2026年9月13日日曜日

静嘉堂文庫美術館 民藝SHOCK‼ 没後60年 静嘉堂の河井寬次郎

 静嘉堂@丸の内では、民藝SHOCK‼ 没後60年 静嘉堂の河井寬次郎が開催されています。


展覧会チラシ



今回の展覧会のタイトルをご覧になって、「多くの貴重な東洋古美術品コレクションを所蔵する静嘉堂で民藝? 河井寬次郎?」と意外に思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
河井寬次郎(1890-1966)は、およそ100年前の大正14年(1925)に、柳宗悦や濱田庄司とともに「民藝」(=民衆的工藝)を生み出し、「用の美」を意識したやきものを創作した、大正・昭和期を代表する陶芸家ですが、実は静嘉堂は昭和初期を中心とした51件の河井寬次郎作品を所蔵しているのです。

今回は静嘉堂が所蔵する河井寬次郎作品全件(初公開の2件+25年ぶりの49件)が初めて公開されますが、そこは静嘉堂。展示室内には同館ならではの展示が展開していますので、さっそく展示の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要


会 期  2026年9月5日(土)~11月8日(日)
     ※会期中、一部作品の展示替えがあります。
休館日  月曜日(ただし9月21日(月・祝)、10月12日(月・祝)は開館)、9月24日(木)、
     10月13日(火)
トークフリーデー 毎週木曜日
開館時間 10:00~17:00 ※入館は閉館の30分前まで
     *第4水曜日の9月23日 (水・祝)・10月28日(水)は20:00まで開館
     *11月6日(金)、11月7日(土)は19:00まで開館
入館料  一般 1500円 大高生 1000円  中学生以下無料
     障がい者手帳をお持ちの方(同伴者1名〈無料〉を含む) 700円
※展覧会の詳細、チケット購入方法、関連イベント等については同館公式サイトをご覧ください。他館との相互割引もあるので要チェックです⇒https://www.seikado.or.jp

※撮影条件  写真撮影OKエリア:Gallery1、ホワイエのみ
 *動画撮影・フラッシュ撮影は不可。会場内で撮影の注意事項をご確認ください。
 *掲載した写真はプレス内覧会で美術館より許可を得て撮影したものです。

展示構成
 1章 彗星出現 寬次郎の大正時代
 2章 民藝の衝撃—「李朝」のやきもの、英国のスリップウェアと「下手物」の美
 3章 創造の源泉
 4章 岩﨑小彌太と近代陶芸—邸宅の装飾と愛用の品々


Gallery1入口

展示室に入って最初に気が付いたのは、河井寬次郎のやきものだけがずらりと並ぶというのでなく、日本各地の民窯や「李朝」の名で親しまれる朝鮮王朝時代の陶磁器、中国の陶磁器などが寬次郎作品とともに並んで展示されていることでした。

「1章 彗星出現 寬次郎の大正時代」展示風景


「1章 彗星出現 寬次郎の大正時代」には、大正時代の個人蔵の寬次郎作品と、静嘉堂所蔵の中国のやきものが並んで展示されているので、初期の寬次郎が東洋古美術の学習成果を自らの作風にどのように採り入れたのかうかがうことができます。

「わっ、唐三彩だ!」
陶磁器だけでなく、唐三彩の女子俑まで展示されているのには驚かされました。
ところがよく見てみると、下の写真一番左は唐時代のものではなく、河井寬次郎が成形・施釉・焼成した《三彩薬師像》だったのです。

右から 《三彩女子俑》唐時代(7~8世紀)、《加彩女子俑》唐時代(8世紀)、
新海竹太郎(原型製作)、河井寬次郎(成形・施釉・焼成)《三彩薬師像》
大正13年(1924) いずれも静嘉堂文庫美術館蔵


Gallery2に入ると、黄色い図柄が可愛らしい大きな皿が見えてきました。

「2章 民藝の衝撃—「李朝」のやきもの、英国のスリップウェアと「下手物」の美」には、昭和初期に寬次郎が最も強い影響を受けたとみられるスリップウェア、朝鮮の陶磁、丹波焼などが展示されています。


「2章 民藝の衝撃ー「李朝」のやきもの、英国のスリップウェアと「下手物」の美」展示風景


黄色い図柄の大きな皿は日本民藝館が所蔵する英国のスリップウェア。どちらも寬次郎の旧蔵品でした。


右 《スリップウェア皿》、左《スリップウェア角皿》
どちらもイギリス(18~19世紀) 日本民藝館蔵



大正13年(1924)に英国のスリップウェアを携えて帰国したのが寬次郎の無二の親友の濱田庄司でした。大正10年(1921)に柳宗悦が開催した「朝鮮民族美術展覧会」を見て、白磁などの造形に強い衝撃を受けた寬次郎は、当時、柳とは不仲だったのですが、ふたりの間を取り持ったのが、濱田であり、スリップウェアだったのです。
そして、3人の交流から大正14年(1925)に生まれたのが「民藝(民衆的工藝)」という言葉でした。
「民藝」誕生のきっかけとなった人間模様を知ると、それぞれの作品の味わいがより深く感じられるように思えました。


