2022年7月25日月曜日

山種美術館 【特別展】水のかたち-《源平合戦図》から千住博の「滝」まで- 特集展示:日本画に描かれた源平の世界

雨、霧、川、滝、海、雪。
東京・広尾の山種美術館では水をテーマにした涼し気な展覧会が開催されています。

展覧会チラシ



展覧会のタイトルは、【特別展】水のかたち-《源平合戦図》から千住博の「滝」まで-  特集展示:日本画に描かれた源平の世界

海を舞台に繰り広げられた《源平合戦図》の屏風から、「名所江戸百景」など歌川広重の人気シリーズで描かれた水の景色、横山大観や川端龍子をはじめとした近代日本画界巨匠たちが描いた海や川、そして千住博の「滝」のシリーズまで、さまざまな「水」の景色が楽しめる展覧会です。

それではさっそく展示室内の様子をご紹介したいと思います。

展覧会概要


会 期  2022年7月9日(土)~9月25日(日)
     *会期中、一部展示替えあり。
      前期 7月9日~8月14日、後期 8月16日~9月25日
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
     *今後の状況により会期・開館時間等は変更する場合あり。
休館日  月曜日[9/19(月)は開館、7/19(火)、9/20(火)は休館]
入館料  一般1,300円、中学生以下無料(付添者の同伴が必要です)
     夏の学割 大学生・高校生500円*本展に限り通常1000円のところ半額です! 
*他にも割引・特典があります。チケットはご来館当日、美術館受付でご購入いただけます。また、入館日時のオンラインチケット購入も可能です。

相互割引サービスについて
下記チケットのご提示で入館料を100円割引いたします。当館の入場受付時にご提示ください。
■Bunkamuraザ・ミュージアム「かこさとし展 子どもたちに伝えたかったこと」との相互割引について

■太田記念美術館「源平合戦から鎌倉へ -清盛・義経・頼朝」「浮世絵動物園」との相互割引について

*いずれも対象券1枚につき1名様、1回限り有効。
*入館チケットご購入時に受付にご提示ください。購入後の割引はできません。
*他の割引との併用はできません。


*オンライン講演会などの各種イベントも開催されますので、詳細は同館公式webサイトをご覧ください⇒https://www.yamatane-museum.jp/

展示構成
 雨と霧 ー大気の中の水
 川 -流れる水
 滝 -ダイナミックな水
 海 -躍動する水
 雪 -氷の結晶
 特集展示:日本画に描かれた源平の世界
  
*展示室内は次の1点を除き撮影不可です。掲載した写真はプレス内覧会で美術館より特別に許可をいただいて撮影したものです。
*掲載した作品はすべて山種美術館蔵。展示替えのある作品は展示期間を記載しました。展示期間の記載のない作品は全期間展示です。

今回の展覧会で撮影可の作品は、素足を川の流れに入れて涼し気な、小林古径《河風》。「川 -流れる水」のエリアに展示されています。

小林古径《河風》1915(大正4)年
絹本・彩色 山種美術館


雨と霧 -大気の中の水

今ではゲリラ豪雨とか線状降水帯という言葉が一般的になって、「夕立」という言葉はあまり使われなくなりましたが、もくもくと入道雲があらわれて、ザーッと雨を降らす夕立は夏の風物詩でした。

そんな夕立の激しい雨の様子を、雨の線の角度を微妙に変えて見事に表現したのが歌川広重の《名所江戸百景 大はしあたけの夕立》。

歌川広重《名所江戸百景 大はしあたけの夕立》
1857(安政4)年 大判錦絵 山種美術館
[前期展示7/98/14



この作品は、ゴッホが模写したことでもよく知られていて、ゴッホの模写《雨の大橋》もパネル展示されているのでぜひ見比べてみてください(《雨の大橋》の原本は国立フィンセント・ファン・ゴッホ美術館蔵)。

実はこの作品でいつも気になるのは、橋の上を急ぎ足で歩く人たちのうち右から2番目、一つの傘の中に入っている男の人たち。
足の数を数えると3人にも見えるのですが、ゴッホの《雨の大橋》で描かれているのは2人。
実際には何人なのでしょうか。ぜひご自身の目で確かめてみてください。

「雨と霧 -大気の中の水」展示風景
左から川端玉章《雨中楓之図》19-20世紀(明治時代) 紙本・彩色、
小茂田青樹《春雨》1917(大正6)年頃 絹本・彩色、
 川合玉堂《水声雨声》1951(昭和26)年頃 絹本・墨画淡彩
 いずれも山種美術館




