2022年4月29日金曜日

大倉集古館 企画展「人のすがた、人の思い」

東京・虎ノ門の大倉集古館では、企画展「人のすがた、人の思い」が開催されています。




大倉集古館外観

今回の企画展は、コロナの影響で人と人とのかかわり方が変化する中、人々が集う場面を描いた作品や、人の思いが込められた作品を通じて、人と人との交流の大切さを見直すことができる展覧会。
何かと不安定な今の時期にふさわしく、ホッとできる内容の展覧会ですので、さっそく展示の様子をご紹介したいと思います。

展覧会概要


展覧会名  企画展「人のすがた、人の思い-収蔵品にみる人々の物語」
会 期   2022年4月5日(火)~5月29日(日)
開館時間  10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日   毎週月曜日
入館料   一般 1,000円
      大学生・高校生 800円 ※学生証をご提示ください
      中学生以下無料
      各種割引料金は、下記の同館ウェブサイトの「利用案内」をご覧ください。
主 催   公益財団法人 大倉文化財団・大倉集古館

※本展は事前予約不要です。
※イベント(ギャラリートーク)が開催されます。
※新型コロナウイルス感染症の拡大状況によって、展覧会およびイベントが中止、または変更となる場合がありますので、最新の情報は同館ウェブサイトをご覧ください⇒大倉集古館ウェブサイト


展覧会チラシ

展示構成
 1 女性のすがた
 2 思いに向き合う
 3 名所に集う
 4 民衆へのまなざし

※展示室内は撮影禁止です。掲載した作品の写真は主催者より特別にお借りしたものです。
※掲載した作品のうち、所蔵者記載のないものは大倉集古館所蔵です。


見どころ1 内に秘めた思いが伝わってくる


最初にご紹介するのは、老いて病気の父にかわり、男装して従軍する女性、木蘭が出征する場面を描いた衝立。

「木蘭詩図衝立」 中華民国・20世紀


わずか5.5cm×6.2cm四方の象牙の板に、出征する木蘭、心配そうに見送る家族の表情が細やかに描かれています。
さらに注目は画面右上。まるで米粒にお経を書くような小さな文字で詩が書かれています。
繊細な技巧が光る作品です。

「木蘭詩図衝立」(部分) 中華民国・20世紀


続いては、安珍と清姫の物語で知られる「道成寺」を描いた作品。
安珍が隠れた鐘を前に描かれているのは、毒蛇に姿を変えた清姫ではなく、嫉妬に狂った女性の扮装に使われる文様の衣装を身にまとい、鐘に向かってゆっくりと歩みを進める清姫。

この異様な静けさが感じられる画面からは、かえって凄みのような迫力が感じられました。

「道成寺図」酒井道一筆
江戸時代~明治・19~20世紀
個人蔵


大日如来が衆生を教化するため忿怒相で現れた不動明王も、円空の手にかかれば穏やかな表情に。
牙をむき出し、火炎を背負った迫力ある不動明王も好きですが、微笑んだ不動明王を見ていると、自然と心が癒されてきます。


「不動明王坐像」円空作 江戸時代・17世紀


江戸時代の御用絵師集団・狩野派の頭領、狩野探幽が弟子たちのために作った手本(縮図)が「探幽縮図(和漢古画図巻)」。

探幽が大名などから持ち込まれたものを鑑定したときに描いたものですが、今となっては所在が分からない絵画もあって、私たちにとっても貴重な資料になっています。
それにしても、「あまり良くない絵だ。」など、余白に書かれている探幽の率直なコメントがユニークなので、解説パネルとあわせてご覧いただくと楽しさ倍増です。

重要美術品「探幽縮図(和漢古画図巻)」(部分)
狩野探幽筆 江戸時代・17世紀


見どころ2 集う人たちの楽しい表情が見られる



隅田川の両岸を描いた「両岸一覧」は2巻ものの大作。
川の流れに沿って両岸の賑わいを描くところは、中国の至宝、張択端の「清明上河図巻」を思わせます。
下の写真の部分は、まるで「清明上河図」のクライマックス、虹橋のようです。

「両岸一覧」(部分) 鶴岡蘆水
江戸時代・天明元年(1781)

絵巻全体を通して見てみると、花火や紅葉、雪などが描かれていて、季節の移ろいも感じさせてくれます。

もう一つの巻には巨大な列柱がバーンッと描かれていますが、何だろうと思ったら、橋を下から見たところで、巨大な列柱は橋脚だったのです。大胆な構図に驚かされました。


今は美術館、博物館、パンダ人気の動物園をはじめとした上野公園になっていますが、この一帯は江戸時代には江戸城の鬼門を守る寛永寺の大伽藍がありました。
それでも昔も今も変わらないのが春の花見に来る多くの人たち。
誰もが明るい表情をしています。

