2021年9月26日日曜日

Bunkamura ザ・ミュージアム「ポーラ美術館コレクション展 甘美なるフランス」

 東京・渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムでは、「ポーラ美術館コレクション展 甘美なるフランス」が開催されています。

展覧会チラシ


今回の展覧会は、箱根・仙石原にあるポーラ美術館の西洋絵画をはじめとした豊富なコレクションの中からセレクトされた、印象派からエコール・ド・パリの時代にフランスで活躍した28人の画家の絵画74点がまとまって見られる絶好の機会です。

展覧会概要


会 期  2021年9月18日(土)~11月23日(火・祝)
休館日  9月28日(火)、10月26日(火)      
開館時間 10:00-18:00(入館は17:30まで)
     夜間開館/毎週金・土曜日は21:00まで(入館は20:30まで)
会 場  Bunkamura ザ・ミュージアム
入館料  一般 1,700円、大学・高校生 1,000円 中・小学生 700円(税込)   
 ※会期中のすべての土日祝および11月15日(月)~11月23日(火・祝)は【オンラインによ 
  る入場日時予約】が必要となります。
展覧会の詳細、オンラインによる入場日時予約は、展覧会公式サイトでご確認ください⇒ポーラ美術館コレクション展 甘美なるフランス

展示構成
 第1章 都市と自然-モネ、ルノワールと印象派
 第2章 日常の輝き-セザンヌ、ゴッホとポスト印象派
 第3章 新しさを求めて-マティス、ピカソと20世紀の画家たち
 第4章 芸術の都-ユトリロ、シャガールとエコール・ド・パリ

※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真はプレス内覧会で主催者の許可を得て撮影たものです。
※展示作品はすべてポーラ美術館所蔵です。

こちらは会場の外のフォトスポット。
デュフィの《パリ》を背景に、ぜひ記念撮影を!

フォトスポット


今回の展覧会では、第1章の19世紀後半の印象派から、第4章のエコール・ド・パリまで、作品が年代順に展示されていますが、そこに共通して流れるテーマは、「女性像」「パリ」「旅」

それではこの3つのテーマを手がかりに会場内の様子をご案内していきたいと思います。


テーマ1 時代を映すファッショナブルな女性像


19世紀半ばの産業革命を契機に発達した女性たちのファッションは、時代の象徴として当時の画家たちを魅了しました。

今回の展覧会では、異なった時代の画家による、さまざまな画風の女性像を見ることができます。

初めにご紹介するのは、ルノワールらしい柔らかな色調で女性を描いた《レースの帽子の少女》。展覧会チラシの表紙を飾る作品です。

ピエール・オーギュスト・ルノワール
《レースの帽子の少女》1891年

《レースの帽子の少女》の隣に展示されているのは、パリジェンヌたちが愛用した化粧道具。
会場内にはアールヌーボーやアールデコの化粧道具が、作品とともに全部で12件展示されていて、雰囲気を盛り上げています。
化粧品の香りが伝わってきそうです。


第1章展示風景

壁紙にも注目です。
フランスの邸宅におうかがいして絵画を楽しむというのが今回の展示のコンセプトなので、おしゃれなインテリアも雰囲気を盛り上げるのに一役買っています。

そして、ピアノの伴奏ともに優しいトーンの解説を聞くことができる音声ガイドもおススメです(貸出料金:1台600円(税込))。
ナビゲーターは声優の下野紘さん、解説ナレーターはTBSテレビ アナウンサーの水野真裕美さん。

ピアノの音色を聴きながら、おしゃれなインテリアの室内を歩くと、気分はすっかりパリ!


鮮やかな色調で描いた女性たちはマティスの作品。

右から、アンリ・マティス《室内:二人の音楽家》1923年、
《紫のハーモニー》1923年、《襟巻の女》1936年

マティスは南仏のニースに滞在したので、窓を開けるとまばゆく輝く地中海が見えてくるのでは、と想像が膨らみます。

アンリ・マティス《襟巻の女》1936年



テーマ2 近代化によって大きく変貌するパリ


当時の画家たちは、19世紀半ばに行われたパリ大改造や産業革命によって近代都市に生まれ変わったパリの姿を好んで描きました。

フォトスポットでもご紹介したラウル・デュフィの《パリ》(1937年)が見えてきました。
パリの名所を散りばめたこの作品は、まるで「パリの洛中洛外図」です!