滝 -ダイナミックな水

千住博《ウォーターフォール》は迫力の大画面。
目の前に立つと滝の音が聞こえて、水しぶきが飛んできそうで、いかにも涼し気。

「滝 -ダイナミックな水」展示風景
左から 千住博《ウォーターフォール》1995(平成7)年 紙本・彩色、
奥村土牛《那智》1958(昭和33)年 紙本・彩色、
中林竹渓《高士観瀑図》19世紀(江戸時代) 紙本・彩色
いずれも山種美術館

古くから、滝は人間を超えた存在として崇められてきました。本作品への視点を変えると、とっても涼し気に見えますね。


中林竹渓《高士観瀑図》19世紀(江戸時代) 
紙本・彩色 山種美術館


滝の作品の前にはベンチがあるので、《高士観瀑図》の高士のように那智の滝やカラフルな滝を見上げて涼んでみてはいかがでしょうか。

千住博《フォーリングカラーズ》2006(平成18)年 紙本・彩色
山種美術館




海 -躍動する水

第一展示室の冒頭でお出迎えしてくれるのは奥村土牛の《鳴門》。
いつもこのポジションにはどんな作品が展示されるのだろうと楽しみにしているのですが、今回も展覧会のイメージにピッタリの作品が展示されていました。

渦を巻く潮の音、ものすごく強い海風が感じられ、まるで渦の中に引き込まれるかのように「水のかたち」の世界に入り込んでいくことができました。


奥村土牛《鳴門》1959(昭和34)年 紙本・彩色
山種美術館




「会場芸術」を唱えた川端龍子らしい豪快で躍動感あふれる海の情景を描いた《黒潮》。
作品の前に立つと、こちらも全速力で走る漁船に乗ってトビウオを追いかけているようなスピード感が感じられます。

川端龍子《黒潮》1932(昭和7)年 絹本・彩色
山種美術館



「海 -躍動する水」展示風景
左から 横山大観《夏の海》1952(昭和27)年頃 紙本・彩色、
黒田清輝《湘南の海水浴》1908(明治41)年 カンヴァス・油彩、
石川響《東海日月》1970(昭和45)年 紙本・彩色
いずれも山種美術館



雪 -氷の結晶

今回の特別展では川合玉堂の作品が3点展示されていますが、雪の白は生地の白をそのまま生かしているのに、なぜか盛り上がって見えるこの雪景色は特に好きな作品です。

タイトルの《雪志末久湖畔》の「志末久(しまく)」とは「風巻(しま)く」のことで、風が激しく吹き荒れるさまを表しているので、雪空の中の寒々とした空気がスーッと吹いてくるように感じられました。

川合玉堂《雪志末久湖畔》1942(昭和17)年 
絹本・墨画淡彩 山種美術館


温暖であまり雪が降ることがないのに、なぜか雪景色の静岡・蒲原。
歌川広重《東海道五拾三次之内 蒲原・夜之雪》は後期(8/16-9/25)に展示されます。
ちょうど残暑厳しい折でしょうから、暑いさなかに見る雪景色も乙なものかもしれません。

 歌川広重《東海道五拾三次之内 蒲原・夜之雪》1833-36(天保4-7)年頃
大判錦絵 山種美術館 [後期展示8/169/25]



今回は「東海道五拾三次」「名所江戸百景」はじめ、歌川広重の人気シリーズから前後期それぞれ7点、全部で14点の浮世絵が展示されるので、広重ファン、浮世絵ファンにとっても見逃せない展覧会です。



特集展示:日本画に描かれた源平の世界


特集展示では、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」でも話題になった源平合戦をはじめ、源氏と平氏にちなんだ作品11点が展示されています。

まずは江戸時代に描かれた六曲一双の屏風《源平合戦図》。

《源平合戦図》17世紀(江戸時代) 紙本金地・彩色
山種美術館

「鎌倉殿の13人」では破天荒な源義経の役を演じた菅田将暉さんの演技が光ってましたが、この屏風には義経が指揮する源氏軍が、都から逃げのびようとする平家を追い詰める場面がいくつも描かれています。
作品の左にはそれぞれの場面の解説パネルがあるので、鵯越のさか落とし、義経八艘飛びなどの名場面をじっくりご覧になってください。


続いてこちらは義経が木曽義仲を討った宇治川の合戦での、佐々木高綱と梶原景季の先陣争いの場面。
右隻右上に水墨で描かれた平等院鳳凰堂が渋いです。

森村宜稲《宇治川競先》20世紀(大正-昭和時代)
紙本金地・彩色 山種美術館



オリジナルグッズも和菓子も充実!