宴会をする人たちの姿も見えますが、コロナ禍の今となっては懐かしい光景なのかもしれません。

重要美術品「上野観桜図・隅田川納涼図屏風」(上野観桜図部分)
宮川長亀筆 江戸時代・18世紀



以前、ゴールデンウイークに京都に行った時、その日は特に予定がなかったので、来たバスに乗って終点まで行ってみようと思い乗ったのが上賀茂神社行きのバス。
上賀茂神社では多くの人たちが集まっていて、その間を馬が走っているのが見えました。
さて標的はどこだろうと思って探しましたが、流鏑馬ではないので、もちろん標的はありませんでした。

この作品を見るといつも、このときの気ままな京都旅行のことを思い出します。
リニューアル後の初公開で、馬の躍動感や見物人たちの表情がよくわかります。

重要文化財「賀茂競馬・宇治茶摘図屏風」(賀茂競馬図部分)
久隅守景筆 江戸時代・17世紀


見どころ3 ユーモアのセンスが伝わってきます


まじめに描いていても、どこかユーモアのセンスが感じられる英一蝶は私の好きな江戸絵画の絵師のひとり。
今回は英一蝶の「雑画帖」36図のうちから6図が展示されています。

江戸時代に大衆の人気を集めた大道芸の様子を描いた《大神楽図》。
撥を投げる人や太鼓をたたく人の表情から、楽しい雰囲気が伝わってきます。

《太神楽図》(「雑画帖」のうち)
英一蝶筆・江戸時代・17世紀

南北朝時代の武士、大森彦七が、自分が討った楠木正成の怨霊に襲われ、太刀を抜こうとする緊迫の場面を描いた《大森彦七図》。
それにしてもお互いの顔が近づきすぎ。宿敵同士がこんなに近づいていいのかと思い、クスッと笑ってしまいました。

《大森彦七図》(「雑画帖」のうち)
英一蝶筆 江戸時代・17世紀

ほかにも、居眠りする拾得の顔に筆でいたずら書きをしようとする寒山を描いた《寒山拾得図》、いつもは背中にかついでいる大きな袋の中で顔だけ出して気持ちよさそうに眠る布袋さんを描いた《布袋図》など、なごめる作品が並んでいます。

人をめぐるさまざまな場面が描かれた作品が楽しめる展覧会です。
「東京・ミュージアム ぐるっとパス2022」でも入館できるので、ぜひこの機会にふらりと訪れてみてはいかがでしょうか。

2022年4月21日木曜日

京都国立博物館                           伝教大師1200年大遠忌記念 特別展「最澄と天台宗のすべて」

京都国立博物館では、 4月12日(火)から伝教大師1200年大遠忌記念 特別展「最澄と天台宗のすべて」が始まりました。



昨年10月の東京国立博物館に始まり、今年2月から九州国立博物館に巡回した特別展「最澄と天台宗のすべて」は、京都会場でフィナーレを迎えます。

京都は、比叡山のおひざもと。
京都ならではの展示が見られるのが楽しみでしたので、開幕に先がけて開催されたプレス内覧会に参加してきました。

展覧会の見どころ、3会場それぞれの特色ある展示については、昨年の報道発表会に参加した時の記事で紹介していますので、今回は会場内の様子を中心にご紹介したいと思います。


東京会場の紹介記事はこちらです⇒http://deutschland-ostundwest.blogspot.com/2021/11/1200.html



京都会場展覧会概要


展覧会名 伝教大師1200年大遠忌記念 特別展「最澄と天台宗のすべて」
会 場  京都国立博物館 平成知新館 (京都市東山区茶屋町527)
会 期  2022年4月12日(火)~5月22日(日)
 前期展示 4月12日(火)~5月1日(日)
 後期展示 5月3日(火・祝)~5月22日(日)
 ※会期中、一部の作品は上記以外にも展示替を行います。
休館日  月曜日
開館時間 9:00~17:30(入館は17:00まで)
観覧料  一般 1,800円、大学生 1,200円、高校生 700円、中学生以下無料
※展覧会の詳細は京都国立博物館公式ウェブサイト展覧会公式サイトをご覧ください.。
※本展は、事前予約不要です。ただし、展示室内が混雑した場合は、入場を制限する場合があります。また、会期等は今後の諸事情により変更する場合があります。最新情報は、同館公式ウェブサイト、展覧会公式サイト・Twitter等でご確認ください。 

※展示室内は、根本中堂の一部(内陣中央の厨子)再現展示以外は撮影禁止です。掲載した写真は主催者より特別の許可を得て撮影したものです。

さて、今回の特別展は見どころ満載なのですが、京都会場ならではの見どころを一つあげるとすると、やはりこれです。

他の会場では見られなかった秘仏、名品が見られる!



