静嘉堂@丸の内では、民藝SHOCK‼ 没後60年 静嘉堂の河井寬次郎が開催されています。
河井寬次郎(1890-1966)は、およそ100年前の大正14年(1925)に、柳宗悦や濱田庄司とともに「民藝」(=民衆的工藝)を生み出し、「用の美」を意識したやきものを創作した、大正・昭和期を代表する陶芸家ですが、実は静嘉堂は昭和初期を中心とした51件の河井寬次郎作品を所蔵しているのです。
今回は静嘉堂が所蔵する河井寬次郎作品全件(初公開の2件+25年ぶりの49件)が初めて公開されますが、そこは静嘉堂。展示室内には同館ならではの展示が展開していますので、さっそく展示の様子をご紹介したいと思います。
展覧会開催概要
会 期 2026年9月5日(土)~11月8日(日)
※会期中、一部作品の展示替えがあります。
休館日 月曜日(ただし9月21日(月・祝)、10月12日(月・祝)は開館)、9月24日(木)、
10月13日(火)
トークフリーデー 毎週木曜日
開館時間 10:00~17:00 ※入館は閉館の30分前まで
*第4水曜日の9月23日 (水・祝)・10月28日(水)は20:00まで開館
*11月6日(金)、11月7日(土)は19:00まで開館
入館料 一般 1500円 大高生 1000円 中学生以下無料
障がい者手帳をお持ちの方(同伴者1名〈無料〉を含む) 700円
※展覧会の詳細、チケット購入方法、関連イベント等については同館公式サイトをご覧ください。他館との相互割引もあるので要チェックです⇒https://www.seikado.or.jp
※撮影条件 写真撮影OKエリア:Gallery1、ホワイエのみ
*動画撮影・フラッシュ撮影は不可。会場内で撮影の注意事項をご確認ください。
*掲載した写真はプレス内覧会で美術館より許可を得て撮影したものです。
展示構成
1章 彗星出現 寬次郎の大正時代
2章 民藝の衝撃—「李朝」のやきもの、英国のスリップウェアと「下手物」の美
3章 創造の源泉
4章 岩﨑小彌太と近代陶芸—邸宅の装飾と愛用の品々
| Gallery1入口 |
展示室に入って最初に気が付いたのは、河井寬次郎のやきものだけがずらりと並ぶというのでなく、日本各地の民窯や「李朝」の名で親しまれる朝鮮王朝時代の陶磁器、中国の陶磁器などが寬次郎作品とともに並んで展示されていることでした。
| 「1章 彗星出現 寬次郎の大正時代」展示風景 |
「1章 彗星出現 寬次郎の大正時代」には、大正時代の個人蔵の寬次郎作品と、静嘉堂所蔵の中国のやきものが並んで展示されているので、初期の寬次郎が東洋古美術の学習成果を自らの作風にどのように採り入れたのかうかがうことができます。
「わっ、唐三彩だ!」
陶磁器だけでなく、唐三彩の女子俑まで展示されているのには驚かされました。
ところがよく見てみると、下の写真一番左は唐時代のものではなく、河井寬次郎が成形・施釉・焼成した《三彩薬師像》だったのです。
| 右から 《三彩女子俑》唐時代(7~8世紀)、《加彩女子俑》唐時代(8世紀)、 新海竹太郎(原型製作)、河井寬次郎(成形・施釉・焼成)《三彩薬師像》 大正13年(1924) いずれも静嘉堂文庫美術館蔵 |
Gallery2に入ると、黄色い図柄が可愛らしい大きな皿が見えてきました。
「2章 民藝の衝撃—「李朝」のやきもの、英国のスリップウェアと「下手物」の美」には、昭和初期に寬次郎が最も強い影響を受けたとみられるスリップウェア、朝鮮の陶磁、丹波焼などが展示されています。
黄色い図柄の大きな皿は日本民藝館が所蔵する英国のスリップウェア。どちらも寬次郎の旧蔵品でした。
大正13年(1924)に英国のスリップウェアを携えて帰国したのが寬次郎の無二の親友の濱田庄司でした。大正10年(1921)に柳宗悦が開催した「朝鮮民族美術展覧会」を見て、白磁などの造形に強い衝撃を受けた寬次郎は、当時、柳とは不仲だったのですが、ふたりの間を取り持ったのが、濱田であり、スリップウェアだったのです。