歌川広重《名所江戸百景 大はしあたけの夕立》の額絵(税込550円)や、川端龍子《黒潮》の絵はがき(税込110円)をはじめ、特別展「水のかたち」に合わせた涼し気なオリジナルグッズが盛りだくさん。



今回の注目は、上の写真で川端龍子《黒潮》の絵はがきを支えているガラス製の小さなカードホルダー:キューブ。
クリア、バイオレット、コバルトの3色あってとてもオシャレ(税込各660円)です。
飾る絵はがきの色合いに合わせて色を選ぶ楽しみもありますね。


展覧会出品作品にちなんだ和菓子は今回も充実のレパートリー。
ランチメニューもありますので、美術館ロビーの「Cafe 椿」にぜひお気軽にお立ち寄りください。





上の写真、右上から時計回りに、「やしま(小堀鞆音《那須宗隆射扇図》)」、「うず潮(奥村土牛《鳴門》)」、「涼やか(小林古径《河風》)」、「汐風(横山大観《夏の海》)」、「水の音(千住博《フォーリングカラーズ》)」。
(カッコ内はモチーフにした作品で、すべて山種美術館蔵)


これからも蒸し暑い日がしばらく続きますので、涼しさが感じられる展覧会をぜひお楽しみください。

2022年7月18日月曜日

三井記念美術館 リニューアルオープンⅡ 茶の湯の陶磁器~”景色”を愛でる~

東京・日本橋、三井記念美術館ではリニューアルオープン第2弾「茶の湯の陶磁器~”景色”を愛でる~」が開催されています。


1階ロビーのポスター


今回は、メインビジュアルのとおり桃山時代や江戸時代の茶人たち好みの渋くて落ち着いた雰囲気の陶磁器が楽しめる展覧会。
さっそく会場内の様子をご紹介したいと思います。


展覧会概要


展覧会名  リニューアルオープンⅡ 茶の湯の陶磁器~”景色”を愛でる~
会 場   三井記念美術館
会 期   2022年7月9日(土)~9月19日(月・祝)
      *会期中、一部展示替えを行います。
開館時間  10:00~17:00(入館は16:30まで)
     *ナイトミュージアム:会期中毎週金曜日は19:00まで開館(入館は18:30まで)
休館日   月曜日(但し7月18日、8月15日、9月19日は開館)、7月19日(火)
主 催   三井記念美術館
入館料   一般 1,000円(800円)/大学・高校生500円(400円)/中学生以下無料
      *ナイトミュージアム割引:会期中毎週金曜日17:00以降のご入館で( )内
       割引料金になります。
      
※本展は予約なしで入館いただけます。
※展覧会の詳細、各種割引、新型コロナウイルス感染防止対策などについては同館公式ホームページをご覧ください⇒https://www.mitsui-museum.jp

※会場内は撮影禁止です。掲載した写真はプレス内覧会で美術館の特別の許可をいただいて撮影したものです。


茶道具の「銘」に注目!

今回の注目は茶碗や茶入、花入、水指などの茶道具につけられた「銘」。

例えば「斗々屋茶碗 銘かすみ」の銘は「かすみ」。

「銘」は、茶道具を所有していた茶人が、釉の変化や器の姿などを見て「いい景色だな。」と愛でて、ひらめいたイメージから名前をつけたものなのです。

この「斗々屋茶碗 銘かすみ」は、全体が枇杷色のところに一部薄青色に変化した釉景色が、春霞を連想されたことから「銘 かすみ」と付けられました。

斗々屋茶碗 銘かすみ 1口  朝鮮時代・16世紀
  三井記念美術館蔵


こちらは8月9日(火)から展示される、本阿弥光悦作 重要文化財「黒楽茶碗 銘雨雲」。
黒いかたまりは雲、縦の黒い筋は雲間から降る雨。
空が急に暗くなって雨が降ってくる光景が目に浮かんでくるようです。

 重要文化財 黒楽茶碗 銘雨雲 1口  本阿弥光悦作
  江戸時代・17世紀  三井記念美術館蔵
(8/9~9/19展示)

ほかにも自然の景色にちなんだ村雨、秋月、和歌をイメージした「歌銘」など優雅な銘の茶道具が出てきます。

茶人たちが付けた銘から連想して景色を思い描くことも今回の展覧会の大きな楽しみの一つですし、「自分だったらこういう銘を付けたい。」と想像してみるのも面白いかもしれません。


展示室1展示風景





国宝、重要文化財の茶道具が勢ぞろい!


