2026年2月2日月曜日

東京都美術館開館100周年記念 「スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」

今年(2026)年に開館100周年を迎えた東京・上野公園の東京都美術館では、東京都美術館開館100周年記念「スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」が開催されています。

企画展示室入口のフォトスポット

今年(2026年)は、東京都美術館が日本初の公立美術館として1926(大正15)年に開館してから100年目を迎える記念すべき年。
すでに今年開催される開館100周年記念展のラインナップがアナウンスされていますが、その第1弾として開催されているのが、スウェーデン国立美術館の全面協力のもと、19世紀末から20世紀にかけてスウェーデン絵画が展示され、展示作品は100%スウェーデン人作家という今回の展覧会なのです。

実は、スウェーデン人の画家といっても、スウェーデンの国民的画家カール・ラーションの作品もあまり見たことはなく、ほとんど予備知識がありませんでしたが、それがかえって、どのような画家や作品にめぐり合えるのだろうという期待がふくらんだので、開幕を楽しみにしていました。    

それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要


展覧会名 東京都美術館開館100周年記念 スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき
会 期  2026年1月27日(火)~4月12日(日)
会 場  東京都美術館 企画展示室
休室日  月曜日、2月24日(火) ※ただし、2月23日(月・祝)は開室
開室時間 9:30~17:30、金曜日は20:00まで(入室は閉室の30分前まで)

展覧会の詳細、チケットの購入方法、イベント等の情報は展覧会公式サイトをご覧ください⇒https://www.swedishpainting2026.jp

展示構成
 LBF  第1章 スウェーデン近代絵画の夜明け
       第2章 パリをめざして―フランス近代絵画との出合い
       第3章 グレ=シュル=ロワンの芸術家村
 1F       第4章 日常のかがやき―”スウェーデンらしい”暮らしのなかで
       第5章 現実のかなたへ―見えない世界を描く
 2F    第6章 自然とともに―新たなスウェーデン絵画の創造

※展示室では1F、2Fのみ写真撮影が可能です(一部を除く)。展示室内で撮影の注意事項等をご確認ください。
※本稿ではLBFの作品の写真も掲載していますが、プレス内覧会で美術館より特別に許可を得て撮影したものです。


第1章 スウェーデン近代絵画の夜明け


第1章に並ぶ19世紀半ばの風景画を見て最初に感じたことは、フランスやドイツをはじめ外国の美術の影響は受けていても、スウェーデンの自然や風景を描いた画家たちの郷土愛でした。

「東京都美術館開館100周年記念 スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」
展示風景、東京都美術館、2026年 

特に気になった作品は、ドイツ・デュッセルドルフに学んだマルクス・ラーションの《荒れ狂うボーヒュースレーンの海》。


マルクス・ラーション《荒れ狂うボーヒュースレーンの海》
1857年(年記) スウェーデン国立美術館蔵

描かれているのは、スウェーデン南西部のボーヒュースレーンの海岸で座礁する帆船と、そこから脱出した船乗りを乗せた小舟、そして岩場には先に逃れた人々の姿。
空を覆う不穏な雨雲、背景にはごつごつした岩山、荒れ狂う波、船乗りたちを見守るように空を舞う海鳥たち、そして一本一本丁寧に描かれた帆船のロープ。
このような詳細な描写がまるで映画のワンシーンを見ているようで、手に汗を握る迫真の描写に圧倒されました。


第2章 パリをめざして―フランス近代絵画との出合い


1870年代後半になると、スウェーデンの多くの若い画家たちがめざしたのは、印象派をはじめ前衛的な美術が次々と生まれたフランスのパリ。
なかでもスウェーデンの画家たちが魅了されたのはバルビゾン派でした。彼らの素朴で情緒豊かな手法は、母国スウェーデンの農村や豊かな自然に親しんで育った画家たちにとってぴったりとフィットするものだったのです。

「東京都美術館開館100周年記念 スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」
展示風景、東京都美術館、2026年

パリで毎年1度開催されるサロンへの入選をめざした画家のひとりがアーンシュト・ヨーセフソン。自然を背景に描かれた人物画もとてもいい雰囲気でしたが、この章で一番印象に残ったのが、鍛冶屋の暗い室内から出てきた男たちの笑顔、白い歯、たくましい腕にたくましい生命感が感じらる《スペインの鍛冶屋》でした。

