2015年12月23日水曜日

2015年のドイツを振り返って

おととい(12月21日)、6月に買い込んでいた極甘のドイツワインのボトルを開けた。



極甘というだけあって、辛口ワインが好きな人にとっては卒倒してしまうほど甘いかもしれないが、このまったりとした口当たりが何とも言えず心地よい。

さて今年も余すところあと1週間。

今年はドイツ統一から25周年の記念すべき年。
統一から25年が経過したのに東西ドイツ市民の間にはいまだに「心の壁」があることは10月のブログで紹介したが、10月3日の統一記念日を見届けるかのように、統一当時大きな役割を担った2人の関係者が相次いでこの世を去った。

一人は11月1日に亡くなった旧東ドイツ政府政治局員ギュンター・シャボウスキー氏。

もう一人は12月19日に亡くなった元ライプツィヒ・ゲバントハウス管弦楽団の楽団長クルト・マズア
氏。

二人に共通するのは、東ドイツ全土で市民のデモが激化して、いつ流血の惨事が起こるかわからない、という状況の中、それぞれ政府の代表、市民の代表という立場の異なる二人の言動が最悪の事態を避ける結果となっということ。もちろん、前者はそれを意図したわけではないが。

(ベルリンの壁崩壊の状況及び二人の演じた役割については、このブログで2011年9月10日から12月18日まで10回連載した「ベルリンの壁崩壊」で紹介しているので、ぜひご覧になってください)


そして今、統一を実現したドイツに大きくのしかかってきたのが、シリアからの難民受入とシリアへの軍事介入の問題。

ドイツ政府は12月4日に対IS軍事行動に参加することを決め、18日には国連の安全保障理事会がシリアの和平をめざす決議案を全会一致で採択したが、アサド政権、自由シリア軍などの反体制派、ヌスラ戦線などアルカイダ系、そしてISが入り乱れて内戦状態になっているシリアに、どのように和平をもたらしていくのか先行きは全く不透明である。

新聞やテレビのニュースでは、連日シリアの惨状が報道されるが、今から21年前(1994年)、シリアに旅行をして、モスクや遺跡の素晴らしさに感動しただけよけいに心が痛む。

当時、アラブ圏に興味をもち、アラビア語を勉強していた私が最初に行きたいと思ったのが、広大な大地に遺跡が広がるパルミラだった。
そこで当時、JTBが企画したシリア・ヨルダンを巡る11日間のツアーに参加した。

カイロ経由でダマスカスまで飛行機で飛び、そこからバスでパルミラに向かい、パルミラに到着したのは夕刻。夕闇が迫り、静けさに包まれたパルミラの廃墟の光景は、今でも私の心の中に印象深く残っている。

そこで、全く微力かもしれないが、「今、戦場になっているのはこんなに素晴らしい所だったのだ」ということを少しでも多くの人に伝え、関心をもってもらいたいと思い、来年から少しずつ21年前のシリア・ヨルダン旅行の様子を紹介したいと考えている。

(今年一年ご愛読ありがとうございました。来年もご愛顧のほどよろしくお願いいたいします。それではみなさまよいお年を)


2015年11月21日土曜日

プラド美術館展(三菱一号館美術館)ブロガー特別内覧会

11月11日(水)に開催された「青い日記帳×プラド美術館展ブロガー特別内覧会」(三菱一号館美術館)に参加してきました。

美術館入口の前に浮かぶイルミネーション広告

この美術展は、2013年に国立プラド美術館で開催され、2014年にバルセロナに巡回した展覧会を再構成したもので、7つの章で構成されています。

Ⅰ 中世後期と初期ルネサンスにおける宗教と日常生活
Ⅱ マニエリスムの世紀:イタリアとスペイン
Ⅲ バロック:初期と最盛期
Ⅳ 17世紀の主題:現実の生活と詩情
Ⅴ 18世紀ヨーロッパの宮廷の雅
Ⅵ ゴヤ
Ⅶ 19世紀:親密なまなざし、私的な領域