京都会場では前期後期で、国宝23件、重要文化財72件をはじめ、全国の天台の名品130件が京都に集結します。
指定文化財(国宝、重文)の割合はなんと7割強(!)なのですが、文化財保護上の制約で、国宝・重文の展示場所は2カ所までしか移動できないため、3館共通で見られる国宝・重文はないのです。

「東京で見たから、九州で見たから、京都まで行く必要はない。」と言って今回の展示を見に行かないのはもったいないです!
関西圏の方はもちろん、全国各地から京都までお越しいただいて、ぜひともご覧いただきたいです。


最初にご紹介するのは、最澄の現存最古の肖像画。
穏やかで優しい表情に自然と心がなごんできます。
国宝「聖徳太子及び天台高僧像」十幅のうち、前期(4/12-5/1)には「最澄」と弟子の「円仁」、後期(5/3-5/22)には「龍樹」「善無畏」のそれぞれ二幅が展示されます。いずれも東京会場と京都会場のみの展示です。


右から 国宝「聖徳太子及び天台高僧像」十幅のうち「最澄」「円仁」
どちらも平安時代・11世紀 兵庫・一乗寺蔵
展示期間:4月12日(火)~5月1日(日)


そして、盛り上がった頭部が特徴の重要文化財「性空上人坐像」は、以前から気になる存在でした。
こちらは九州会場と京都会場のみの展示。
お隣の重要文化財「慈恵大師(良源)坐像」は京都会場のみの展示です。


左が重要文化財「性空上人坐像」 慶快作
鎌倉時代・正応元年(1288) 兵庫・圓教寺蔵
右が重要文化財「慈恵大師(良源)坐像」 蓮妙作
鎌倉時代 弘安9年(1286) 滋賀・金剛輪寺蔵
どちらも通期展示


京都会場でもう一つ注目したいのは、東京、九州、京都の国立三館の総力を挙げた調査研究の成果を最終会場の京都で見られることです。

そのひとつが「性空上人坐像」の頭部に納められている「瑠璃壺」。
今回のX線CT撮影調査の結果、「瑠璃壺」はガラス製ではなく、青色の釉薬が塗られた陶器であることが判明したのです。

「性空上人坐像」の隣には3次元データをもとに3Dプリンタで制作した壺が展示されています。


展示風景


下の写真中央の菩薩遊戯坐像(伝如意輪観音)(愛媛・等妙寺蔵 通期展示)は、60年に一度公開される愛媛の秘仏。今回拝見できる機会を逃すわけにはいきません(九州、京都会場のみの展示)。
ごつごつした岩の上に堂々と構えるお姿、きりっと引き締まった表情からは、ぐっとくる威厳が感じられました。

展示風景

菩薩遊戯坐像(伝如意輪観音)もX線CT撮影調査を行ったところ、頸部に高さ5.2cm、最大径2.2cmの五輪塔が納入されていることがわかり、3次元データをもとに3Dプリンターで制作した五輪塔が裏側に展示されています。

延暦寺の名宝の展示が数多くあるのも京都会場の特徴です。

延暦寺の名宝の中でも特にご紹介したいのは、皇室と延暦寺の深いかかわりがうかがえる勅封唐櫃及び納入品(滋賀・延暦寺蔵 勅封唐櫃は通期展示、納入品は前期後期で展示替あり)。

延暦寺では、5年に一度執り行われる10月の法華会で、勅使(宮内庁京都事務所職員)が、朱塗りに蒔絵で輪宝を表した唐櫃に納められている寺宝を改める儀式があるとのことです。
後期(5/3-5/22)には納入品のうち、平安京遷都を行った桓武天皇の肖像画(「桓武天皇像」)が展示されるので、ぜひ注目したいです。

展示風景



京都会場のみ展示される名宝が数多くあるのも京都会場の特徴です。

大きな仏像も納まる1階のこの広いスペースは、いつ来てもとても心地よく感じる空間なのですが、ここでも重要文化財「智証大師(円珍)坐像」(良成作 京都・聖護院蔵 通期展示)、重要文化財「釈迦如来坐像」(経範等作)、重要文化財「薬師如来坐像」(どちらも大阪・興善寺蔵 通期展示)はじめ、京都会場のみに展示される名宝を拝見することができます。