第3章展示風景 撮影:古川裕也

続いて、生まれ育ったモンマルトルの街並みを描いたユトリロの《ラ・ベル・ガブリエル》(1912年)、《ラパン・アジル》(1911年)(下の写真左の2点)。


第4章展示風景 撮影:古川裕也



パリ散歩のフィナーレを飾るのはシャガール。
戦後、亡命先のアメリカからフランスに戻り、1964年にパリ・オペラ座の天井画を完成させたシャガールの《オペラ座の人々》(1968-71年)(下の写真、奥の左から2点目)には、シャガール本人と思わる人物が描かれています。

第4章展示風景 撮影:古川裕也



テーマ3 フランス各地への旅


産業革命によって鉄道網がフランス各地に伸びて、パリの人たちの行動範囲は広がり、画家たちもパリ郊外や南仏などに移り住んで作品を描くようになりました。

機関車や駅、工場などを近代化の象徴として描いたのは、日本でも大人気のモネ。

右から クロード・モネ《サン=ラザール駅の線路》1877年、
《花咲く堤、アルジャントゥイユ》1877年

音声ガイドでは、モネが機関車を描くときのユニークなエピソードを聞くことができます(音声ガイドを聞いてのお楽しみ!)。

モネといえばやはり「睡蓮」が見たくなりますが、冒頭に展示されていますのでご安心を。

右 クロード・モネ《睡蓮》1907年
左 ジャン=バティスト=カミーユ・コロー《森のなかの少女》
1865-1870年頃


ピサロやシスレーが描いたパリ郊外の風景画には、自然の温かみが感じられて、心が和みます。

第1章展示風景




南仏のプロバンスに移住して作品を描き続けたのが、ポスト印象派を代表する画家の一人、セザンヌでした。

右から ポール・セザンヌ《オーヴェール=シュル=オワーズの藁葺きの家》
(1872-1873年)、《4人の水浴の女たち》(1877-1878年)、
《プロヴァンスの風景》(1879-1882年)


ナビ派のボナールが描いたのは《地中海の庭》(1917-1918年)(下の写真右)。
黄色いミモザの花で埋め尽くされた庭の彼方に広がるのは青い地中海。かなたには南国らしい棕櫚の木も見えます。

第2章展示風景


展示室内は、19世紀後半から20世紀にかけてのパリやフランス各地の雰囲気でいっぱい。
箱根のポーラ美術館に行っても、これだけ多くの画家たちの作品を一度に見られるとは限りません。
とても貴重な機会ですので、ぜひご覧いただきたい展覧会です。


ミュージアムグッズも充実のレパートリー!


モネやルノワールはじめ、人気画家の展示作品をモチーフにしたオリジナルグッズも充実しています。
モネ《睡蓮》が描かれた缶に入った缶入りクッキー(税込1,900円)や、ルノワール《レースの帽子の少女》の缶が可愛らしいアーモンドドラジェ(税込1,200円)は、中身のお菓子を食べた後でもオシャレな小物入れとして使えそうです。




展覧会の全出品作品を収録して、解説も充実している展覧会図録もおススメです。
全228ページのボリュームで税込2,400円です。

展覧会図録


他にも目移りしそうなグッズでいっぱい。
ぜひ展覧会特設ショップにもお立ち寄りください。

2021年9月20日月曜日

山種美術館 開館55周年記念特別展「速水御舟と吉田善彦ー師弟による超絶技巧の競演ー」

東京・広尾の山種美術館では、開館55周年記念特別展「速水御舟と吉田善彦ー師弟による超絶技巧の競演ー」が開催されています。
展覧会チラシ

速水御舟(1894-1935)の作品を120点所蔵する山種美術館では、今までにも速水御舟展が開催されて、展覧会チラシを飾る《名樹散椿》(重要文化財)ほか名作の数々を見ているのですが、今回は御舟の弟子で、昭和から平成にかけて院展を中心に活躍した吉田善彦(1912-2001)の代表作も見ることができる展覧会です。