それではまず第一章から。

Ⅰ 中世後期と初期ルネサンスにおける宗教と日常生活

会場に入るとまるで礼拝堂のような静けさに包まれた空間が広がります。
正面は今回の展覧会では唯一のテンペラ画(他はすべて油彩)。
作品リストによると、作者は「聖カタリナ伝説の画家」で、携帯用三連祭壇画の一部、とあって、表は《聖母の婚約》、裏は《苦しみのキリスト》です。



この展覧会のパンフレットですっかり有名になったヒエロニムス・ボスの《愚者の石の除去》(右)もこの部屋に展示されています。
左のハンス・メムリンク《聖母子と二人の天使》は、空の青と咲き乱れる花がとてもきれいです。
中央は偽ブレスの三連祭壇画《東方三博士の礼拝》、《12部族の使者を迎えるダビデ王》、《ソロモン王の前のシバの女王》。こちらも背景の空の青がとてもきれいです。


続いて狭い廊下を抜けると第二章です。

Ⅱ  マニエリスムの世紀:イタリアとスペイン

第二章はルネサンスを超克しようと試みたマニエリスム。曲線を多用した複雑な構図や、デフォルメされた人体の描写などが特徴です。
左がティツィアーノ・ヴェチェッリオ《十字架を担うキリスト》、右がソフォニスバ・アングイッソーラ《クレモナの詩人、ジョバンニ・バッティスタ・カゼッリ》。


エル・グレコも小品ながらいい味を出しています。
《エジプトへの逃避》(右)は、近くで見ると御者のひく細い手綱が白く描かれているのがわかります。左は《受胎告知》。エル・グレコらしくマリアがとても優しく綺麗に描かれています。



次の小部屋からこれに続く大きな部屋は第三章です。

Ⅲ バロック:初期と最盛期

第三章の部屋には、小品の多い今回の展覧会の中にあって、比較的大きめの作品が展示されています。
右から、ムリーリョの《ロザリオの聖母》、ルーベンスの《聖人たちに囲まれた聖家族》、コルネリス・デ・フォス《アポロンと大蛇ピュトン》。

ほどなくすると、ムリーリョ《ロザリオの聖母》の前でギャラリーツアーが始まりました。

はじめに高橋館長さんから歓迎のごあいさつ。


「今回の展覧会は三菱一号館美術館にぴったりの小さい作品を集めたので、小さい作品ばかりではないか、というご意見をいただくかと思いましたが、今までこのようなお叱りの声はお客様からは聞こえてきません。」
とユーモアを交えてお話を始められました。

「小さい作品はディテールを見るのにエネルギーを使います。先日、黒柳徹子さんがお見えになりましたが、じっくり2時間見られました。みなさんもぜひじっくり見てください。」
「バロック時代の大きな作品は、工房で制作し、画家本人は少し手を入れる程度でしたが、小さい作品は画家本人の手によることが多いという特徴があります。」

続いて担当学芸員の安井さん(左)からの作品解説。
特別内覧会のモデレーターTakさん(右)が手にしているのは展覧会の図録。
表紙はベラスケスの《ローマ、ヴィラ・メディチの庭園》。高橋館長がおっしゃてましたが、コローと言っても通用する印象派のはしりとも言える作品です。


安井さん
「この展覧会では、王室のプライベートコレクションから、大きな宮殿の中の小ぶりな部屋に合ったキャビネット・ペインティングを集めて構成したものです。」
「小さいものは大きなものより劣るのか、大きくないと美は宿らないのか、美とは何かと問うのが今回の展覧会のコンセプトです。ぜひとも、よく見て、よく感じていただければと思います。」

「こちらはルーベンスが王室の狩猟休憩塔の装飾用下絵(手前)に基づいてコルネリス・デ・フォスが描いた《アポロンと大蛇ピュトン》。アポロンとキューピットの目が合っていないとか、デ・フォスが原画と異なる表現をしているところが注目です。」


「ムリーリョもルーベンスもベネチアで勉強しました。ルーベンスの《聖人たちに囲まれた聖家族》は、原画はアントワープにありますが、この絵はルーベンスが自分用のコピーとして描いたものです。筆使いから見て、この絵は100%ルーベンスの筆によるものでしょう。」


