術に現れるカフェ—シェレのポスター
  第二節 ロートレックとカフェ
       —〈ムーラン・ルージュ〉とモンマルトル界隈
 第三章 〈シャ・ノワール〉の登場とその後の展開
      ―パリとバルセロナの往還
  第一節 「パリの頭脳」と呼ばれた〈シャ・ノワール〉とその影響
  第二節 〈シャ・ノワール〉から〈クアトラ・ガッツ〉へ
  第三節 〈クアトラ・ガッツ〉からピカソ、そしてモンパルナスへ


第一章 カフェを描く—レアリスムから印象派へ


マネが常連であった〈カフェ・ゲルボワ〉に、マネを慕ってモネやルノワール、ドガが集まり、のちの印象派展につながったことはよく知られています。
最初の展示室には、マネをはじめ、印象派展に参加した画家たちの作品が展示されています。

右 アルマン・ギヨマン《ロバンソンの散歩》1878年頃 ポーラ美術館
左 アルフレッド・シスレー《サン=マメス》1885年 ひろしま美術館

ギヨマンは、生計を立てるため働きながら絵を描いていたので〈カフェ・ゲルボワ〉に出入りする時間はなかったようですが、セザンヌやピサロらとの交流があり、1874年から1886年まで8回開催された印象派展には6回参加しています。
ギヨマンはのちに宝くじで大金を手にしてからは絵画に専念したというエピソードでも知られています。
一方、印象派の中でも特に風景画家として知られるシスレーは、印象派展には4回参加しています。


三菱一号館美術館の展示室に入ると、いつもヨーロッパの貴族の邸宅に入ったようなゴージャスな気分が味わえるのが楽しみなのですが、今回もマントルピースとその上に飾られた絵画のコンビネーションがいい雰囲気を醸し出しています。

展示風景



続いては、マネや印象派による近代絵画に先立ち、レアリスムの画家・版画家であるドーミエやガヴァルニらによって描かれたカフェや、カフェの中の人間模様の版画作品が展示されている部屋へ。

展示風景

思わず吹き出してしまいそうな場面もありますが、このように日常を題材にしたカリカチュアは新聞や諷刺雑誌を通じてパリ市民の間に広まりました。
さらに、写真左、ドーミエ《〈音楽のクロッキー〉17悲劇上演中のオーケストラ》のように、 画面上部に演者、下部に観客あるいはオーケストラを配置する上下構造は、のちにマネやドガによるカフェ・コンセールの表現に影響を与えた点でも重要なことでした。

展示風景


第二章 夜のカフェ—シェレ、ロートレックの世紀末


賑わう夜のカフェを背景に展示されているのは、鮮やかな色彩で生き生きとした女性たちを描いた売れっ子芸術家、ジュール・シェレのポスター作品です。
今にも人々の会話が聞こえてきそうな雰囲気の中、公演を宣伝するポスターを見ていると、気分はすっかり19世紀末の夜のパリ。これはもうたまらない演出ですね。

ジュール・シェレ 左 《「ロータスの花」フォリー・ベルジェール》
1893年 京都工芸繊維大学美術工芸資料館(AN.3363)(前期展示)
右《「ルイーズ・バルティ公演」アルカザール・デ・テ》
1893年 京都工芸繊維大学美術工芸資料館(AN.3346)(前期展示)



ロートレックとゴッホの作品が並んで展示されていました。
これは珍しいと思いましたが、ゴッホは1886年から2年ほどパリに住んで、コルモンの画塾でロートレックと知り合ったので、二人はいわば「同門」だったのです。

右 フィンセント・ファン・ゴッホ《モンマルトルの風車》
1886年 石橋財団アーティゾン美術館
左 アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《『ルイ13世風の椅子の
リフレイン(アリスティド・ブリュアンのキャバレーにて)》1886年
ひろしま美術館


ゴッホが描いた風車は有名なダンスホール〈ムーラン・ド・ラ・ガレット〉。
ロートレックが描いたのは、芸術キャバレー〈シャ・ノワール〉が引っ越した跡地にシャンソン歌手アリスティド・ブリュアンが支配人を務めた〈ル・ミルリトン(葦笛)〉。タクトを振りながら歌っているのがブリュアンで、彼の後ろの柱の左、黒い帽子の人物がロートレック。この作品にはゴッホも描かれているという研究もあるのですが、はたしてどの人物でしょうか。作品を前に想像してみるのも面白いかもしれません。

ロートレックは、〈ムーラン・ルージュ〉の宣伝用ポスターを制作しています。
(下の写真左の《ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ》1891年 三菱一号館美術館)
これは彼のポスター第1作でしたが、大胆な色彩と構図などから、このポスターが街に貼り出されるとたちまち話題になり、ロートレックはポスターデザイナーとして一躍有名になったという記念すべき作品になったのです。
それにしても、背景の赤色の壁や奥の小窓など展示の演出が絶妙で、ポスターの良さをさらに引き出しているように感じられました。

