2021年10月29日金曜日

三菱一号館美術館「印象派・光の系譜」展

東京丸の内の三菱一号館美術館では、イスラエル博物館所蔵 「印象派・光の系譜」展が開催されています。



日本でも大人気の印象派の展覧会は国内でも数多く開催されていますが、今回の「印象派・光の系譜」展は、イスラエル博物館が所蔵する印象派とポスト印象派の豊富なコレクションの中から、初来日59点を含む69点の名品を見ることができる超豪華な内容の展覧会。

すでに大人気で多くの方が訪れている展覧会ですが、先日開催された内覧会に参加しましたので、そのときの様子をさっそくご紹介したいと思います。

展覧会概要


展覧会名  イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜-モネ、ルノワール、ゴッホ、ゴーガン 
      「あなたの知らないモネが来る。」
会 場   三菱一号館美術館(東京都千代田区丸の内2-6-2)
会 期   2021年10月15日(金)~2022年1月16日(日)
休館日   月曜日と年末年始の12月31日、2022年1月1日
       (但し、10/25・11/29・12/27と1/3・1/10は開館)
開館時間  10時~18時(祝日を除く金曜と会期最終週平日、第2水曜日は21時まで)
      ※入館は閉館の30分前まで
入館料   一般 1,900円 高校・大学生 1,000円  小・中学生 無料
※障がい者手帳をお持ちの方は半額、付添の方1名まで無料。
※新型コロナウイルス感染症の感染予防・拡大防止のため、入場を制限する場合があります。
※諸事情により、会期や開館時間等について変更する場合があります。
※ご来館の際は展覧会サイトをご確認ください⇒印象派・光の系譜展


※展示室内は一部作品を除き撮影不可です。掲載した写真は美術館より許可を得て撮影したものです。

展示構成
 CHAPTER01 水の風景と反映
 CHAPTER02 自然と人のいる風景
 CHAPTER03 都市の情景
 CHAPTER04 人物と静物


三菱一号館美術館に来る大きな楽しみの一つが、洋館風の内装が見られること。
特に暖炉と暖炉の上に飾られた作品のコンビネーションが絶妙です。
展示室内を歩いているだけでもヨーロッパの邸宅におじゃまして当主のコレクションを拝見しているようなリッチな気分になってくるのです。


展示風景

もちろん展示されている作品も選りすぐりの名品ばかり。

最初の展示室では、コローやドービニーが描いた風景画がお出迎え。
バルビゾン派ののどかな田園風景の作品に心が癒されます。

展示風景

バルビゾン派に続いては、展覧会のサブタイトルにあるモネ、ルノワール、ゴッホ、ゴーガンはじめ、シスレー、ピサロといった印象派展では欠かすことのできない豪華メンバーのオンパレード。

展示風景

そして、どれもそれぞれの画家の代表作といっていいほどの出来映えの作品ばかり。
初来日の作品が多いことは冒頭でご紹介しましたが、次にいつ来日するかわからないですし、もしかしたら二度と見られない作品もあるかもしれません。


展示風景

右を向いても左を向いても印象派、ポスト印象派の巨匠たちの作品ばかりです。

展示風景


ピエール=オーギュスト・ルノワール《マントノン郊外》
1888年 イスラエル博物館蔵

ポール・セザンヌ 右《湾曲した道にある樹》1881-1882年、
左《陽光を浴びたエスタックの朝の眺め》1882-1883年
いずれもイスラエル博物館蔵


モネの《睡蓮の池》も初来日。
まさにキャッチコピーにあるように、「あなたの知らないモネが来る。」なのです。

クロード・モネ《睡蓮の池》
1907年 イスラエル博物館蔵

モネの《睡蓮の池》にうっとりしたところで、その隣には見慣れない作風の作品が見えてきました。

展示風景


すでにSNS上で話題になっているのでご存じの方も多いかと思いますが、これが噂のレッサー・ユリィ(1861 ビルンバウム-1931 ベルリン)の作品なのです。

レッサー・ユリィ《風景》1900年頃
イスラエル博物館蔵

湖畔の景色のようですが、朝の景色なのか、夕景なのわからない不思議な光景。
湖の対岸の木々の間からオレンジ色の太陽の光が漏れて、それが湖面にも映り、画面全体に印象的なアクセントをつけています。

