2022年12月31日土曜日

2022年 私が見た展覧会ベスト10

今年もコロナ禍の影響を大きく受けた一年間でしたが、心に残る多くの展覧会にめぐり会うことができました。

そこで今年も毎年恒例の「私が見た展覧会ベスト10」を発表したいと思います。

第1位 東京都美術館 特別展「ボストン美術館展 芸術×力」





コロナ禍の影響で、2年待ってようやく「ゆるキャラ」吉備大臣にお会いすることができました。
日本にあれば間違いなく「国宝」といわれる《吉備大臣入唐絵巻》、《平治物語絵巻 三条殿夜討巻》が里帰りしたほかにも、ナポレオン1世や乾隆帝はじめ権力と芸術、権力者と芸術家との関係がわかる作品が展示されていて、奥行きの深さが感じられる展覧会でした。


江戸で絵筆をふるうという長谷川等伯の夢が400年の時を経て今ここに実現したー長谷川等伯・久蔵親子はじめ長谷川派一門の金碧障壁画を見ていたらそんな気がしてきました。
長谷川等伯ファンにとってはたまらない展覧会です。
来年(2023年)1月22日まで開催されています。

長谷川等伯と狩野永徳のライバル関係を軸に書いたコラムはこちらです。





3つの古代エジプト展が国内を巡回した昨年の「古代エジプトブーム」に続いて、今年はポンペイ展が国内を巡回して一大ポンペイブームを巻き起こしました。
再現展示と、その中に展示されている出土された彫刻やモザイク画のコンビネーションが見事で、2000年前のポンペイの様子をリアルに感じ取ることができました。







皇室の名宝と近代日本美術とともに歩んできた東京藝術大学のコレクションがコラボした展覧会。
狩野永徳《唐獅子図屏風》、伊藤若冲《動植綵絵》はじめ初めて国宝指定された宮内庁三の丸尚蔵館所蔵品が話題を呼びました。





川崎造船所(現川崎重工業株式会社)などを創業した川崎正蔵氏が収集した所蔵品を現在のJR新神戸駅周辺にあった自邸で公開した「川崎美術館」が、およぞ100年ぶりにゆかりの地・神戸で再現された、まさに夢のような展覧会。
円山応挙の襖絵で囲まれた贅沢な空間は見事でした。




静岡のMOA美術館、愛知の徳川美術館、三井記念美術館の3館共同で開催された、まさに蒔絵の名品が大集結した展覧会。
漆と金銀で彩られた日本の伝統の美の世界が楽しめました。

2023年4月15日(土)~5月28日(日) 徳川美術館に巡回します⇒大蒔絵展公式サイト





アメリカ人研究者、アンドリュース率いる中央アジア探検隊がたどった冒険の旅が追体験できるエキサイティングな展覧会でした。
チベットケサイ親子の可愛らしいぬいぐるみも話題になりました。






「幻の王国」加耶の歴史を、古墳から出土された副葬品などを手がかりに明らかにしていく、スリリングな展覧会でした。

2023年1月24日(火)~3月19日(日) 九州国立博物館に巡回します⇒特別展「加耶」





個人蔵の初公開作品を含む初期から晩年までの竹内栖鳳作品と、江戸時代から昭和までの京都画壇の画家たちの作品が出品された盛りだくさんの展覧会でした。
山種美術館のアイドル《班猫》が大きな話題になりました。

竹内栖鳳の晩年の邸宅兼アトリエとして使われた霞中庵の紹介記事はこちらです。






全国約40ヶ所から鉄道美術の名作、話題作、問題作が東京駅に大集結。
鉄道開業150年の締めくくりにふさわしい場所で、ふさわしい内容の展覧会が2023年1月9日(月)まで開催されています。


ベスト10以外にも印象に残る展覧会は数多くあって今年も悩みましたが、それだけ充実した一年間でした。
来年もすでに興味深い展覧会がいくつもアナウンスされているのでミュージアムめぐりが楽しみです。


あらためまして今年一年のご愛読ありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。

みなさまよいお年をお迎えください。

「私が見た展覧会ベスト10」のバックナンバーはこちらです。


2022年12月28日水曜日

山種美術館【特別展】日本の風景を描く ー歌川広重から田渕俊夫までー

東京・広尾の山種美術館では、【特別展】日本の風景を描く ー歌川広重から田渕俊夫までーが開催されています。


展覧会チラシ



今回の特別展は、浮世絵風景画家として名声を博した歌川広重の《東海道五拾三次》、《近江八景》シリーズや、横山大観や川合玉堂をはじめ近代日本画の大家たちによる自然の景観が描かれた作品も展示されていますが、一方では現代の都会の風景など意外な作品も展示されているので、新しい発見があるかもしれません。

