2023年8月31日木曜日

山種美術館 【特別展】日本画に挑んだ精鋭たち ―菱田春草、上村松園、川端龍子から松尾敏男へ―

東京・広尾の山種美術館では、「【特別展】日本画に挑んだ精鋭たち ―菱田春草、上村松園、川端龍子から松尾敏男へー」が開催されています。


山種美術館正面

今回の特別展は、明治維新から戦後、そして現代までの激動の時代に新たな日本画を生み出すことに挑んだ日本画の巨匠たちの名品の数々から、新たな日本画に挑戦する「山種美術館賞」「Seed 山種美術館 日本画アワード」の大賞や優秀賞を受賞した現代の日本画家の作品まで展示される、とても内容の濃い展覧会なのでとても楽しみにしていました。

そこでさっそく開会後の週末にふらりと行ってきましたので、展示の様子をご紹介したいと思います。

展示室内は、速水御舟《白芙蓉》に限りスマホ、タブレット、携帯電話でのみ撮影可。
ほかの作品は撮影不可。掲載した写真は美術館より広報用画像をお借りしたものです。

展覧会開催概要


会 期  2023年7月29日(土)~9月24日(日)
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日  月曜日[9/18(月)は開館、9/19(火)は休館]
入館料  一般 1400円、夏の学割 大学生・高校生500円、中学生以下無料(付添者の同伴が必要)
※チケット購入方法、各種割引等は山種美術館公式サイトをご覧ください⇒https://www.yamatane-museum.jp/


展示構成
 第1章 近代画家たちの挑戦―新たな日本画の創造を目指して―
 第2章 現代画家たちの挑戦―戦後を乗り越え、日本画を未来へつなぐー
 【特集陳列】「今日の日本画 山種美術館展」から「Seed 山種美術館 日本画アワード」へ
 オンライン講座関連作品

第1章 近代画家たちの挑戦―新たな日本画の創造を目指して―


今回の特別展の見どころの一つは、明治初期の日本画界をけん引した狩野芳崖橋本雅邦、東京美術学校(現在の東京藝術大学)で学び、日本美術院(院展)で岡倉天心の指導のもと新たな表現を試みた横山大観菱田春草、京都日本画界の巨匠竹内栖鳳、大観を中心とした院展に対抗して会場芸術を唱えた川端龍子をはじめ、日本画の新たな境地を切り開いた画家たちの逸品が見られることです。


最初にご紹介するのは、菱田春草《雨後》(山種美術館)。

菱田春草《雨後》1907(明治40)年頃
山種美術館

一見すると画面全体にもやがかったように見えますが、これは、輪郭線を描かずにぼかしや色彩の濃淡で空気や水、光を表現する新たな日本画のスタイルに取り組んだ作品で、目の前で見ると雨上がりの湿った空気が伝わってくるように感じられます。

このような表現方法は、当時「朦朧体」と批判され、国内での評判はよくありませんでしたが、国外では好評で、アメリカで大観や春草らの展覧会を開催したときには多くの作品が売れたそうです。


続いては下村観山《不動明王》(山種美術館)。

下村観山《不動明王》1904(明治37)年頃 山種美術館

空からスーッと飛んできて、ピタッと止まるこのスピード感は、国宝《信貴山縁起絵巻》(奈良・朝護孫子寺)の「延喜加持ノ巻」に登場する剣鎧護法童子を思い浮かべさせてくれますが、古典復興に努めた観山らしい作品です。

実は、これでもかというくらい細部まで描き込む絶妙な筆さばきの観山は、日本美術院の移転により岡倉天心とともに北茨城・五浦に移った4人(大観、春草、観山、木村武山)の中でも一番好きな画家なので、この作品に再会できてとてもうれしかったです。


大画面の作品は、川端龍子《鳴門》(山種美術館)。
院展で頭角を現した川端龍子ですが、その大胆な表現が院展とそぐわなくなり、日本美術院を脱退し、1929(昭和4)年に青龍社を結成、「会場芸術」を提唱して数々の名作を生み出しました。