山種美術館所蔵以外の吉田善彦作品を含めて、師弟の競演が見られる貴重な機会なので、先日さっそく取材に行ってきました。

展覧会概要


会 期  2021年9月9日(木)~11月7日(日)
開館時間 平日     午前10時~午後4時←9/28(火)から平日も午後5時まで開館
     土・日・祝日 午前10時~午後5時
     (入館はいずれも閉館時間の30分前まで)
休館日  月曜日(ただし9/20(月・祝)は開館、9/21(火)は休館)
入館料  一般 1,300円、大学生・高校生 1,000円、中学生以下無料(付添者の同伴が必要)
 ※障がい者手帳、被爆者健康手帳をご提示の方、およびその介助者(1名)1,100円、
  上記のいずれかのうち大学生・高校生は900円。
 ※きもの特典 会期中、きものでご来館のお客様は、入館料から200円引き
      (大学生・高校生100円引き)の料金となります。
 ※複数の割引、特典の併用はできません。
チケット ご来館当日、美術館受付で通常通りご購入いただけます。
     また、入館日時が予約できるオンラインチケットもご購入可能です。

山﨑館長のオンライン講座など展覧会関連イベントも多数開催されます。詳細は同館公式サイトでご確認ください⇒https://www.yamatane-museum.jp/

展示構成
 第1章 速水御舟-日本画の挑戦者-
 第2章 吉田善彦-御舟に薫陶を受けた画家-

※展示室内は次の作品を除き撮影不可です。掲載した写真は、取材で美術館より特別に許可をいただいて撮影したものです。
※掲載した作品は、※印以外はいずれも山種美術館所蔵です。

今回撮影OKの作品は、速水御舟《昆虫二題 葉蔭魔手・粧蛾舞戯》です。

速水御舟《昆虫二題 葉蔭魔手・粧蛾舞戯》
1926(大正15)年


第1章 速水御舟-日本画の挑戦者-


さて、速水御舟ファンのみなさまは、どの作品が一番のお気に入りでしょうか。

《名樹散椿》でしょうか、《翠苔緑芝》でしょうか、それとも《炎舞》でしょうか。
他にも素晴らしい作品がたくさんあるので、どれか1点というと迷ってしまうかもしれませんが、今回の私のイチ押しは《炎舞》。

速水御舟《炎舞》(重要文化財)
1925(大正14)年


《炎舞》は第二展示室に展示されています。

明るさがおさえられた第二展示室に入ると、暗闇の中から突然浮かび上がるように赤々と燃え盛る炎が目に入ってきます。そして炎の明かりに誘われてゆらゆらと周りを飛ぶ蛾の群れ。

炎はまるで本当にメラメラと燃えているかのようです。

どうしてなのだろう、と上を見ると、炎の部分には明るい照明、蛾の群れには弱めの照明が当てられているのがわかりました。
御舟自身が「二度と出せない色」と語った作品のよさがより一層引き立つ、なんとも粋な演出だったのです!

第一展示室には《炎舞》と同じく重要文化財に指定されている《名樹散椿》が展示されています。


速水御舟《名樹散椿》(重要文化財)
1929(昭和4)年

今回の展覧会のサブタイトルは「師弟による超絶技巧の競演」。
師弟の超絶技巧が随所にみられるのですが、この金地の屏風にも御舟の超絶技巧が隠されているのです。

《名樹散椿》の金地は、金箔を屏風に貼り合わせる「箔押し」でなく、通常は霞などの表現に部分的に使われる金砂子を隙間なく何度も撒いて、大量の金を使う「撒きつぶし」。

一方、並んで展示されている《翠苔緑芝》の金地は、正方形に切った金箔を屏風に貼り合わせたもので、近くでよく見ると升目のような金箔の境目が見えます。

速水御舟《翠苔緑芝》1928(昭和3)年


光沢をおさえた「撒きつぶし」と、まばゆい輝きの「箔押し」。
それぞれ異なった趣きが楽しめます。

《名樹散椿》の左下に、撒きつぶし、金泥、箔押しの技法サンプルがあるので、ぜひ比較してみてください。

こちらも御舟の超絶技巧が見られる《和蘭陀菊図》。

速水御舟《和蘭陀菊図》
1931(昭和6)年

《和蘭陀菊図》は、近年の調査で、青紫の菊の花弁には西洋の顔料(淡口コバルト紫、濃口コバルト紫)が使われ、赤紫の花びらなどには、仏画の制作などで用いられる、絹の裏側から彩色する技法「裏彩色」が用いられていることが判明した作品です。