ユリィの作品は、今回の展覧会で《風景》をはじめ4点が展示されていて、どれも光の描き方が絶妙の味を出している作品ばかり。


レッサー・ユリィ 右《夜のポツダム広場》、左《冬のベルリン》
いずれも1920年半ば イスラエル博物館蔵 

そしてもう1点が1889年に制作された《赤い絨毯》。

レッサー・ユリィ《赤い絨毯》1889年
イスラエル博物館蔵



雨に濡れた路面に映る明かりがキラキラ輝く《夜のポツダム広場》は夜のベルリンの街の賑わいを描いた作品ですが、ドイツが東西に分断されている間はこのポツダム広場にベルリンの壁があったので、とてもこのような華やかな光景は見られませんでした。

ユリィはヒトラーが政権を取る2年前に亡くなっているので、ベルリンが第二次世界大戦での空襲や地上戦で徹底的に破壊されたことや、ベルリンの壁があったことなどは知る由もないのですが、産業革命によって近代化が進んだベルリンの古き良き姿を見ることができたユリィがとてもうらやましく思えました。


展示室を先に進むと「ゴーガンの部屋」がありました(セリュジエの作品1点以外はゴーガンの作品)。
ここも暖炉がいい雰囲気を出しています。


展示風景

今回来日したモネの作品のうち睡蓮が描かれているのは1点ですが、「モネの睡蓮がもっと見たい!」という方、ご安心を。
国内の美術館から出品された《睡蓮》が展示されている、特別展示「睡蓮:水の風景連作」の部屋があるのです。

この部屋には、イスラエル博物館所蔵の《睡蓮の池》と同じく1907年に描かれて、1909年に開催された48点の睡蓮の連作による個展「睡蓮:水の風景連作」に出品されたDIC川村記念美術館と和泉市久保惣記念美術館が所蔵する《睡蓮》が展示されているのです。
長年離れ離れになっていて、久しぶりに東京で邂逅したモネの睡蓮の連作をぜひお楽しみください。
(11月30日から展示される東京富士美術館所蔵の《睡蓮》は、1年後の1908年の制作。)


「印象派・光の系譜」展は来年1月16日まで開催されて、その後、あべのハルカス美術館(大阪)に巡回します(会期 2022年1月28日(金)~4月3日(日))。

印象派の名作を一度に見られる貴重な機会です。お見逃しなく!

2021年10月26日火曜日

すみだ北斎美術館 企画展「学者の愛したコレクション-ピーター・モースと楢﨑宗重-」

 東京墨田区のすみだ北斎美術館では、企画展「学者の愛したコレクション-ピーター・モースと楢﨑宗重-」が開催されています。

3階ホワイエのフォトスポット

今回の企画展は、すみだ北斎美術館が所蔵する、北斎研究家のピーター・モース氏(1935-93)と、浮世絵研究の第一人者・楢﨑宗重氏(1904-2001)の二大コレクションからセレクトされた約140点の作品が前後期で見られる展覧会。

北斎や浮世絵に対する二人の学者の優しいまなざしが感じられる、とても内容の濃い展覧会ですので、さっそくプレス内覧会に参加した時の様子をご紹介したいと思います。

展覧会概要


会 期  2021年10月12日(火)~12月5日(日)
 前期  10月12日(火)~11月7日(日)
 後期  11月9日(火)~12月5日(日)
 ※前後期で一部展示替えあり
休館日  毎週月曜日
開館時間 9:30~17:30(入館は17:00まで)
観覧料  一般 1,000円ほか
※展覧会の詳細、新型コロナウイルス感染症拡大防止策、関連イベント等は同館公式ホームページをご覧ください⇒すみだ北斎美術館 

展覧会構成
 第1章 ピーター・モースコレクション (3階企画展示室)
 第2章 楢﨑宗重コレクション(4階企画展示室)

※出品作品はすべてすみだ北斎美術館所蔵品です。
※企画展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は、プレス内覧会で美術館より特別の許可をいただいて撮影したものです。