川端龍子《鳴門》1929(昭和4)年 山種美術館

この作品は実際には鳴門でなく、江ノ浦(神奈川県)の海の写生をもとに描かれているのですが、鳴門の渦潮と潮風の荒々しさが画面全体から伝わってくる、まさに会場芸術にふさわしい作品と言えるのではないでしょうか。


わずか40年の短い生涯の間、常に新しい画風に挑戦し続けた速水御舟の作品は前回展「【特別展】小林古径 生誕140年記念 小林古径と速水御舟 ―画壇を揺るがした二人の天才―」で代表作の重要文化財《炎舞》(山種美術館)をはじめ多くの名作をご覧になられた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

今回展示されているのは《白芙蓉》(山種美術館)。
この作品のみスマホ、タブレット、携帯電話でのみ撮影可です。


速水御舟《白芙蓉》1934(昭和9)年
山種美術館



第2章 現代画家たちの挑戦ー戦後を乗り越え、日本画を未来へつなぐー


第二次世界大戦の敗戦後、今までの伝統的な文化が否定され、「日本画滅亡論」まで展開される中、日展を離れた山本丘人らが、1948(昭和23)年に「世界性に立脚する日本絵画の創造」を綱領に掲げて結成したのが創造美術(現・創画会)でした。

アラビアの風景を題材としたこの作品は、世界を飛び超えて火星から太陽を眺めているような宇宙的な広がりが感じられました。

山本丘人《入る日(異郷落日)》1963(昭和38)年 山種美術館


今回の特別展のもう一つの見どころは、山種美術館の初代館長・山﨑種二氏が「美術を通じた社会貢献」という理念のもと、日本画の奨励・普及活動の一環として1971(昭和46)年に創設し、1997(平成9)年まで隔年14回にわたって開催された「今日の日本画 山種美術館賞展」の歴代の大賞、優秀賞17点と、山種美術館開館50周年を機に2016(平成28)年に公募形式でスタートした「Seed 山種美術館 日本画アワード」の過去2回の大賞受賞作品が見られることです。

こちらにご紹介するのは、新たな日本画に挑んできた青龍社、創画会を経て1989(平成元)年の第10回山種美術館賞の大賞に輝いた平松礼二氏の《路-「この道」を唱いながら》(山種美術館)。

平松礼二《路-「この道」を唱いながら》
1989(平成元)年 山種美術館
[第10回山種美術館賞展 大賞]

平松礼二氏はじめ現在活躍中の画家の力作が数多く展示されているので、見応え十分です。

今回で3回目となる公募展「Seed 山種美術館 日本画アワード2024」の募集期間は8月16日から9月10日まで。
詳細は特設サイトをご覧ください⇒https://www.yamatane-museum.jp/seed2024/index.html

今回はどのような作品が出品されるのでしょうか。来春に開催される受賞・入選作品の展覧会が今から楽しみです。


展覧会を見たあとのお楽しみは「Cafe 椿」のオリジナル和菓子と抹茶のセット。
5種類あるオリジナル和菓子のうち、今回は川端龍子《鳴門》(山種美術館)の雄大な景色がとても印象的でしたので、《鳴門》(左隻)をモチーフにした「波涛」をチョイスしました。
色合いもさわやかな甘さも夏らしくて、抹茶との相性もぴったりです。




会期は9月24日(日)まで。
まだ間に合いますので、暑さ対策をしっかりとってぜひご覧いただきたい展覧会です。

2023年8月9日水曜日

サントリー美術館 虫めづる日本の人々

東京・六本木のサントリー美術館では「虫めづる日本の人々」が開催されています。

美術館入口のパネル

今回の展覧会の主役は「虫」。
サントリー美術館では虫がメインテーマとなるのは初めてという展覧会。
今回も楽しい動画が期待を高めてくれています。

展覧会のPR動画(開催概要のサイトの下の方にあります)⇒展覧会関連動画

こんなかわいい虫たちの動画を見たら展覧会に行かないわけにはいきません。
それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