新しいものを取り入れる斬新さ、伝統的な技法の研究。
御舟の挑戦者としての姿がうかがえます。

異国情緒あふれる作品も御舟の魅力の一つ。

速水御舟《埃及土人ノ灌漑》(右)《埃及所見》(左)
いずれも1931(昭和6)年 

御舟は、1930(昭和5)年、イタリア政府が主催したローマ日本美術展覧会に《名樹散椿》を出品するとともに、横山大観らとともに渡欧し、イタリアをはじめヨーロッパ各国やエジプトなどを10ヶ月かけて歴訪して、現地で見た景色などの作品を数多く残しています。
(「埃及」は「エジプト」と読みます。)

南国の情景を描いているのですが、《埃及土人ノ灌漑》の画面下に描かれた水流は「仏画の火焔表現を想起させる」(解説パネルより)ところはさすが御舟!


紹介の順番が前後しますが、第一展示室入ってすぐにお出迎えしてくれるのは、速水御舟《牡丹花(墨牡丹)》。


速水御舟《牡丹花(墨牡丹)》1934(昭和9)年

この位置にはいつも展覧会の顔にふさわしい作品が展示されているので、今回はどの作品が展示されているのかな、と想像しながら見に来たのですが、今回も期待どおりでした。

《牡丹花(墨牡丹)》は、晩年の御舟が水墨で描いた花の作品の一つで、富貴、高貴を象徴する牡丹の花のボリューム感が水墨の濃淡だけで表現されていて、心の中にスーッと入ってくる優しい作品です。

第1章では、冒頭にラストシーンにふさわしい作品が展示されて、続いて初期からほぼ年代順に作品が並んでいるので、「絵画修業の道程に於て一番私が恐れることは型が出来ると云うことである」(展示パネルより)と語った御舟の画風や技法の変遷がたどれる展示構成になっています。

第1章展示風景




第2章 吉田善彦-御舟に薫陶を受けた画家-



第2章では、御舟の影響を受けた初期の作品から始まり、「吉田様式」の技法を編み出した作品、そして「吉田様式」によって描いた奈良や日本各地の風景画に至るまで、吉田善彦の作品がほぼ年代順に展示されているのですが、作品を見ていたら、子供のころ剣道を習っていた時に聞いた「修・破・離」という言葉が、突然頭の中に浮かんできました。

御舟という偉大な師のもとで修業するのは恵まれたことだったかもしれませんが(「修」)、御舟の殻を破り(「破」)、御舟から離れていくのは(「離」)並大抵の努力ではなかったことが想像されます。

こちらが「吉田様式」の技法が洗練された、奈良・東大寺の大仏殿を描いた作品です。


©Noriko Yashida 2021/JAA2100171
※吉田善彦《大仏殿春雪》1969(昭和44)年 


さて、「吉田様式」とはどのようなものなのでしょうか。
解説パネルに本人の言葉として紹介されていましたが、それはそれは凄まじいものでした。

本画を描く→フォルマリンで固定→画面をメチャメチャにもみほぐす→金箔でベールをかぶせる→うすく下にすけた金箔の絵を薄い調子でおこしていく(解説パネルより抜粋)


「画面をメチャメチャにもみほぐす」ところは、まさに「修・破・離」のうちの「破」ではないか!
そのようなことを考えながらを作品を見ていると、激しさから生まれる柔らかな色調の絵がより味わい深いものに思えてきました。


展覧会のあとの楽しみは、やはりミュージアムグッズ。
今回も展覧会オリジナルグッズが充実しています。


私が購入したのは、速水御舟《翠苔緑芝》のマスキングテープ(税込440円)。
白ウサギがとても可愛らしいです。



山種美術館が所蔵する速水御舟作品全120点を掲載するA5サイズのハンディな『山種美術館所蔵 速水御舟作品集』(税込1,430円)は御舟ファン必携です!


他にも速水御舟《名樹散椿》(重要文化財)がデザインされたA4クリアファイル(税込385円)、一筆箋(税込418円)など盛りだくさんですので、ぜひミュージアムショップにもお立ち寄りください。展示室と同じ地下1階にあります。



山種美術館のもう一つの楽しみは、1階「Cafe椿」の展覧会オリジナル和菓子。

オリジナル和菓子は5種類あるので、いつも迷ってしまいますが、今回は速水御舟《翠苔緑芝》で統一しました。
抹茶とのセットで1,200円(税込)。ここでも可愛い白ウサギを見つけました。




盛りだくさんの内容の展覧会は11月7日(日)まで開催しています。
この秋おススメの展覧会です!