それではさっそく展覧会の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


会 期 2022年12月10日(土)~2023年2月26日(日)
    *会期中、一部展示替えあり。
         前期 12月10日(土)~1月15日(日)
    後期 1月17日(火)~2月26日(日)
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日  月曜日[1/9(月)は開館、1/10(火)は休館、12/29(木)-1/2(月)は年末年始休館]
入館料  一般 1300円、中学生以下無料(付添者の同伴が必要)
     ※障がい者手帳、被爆者健康手帳をご提示の方、及びその介助者(1名) 一般
     1100円
     冬の学割 大学生・高校生 500円 *本展に限り通常1000円のところ特別に半   
         額になります。
     ※きもの特典:きものでご来館のお客様は、一般200円引きの料金となります。
     ※複数の割引・特典の併用はできません。
     入館日時のオンライン予約も可能です。詳細は山種美術館公式サイトをご覧くださ  
     い。

       山種美術館公式サイト⇒https://www.yamatane-museum.jp/


お得な相互割引のご案内!
     下記チケットの提示で入館料を100円割引。
     ■【2023年1月15日スタート】戸栗美術館との相互割引
     *いずれも対象券1枚につき1名様、1回限り有効。
     *入館チケットご購入時に受付にご提示ください。購入後の割引はできません。
     *他の割引との併用はできません。
     *オンラインチケットは割引対象外。

展示構成
  第1章 日本における風景表現の流れ
  第2章 風景表現の新たな展開
  オンライン講座 関連作品


※展示室内は米谷清和《暮れてゆく街》を除き撮影禁止です。掲載した写真は内覧会で美術館より特別の許可をいただいて撮影したものです。
※掲載した作品のうち、前期後期で展示替えがあるものはその旨を表記しました。


見どころ1 自然の風景だけでなく意外な景色も見られます

「風景」というと自然の風景を想像しがちですが、撮影可の作品、米谷清和さんの《暮れてゆく街》に描かれているのは昭和の渋谷。
筆者を含め、ある程度の年代の人なら懐かしい、渋谷の雑踏の景色が画面に広がっています。

米谷清和《暮れてゆく街》1985(昭和60)年 山種美術館
第8回山種美術館賞展 優秀賞

場所は、JR渋谷駅南改札を出て画面左端に描かれているモヤイ像に向かうあたり。
薄暗い画面の下半分は雨の中(バス停の屋根の一部が白いので雪かみぞれ?)、外で傘を差しながらバスを待つ人たち。
それとは対照的に明るい画面の上半分は東急百貨店東横店南館(2020年に営業終了)の中で、家路を急ぐ人や、待ち合わせをしている人たちが見えます。
当時は携帯もスマホもなかったので、待ち人が来なくても連絡の方法がなく、ひたすら待つしかありませんでした(業務ではポケベルを使う人もいましたが)。

本展では《暮れてゆく街》1点のみ写真撮影OKです。
ぜひ撮影してシェアしましょう!
(撮影はスマートフォン・タブレット・携帯電話に限ります。撮影時の注意事項は作品横のパネルでご確認ください。)

第2展示室には大きな作品4点が展示されています。
そのうちの1点が、千住博《街・校舎・空》(下の写真右)。

右から 千住博《街・校舎・空》1984(昭和59)年、
関出《廃園濃紫》1983(昭和58)年
いずれも山種美術館

山種美術館で今年(2022年)7月から9月にかけて開催された【特別展】水のかたち ー《源平合戦》から千住博の「滝」までー で展示された《ウォーターフォール》《フォーリングカラーズ》(どちらも山種美術館蔵)のように、千住博さんの作品は明るい色の「滝」のイメージがあるのですが、若い頃にはこのような作風の作品も描いていたのです。

以前、慶應義塾ミュージアム・コモンズ(KeMCo)で、千住博さんの《西の街》(慶應義塾)という作品を見た時にも感じたのですが、人が住む街なのに人の気配はなく、巨大なコンクリートの塊の存在感に圧倒されるこの作品には心を惹かれる何かがあるのです。


