東京・南青山の根津美術館では、企画展「はじめての古美術鑑賞 ―美術のなかの文字―」が開催されています。
今回の企画展は、東洋古美術が西洋絵画にくらべて敷居が高いという声にこたえて根津美術館が2016年以来開催してきた、古美術の技法やテーマをやさしく解説する企画展示「はじめての古美術鑑賞」シリーズの第7弾。
これまでの「はじめての古美術鑑賞」では、展示作品や作品解説などから新たな気づきがあって、東洋古美術により親しみがもてるようになったので、今回もどんな「発見」があるのか楽しみにしていました。
それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。
展覧会開催概要
会 期 2026年5月30日(土)~7月12日(日)
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日 毎週月曜日
入館料 オンライン日時指定予約 一般 1400円、学生(大学生以上) 600円
※当日券(一般1600円 学生800円)も販売しています。同館受付でお尋ねください。
※障害者手帳提示者及び同伴者1名は200円引き。
※高校生以下は無料ですが、学生証の提示が必要です。
展覧会の詳細、関連イベント、チケットの購入方法等は同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.nezu-muse.or.jp/
※展示室内及びミュージアムショップは撮影禁止です。掲載した写真は報道内覧会で美術館より特別の許可を得て撮影したものです。
※前期(5/30~6/21)、後期(6/23~7/12)で一部作品の展示替、巻替等があります。記載のない作品は通期展示です。
展示構成
絵画のなかの文字
落款と鑑蔵印、賛、仏画にも文字、景色のなかの和歌
工芸のなかの文字
銘文、器物に記された文字
今回は「文字」がテーマの企画展ですが、展示されているのは書ではなく、絵画作品や工芸作品です。
絵画作品では描かれた絵、工芸作品ではその文様や形などに注目しがちですが、これらの作品の中にはさまざまな文字が記されていて、それが作品の構成要素や隠し味になっていることに気がつきました。
絵画のなかの文字
落款と鑑蔵印
展示室1の冒頭に展示されているのは、狩野探幽が江戸に下ったあとも京都に残った京狩野の二代目・狩野山雪の《秋景山水図》。
水墨山水ファンの筆者にとってはこの静謐な雰囲気がたまらなく好きな作品ですが、今回注目するのは画面右下の落款です。
| 秋景山水図 狩野山雪筆 日本・江戸時代 17世紀 根津美術館 |
落款とは、筆者自身が書いた署名や捺(お)された印のことで、山雪の落款は「狩野氏山雪」の署名と、「山雪」と書かれた壺形の印。落款には絵師によって違いがあって、山雪の落款はシンプルなものが多いとのことですが、並んで展示されている冷泉為恭《小松引図》の長い署名と比較すると面白いかもしれません。
落款の位置は絵のバランスを考えて決まるという例が徳川家慶の《風竹図》。
家慶は第12代将軍(在職1837-53)。老中・水野忠邦に天保の改革を断行させたものの、あまりの急激さに改革は失敗。一方、度重なる外国船の来航に悩まされ、ペリー来航直後に病没するという、まさに内憂外患の時期の将軍でしたが、風雅な絵画作品を残していました。
| 風竹図 徳川家慶筆 日本・江戸時代 天保12年(1841) 根津美術館 |
この作品には署名はありませんが、画面左に捺されているのは「家慶」という印。
将軍になる以前から家慶に絵を教えていた奥絵師の狩野養信の日記の抜粋がパネル展示されていますが、「御印此辺可然」(意訳「印はこのあたりに捺すといいでしょう」)とアドバイスしたことが記録されています。
印が捺されていても、それは作者のものとは限りません。
この作品は足利将軍家が所蔵した東山御物で、画面左下の瓢箪型の「善阿」印は第3代将軍・足利義満(在職1369-95)が所蔵したことを示す印、画面右上の四角い「雑華室印」は第6代将軍義教(在職1429-41)が所蔵したことを示す印です。