そして、3人の交流から大正14年(1925)に生まれたのが「民藝(民衆的工藝)」という言葉でした。
「民藝」誕生のきっかけとなった人間模様を知ると、それぞれの作品の味わいがより深く感じられるように思えました。
Gallery3からGallery4に続く「3章 創造の源泉」では、静嘉堂が所蔵する寬次郎作品とあわせて、中国陶磁の名品などがずらりと並んでいるので、1章で寬次郎の初期の作品、2章で「民藝」誕生にゆかりのやきものを見てGallery3に入ると、「民藝」が一気に花開いたかのような華やいだ雰囲気が感じられました。
思わず「さてどれが寬次郎作品でしょうか。」とクイズを出したくなりますが、こうやって並んで展示されていると、寬次郎が自作に表現した古陶磁の美を見いだすことができます。
| 「3章 創造の源泉」展示風景 |
さて、寬次郎作品の中で「お気に入りの一品」を選ぶとしたらどれにしますでしょうか。
筆者はおめでたい松が描かれた《松の図鉢》にしたいと思います。
松の図柄は立体的ですが、これは陶器の素地に粘土と水を混ぜてクリーム状にした泥漿(スリップ)で装飾するスリップウェアの技法で描かれているのですね。
寬次郎は「曜変」のやきものも作っていました。
現時点では「曜変」と書かれた共箱の寬次郎作品はこの2点だけで、国宝《曜変天目》のような斑文や輝く光彩は見られませんが、独特の斑文や金属光沢を生じた釉薬の様子から「窯変」であることは間違いないという貴重な作品です。
もちろん国宝《曜変天目》も展示されていますが、今回は意外な場所に展示されているので見逃さないようにご注意を!
Gallery3からホワイエへの出口のすぐ手前です。
国宝《曜変天目》は、「世界に三碗しかなく、その三碗とも日本にあって、三碗とも国宝」として知られています。
静嘉堂のほかには、大阪の藤田美術館、京都の大徳寺龍光院が所蔵していますが、2019年春には、静嘉堂文庫美術館「日本刀の華」 備前刀」、奈良国立博物館「国宝の殿堂 藤田美術館展 ー曜変天目茶碗と仏教美術のきらめきー」、滋賀のMIHO MUSEUM「大徳寺龍光院 国宝曜変天目と破草鞋」でほぼ同時期に三碗が公開されて大きな話題になりました。
今回は東京国立博物館で開催される特別展「大徳寺 本朝無双之禅苑」で大徳寺龍光院の国宝《曜変天目》が展示されるので、都内で三碗のうち二碗が見られる絶好のチャンスです。
(二碗がそろうのは10/14~11/8の間だけです。静嘉堂@丸の内と東京国立博物館の相互割引もあります。詳しくは静嘉堂の公式サイトでご確認ください⇒https://www.seikado.or.jp)
4章 岩﨑小彌太と近代陶芸—邸宅の装飾と愛用の品々はホワイエに展示されています。
寬次郎作品を収集した岩﨑小彌太氏が昭和4年(1929)に建設した岩﨑家鳥居坂本邸の外壁に使用されたタイルの予備品は、鳥居坂本邸が昭和20年(1945)5月の空襲によって焼失して、実際に使用されていたタイル類は失われてしまったので、岩﨑家本邸の壮麗さを伝える貴重なやきものです。
ミュージアムショップは国宝《曜変天目》をモチーフにしたオリジナルグッズをはじめ充実のラインナップ。新商品も出ているので、お帰りの際にはミュージアムショップにぜひお立ち寄りください。
「民藝」は「用の美」を意識したやきものを創作したのですが、もし自宅に河井寬次郎のやきものがあったら、きっともったいなくてとても普段使いはできないと思います。それでも、このやきものだったらこういう風に使おうかな、と考えながら見てみるのも楽しいかもしれません。
東洋陶磁器の名品とあわせて見ることができる静嘉堂ならではの河井寬次郎展ですので、多くの方にぜひご覧いただきたいです。