右 《辰砂葡萄文壺》 朝鮮時代(18世紀) 日本民藝館蔵
左 河井寬次郎《草花図壺》 昭和2~3年(1927~28)頃 静嘉堂文庫美術館蔵



Gallery3からGallery4に続く「3章 創造の源泉」では、静嘉堂が所蔵する寬次郎作品とあわせて、中国陶磁の名品などがずらりと並んでいるので、1章で寬次郎の初期の作品、2章で「民藝」誕生にゆかりのやきものを見てGallery3に入ると、「民藝」が一気に花開いたかのような華やいだ雰囲気が感じられました。

思わず「さてどれが寬次郎作品でしょうか。」とクイズを出したくなりますが、こうやって並んで展示されていると、寬次郎が自作に表現した古陶磁の美を見いだすことができます。

「3章 創造の源泉」展示風景

さて、寬次郎作品の中で「お気に入りの一品」を選ぶとしたらどれにしますでしょうか。
筆者はおめでたい松が描かれた《松の図鉢》にしたいと思います。
松の図柄は立体的ですが、これは陶器の素地に粘土と水を混ぜてクリーム状にした泥漿(スリップ)で装飾するスリップウェアの技法で描かれているのですね。


河井寬次郎《松の図鉢》昭和5年(1930)頃 静嘉堂文庫美術館蔵


寬次郎は「曜変」のやきものも作っていました。
現時点では「曜変」と書かれた共箱の寬次郎作品はこの2点だけで、国宝《曜変天目》のような斑文や輝く光彩は見られませんが、独特の斑文や金属光沢を生じた釉薬の様子から「窯変」であることは間違いないという貴重な作品です。

手前 《曜変櫛目盒子》、奥の右 《曜変壺》どちらも昭和2~3年(1927~28)頃
奥の左 《流し描盒子》昭和7年(1932)頃 いずれも河井寬次郎 静嘉堂美術館蔵


もちろん国宝《曜変天目》も展示されていますが、今回は意外な場所に展示されているので見逃さないようにご注意を!
Gallery3からホワイエへの出口のすぐ手前です。

手前 国宝《曜変天目(稲葉天目)》 建窯 南宋時代(12~13世紀)
静嘉堂文庫美術館



国宝《曜変天目》は、「世界に三碗しかなく、その三碗とも日本にあって、三碗とも国宝」として知られています。
静嘉堂のほかには、大阪の藤田美術館、京都の大徳寺龍光院が所蔵していますが、2019年春には、静嘉堂文庫美術館「日本刀の華」 備前刀」、奈良国立博物館「国宝の殿堂 藤田美術館展 ー曜変天目茶碗と仏教美術のきらめきー」、滋賀のMIHO MUSEUM「大徳寺龍光院 国宝曜変天目と破草鞋」でほぼ同時期に三碗が公開されて大きな話題になりました。
今回は東京国立博物館で開催される特別展「大徳寺 本朝無双之禅苑」で大徳寺龍光院の国宝《曜変天目》が展示されるので、都内で三碗のうち二碗が見られる絶好のチャンスです。
(二碗がそろうのは10/14~11/8の間だけです。静嘉堂@丸の内と東京国立博物館の相互割引もあります。詳しくは静嘉堂の公式サイトでご確認ください⇒https://www.seikado.or.jp)


4章 岩﨑小彌太と近代陶芸—邸宅の装飾と愛用の品々はホワイエに展示されています。
寬次郎作品を収集した岩﨑小彌太氏が昭和4年(1929)に建設した岩﨑家鳥居坂本邸の外壁に使用されたタイルの予備品は、鳥居坂本邸が昭和20年(1945)5月の空襲によって焼失して、実際に使用されていたタイル類は失われてしまったので、岩﨑家本邸の壮麗さを伝える貴重なやきものです。


《岩﨑家鳥居坂本邸海鼠釉タイル 一式》山茶窯(小森忍)
昭和3~4年(1928~29)頃 静嘉堂文庫美術館


ミュージアムショップは国宝《曜変天目》をモチーフにしたオリジナルグッズをはじめ充実のラインナップ。新商品も出ているので、お帰りの際にはミュージアムショップにぜひお立ち寄りください。


ミュージアムショップ



静嘉堂所蔵の河井寬次郎作品全51件に加え、東洋陶磁など合計109件を掲載して、詳細な作品解説や論文も収録している展覧会図録もおすすめです。


展覧会図録


「民藝」は「用の美」を意識したやきものを創作したのですが、もし自宅に河井寬次郎のやきものがあったら、きっともったいなくてとても普段使いはできないと思います。それでも、このやきものだったらこういう風に使おうかな、と考えながら見てみるのも楽しいかもしれません。
東洋陶磁器の名品とあわせて見ることができる静嘉堂ならではの河井寬次郎展ですので、多くの方にぜひご覧いただきたいです。