第三章の作品が展示されているこの部屋には小品の静物画も展示されています。
手前はパンフレットに掲示されているファン・バン・デル・アメン《スモモとサワーチェリーの載った皿》。サワーチェリーの透明感が素晴らしいです。



Ⅳ 17世紀の主題:現実の生活と詩情
第四章には、展覧会図録の表紙になっているベラスケス《ローマ、ヴィラ・メディチの庭園》(左)、そしてクロード・ロラン《浅瀬》が展示されています。
こうやって見ると確かに初期印象派と言っても通用する絵のタッチです。
それにこのマントルピースが絵の良さを一層引き立てています。


こちらはヤン・ブリューゲル(2世)《豊穣》(左)とヤン・ブリューゲル(1世)《森の中のロバの隊列とロマたち》(右)が並んでいます。右の作品の空の青色がとてもきれいなのが印象的でした。


Ⅴ 18世紀ヨーロッパの宮廷の雅

第五章には、美術館入口のイルミネーション広告を飾るメングスの《マリア・ルイサ・デ・パルマ》が展示されています。両脇のルイス・パレート・イ・アルカーサルの《花束》がまさに華を添えている心憎い演出です。

風景を描いた作品も素晴らしいです。
左からミシェランジュ・ウアス《エル・エスコリアル修道院の眺望》、ガスパーレ・ヴァンヴィテッリ《ポジリポ(ナポリ)のグロッタ》、フィリップス・ワウウェルマン《タカ狩りの一団》。



Ⅵ ゴヤ
第五章は、ずばりゴヤ。
さすがに18世紀スペインを代表する画家だけあって、ゴヤだけで一章を構成しています。
左から《傷を負った石工》、《目隠し鬼》、《トビアスと天使》。
天使の光がまばゆいばかりです。



Ⅶ 19世紀:親密なまなざし、私的な領域
そして第七章も小品が続きます。
左からイグナシオ・ピナーゾ・カマルレンチ《ファウヌス(子供のヌード)》、マリアノ・フォルトゥーニ・イ・マルサル《日本式広間にいる画家の子供たち》と《ポルティチの浜辺のヌード》。



最後はマリアノ・フォルトゥーニ・イ・マルサルとライムンド・デ・マドラーゾ・イ・ガレータの《フォルトゥーニ邸の庭》(左)、ライムンド・デ・マドラーゾ・イ・ガレータ《セビーリャ大聖堂のサン・ミゲルの中庭》(右)。



写真右の作品は縦15.8㎝、横10㎝ととにかく小さいですがよく描き込まれています。

とても内容の充実した展覧会です。
みなさんもぜひ、作品一つ一つをじっくりご覧になっていただきたいと思います。

※掲載した写真は主催者の許可を得て撮影したものです。

最後になりましたが、このたびは内覧会に参加させていただきありがとうございました。



2015年10月10日土曜日

ドイツの10月

ドイツで10月といえば9月下旬から始まっているオクトーバーフェスト、それに10月3日の統一記念日。
急に涼しくなったせいか10月に入って風邪をひいてしまい、10月3日にドイツ統一を祝えなかったが、喉の具合もだいぶ良くなったので一週間遅れの祝杯。
ビールはサントリーのプレミアムモルツ「香るプレミアム」。



最近ではビールはもっぱらサントリー。
サントリーは文化事業に力を入れていて、サントリー美術館にはよく行くので今回初めてメンバーズ・クラブに入会した縁もあって、応援したいという気持ちが強い。

今日から始まった久隅守景展。
狩野派の枠を飛び出して独自の世界を築いた久隅守景の作品をこれだけまとめてみる機会は滅多にないのではないだろうか。いつ行こうかな、と思いを巡らせている。今から楽しみである。

さて、ビールの話に戻ると、サントリーは「ビール製造には大麦、ホップ、水、(のちに酵母)だけが使用されなくてはならない」というドイツのビール純粋令をしっかりと守っているところがいい。
さらに、この「香るプレミアム」は私の好きな上面発酵のエールタイプのビールなので何しろ口に合う。