展示風景


展示風景




上の写真の奥には、14基が現存する日吉大社所蔵の神輿のうち、重要文化財に指定された7基のうちの1基、「日吉山王金銅装神輿(樹下宮)」(滋賀・日吉大社蔵 通期展示)が見えていますが、この巨大な神輿もゆったりと納まっていて、頂部の鳳凰はじめ豪華な装飾を間近で見ることができます。

多くの神輿が繰り出して活気あふれる祭礼の様子は、重要文化財「日吉山王祭礼図」(京都・檀王法林寺蔵 通期展示)に描かれているので、ぜひこちらも細部までじっくりご覧いただきたいです。

展示風景


最後は江戸時代の天台宗ゆかりの名宝の展示室。
一瞬、「ここは東京会場では」と思える空間ですが、関東での天台宗発展の基礎を築いた天海の肖像画(「天海僧正像」栃木・輪王寺蔵 通期展示)はじめ京都会場のみの展示もあるので、東京会場では見られなかった光景なのです。

展示風景



京都会場でも比叡山延暦寺の総本堂、国宝 根本中堂の一部(内陣中央の厨子)が会場内に再現されていますが、こちらは東京、九州会場の再現展示とは少し違っています。

東博、九博と比べ天井が低い分、上を見上げるかたちでなく、現地では厨子内に納められているご本尊の薬師如来と、参拝者の目線の位置が同じ高さになるようになっているのです。



国宝「根本中堂」の一部(内陣中央の厨子)再現展示



展覧会オリジナルグッズも充実の内容。
京都会場限定商品もあるので、ミュージアムショップにもぜひお立ち寄りください。



3会場全体の展示作品が収録されている展覧会公式図録(税込 3000円)は、カラー図版、詳しい解説が掲載されていて、ご覧のとおりの圧巻のボリューム。
永久保存版です。来館記念にぜひ!




伝教大師1200年大遠忌記念だからこそ実現した、まさに「最澄と天台宗のすべて」が見られる展覧会です。
この機会にぜひ京都にお越しください!

2022年4月14日木曜日

東京藝術大学大学美術館「藝大コレクション展2022 春の名品探訪 天平の誘惑」

毎年楽しみにしている藝コレ(藝大コレクション展)が4月2日(土)から始まりました。


大学構内の案内看板

今年のテーマは「春の名品探訪 天平の誘惑」。
名品天平といった魅力的なキーワードに誘惑されて見に行ってきましたので、さっそく展覧会の様子をご紹介したいと思います。

展覧会概要


展覧会名 藝大コレクション展 2022 春の名品探訪 天平の誘惑
会 場  東京藝術大学大学美術館 本館 展示室1
会 期  2022年4月2日(土)~5月8日(日)
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日  月曜日 ※ただし、5月2日(月)は開館 
観覧料  一般440円(330円)、大学生110円(60円)、高校生以下及び18歳未満は無料
 ※( )は20名以上の団体料金 ※団体観覧者20名につき1名の引率者は無料
 ※障がい者手帳をお持ちの方(介護者1名を含む)は無料
主 催 東京藝術大学
  
美術館公式サイト ⇒ https://museum.geidai.ac.jp/
公式ツィッターもぜひフォローを! ⇒ https://twitter.com/geidai_museum

※本展は事前予約制ではありませんが、今後の状況により、変更及び入場制限等を実施する可能性がございます。
※本展では、一部を除き写真撮影が可能です(フラッシュや三脚等の使用は不可。動画撮影不可)。

さて、前回の記事では主な作品を手がかりに展覧会の見どころを紹介したので、今回は展示方法にもいろいろな工夫があって楽しむことができる会場内の雰囲気をお伝えしていきたいと思います。




展開図方式の展示なので厨子絵が見やすい!



会場に入ってすぐに目に入ってくるのは、天平美術の面影を残す《浄瑠璃寺吉祥天厨子絵》と《吉祥天立像(模造)》。

展示風景
中央が関野聖雲作《吉祥天立像(模造)》昭和6年(1931)
東京藝術大学蔵

今回の展覧会では京都・浄瑠璃寺の木像吉祥天立像を納めていた厨子の扉及び背面板に描かれた厨子絵が、《浄瑠璃寺吉祥天厨子(模造)》、《吉祥天立像(模造)》とあわせて展示されると聞いていたので、厨子に納められていると思っていたのですが、厨子には入っていませんでした!