アーンシュト・ヨーセフソン《スペインの鍛冶屋》1881年
スウェーデン国立美術館蔵


この作品は、1881年にヨーセフソンがスペインに旅行した際に描いた代表作で、本人にとっては自信作だったのですが、サロンの審査員から理解を得ることなく落選してしまいました。


第3章 グレ=シュル=ロワンの芸術家村


グレ=シュル=ロワンとはパリの南東約70キロメートルに位置する小さな村の名前で、スウェーデンの画家たちは、バルビゾン村に集い戸外制作を実践していたカミーユ・コローやジャン=フランソワ・ミレーにならい、この村に滞在して制作を行いました。

「東京都美術館開館100周年記念 スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」
展示風景、東京都美術館、2026年


1880年代以降、この村で本格的な滞在制作を行ったカール・ノードシュトゥルムが描いた現地の様子は、タイトルもそのものずばりの《グレ=シュル=ロワン》。
画面いっぱいに描かれているのは鬱蒼と茂る草地ですが、遠くにもくもくと白煙をたなびかせて走る蒸気機関車がいいアクセントになっています。当時、蒸気機関車は近代化の象徴だったのです。

カール・ノードシュトゥルム《グレ=シュル=ロワン》
1885-1886年(年記) スウェーデン国立美術館蔵



第4章 日常のかがやき―”スウェーデンらしい”暮らしのなかで


1Fに移ります。
1880年代の終わりになると、フランスでの経験を通して、「スウェーデンらしい」新たな芸術を築きたいという願いが芽生え、多くのスウェーデンの画家たちは故郷スウェーデンに帰国しました。
「”スウェーデンらしい”暮らし」という第4章のサブタイトルにふさわしく、室内のしつらえが再現された空間で見る作品はまた格別です。

「東京都美術館開館100周年記念 スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」
展示風景、東京都美術館、2026年

「スウェーデンらしい」暮らしのイメージをかたちづくったカール・ラーションの作品は、厳しい寒さの長い冬の暖かい室内のぬくもりが感じられて、ほっとした気分にさせてくれます。

カール・ラーション《カードゲームの支度》1901年(年記)
スウェーデン国立美術館蔵


第5章 現実のかなたへ―見えない世界を描く


この章は、今までの章と少し雰囲気が違います。
ここに展示されている作品は、フランスから帰国したスウェーデンの画家たちのなかでも、北欧の神話や民間伝承といった民族的な主題を描いたり、精神の不安定さと向き合い、幻想や幻覚を映し出すような作品を制作するなど、現実のかなたにある人間の目に見えない心理や精神のありようを絵画で探ろうとした画家たちが描いたものだからなのです。

「東京都美術館開館100周年記念 スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」
展示風景、東京都美術館、2026年



生涯を通じてストックホルムを拠点として活動したエウシェーン・ヤーンソンが描いたのは、郊外の畑を宅地開発して建てられた労働者の集合住宅とストックホルム市内にある高台の街かど。本来なら人がいるはずなのに人が描かれていないせいでしょうか、現実の場面を描いているのに幻想的な雰囲気が感じられる不思議な作品です。

エウシェーン・ヤーンソン 右《首都の郊外》
左《ティンメルマンスガータン通りの風景》
どちらも 1899年(年記) スウェーデン国立美術館蔵


第6章 自然とともに―新たなスウェーデン絵画の創造


1890年代から世紀転換期にかけて、スウェーデンの風景画は大きな変化を迎えました。
第6章に展示されているのは、厳しくも美しいスウェーデンの自然を描くのにふさわしい表現方法を模索した画家たちの風景画です。
フランスの印象派やバルビゾン派の作品とは印象が少し違うな、と感じていたのですが、夕暮れや夜明けの淡く繊細な光の表現などが特徴的だということに気が付きました。



「東京都美術館開館100周年記念 スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」
展示風景、東京都美術館、2026年

最後にご紹介するのは、今年の干支にちなんで馬が描かれたニルス・クルーゲル《夜の訪れ》です。
背景の弱々しく光を発している太陽がいかにも北欧らしさを感じさせてくれます。

ニルス・クルーゲル《夜の訪れ》1904年(年記)
スウェーデン国立美術館蔵


今回の特別展出品作品の図柄を使用したオリジナルグッズも充実。
「幸せを呼ぶ馬」とも呼ばれるスウェーデンの伝統工芸品ダーラナホースのオリジナルイラストグッズは午年にぴったり。
展覧会特設ショップにもぜひお寄りください。

展覧会特設ショップ



出品作品は全てカラー図版で掲載されて作品解説付き、スウェーデン絵画をより深く知るためのコラムを多数収録した展覧会公式図録もおすすめです。

展覧会公式図録



東京都美術館開館100周年記念展の第1弾は、100%スウェーデン画家による知られざるスウェーデン絵画の展覧会。新たな発見がいっぱいの展覧会ですので、ぜひお楽しみください!