毎回メインの一品が展示される展示室2には、国宝「志野茶碗 銘卯花墻」が展示されています。 

展示室2展示風景


日本で焼かれた陶磁器の中で、2碗しかない国宝のうちの1つという貴重な国宝「志野茶碗 銘卯花墻」は8月7日までの展示です。

銘の「卯花墻」は、卯の花になぞらえた白い志野釉の下に鉄絵で垣根が描かれていることから付けられたものなのです。

 国宝 志野茶碗 銘卯花墻 1口  桃山時代・16~17世紀 
三井記念美術館蔵 (7/9~8/7展示)


この展示室2には、8月9日(火)から中国・南宋時代の重要文化財「玳皮盞 鸞天目」が展示されるので、こちらも楽しみです。


茶室のしつらえが雰囲気を盛り上げてます


茶道具ですので、やはり茶室に展示されると、このようにしっくりきます。


国宝の茶室「如庵」を再現した展示室3展示風景


茶室でなくても茶道具や掛け軸を組み合わせた展示が随所に見られ、展示室内の雰囲気を盛り上げていました。

展示室4正面の掛け軸は、明治期に京都で活躍した日本画家、川端玉章の《京都名所十二月》12幅のうち1月から6月までの6幅。
7月から12月までの6幅は展示室7に展示されています。

月ごとに京都の名所や行事が淡い色彩で描かれていて、とてもいい感じの作品です。


展示室4展示風景

今回は、展示室1、2に茶碗、展示室4に花入・水指といった具合に、各展示室には茶道具の種類ごとに並べて展示されているので、それぞれの茶道具の趣きの違いがよくわかります。

茶碗や茶入れと比べて少し大ぶりで、でんと構えているのが水指。
中でもこの「伊賀耳付水指 銘閑居」のごつごつとした感じが気に入りました。
すわりの良いわびた様子を擬人化して「閑居」と名付けられたと思われるとのことです。


伊賀耳付水指 銘閑居 1口   桃山時代・17世紀 
 三井記念美術館蔵


展示室5に展示されているのは茶壷・茶入。
小ぶりながらも、ほっそりしたものや、丸身を帯びたものなど、それぞれ形に特徴があって、釉で彩られた模様も味わいがあるので、一つひとつじっくりご覧いただきたです。


展示室5展示風景

8月9日から展示される茶入の中で特に注目したいのは「唐物肩衝茶入 銘遅桜 大名物」。
あの銀閣寺を建てた室町幕府八代将軍足利義政が、この茶入が天下の名物「初花」より早く世に知られたならば、この茶入が第一であっただろうとしておくったという伝承がある歌銘がこの遅桜という銘なのです。

大名物(おおめいぶつ)とは、千利休以前に選定された名物の茶器のことで、足利義政が東山山荘で選定した茶道具がその代表です。


唐物肩衝茶入 銘遅桜 大名物 1口  南宋時代・12~13世紀
  三井記念美術館蔵(8/9~9/19展示)


近くでじっくり見ることができる展示室6には、小さくても色合いが鮮やかで、ユニークなしぐさの獅子をはじめとした動物たちの姿も楽しめる香合が展示されています。

展示室6展示風景

展示室7に展示されているのは楽茶碗・紀州御庭焼。
正面は、先ほどご紹介した川端玉章の《京都名所十二月》12幅のうち7月から12月までの6幅です。

展示室7展示風景

楽茶碗とは、轆轤(ろくろ)を使わずに手とヘラだけで成形する「手捏ね」と呼ばれる方法で成形するので、いかにも手作り感たっぷりの安定感が感じられます。

こちらは、樂家初代、長次郎作の黒楽茶碗。

千利休が薩摩の門人に三碗を送ったところ、この茶碗を残して二碗は送り返されてきたので、平家を打倒しようとした鹿ケ谷事件に加担して薩摩の国の鬼界ケ島(硫黄島)に流され、その後許されず島に残された僧・俊寛にちなんでつけられたのがこの黒楽茶碗の銘とのこと。

このような銘のつけ方もあるのだな、とひたすら感心するばかりでした。

重要文化財 黒楽茶碗 銘俊寛 長次郎作 1口  桃山時代・16世紀 
 三井記念美術館蔵(7/9~8/7展示)


ミュージアムショップにも茶道具があります!