展示風景



第三章 〈シャ・ノワール〉の登場とその後の展開―パリとバルセロナの往還


さて、ここまではなんとなく猫に導かれているような気がしていたのですが、第三章に来てようやくその理由がわかりました。


第三章で焦点を当てているのは、1881年にロドルフ・サリスによってモンマルトルに開かれ、ボヘミアン芸術家たちが集った芸術キャバレー〈シャ・ノワール(黒猫)〉だったのです。
第三章の看板には、今までなかった猫のシルエットがぶら下がっています。


これは、アンリ・リヴィエールが考案した影絵芝居の巡業を告知するスランタンのポスター《シャ・ノワール巡業公演》(下の写真右 1896年 京都工芸繊維大学美術工芸資料館)に登場する黒猫がモチーフですが、らんらんと輝く目、ピンと伸びたヒゲ、背中を丸め、独特のポーズでこちらをにらむ姿が印象的です。
ロートレックと同じように、スランタンもこのポスターの成功で、以後多くのポスターの注文を受けるアール・ヌーヴォーを代表するデザイナーの一人となっていったので、まさに出世作といえるでしょう。

展示風景

影絵芝居で人気を博したアンリ・リヴィエールは、版画でも名作を残しています。

アンリ・リヴィエール
右 《波『レスタンプ・オリジナル』》1893年 三菱一号館美術館
左 《エッフェル塔の建築現場》1889年 町田市立国際版画美術館(前期展示)
 


《エッフェル塔の建築現場》は、1887年に着工し、1889年パリ万国博覧会に向けて急速に建設された塔の工事風景を描いたもので、リヴィエールは葛飾北斎の《冨嶽三十六景》に着想を得て、1902年には《エッフェル塔三十六景》として刊行しています。
一方で、リヴィエールは1890年代初頭にブルターニュの海を観察した木版連作《海ー波の習作》を制作し、その延長として版画集『レスタンプ・オリジナル』に《波》を寄稿しました。
この作品を見た瞬間、「東山魁夷の海だ!」と思ったのですが、もちろん東山魁夷はリヴィエールよりあとの世代の人。図録の解説を読むと、ブルターニュの海がモチーフになっているので、これは北斎の《冨嶽三十六景》のうち「神奈川沖浪裏」へのオマージュではと思いました。それにしても、実際には刷らない紙の白い部分を飛沫として生かすところがすごい!

アンリ・リヴィエールの影絵芝居は、巡業によってヨーロッパ各地に伝播していきました。
その具体例の一つが、1897年にバルセロナで開店した〈クアトラ・ガッツ(4匹の猫)〉で、若き日のパブロ・ピカソもこの店に出入りしていました。

〈クアトラ・ガッツ〉の開店に関わった一人、ラモン・カザスが描いた《マドレーヌ》は、モンマルトルの〈ムーラン・ド・ラ・ガレット〉に出入りしていた実在の人物で、今回の展覧会のメインビジュアルになっています。

ラモン・カザス《マドレーヌ》1892年
ムンサラット美術館(J.Sala.Ardiz寄贈)


そして、気になるのは彼女の不自然なポーズ。
マドレーヌは壁際に一人で座り、足先は画面右へ、上半身はテーブルに傾き、顔は正面を向きながら視線は画面左に流れています。
彼女は長い間このような姿勢を取っていたのではなく、今まさに何かに気がつき、左の方に視線を向けた瞬間をとらえたのではないかと感じられました。視線の先が気になります。


マドレーヌが表紙になっている展覧会公式図録もおすすめです。展示作品のカラー図版や詳しい解説満載です。




19世紀末のパリの雰囲気が楽しめる展覧会です。
趣向を凝らしたイベントも盛りだくさんなので、展覧会公式サイトをチェックしてぜひお楽しみください!

2026年6月18日木曜日

加島美術 「櫂 舟三郎コレクション 暁斎が描いた浮世のことども ―肉筆画と版画でたどるその画業―」

 東京・京橋の加島美術では、「櫂 舟三郎(かい しゅうざぶろう)コレクション 暁斎が描いた浮世のことども ―肉筆画と版画でたどるその画業―」が開催されています。

加島美術入口では鬼を捕らえた巨大な鐘馗様がお出迎え

加島美術は、絵画、掛け軸などの日本美術を中心に、主に江戸時代から近代までの美術品全般を取り扱い、定期的に「美術品入札会 廻-MEGURU-」やWEB限定オークション「廻オンライン」などを開催していますが、日本美術の普及に向けた取り組みとして、展覧会などの開催にも取り組んでいます。
2017年には加島美術で「蘇る!孤高の神絵師 渡辺省亭」展が開催され、その後、「幻の画家」渡辺省亭が注目されるきっかけとなりましたが、今回の主役は河鍋暁斎。

暁斎なら知ってるという方も多くいらっしゃるかもしれませんが、今回は国内屈指の暁斎コレクター・研究者である藤田昇氏が長年にわたり蒐集し、暁斎の幼名「甲斐周三郎」にちなんで自身が名づけた「櫂 舟三郎コレクション」の中から選りすぐりの作品が展示され、肉筆画・版画あわせて167点のうち65点に上る作品が東京では初公開ですので、暁斎ファンならずとも見逃すわけにはいきません。

それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


会 期  2026年6月13日(土)~6月28日(日) ※会期中無休
営業時間 10:00~18:00
出展作品 167点
※展示スペースの都合により、本展では展示替を実施いたします。一部作品は6月22日(月)からの後期展示にて公開いたします。
会 場  加島美術(〒104-0031 東京都中央区京橋3-3-2)
主 催  加島美術
※観覧無料、作品販売はありません。

最新情報は加島美術公式サイトでご確認ください⇒https://www.kashima-arts.co.jp/

※館内には撮影可能な作品が1点ありますが、それ以外の作品は撮影禁止となっています。掲載した写真は内覧会で主催者の許可を得て撮影したものです。

撮影可の作品はこちらです。

河鍋暁斎《瀧に白鷲図》明治4年(1871)以降



作品を拝見して最初に驚いたのは、その保存状態のよさ、色合いの鮮やかさでした。
そして、肉筆画と版画が「美とモード」「花鳥風月」「戯画・狂画・諷刺画」など、14のテーマに分けられ、それぞれのテーマごとに作品解説があるので、作品の見どころがよくわかりました。

「美とモード」展示風景

※作品は原則、ガラスケースなしの露出展示ですので、あまり近づかないように気を付けて鑑賞しましょう。

「花鳥風月」のコーナーに展示されている《鴛鴦図》は特に注目したいです。

「花鳥風月」展示風景


生涯に数千点にも及ぶ作品を制作したとも言われる暁斎ですが、その画業の初期にあたる20代前半の肉筆画は現存数が極めて少なく、詳細はほとんど明らかになっていません。今回の展覧会では、このたび新たに発見された、20代前半の肉筆画と推測される《鴛鴦図》が全国で初公開されています。(上の写真の壁にかかっている掛軸)


厚いアクリルケースで守られているのは《惺々暁斎団扇絵聚画帖》。

河鍋暁斎《惺々暁斎団扇絵聚画帖》明治4年(1871)以降

現存する肉筆団扇絵の画帖は他に例がなく、団扇絵15枚を収めた《惺々暁斎団扇絵聚画帖》はとても貴重な作品です。
最初に作品タイトルを見たとき、能面で知られる赤ら顔の「猩々(しょうじょう)」かと思いましたが、心のさえるさま、心の明らかなさまを表す「惺々(せいせい)」でした。
細部まで描き込まれた筆致や極彩色の鮮やかさはまさに「惺々」というタイトルにぴったり。思わず見とれてしまうような作品です。
この作品は会期中ページ替えがあります。
画帖ですので一度に全部のページを見ることはできませんが、作品横のiPadで全作品をご覧いただくことができます。

これまで1階の展示作品をご紹介してきましたが、展示は2階にも続きます。

和室のしつらえの展示スペースに展示されている掛軸は《不動明王開化図》。

河鍋暁斎《不動明王開化図》明治4年(1871)以降

浴衣を着て雑誌を読む不動明王、銘酒「剣菱」を調達したり、肉を捌いたりする脇侍たち、不動明王の光背の炎の上には肉を煮るための鍋が掛けられています。
文明開化の名のもとに行われた西欧の制度や文化、生活様式の急激な導入をユーモアたっぷりに皮肉ったところはまさに暁斎の真骨頂といえる作品ではないでしょうか。


内覧会では藤田昇氏に直接お話をうかがうことができました。
藤田氏が最初に蒐集した作品は《鐘馗に鬼図》。


河鍋暁斎《鐘馗に鬼図》明治12年(1879)以降


右隻には鬼を取り逃がした鐘馗、左隻には崖から飛び降りる鬼が描かれていますが、「鐘馗と鬼を画面から取り除くと、狩野派の山水画になります。」と藤田氏。
つい鐘馗と鬼だけに目が行きがちですが、確かに右隻の岩は狩野派のトレードマークともいえる斧で割ったような岩の描き方(斧劈皴〈ふへきしゅん〉)で表現されています。
若い頃、狩野派で修行した暁斎のこだわりが感じられる作品です。

入口でお出迎えしてくれた大迫力の鐘馗様にもお目にかかれました。(下の写真右)


右《鐘馗捕鬼図》 明治12年(1879)以降
左《鐘馗と梅の木にしがみつく鬼図》明治4年(1871)以降
どちらも河鍋暁斎

 
子供が遊んで楽しめる「おもちゃ絵」というジャンルの作品は初めて見ました。当時の子供たちは暁斎の双六で遊んだのでしょうが、今ならもったいなくて遊べないですね。


河鍋暁斎《絵双六 泰平開化繰雙録》明治7年(1874)



展示作品全167点を収録している展覧会図録も販売中です。
全作品に藤田氏による解説付きで、作品の魅力や見どころがよくわかり、暁斎の年譜や、暁斎が使用した署名・印章の一覧も掲載されていて、資料としての価値も高いのでおすすめです。
加島美術店頭でも、オンラインでも販売しています。

『展覧会図録』 販売価格:1,000円(税込)


今まで多くの暁斎作品を見ていたのに、まだまだ知らない暁斎があったことに気づいた展覧会でした。
会期が短いのでお見逃しなく! 