ということで今宵も「香るプレミアム」。

ドイツは今、シリアからの難民問題、フォルクスワーゲンの排ガス規制をめぐる不正問題などで大きく揺れている。こういった中、ドイツ統一25周年を迎える今年も、東西ドイツの間には壁が依然として残っているという新聞記事を見かけた(朝日新聞平成27年10月4日)。

新聞記事を引用すると、

 昨年の失業率は旧西独5.9%、旧東独9.8%
 東の平均所得は西の約8割にとどまっている
 9月の世論調査で「統一は未完」と答えた人は、旧東独人が77%、旧西独人64%

さらに、統一後に旧西独から旧東独に移動した人が約210万人に対して、旧東独から旧西独に移動した人が約330万人、その差約120万人。
東西を隔てる壁が建設される前の10年間に約100万人もの人たちが東から西に逃れたが、その時に匹敵する民族の大移動である。

さらに「人々の心の壁も消えていないようだ」とも書かれている。
ドイツの経済誌が一昨年ネット上で調査したところ、
「旧東独人は標準独語が話せない、文句ばかり言っている」
「旧西独人は傲慢、金のことだけ考えている」
といった回答が上位を占めていたとのことである。

ベルリンの壁は崩壊しても、東西の人々の「心の壁」が残っているという問題意識からこのブログを始めたのが4年前。それからドイツに旅行したりもして、東西の違いについてウォッチしてきた。
今年はドイツに行く機会がなかったが、この新聞記事を読んであらためて行ってみたいと思うようになった。
ドイツに行っても昼間は街なかを散歩して、夜になったらビールを飲んでいるだけかもしれないが、それでも統計だけでは見えてこない何か街の雰囲気のようなものが見えてくるかもしれない。

そんなことを考えながら2本目の缶ビールのプルトップをプシュっと開けた。






2015年9月10日木曜日

青い日記帳×岡田美術館 ブロガー向け特別鑑賞会~琳派の夕べ~

9月5日(土)、「青い日記帳×岡田美術館 ブロガー向け特別鑑賞会~琳派の夕べ~」に参加してきました。

会場には16時前に到着しました。
特別鑑賞会の開始は閉館後の17時からでしたが、それまでは一般のお客さんと同じように鑑賞できるとのことでしたので、受付で参加費を払い、館内を1階から順番に回ることにしました。

岡田美術館には初めて来ましたが、1階に入ってすぐにその所蔵作品の充実ぶりに圧倒されました。1階には中国古代の青銅器、唐三彩、宋から清までの陶磁器がずらりと並んでいて、まるで今年7月に行ったばかりの台北故宮博物院に迷い込んだような気分です。

展示室は5階まであって、他にも日本の土偶や埴輪、桃山・江戸時代の絵画、平安・鎌倉時代の仏像はじめジャンルも幅広く、じっくり見ていたら時間がいくらあっても足りないのでは、と思うほどでした。

館内を回っていたらあっという間に1時間が過ぎたので、受付で資料をいただき、集合場所の5階ホールに向かいました。

特別鑑賞会の式次第

  17:00~17:10  5階ホールで参加者を前に青い日記帳主宰のTakさんと岡田美術館副館長
            寺元晴一郎さんのご挨拶
  17:15~18:00  寺元副館長のギャラリートーク(2階、4階)
  18:05~18:20  岡田美術館チョコレート マスターシェフ 三浦直樹さんの新作チョコレート
            発表会&試食会。
  18:20~19:30  全展示室の自由観覧・展示室撮影タイム(展示室は19時まで)


はじめにTakさんから「ようこそ箱根にお越しいただきました」との歓迎のご挨拶。
(こちらの方こそ、お招きいただきありがとうございました。)

寺元副館長からは、琳派400年を記念して開催される「箱根で琳派大公開」の概要についてのお話がありました。
今回の特別展は、前半(2015年9月5日~12月15日)が京琳派で、宗達・光悦・光琳の作品が中心、後半(2015年12月19日~2016年3月31日)は江戸・大阪の琳派で、抱一、其一、芳中の作品が中心です。