素晴らしい茶道具を愛でて展示室を出るとすぐに見えてくるのは、改装後広くなったミュージアムショップ。

今回の展覧会にあわせて販売されているのは、現代陶芸作家の作品です。
作家さんたちそれぞれの特徴があって、どれも素敵な形や柄なので、「この茶碗でお茶を飲んでみたい!」「このお皿に料理を盛ってみたい。」と思える器が見つかるかもしれません。

お帰りの際にはぜひお立ち寄りください。

ミュージアムショップ


次回展は、平安時代以来の優美な文化の香りが感じられる特別展「大蒔絵展-漆と金の千年物語」(2022年10月1日~11月13日)。
毎回楽しみな展覧会が開催されるので、リニューアルオープン後も三井記念美術館から目が離せません。


次回展「大蒔絵展」






2022年7月10日日曜日

大倉集古館 特別展「芭蕉布ー人間国宝・平良敏子と喜如嘉の手仕事ー」

 東京・虎ノ門の大倉集古館では、特別展「芭蕉布ー人間国宝・平良敏子と喜如嘉の手仕事ー」が開催されています。

大倉集古館外観


今回の特別展では、沖縄を代表する織物「芭蕉布」の伝統技法を太平洋戦争後に復興させて、さらに進化させた人間国宝・平良敏子さんと、平良さんの地元・喜如嘉の芭蕉布織物工房の友部(ドゥシビー=盟友)たちの手織物の足跡を知ることができる、まさに沖縄本土復帰50周年の記念すべき年にふさわしい展示を見ることができます。

それではさっそく展示の様子をご案内したいと思います。

※展覧会におうかがいしたのは前期展示の時でしたが、7月5日(火)から後期展示が始まっていますので、通期展示、後期展示の作品を紹介しました。

展覧会概要


展覧会名  特別展 芭蕉布ー人間国宝・平良敏子と喜如嘉の手仕事ー 
会 期   2022年6月7日(火)~7月31日(日)
      ※途中一部展示替あり:後期展示7月5日(火)から    
開館時間  10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日   毎週月曜日(祝休日の場合は翌火曜日)
入館料   一般 1,300円 大学・高校生 1,000円 中学生以下無料
※本展は事前予約不要です。
※展覧会の詳細、各種割引料金等は同館公式サイトをご覧ください。
大倉集古館公式サイト⇒https://www.shukokan.org/




※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は主催者より特別にお借りしたものです。


涼し気な芭蕉布の着物がお出迎え

汗をぬぐいながら強い陽ざしの中を歩いて展示室内に入ると、目に入ってくるのは色とりどりの芭蕉布。

軽くて、風通しがよくて、いかにも涼し気で、柄もバラエティーに富んでいる芭蕉布を見ていると、まるで沖縄の強い日差しを避けて木陰で休んでいるようなさわやかな気分になってきます。

煮綛 芭蕉布 着物「黄地 ヤシラミー 碁盤」

こちらは後期に展示されている明るい色の着物です。 
煮綛 芭蕉布 着物「黄地 ヤシラミー 碁盤」
芭蕉布織物工房所蔵(後期展示7/5-7/31)
©Atsushi Higa Photo Studio Tsuha


煮綛(ニーガシー)とは、染色する前の糸を木灰汁で煮て柔らかくすること。
この工程を経た色鮮やかな芭蕉布を煮綛芭蕉布といいます。

碁盤は「グバン」と呼びます。
無地のようにも見えますが、近くで見ると淡い藍染めの糸と、黄色の濃淡の糸で格子柄が織られているので、とても上品な感じがします。


天井から吊り下げられているさまざまな色合いや柄の10点の裂地も、まるで南国の風にゆらいでいるようで、とてもいい雰囲気を醸し出していました。

煮綛 芭蕉布 裂地「赤地 小鳥 綾中」

空をすいすいと飛んでいるようなスピード感のあるツバメは、戦後に平良敏子さんが考案した柄で、ほかの着物でもこの柄が用いられているので、平良さんのアイコンのようにも感じられました。

煮綛 芭蕉布 裂地「赤地 小鳥 綾中」
芭蕉布織物工房所蔵(通期展示)
©Atsushi Higa Photo Studio Tsuha


煮綛 芭蕉布 裂地「紺地 変わり 八十八」

「八十八」は「米」という文字を崩したもので、米寿を祝うとてもおめでたい柄。
紺地というところに落ち着いた上品さが感じられます。

煮綛 芭蕉布 裂地「紺地 変わり 八十八」
芭蕉布織物工房所蔵(通期展示)
©Atsushi Higa Photo Studio Tsuha



リズミカルでモダンな芭蕉布の柄が楽しめます


芭蕉布 着物「銭玉 番匠」

番匠(中世の建築職人)の道具、直角定規と、穴あき硬貨をモチーフにした銭玉を交互に配置しリズミカルな柄がひと際目立つ「銭玉 番匠」は、着たらカチャーシーを踊りたくなってしまうかもしれません。
芭蕉布 着物「銭玉 番匠」
芭蕉布織物工房所蔵(通期展示)
©Atsushi Higa Photo Studio Tsuha