第1章 ピーター・モースコレクション (3階企画展示室)

第1章に展示されるのは、北斎作品や研究資料など総数約600点に及ぶピーター・モースコレクションの中からセレクトされた95点(前後期合わせて)。。
縁あって墨田区に里帰りしたピーター・モースコレクションですが、もしかしたら海外にあったかもしれない貴重な北斎作品を身近な場所で楽しめる幸せを味わいながら見ることができました。

そして、細部までじっくり見て楽しめるのが北斎作品いいところ。最初の展示でさっそく楽しませてもらいました。


葛飾北斎《神田明神休茶屋》 前期展示

こちらの作品は、今でも参拝客でにぎわう神田明神の様子を描いた作品ですが、画面の右端に目を向けると、子どもが狛犬の背に乗って楽しそうに遊んでいます。

葛飾北斎《神田明神休茶屋》(部分) 前期展示

今ではとても考えられないことですが(よい子は真似しないでくださいね)、当時は日常のありふれた光景だったのでしょうか。
子どもに乗られている狛犬も、気のせいか困ったようでもありながら嬉しそうな表情にも見えます。

続いてこちらも今でも参拝客が多く訪れる目黒不動尊の様子を描いた作品。

葛飾北斎《目黒不動尊詣》前期展示

主役は中央の女性二人なのでしょうが、画面左に目を向けると、池に入って亀を捕まえている二人の子どもたちが描かれています(こちらもよい子は真似をしないでくださいね)。
先ほどの《神田明神休茶屋》でも藁細工の亀を引いている子どもがいましたが、亀は今よりも身近な存在だったのかもしれません。

この二つの作品は、限られた範囲の人たちだけに配られた「摺物」。
きっと大切に保管されていたのでしょう。とても鮮やかな色あいが残っています。

展示室入口には、浮世絵って何?、錦絵って何?といった、「いまさら聞けない」浮世絵の基本知識がQ&A形式で解説されている「浮世絵マメ知識」が掲示されているので、ぜひご一読ください。今までより何倍も浮世絵が楽しめること請け合いです。


続いて、ピーター・モース氏が最も大切にしたシリーズをご紹介。


葛飾北斎《新板浮絵八ッ山花盛群集之図》前期展示

「浮絵」とは、遠近法を利用して奥行きを強調した形式のことで、「新板浮絵」と題して江戸の名所が描かれたこのシリーズは、ご覧のとおりの赤い「すやり霞」が特徴で、現在13図が確認されていて、ピーター・モースコレクションでは12図が収集されているとのこと。
保存状態がとてもいいので、この色合いをぜひお楽しみいただきたいです。
後期には同シリーズから《新板浮絵三囲牛御前両社之図》他が展示されます。


摺りにもさまざまな技法がありますが、私が特に好きなのは、色をつけずに凹凸をつける空摺(からずり)
手間がかかる技法なので、後摺になると省略されることが多いのですが、ピーター・モースコレクションの《冨嶽三十六景 武州玉川》の川面にはくっきりとした空摺を見ることができるので、ぜひ前から横からご覧になってください。

葛飾北斎《冨嶽三十六景 武州玉川》前期展示


琉球の名所8カ所を描いた「琉球八景」シリーズの作品も展示されています。
こちらは琉球ではありえない雪山が描かれている《琉球八景 龍洞松濤》。
北斎は実際に琉球には行ったことはありませんが、北斎のファンタジーの世界として純粋に楽しむことができるシリーズです。
後期には同シリーズから《琉球八景 中島蕉園》が展示されます。

葛飾北斎《琉球八景 龍洞松濤》前期展示

小品ながらも手の込んだ摺りが気になったのが《五歌仙 月》。
女性の衣装の後ろの格子模様一つひとつに銀色が埋め込まれているように見えるのです。

葛飾北斎《五歌仙 月》前期展示



第2章 楢﨑宗重コレクション(4階企画展示室)

第1章がまさに「北斎尽くし」なら、第2章は北斎とその一門の葛飾派や、歌川広重など同時代に活躍した他派の作品、さらには新版画など多岐にわたる楢﨑コレクションの世界。