展示風景


2026年6月13日土曜日

大阪中之島美術館 フェルメール《真珠の耳飾りの少女》展

今年(2026年)8月21日(金)に大阪中之島美術館で開幕する「フェルメール《真珠の耳飾りの少女》展 17世紀オランダ絵画の名品、奇跡の再来日」の概要がいよいよ明らかになってきました。




展覧会開催概要


会 期  2026年8月21日(金)~9月27日(日) 会期中無休
開場時間 午前9時30分~午後5時(入場は午後4時30分まで)
     ※8月28日、9月4日、9月11日、9月18日~9月27日は午後8時まで(入場は午後7時30分まで)
会 場  大阪中之島美術館 5階展示室
チケット情報については展覧会公式サイトをご覧ください⇒https://vermeer2026.exhibit.jp/


それではさっそく展覧会の3つの見どころをご紹介したいと思います。

見どころ1 フェルメールROOM


今回来日するのは、マウリッツハイス美術館が所蔵する3点のフェルメール作品のうち2点が出品されます。1点は14年ぶりに来日する《真珠の耳飾りの少女》、そしてもう1点はフェルメール最初期の貴重な作品《ディアナとニンフたち》。
この2点が展示されて、詳細に紹介される空間「フェルメールROOM」はどのような雰囲気なのだろうかと想像するだけでワクワクしてしまいます。

ヨハネス・フェルメール《真珠の耳飾りの少女》1665年頃 油彩、カンヴァス
44.5×39.0 cm マウリッツハイス美術館 © Mauritshuis, The Hague 



マウリッツハイス美術館が所蔵した当初は別な画家の作品とされた《ディアナとニンフたち》はフェルメール初期の代表作。フェルメール作品の中で唯一、神話を題材とした作品です。

ヨハネス・フェルメール《ディアナとニンフたち》1653-1654年頃 油彩、カンヴァス  97.8×104.6 cm マウリッツハイス美術館 © Mauritshuis, The Hague 



見どころ2 17世紀オランダ絵画の名品を巡る旅


フェルメールの作品2点に加え、マウリッツハイス美術館の所蔵作品10点が展示されます。
歴史画、肖像画(トローニー(※)を含む)、風俗画、教会内景画、風景画、静物画の6つのテーマで構成され、私たちをマウリッツハイス美術館の世界に入り込んだ気分にさせてくれます。

(※)特定の人物ではなく性格やタイプを表現する、実在しない人物像のこと。《真珠の耳飾りの少女》も「トローニー」と呼ばれるジャンルの作品です。


17世紀最大の画家のひとり、レンブラント・ファン・レインは特定のジャンルだけを描く同時代のオランダの画家とは異なり、風景画、静物画、聖書や神話の歴史画など幅広い作品を手がけ、特に肖像画やトローニーを残しました。
今回来日する《笑う男》は若き日のレンブラントが描いたトローニーの傑作。
笑い声が聞こえてきそうな男の豪快な笑い顔もさることながら、襟の部分の輝きがとても印象的な作品です。

レンブラント・ファン・レイン《笑う男》1629-1630年頃 油彩、金箔で覆った銅
  15.3 x 12.2 cm 
マウリッツハイス美術館 © Mauritshuis, The Hague


作者のエマヌエル・デ・ウィッテは、17世紀オランダを代表する建築画家で、教会内部を描いた作品によって高く評価されています。
17世紀のオランダではカトリック教徒の信仰が制限されていたので、《想像のカトリック聖堂の内部》は、そのタイトルどおり完全に空想上のカトリック教会を描いたものですが、このリアル感がぐっと迫ってくるものがあります。

エマヌエル・デ・ウィッテ《想像のカトリック聖堂の内部》1668年 油彩、カンヴァス
110.0×85.0cm 
マウリッツハイス美術館 © Mauritshuis, The Hague


フェルメール《ディアナとニンフたち》のエピソードや、以下の作品は前回の記事で詳しく紹介しているので、こちらもご覧ください⇒https://deutschland-ostundwest.blogspot.com/2026/03/17821.html?m=1


オランダの風俗画を代表する画家ヤン・ステーンの《老いが歌えば若きが笛吹く》。

ヤン・ステーン《老いが歌えば若きが笛吹く》1663-1665年頃 油彩、カンヴァス
  83.8×91.9cm  マウリッツハイス美術館 © Mauritshuis, The Hague



動物画家として知られるパウルス・ポッテルは、とりわけ牛の表現に優れた才能を発揮した画家でした。


パウルス・ポッテル《水に映る牛》1648年 油彩、板 43.4×61.3cm
  マウリッツハイス美術館 © Mauritshuis, The Hague



17世紀オランダの女性画家を代表するマリア・ファン・オーステルウェイクは花の絵で国際的な名声を博していました。

マリア・ファン・オーステルウェイク《装飾的な壺の花》1670-1675年頃
 油彩、カンヴァス 62.0×47.5cm マウリッツハイス美術館 © Mauritshuis, The Hague



見どころ3 大型スクリーンでフェルメールの名画の「光」に包まれる映像体験。


全長20mにもおよぶ映像で、フェルメールの光の世界を感じる、ここでしか味わえない特別な体験ができます。映像では、フェルメールの生涯と描いたモチーフを全作品でたどります。世界中に点在するフェルメールの全作品が、実際の比率に基づいて集結するほか、通常では見ることができない拡大投影で《真珠の耳飾りの少女》の魅力に迫るなど、デジタルならではの迫力ある展示体験で、名画鑑賞への期待を高めてくれます。


《真珠の耳飾りの少女》は日本で見られるラスト・チャンスかもしれません。
この絶好の機会は逃すわけにはいきません!