2021年9月12日日曜日

大田区立龍子記念館 コラボレーション企画展「川端龍子VS.高橋龍太郎コレクション」

東京・大田区の大田区立龍子記念館では、コラボレーション企画展「川端龍子VS.高橋龍太郎コレクション-会田誠・鴻池朋子・天明屋尚・山口晃-」が開催されています。

展覧会チラシ


今回は、「会場芸術」を提唱して大画面の迫力ある作品を描いた川端龍子と、現代アートコレクター、高橋龍太郎氏が所蔵するコレクションの中からセレクトされた、第一線で活躍する現代作家、会田誠、鴻池朋子、天明屋尚、山口晃の大作の競演。

龍VS.龍の迫力ある対決が見られる展覧会です。

展覧会概要


会 場  大田区立龍子記念館(東京都大田区中央4-2-1)
会 期  2021年9月4日(土)~11月7日(日)
開館時間 9:00~16:30(入館は16:00まで)
休 館  月曜日(9月20日(月・祝)は開館し、その翌日に休館)
入館料  大人 500円、小人 250円
     ※65歳以上(要証明)と6歳未満は無料
※展覧会の詳細、新型コロナウイルス対策等については、同館公式サイトでご確認ください⇒大田区立龍子記念館 
  
※展示室内は次の2点を除き撮影不可です。掲載した写真は内覧会で同館より特別の許可をいただいて撮影したものです。

撮影可の作品 
 川端龍子「香炉峰」(大田区立龍子記念館蔵)
 会田誠「紐育空爆之図(にゅうようくくうばくのず)」(戦争画 RETURNS) (高橋龍太郎コレクション)


会場に入ってすぐ目の前に現れてくるのは、縦245.4m、横727.2mもある大画面の「香炉峰」。

川端龍子「香炉峰」1939年 大田区立龍子記念館蔵

龍子が操縦するのは零式艦上戦闘機(零戦(れいせん))の一世代前の九六式艦上戦闘機。
零戦と違って、前輪は引込み脚でなく固定脚、機銃は主翼内装備でなく操縦士の前に固定されている九六式艦上戦闘機の特徴をよくとらえていますが、機体はなぜか半透明。

昭和14(1939)年、日中戦争に従軍した龍子が、海軍の偵察機に乗り香炉峰の周辺を空から見た時の体験をもとに描いた作品ですが、左遷されて香炉峰のふもとに草堂を設け、詩作に没頭した唐時代の詩人・白居易(白楽天)に思いをはせて、あえて香炉峰が見えるように透明にしたのでしょうか。

この大迫力の作品と対決するのが、ニューコークのマンハッタンに襲いかかる零戦と、炎をあげる摩天楼を描いた会田誠の大画面の屏風。戦闘機を透明に描いた龍子に対して、零戦はまるで螺鈿のように輝いています。
冒頭から「会場芸術」と現代アートが花火を散らす展開です。

会田誠「紐育空爆之図(戦争画 RETURNS)」1996年
高橋龍太郎コレクション

八の字に舞う零戦は加山又造の《千羽鶴》、街並みは「洛中洛外図」を参照して制作されたこの作品は、古典と現代が混ざり合った不思議な雰囲気が感じられます。燃え盛る炎もまるで平安時代の絵巻の地獄絵図を見ているかのようです。

戦後40年以上たって描かれた「戦争画」を、現代の私たちはどのように受け止めればよいのでしょうか。
ちなみに今年(2021年)は9・11同時多発テロから20年目にあたりますが、この作品はその5年前に描かれたものです。

続いて、対米開戦から1年余り経過した昭和18(1943)年4月、劣勢を挽回するためソロモン諸島での航空作戦を陣頭指揮した山本五十六連合艦隊司令長官の肖像画。


川端龍子「越後(山本五十六元帥像)」 1943年
大田区立龍子記念館蔵

昭和18(1943)年4月18日、士気高揚のため前線に向かった山本長官は、搭乗していた一式陸攻が待ち構えていた双胴のP-38戦闘機隊によって撃墜され戦死しました。
当時、日本軍の暗号は米軍によって解読されていて、山本長官の行動はすべて米軍に筒抜けだったので、完璧な狙い撃ちでした。