これはどうしてだろうと思いながら中に入ってみると、《吉祥天立像(模造)》の手前にある両側の展示ケースに入っているのが厨子絵、そしてその後ろに展示されているのが、今回の展覧会のメインビジュアルになっている《浄瑠璃寺吉祥天厨子絵》「弁財天及び四眷属像」、《浄瑠璃寺吉祥天厨子(模造)》、《浄瑠璃寺吉祥天厨子》天井(模造)だったのです。

《浄瑠璃寺吉祥天厨子絵》「弁財天及び四眷属像」
建暦2年(1212)頃 重要文化財
東京藝術大学蔵



手前が吉田立斎作《浄瑠璃寺吉祥天厨子》(模造)
奥は《浄瑠璃寺吉祥天厨子》天井(模造)
いずれも 大正3年(1914) 東京藝術大学蔵

上の写真は厨子を近くから見たところですが、この厨子の中に厨子絵がはめ込まれていると間近で全体を見ることは難しかったでしょう。

今回のように一つひとつ展示ケースに入っていると絵の全体を目の前でじっくり見ることができます。

まさにこれは、建築用語でいえば建物内の中心から東西南北を投影した展開図の考え方。

厨子の中に入り込んだような気分で厨子絵や吉祥天立像を拝見することができる展示になっていたのです。

※《浄瑠璃寺吉祥天厨子絵》のうち、四天王は展示替えがあるのでご注意ください。
  4月2日~4月24日  「広目天」「多聞天」
  4月26日~5月8日  「持国天」「増長天」
 (「弁財天及び四眷属像」「梵天」「帝釈天」は通期展示です。)


仏像断片からかつての栄華が想像できる


前回の記事でもご紹介した《月光菩薩像》を目の前で拝見することができました。
胴の部分が損傷していますが、やはり期待どおり、表情や姿勢から気品が感じられ、残された金箔からは当時の優雅さをうかがうことができました。


《月光菩薩坐像》奈良時代 8世紀後半
東京藝術大学蔵

なお、対になっていた《日光菩薩坐像》は東京国立博物館が所蔵しているので、もしかしたら今まで拝見していたかもしれませんが、展示されたらあらためて見てみたいです。


そしてこちらが仏像断片の展示。

仏像断片展示風景

後ろの壁の解説パネルに記載されているように、今までの調査・研究の結果、元の所在が判明した仏像断片もありますが、所在の分からないものも多くあるのです。

この展示を見て、土器の破片を集めて一つに復元された縄文土器の展示を思い浮かべました。
難しいかもしれませんが、今回の展示を機会に新しい情報が入って、一つでも多くの仏像断片の元の所在がわかってほしいと思いました。


うっかりすると見落としてしまいそうですが、ふと上を見上げると、鏡が天井から吊り下げられているのに気が付きました。

展示風景

これは何かというと、その下に展示されている《東大寺法華堂天蓋(縮小模造)》を、天蓋に架かっているように見ることができる仕掛けだったのです。

中央 竹内久一作《東大寺法華堂天蓋》(縮小模造)
明治時代 19-20世紀
手前 《東大寺法華堂天蓋残欠》
奈良時代 8世紀
いずれも東京藝術大学蔵

《東大寺法華堂天蓋》(縮小模造)を背に自撮りすると、鏡に映った天蓋を背景にした写真が撮れますのでぜひトライしてみてください!


狩野芳崖と天平美術の接点がよくわかる


橋本雅邦と並んで明治前期の近代日本画界の二大巨頭の一人、狩野芳崖の代表作といえば、やはり芳崖の絶筆となった《悲母観音》(重要文化財)。今回も拝見することができました。
(橋本雅邦の重要文化財《白雲紅樹》も展示されているので、ぜひこちらもご覧ください。)

狩野芳崖《悲母観音》明治21年(1888)
重要文化財 東京藝術大学蔵


今回の藝コレでは、フェノロサや岡倉天心らの奈良古社寺調査に同行した芳崖が描いた、寺社の所蔵品や建築物などのスケッチを12巻の巻子装飾にした《奈良官遊地取》も出品されていて、芳崖の弟子たちの証言によると、この時の古美術研究が《悲母観音》の面貌表現につながったとのことですので、両者を見比べるのを楽しみにしていました。