フォトスポット


2026年1月30日金曜日

東京国立博物館・台東区立書道博物館 連携企画「明末清初の書画」

東京国立博物館と台東区立書道博物館では、今年で23回目を迎えた連携企画が開催されています。
今まで、王羲之、趙孟頫、文徴明、董其昌はじめ歴代中国の書家たちの特集が続き、昨年は国内にある拓本の名品が大集結した「拓本のたのしみ」が開催され、すっかり新春の風物詩として定着した連携企画の今年のタイトルは「明末清初の書画」。

明末清初は、明王朝(1368-1644)から異民族である満洲族が漢民族を支配する清王朝(1616-1912)に転換する激動の時代。
今回の連携企画では、このような時代に生まれた書画の名品が展示されるのはもちろんのこと、作品を生み出した文人たちのさまざまな生きざまが紹介される、とても興味深い内容になっています。

展覧会チラシ

展覧会が開催される両館共通のタイトルは「明末清初の書画」ですが、サブタイトルは東京国立博物館が「乱世にみる夢」、台東区立書道博物館が「八大山人 生誕400年記念」と、それぞれ特徴のある展示が見られますので、館ごとに見どころをご紹介していきたいと思います。


東京国立博物館


展覧会名  東京国立博物館・台東区立書道博物館 連携企画「明末清初の書画」
      ―乱世にみる夢—
会 期   2026年1月1日(木・祝)~3月22日(日)
      前期:1月1日(木・祝)~2月8日(日)
      後期:2月10日(火)~3月22日(日)
会 場   東京国立博物館 東洋館8室

※展覧会の詳細等については同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.tnm.jp/
※東博コレクション展では個人利用に限り撮影ができます。ただし、撮影禁止マークのついている作品は、所蔵者の意向により撮影ができません。
※後期展示の作品は、主催者より広報用画像をお借りしたものです。


いつも中国書画の名品が展示されていて、中国の上海博物館に瞬間移動した気分にさせてくれる東洋館8室に入ってすぐに感じたのは、金色にきらきらと輝く華やいだ雰囲気でした。

展示風景


展示作品の解説を読んでその理由がわかりました。
文化が爛熟した明時代後期には、金による装飾を施した料紙の金箋(きんせん)や、滑らかで光沢のある絹織物の絖(ぬめ)を用いた絖本(こうほん)など、きらびやかな材質の紙・絹が好んで用いられたからなのです。

こちらは張瑞図(1570-1641)が、北宋時代に蘇軾ら16名の文化人が集った様子を描いた「西園雅集図」に米芾が題したと伝える文書を金箋12幅に書写した大作《行草書西園雅集図記軸》です。

《行草書西園雅集図記軸》張瑞図筆 明時代・17世紀
東京国立博物館蔵 前期展示


そして、縦に長い長条幅や扇面などの特徴的な形式が好まれるようになったのもこの時代で、一字一字が連続した草書体の「連綿草」やデフォルメなどによる新規な表現が独創的な様式に発展したのが明末清初でした。

高士のくつろいだ様子がなごめる扇面の作品は、張瑞図や黄道周ら明末の文人たちとの交流が知られ、日本で高く評価された王建章(生没年不詳)の《観泉図扇面》です。


《観泉図扇面》王建章筆 明~清時代・17世紀
東京国立博物館蔵(比屋根郁子氏寄贈) 前期展示


そして、これぞデフォルメの極致ともいえる作品は、詳しい一生は不明な点が多い呉彬の《渓山絶塵図軸》。奇怪な岩や山が入道雲のように湧き出てくる様子は一度見たら忘れられないほど強烈な印象です。2月25日~3月22日の期間限定展示ですのでお見逃しなく!