フロアも3階と4階に分かれていて、4階の企画展示室では意外な作者の作品も出てくるので、そういった意味で今回の展覧会は、「一粒で二度おいしい」内容になっているのです。

そして第2章には解説パネル「楢﨑先生の解説」付きの作品もあるので、まるで楢﨑先生のギャラリートークを聞きながら作品を見ているかのような気分にもなってくるのです。

少し例をあげてみてみましょう。

まずは北斎作品の『富嶽百景』から。
楢﨑先生の解説「・・・線は有効に活動して居り、而も大地の空気が動いてゐるのである。・・・北斎最大の傑作となすに(はばか)らない。」(楢﨑宗重『北斎論』、1994年)


葛飾北斎《富嶽百景》初編 通期展示


北斎のライバル、歌川広重について楢﨑先生はこのように解説しています。
楢﨑先生の解説「広重は浮世絵の中に風景を芸術的に高度化した天才であった。・・・」(内田清之助、楢﨑宗重『浮世絵版画の鳥』、1974年)


歌川広重《不二三十六景 安房鋸山》前期展示


肉筆画も展示されています。
こちらは葛飾派の中でも特に肉筆画に力を注いだ蹄斎北馬《夕立図》。
茶屋で雨宿りするさまざまな人たちの様子が生き生きと描かれています。
そして、線ではなく、薄墨でサーッと描かれた雨の表現が絶妙の味を出しています。

蹄斎北馬《夕立図》前期展示

意外な絵師の一人が河鍋暁斎。
この冊子のタイトルは北斎を意識した『暁斎漫画』(初編)ですが、ちょんまげでなくざんぎり頭の人がいたりして時代はすっかり文明開化。頭の長い福禄寿がかぶるのはシルクハット!

河鍋暁斎『暁斎漫画』(初編)
前後期で頁替え


そして最近では一大ブームになって人気が出ている新版画も。

右 小林清親《両国雪中》、左 川瀬巴水《雪の寺》
どちらも前期展示
後期には小林清親《百面相》、川瀬巴水《中尊寺金色堂》が展示されます。

楢﨑氏は川瀬巴水と親交があり、巴水の没後、伝記「川瀬巴水」(『川瀬巴水木版画集』)を執筆し、当時から巴水を高く評価していたのです。

そしてお帰り前には4階展望ラウンジにある「学者展作品番附」で、2人の学者、モース氏、楢﨑氏の情熱やこだわりが感じられた作品に投票をしてみましょう。

「学者たちの情熱に投票しよう!学者展作品番附」

私も投票しました。
どの作品が一番になるのか興味津々です。

2人の学者の情熱が感じられる貴重なコレクションをぜひお楽しみください!

2021年10月24日日曜日

東京ステーションギャラリー「小早川秋聲-旅する画家の鎮魂歌」

JR東京駅にある東京ステーションギャラリーでは「小早川秋聲-旅する画家の鎮魂歌」が開催されています。

東京ステーションギャラリー入口



この展覧会は、小早川秋聲(1885-1974)の京都での修業時代の歴史画から、国内や海外を旅して描いた風景画、従軍画家として描いた戦争画、そして戦後の仏画まで100点以上の作品で画業の変遷をたどる初めての大規模な回顧展。

大正から昭和にかけて激動の時代に活動した画家だからこそ、作品からは「生きるとは何か」という問いかけが感じられ、胸が熱くなる思いがする展覧会です。

《國之楯》で近年特に知られるようになった小早川秋聲ですが、初めて名前を聞いたという方にもおススメできる内容なので、さっそく報道内覧会に参加したときの様子をレポートしたいと思います。

※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は報道内覧会で美術館より特別の許可をいただいて撮影したものです。
※作者はすべて小早川秋聲です。