狩野芳崖《奈良官遊地取》(1)~(12)のうち(8)
明治19年(1886) 東京藝術大学蔵


実際には次の写真のとおり、手前のケースに《奈良官遊地取》が展示されているので、まず《奈良官遊地取》を見てから視線を右上に向けて《悲母観音》を見て、もう一度《奈良官遊地取》を見て、といった具合に見比べやすくなっています。

狩野芳崖《奈良官遊地取》展示風景

先ほどご紹介した東京藝術大学美術館の公式ツィッターでは、藝コレの見どころが紹介されていますが、《悲母観音》を展示する場面の動画も紹介されています。
古田亮教授が扉を開けて《悲母観音》が現れる場面はとても感動的でした(3月28日のツィート)。

こちらは私の愛読書です。

古田亮著『日本画とは何だったのか』
(2018年 角川選書)


菱田春草と天平美術との接点がわかった!



昨年の7月から9月にかけて2期に分けて開催された藝大コレクション展2021のうち、Ⅰ期に展示された菱田春草《水鏡》に再会することができました。

菱田春草《水鏡》明治30年(1897)
東京藝術大学蔵

なぜ春草の《水鏡》が今回も展示されているのかは、作品のキャプションを見てわかりました。
この作品が描かれたあとに、東京美術学校とその後身である東京藝術大学で美術史の教鞭をとった脇本楽之軒が《浄瑠璃寺吉祥天厨子絵》や吉祥天立像との関連性を指摘しているのです。


《浄瑠璃寺吉祥天厨子絵》に始まり、仏像断片、狩野芳崖《悲母観音》、菱田春草《水鏡》と、会場内をぐるりとめぐってきましたが、《水鏡》で終わるのでなく、冒頭の《浄瑠璃寺吉祥天厨子絵》にもう一度立ち返るという展示になっています。

ぜひその場でも会場内をめぐって、藝大コレクションと天平美術のかかわりをお楽しみください。

春の名品も充実してます!


天平美術と並んで、今回の藝大コレクション展のもう一つのキーワードは春の名品探訪

鎌倉時代の《小野雪見御幸絵巻》(重要文化財)や江戸時代の狩野派の狩野常信《鳳凰図屛風》、東京美術学校で教授を務めた画家たちの作品はじめ藝大コレクションの名品も充実しています。

その中で特に注目したいのは、明治38年に東京美術学校が監造して、橋本雅邦、高村光雲はじめ当時の名だたる芸術家たちの作品を集めた屛風《綵観》。

反対側にも作品があるので、裏に回れるようにゆったりとスペースをとって展示されています。

東京美術学校監造《綵観》
明治38年(1905) 東京藝術大学蔵


会場入口には、作品リストと並んで展示作品の解説付きのパンフレットが用意されています。パンフレットは無料ですが、在庫がなくなり次第終了なのでお早めに!

展覧会パンフレット



1階エントランスでは、2010年に開催された平城遷都1300年祭マスコットキャラクター「せんとくん」のお兄さん「鹿坊」くんも待ってます!
ぜひご来場いただいて、一緒に記念写真を!

籔内佐斗司《鹿坊》


2022年4月5日火曜日

すみだ北斎美術館 企画展「北斎花らんまん」

 東京墨田区のすみだ北斎美術館では、企画展「北斎花らんまん」が開催されています。

3階ホワイエのフォトスポット

春の訪れを知らせる梅や桜、春夏秋冬の四季折々の花、江戸時代の人たちが身に付けていた着物や煙管、刀の鍔のデザインになった花など、会場内は北斎や門人たちが描いた浮世絵の花でいっぱい。とても華やいだ雰囲気の展覧会です。

それでは先日、展覧会におうかがいしたので、さっそく会場内の様子をご案内したいと思います。

展覧会概要


企画展 北斎花らんまん
 会 期 2022年3月15日(火)~5月22日(日)
  前期:3月15日~4月17日
  後期:4月19日~5月22日
 開館時間 9:30~17:30(入館は17:00まで)
 休館日  毎週月曜日
 観覧料  一般 1,000円ほか ※観覧日当日に限り、AURORA(常設展示室)、常設展プラスも
     ご覧になれます。
 ※展覧会の詳細、関連イベント、新型コロナウイルス感染症対策等は同館公式HPをご覧ください
  ⇒すみだ北斎美術館   

展覧会構成
 1章 春の到来 早春の花々
 2章 桜 春爛漫
  1節 お花見と名所
  2節 桜と物語
 3章 色とりどり四季の花
  1節 春の花々(3月~5月)
  2節 夏の花々(6月~8月)
  3節 秋の花々(9月~11月)
  4節 冬の花々(12月~2月)
 4章 暮らしを彩る花の意匠
  1節 着物を彩る
  2節 道具を飾る