2026年9月8日火曜日

泉屋博古館東京 特別展「没後100年記念 住友春翠―仕合せの住友近代美術コレクション

東京・六本木の泉屋博古館東京では、特別展「没後100年記念 住友春翠—仕合せの住友近代美術コレクション」が開催されています。

泉屋博古館東京エントランス

これまでも同館では、中国古代青銅器をはじめ、近代日本画家の木島櫻谷、近代洋画家の鹿子木孟郎、近代陶磁器、茶道具、能面・能装束など住友コレクションの幅広いジャンルの展覧会を拝見してきましたが、住友コレクションの多くは、現在の住友グループの礎を築いた住友家第15代当主・住友春翠氏(1864-1926)によって明治中期から大正時代にかけて買い求められらものでした。
住友春翠氏の没後100年を記念して開催される今回の特別展では、春翠氏の経歴とともに、関心を寄せた近代美術作品の購入の歴史が時系列順に紹介されるので、どのような背景で、また、どのような思いで作品を収集したのかがよくわかるとても興味深い内容の展覧会です。

それではさっそく展覧会の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要


会 期  2026年8月29日(土)~10月12日(月・祝) *会期中展示替えあり
     前期:8月29日(土)~9月23日(水・祝)、後期:9月25日(金)~10月12日(月・祝)
開館時間 11:00~18:00 ※金曜日は19:00まで開館 ※入館は閉館の30分前まで
休館日  月曜日、9/24(木)(9/21・22・23は開館)
入館料  一般1,500円、学生800円、18歳以下無料
展覧会の詳細、関連イベント等は同館公式サイトをご覧ください⇒https://sen-oku.or.jp/tokyo/
巡 回 泉屋博古館(京都東山・鹿ケ谷) 2026年10月31日(土)~12月20日(日)  


展示構成
 序章  「住友春翠」になるまで
 第1章 ノブレス・オブリージュの目覚め (明治25~36年、28~39歳)
 第2章 フィランソロピーの実践 (明治37~大正4年、40~51歳)
 第3章 「家」と「私」を貫くもの(大正5~15年、52~62歳)


※撮影は《サン=シメオン農場の道》《モンソー公園》のみ可能です。撮影の注意事項は館内でご確認ください。
※上記以外の展示室の写真は、主催者より広報用画像をお借りしたものです。



序章 「住友春翠」になるまで


序章では、春翠氏の作品収集の経緯に大きな影響を与えた生い立ちが紹介されていますが、なぜ住友コレクションが幅広いジャンルの美術作品によって形成されているのかがよくわかりました。

春翠氏は、公家の家格のうち摂関家につぐ名門の清華家(せいがけ)に列せられる徳大寺家の第五子(幼名 徳大寺隆麿)として生まれました。
幼少より父・公純(きんいと)の薫陶を受け、漢学や国学などの学問に加え、書画や和歌、茶の湯、能楽といった公家文化の素養を幅広く見につけ、一方、実兄で、首相を二度務めた「最後の元老」西園寺公望の欧米文化に対する深い理解や、陶庵と号した中国文人的な生き方からも大きな影響を受け、明治25年(1892)に住友家の養嗣子となってからも父と兄からの学びは心の中に息づいていたのでした。



第1章 ノブレス・オブリージュの目覚め 明治25~36年、28~39歳


公家から実業家に転身した春翠氏が明治30(1897)年に行なった約8か月に及ぶ欧米視察では、事業で得た利益を社会に還元する欧米実業家の姿勢(ノブレス・オブリージュ)に感銘を受け、その後の社会貢献や文化支援を志す契機となりました。

欧米視察中に春翠氏が購入したモネの《サン=シメオン農場の道》(1864)は、《モンソー公園》とともに日本に請来された最初期のモネの実作で、求めに応じて日本の洋画家たちの鑑賞に供したとのことです。海外の美術館に行って西洋絵画を見ることが現代ほど容易ではなかった当時の洋画家たちにとって実作を見る貴重な機会だったのではないでしょうか。


右 クロード・モネ《サン=シメオン農場の道》1864年
左 クロード・モネ《モンソー公園》1876年
どちらも泉屋博古館東京 通期展示

住友コレクションには中国・日本書画の名品だけでなく、西洋絵画や日本の洋画家の作品が多く含まれていることが大きな特徴ではないかと感じているのですが、その背景には黒田清輝や山本芳翠への資金援助を打診した兄・西園寺公望の影響があったのです。


日本画から転じ、山本芳翠らの指導を受け、渡欧後に洋画界の中心的存在となった藤島武二の《幸ある朝》は、明治44(1911)年の第5回文展に出品され、大正3(1914)年に鹿子木孟郎の取り次ぎによって購入された作品です。



藤島武二《幸ある朝 》明治41(1908)年 泉屋博古館東京 通期展示


これらの作品をはじめ住友家の近代洋画は、明治36(1903)年に竣工した須磨別邸に飾られていましたが、さながら「邸宅美術館」の様相を呈して、広く世に知られることになったとのことです。


第2章 フィランソロピーの実践 明治37~大正4年、40~51歳


明治36(1903)年に須磨別邸を建設した春翠氏は、約280年にわたり住友家の本邸であった鰻谷邸に代わり、大阪・茶臼山に邸宅の建設をはじめましたが、これは春翠氏の美術収集にも影響を与え、茶臼山邸の近代和風建築を飾るにふさわしい作品が選ばれました。