展覧会概要



会 場  東京ステーションギャラリー(JR東京駅 丸の内北口 改札前)
会 期  2021年10月9日(土)~11月28日(日)   
休館日  月曜日(11月22日は開館)
開館時間 10時~18時(金曜日は20時まで)
     *入館は閉館30分前まで
◎新型コロナウイルス感染拡大防止のため開催内容が変更になる場合があります。
入館料 一般 1100円 高校・大学生 900円 中学生以下無料
※本展チケットは日時指定の事前予約制です。ご来館前にローソンチケットをお買い求めください。ただしチケット残数に余裕がある場合は美術館でも当日券販売を行います。
※展覧会の詳細、チケット購入方法等は同館ホームページをご覧ください⇒東京ステーションギャラリー

巡回展  鳥取県立博物館 2022年2月11日(金)~3月21日(月)

展示構成
 第1章 /はじまり-京都での修業時代
 第2章 /旅する画家-異文化との出会い
 第3章 /従軍画家として-《國之楯》へと至る道
 第4章 /戦後を生きる-静寂の日々


第1章 /はじまり-京都での修業時代


展示室に入ってすぐに目に入ってくるのは、鎧に身を固めた武将と焚火を取り囲む兵士たち。

第1章展示風景

1885年に鳥取県・光徳寺住職の長男として生まれ、京都・東本願寺の僧籍を持ちながら、幼い頃から絵を描くことが好きだった小早川秋聲が16歳の頃に描いた作品が上の写真右の《山中鹿介三日月を拝する之図》(1902年頃 日野町(鳥取県)蔵)。
この頃、秋聲は歴史画を得意とした京都画壇の日本画家、谷口香嶠に師事して、第1章に展示されいている《小督》《譽之的》《楠公父子》(いずれも、明治末期~大正期 個人蔵)はじめ歴史画を多く描きました。

そして、上の写真左は、秋聲が1905年に一年志願兵として騎兵連隊に入隊して、見習士官として日露戦争に従軍したときの一場面を描いた《露営之図》(1906年頃 日野町(鳥取県)蔵)。

当時はまだ20歳前後で若かった秋聲ですが、この2点の作品からは、僧侶になることを拒んで画家の道を選び、画家でありながら陸軍に志願するという、一つの殻に閉じこもらない秋聲の生きざまのようなものが感じられました。

続いて、もう一つ秋聲らしく行動力あふれるエピソードが紹介されていました。

谷口香嶠が1909年春に開校した京都市立絵画専門学校(現:京都市立芸術大学)の教授職に就き、秋聲は同校本科生となりますが、東洋美術を知るには中国に行かなくてはと思い立ち、ほどなくして同校を退校して、北京に向かい1年半ほど滞在しました。
上の写真左の《するめといわし》(1909年頃 個人蔵)は、同校在校時に描かれたとされる作品です。

第1章展示風景


秋聲が行ったころの中国は、映画『ラストエンペラー』でも描かれているように、1911年に辛亥革命が起こり、その翌年には宣統帝(愛新覚羅溥儀)が退位して、280年近く続いた清帝国が滅ぶ、まさにその前夜ともいえる混乱期。

よくこんな時期に思い立って中国に行く気になったと思いましたが、のちほど紹介する展覧会公式図録の年譜を見ると、1913年にも中国を再訪して、紫禁城武英殿に毎日通い東洋美術の研究を行ったり、万里の長城の八達嶺など各地の名勝古跡を巡ったりしていたのです。

紫禁城(現在の故宮博物院)の武英殿は今でも故宮の至宝の展覧会を行う建物で、私も2015年に行って、中国絵画の至宝中の至宝、張択端《清明上河図》はじめ中国絵画の名品を見てきましたが、それにしても毎日通っていたとは。羨ましい限りです。



第2章 /旅する画家-異文化との出会い

第2章は、旅先の景色を描いた作品が多く展示されているのですが、まずは秋聲の心情が感じられる作品を紹介したいと思います。

第2章展示風景

上の写真左は、柱にくくりつけられて泣いている雪舟を描いた《雪舟》(昭和初期 圓重寺蔵)。
これは学校の授業でも習う有名な逸話を描いたもので、秋聲は画家になりたい若い修業僧、雪舟に自分自身の姿を重ね合わせたのでしょう。