このあとは、参加者全員が2階に移動して、寺元副館長のギャラリートーク。
美術作品の見方や購入されたときのエピソードなどをご披露いただき、とても楽しい解説でした。

まずは2階から。
仕切りもなく広々としたフロアーの正面に、暗がりの中から浮かび上がってくるのは
尾形光琳「菊図屏風」(岡田美術館蔵)。


この屏風は個人蔵で東博に寄託されていたものを購入されたとのこと。
個人蔵だとなかなか一般の人に公開する機会はないのですが、こうやって美術館蔵になると定期的に展示することができる、と寺元副館長はお話されていました。
(おかげさまで私たちも見ることができます。本当にありがとうございます)

写真ではわかりませんが、近くで見ると横長の紙をつないだつなぎ目が見えます。

寺元副館長から、
 
 ○ この屏風は5枚の紙をつないでいますが、時代を下るほど紙すきの技術が進歩して幅広の紙
  をすくことができたので、紙すきの幅が広いほど時代が新しく、狭いほど時代が古いという見方
  ができます。

 ○ 金箔も、時代が新しいほど薄く広げる技術ができたので、古いほど金箔の升目が小さく、
  また、角がつぶれないよう重ねたあとが見えます。

といった解説をいただき、あらためて屏風を見て、なるほど、とうなずきました。

他にも、

 ○ 菊の花びらはハマグリを砕いた胡粉で盛り上げていますが、薄墨を塗った上に胡粉を塗って
  いるので、この菊は少し黒っぽく見えます。
 ○ 葉脈の細い線は金泥です。細い線を金泥でなく截金で表現する絵もありますが、金泥と截金
  の違いは、金泥は筆のあとが見えるのに対して、截金はへらで押していくので、どこかで切れ目
  が見えるところです。

といった具合に、美術作品を味わうための細かな視点まで解説いただきました。

次は特別展「箱根で琳派大公開」の作品が展示されている4階に移動しました。

はじめは俵屋宗達下絵・本阿弥光悦書「謡本」(岡田美術館蔵)。

この謡本のシリーズは、雲母摺(きらずり)文様の表紙に絵入りの題簽(だいせん)を貼ったもので、表紙・題簽の下絵は宗達初期の作品と考えられています。
全巻は手放さない、との元の持ち主の方のご意向で、半分だけ買い取ることができ、残りの半分は京博に所蔵されているとのことです。
(写真では全体を写しているのでよくわかりませんが、作品の素晴らしさは実際に近くでじっくりご覧になってください)

続いて俵屋宗達下絵・本阿弥光悦書の「花卉に蝶摺絵新古今和歌巻」(岡田美術館蔵)。

この作品は宗達が木版に金泥、銀泥をたっぷり使っているもので、切断されずに巻頭から巻末まで残っている貴重なもの、とのことです。
寺元副館長が関西にお住いの元の持ち主の方との最後の交渉に出向いたのですが、交渉が成立したのが夜の8時。その後、東名高速を車で戻ってきたのですが、時期は冬、あいにくの大雪で関ヶ原のあたりで行く手を阻まれ、パーキングエリアで雪が収まるのを待っていたとき、大事な作品を積んでいるのでトイレにも行かれなかった、この作品を見るたびに美術作品を入手する苦しみを思い出す、としみじみお話されていたのが印象的でした。

寺元副館長さんはじめ、岡田美術館の皆さんのこういった努力があるからこそ私たちも素晴らしい芸術作品を見ることができると思うと、ひたすら感謝、感謝です。

掛軸のコーナーでは、一文字風体の説明をいただきました。
上から下がっている細長い2本の紙と、作品の上側と下側の約10㎝幅の紙は同じ紙を使う決まりになっていて、これが一文字風体と呼ばれていますが、掛軸をつくるときにはここにお金をかけるとのことで、高いものでは1㎝あたり5万円もするそうです。



      俵屋宗達下絵・本阿弥光悦書 柳に波下絵和歌色紙「はるごとに」(岡田美術館蔵)