※3階企画展示室及び4階企画展プラス展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は、美術館よりお借りした広報用画像です。
※3階ホワイエのフォトスポット、高精細複製画は撮影可。4階AURORA(常設展示室)内は一部を除き撮影可です(いずれもフラッシュ・三脚(一脚)の使用は不可)。 

現在3階ホワイエに展示されている高精細複製画は、今回の企画展のテーマにぴったりの葛飾北斎《十二ヶ月花鳥図》

ベンチが置いてあるのがいいですね。企画展を見たあと一休みしながら四季の移ろいを楽しむことができます。


葛飾北斎《十二ヶ月花鳥図》(高精細複製画)
原画:アメリカ・フリーア美術館


1章 春の到来 早春の花々

まだまだ寒い日が続く2月の初め頃、紅白のつぼみがちらほらと出てくる梅の木を見に近くの公園に行って、「もうすぐ春が来るんだな。」と実感するのが毎年の習慣になっています。

このように春の訪れを告げる花ですぐに思い浮かぶのは、やはり

最初に紹介する作品、存斎光一「花咲か爺さん」では桜の花でなく、梅の花が描かれていますが、寒いうちから咲く梅に春を待つ気持ちを込めた当時の人たちの気持ちがよくわかるような気がしました。

お爺さんの表情もとても楽しそう。それに画面右上には鶯が描かれているので、早春から夏にかけて「ホーホケキョ」と鳴く鶯の鳴き声まで聞こえてきそうな明るい感じの作品です。

存斎光一「花咲か爺さん」すみだ北斎美術館蔵(前期)


存斎光一は、北斎風の画風ですが、北斎の門人かどうかは明らかになっていないとのことです。

花解説のパネルにも注目!

今回の展覧会では、展示作品の解説とあわせて、開花時期や花の特徴、『万葉集』ほかの古典に出てくることなど、一つひとつの花ごとに詳しい花解説のパネルが掲示されています。
当時は身近な花でも今は絶滅危惧類となっているものなど、それぞれの花についての背景がよく分かるので、描かれた作品をより深く味わうことができました。


2章 桜 春爛漫 1節 お花見と名所

梅の咲き始めからもう少し暖かくなると咲いてくるのがの花。

今と変わらず多くの人でにぎわうお花見の名所を描いたのが「冨嶽三十六景 東海道品川御殿山ノ不二」

まるでドローンを飛ばしたような上から眺めた景色で、遠くの富士山、近くの満開の桜の花、思い思いに花見をする人々など、一つの画面にいくつもの要素が盛り込まれたにぎやかな作品です。

ここでの注目は、薄い紅をぼかして摺ったあとに、たくさんの丸い点を絵具を付けずに凹凸を付ける「空摺(からずり)」で表現している桜の花です。

このように、摺師の技の妙が楽しめるのも版画の浮世絵の醍醐味のひとつだと思います。

葛飾北斎「冨嶽三十六景 東海道品川御殿山ノ不二」
すみだ北斎美術館蔵(前期)



北斎の人気シリーズ「冨嶽三十六景」のうち、人気ベストスリーの「凱風快晴」「神奈川沖浪裏」「山下白雨」(下の写真右から。いずれも実物大高精細レプリカ)は4階AURORA(常設展示室)で見ることができますので、ぜひこちらもご覧ください。

AURORA(常設展示室)展示風景

後期には、同じく北斎の人気シリーズ「諸国名橋奇覧」から「山城あらし山吐月橋」が展示されます。今も人気の観光地、京都・嵐山の桜の景色が見られるので、こちらも楽しみです。


 2章 桜 春爛漫 2節 桜と物語

版画の浮世絵が摺師の技の妙が楽しめる一方、肉筆画ならではの繊細な表現が楽しめる作品も展示されています。
こちらは北斎の門人の一人で、肉筆画や版本挿絵を多く手がけた蹄斎北馬「朝妻舟」

この作品では、はらはらと散る山桜の花びらの様子が細かく描かれています。
そして不思議なのが水面に映る遊女の顔。
舟に乗る遊女の顔は白く化粧しているように見えるのですが、水面に映った遊女の顔を見ると、目のまわりを赤く化粧しているようです。


蹄斎北馬「朝妻舟」すみだ北斎美術館蔵(前期)

後期には同じ蹄斎北馬の「花咲爺」が展示されるので、先ほど紹介した前期展示の存斎光一の「花咲か爺さん」と表現の違いを比べてみたいです。


3章 色とりどり四季の花 1節 春の花々(3月~5月)
 