二度のアメリカ駐在の経験からアメリカの国力の強さを知り、誰よりも対米開戦を避けたかった山本長官ですが、それがかなわずアメリカと対峙しなくてはならない立場にいた山本長官の無念さを感じずにはいられない作品です。
そういった意味で、この山本長官の肖像画は、今回の展覧会の中で強く印象に残った作品の一つでした。

昭和19(1944)年になると、7月にはサイパン島が陥落し、さらに戦局は悪化。
「水雷神」に描かれた、魚雷を担ぎ前に進める筋骨隆々とした三人の青年たちは、まるで十二神将のような憤怒の表情をしていて、画面全体から悲壮感が伝わってくる作品です。

川端龍子「水雷神」 1944年
大田区立龍子記念館蔵

このように古典に依拠しつつも新しいものを生み出そうとした龍子の「会場芸術」は、「現代アート」と相通ずるものがあるのかもしれません。

会場には川端龍子の作品と現代作家の作品が並んで展示されているのですが、どちらかの作品が押されてしまっているとか、お互いに相容れないということはなく、まったく違和感なく展示されているように感じられました。(もちろん作品のセレクトは大変だったと思いますが。)

右から、川端龍子「爆弾散華」1945年、「百子図」1949年
いずれも大田区立龍子記念館蔵、
鴻池朋子「ラ・プリマヴェーラ」2002年 高橋龍太郎コレクション

「爆弾散華」は、終戦2日前の昭和20(1945)年8月13日の空襲で龍子の邸宅に爆弾が落とされ、自家菜園の野菜が爆風で吹き上げられた時の様子を描いた作品。
「百子図」は、戦後、インドから上野動物園に贈られたゾウと遊ぶ子どもたちを描いた作品。
そして、終戦間際の悲劇と戦後の平和を象徴する龍子作品の隣に展示されているのは、鴻池朋子の「ラ・プリマヴェーラ」。
一見したところ、ボッティチェッリの「プリマヴェーラ(春)」を思わせる春の花が咲き乱れるのどかな草原のように見えますが、空に舞うのは無数のナイフ、そして少女の周りに飛んでるのは人間の脚が生えたハチ。何か不穏な予感を感じさせられる作品です。


【龍子公園のご案内】
隣接する龍子公園では、龍子設計のアトリエと旧宅を開館日にご覧いただけます。
ご案内時間(1日3回) 10:00  11:00  14:00から開門
※当面の間は、解説つきの案内は中止とし、解説文をお配りし、30分間の自由見学となります。 

旧宅入口


爆弾散華の池
(掲載した写真は2017年11月に訪問した時に撮影したものです。)

会場に戻ります。

龍子が、昭和13(1938)年、陸軍嘱託画家として内モンゴルを訪れ、モンゴル高原で取材を行って描いたのが「源義経(ジンギスカン)」。
平泉で死んだのではなく、蝦夷地に逃れ、さらに大陸に渡ってジンギスカンになったという「義経伝説」に基づいた作品ですが、雄大なモンゴル平原と壮大な義経伝説は、スケールの大きな龍子にぴったりのテーマではないでしょうか。

川端龍子「源義経(ジンギスカン)」1938年
大田区立龍子記念館蔵

その隣には龍子が描いた武将のスケッチ、と思ったら実は山口晃作「五武人圖」。
いやはやなんとも、それほどまでに龍子と現代作家の作品はしっくりくるのです。

山口晃「五武人圖」2003年
高橋龍太郎コレクション

ちなみに、上の写真一番左の武人の左中ほどに飛び出ている細い棒のようなものは、フレームが壊れているのでなく、刺さった矢を表しているのだそうです。


同じく山口晃の合戦の図。
甲冑に身を固め、馬に乗った武士たちのかたわらには洋服を着た現代人、弓矢もあればクレーンや電信柱もあって、時空を超えた合戦が繰り広げられています。

壁にかかっている作品が山口晃作品
手前から「當卋おばか合戦」1999年、奥の上が「今様遊楽圖」、
下が「今様遊楽圖(下図)」 いずれも高橋龍太郎コレクション
下の作品は川端龍子「逆説・生々流転」1959年
大田区立龍子記念館蔵