《渓山絶塵図軸》呉彬筆 明時代・万暦43年(1615)
個人蔵 展示期間(2/25-3/22)

明末清初の漢民族の文人たちは、明王朝の滅亡に際して自らの立場の選択を迫られました。

倪元璐(1593-1644)は、明末の農民反乱、李自成の乱のときに自ら縊死して明と運命を共にした烈士(れっし)のひとり。明末清初の連綿趣味を代表する一人でもありました。

展示風景


傅山(1607-84)は、清において官吏に推挙されても固辞したという、明への忠節を貫いた遺民(いみん)のひとりでした。傅山の書は狂逸的な連綿草と評価されていますが、《草書五言絶句四首四屛》(下の写真左の四幅 東京国立博物館蔵 前期展示)のようにここまで自由に筆を走らせていながら、破綻なくまとめるところはさすがです。
これぞ狂逸的といえる後期展示の《草書五言律詩軸》(東京国立博物館蔵)も楽しみです。

展示風景

遺民画家の立場を貫いた龔賢(1619?-89)の巨幅《山水図軸》(重要美術品 東京国立博物館蔵)は後期に展示されます。

重要美術品 《山水図軸》龔賢筆 清時代・康煕12年(1673)
東京国立博物館蔵 後期展示

そして明清の両王朝に仕えたため弐臣(じしん)として批判され、書も長らく評価されなかったのが王鐸(1592-1652)でした。

《行書五律北方俚作詩軸》王鐸筆 清時代・順治7年(1650)
東京国立博物館蔵(高島菊次郎氏寄贈) 前期展示

ほかにも明朝の遺民で王朝復興を果たせず日本に亡命して儒者として厚遇された朱舜水や、清になって初めて官僚として仕えた文人たちもいましたが、ここで頭の中に浮かんできたのは、筆者が明朝滅亡に遭遇したらどの道を選び、どのような夢を思い描いたかということでした。

文人の書斎を再現したスペースに飾られた「ラストエンペラー」宣統帝の《楷書七言聯》を眺めつつ、烈士となるのが潔くてもそれだけの勇気があっただろうか、遺民を貫いて清貧な生活に耐えることができただろうか、官吏に推挙されたら安定した収入を拒むことができただろうか、など頭の中で考えながら会場をあとにしました。

展示風景



台東区立書道博物館


展覧会名  東京国立博物館・台東区立書道博物館 連携企画「明末清初の書画」
      ―八大山人 生誕400年記念—
会 期   2026年1月4日(日)~3月22日(日)
      前期:1月4日(日)~2月8日(日)
      後期:2月10日(火)~3月22日(日)
会 場   台東区立書道博物館

※展覧会の詳細等については同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.taitogeibun.net/shodou/
※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は主催者より広報用画像をお借りしたものです。

台東区立書道博物館の展示のメインテーマは、今年(2026)、生誕400年を迎えた八大山人(1626-1705)。
八大山人は明の皇族出身で、通名は朱耷。明滅亡後に出家し、50歳代なかばに還俗して故郷の江西省南昌に戻り、そのころから八大山人を名乗つて書画を売り生計を立てた遺民画家でした。
八大山人は、自由奔放な筆致で、今でいうゆるキャラのような鳥や魚を描いていますが、そこには明の皇族出身としての誇りや、異民族の清朝に対する抵抗が込められているとの指摘があります。

《乙亥画冊》には八大山人の全8図が収められています。一度に全部広げることができないので、会期中に1ページずつ展示期間を区切って展示されます。
こちらの第4図は2月3日から2月15日までの展示です。
鳥たちは上目遣いで何を見ているのでしょうか。
八大山人の置かれた立場を考えると、清朝の皇帝をはじめとした支配層を皮肉っぽく眺めているようにも見えてきます。


《乙亥画冊》 八大山人筆 清時代・康煕34年(1695)
調布市武者小路実篤記念館蔵 通期展示


今回は八大山人の特集なので、これはぜひ見たいと思っていたのが晩年の代表作《安晩帖》(泉屋博古館蔵 展示期間 2月23日~3月8日)。
2022年に開催された「泉屋博古館東京リニューアルオープン記念展Ⅲ 古美術逍遥―東洋へのまなざし」では前期に第七図(叭々鳥)、後期に第六図(鱖魚)を見ることができましたが、2025年に泉屋博古館(京都)で公開されたときには行かれなかったので、どの図が見られるのか楽しみにしています。
そして今回は明末清初の文人たちの生きざまに焦点を当てた展覧会ですので、ぜひとも遺民・八大山人の忸怩たる思いにも注目したいです。


