東京・墨田区の東京都江戸東京博物館では、江戸東京博物館リニューアル記念特別展「洋館 明治の夢と挑戦」が開催されています。
明治時代に入り、新政府の近代化政策によって多くの西洋文化が日本に入ってきましたが、その象徴ともいえるのが洋風建築でした。
今回の特別展は、明治期に急速に展開・普及した洋風建築について、その受容から本格的西洋建築の成立までの様子を、建築図面をはじめ、ドローイング、錦絵、模型、古写真、絵葉書、家具、建築部材などさまざまな資料や、立体パノラマなどで体感できる展覧会です。
今回は、前期最終日(7月26日)に開催された特別講演会「日本近代建築史におけるドイツと日本の洋館」に参加して、あわせて前期展示を、そしてその後、後期展示も拝見してきましたので、さっそく展覧会の様子をご紹介したいと思います。
展覧会開催概要
展覧会名 江戸東京博物館リニューアル記念特別展「洋館 明治の夢と挑戦」
会 期 2026年6月23日(火)~8月23日(日)
※展示替えあり 前期:6/23-7/26、後期:7/28-8/23
開館時間 午前9時30分~午後5時30分、土曜日は午後7時30分まで、8月7日(金)・
14日(金)・21日(金)は午後9時まで(入館は閉館の30分前まで)
休館日 月曜日(ただし8月10日は開館)
展覧会の詳細、最新情報等は同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.edo-tokyo-museum.or.jp/s-exhibition/western-style-architecture/
展示構成
第1章 ナマコ壁と擬洋風建築(ぎようふうけんちく)
第2章 建築家がやってきた—外国人建築家と「都市風景」
第3章 開花する洋風の明治—日本人建築家の挑戦
第4章 羨望の住処(すみか)―明治の洋風邸宅
※展示室内は一部作品のみ撮影可です。会場内で撮影の注意事項をご確認ください。
展示室に入って最初に感じたのは、立体パノラマによる都市風景の再現展示が広がる臨場感でした。
私たちをお出迎えしてくれるのは、横浜・山手から見た幕末の横浜居留地の景色。
| 「洋館 明治の夢と挑戦」展示風景 |
港内には多くの外国船が停泊し、手前には外国人の居留地が広がっています。
空にはカモメが飛び、鳴き声が聞こえ、時間の経過とともに日が昇り、日が暮れて夜になってまた朝が来るという一日の移り変わりも体験できます。
第1章 ナマコ壁と擬洋風建築(ぎようふうけんちく)
明治元年(1868)、東京開市とともに築地に居留地が開かれ、外国人向けの宿泊所として建てられたのが築地ホテル館でした。主設計はアメリカ人建築技術者リチャード・ブリジェンスが行い、工事は大工棟梁の二代目清水喜助が担当しました。
そして、清水が明治5年(1872)に設計・施工を手がけたのが、大作・第一国立銀行でした。
横浜に続いての立体パノラマは、雪景色の中の中の第一国立銀行。
このように、江戸時代以来の大工が明治初期に見よう見まねで作った和洋折衷の建物を「擬洋風建築(ぎようふうけんちく)」と呼びます。
| 「洋館 明治の夢と挑戦」展示風景 |
この立体パノラマの原画は、もちろんこの方の作品。
「光線画」で一世を風靡した明治期の版画家・小林清親です。
雪の第一国立銀行が描かれた風景は、小林清親の展覧会が開催されれば、必ずといってよいほど展示されるので、ご覧になられた方も多いのではないのでしょうか。
「擬洋風建築(ぎようふうけんちく)」はどれも個性豊かなものでしたが、新政府が求めていたのは個性よりも「本物の西洋」でしたので、さまざまな国から建築家が招聘されました。
冒頭でご紹介した特別講演会「日本近代建築史におけるドイツと日本の洋館」では、「洋館 明治の夢と挑戦」出品作品「国会議事堂案 外観透視図」(エンデ&ベックマン作)を所蔵しているベルリン工科大学建築博物館館長のハンス=ディーター・ネーゲルケ氏、日本におけるエンデ&ベックマン研究の第一人者である堀内正昭氏から、明治時代におけるドイツ建築と日本の洋館について、お話をおうかがいしました。