こちらは今年の1月21日から2月2日まで日本橋三越本店で開催されていた「岡田美術館所蔵 琳派名品展」の入ってすぐのところに展示されていた尾形光琳「蕨図団扇」(岡田美術館蔵)。
久しぶりの再会です。
この掛軸は、琳派好みの植物を描いた、光琳を見つめる基準となる作品とのこと。
この作品を買受けたときには、絵の上下だけがくるくる巻かれ、平たい箱に入っていたとのことです。そのため絵の部分の色が剥落をまぬがれました。



ここからは光琳の弟・尾形乾山の陶磁器のコーナー。
こちらは尾形乾山作・光琳画の銹絵白梅図角皿(岡田美術館蔵)。


乾山は光琳が絵を描く皿は、お兄さんの絵を見えやすくするため、縁の部分を低くしたとのことです。

こちらはニューヨークで入手して、帰りの飛行機ではファーストクラスに乗せて持ち帰ってきたという尾形乾山 色絵宇津山(蔦細道)図角皿(岡田美術館蔵)。
蔦の細道といえば宗達の「蔦の細道図屏風」(重要文化財 相国寺蔵)を思い浮かべますね。

こちらは新たに重要文化財に指定された尾形乾山 色絵竜田川文透彫反鉢(岡田美術館蔵)。
この重文の鉢に実際に料理を盛ってみたい、と寺元館長は楽しそうにお話されていました。
ちなみにこの鉢、入手するまで6年半かかったとのことです。


そして特別展の締めくくりは、尾形光琳 雪松群禽図屏風(岡田美術館蔵)。



この屏風は、寺元副館長と岡田名誉館長の出会いのきっかけとなった作品で、光琳の屏風を入手したいという岡田さんに寺元さんがお見せしたもので、初めてこの屏風を見たとき岡田さんは、あまりの素晴らしさに屏風の前でしばらく無言のままじっとしていらっしゃったとのことです。
その後、岡田さんから「美術館をつくりたい」というお話を打ち明けられましたが、東京には出光美術館や根津美術館のように素晴らしいコレクションをもっている美術館があって、それに匹敵するだけの美術館ができるかどうか自信がなかったので、最初はあまりいい返事をしなかったのですが、岡田さんの熱意に「ではこれから美術作品を蒐集して様子を見ましょう」と答えたそうです。

寺元副館長の楽しいギャラリートークが終わり、ふたたび5階ホールに戻ると、机の上には岡田美術館チョコレート マスターシェフ 三浦直樹氏による新作のチョコレートが用意されていました。
これは尾形光琳「菊図屏風」をモチーフにした「ボンボンショコラセレクション 光琳菊図屏風チョコレート」。
左から松茸と南瓜、和三盆糖と胡桃、安納芋とサフラン、柚子とマスカルポーネ、宇治抹茶と黒豆といった意外な取り合わせのチョコレート5種類で、どれも美味です。これはミュージアムショップで買うことができます。
飲み物は「菊図屏風」に合わせて、さっぱりとした菊茶でした。



次は自由鑑賞と展示室撮影タイム。
まずは5階ホール横の仏教美術の部屋から。
入口を入ると2体の木造金剛力士立像がお出迎えしてくれます。その横でにらみをきかしているのが四天王さんたち。


木造四天王立像(鎌倉時代前期 岡田美術館蔵)

1階は冒頭にもご紹介した中国古代の青銅器、唐三彩、宋から清までの陶磁器、それに韓国の陶器や日本の埴輪、土偶も展示されています。





2階は先ほど紹介した光琳の「菊図屏風」と日本の陶器、ガラスのフロアで、3階は日本絵画のフロアです。
日本橋三越本店で開催された「岡田美術館所蔵 琳派名品展」でお目にかかった懐かしい作品もあります。(以下の作品はいずれも岡田美術館蔵です)

「岡田美術館所蔵 琳派名品展」に出展された長谷川派「浮舟図屏風」(上)、「誰ケ袖図屏風」(下) 