右は、仏教を奨励して、自らも講義を行った聖徳太子へのリスペクトが感じられる《法華経を説く聖徳太子像》(1926年 個人蔵)です。


20歳代に訪れた中国の故事を題材とした作品も展示されています。
下の写真右の2幅は不老長寿を題材とした《菊童子・東方朔》(1919年 個人蔵)。

第2章展示風景


下の写真の奥はシルクロードを描いた《絲綢之路》(大正期 鳥取県立博物館)。

第2章展示風景

30歳代になると秋聲はヨーロッパの旅に出ました。
それも現在のように、飛行機で行って1週間で帰ってくるというあわただしい旅ではなく、1920年12月末に日本を発ち、中国、マレー半島、ジャワ島、インド、セイロン島、エジプトを回って、約1年間かけてヨーロッパ各地を訪れて1923年5月末に日本に帰るという、長い長い旅でした。

第2章展示風景

ヨーロッパで訪れた都市も、ロンドン、パリ、ベルリン、ドレスデン、プラハ、ブダペスト、ウィーン、ヴェネツィア、ミラノ、フィレンツェ、ローマ、ポンペイ、シチリア島など、コロナ禍の前なら日本からも多くの観光客が訪れる人気都市ばかり。

また、1920年代のアメリカでは人種差別的風潮が高まり、日系移民が多かった西海岸の州では激しい排斥運動が展開され、1924年には日本を含むアジア系移民を禁止する移民法が成立しました。
そういった反日感情を芸術交流を通じて緩和するため、秋聲は1926年3月から7月まで、ハワイ経由でアメリカの西海岸から東海岸まで横断する旅に出ました。

気が重たくなるような任務を担ってアメリカを訪問した秋聲ですが、それでもグランドキャニオンの雄大な景色を描いた作品を残しています。

第2章展示風景

旅行好きだった秋聲は、海外だけでなく日本全国も旅行して旅情豊かな景色や人物を描いています。
こちらは、山陰地方に旅行した時の風景や地元の人たちを描いた『裏日本所見畫譜』(1918年 個人蔵)。
円山応挙一門の障壁画で知られる兵庫県香住の応挙寺(大乗寺)も訪れているのですが、描いているのは行水している和尚さん。
作品全体にほのぼのとした雰囲気が感じられました。


第2章展示風景

コロナ禍でまだまだ海外旅行や国内の移動が安心してできない状況が続いていますが、この空間に身を置くと海外や国内各地を旅行しているような楽しい気分になってきます。


第3章 /従軍画家として-《國之楯》へと至る道

1931年9月18日、柳条湖事件に端を発して満州事変(1931~33)が勃発すると、秋聲は12月から翌年1月まで厳寒の満州北部を巡り、その後も従軍画家として、また従軍慰問使として中国を訪れています。

戦争画というと勇ましい戦闘シーンを思い浮かべますが、展示作品を見て感じた秋聲の特長は、自身も日露戦争で従軍しているだけに、前線で辛い思いをしている兵士目線で描く作品が多いということでした。

第3章展示風景

上の写真左の作品《護国》(1934年 個人蔵)では、体の芯まで凍りそうな寒さの中、焚火を囲んで束の間の休息をとる兵士たちが描かれています。
身をもって夜営の辛さを体験した秋聲ならではの作品ではないでしょうか。

上の写真右は、満州事変三周年を記念して描かれ、関東軍司令部の会議室に掲げられていたという《御旗》(1934年 京都霊山護国神社(日南町美術館寄託))。

直立不動で長時間立っている歩哨兵の辛さが伝わって来る作品ですが、画面の中央には満月、足元には草花が描かれ、画面左の軍旗が立てかけられた叉銃(さじゅう)にはバッタがとまっていたり(←ぜひ探してみてください!)、どこか牧歌的な雰囲気が感じられ、歩哨兵も違和感なく風景全体に溶け込んでいるようにも見えてきます。

兵士たちの死と向かい合った作品を描いているのも秋聲の戦争画の特長であると感じました。
下の写真右は、戦死した兵士を葬る場面を描いた《護国の英霊》(1935年 京都霊山護国神社)。
僧籍をもち、従軍慰問使としても派遣されていた秋聲は、このような場面に多く立ち会ったことでしょう。