戦争画や武将、合戦の作品が続いたところで最後に龍子が旧蔵していた仏像と、龍子が描いた仏画が展示されていて、ここで心安らかな気持ちになりエンディング、と思いきや、実は仏画の中央は天明屋尚作の「ネオ千手観音」で、手にしているのはおびただしい数の銃や刃物。


左 龍子が邸宅の持仏堂の中央に配置していた本尊の
「十一面観音菩薩立像」奈良時代( 8世紀) 大田区蔵(東京国立博物館寄託)、
右の仏画の中央は、天明屋尚「ネオ千手観音」2002年 高橋龍太郎コレクション、
その右が、川端龍子「青不動(明王試作)」 1940年、左が、川端龍子
「吾が持仏堂 十一面観音」1958年 どちらも大田区立龍子記念館蔵 


川端龍子の「会場芸術」と、現代アートのコラボは最後までミステリアスでドラマチック。

夢の競演をぜひお楽しみください!

2021年9月10日金曜日

大倉集古館 企画展「能 Noh-秋色モード-」

東京・虎ノ門の大倉集古館では、企画展「能 Noh-秋色(しゅうしょく)モード-」が開催されています。


大倉集古館外観

今回の企画展のテーマは秋の気配の意をあらわす「秋色(しゅうしょく)」。
秋の草花で彩られた能装束や、秋を舞台とした能演目で使われる能面はじめ、秋にちなんだ絵画や工芸作品が展示されていて、秋の気配が感じられる展覧会なので、さっそく行ってきました。

※大倉集古館では、因州(鳥取藩)池田家旧蔵「能面」と、備前(岡山藩)池田家旧蔵の「能装束」を多数所蔵しています。今回の展覧会ではその能楽コレクションの中から、「秋色」に注目した作品が展示されています。


展覧会概要


会 期  2021年8月24日(火)~10月24日(日)
開館時間 10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日  毎週月曜日(祝日の場合は翌火曜日)
入館料  一般 1,000円 大学生・高校生 800円 中学生以下無料
※会期中に一部展示替があります。
※新型コロナウイルス感染症の拡大状況により、会期等の変更が生じた場合は同館WEBサイトでお知らせします。
※展覧会の詳細、新型コロナウイルス感染症拡大予防策等については、同館WEBサイトでご確認ください⇒大倉集古館



展覧会チラシ

※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は広報用画像を美術館よりお借りしたものです。
※展示されている作品はすべて大倉集古館所蔵です。

受付カウンターには、展覧会のチラシ、出品リストのほかに、「本展の主な能演目 あらすじ」と「能装束 用語解説」のプリントが用意されているので、私のような能の初心者にとっては、とてもうれしい心遣いです。

それでは、さっそく主な展示作品をご紹介していくことにしたいと思います。

展示は、大きく分けて1階と2階に分かれています。

1階 能装束の秋色デザイン
2階 絵画・工芸の秋色デザイン/謡曲と能装束・能面

1階 能装束の秋色デザイン

はじめにご紹介するのは、能装束〈白地石畳菊唐草模様唐織〉。

菊の花がデザインされた能装束ですが、花びらが規則正しく並んだ菊と、花びらが炎のように揺らめく乱菊が交互に配置されています。

能装束〈白地石畳菊唐草模様唐織〉/1領 江戸時代・18世紀


しばらく眺めていると、乱菊はゆらゆら動いているように感じられました。
「能装束 用語解説」を見ると、「唐織(からおり)」は「主として女役の上着に着用されるもの」とのこと。このゆらめきは女性の心の機微を表しているのでしょうか。

続いて、能装束〈紫地棕梠模様長絹〉。

能装束〈紫地棕梠模様長絹〉/1領 江戸時代・18~19世紀


上品な紫色の生地に、上には鶴が舞う姿のような棕梠、下には紅葉や銀杏、松葉などの落ち葉が配置されていて、秋の風情が感じられる能装束です。

「長絹(ちょうけん)」とは、「主として女役が舞を舞うときに上着として用いる」(「能装束 用語解説」より)とのことですが、舞っている時には、きっと紅葉などの葉がはらはらと落ちていくように見えてくるのでしょう。