木島櫻谷の「四季連作屛風」と同じく、茶臼山邸を飾るために注文されたとされる大画面の華やいだ雰囲気の屛風が展示されています。

香田勝太(1885-1946)の《春秋草花図》は、一見すると日本画のように見えますが、実は総銀地の屛風に油彩で描いた作品です。東京美術学校の同級生であった藤田嗣治が、香田が在学中に「東洋の花卉の画を油絵で日本屛風に描くことを発明した。」と回想し、また、香田は光琳に私淑していたことを知って納得しました。


香田勝太《春秋草花図》右隻 大正6~7(1917~18)年頃
泉屋博古館東京 前期展示(8/29-9/23)



香田勝太《春秋草花図》左隻 大正6~7(1917~18)年頃
泉屋博古館東京 前期展示(8/29-9/23)


一方、欧米視察でシカゴの実業家マーシャル・フィールドによる美術館への高額寄付を目の当たりにした春翠氏は、明治37(1904)年に開館する大阪図書館(現 大阪府立中之島図書館)の建設費と図書購入費を一括寄付し、さらに明治40年代には大阪に美術館を新設する構想を抱き、明治42(1909)年から大正3(1914)年にかけて文展や巽画会などの展覧会出品作を集中的に購入していきました。

後期に展示される大画面の屛風は、2024年に泉屋博古館東京で開催された特別展「オタケ・インパクト 越堂・竹坡・国観、尾竹三兄弟の日本画アナキズム」ですっかりおなじみになった尾竹三兄弟のひとり、尾竹竹坡の《九冠鳥》。明治45(1912)年に開催された第12回巽画会に出品され、同年、購入された作品です。
特別展「オタケ・インパクト」ではまさに強いインパクトを感じたので、尾竹竹坡の作品に再会できるのが楽しみです。


尾竹竹坡《九冠鳥》左隻 明治45(1912)年 泉屋博古館東京
後期展示(9/25-10/12)


尾竹竹坡《九冠鳥》右隻 明治45年(1912)年 泉屋博古館東京
後期展示(9/25-10/12)


尾竹竹坡《九冠鳥》左隻部分 明治45(1912)年 泉屋博古館東京
後期展示(9/25-10/12)


この時期に収集された作品も、絵画に限らず彫刻、工芸など幅広いジャンルにわたっています。

山崎朝雲(1867-1954)は、明治から昭和にかけて活躍した近代木彫を代表する彫刻家。
《竹林の山濤》は竹林の七賢のひとり山濤の木彫像で、俗世間を避けて竹林に集まった隠者の超然とした風格が伝わってくる作品です。この作品は、大正元(1912)年に開催された第6回文展京都会場の審査員出品作で、同年、購入されました。


山崎朝雲《竹林の山濤》大正元(1912)年 泉屋博古館東京 通期展示


見事な蒔絵の硯箱は、明治から昭和にかけて活躍した漆芸家の迎田秋悦(1881-1933)の作。秋悦は本阿弥光悦に私淑していたので、やはり琳派の雰囲気が出ています。
この作品は、大正9(1920)年、同意匠の文台とともに購入されました。

迎田秋悦《秋草蒔絵硯箱》大正時代(20世紀) 泉屋博古館東京 通期展示



第3章 「家」と「私」を貫くもの 大正5~15年、52~62歳


大正4(1915)年に住宅部分がほぼ完成し、本邸の移転を終えた茶臼山邸は、その後も洋館の増築などが進められ、大正8(1919)年に全体が完成しましたが、その2年後に春翠氏は美術館建設を条件に茶臼山の敷地を大阪市に寄付することになりました。
茶臼山の敷地にはのちに大阪市立美術館が建設され、筆者もしばしば訪れて展覧会を拝見しているので、感謝の気持ちでいっぱいです。


晩年になると、春翠氏の趣向は床の間に映える瀟洒で典雅な作品に移っていきます。

上島鳳山(1875-1920)は、大阪の絵師西山完瑛らに師事し、大規模な公募展に関わることは少なく、今ではあまり知られていない画家ですが、鳳山の代表作《十二ヵ月美人》は、春翠氏の好みに応じて描かれた作品で、今回の特別展では「四月郭公」「九月菊花」が展示されます。(「四月郭公」は後期展示(9/25-10/12)です。)


上島鳳山《十二ヵ月美人》のうち「九月菊花」
明治42(1909)年 泉屋博古館東京 前期展示(8/29-9/23)



近代陶芸史上初となる重要文化財に指定された板谷波山の《葆光彩磁珍果文花瓶》は、第57回日本美術協会展で最高賞を受賞し、同協会の名誉会員であった春翠氏によって購入されたものです。
出品者は販売価格の一部を同協会へ寄付することが義務付けられていたため、破格の値段で買い上げられた背景には、購入を介して作家と協会双方を支援する意図があった可能性があることが指摘されています。



板谷波山《葆光彩磁珍果文花瓶》大正6(1917)年
泉屋博古館東京 通期展示


今回の特別展を機会に、住友コレクションの奥行きの深さをあらためて実感することができました。
多くのみなさまにぜひご覧いただきたい展覧会です。


展覧会チラシ

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2026年8月18日火曜日

横浜美術館 「マリー・アントワネット・スタイル」

 横浜市西区みなとみらいの横浜美術館では、「マリー・アントワネット・スタイル」が開催されています。



今回の展覧会は、時代を超えて人びとを魅了し続ける王妃の「スタイル」を、ドレス、ジュエリー、家具調度、工芸、絵画、版画、写真など約200点の作品で紹介して、18世紀から現代のオートクチュールまで250年の展開をたどる内容です。