会 期  2023年7月22日(土)~9月18日(月・祝)
     ※各作品の出品期間は、出品作品リスト(PDF)をご参照ください。
     ※作品保護のため、会期中展示替があります。ポスター等に掲載している伊藤若冲
      《菜蟲譜》の展示期間は8月9日~9月18日で、期間中に場面替があります。
     ※日時指定予約制ではありません。
開館時間 10:00~18:00(金・土は10:00~20:00)
     ※8月10日(木)、9月17日(日)は20時まで開館
     ※いずれも入館は閉館の30分前まで
休館日  火曜日 9月12日(火)は18時まで開館
入館料  一般 1,500円 大学・高校生 1,000円 
     ※中学生以下無料
     ※障害者手帳をお持ちの方は、ご本人と介護の方1名様のみ無料

展覧会の詳細等は同館公式サイトをご覧ください⇒サントリー美術館

展示構成
 第一章 虫めづる国にようこそ
 第二章 生活の道具を彩る虫たち
 第三章 草と虫の楽園-草虫図の受容について-
 第四章 虫と暮らす江戸の人々
 第五章 展開する江戸時代の草虫図-見つめる、知る、喜び-
 第六章 これからも見つめ続ける-受け継がれる虫めづる精神-

※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真はプレス内覧会で美術館の特別の許可を得て撮影したものです。


虫めづる国の擬人化が楽しい!


「虫めづる日本」の展覧会ですので楽しみにしていたことがありました。
それは「虫の擬人化」です。

古くから動物を擬人化して描く日本の絵師たちなので、虫も擬人化するのではと思っていましたが、やはり期待どおりでした。

こちらは玉虫姫をめぐって蝉(セミ)の右衛門督、螽斯(キリギリス)の紀伊守、蜩(ヒグラシ)の備中守たちが恋争いをする物語が描かれた《きりぎりす絵巻》の一場面。


《きりぎりす絵巻》(部分) 住吉如慶 二巻のうち 江戸時代・17世紀
細見美術館 全期間展示(ただし場面替えあり)

虫に着物を着せているので、屋敷の縁台に腰かける従者とおぼしきトンボの背中からは翅がはみ出していますが、これがまた擬人化の面白いところです。
作者は江戸初期のやまと絵師で、住吉派の創始者・住吉如慶。土佐派に学び、精細な表現を得意とする如慶らしく、金地の屏風や障壁画、そして杉戸絵など、細やかに描かれた画中画にも注目したいです。


《きりぎりす物語》のクライマックス、玉虫姫の婚礼の行列は8/23~9/18に展示されるので、すでにご来館いただいた方もぜひまたお越しいただきたいです。

《きりぎりす絵巻》(部分)  住吉如慶 二巻のうち 江戸時代・17世紀
細見美術館 全期間展示(ただし場面替えあり)


続いて今回の展覧会のメインビジュアルになっている伊藤若冲の《菜蟲譜》。

擬人化ではありませんが、若冲が描く虫たちは、首をかしげるように横を振り向くバッタ?や、目がクリッとしておどけたような表情をした蜂がいたりして、どことなく人間っぽさが感じられます。


重要文化財《菜蟲譜》(部分) 伊藤若冲 一巻 寛政2年(1790)頃
佐野市立吉澤記念美術館 展示期間:8/9-9/18(場面替えあり) 

重要文化財《菜蟲譜》(部分) 伊藤若冲 一巻 寛政2年(1790)頃
佐野市立吉澤記念美術館 展示期間:8/9-9/18(場面替えあり)




虫を見つけるのは楽しい!


蝶のように色が鮮やかですぐにわかる虫もいますが、草の蔭に隠れていたり、草と同じ色をして見つけにくい虫たちもいます。
絵の中のそんな虫たちを探すのも今回の展覧会の楽しみのひとつ。

『源氏物語』第十帖「賢木」を題材にした《野々宮蒔絵硯箱》には合計で四匹の鈴虫が登場しますが(『源氏物語』では松虫)、全部見つけるのは至難のワザ。
蓋の下の中央にある青貝が埋め込まれた鈴虫はすぐにわかりますが、あとの三匹はかなり難易度が高いです。
展示では矢印で鈴虫の位置が示されているので、ぜひその場でトライしてみてください!