フェルメールについて


【ヨハネス・フェルメール(1632-1675)】
17世紀オランダを代表する画家の一人であり、静謐な日常生活の情景を精緻に描いた作品で知られる。制作に関しては一枚の絵に長い時間を費やしたため、完成させた作品は多くなく、現存する作品はわずか30数点しか知られていない。
画家になった当初は聖書や古典神話に基づく歴史画を描いていたが、24歳頃から室内風俗画へと転向した。マウリッツハイス美術館所蔵の《真珠の耳飾りの少女》は、フェルメール作品の中でも最も著名で世界的に広く愛される作品の一つである。


マウリッツハイス美術館について


【マウリッツハイス美術館】
オランダ・ハーグにあるマウリッツハイス美術館は、主に17世紀のオランダ・フラン ドル絵画の優れたコレクションで知られる。館の建物はオランダ古典様式建築の傑作と評され1644年にヨハン・マウリッツ伯爵(1604-1679)の私邸として建設された。
その後、1822年に王立美術館として開館した。美術館の基礎となるコレクションは、オラニエ公ウィレム5世の絵画収集品であり、彼の息子であるオランダ初代国王ウィレム1世によって美術館が創設された。
所蔵作品には、フェルメールの《真珠の耳飾りの少女》、《ディアナとニンフたち》、《デルフトの眺望》の3作品のほか、レンブラントの《ニコラース・テュルプ博士の解剖学講義》 をはじめ、ルーベンス、フランス・ハルス、ヤン・ステーンなど著名な画家の傑作が含まれている。

マウリッツハイス美術館 © Mauritshuis, The Hague


2026年6月9日火曜日

山種美術館開館60周年記念特別展「川合玉堂 -なつかしい日本の情景-」関連イベント                           口演会「川合玉堂そのなつかしさ 饒舌館長ベストテン」

5月30日(土)に開催された、山種美術館開館60周年記念特別展「川合玉堂 ―なつかしい日本の情景―」関連イベント 口演会「川合玉堂そのなつかしさ 饒舌館長ベストテン」に参加してきました。
講師はアートブログ「饒舌館長」でおなじみの河野元昭氏です。


河野元昭氏


「講演会」ではなく「口演会」と書きましたが、これは誤字ではありません。
「口演」を辞書で調べると、「落語・講談など口で述べる演芸を行うこと」とありますが、川合玉堂の画業の変遷や作品の魅力などを、ユーモアを交えながらわかりやすく解説する河野氏のトークは口演会というタイトルにピッタリの内容でした。

河野氏のブログ「饒舌館長」では今回の特別展を紹介していますので、こちらもぜひご覧ください。URLはこちらです⇒https://jozetsukancho.blogspot.com/

展覧会開催概要】
 会 期  2026年5月16日(土)~7月26日(日)
 開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
 休館日  月曜日[7/20(月・祝)は開館、7/21(火)は休館]
 入館料  一般1400円、大学生・高校生1100円、中学生以下無料(付添者の同伴が必要) 
 各種割引、展覧会の詳細、関連イベント、等は山種美術館公式サイトをご覧ください 

※展示室内は次の1点を除き撮影禁止です。掲載した写真はプレス内覧会で美術館より許可を得て撮影したものです。

今回の撮影可の作品は、川合玉堂《紅白梅》(玉堂美術館)。
スマートフォン・タブレット・携帯電話限定で写真撮影OKです。展示室内で撮影の注意事項をご確認ください。

川合玉堂《紅白梅》1919(大正8)年頃 紙本金地・彩色 
玉堂美術館

さて、「饒舌館長ベストテン」ですが、これは1位から10位までのランキングでなく、制作年代順に玉堂の画業の変遷をたどる流れになってます。


①写生画巻  1888(明治21)年、写生帖 1891-94(明治24-27)年頃 どちらも玉堂美術館
②鵜飼〈第4回内国勧業博覧会展〉  山種美術館 1895(明治28)年
③行く春(小下絵)   玉堂美術館 1916(大正5)年
  行く春(屏風 重要文化財)  1916(大正5)年
④紅白梅(屏風)           玉堂美術館 1919(大正8)年頃
⑤昭和度 悠紀地方風俗歌屛風(小下絵)    玉堂美術館 1928(昭和3)年
  昭和度 悠紀地方風俗歌屛風         皇居三の丸尚蔵館 1928(昭和3)年
⑥春風春水〈本山幽篁堂当代画蹟木刻竹器作品展〉  山種美術館 1940(昭和15)年
⑦山雨一過〈第6回新文展〉   山種美術館 1943(昭和18)年
  写生帖    玉堂美術館 1936(昭和11)年頃
⑧早乙女     山種美術館 1945(昭和20)年
⑨朝晴〈第1回日展〉 山種美術館 1946(昭和21)年
⑩湖畔暮雪  山種美術館 1950(昭和25)年頃
00猫          山種美術館 1951(昭和26)年頃