重要文化財《安晩帖》 八大山人筆 清時代・康煕33年(1694)、
康煕41年(1702) 泉屋博古館蔵 展示期間(2/23-3/8)

こちらは八大山人が80歳で亡くなる年の書《酔翁吟巻》(泉屋博古館蔵 後期展示)。
遺民・八大山人が最後にどのような境地に達したのか、興味深く拝見したいです。


《酔翁吟巻》(部分) 八大山人筆 清時代・康煕44年(1705)
泉屋博古館蔵 後期展示

八大山人の精神は、清中期に江蘇省揚州の繁栄を背景に登場した揚州八怪に引き継がれていきました。
こちらは揚州八怪のひとり、李鱓(1686-1762?)の《風荷図軸》(大阪市立美術館蔵 後期展示)。


《風荷図軸》 李鱓筆 清時代・18世紀
大阪市立美術館蔵 後期展示

八大山人へのオマージュは、清王朝が滅び、中華民国時代になっても続きます。
清末から現代にかけて活躍した斉白石(1863-1957)は、石濤や八大山人など遺民画家の作風を継承した文人画家でした。
画面下からぬっと姿を現す蟹がとても可愛らしいです。

《蟹図軸》 斉白石筆 中華民国時代・20世紀
台東区立朝倉彫塑館蔵 通期展示


台東区立書道博物館2階一番奥の中村不折記念室には、明末清初から揚州八怪、さらには中華民国時代までの書画が並んで展示されています。

以前、呉昌碩や斉白石の絵を見て、中国ではいつからこんなに自由に描くようになったのだろうと驚いたことがあったのですが、17世紀から20世紀までの中国書画が並んで展示されるのを見て、明末清初から現代まで続く自由な画風の流れがあることがよくわかりました。

最後にご紹介するのは、後期に中村不折記念室に展示される、明朝の忠臣・黄道周(1585-1646)の《山水図軸》(京都国立博物館蔵 後期展示)。
前面に描かれた大きな松の木が印象的です。
黄道周は明が滅んだ後も福王や唐王を立てて明王朝復興を目指しましたが、清軍に捕らえられ刑死した烈士でした。


《山水図軸》 黄道周筆 明時代・崇禎8年(1635)
京都国立博物館蔵 後期展示

会期は3月22日(日)までですが、前期は2月8日(日)までです。
展示期間限定の作品もあるので、展示リストをチェックして、激動の時代の中国書画の名品の数々と文人たちの生きざまをぜひご覧いただきたいです。

2026年1月16日金曜日

静嘉堂文庫美術館(静嘉堂@丸の内) 特別展「たたかう仏像」

 東京・丸の内の静嘉堂@丸の内(明治生命館1階)では、特別展「たたかう仏像」が開催されています。



「仏像」というと、やさしいお顔をしていて、見ていると自然と心が和んで、思わず手を合わせたくなる、そんなイメージがありますが、今回の特別展は、鎧兜に身を固め、こわい顔をした「たたかう仏像」たちに会える展覧会です。
でも、こわいといってもたたかう相手は私たちではありません。私たちを護るためにたたかってくれる仏さまたちなのでご安心を。

それでは先日展覧会におうかがいしましたので、さっそく展示の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要


会 期  2026年1月2日(金)~3月22日(日)
      前期 1月2日(金)~2月8日(日)
      後期 2月10日(火)~3月22日(日)
      ※後期期間中に重文・十二神将像のみ一部展示替えがあります。
会 場  静嘉堂文庫美術館(静嘉堂@丸の内)
休館日  毎週月曜日(ただし、2月23日(月・祝)は開館)、2月1日(日・全館停電日)
     2月24日(火)
開館時間 10:00~17:00※入館は閉館の30分前まで
     *毎月第4水曜日は20時まで、3月20日(金・祝)・21日(土)は19時まで開館
     *毎週木曜日はトークフリーデー
入館料  一般 1500円、大高生 1000円 中学生以下 無料
     障がい者手帳をお持ちの方(同伴者1名無料) 700円
※展覧会の詳細、関連イベント等は静嘉堂文庫美術館公式サイトをご覧ください⇒https://www.seikado.or.jp
※出陳作品は全て公益財団法人 静嘉堂の所蔵です。