本展は、イギリス・ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館が企画して、2026年3月まで同館で開催されたのち、このたび国際巡回の最初の開催地で、国内では唯一の開催地となる横浜美術館で開催されることになりましたが、そっくりそのままの展示内容ではありません。
一部内容が再編されて、日本オリジナルの出品作品や、世界初公開作品を含む貴重な作品が紹介される豪華な内容で、さらにはヴェルサイユ宮殿の庭や室内の映像や、映画のBGMやサウンドスケープをとりいれた空間の演出、香りの体験もあって臨場感あふれる展示が楽しめます。

それではさっそく展覧会の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


展覧会名  マリー・アントワネット・スタイル
会 期   2026年8月1日(土)~11月23日(月・祝)
会 場   横浜美術館(横浜市西区みなとみらい3-4-1)
開館時間  10時~18時(11月21日・22日は20時まで)
      ※入館は閉館の30分前まで
休館日   木曜日(9月24日、11月19日は開館)
※展覧会の詳細、 チケットの購入方法、コラボ企画などは展覧会特設サイトをご覧ください⇒https://www.marie2026.jp

展示構成
 1 マリー・アントワネット:スタイルの源泉 1770-1793
 2 マリー・アントワネット:追憶と偶像化 1800―1940
 3 永遠(とわ)に新しく——マリー・アントワネット・スタイル

※以下の画像は報道内覧会で撮影されたものです。
※会期中は一部の作品を除き、写真撮影は可。動画やフラッシュ・三脚を用いた撮影は不可となります。


1 マリー・アントワネット:スタイルの源泉 1770―1793


照明を落とした展示室入口の先にマリー・アントワネットの肖像が見えてきました。

「マリー・アントワネット・スタイル」展示風景(横浜美術館、2026年)


そこから先に進むと、天井から吊るされた豪華なシャンデリアが明るく照らす広々とした空間に展示されている、きらびやかなドレスが目に入ってきました。

「マリー・アントワネット・スタイル」展示風景(横浜美術館、2026年)

ここに展示されているドレスは、「ローブ・ア・ラ・フランセーズ」という18世紀のフォーマルドレスをはじめ、どれもアントワネットと同時代のもので、ほかにもアントワネット旧蔵と推定されるドレスのストマッカー(胸当て)と袖なども展示されているので、250年前のパリの宮廷に迷い込んだ気分にさせてくれます。
ドレスのスカートの横幅がずいぶん広いな、と思ったのですが、「ローブ・ア・ラ・フランセーズ」は、背にゆったりとボックスプリーツを引く前開きのガウン、ストマッカー、パニエで左右を大きく広げたペチコート(スカート)の3つの要素で構成されているとのことなので、これが当時のドレスの特徴だったのですね。

アントワネットが日本の漆を愛好したことはよく知られていますが、それは母マリア・テレジアゆずりのものでした。
ここにはアントワネットが所蔵していた可能性が極めて高いと考えられる香箪笥や、アントワネットが日本の漆器を用いた家具を注文していたパリの骨董商が、ある女性顧客の依頼を受けて発注した書見台などが展示されているので、アントワネットの漆への傾倒ぶりをうかがうことができます。※これは日本オリジナルの展示です。

「マリー・アントワネット・スタイル」展示風景(横浜美術館、2026年)


「マリー・アントワネット・スタイル」展ですので、これを期待している方も多いのではないのでしょうか。
そうです。宮廷生活には欠かせない燦然と輝くジュエリーです。

「マリー・アントワネット・スタイル」展示風景(横浜美術館、2026年)

そして、うっとりするような美しい輝きを放つのは、真珠をこよなく好んだアントワネット旧蔵の天然パール119粒を連ねた3連ネックレスです。
これはロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館では出品されなかったので、今回が世界初公開!これは見逃せません。

マリー・アントワネット旧蔵の天然真珠とダイヤモンドの3連ネックレス
フランス製 18世紀後半 ハイディ・ホルテン・コレクション、ウィーン

フランス革命が勃発して、国王ルイ16世の一家が国外脱出を試みた際、王妃アントワネットは自身のジュエリーを密かに国外に持ち出させ、それらはのちに唯一生き残った娘マリー・テレーズに受け継がれました。
このネックレスは、フランス革命という激動の時代を奇跡的に生き抜いた、まさに生き証人なのです。


2 マリー・アントワネット:追憶と偶像化 1800―1940

19世紀におけるマリー・アントワネット・リバイバルの火付け役となったのが、ナポレオン3世(在位1852-70)の后ウジェニー(1826-1920)でした。

皇后ウジェニー ピエール=ポール・アモン
1850年代 東京富士美術館
※日本オリジナルの展示

ウジェニーが身にまとっているのは、イギリス出身でオートクチュールの創始者ウォルトの手がけた式典用の礼服。ウジェニーは、この肖像画にみられるように宝石をこよなく愛し、釣鐘状に広がるクリノリン・スタイルを流行らせ、ファッションリーダーと呼べる存在となりました。