河野氏の口演の内容を全てご紹介するとものすごいボリュームになってしまうので、ここでは河野氏が口演の中でふれた3つのキーワードに沿っていくつかの作品をご紹介したいと思います。


1 完成した形をこわしていく玉堂


①写生画巻  1888(明治21)年、写生帖 1891-94(明治24-27)年頃 どちらも玉堂美術館

川合玉堂《写生画巻》1888(明治21)年 紙本・彩色
玉堂美術館


②鵜飼〈第4回内国勧業博覧会展〉 山種美術館 1895(明治28)年

川合玉堂《鵜飼》1895(明治28)年 絹本・彩色
山種美術館

江戸絵画が専門の河野氏が近代日本画家のなかでも特に川合玉堂に関心をもったのは、玉堂の「完成した形をこわしていく」姿勢からでした。

愛知に生まれ岐阜で育ち、京都の画家・望月玉泉のもとで日本画を学んだ玉堂は、《写生画巻》(玉堂美術館蔵)に見られるように、15歳ですでに高度な技量を身につけ、写生と粉本を重視する京都画壇の中で研鑽を積んできましたが、これに飽き足らずに東京に飛び出すきっかけとなったのが、1895(明治28)年に京都で開催された第4回内国勧業博覧会でした。
玉堂はこの博覧会に《鵜飼》(山種美術館)を出品しましたが、同じくこの博覧会に出品されていた狩野派出身の日本画家・橋本雅邦の《龍虎図屏風》(重要文化財 静嘉堂文庫美術館)を見て、写生は重視しても絶対視せず作者の想像力(イマジネーション)が感じられたこの作品にショックを受け、翌年には上京して雅邦門下に入ったのでした。

もちろん《鵜飼》(山種美術館)も決してつまらない絵ではなく、京都時代の代表作のひとつで、日本の自然と日本人の生活の融合をめざした玉堂の原点がこの作品にある、と河野氏は指摘しています。


2 文学に造詣の深かった玉堂


玉堂は俳諧や和歌など文学的素養があり、それが作品にも大きく影響していました。


③行く春(小下絵) 玉堂美術館蔵 1916(大正5)年

川合玉堂《行く春(小下絵)》1916(大正5)年 紙本・淡彩
玉堂美術館


④紅白梅(屛風) 玉堂美術館蔵 大正8年頃


《行く春》(小下絵)は秩父・長瀞への旅に基づいて描かれた《行く春》(重要文化財   東京国立近代美術館蔵)の下図ですが、実際より険しく崖を描いていることから、中国・北宋の文学者、蘇東坡の『赤壁賦』をイメージしているのでは、と河野氏。
また、《紅白梅》(玉堂美術館蔵)も、尾形光琳筆の国宝《紅白梅図屛風》(MOA美術館蔵)の影響がうかがえますが、鶴と梅を愛でた中国・北宋の詩人、林和靖の梅を詠んだ詩『山園小梅』のなかの「疎影横斜水清浅、暗香浮動月黄昏」がイメージソースにあったのではと河野氏は指摘しています。


3 鳥瞰的・俯瞰的な視点から描く玉堂


⑦山雨一過〈第6回新文展〉 山種美術館蔵 1943(昭和18)年
  写生帖 山種美術館蔵 1936(昭和11)年頃

写生をもとに想像力(イマジネーション)を働かせて、高いところから俯瞰的に見る視点から作品を描くのが玉堂の大きな特徴でした。
「これぞまさに風景画!」と河野氏がおすすめするのが《山雨一過》(山種美術館)。
なぜなら、風景の「風」は風(かぜ)、「景」は光をあらわすので、玉堂が描いたこの作品は風と光の世界を表現しているからなのです。


川合玉堂《山雨一過》1943(昭和18)年 絹本・彩色
山種美術館

展示室にはこの作品につながる写生が描かれた《写生帖》(玉堂美術館)が展示されています。
写生では人物は描かれていませんが、本画には人物が描かれ、また、本画では風景は少し上からの視点で描かれているので、写生を見てから本画を見ると、見ている私たちが空中にふわっと浮かんだような錯覚にとらわれます。
玉堂の写生が本画にどのように高められていくのかがよくわかる対比です。


川合玉堂《写生帖》1936(昭和11)年頃 紙本・彩色
玉堂美術館

⑧早乙女  山種美術館蔵 1945(昭和20)年

川合玉堂《早乙女》1945(昭和20)年 絹本・彩色
山種美術館 

展示室の冒頭に展示され、今回の特別展のメインビジュアルにもなっている《早乙女》(山種美術館蔵)も俯瞰的な視点から描かれた作品です。そして、にじみを活かしたたらし込みによる畔道の表現には琳派の影響が見られます。