第1展示室に入ってすぐ右には、日本の洋画家たちの作品が展示されています。
日本画の掛け軸がずらりと並ぶいつもの山種美術館の光景とは違うので、意外に思われるかもしれません。


右から 黒田清輝《湘南の海水浴》1908(明治41)年、
佐伯祐三《レストラン(オ・レヴェイユ・マタン)》1927(昭和2)年
いずれも山種美術館

《レストラン(オ・レヴェイユ・マタン)》は、いかにも佐伯祐三らしく、重厚さが感じられる家屋の壁、そしてパリのどんよりとした冬空が描かれている作品。
日本の洋画家の中で一番好きな佐伯祐三の作品に出会えてとてもうれしかったです。


見どころ2 自然豊かな日本の風景にホッとします

第1展示室でお出迎えしてくれるのは、川合玉堂《春風春水》(下の写真左)。
自然の景観と、そこで働く人たちが調和した玉堂らしい作品を見ると、いつも心が和んできます。

展示風景

江戸中期から後期に活躍した絵師たちが描いた風景も名品揃い。

作者は、江戸琳派の祖・酒井抱一、狩野派、南蘋派、大和絵、西洋画など当時のあらゆる画法を学んで独自の画風を確立した谷文晁、指や爪などで描く指頭画を得意として、自由奔放で個性的な画風の池大雅はじめ多士済々。

展示風景

歌川広重の作品は、《東海道五拾三次》シリーズから前期後期で8点、《近江八景》シリーズから前期後期で4点が展示されます。

《東海道五拾三次之内 日本橋・朝之景》は、後の摺りでは省略されている空の左右の雲が描かれている最初期の摺りです。

歌川広重《東海道五拾三次之内 日本橋・朝之景》
1833-36(天保4-7)年頃 山種美術館 前期展示

続いて、明治、大正期の作品から昭和、平成と続き、現在、第一線で活躍する画家の作品まで、名所や自然の景色を描いた名品が続きます。


横山大観《喜撰山》1919(大正8)年
山種美術館


右から 川端玉章《海の幸図》1892(明治25)年頃、
菱田春草《釣帰》1901(明治34)年、川合玉堂《渓山秋趣》1906(明治39)年
いずれも山種美術館

田渕俊夫さんの《輪中の村》は、木曽川と長良川に囲まれた福原輪中の景色が描かれた作品。空の部分は、アルミ箔が使われています。
そして、私たちの生活に欠かせない電気を運ぶ送電用鉄塔と送電線が繊細な筆遣いで遠景に描かれているところなどはいかにも現代的です。

展示風景


参勤交代が描かれた広重の作品から、描かれたものも画材も現代の作品まで、会場を巡りながら、時代とともに移り行く「日本の風景」を楽しむことができます。


見どころ3 久しぶりに展示される作品も見られます

山種美術館が渋谷区に移転してから今年で13年になりますが、移転後初出展となる作品も数多く見ることができるのも今回の特別展の楽しみの一つです。


こちらは全4点の一挙公開は37年ぶりの石田武《四季奥入瀬》(個人蔵)シリーズ。

展示風景

安井曽太郎の水彩画《初秋遠山》も37年ぶりの展示。

安井曽太郎《初秋遠山》1945-55(昭和20-30)年頃
山種美術館

17年ぶりの展示は、冒頭にご紹介した米谷清和《暮れてゆく街》と関出《廃園濃紫》のほかに山本梅逸《蓬莱山図》、小野具定《白い海》の4点。
15年ぶりの展示は、同じく冒頭にご紹介した千住博《街・校舎・空》のほかに堀川公子《街角》、木村光宏《兆》の3点。

懐かしいと思われる方もいらっしゃるかもしれませんし、初めて見て新鮮に感じられる方もいらっしゃるかもしれません。


令和5年の干支 おすすめ兎グッズも充実してます!

山種美術館所蔵品を中心にデザインしたオリジナルグッズのほかにも、陶芸家の畑井智一氏による箸置き(2個セット)2,750円、〈六兵衛窯〉兎の小皿3,300円、山種美術館が所蔵する速水御舟《翠苔緑芝》がデザインされたマスキングテープ495円、グリーティングカード(封筒付き)385円はじめ、ミュージアムショップには可愛らしい兎のグッズも充実しているので、どれにしようか迷ってしまいます。
*いずれも税込価格。




鑑賞後のお楽しみにはオリジナル和菓子がおすすめです!