ウジェニーと同時代に製作されたドレスや、ウジェニー旧蔵のボディスなどが並ぶさまはさながら当時のファッションショー。華やかさが際立つ光景です。

「マリー・アントワネット・スタイル」展示風景(横浜美術館、2026年)

上の写真手前の、ダイヤモンド、サファイア、金、プラチナで構成されたショーメのガーランドスタイル・ストマッカーも日本オリジナル展示です。

ガーランドスタイル・ストマッカー ショーメ(作) 1906年頃
個人蔵(協力:アルビオンアート ジュエリー インスティテュート)



3 永遠(とわ)に新しく——マリー・アントワネット・スタイル

この章では、マリー・アントワネットがつくりあげた「スタイル」にさまざまなかたちでインスピレーションを得た現代のクリエーターたちが手がけたファッション、デザイン、映画、音楽などが紹介されます。


映画やテレビでアントワネットの生涯は30本を超えて作品化されていますが、ソフィア・コッポラ監督の映画『マリー・アントワネット』(2006年)で主演のキルスティン・ダンストが着用したドレスをはじめ、映画やテレビドラマで使われた衣装も展示に華やかさを添えています。

「マリー・アントワネット・スタイル」展示風景(横浜美術館、2026年)


ピンク系の背景に象牙色のレリーフが散りばめられたベス・ケイトルマンの《マリー・アントワネットの狂騒》は、18世紀フランスの画家ジャン=オノレ・フラゴナールの《ブランコ》をもとにしたパロディで、一見すると華やいだ雰囲気の作品に見えますが、ヴェルサイユ宮殿が群衆に占拠される様子が表されているなど、実は王政の崩壊を予感させるこわい作品なのです。


マリー・アントワネットの狂騒 ベス・ケイトルマン
2025年 協力:ベス・ケイトルマン


現代のファッションショーに登場するドレスがずらりと並ぶ様はまさに壮観!
マリー・アントワネット・スタイルが現代まで綿々と続いていることを実感させてくれる展示です。


「マリー・アントワネット・スタイル」展示風景(横浜美術館、2026年)



特設ショップには、出品作をモチーフにしたグッズや、オリジナルグッズなど、どれもおしゃれなグッズが盛りだくさん。特設ショップにもぜひお立ち寄りください。
※グッズ各商品の在庫には限りがあります。詳細は展覧会特設ショップ混雑・グッズ情報X(https://x.com/mariestyle_info)をご確認ください。


「マリー・アントワネット・スタイル」特設ショップ(横浜美術館、2026年)

出品作の美しい図版をはじめ、本展企画者のヴィクトリア&アルバート博物館シニア・キュレーターのサラ・グラント氏(Dr.)による巻頭論文のほか、横浜美術館学芸員の方によるエッセイ・コラムなどを収録した充実の内容の展覧会図録もおすすめです。
 

展覧会図録


冒頭でもお伝えしましたが、世界を巡回する「マリー・アントワネット・スタイル」が国内で開催されるのはこの横浜美術館だけです。この機会にぜひ横浜でゴージャスな気分をお楽しみください!

2026年8月12日水曜日

大倉集古館 企画展「祈りと救いの美 ——国宝 普賢菩薩騎象像との出会い」

東京・虎ノ門の大倉集古館では、企画展「祈りと救いの美 ―—国宝 普賢菩薩騎象像との出会い」が開催されています。

大倉集古館外観

今回の企画展では、大倉集古館の設立者で、さまざまな近代事業を展開した大実業家、大倉喜八郎氏(1837-1928)が、明治期の廃仏毀釈による寺院の荒廃、仏教美術品の散逸や海外流出を憂い、それらを含む日本・東洋の古美術品の収集・保護に努めたコレクションの中から、仏教美術の名品の数々が見られる展覧会です。
そして、東京都内には「銅造釈迦如来倚像」(深大寺蔵)と合わせて2点しかない国宝の仏像の一つで、大倉集古館が所蔵する「普賢菩薩騎象像」にも久しぶりに対面することができます。

先日さっそくおうかがいしてきましたので、展覧会の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要


会 期  2026年7月28日(火)~9月27日(日)
     前期:7月28日(火)~8月30日(日)
     後期:9月1日(火)~9月27日(日)
     *展示替あり
会館時間 10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日  毎週月曜日(休日の場合は翌火曜日)
入館料  一般 1,000円、大学生・高校生 800円※学生証をご提示ください。
     中学生以下無料
展覧会の詳細、ギャラリートークなどのイベント、各種割引等は同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.shukokan.org/     

展示構成
 1章 経典と仏教伝来
 2章 釈迦如来とその弟子
 3章 極楽浄土と地獄
 4章 法華経信仰と普賢菩薩
 5章 密教
 6章 神仏習合

※今回の企画展ではすべての展示作品の撮影ができます。撮影の注意事項は会場内でご確認ください。
※本稿では後期展示の作品の写真も掲載していますが、これは主催者より広報用画像をお借りしたものです。