撮影条件  国宝《曜変天目》以外は撮影可。
      *携帯電話・スマートフォン・タブレットのカメラは使用できます。
       動画撮影・カメラでの撮影は不可。

展示構成
 第1章 救済の最前線―たたかう仏像のさまざまな姿—
 第2章 静嘉堂の仏像×俑
 第3章 十二神将像と十二支の世界
 ホワイエ 象徴から図像へ―刀に刻まれた仏―




展示室1の展示の冒頭でお出迎えしてくれるのは、目を大きく見開いて相手をにらみつける毘沙門天像と、六牙の白象に乗り、光条を発して前に進む普賢菩薩像でした。


右:毘沙門天像 左:重要文化財 普賢菩薩像
どちらも鎌倉時代 13世紀 前期展示

新年の恒例行事の一つに七福神巡りがありますが、七福神の中で唯一武装しているのが毘沙門天。それはなぜかというと、毘沙門天は四天王の一神としては多聞天と呼ばれ、須弥山中腹に住み、北方を守護しているので、甲冑を身に着け、怒った顔(忿怒の相)をしてにらみを利かせる役割を担っているからなのです。
そのお隣の普賢菩薩は穏やかな表情をしていますが、象の頭の上には、武器を持つ明王のような姿の「三化人」が描かれているのでお見逃しなく。

後期には、重要文化財《不動明王二童子像》と重要美術品《五大力菩薩像》が展示されます。下の写真でご覧のとおり、ごうごうと燃え盛る炎を背景に、倶利伽羅剣を持ち、眼光鋭い不動明王のものすごい迫力に圧倒されます。

重要文化財 不動明王二童子像 詫磨栄賀筆
南北朝時代 14世紀


今回の特別展では、「法華経」(『妙法蓮華経』)の内容を絵画化した《妙法蓮華経変相図》も大きな見どころのひとつです。
ゆるかわ系のかわいらしい仏さまたちが描かれたこの絵巻を見ていると、とてもなごんだ気分になってきますが、絵の中には熱心に布教する毘沙門天や普賢菩薩が描かれているので、ぜひ探してみてください。

妙法蓮華経変相図 宋時代 11~12世紀 通期展示


展示室2でも、たたかう仏像たちの仏画が続きます。

「第1章 救済の最前線―たたかう仏像のさまざまな姿―」展示風景


ここで特に注目したいのは、初公開の《十一面観音菩薩坐像・春日厨子》です。
両手で持てるくらいの小さな厨子ですが、中には春日大社の景色とともに、武具を持ってにらみを利かす不動明王、愛染明王が詳細に描かれているので、その迫力が伝わってくるようです。


金胴十一面観音坐像・厨子のうち厨子 鎌倉時代 13世紀末~ 14世紀
通期展示

展示室2の仏画も前期後期で大幅な展示替えがあります。
後期に展示される作品のひとつは、狩野探幽の弟子、久隅守景が描いた重要美術品《釈迦十六善神像》。
画面の上方に太陽と月が描かれる例はあまりないとのことですが、おめでたさが感じられ、新年の床の間を飾るのにふさわしい作品ではないかと思えました。

重要美術品 釈迦十六善神像 久隅守景筆
 江戸時代 17世紀 後期展示


中国・元時代の《十王図・二使者図》も、十二幅のうち前期に四幅、後期に四幅が展示されます。
昔の人たちは、亡くなった人たちが閻魔様らに裁かれる場面を見て、生きているうちに功徳を積まなくてと、現代の私たち以上に強く思ったのではないでしょうか。

重要美術品    十王図・二使者図のうち第五 閻魔王、第六 変成王、
監斎使者、直府使者(右から) 元時代 14世紀 前期展示
 

静嘉堂@丸の内の中で一番広い展示室3に移ります。
大きな展示ケースにずらりと展示されているのは、中国の後漢~西晋、北魏、唐、晩唐~五代の俑。これだけ中国の俑がならぶ壮観な光景は感動的でもあります。

「第2章 静嘉堂の仏像×俑」展示風景

俑とは、中国で死者とともに埋葬した人形(ひとがた)のことで、秦の始皇帝陵の兵馬俑や、唐代の三彩釉陶などがよく知られています。

展示をここまでご覧になって、「あれっ」と思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。「たたかう仏像」の展覧会なので、仏像彫刻を期待したのに、最初に出てきたのは仏画でした。仏画も仏像の絵画作品なのでまだわかりますが、ここでなぜ中国の俑なのでしょうか。