いつものことですが、展示作品をモチーフにしたオリジナル和菓子は、どれも見た目がきれいで美味しそう。
抹茶とオリジナル和菓子のセット1,250円(税込)などもあるので、美術館1階ロビーの「Cafe 椿」にもぜひお立ち寄りください。


上の写真手前右から時計回りに「香りたつ(山本梅逸《桃花源図》)」、「うららか(横山大観《春の水・秋の色》のうち「春の水」)」、「さなえ(川合玉堂《早乙女》)」、「冬けしき(森寛斎《雪中嵐山図》)」、「みなもの色(山元春挙《火口の水》)」。
(カッコ内はモチーフにした作品。すべて山種美術館蔵)


オンライン講座 「日本画の描き方を知ろう」配信中!

講師は、「Seed 山種美術館 日本画アワード 2019」で大賞を受賞され、2023年大河ドラマ「どうする家康」の書籍の装画を担当された日本画家・安原成美氏。

視聴期間は、2023年3月5日(日)まで(申込みは2月26日(日)まで)。
視聴費は500円。お申し込み・詳細はこちらをご覧ください⇒https://fuukei2022.peatix.com


お正月限定企画もあります!

①2023年1月3日(火)限定 プチギフトプレゼント ※展覧会入場の先着100名様
②ミュージアムショップにて「新春福袋」限定50個販売 ※お一人様1袋まで
③Cafe 椿にてお正月限定和菓子をご提供 ※1月9日(月・祝)まで実施


2023年は1月3日(火)から開館します。お正月にはぜひ山種美術館でお楽しみください!

※文中のうち、所蔵先表記のない作品はすべて山種美術館所蔵です。

2022年12月23日金曜日

根津美術館 企画展「遊びの美」

東京・南青山の根津美術館では、遊びをテーマに、同館が所蔵する絵巻物や古筆、新春を迎えるのにふさわしいきらびやかな金屏風が楽しめる企画展「遊びの美」が開催されています。

展覧会チラシ

展覧会開催概要


会 期  2022年12月17日(土)~2023年2月5日(日)
休館日  毎週月曜日 ただし1月9日(月・祝)は開館、翌10日(火) 休館
     ※年末年始12月26日(月)から1月4日(水)まで休館
開館時間 午前10時~午後5時 (入館は閉館30分前まで)
入場料  オンライン日時指定予約
     一般 1,300円 学生 1,000円
     *障害者手帳提示者および同伴者は200円引き、中学生以下は無料
会 場  根津美術館 展示室1・2

※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は記者内覧会で美術館より特別に許可をいただいて撮影したものです。
※企画展「遊びの美」に展示されている作品はすべて根津美術館所蔵です。

展覧会の詳細は同館公式サイトをご覧ください⇒根津美術館

展覧会の構成
 ・子供の姿
 ・雅な遊び
 ・武芸をみがく
 ・市井の楽しみ

それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。

子供の姿


昔も今も子供たちはどんな時でも遊びを見つけ出す遊びの天才。
菅原道真を祀る北野天満宮の社殿を造営する場面が描かれた重要美術品「北野天神縁起絵巻」でも、一生懸命に仕事の手伝いをしている子や、大人たちが作業をしているそばで遊んでいる子たちが生き生きと描かれています。


重要美術品 北野天神縁起絵巻 6巻のうち第5巻(部分)
日本・室町時代 16世紀


左端には、板の虫食い穴が讒言によって失脚した道真の怨念のこもった一首の歌であることがわかり、人々が騒いでいる様子が描かれています。
あわてて駆け寄ってくる人もいて、それまでの活気のある場面とは一転して、緊迫した様子が伝わってくる場面です。

重要美術品 北野天神縁起絵巻 6巻のうち第5巻
日本・室町時代 16世紀


雅な遊び


桜の花が咲き乱れる中、真剣なまなざしで宙に浮かぶ鞠を追いかける公家たちが描かれた重要美術品「桜下蹴鞠図屏風」。

蹴鞠は単に体を動かすスポーツではなく、技も作法も一定の形式が整い、難波流や飛鳥井流といった流派も形成されて、教養を高め社会の中でより良く生きるための手段でもあったのです。
左隻に描かれた従者たちは主人である公家たちを応援しているのかと思ったら、退屈してあくびをしたり、居眠りをしたりしているのですね。