芭蕉布 着物「ムチリーくずし」

十字の柄がアクセントになっている「ムチリーくずし」は、洗練されたデザインで華やかに見えますね。

芭蕉布 着物「ムチリーくずし」
芭蕉布織物工房所蔵(通期展示)
©Atsushi Higa Photo Studio Tsuha


芭蕉布 着物「藍コーザー 引下 眉引」

こちらは藍色の上品な色合いの着物。
落ち着いた雰囲気の中にも、藍と生成りの経の絣柄を少しずつずらして配置しているので、やはりリズミカルな感じがします。

芭蕉布 着物「藍コーザー 引下 眉引」
個人蔵(通期展示)
©Atsushi Higa Photo Studio Tsuha
 




芭蕉布 帯地「藍コーザー アササ」

芭蕉布の用途を着物以外に広めて、初めて帯を作ったのが平良敏子さん。
伝統を復興させるだけでなく、芭蕉布の新たな境地を開拓したところが平良さんのオリジナリティーあふれる魅力なのです。

戦後の喜如嘉では、セミやトンボなど身近な虫や植物をモチーフにした柄が生み出されましたが、こちらは暑い夏に一生懸命鳴くセミですね。

芭蕉布 帯地「藍コーザー アササ」
芭蕉布織物工房所蔵(通期展示)
©Atsushi Higa Photo Studio Tsuha


2階展示室には裂地が24点展示されていて、小鳥、銭玉、番匠といったさまざまな柄を楽しむことができます。

芭蕉布 裂地「小鳥と柳」

空を飛ぶツバメが出てきました。
柳の枝の間を器用にすり抜けて飛んでいる様子が目に浮かんできます。
 


芭蕉布 裂地「小鳥と柳」
芭蕉布織物工房所蔵(通期展示)
©Atsushi Higa Photo Studio Tsuha


芭蕉布 裂地「ケーキ柄」

ケーキといってもイチゴの乗ったショートケーキではありません。
長細い柄がアイスキャンディーのように見えることから付けらた名前で、戦後すぐの沖縄では棒付きのアイスはアメリカ風にアイスケーキと呼ばれていたそうです。

芭蕉布 裂地「ケーキ柄」
芭蕉布織物工房所蔵(通期展示)
©Atsushi Higa Photo Studio Tsuha



2階には芭蕉布作りに欠かせない道具類も展示されています。

そして、芭蕉布は、糸芭蕉の栽培から収穫、糸づくり、染色、織りといった、およそ30もの工程を経て作り上げられる、とても時間と手間がかかるものなのです。

受付では、芭蕉布ができるまでの行程や、使われる道具をイラスト入りで解説した「喜如嘉の芭蕉布が生まれるまで」という資料をいただくことができます。

こういった資料を作成するのは大変な作業だと思いますが、喜如嘉の芭蕉布を知ることができる貴重な資料なのでとても参考になります。






会期は7月31日(日)まで。
南国に行った気分になれるとても心地のよい展覧会です。
みなさまもぜひ!

2022年7月6日水曜日

すみだ北斎美術館 特別展「北斎 百鬼見参」

 東京墨田区のすみだ北斎美術館では、特別展「北斎 百鬼見参」が開催されています。

3階ホワイエのフォトスポット

古くからその存在が信じられてきた鬼は、今でも節分の豆まきの豆を買うと付いてくる鬼のお面、旧家の屋根の上でにらみを利かす鬼瓦、古寺や博物館で見る四天王に踏みつけられている邪鬼など、今でも身近な存在として私たちの前に姿を現します。

それに、怖い鬼だけでなく、子どもの頃に読んだ浜田廣介作の童話「泣いた赤鬼」に登場する心の優しい鬼のことを思い出した方もいらっしゃるのでは。

今回の特別展は、北斎や門人たちが描いた、さまざまな顔をもった鬼たちの作品を前期・後期あわせて約145点も見ることができる、まさに百鬼が見参する展覧会なのです。

キャッチコピーは、恐れるか、戯れるか。

さて、どんな鬼が出てくるのか。さっそく会場内の様子をご紹介したいと思います。

展覧会概要

特別展「北斎 百鬼見参」
 会 期 2022年6月21日(火)~8月28日(日)
  前 期 6月21日(火)~7月24日(日)
  後 期 7月26日(火)~8月28日(日)
  ※前後期で一部展示替えを実施
 休館日 月曜日
  ※7月18日(月・祝)は開館、翌19日(火)は休館
 開館時間 9:30~17:30(入館は17:00まで)
 観覧料  一般 1,200円 高校生・大学生 900円 65歳以上 900円
      中学生 400円 障がい者 400円 小学生以下 無料
  ※観覧日当日に限り、AURORA(常設展示室)もご覧になれます。
 