⑨朝晴〈第1回日展〉  山種美術館蔵 1946(昭和21)年


戦後に再開された第1回日展に出品された作品が、《朝晴》(山種美術館)。
この作品は、上から見下ろすのではなく、下から見上げるような構図になっています。
遠くには「白く輝く新しい日本が描かれているのでは。」と河野氏。

川合玉堂《朝晴》1946(昭和21)年 絹本・彩色
山種美術館

90分があっという間に過ぎていった口演会では、玉堂作品を見る新たな視点を聴くことができて、今まで以上に玉堂のファンになってしまいました。
さて、筆者のベストテンは、と考えているところですが、みなさまも展覧会をご覧いただいて、 マイ・ベストテンを選んでみてはいかかでしょうか。

山種美術館開館60周年記念特別展はこれからおよそ1年をかけて開催されます。
今後のスケジュールはこちらをご覧ください⇒https://www.yamatane-museum.jp/exhibitions/schedule.html


2026年6月6日土曜日

根津美術館 企画展「はじめての古美術鑑賞 ―美術のなかの文字―」

東京・南青山の根津美術館では、企画展「はじめての古美術鑑賞 ―美術のなかの文字―」が開催されています。




今回の企画展は、東洋古美術が西洋絵画にくらべて敷居が高いという声にこたえて根津美術館が2016年以来開催してきた、古美術の技法やテーマをやさしく解説する企画展示「はじめての古美術鑑賞」シリーズの第7弾。

これまでの「はじめての古美術鑑賞」では、展示作品や作品解説などから新たな気づきがあって、東洋古美術により親しみがもてるようになったので、今回もどんな「発見」があるのか楽しみにしていました。

それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要


会 期  2026年5月30日(土)~7月12日(日) 
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日  毎週月曜日
入館料  オンライン日時指定予約 一般 1400円、学生(大学生以上) 600円
※当日券(一般1600円 学生800円)も販売しています。同館受付でお尋ねください。
※障害者手帳提示者及び同伴者1名は200円引き。
※高校生以下は無料ですが、学生証の提示が必要です。

展覧会の詳細、関連イベント、チケットの購入方法等は同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.nezu-muse.or.jp/

※展示室内及びミュージアムショップは撮影禁止です。掲載した写真は報道内覧会で美術館より特別の許可を得て撮影したものです。
※前期(5/30~6/21)、後期(6/23~7/12)で一部作品の展示替、巻替等があります。記載のない作品は通期展示です。

展示構成
 絵画のなかの文字
  落款と鑑蔵印、賛、仏画にも文字、景色のなかの和歌
 工芸のなかの文字
  銘文、器物に記された文字


今回は「文字」がテーマの企画展ですが、展示されているのは書ではなく、絵画作品や工芸作品です。
絵画作品では描かれた絵、工芸作品ではその文様や形などに注目しがちですが、これらの作品の中にはさまざまな文字が記されていて、それが作品の構成要素や隠し味になっていることに気がつきました。


絵画のなかの文字


落款と鑑蔵印


展示室1の冒頭に展示されているのは、狩野探幽が江戸に下ったあとも京都に残った京狩野の二代目・狩野山雪の《秋景山水図》。
水墨山水ファンの筆者にとってはこの静謐な雰囲気がたまらなく好きな作品ですが、今回注目するのは画面右下の落款です。


秋景山水図 狩野山雪筆 日本・江戸時代 17世紀
根津美術館 

落款とは、筆者自身が書いた署名や捺(お)された印のことで、山雪の落款は「狩野氏山雪」の署名と、「山雪」と書かれた壺形の印。落款には絵師によって違いがあって、山雪の落款はシンプルなものが多いとのことですが、並んで展示されている冷泉為恭《小松引図》の長い署名と比較すると面白いかもしれません。

落款の位置は絵のバランスを考えて決まるという例が徳川家慶の《風竹図》。
家慶は第12代将軍(在職1837-53)。老中・水野忠邦に天保の改革を断行させたものの、あまりの急激さに改革は失敗。一方、度重なる外国船の来航に悩まされ、ペリー来航直後に病没するという、まさに内憂外患の時期の将軍でしたが、風雅な絵画作品を残していました。

風竹図 徳川家慶筆 日本・江戸時代 天保12年(1841)
根津美術館

この作品には署名はありませんが、画面左に捺されているのは「家慶」という印。
将軍になる以前から家慶に絵を教えていた奥絵師の狩野養信の日記の抜粋がパネル展示されていますが、「御印此辺可然」(意訳「印はこのあたりに捺すといいでしょう」)とアドバイスしたことが記録されています。


印が捺されていても、それは作者のものとは限りません。

重要文化財 竹雀図 伝 牧谿筆 中国・元時代 13世紀
根津美術館 前期展示


この作品は足利将軍家が所蔵した東山御物で、画面左下の瓢箪型の「善阿」印は第3代将軍・足利義満(在職1369-95)が所蔵したことを示す印、画面右上の四角い「雑華室印」は第6代将軍義教(在職1429-41)が所蔵したことを示す印です。
このような印は鑑蔵印と呼ばれています。
後期には「雑華室印」が捺された、重要文化財《風雨山水図》(伝 夏珪筆 根津美術館)が展示されます。