いつもおだやかな表情で私たちをお出迎えしてくれる重要文化財「如来立像」も今回は撮影可です。

重要文化財「如来立像」中国・北魏時代 5世紀末~6世紀初
大倉集古館蔵 通期展示


1章 経典と仏教伝来

冒頭からとても貴重な作品が展示されていました。なんと「世界最古の印刷物」!
それは、奈良時代の宝亀元年(770)、称徳天皇が鎮護国家のために「三重小塔百万基」を製作して、その中に陀羅尼(経文)を納め、大安寺、元興寺、興福寺、薬師寺、西大寺、東大寺、法隆寺、弘福寺、四天王寺、崇福寺の十大寺にそれぞれ安置を命じた「百萬塔陀羅尼 附属 百萬塔」。この陀羅尼は現存する印刷物としては刊行年代が明確な世界最古の印刷物といわれているのです。
「百萬塔陀羅尼 附属 百萬塔」奈良時代・8世紀 特種東海製紙蔵


紀元前5世紀から4世紀のインドで釈迦(ゴータマ・シッダールタ)によって始められた仏教が日本に初めて伝わったのは538年(あるいは552年)といわれ、その後、587年に蘇我馬子とともに排仏派の物部守屋を倒した聖徳太子(厩戸王)が仏教を広めたことはよく知られています。

重要美術品「聖徳太子勝鬘経講讃図」は、推古天皇14年(606)7月、35歳の聖徳太子(厩戸王)が天皇に命じられて『勝鬘経』を講じたという故事が描かれ、蘇我馬子や、遣隋使として隋に2回派遣された小野妹子らの姿も見えます。

右 重要美術品「聖徳太子勝鬘経講讃図」鎌倉~南北朝時代・14世紀
左 「釈迦三尊十大弟子像」南北朝時代・14世紀
どちらも大倉集古館蔵 通期展示

2章 釈迦如来とその弟子

釈迦の命により、釈迦の没後にこの世にとどまり、釈迦の仏法を守り、人々を救済するように遺言を託された16人の弟子たち(阿羅漢)がずらりと並ぶ様は壮観の一言です(全16幅のうち、前期後期で8幅ずつ展示)。

重要美術品「十六羅漢像」16幅 鎌倉時代・14世紀
大倉集古館蔵 (前期:第1~8尊者、後期:第9~16尊者) 

各幅に一人ずつ描かれた阿羅漢のもとには、仏教に帰依する人物や動物が描かれているのですが、筆者のお気に入りは上の写真左から2幅目の龍。たいていは空を舞う勇壮な姿で描かれる龍がおとなしくしている様子がとても可愛らしく感じられるのです。

釈迦入滅の場面が描かれた重要美術品「仏涅槃図」は大作です。(下の写真右)
画面右上の飛雲に乗った仏母摩耶夫人の一行、画面中央に横たわる釈迦を取り囲む仏弟子や菩薩、そしてその外側の動物たちの嘆き悲しむ様子を細部まで見ているといつの間にか時間が経ってしまいます。

「2章 釈迦如来とその弟子」展示風景

3章 極楽浄土と地獄

「浄土」とは仏が住む世界のことで様々な浄土がありますが、平安時代以降の日本人にとって浄土といえば阿弥陀如来の西方極楽浄土のことで、阿弥陀如来が極楽浄土へ迎えるために今わの際の者のもとに飛来する「来迎図」が好んで描かれました。


右から 「当麻曼荼羅」南北朝~室町時代・14~15世紀 通期展示
「阿弥陀三尊来迎図」鎌倉~南北朝時代・14世紀 前期展示
重要美術品「山越阿弥陀図」冷泉為恭 江戸時代・文久3年(1863) 通期展示
いずれも大倉集古館蔵 

中でもひときわ目を引いたのは、令和に入って描かれたのではと思えるくらい鮮やかな色彩が残っている重要美術品「山越阿弥陀図」でした。(上の写真左)
それでも作者を見て納得。幕末期に活躍した復古大和絵派の絵師・冷泉為恭でした。
鮮やかな色彩の阿弥陀如来が、自然の情感豊かなやまと絵の山水景の中から現れる様は為恭ならでは。
為恭は「春日権現霊験記」(現在は宮内庁三の丸尚蔵館蔵、国宝)を模写するなど古典作品を精力的に研究していましたが、それがあだになってしまいました。
「伴大納言絵巻」(現在は出光美術館蔵)の閲覧許可を得るため小浜藩主・酒井忠義に近づいたことが佐幕派とみなされ、尊王攘夷派の長州藩士に惨殺されてしまったのです。


極楽浄土を描いた仏画がある一方で、この世で悪行をはたらけば死後に地獄へ行き責め苦を受けるという教えを説いたのが地獄図絵でした。
ぎょろっとした目でにらみつける閻魔王の表情も、生前の悪行が映る鏡もこわいので、きっと誰もが地獄へは行きたくないと思ったことでしょう。

重要美術品「探幽縮図 地獄十王図巻(部分、閻魔王)2巻の内」 狩野探幽
 江戸時代・17世紀 大倉集古館蔵 後期展示



4章 法華経信仰と普賢菩薩

いよいよ国宝「普賢菩薩騎象像」の登場です。
昨年(2025年)4月には大阪市立美術館で開催された「日本国宝展」でお目にかかっていますが、大倉集古館で拝見するのはいつ以来でしょうか。なんともいえないなつかしさがこみ上げてきました。