重要美術品 桜下蹴鞠図屏風
日本・江戸時代 17世紀


平安時代の人たちにとって和歌は重要なコミュニケーションの手段。
そして、宮中で行われる歌合は、左右のチームに分かれて歌の優劣を競う文学的な遊びでした。
今回の企画展で初公開されるのは、「上東門院彰子菊合残巻(十巻本歌合)」。
一番右には歌の優劣を判定する「判者」、その隣には「左方人」「右方人」に分かれた参加者の名前、歌の題材と続き、その左には読まれた和歌が記されています。

上東門院彰子菊合残巻(十巻本歌合) 伝 宗尊親王筆
日本・平安時代 11世紀 植村和堂氏寄贈


こちらは歌が書かれた懐紙ですが、ただの懐紙ではありません。
歌合で詠み手本人が歌を書いたとても貴重なもので、筆者は蹴鞠の飛鳥井流の祖としても知られる飛鳥井雅経。
練りに練って作り上げた歌を歌合で提出する時の手に汗握る緊張の瞬間が目の前に浮かんでくるようです。


重要文化財 熊野類懐紙 飛鳥井雅経筆
日本・鎌倉時代 12~13世紀


武芸を磨く


武士にとっていくさに備えて武芸を磨くことは重要な仕事でした。
そして、それは天下泰平の世になった江戸時代でも変わらないことでした。

この金屏風には、馬上から先端をカバーした矢で犬を射る競技「犬追物」の様子が描かれています。

馬場の周囲には多くの見物人の姿が見られます。
リラックスした見物人たちの様子を見ると、武士たちにとっては馬術や弓術を訓練する真剣な場であっても、当時の人たちにとってはきっと楽しみな娯楽の一つだったのでしょう。

重要美術品 犬追物図屏風
日本・江戸時代 17世紀


NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」でも出てきた場面が見えてきました。
右隻に描かれているのは源頼朝が行った富士の巻狩。
巻狩は武士の軍事訓練の場なのですが、この時は、前年に征夷大将軍に補任された源頼朝が御家人たちに自らの威光を示す意味合いもあったのです。

ちなみにこの屏風の主題は富士の巻狩でなく、その際に行われた曽我兄弟の仇討ちです。

曽我物語図屏風 日本・江戸時代 17世紀



市井の楽しみ


庶民たちの遊び、庶民たちの遊びの代表的なものの一つはお祭り。

「洛中洛外図屏風」には、右隻の山鉾巡行、左隻の神輿渡御はじめ、今も続く京都・祇園祭の街じゅうが盛り上がった様子が生き生きと描かれています。

洛中洛外図屏風 日本・江戸時代 17世紀
福島静子氏寄贈


江戸時代に庶民の間にまで広まったのが「お伊勢参り」。
伊勢神宮に参拝するのが目的でしたが、参拝者にとって道中の観光も大きな楽しみでした。
下の写真右は「伊勢参宮図屏風」の左隻です(右隻は名古屋市博物館蔵)。

左の「風流踊図衝立」は、小さな子供をふくむ老若男女100人以上もの庶民が踊る様子が描かれていて、鉦や太鼓の音や踊る人たちの歌う声が聞こえてきそうなにぎわいです。


右 伊勢参宮図屏風 左 風流踊図衝立
どちらも 日本・江戸時代 17世紀



テーマ展示も同時開催中です!


展示室4 古代中国の青銅器



展示室4 展示風景

古代中国の青銅器が展示されている展示室4の特集テーマは、2023年の干支にちなんで青銅鏡展示「兎をさがせ!」。
中国・隋時代から唐時代の青銅の鏡が展示されているので、ぜひ兎を探してみてください。
意外と難しいかもしれません。

下の写真の一番左は青銅鏡の鏡の面を真鍮で再現したもの。
今回の展示に向けて磨いたとのことで、初めて鏡の面を見ましたが、くっきりと自分の顔が映ったのには驚きました。


青銅鏡展示「兎をさがせ!」 展示風景


港区青銅器サミットのご案内


泉屋博古館東京では、「不変/普遍の造形」展(会期:2023年1月14日~2月26日)が開催されて、同じ港区にある根津美術館、松岡美術館の青銅器コレクションとあわせて、この時期には港区に中国・殷周時代の青銅器が密集することになります。