このような印は鑑蔵印と呼ばれています。
後期には「雑華室印」が捺された、重要文化財《風雨山水図》(伝 夏珪筆 根津美術館)が展示されます。
賛
絵の上部や空間に書き込まれた詩文や和歌などの文字のことを「賛(画賛)」といいます。
多くの禅僧によって画面上部の余白いっぱいに賛が書かれている掛軸は詩画軸と呼ばれ、室町時代の応永年間(1394-1428)に流行しました。なかでも閑静な茅屋を描いた詩画軸は書斎画とよばれています。
この《江天遠意図》も書斎画のひとつ。絵はもちろん、絵と詩のバランスもとてもいい雰囲気の作品だと思います。
この作品の作者と伝わる周文は京都・相国寺の僧で、室町幕府の御用絵師となり、雪舟の師という高名な絵師であったにもかかわらず、生没年は不詳で、周文筆と伝わる作品には落款がないので真筆と確定される作品もなく、謎の多い絵師として知られています。
この作品も制作年は明らかではありませんが、賛者の中で最も早く没した大周周奝の没年(1419)から制作年の下限がわかるというように、賛は作品の制作年代を推測する手掛かりにもなるのです。
仏画にも文字
仏画にお経が書かれることはあっても、お経で仏画を描いたのが、今回の企画展のメインビジュアルになっている《文字絵十一面観音像》。
| 文字絵十一面観音像 大臨晋城筆 日本・江戸時代 嘉永6年(1853) 福島静子氏寄贈 根津美術館 |
観音様が墨の線で描かれているように見えますが、線ではなく、約2000文字の『観音経』の経文を2返と3分の1の約4750文字連ねて描いたものなのです。
拡大鏡もあるのでぜひ近くでご覧いただきたいです。
景色のなかの和歌
右隻に満開の桜の古木、左隻に紅葉した楓の大木が画面いっぱいに描かれた華やかな屛風が見えてきました。
| 吉野龍田図屏風 日本・江戸時代 17世紀 根津美術館 |
それぞれの枝には古今和歌集などの和歌が書かれた短冊がいくつもかかっていますが、枝に隠れたりして全部の文字が見えません。この屏風を鑑賞する人たちには、見えている文字だけでどの和歌かがわかるほどの教養が求められていたのです。
でもご心配なく。屏風の前には短冊に書かれた和歌と作者、収録された和歌集の名前が記載されたパネルがありますので、現代の私たちでも誰のどの和歌なのかがわかるようになっています。
工芸のなかの文字
銘文
中国・殷時代の青銅器から、朝鮮時代の陶磁器、日本の鉄の釜までバラエティに富んだ工芸品が並ぶなかでも、変わりダネは《飛天文雲版》。
雲版とは禅宗寺院で合図に使用される鳴物ですが、なんと制作年が改竄されているのです。
もとは「延文四己亥年(1359)」でしたが、「文」の文字が「長」に、「己亥」が「丙戌」に替わり、なんと433年もさかのぼってしまいました。より古くすることによって箔をつけようとしたのでしょうか。
器物に記された文字
きらびやかな蒔絵の硯箱が目にとまりました。
繊細な蜘蛛の巣の表現が素晴らしい《秋野蜘蛛巣蒔絵料紙硯箱》です。
そして蜘蛛の巣の中央には「蜘」という一文字。本物の蜘蛛が描かれるより説得力があるような気がしました。
【同時開催】
展示室5 うた、ものがたりと蒔絵
今回の企画展のテーマは「美術のなかの文字」ですが、ここに展示されいているのは文字ではなく、描かれた絵柄から和歌や中国の故事、源氏物語などの物語や謡曲などを想像させてくれる蒔絵の名品の数々です。
展示室6 涼一味の茶
展示室6には、蒸し暑い日が続くこの季節にふさわしい、清々しさを感じさせてくれる茶道具が展示されています。
涼しげな風が感じられるのは、天井から吊るして揺れる様子が想像できる釣舟花入。
今回特に気になった茶道具は柄(え)のついたかわいらしい茶入でした。
新商品のご案内
根津美術館オリジナル商品「珠光緞子」シリーズに、このたび新たに「ぷち袋」(金・赤・紺)が加わりました。
小ぶりで使いやすいサイズなので、お茶会をはじめいろいろな場面で使うことができ、贈り物にも最適です。
ミュージアムショップにもぜひお立ち寄りください。
美術作品のなかの文字を探していくうちに、作品のもつ魅力がより一層伝わってくるように感じられました。おすすめの展覧会です。