国宝「普賢菩薩騎象像」 平安時代・12世紀 大倉集古館蔵
通期展示

そして、今回は360度どこからでも拝むことができるので、背面に回って普賢菩薩の着衣の赤や緑の彩色の上に残っている截金(きりかね)文様を見ることができます。(どの部分に残っているかは、後方のパネルで紹介されています。)
さらに新たな「発見」もありました。
今回特に感じたのは、足を踏ん張って懸命に普賢菩薩を支えているどっしりとした象の重量感でした(象なので重量感があるのは当然のことなのかもしれませんが)。そして口の中の舌にも初めて気がつきましたが、舌のなめらかさはどうやって出したのだろうと思ったほど、当時の仏師の腕前のすごさに驚かされました。


平清盛が平家一門の繁栄を祈願して厳島神社に奉納した国宝「平家納経」(厳島神社蔵)を、日本美術研究家、日本画家、書家、料紙製作者という多くの肩書を持つ田中親美が制作した模本も展示されています。
模本とはいえ本物さながらの出来栄えなので、原本が持つ料紙のきらびやかさはもちろん、『法華経』を信じる人たちの信仰心の深さが伝わってくるようでした。

「4章 法華経信仰と普賢菩薩」展示風景


5章 密教

密教では、修法に用いるために、密教の最高尊、大日如来を中心に仏・菩薩などを体系的に配置した両界曼荼羅(金剛界曼荼羅、胎蔵界曼荼羅)が数多く制作されました。
2幅対の「金胎両界大日如来像」(大倉集古館蔵 通期展示、下の写真右)は、両界曼荼羅から金剛界と胎蔵界のそれぞれの大日如来の姿を取り出して描いたものです。

「5章 密教」展示風景

前期には大日如来の化身ともいわれる不動明王が二童子をしたがえた「不動明王二童子像」、無尽蔵の知恵と福徳をつかさどる「虚空蔵菩薩像」、金剛界の大日如来が姿を変えて現れたものとされる大勝金剛が描かれた重要美術品「大勝金剛像」が展示されています。(いずれも大倉集古館蔵)
どれも密教美術の名品なのですが、なかでも重要美術品「大勝金剛像」の着衣や台座の蓮弁に見られる墨の濃淡による陰影のつけ方があまりにも絶妙なので、思わず見入ってしまいまいした。

重要美術品「大勝金剛像」鎌倉~南北朝時代・13~14世紀
大倉集古館蔵 前期展示

後期には、重要美術品「愛染明王像」、重要文化財「一字金輪像」(どちらも大倉集古館蔵)が展示されます。
下の写真は、重要文化財「一字金輪像」ですが、着衣の文様がとても細かく描かれているので、ぜひ近くでじっくりと拝見したいです。

重要文化財「一字金輪像」鎌倉時代・13世紀
大倉集古館 後期展示


6章 神仏習合

飛鳥時代に日本に伝わった仏教は、日本の在来信仰である神道と結びつき、平安時代後期には、日本の神々は仏教の仏菩薩が衆生を救済するために姿を変えて現れたとする本地垂迹説が生まれました。


「6章 神仏習合」展示風景

ここでも真新しく感じられる冷泉為恭の作品に巡り合うことができました。

重要美術品「仏頂尊勝陀羅尼神明仏陀降臨曼荼羅図」冷泉為恭
江戸時代・文久3年(1863) 大倉集古館蔵 前期展示

この作品は為恭が死の直前に天台僧・願海の求めに応じて描いたもので、右側から日本の神々、左側から仏菩薩の計33体が降臨するさまが描かれた大作です。神々や仏菩薩がそれぞれの特徴をとらえていて、とても厳かな雰囲気が感じられる名品です。
これだけの画才のある絵師が41歳という若さで亡くなったことが惜しまれます。

後期には、石清水八幡宮の景観を描いた宮曼荼羅、重要文化財「石清水八幡曼荼羅」が展示されます。今回が修理後、初公開なのでこちらも楽しみです。
なお、本地垂迹説では、仏菩薩は本来の姿(本地)、神は仮の姿(垂迹)とみなされ、石清水八幡宮の本地仏は阿弥陀如来が当てられていました。

重要文化財「石清水八幡曼荼羅図」鎌倉時代・13世紀
大倉集古館蔵 後期展示


国宝「普賢菩薩騎象像」をはじめ、大倉集古館が誇る仏教美術の名品が展示されているので、展示室内はとても落ち着いた雰囲気で、展示室内をめぐっているうちに自然と心がなごんでくるように感じられました。
暑い日々が続きますが、都会の喧騒からいったん離れて、祈りと救いの美の静謐な世界を体験してみませんか。おすすめの展覧会です。



【展覧会図録のご紹介】
 こちらは昨年11月から今年1月まで大倉集古館で開催された企画展「人々を援け寄り添う 神と仏—道釈人物画の世界」の展覧会図録で、その時に購入したものですが、今回の企画展での展示作品もいくつか掲載されています。
 地下1階のミュージアムショップで販売していますので、ぜひお手に取ってご覧ください。こちらもおすすめです。