《野々宮蒔絵硯箱》江戸時代・17世紀 サントリー美術館
全期間展示


「第三章:草と虫の楽園-草虫図の受容について-」には、中国や朝鮮から日本に渡ってきた草虫図と、その影響が見られる室町~桃山時代の日本の絵師たちの作品が向かい合うように展示されています。
ここは中国絵画ファン(筆者もその一人)にとっては特に注目したいエリアです。

右から 《葡萄垂架図》伝 任仁発 元時代・14世紀 東京国立博物館
《牡丹図》伝 徽宗 元時代・14世紀 個人蔵
重要文化財《竹虫図》 伝 趙昌 南宋時代・13世紀 東京国立博物館
いずれも展示期間:7/22-8/21
 
上の写真右の《葡萄垂架図》には、二匹の虻(アブ)と螽斯(キリギリス)が描かれていますが、二匹目の螽斯を見つけるのは少し難しいかもしれません(ヒント:葡萄の葉の穴から顔を出している)。

8月23日からはこちらの3作品は入れ替えになるのでぜひもう一度見に行きたいです。

重要文化財《草虫図》 双福 元時代・14世紀  東京国立博物館
Image: TNM Image Archives 展示期間:8/23-9/18



蝶が描かれている作品は、どこに蝶がいるのかよく分かりますが、下の写真左の《百蝶図》になると何匹いるのか数えるのが大変です。
それにしても、波濤の上をおびただしい数の蝶が舞うという、現実にはありえそうもない光景ですが、蝶の翅の鮮やかな色合いが華やかさを演出しているように見えました。

右から 《草花群虫図》狩野伊川院栄信 江戸時代・18~19世紀 東京国立博物館
《蝶図》森文良 江戸時代・18~19世紀 個人蔵
《百蝶図》松本交山 江戸時代・19世紀 神田の家 井政
いずれも展示期間:7/22-8/21  

上の写真の作品は8/21までの展示ですが、8/23からも多くの蝶が描かれた作品が展示されるのでお楽しみに!

生活の中の虫たちが楽しめる!


酒器や、衣裳、装飾品など、身近な生活の道具にも虫たちが登場します。

展示風景

秋草にとまる鈴虫があしらわれた《鈴虫蒔絵銚子》。
秋の夜長、鈴虫の音を思い浮かべながらこの《鈴虫蒔絵銚子》から注がれる酒を味わったらさぞかし美味しいのではと想像してみました。

《鈴虫蒔絵銚子》一口 江戸時代・17世紀 サントリー美術館
全期間展示

4階の第1展示室から3階の第2展示室に降りてくると、夜空に蛍が飛び交う様が再現された演出がお出迎えしてくれます。

展示風景


《納凉之圖》に描かれているのは、川辺に座り夕涼みを楽しむ女性と子供たち。
空を飛び交うのは蝙蝠(コウモリ)や蛍。
今では都心の川辺で蛍狩りなどとてもできることではありませんが、ここなら江戸時代にタイムスリップした気分で蛍狩りを楽しむことができます。

《納凉之圖》溪斎英泉 江戸時代・19世紀 太田記念美術館
展示期間:7/22-8/21


最後に展示されているのは、現代作家・満田晴穂氏の自在置物の虫たち。
下の写真中央の鬼蜻蜓は、自在という江戸時代の技法と、緑色の複眼を表現するためのエナメル焼付けという現代の技法がミックスされて完成したまさに現代の超絶技巧。


右から《自在大蟷螂》令和5年(2023)、《自在鬼蜻蜓》《自在精霊蝗虫》
どちらも令和4年(2022年)、いずれも満田晴穂 作家蔵

「虫」をテーマに、絵巻、屏風、掛け軸、浮世絵、蒔絵、金工、衣裳、そして現代の超絶技巧まで、さまざまなジャンルの作品が楽しめる展覧会です。

熱中症には十分気を付けていただいてぜひお楽しみください!