能装束は、こうやって広げて展示されていると、一幅の屏風を見ているような楽しみも、動きを想像しながら見る楽しみもあります。


2階 絵画・工芸の秋色デザイン/謡曲と能装束・能面

2階には日本画ファンも満足できる屏風や絵画作品が展示されています。

こちらは、江戸幕府の御用絵師をつとめたやまと絵の一派、住吉派の祖、住吉如慶の6曲1双の〈秋草図屏風〉。

金砂子の霞の中に菊やススキ、萩などの秋草が浮かんでいるようで、とても幻想的な雰囲気の屏風です。

住吉如慶〈秋草図屏風〉/6曲1双(右隻)
江戸時代・17世紀


住吉如慶〈秋草図屏風〉/6曲1双(左隻)
江戸時代・17世紀


続いて英一蝶〈雑画帖〉36図のうち「柿栗図」「葡萄図」。

ユーモアや洒脱さのある絵を描く英一蝶は私のお気に入りの絵師の一人。

秋の味覚の柿と栗が入った籠を、絵の丸い輪郭を活かして描いているところなどは、英一蝶らしいアイデアが感じられます。

英一蝶〈雑画帖〉36図のうち「柿栗図」/江戸時代・17世紀


幕府の怒りを買って10年余りも三宅島に流罪になった一蝶ですが、「葡萄図」は流罪中に描いた作品。いつ江戸に戻れるかわからないつらい時期だったでのしょうが、こんな生き生きとした葡萄を描いていたのを知ってうれしくなってきました。

英一蝶〈雑画帖〉36図のうち「葡萄図」/江戸時代・17世紀



絵画作品では、多くの名作を生み出しながらも、数え38歳の若さで亡くなった明治期の天才日本画家、菱田春草の〈砧〉も展示されています。


そして、ふたたび能装束。
ご紹介するのは、「織を主とする能装束において、刺繍と摺箔を加えて模様を表したもの」(「能装束 用語解説」より)という「縫箔(ぬいはく)」。

この〈鬱金地垣夕顔模様縫箔〉は、束ねられ柴垣が、太い筆でグイッと描かれたような勢いがあって、特に印象の強い能装束でした。
柴垣に寄り添うように咲く夕顔もまた優雅な雰囲気を醸し出しています。

能装束〈鬱金地垣夕顔模様縫箔〉/1領 江戸時代・18世紀


秋の風物詩といって、真っ先に思い浮かぶのが「紅葉狩り」。
緑色や一部が紅葉した葉もあって、深紅の葉がより引き立って見えてきます。

能装束〈白地破菱紅葉模様縫箔〉/1領 江戸時代・18世紀


能の展覧会なのに「能面」の紹介をしていませんでした。


表情の変わらない人のことを「能面のような顔の人」と表現することがあります。
確かに一面の能面の表情は変わりませんが、数多くある能面にはそれぞれ表情や意味するものの違いがあって、その違いを見わけるのも楽しみの一つです。

こちらは能面「万媚」。

能面〈万媚〉/1面 「出目半蔵」朱塗書 
江戸時代・18世紀 


「万媚」は【紅葉狩り】で用いられる若い女性の面なのですが、どことなく妖艶さが感じられます。
それもそのはず。【紅葉狩り】は次のように恐ろしい物語なのです。

【紅葉狩り】全山真紅の紅葉に彩られた秋の山中で、謎の美女たち(実は鬼)が酒宴をしている。狩りのために通りかかった平維茂は、美女たちの色香と酒に溺れ酩酊するが、戸隠の神のお告げと神剣により、みごと鬼を退治する。
(「本展の主な能演目 あらすじ」より)


鬼になった時の面が恐ろしい鬼面の〈顰(しがみ)〉。〈万媚〉と並んで展示されています。

能面〈顰〉/1面 江戸時代・18世紀


因州(鳥取藩)池田家旧蔵の能面には、面裏に年号や作者、面の名称等が、朱漆書きか墨書がされているのが特徴。
この〈顰〉には「かし分(=「貸分」)」と書かれているので、藩主専用でなく能楽師に貸す面だったようです。


展覧会のサブタイトルは「能Noh 秋のデザインとストーリー」。

秋の風情が感じられるデザインや、能のストーリーが楽しめる展覧会です。
能に詳しくなくても大丈夫。会場内はとても心地の良い雰囲気ですので、気軽にふらりと訪れてみてはいかがでしょうか。