実はこれには理由がありました。

奈良時代以降、日本で作られた仏像の鎧は、唐時代の甲冑の影響を受けていたので、両者を見比べることができる展示になっているのです。
(詳しくは展示室内の解説パネルをご覧ください。)

確かに、鎧の形も、腰の獣面も、邪鬼が踏みつけられているところもよく似ています。

三彩神将俑 唐時代  8世紀 通期展示

筆者が特に気になったのは、お墓を護る獅子面と人面の一対の加彩鎮墓獣。
墳墓の中でいきなり出てきたら、恐ろしさのあまり腰を抜かしてしまうことでしょう。
そしてすぐに気が付いたのが大きな鼻の穴。荒い鼻息で吹き飛ばされてしまいそうです。

         
           加彩鎮墓獣 唐時代 7世紀後半~8世紀 通期展示


展示室3の独立ケースに展示されている仏像はどれも個性的です。

如来坐像の両脇を固めるのは力士像二体。
筋骨隆々とした堂々とした体格の力士像が金剛杵を振りあげ、宝棒を地に着く姿はとても力強いのですが、体をくねらせているので、音楽に合わせてリズミカルに踊っているようにも見えました。

如来坐像・力士立像 晩唐~五代 10世紀 通期展示


日本では「兜跋」毘沙門天と呼ばれる、宝冠を被り、地天女に支えられた毘沙門天も展示されています。地天女は、もとは大地をつかさどるインドの女神なので、地天女がぐいっと持ち上げて毘沙門天がちょうど地中から登場してきた劇的な場面にも思えてきました。


兜跋毘沙門天立像 平安時代 10世紀末~11世紀
通期展示

頭上の獣頭はとぐろを巻く蛇のようなので巳(へび)神像にも見えるのですが、その姿勢は13世紀の仏教図像集『覚禅抄』に描かれる「世流布」(世に流布する)像の中の未(ひつじ)神像に近いとされている謎の十二神将像は初公開です。

十二神将立像 鎌倉時代 13世紀 通期展示


運慶から湛慶を経て三代目と言われる康円作の《広目天眷属立像》は後期展示です。
奈良・天理市にあった真言宗の古刹で、江戸時代までは大伽藍を誇りましたが、明治の廃仏毀釈で全てが破壊されて、遺された寺宝も散逸してしまいました。
四天王の眷属像も、持国天眷属像と増長天眷属像は東京国立博物館、多聞天眷属像がMOA美術館に所属されています。

重要文化財 広目天眷属像(部分) 康円作 鎌倉時代 文永4年(1267)
後期展示


そして展示室4へ。
京都・浄瑠璃寺の薬師如来坐像に随侍していた十二神将の登場です。
この十二神将の特徴は何といっても、どの神将も若々しく生き生きとしていて、独特のポーズをとって、表情も豊かなことです。


「第3章 十二神将像と十二支の世界」


こちらは前期と後期の前半(1/2-3/1)に展示される今年(2026年)の干支の《十二神将立像のうち午神像》です。
何かを考えている様子ですが、「さて、どうしたものか。」と思わずセリフを入れてみたくもなります。 

《十二神将立像のうち午神像》 鎌倉時代 安貞2年(1228)頃
展示期間 1/2-3/1


十二神将は、現在は静嘉堂に7軀、東京国立博物館に5軀が分蔵されています。
今回は静嘉堂所蔵の7軀が期間を分けてすべて展示されるので、全7軀にお目にかかるチャンスです。

ホワイエには静嘉堂の名刀や槍が展示されているので、刀剣ファン必見です。
今回のテーマはたたかう仏像ですので、刀に施された毘沙門天や不動明王の彫刻にも注目したいです。

刀 銘 国路 出羽大掾藤原国路 桃山時代 16~17世紀 通期展示

個性的な仏像や俑が展示されている「たたかう仏像」展ですので、美術展ナビと共同開発のアクリルクリップ、静嘉堂オリジナルのマスキングテープをはじめ展覧会オリジナルグッズも個性ゆたかです。

黒を基調として、楕円の窓から十二神将が顔を出すという、なんとも渋いデザインの図録も好評発売中。
ミュージアムショップにもぜひお立ち寄りください。



年の初めにふさわしく、静嘉堂の守護神が勢ぞろいしたとても頼もしい展覧会です。
前期も後期もぜひご覧いただきたいです。