なかでも、2人のドイツ人建築家、ヘルマン・エンデとヴィルヘルム・ベックマンが設計した3件のうち、2件は実現しなかったこと、建築様式には古代ギリシャ、ゴシック、ルネサンスなどさまざまな様式があって、ドイツの建築家たちはそれらを発展・変容させているということを実例をあげて紹介されたお話は特に興味深かったです。
エンデ&ベックマンが「官庁集中計画」の一環として設計した国会議事堂のドローイングは、日本初公開です。
| 国会議事堂案 外観透視図 エンデ&ベックマン/設計 1887-1888年(明治20-21)頃 ベルリン工科大学建築博物館 Architekturmuseum der Technischen Universität Berlin Inv. Nr.20190 |
エンデ&ベックマンが設計した作品でもう一つ実現しなかったのは東京裁判所で、実現したのは法務省旧本館でした。今回の特別展のサブタイトルにあるように、エンデとベックマンの挑戦は、法務省旧本館を除き夢と終わってしまったのです。
もし、エンデとベックマンの夢が実現していたら、官庁街は重厚な建物が並び、少し違った雰囲気の風景になっていたのかもしれません。
| 東京裁判所 第一案 外観透視図 エンデ&ベックマン/設計 1887年(明治20)頃 ベルリン工科大学建築博物館 Architekturmuseum der Technischen Universität Berlin Inv. Nr.1071 |
明治政府にとって、幕末期に欧米列強と締結した不平等条約の改正(治外法権の撤廃、関税自主権の回復)は最大の政治課題でした。そこで、条約改正のために欧米の制度・生活様式などを取り入れた欧化政策をとりましたが、その象徴が、多くの日本人建築家を育てたイギリス人建築家ジョサイア・コンドルが設計した鹿鳴館で行われた舞踏会でした。
ここではワルツの調べが流れ、夜になれば舞踏会参加者たちの客たちのざわめきも聞こえてきます。
第3章 開花する洋風の明治—日本人建築家の挑戦
第3章では、明治12年(1879)、ジョサイア・コンドルが育成して工部大学校造家学科(現・東京大学工学部建築学科)を卒業した日本人初の建築家4名(辰野金吾、片山東熊、曾禰達蔵、佐立七次郎)らの業績が紹介されています。
ドイツから招聘された鉄道技術者フランツ・バルツァーが提案した東京駅の立体図案は和風の案だったので、洋風の駅舎を求めていた日本側に採用されることはありませんでしたが、その後の設計を託された辰野金吾は、バルツァーの配置案を引き継いで現在の東京駅の設計を進めました。
| バルツァー提案による中央停車場模型 2014年(平成26) 鉄道博物館(東京ステーションギャラリー) |
こうして誕生したのが、辰野金吾が設計した中央停車場(現・東京駅)でした。
戦争による被害を受けましたが、平成24年(2012)におよそ100年前の姿によみがえり現在に至っています。
| 中央停車場建物展覧図 1911年(明治44)頃 鉄道博物館 |
第3章の最後の立体パノラマは、辰野金吾の帝国製麻ビルと、妻木頼黄が装飾を担当した日本橋。明治建築界のライバルの作品は、かつてこのように対峙していたのでした。
第4章 羨望の住処(すみか)―明治の洋風邸宅
今回の特別展のフィナーレを飾るのは、東宮御所(現・迎賓館赤坂離宮)の朝日之間や花鳥之間などの写真を背景に、その場で実際に使われていたサイドボードや椅子、食器台などが展示された豪華絢爛な空間です。
展示を眺めていると、まるでその場にいるような贅沢な気分になってきます。
冒頭にご紹介したように、明治期の洋館が体感できる展示です。それに、解説もわかりやすく、建築ファンはもちろん、建築に詳しくなくても、大人も子ども楽しめるので、夏休みのぴったりの展覧会です。おすすめです。
お帰りの際には東宮御所に入った気分で記念撮影をぜひ!