今回の展覧会では、「冨嶽三十六景」や「諸国瀧廻り」と同じ版元である西村屋与八から出版された北斎の大判花鳥図シリーズで、現在十図が確認されているうちの三図が展示されます。

その三図のうち前期に展示されるのが、強い風に揺られる牡丹と蝶が描かれた葛飾北斎「牡丹に胡蝶」

中国が原産の牡丹は、中国では「花王」「花神」「富貴花」とも呼ばれ、富貴や栄誉の象徴でした。そして、中国語では70歳を意味するとされる耄(もう)は猫、80歳を意味するとされる耋(てつ)は蝶に発音が通じるので、「富貴耄耋」は長寿を願う題材として中国絵画で好まれて描かれました。

この作品には猫は描かれていませんが、強い風に負けずに堂々とした牡丹の姿や、風には弱いはずの蝶が頑張ってこらえている姿から、逆風にも負けない凛とした佇まいが感じられました。

葛飾北斎「牡丹に胡蝶」すみだ北斎美術館蔵(前期)


3章 色とりどり四季の花 3節 秋の花々(9月~11月)


今回展示される北斎の大判花鳥図シリーズ三図のうち二図は後期展示で、「芙蓉に雀」は「2節 夏の花々(6月~8月)」、「桔梗にとんぼ」は「3節 秋の花々(9月~11月)」のコーナーに展示されます。

そのうち秋の七草の桔梗と、とんぼが描かれているのが「桔梗にとんぼ」
先ほど紹介した「牡丹に胡蝶」とともにフォトスポットのパネルはじめメインビジュアルに使われている作品です。

とんぼの翅(はね)の脈や翅の先の黒い模様の縁紋まで細かに表現されているとのことなので、後期にも来てじっくり見てみたいです。

葛飾北斎「桔梗にとんぼ」すみだ北斎美術館蔵(後期)


今気が付きましたが、フォトスポットのパネルや展覧会チラシ、展覧会パンフレットの「牡丹に胡蝶」は180度回転させているのですね。

展覧会の紹介リーフレットも1階ミュージアムショップで販売中です(税込300円)。


展覧会の紹介リーフレット





3章 色とりどり四季の花 4節 冬の花々(12月~2月)


こちらは後期展示の作品で、北斎の門人、柳々居辰斎「五色之内 赤絵南京」
「五色之内」のシリーズは、中国の古代思想である五行を色で表した五色(白、黒、赤、黄、青)を題材としたもので、赤で描かれているのは、雪が降り積もる中でもけなげに花を咲かせる椿

葉の緑色と、白磁に描かれた赤絵と椿の赤色の色合いの鮮やかさをぜひその場で見てみたいです。

柳々居辰斎「五色之内 赤絵南京」すみだ北斎美術館蔵(後期)



4章 暮らしを彩る花の意匠

ここで紹介するのは葛飾北斎『新形小紋帳』

翼が花びらになっていたり、花を背負っていたりする鶴が描かれていますが、これは何なのでしょうか。

これは小紋といって、細かな模様が全体的に入っているカジュアルな着物のことで、このページには花で形作られた鶴のデザインが描かれているのです。



葛飾北斎『新形小紋帳』すみだ北斎美術館蔵(通期)


4章にはほかにも北斎や門人が考案した、櫛やキセル、刀の鍔といった生活に身近な道具のデザインをまとめた版本が展示されています。

葛飾北斎は、当代随一の人気浮世絵師というだけでなく、最先端のファッションデザイナーでもあったのです。
4章の展示を見ていると、「北斎ブランド」を身に付けた当時の人たちの自慢気な顔が思い浮かんできそうです。

4階 常設展プラス

4階の企画展示室では「常設展プラス」(6月12日(日)まで)が開催中です。

全長約7mに及ぶ「隅田川両岸景色図巻(複製画)」と、『北斎漫画』などの北斎の絵手本の実物大高精細レプリカが展示されていて、『北斎漫画』ほかの立ち読みコーナーもあります。

4階AURORA(常設展示室)

4階AURORA(常設展示室)には、先ほど紹介した「冨嶽三十六景」はじめ北斎の年代ごとの代表作(実物大高精細レプリカ)や、「北斎のアトリエ」再現模型が展示されています。




展覧会のキャッチコピー「四季の花が見ごろです。」のとおり、春の花だけでなく、四季の花がそろって見ごろになっています。
美術館ならではのお花見をぜひお楽しみください!