第3章展示風景


話題の《國之楯》(1944年、1968年改作 京都霊山護国神社(日南町美術館寄託))が見えてきました。



第3章展示風景

戦死した陸軍将校の遺体が横たわる姿を描いた《國之楯》は、天覧に供するため陸軍省の依頼で描いたと伝わるのですが、陸軍省によって受け取りを拒否された作品。
なぜ陸軍省から受け取りを拒否されたのか、なぜ、戦後、秋聲は遺体の上にはらはらと散る桜の花びらを黒く塗りつぶしたのか、多くの謎に包まれている作品ですが、遺体が光を放っているように描かれた、今回が初公開の《國之楯(下絵)》(1944年頃 個人蔵 部分)(上の写真右)と見比べてみると、見る人それぞれの思いが感じ取れると思います。

第4章 /戦後を生きる-静寂の日々

戦後、秋聲は、戦犯として捕らえられることを覚悟して、アトリエにはわずかな画材道具と身の回り品をまとめた風呂敷包みを置き、逃げたと思われるのが嫌で、あれほど好きだった旅行にも出かけることはありませんでした。

第4章には、秋聲が京都でひっそりと暮らしていた晩年に多く描いた仏画を中心とした作品が展示されています。


第4章展示風景

特に注目は、上の写真左の《天下和順》(1956年 鳥取県立博物館)。
楽しそうに踊る大勢の男たちの姿が印象的です。
「天下和順」とは、「無量寿経」の中の偈文で、秋聲は好んでいた言葉でした。

日露戦争から、満州事変、第二次世界大戦と続く激動の時代に、画家として旅を続け、絵を描き続けた秋聲が最後にたどり着いた平穏な境地を見て、ホッとした気分で終えることができる展覧会でした。

第4章展示風景



ミュージアム・ショップにもぜひお立ち寄りください!

展覧会公式図録は、展示作品はもちろん、東京会場で展示されていない作品も掲載されていて、詳細な解説や年表もあって、小早川秋聲の知られざる画業を知るにはベストの本。
ぜひおススメしたいです。定価は本体2,400円+税。



京都画壇を知るためのベストの本は『近代京都日本画史』(本体3,200円+税)。
こちらもミュージアム・ショップで販売しています。




ポストカード7種(1枚 税込180円)、A4クリアファイル3枚セットは税込1,200円。
こちらも来館記念にぜひ!



2021年10月5日火曜日

アートが身近に感じらる本が出ました!『植田工の展覧会のミカタです』

アートが身近に感じられる本が出ました!

本のタイトルは植田工(うえだたくみ)展覧会(てんらんかい)のミカタです』


絵と文 植田工『植田工の展覧会のミカタです』
2021年 発行:株式会社オデッセー出版、
販売:株式会社ワニブックス 定価:本体1500円+税


そしてサブタイトルは、「僕が絵に描いて皆さまをアートの旅にお連れします。」

植田工さんは、東京藝術大学 絵画科油絵専攻を卒業後、東京藝術大学大学院 美術解剖学を修了されたのち、脳科学者・茂木健一郎さんに師事してアーティストとしての活動を始めた方。

その植田さんが、国内各地のミュージアムで開催された展覧会を見に行って、その様子を絵と文章で紹介しているのがこの本なのです。

紹介されているのは、現代美術日本美術西洋美術のそれぞれの分野から、草間彌生さん、村上隆さん、山口晃さんはじめ今を時めく日本のアーティスト、尾形光琳、伊藤若冲、葛飾北斎らの江戸絵画・浮世絵、円空、木喰の仏像・神像、菱田春草ら近代日本画、さらに西洋絵画ではルネサンス期、ラファエル前派、新印象派、さらにデュフィ、マグリットら20世紀のアーテイストまで、全部で40の展覧会。

分野も幅広く、バラエティーに富んでいて、一つの展覧会について長くても10ページ、だいたい6ページぐらいなので、読んでいて飽きることがありません。
それに最初からでなく、好きなところから読んでもいいのです。