その機会に3館の学芸員さんが登壇するトークイベント「港区青銅器サミット」が1月21日(土)に泉屋博古館東京で開催されますので、ご興味のある方はぜひご参加ください。

詳細は泉屋博古館東京のサイトをご覧ください⇒港区青銅器サミット


展示室5 山水



展示室5 展示風景

中国・南宋の馬麟や、拙宗等揚と名乗っていた頃の雪舟の山水画が展示されていて、山水画ファン(筆者もその一人)にはたまらない、この落ち着いた空間の中で学芸員さんの特におススメはするのは「披錦斎図」。

鎌倉・円覚寺の梁宗という少年僧を慕う人物が、夢で見た書斎を描かせ、その少年僧に送ったという作品で、夢に出てきた書斎「披錦斎」が、桃源郷を思わせる牧歌的な景色の中に浮かぶように描かれている幻想的な光景が見られます。

披錦斎図 宗甫紹鏡ほか六僧賛
日本・室町時代 寛正5年(1464)

展示室6 除夜釜-新年を迎える-


展示室6には、新年を迎えるのにふさわしく、大晦日に開かれる除夜釜、2023年の干支の兎や吉祥にちなんだ茶道具が展示されています。


展示室6 展示風景


とてもユニークな茶碗を見つけました!

江戸時代には暦(カレンダー)が書かれた茶碗は年末の贈答品として広まったそうですが、この茶碗には正式な暦ではなくユーモアあふれる縁起や架空の年号が書かれているのです。
こんなおめでたい茶碗なら、贈る方も受け取る方も楽しそうです。

志野暦茶碗 銘 年男  美濃
日本・江戸時代 17世紀



NEZU MUSEUMオリジナルの新商品はロールシール〈茶道具シリーズ〉


ミュージアムショップでは、新商品「ロールシール〈茶道具シリーズ〉」(税込700円)が発売中です。
根津美術館所蔵の茶道具の名品13種類を約100枚のロールシールにしたもので、手紙の封かんや、プレゼントの袋を閉じるのに貼るとオシャレです。

ミュージアムショップ


雅楽を聴きながら絵を見る体験もできます!


今回の企画展「遊びの美」のテーマの一つ「雅な遊び」にちなんで、雅楽を聴きながら絵を見るイベントも開催されます。

演奏するのは東京藝術大学雅楽専攻生、卒業生、講師のみなさん。

演奏日時は2023年1月7日(土)、1月29日(土)の13:30、15:00の2回で、いずれも20分程度。
地階の講堂で演奏される雅楽が、1階展示室に聴こえてくるという、まさに「雅な遊び」が体感できるイベントです。

他にも企画展「遊びの美」のスライドレクチャーも開催されますので、詳しくは根津美術館公式サイトでご確認ください⇒根津美術館


楽しさいっぱいの企画展「遊びの美」をご覧いただいて、みなさま良い年をお迎えください!

2022年12月21日水曜日

すみだ北斎美術館 企画展「北斎かける百人一首」

子どものころ、お正月になると羽根つきや福笑い、凧揚げや独楽回し、かるた取りなどで遊んだことが懐かしく思い出される展覧会、企画展「北斎かける百人一首」が東京・墨田区のすみだ北斎美術館で開催されています。

3階ホワイエのフォトスポット

読み手が上の句を読んで下の句が書かれた札をとる「百人一首かるた」が得意であった人はもちろん、あまり得意でない方も(筆者は後者の方でした)、葛飾北斎の「百人一首乳母かゑとき」シリーズはじめ、江戸時代の人たちが百人一首で遊ぶ姿や歌仙たちが描かれた浮世絵を見て正月気分が味わえるとても楽しい展覧会です。

展覧会概要


会 期  2022年12月15日(木)~2023年2月26日(日)
 前期:2022年12月15日(木)~2023年1月22日(日)
 後期:2023年1月24日(火)~2023年2月26日(日)
 ※前後期で一部展示替えあり
開館時間 9:30~17:30(入館は17:00まで)
休館日  毎週月曜日、年末年始(12/29-1/1)
     ※開館:1月2日(月・休)、1月3日(火)、1月9日(月・祝)
     ※休館:1月4日(水)、1月10日(火)
会 場  3階企画展示室
観覧料  一般 1,000円 高校生・大学生 700円 65歳以上 700円
     中学生 300円 障がい者 300円 小学生以下 無料
 ※観覧日当日に限り、AURORA(常設展示室)、常設展プラス「隅田川両岸景色図巻(複製
  画)と北斎漫画」もご覧になれます。
  常設展プラスには「隅田川両岸景色図巻(複製画)」が展示されていて、北斎の絵手本の
  レプリカを手に取って読むことができる<『北斎漫画』ほか立ち読みコーナー>もあり
  ます。