 ※展覧会の詳細、関連イベント、新型コロナウイルス感染症対策等は同館公式HPをご覧ください⇒すみだ北斎美術館 

展示構成
 1章 鬼とはなにか
 2章 鬼となった人、鬼にあった人
 3章 神話・物語のなかの鬼
 4章 親しまれる鬼

※3階及び4階特別展の展示室内、ミュージアムショップは撮影禁止です。掲載した写真は内覧会で美術館より特別の許可をいただいて撮影したものです。
※3階ホワイエのフォトスポット、高精細複製画は撮影可。4階AURORA(常設展示室)内は一部を除き撮影可です(いずれもフラッシュ、三脚(一脚)の使用は不可)。


北斎の鬼は怖そうでもユーモラス


家の近くのスーパーで豆まき用の豆を買うと付いてくる鬼のお面は、とても人なつこい顔をしているので、豆を投げるのがかわいそうになってしまうのですが、北斎の描く鬼はちょっと違います。

ご覧のとおり、頭に二つの角をもち、牙をむき出しにして不気味な笑みを浮かべた鬼女の姿。
右手に持っているのがリンゴか何かなら、「美味しそうでしょ。」と言いたげに無邪気に指をさしているユーモアさも感じられるのですが・・・


葛飾北斎「百物語 笑ひはんにや」
すみだ北斎美術館蔵(前期)
※後期は作品を替えて展示 


こんな鬼もいました。
金太郎に豆を投げられて逃げまどう小鬼たちかと思ったら、なんと小鬼たちは豆を拾っているところなのです。
これでは豆まきの意味がない!?

葛飾北斎「豆まきをする金太郎」
すみだ北斎美術館蔵(前期)



北斎の描いた珍しい「鬼の肉筆画」3点が見られる!


数多くの作品を残した北斎ですが、鬼を描いた肉筆画は少なく、今回の展覧会で展示される3点はとても珍しいものなのです。

前期に展示されるのは、葛飾北斎「着衣鬼図」(佐野美術館蔵)。



葛飾北斎「着衣鬼図」
佐野美術館蔵(前期)

僧衣の赤鬼の前には酒と刺身、数珠。
どちらにしようか迷っているところのようにも見えますが、詳細な意味は不明とのことなので、かえって北斎がどのような意味を込めてこの作品を描いたのか想像力をふくらましても面白いかもしれません。

後期に展示されるのは葛飾北斎「念仏鬼図」(すみだ北斎美術館蔵)。
こちらも煩悩と仏法を前にする鬼が描かれています。

葛飾北斎「念仏鬼図」すみだ北斎美術館蔵(後期)





3点目は能「道成寺」の鬼女を北斎が描いた「道成寺図」。
北斎が描く「鬼の肉筆画」も珍しいのですが、能そのものを描いた北斎の肉筆画は他に例がなく、「道成寺図」はまさにダブルで「珍しい」作品なのです。

「道成寺図」は前期展示。後期には高精細複製画が展示されます。

浮世絵作品は光に弱く退色しやすいため、展示日数を適切に管理しなくてはならないので、どうしても展示期間は限られるのです。

せっかくの機会ですので、ぜひ前期後期ともお越しいただいて、3点ともご覧いただきたいです。

葛飾北斎「道成寺図」
すみだ北斎美術館蔵(前期)

「道成寺図」は修復後初公開の作品です。
修復の様子がパネル展示されているので、ぜひ修復の過程もご覧ください。

迫力ある鬼女の姿にも圧倒されますが、ここには作品に関連して国立能楽堂所蔵の能衣装や、佐野美術館所蔵の能面も展示されていて、幽玄な能の世界が実感できるとても雰囲気のいい空間になっています。


展示風景
画面左から葛飾北斎「道成寺図」すみだ北斎美術館蔵(前期)
「般若」佐野美術館蔵(通期)、「赤般若」国立能楽堂蔵(通期)
「白地鱗模様摺箔」国立能楽堂蔵(通期)

さらに注目は鬼女の持つ打杖。
これはなんと担当学芸員さんが今回の展覧会のために自作したものとのこと。
プロの方が作ったものとしか思えない見事な出来映えです。

打杖(通期)