狩野派の作品も展示されています。

狩野派「春夏花鳥図屏風」


狩野元信「四季花鳥図屏風」


江戸中期の代表的な絵師・伊藤若冲もいます。

伊藤若冲「三十六歌仙図屏風」

近現代のコーナーには狩野芳崖や橋本雅邦といった幕末から明治にかけて活躍した狩野派最後の絵師たちの作品も展示されています。
 狩野芳崖「高士観瀑図」

橋本雅邦「四季山水図屏風」

そして4階はすでに紹介した特別展「箱根で琳派大公開」のフロアー。

※展示室の画像は主催者の許可を得て撮影したものです。

外に出ると建物の壁面には福井江太郎筆「風・刻」。



この現代の「風神雷神図」の正面には足湯カフェがあり、ドリンクを飲みながら足湯をすることができます。美術館めぐりで疲れた足を癒してはいかがでしょうか。

最後はミュージアムショップ。
ここでは図録『岡田美術館名品撰』と『琳派名品展』(こちらは日本橋三越本店で開催された「岡田美術館所蔵琳派名品展」の図録です)を購入しました。

素晴らしい美術作品を見て心も豊かになり、図録でザックもズシリと重くなり、とても充実したブロガー特別鑑賞会でした。

展覧会の詳細は岡田美術館の公式サイトをご参照ください。

http://www.okada-museum.com/exhibition/

9月18日(金)~20日(日)には琵琶演奏のイベントがあり、小林館長と寺元副館長のギャラリートークがあるので見逃せません。

http://www.okada-museum.com/information/archives/710


後期もがんばって行くつもりです。
ちょうど寒い時期なので、美術館鑑賞のあと温泉につかるのも楽しみです。

本当に素晴らしい美術館です。みなさんもぜひお越しになってください。
そしてぜひ箱根に泊まってください。
(念のため、お出かけ前に箱根山の火山情報をご確認ください。)

2015年8月10日月曜日

「画鬼暁斎」ブロガー内覧会@三菱一号館美術館

8月6日(木)、三菱一号館美術館で開催中の「画鬼暁斎~幕末明治のスター絵師と弟子コンドル」のブロガー内覧会に参加してきました。


三菱一号館といえば英国人建築家ジョサイア・コンドルが設計した西洋風の近代建築の建物。
そこに型破りな河鍋暁斎の作品がどう展開されるのだろうかと、わくわくしながら会場に向かいました。

はじめに高橋館長からのごあいさつ。

「みなさま暑い中ようこそブロガー内覧会にお越しいただきました」との温かいお言葉のあと、
「三菱一号館美術館は西洋美術専門と見られているので、今回の展覧会は意外と思われるかもしれませんが、もともとこの美術館には西洋美術だけでなく、近代をいろいろな角度から見たいというコンセプトがありました。そこで以前からいつかは暁斎展を開催したいと考えていたのですが、開館5周年の企画として、コンドルが設計したこの三菱一号館にふさわしい企画として実現することができました。」と、この展覧会にかける思いのこもったお話をいただきました。

続いて、ナビゲーターのTakさんが今回の展覧会担当学芸員の野口さんに展覧会の見どころをおうかがいしました。

野口さん
「日本近代建築の父・コンドルにはもう一つの顔がありました。それは日本美術、日本文化好きという顔です。踊りも落語も好きでしたが、もっとも心血を注いだのが絵です。」

Takさん
「コンドルはなぜ暁斎に弟子入りしたのでしょうか?」

野口さん
「暁斎は、大衆的な浮世絵からフォーマルな狩野派まで勉強したので、なんでもできる絵師として、当時、大変人気がありました。コンドルが暁斎に目をつけたのも自然な流れであったと言えます」

Takさん
「今回の展示作品の見どころやエピソードは?」

野口さん
「まずは入口に入ってすぐにある「枯木寒鴉図」です。これは暁斎が第二回内国勧業博覧会に出品し最高賞をとったもので、暁斎の名を高めたターニング・ポイントとなった作品でした。
出品作品は売り物だったので価格をつけなくてはならなかったのですが、暁斎は当時としては破格の百円という価格をつけました。鴉(からす)一羽に百円は高すぎるのではという声に、『これまでの研鑚修行の対価だ』と応えたそうですが、これを意気に感じた榮太郎総本舗の当主・細田安兵衛が購入しました。この作品は以後『百円鴉』と呼ばれ、その後、鴉の絵の注文が多くなったとのことです。」