 ※展覧会の詳細、関連イベント、新型コロナウイルス感染症対策等は同館公式HPをご覧
  ください⇒すみだ北斎美術館
 ※出品作品はすべてすみだ北斎美術館の所蔵品です。

展示構成
 序章  『百人一首』の成立
 第1章 『百人一首』の普及
 第2章 『百人一首』の発展
 第3章 描かれた『百人一首』

※3階の企画展展示室、4階の常設展プラス展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は内覧会で美術館より特別に許可をいただいて撮影したものです。
※3階ホワイエのフォトスポット、高精細複製画は撮影可。4階AURORA(常設展示室)内は一部を除き撮影可です(いずれもフラッシュ、三脚(一脚)の使用は不可。)

3階ホワイエ
 葛飾北斎「新年風俗図(初夢・朝化粧)」(高精細複製画)
(原画:フリーア美術館蔵)
Facsimiles of works in the collection of the Freer Gallery of Art, Smithsonian
 Institution, Washington, D.C.: Gift of Charles Lang Freer, F1903.52, F1903.53




それではさっそく展覧会の見どころを中心に展示の様子をご紹介したいと思います。


見どころ1  北斎の技(わざ)、北斎の世界観が光る「百人一首乳母かゑとき」シリーズが前期後期で見られます!


「百人一首乳母かゑとき」シリーズは、「冨嶽三十六景」や「諸国名橋奇覧」などに続いて制作された北斎最後の大判錦絵シリーズで、全部で錦絵27図が出版されたもののうち、今回の企画展では同館が所蔵する錦絵23図を前期・後期で見ることができます。

本シリーズは、乳母が絵解きをするように大人が子どもに和歌の意味を説明するという設定で企画されました。

「百人一首乳母かゑとき」シリーズ 展示風景


『百人一首』なので全部で100図の錦絵があってもいいはずなのですが、実際には27図の錦絵と60図以上の版下絵が知られていて、100図の出版には至りませんでした。

その理由としては、このシリーズは色数が多く、手の込んだ技法も多かったので原価が高かったことが想定され、天保の大飢饉の中の不況で採算が取れなかった可能性や、歌から連想されることがらや、歌人のイメージを江戸の風俗に盛り込むなど、北斎独自の世界感を表現しているので、当時の一般の人にとって絵の内容が理解しにくいという可能性が考えられています。

ということは、今回の企画展「北斎かける百人一首」(=北斎×『百人一首』)のタイトルどおり、『百人一首』を通して北斎ならではの技(わざ)や、北斎ならではの世界観が見られると言うことがきるのです。


下の写真左は、秋の田を詠んだ天智天皇の歌にちなんで、稲刈りが終わり、稲穂を背負って運ぶ人々や旅人が描かれています。
稲穂の細やかな表現や、木々や背景の山などにいくつもの色を使っているところなどに北斎のこだわりが感じられます。

右は柿本人麻呂の歌から連想して漁師たちが地引網をひく場面が描かれた作品で、画面左上の庵の中には人麻呂本人と思しき人が見えます。

このシリーズには歌人を思わせる人物が登場する作品もあるので、細かいところまで見逃せないです。


(左から)葛飾北斎「百人一首うはかゑとき 天智天皇」
「百人一首乳母かゑとき 柿の本人麿」
どちらも前期展示

百人一首の母胎となる『百人秀歌』の撰者と考えられている鎌倉初期の歌人、藤原定家自身の歌も百首の中に入っています。

下の写真右は定家の歌から連想して、塩づくりの場面が描かれていますが、気になるのはその左隣の作品。
「百人一首乳母かゑとき」シリーズの作品が並んでいるはずなのに、なぜか「冨嶽三十六景 本所立川」。