「人間味」が感じられる鬼も登場します


雷鳴を轟かせて得意気なポーズをとる雷神。

葛飾北斎『釈迦御一代記図会』六 
暴君を罰して天雷流離王が王宮を焼君臣を撃殺す図」
すみだ北斎美術館蔵(通期)


こちらは『北斎漫画』三編。
鬼の姿で描かれることの多い風神雷神が猛威を振るう迫力ある場面が展開されています。

葛飾北斎『北斎漫画』三編 雷 風
すみだ北斎美術館蔵(通期)


鬼の姿をしていても、商売道具の太鼓や袋の手入れは自分で行わなくてはなりません。
風神や雷神がはさみや金づちを持っているのは初めて知りました。

市川甘斎『甘斎画譜』三編
すみだ北斎美術館蔵(通期)


雷鳴を轟かす勇ましい雷神も、足柄山の金太郎ににらまれたらひとたまりもありません。
赦しを乞う情けない姿に哀愁を感じる作品です。

葛飾北斎『絵本和漢誉』足柄山怪童丸
すみだ北斎美術館蔵(通期)


鬼になった人、鬼に会った人も登場します


大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の登場人物で鬼になった人もいました。

兄・頼朝に追われる身となった源義経が、摂州大物浦から船で西国に逃げようとしたところ、そこに立ちはだかったのは平家の亡霊。
鬼の形相で義経一行をにらみつけているのは、壇ノ浦で敗死した平家の大将、平知盛。
そして知盛と対峙するのは、船上の義経や弁慶。
緊張感あふれる場面が稲光とあいまって劇的に描かれています。


保元の乱で敗れ、伊豆大島に流された源為朝は大男で怪力の持ち主。
ここでは為朝が弓矢で岩を打ち砕く迫力の場面が描かれていますが、鬼は為朝でなく、赤鬼のような風貌をしていて、為朝から「鬼夜叉」と呼ばれた七郎三郎という島民。
滝沢馬琴作で、葛飾北斎が挿絵を描いた為朝が主人公の小説『椿説弓張月』に為朝の忠臣として登場する人物です。


卍楼北鵞「為朝と鬼ヶ島図」すみだ北斎美術館蔵(後期)



生きていたのに鬼になった人も、その鬼に助けられた人もいました。

遣唐使として入唐した吉備大臣(吉備真備)が、唐の朝廷から多くの難題を出され、現地で没した阿倍仲麻呂が鬼となって助けるという逸話は《吉備大臣入唐絵詞》(ボストン美術館蔵)で知られていますが、実際には吉備大臣が二度目に渡った時には生きている阿倍仲麻呂と会っていました(一度目は二人そろって遣唐使として入唐)。

生きていたのに後世、鬼になった阿倍仲麻呂は、後期に展示される葛飾北斎《詩歌写真鏡 安倍の仲麿》(すみだ北斎美術館蔵)で見ることができます。
(前期はパネル展示)

そしてこちらは鬼に助けられた吉備大臣。
ここでは、唐の皇帝の前で漢詩を読もうとしたら文字が順不同になっていたところ、蜘蛛が正しい順番を教えてくれたという場面が描かれています。

魚屋北溪「尚歯会番続 吉備大臣」
すみだ北斎美術館蔵(前期)

吉備大臣の衣装は黒色ですが、これは正面摺りで、少し下から見上げると、衣装の折り目と文様が浮かび上がってきます。
後期はパネル展示になるので、ぜひ前期に来られて下から覗いてみてください。


イベントやグッズも盛りだくさん!!


4階フロアでは、「北斎 百鬼見参」展会期中、「ONI28総選挙」が開催されています。
みなさんの”推し”の鬼にぜひ投票しましょう!


3階ホワイエには鬼たちに囲まれて記念撮影ができるスポットがあります(下の写真右)。
今回の高精細複製画は葛飾北斎《琵琶に白蛇図》(原画 フリーア美術館蔵)(下の写真左)。こちらも撮影可です。




ミュージアムショップではユニークなグッズを発見しました。

右のふわふわしたものは、「もちもち邪鬼ポーチ」(税込1,870円)。
左は「仏像」と「靴下」が組み合わさった「仏下 邪鬼ソックス」(税込1,650円)。
足の裏に邪鬼がデザインされているので、四天王の気分が味わえます。
どちらの邪鬼も憎めない顔をしているので、踏みつけるというより、身に着けて疫病退散を願ってみませんか。

ミュージアムショップ




展覧会公式図録(税込2,640円)もミュージアムショップで好評発売中。
前期後期の全作品の図版と解説が掲載されているコンパクトサイズの図録です。



前期後期ともお越しいただいて、北斎や門人たちの鬼の姿をぜひともお楽しみください!