会場入口を入ると「枯木寒鴉図」の鴉(からす)がお出迎え

Takさん
「他に見どころはどの作品でしょうか?」
野口さん
「今みなさんがいらっしゃる部屋(Ⅳ.暁斎とコンドルの交流)は、かつてコンドルが所蔵していた作品を展示しています。また、暁斎は絵日記をつけていたのですが、ここによくコンドルが登場します。コンテールと書かれていますが、いっしょに日光に旅行に行ったりして、二人の間柄がよくわかります。あまりに多く出てくるので、そのうちコンドルの似顔絵のスタンプを作って押してます(笑)。」

ここがかつてコンドルが所蔵していた作品の部屋
(手前のガラスケースの中に展示されているのが絵日記)


野口さん
「ここから先はジャンル別になっています。 春画のコーナーもあります。暁斎の春画はおおらかで女性の方でも楽しんでいいただけるようなのでほっとしています(笑)。」

野口さんの楽しくてわかりやすい解説の後、会場内をめぐってみました。
展示は5つの章に分かれています。

Ⅰ.暁斎とコンドルの出会い-第二回内国勧業博覧会
   ここに先ほど紹介した「枯木寒鴉図」や、コンドルが設計した上野博物館(現在の東京国立博
  物館。ここで内国勧業博覧会が開催された。)も描かれた明治初期の上野山の絵が展示されて
  います。
  
Ⅱ.コンドル-近代建築の父
  コンドルが設計した鹿鳴館の写真と、階段の一部が展示されています。この階段は三菱一号館の一部ではと思えるほどこの建物の雰囲気にマッチしています。
 


Ⅲ.コンドルの日本研究
 師・暁斎について絵の修行をしたコンドルの作品が展示されています。
画号は「暁英」。イギリスから来た暁斎の弟子、という意味でしょうか。
鯉などいい雰囲気出してます。鷹の目がかわいらしいのはご愛嬌。


Ⅳ.暁斎とコンドルの交流
 ここは先ほど紹介した、かつてコンドルが所有していた作品の部屋です。

Ⅴ.暁斎の画業
 ここから先はジャンル別になっています。
 
 1 英国人が愛した暁斎作品-初公開 メトロポリタン美術館所属作品
   題材は猿サルだったり、鷲だったり、鹿だったりとバラエティに富んでいます。



 
2 道釈人物図
   このコーナーはいかにも狩野派らしい作品が並びます。
   風神雷神図(下の写真左)けっこう迫力ありました。




  


 このコーナーを出ると、巨大な猫に驚くところを記念撮影できるスポットがあります。
   

 「3 幽霊・妖怪図」、「4 芸能・演劇」と続いたあとは「5 動物画」。
暁斎の鷹は獲物を追う鋭い目つきをしています。


続いて暁斎には珍しい「6 山水画」。
右の二幅は秋冬山水図。いい雰囲気出してます。


 7 風俗・戯画
   ここは蟹が綱渡りをしていたり、蛙が猪の背に乗っていたり、おもわず笑みが出てくる作品が 
  多いです。



 8 春画
   最近になってようやく日が当たるようになった春画。これは袋に入ったハガキ大の大きさの春
 画で、それぞれの月の祭礼や行事にちなんで明るく描かれています。
   写真では小さくてわかりにくいので、その場で現物をじっくりとご覧になってください。  


 そして最後は「9 美人画」。女の人が楽しそうに蛙の相撲をながめている作品(下の写真右)などけっこうなごめます。




作品を見終わってとても満足。
多才な暁斎の画業の全体像を見ることができる貴重な展覧会です。
9月6日(日)までです。お早めに。
詳細は公式サイトをご参照ください。

http://mimt.jp/kyosai/


最後になりますが、今回の内覧会を企画していただいたみなさま、ご招待いただきどうもありがとうございました。

※ 掲載した写真は、主催者の特別な許可をいただいて撮影したものです。