最初は何かの間違いではと作品タイトルを見返したのですが、これは決して間違いではありません。
両方の作品の画面左上の人物に注目すると、上から下の人に物を投げろす姿勢がそっくりなのです。
このような組み合わせはほかにもあるので、やはりどの作品も細部までじっくり見れば楽しみ倍増です。


(右から)葛飾北斎「百人一首宇波か縁説 権中納言定家」
「冨嶽三十六景 本所立川」
どちらも前期展示




見どころ2  あの有名な歌人に会えます


こちらは、山部赤人とともに「歌聖(うたのひじり)」と称され、和歌三神の一人とされる柿本人麻呂が描かれた蹄斎北馬の「和歌三神の図」。
人麻呂はいつもリラックスした姿で描かれているので、左下の人物が人麻呂ではないかと思われます。

蹄斎北馬「和歌三神の図」前期展示 

山部赤人と柿本人麻呂が並んで描かれたものもありました。(下の写真の右ページ上)

葛飾為斎『北斎人物画譜』山辺の赤人 柿本人麿
通期展示


抱亭五清の「草紙洗小町」は、宮中の歌合で小野小町の相手となった大伴黒主が小町の歌を盗み聞いて、それを『万葉集』に書き入れて小町の歌は古歌だと訴えたところ、小町が『万葉集』のその草紙を洗うと歌の文字が消えたという謡曲の場面を描いた作品。


抱亭五清「草紙洗小町」 前期展示

大伴(大友)黒主も小野小町も六歌仙に名を連ねるほどの優れた歌人ですが、六歌仙の中で黒主だけが唯一『百人一首』に歌が選ばれなかったのは、このようにダーティーなイメージがつきまとったからなのでしょうか。
まるでスパイ小説を読んでいるような「草紙洗小町」の逸話の真偽のほどはわかりませんが、宮中の歌合ではこういった逸話が出てくるほど火花散るバトルが繰り広げられたであろうことは想像に難くありません。


見どころ3  『百人一首』がより身近に感じられます


『百人一首』はあまりなじみがないから今回の展覧会は面白くないかも、と思われる方、ご心配なく。

『百人一首』の成立⇒普及⇒発展⇒描かれた『百人一首』といった展示構成になっているので、展示室を回りながらいつの間にか『百人一首』の世界に入り込むことができます。
また、会場では『百人一首』の歌が全部掲載された「百人一首一覧」が配布されているので、ぜひお手に取ってご覧ください。

序章 『百人一首』の成立

『百人一首』の母胎となった『百人秀歌』が編纂されたとされる、京都・嵯峨の小倉山にまつわる作品が展示されています。

序章 展示風景

第1章 『百人一首』の普及

女性たちがお正月に着物を着てかるた取りを楽しんでいる、今と変わらない光景が描かれている菱川宗理「美人正月遊興図」。

菱川宗理「美人正月遊興図」 前期展示


第2章 『百人一首』の発展

『百人一首』にもさまざまな派生形がありました。
こちらは百人ならぬ五拾人一首。選ばれているのは和歌でなく狂歌です。

葛飾北斎『五拾人一首 五十鈴川狂歌車』
前期後期で頁替えあり


第3章 描かれた『百人一首』

葛飾北斎の「五歌仙」シリーズは、いずれも『百人一首』に歌が撰ばれた女性の歌人たちが描かれた摺物です。

「五歌仙」シリーズ 展示風景

「五歌仙」シリーズのうち「檜扇」に描かれているのは、『源氏物語』の作者・紫式部。
2024年のNHK大河ドラマの主人公ですね。

葛飾北斎「五歌仙 檜扇」 前期展示


ミュージアムグッズも充実してます!

今回の企画展にあわせて『百人一首』関連の書籍やグッズも充実しているので、1階ミュージアムショップにもぜひお立ち寄りください。(ミュージアムショップは撮影禁止です。)

ミュージアムショップ


企画展オリジナルリーフレット「北斎かける百人一首」(税込300円)も好評発売中!



また、ミュージアムショップで特におススメなのは、「開館6周年記念 オリジナルアートペン」を含むアートペン(全5種・各1,500円税込)。
オリジナルはそのうち1種ですが、いずれも色彩豊かな北斎作品を特殊印刷で立体的に表現しているので、緻密な描写を指先で触った感触で楽しむことができるという優れものです。




北斎や門人たちの描いた『百人一首』でいっぱいの展覧会です。
ぜひお楽しみください!