本の中身をちらっとお見せすると、植田さんが「ポストイット画」と呼んでいる絵で展覧会の様子を紹介していて、文章もとても読みやすいので、何の抵抗もなくスーッと展示会場に入っていくような気分で読むことができます。



そして何より素晴らしいのは、展覧会を見ながらうれしそうにしている、絵の中の植田さんご自身の表情。

小難しいことは考えずに、「わあ、すごい!」「かっこいい!」と感じて楽しむのが展覧会の醍醐味だと思うのですが、植田さんはプロの画家であるにもかかわらず、素直に感動するという気持ちを忘れずに持っているお方なのです。




植田さんの文章が私たちを惹きつけるのはそれだけではありません。

展示に感動したところで、「なんですごいのだろう。」「なんでかっこいいのだろう。」と次のステップに進んでいくので、読者はすいすいとページをめくっていくことができるのです。

たとえば、植田さんの藝大の大先輩、15歳で東京美術学校(現・東京藝術大学)に入学した菱田春草のすごさを、アニメーションにたとえてこう表現しています。

「・・・春草の風景は色自体が空間の奥行きを無限に感じさせます。
 ・・・春草の絵はアニメーションでいえば手前のキャラクターにあたる人物や植物が緻密に描かれ、その背後に広がる風景は、繊細な色彩のグラデーションによって、見えない空気や空間がどこまでも続くような背景として描かれます。」
(同書p141~p142)



各ページの下の1行コメントにも注目です。




重要文化財の《鮭》(東京藝術大学蔵)で知られる明治初期の代表的な洋画家・高橋由一の絵については、こんなにわかりやすいコメントをしています。

「高橋由一の絵は、不透明色ゴリ押し粘り描きで質感を追って、妙な真の迫り方をする気迫のある絵です」(同書p148)


そして、日本美術の宝庫、ボストン美術館については、読んでいてズルッと椅子から落ちそうになったユニークなコメントも。

「20歳のころ、ボストンに行ったとき、若気の至りでボストン美術館の前を素通りしたことを、後悔しています」(同書p127)


まさに『植田工の展覧会のミカタです』は、楽しいアートの旅に連れて行ってもらえる本。

展覧会によく行かれる方も、これから美術展めぐりをしようかなと考えられている方も、誰もが楽しめて、展覧会に行きたくなる本なのです。


実はプロレスファンの私としては、最初にこの本を目にしたとき、タイトルにある「ミカタ」は、作家・村松友視さんの『私、プロレスの味方です』と同じく「味方」だと思っていましたが、ご紹介したように「ミカタ」は「見かた」だったのです。

 
プロレスの場合、「たかがショーではないか。」と言う「アンチ」に対して、プロレスファンが「味方」するという対抗の図式が成り立つのですが、展覧会の場合、アートに興味があるかないかだけなので、プロレスのような「アンチ」は存在しませんでした。

ところが、最近になって意外なところからアートに対する「アンチ」が出てきました。

新型コロナウイルス感染症拡大による緊急事態宣言の中、「アートは不要不急だ。」と考える人たちです。
 
それでも、植田さんがこの本の元となるコラム『アートの交差点』を書いたのは2014年から約2年間なのですが、そのときすでに「アンチ」に対する回答を用意していたのです。
なんという先見の明でしょうか。

「元来人間の創造の根源には、その存在の不安、逃れられない死に向かう魂を救済するという面が、少なからずあるように思えます。」(同書p183)

やはりこの本は展覧会の「見かた」であると同時に「味方」でもあったのです。



 
現在、植田工さんの個展「Wander」が東京・青山の「Akio Nagasawa Gallery Aoyama」で開催されています。

2021年9月30日(木)~10月30日(土)
開廊時間 木~土 11:00-13:00、14:00-19:00
休廊日  日~水・祝日
※新型コロナウイルスに関する状況により、会期や内容が変更する可能性があります。
展覧会の詳細はこちらです⇒Wander

「Wander」には、「歩き回る、さ迷う」という意味があります。
さっそく『植田工の展覧会のミカタです』を読んで、「今も彷徨いながら描いています」と語る植田さんのWanderlandを訪ねてみませんか。