賛 


絵の上部や空間に書き込まれた詩文や和歌などの文字のことを「賛(画賛)」といいます。
多くの禅僧によって画面上部の余白いっぱいに賛が書かれている掛軸は詩画軸と呼ばれ、室町時代の応永年間(1394-1428)に流行しました。なかでも閑静な茅屋を描いた詩画軸は書斎画とよばれています。
この《江天遠意図》も書斎画のひとつ。絵はもちろん、絵と詩のバランスもとてもいい雰囲気の作品だと思います。



重要文化財 江天遠意図 伝 周文筆 大岳周崇ほか11僧賛
日本・室町時代 15世紀 前期展示

この作品の作者と伝わる周文は京都・相国寺の僧で、室町幕府の御用絵師となり、雪舟の師という高名な絵師であったにもかかわらず、生没年は不詳で、周文筆と伝わる作品には落款がないので真筆と確定される作品もなく、謎の多い絵師として知られています。
この作品も制作年は明らかではありませんが、賛者の中で最も早く没した大周周奝の没年(1419)から制作年の下限がわかるというように、賛は作品の制作年代を推測する手掛かりにもなるのです。


仏画にも文字


仏画にお経が書かれることはあっても、お経で仏画を描いたのが、今回の企画展のメインビジュアルになっている《文字絵十一面観音像》。

文字絵十一面観音像 大臨晋城筆 日本・江戸時代 嘉永6年(1853)
福島静子氏寄贈 根津美術館 

観音様が墨の線で描かれているように見えますが、線ではなく、約2000文字の『観音経』の経文を2返と3分の1の約4750文字連ねて描いたものなのです。
拡大鏡もあるのでぜひ近くでご覧いただきたいです。


景色のなかの和歌


右隻に満開の桜の古木、左隻に紅葉した楓の大木が画面いっぱいに描かれた華やかな屛風が見えてきました。


吉野龍田図屏風 日本・江戸時代 17世紀 根津美術館

それぞれの枝には古今和歌集などの和歌が書かれた短冊がいくつもかかっていますが、枝に隠れたりして全部の文字が見えません。この屏風を鑑賞する人たちには、見えている文字だけでどの和歌かがわかるほどの教養が求められていたのです。
でもご心配なく。屏風の前には短冊に書かれた和歌と作者、収録された和歌集の名前が記載されたパネルがありますので、現代の私たちでも誰のどの和歌なのかがわかるようになっています。


工芸のなかの文字


銘文 


中国・殷時代の青銅器から、朝鮮時代の陶磁器、日本の鉄の釜までバラエティに富んだ工芸品が並ぶなかでも、変わりダネは《飛天文雲版》。
雲版とは禅宗寺院で合図に使用される鳴物ですが、なんと制作年が改竄されているのです。
もとは「延文四己亥年(1359)」でしたが、「文」の文字が「長」に、「己亥」が「丙戌」に替わり、なんと433年もさかのぼってしまいました。より古くすることによって箔をつけようとしたのでしょうか。

飛天文雲版 日本・南北朝時代 延文4年(1359) 根津美術館


器物に記された文字


きらびやかな蒔絵の硯箱が目にとまりました。
繊細な蜘蛛の巣の表現が素晴らしい《秋野蜘蛛巣蒔絵料紙硯箱》です。
そして蜘蛛の巣の中央には「蜘」という一文字。本物の蜘蛛が描かれるより説得力があるような気がしました。


秋野蜘蛛巣蒔絵料紙硯箱 日本・江戸~明治時代 19世紀
根津美術館


【同時開催】


展示室5 うた、ものがたりと蒔絵


今回の企画展のテーマは「美術のなかの文字」ですが、ここに展示されいているのは文字ではなく、描かれた絵柄から和歌や中国の故事、源氏物語などの物語や謡曲などを想像させてくれる蒔絵の名品の数々です。

謡寄蒔絵提重 日本・江戸時代 19世紀 根津美術館



展示室6 涼一味の茶  


展示室6には、蒸し暑い日が続くこの季節にふさわしい、清々しさを感じさせてくれる茶道具が展示されています。

涼しげな風が感じられるのは、天井から吊るして揺れる様子が想像できる釣舟花入。

砂張釣舟花入 東南アジア 16~18世紀 根津美術館 


今回特に気になった茶道具は柄(え)のついたかわいらしい茶入でした。

島物柄付茶入 福建省系 中国・明時代 16~17世紀
根津美術館



新商品のご案内


根津美術館オリジナル商品「珠光緞子」シリーズに、このたび新たに「ぷち袋」(金・赤・紺)が加わりました。
小ぶりで使いやすいサイズなので、お茶会をはじめいろいろな場面で使うことができ、贈り物にも最適です。
ミュージアムショップにもぜひお立ち寄りください。

ミュージアムショップ


美術作品のなかの文字を探していくうちに、作品のもつ魅力がより一層伝わってくるように感じられました。おすすめの展覧会です。