2019年3月26日火曜日

府中市美術館「へそまがり日本美術 禅画からヘタウマまで」

タイトルからして「へそまがり」、サブタイトルに至っては「ヘタウマ」、それにチラシのキャッチコピーは「どこまで本気なのか?」。

アートには真剣に向き合わなくてはならないという先入観にとらわれがちな私たちに、「そんなに肩ひじ張らなくてもいいんだよ。」という「ゆる~い」メッセージを投げかけてくれるのが、すっかり恒例となった府中市美術館「春の江戸絵画まつり」の今年の展覧会なのです。

こちらが美術館入口前の看板。
親子連れがこの看板を背景にして楽しそうに写真を撮っていました。



看板を見ただけでも気軽に入ってみたくなる展覧会ですが、どんな作品が展示されているのでしょうか。
さっそく会場に入って展覧会の見どころを紹介していきたいと思います。
※館内は撮影不可です。掲載した写真は美術館で特別の許可をいただいて撮影したものです。

展覧会は四章構成になっていて、第一章は禅画のコーナーです。

第一章 別世界への案内役 禅画

さて、最初の作品は何だろうと身構えて会場に入ると、いきなり緊張感がゆるむ屏風が目に入ってきます。作者は、最近ではユニークな禅画ですっかりおなじみになった江戸時代の臨済宗の僧・仙厓義梵。

仙厓義梵《豊干禅師・寒山拾得図屏風》(幻住庵(福岡市))
前期展示

右隻には、中国・唐時代の僧、寒山と拾得。
奇行で知られた二人なので、奇妙な風貌で描かれることが多いのに、仙厓の手にかかると、吹き出してしまうほどコミカルな顔立ちになってしまいます。

仙厓義梵《豊干禅師・寒山拾得図屏風》(幻住庵(福岡市))(右隻)
前期展示

そして、左隻には二人の師で、いつも虎に乗っていたという豊干禅師や虎たちの表情もコミカル。

仙厓義梵《豊干禅師・寒山拾得図屏風》(幻住庵(福岡市))(左隻)
前期展示

冒頭からゆるいキャラクターに肩の力がスーッと抜けてきたところで次に進みましょう。

次は何が出てくるかと思ったら、なんとあくびをする布袋さん。
作者は室町時代の曹洞宗の画僧・雪村周継。
春眠から目覚めて、いかにも気持ちがよさそう。
雪村周継《あくび布袋・紅梅・白梅図》(茨城県立歴史館)
前期展示
いつものことながら、府中市美術館ならではの「お楽しみ」もあります。
はじめは、絵を見ながらクイズに答える「へそまがりたんけんたい」。
字体やイラストからして「ゆる~い」です。


入口で用紙をいただき、絵を見ながら5つの質問の答えると1階のチケット売り場で記念に絵はがきをいただくことができます。
「間違えたらどうしよう?」
心配ご無用。答は会場を出たロビーにあるので、答え合わせをしてみましょう。

雪村に続いて、いまや禅画界一のビッグネーム・白隠慧鶴。
右の2点がご覧のとおり大胆な描き方の白隠、それに対して白隠の弟子・東嶺の描く茶柄杓は師を超えてかなりシュール!茶柄杓がこんなにゆがんでいいのか?

右から、白隠慧鶴《維摩像》(大阪中之島美術館)、白隠慧鶴《布袋図》(個人蔵)、
東嶺円慈《茶柄杓図》(早稲田大学會津八一記念博物館)
いずれも前期展示

第二章 何かを超える

背景の壁の色も白から黄色に変わって、第二章では俳人たちの描いた「俳画」や、文人たちの描いた「文人画」といった、テクニックや形式にこだわった既成の枠を超えようとした作品が並んでいます。


右から、遠藤日人《猫児図》《蛙の相撲図》(いずれも仙台市博物館)、
与謝蕪村《白箸翁図》(逸翁美術館)、岡田米山人《寿老人図》(個人蔵)、
円山応挙《寿老人図》(個人蔵) いずれも前期展示

会場の所々にある「比べてみる」という青い解説パネルにも注目です(下の写真の左の絵の下)。
こちらは同じ「山水画」。
右が文人画家 佐竹逢平が描いたもので、左が円山応挙が描いたもの。自由にのびのびと描いた佐竹逢平の山水画と、円山応挙の描いたカチッとした技巧に裏付けられた山水画。どちらが好みでしょうか?

右から、佐竹逢平《山水図》(個人蔵) 前期展示、
円山応挙《山水図》(個人蔵) 前期後期とも展示



この展覧会のタイトルは「へそまがり日本絵画」なのですが、会場を先に進むとなぜかアンリ・ルソーの絵が。
アンリ・ルソーといえば、パリの入市税を徴収する税官吏を長年務め、休日に絵を描いていた「日曜画家」。木の葉っぱ一枚一枚を丁寧に描くのに全体の構成がアンバランスだったりする「ヘタウマ画家」のフランス代表。
隣の絵を見てわかったのですが、ルソーに影響を受けた日本画家、三岸好太郎の作品がそれに続くという粋な構成だったのですね。

右から、アンリ・ルソー《フリュマンス・ビッシュの肖像》(世田谷美術館)、
三岸好太郎《友人ノ肖像》《二人人物》(いずれも北海道立三岸好太郎美術館)
いずれも前期後期とも展示

さて、いよいよお殿様の絵の登場です。

これがまた、何とも言えず可愛いのです。
詳しくは「いまトピ~すごい好奇心のサイト」の虹さんのコラムに書かれています。コラム冒頭のクイズにもぜひチャレンジしてみてください。

【衝撃の破壊力】「へそまがり日本美術」展を見逃すな!

徳川家光《木兎図》(養源院(東京都文京区))
前期後期とも展示

お殿様のコーナーにも「比べてみる」の解説パネルがありました。
鳳凰が描かれた2枚の絵が並んでいます。
右は徳川家光の《鳳凰図》、左が伝 呂健の《百鳥図》。
可愛らしい家光の鳳凰と、退色しているとはいえ彩色鮮やかな鳳凰。
さてみなさんはどちらが好みでしょうか。
 
右から、徳川家光《鳳凰図》(徳川記念財団)、伝 呂健《百鳥図》(個人蔵)
いずれも前期展示

ここでも府中市美術館ならではの「お楽しみ」が役に立ちました。
出品されている画家一人ひとりについての解説です。
こちらは「展示予定表」(出品目録)と並んで入口に置いてあります。


苗字が「呂」、そして花鳥図とくれば、明時代に活躍した呂紀の関係者?
そう思ってこの「画家解説」を見ると、やはり呂紀の曽孫!
毎回これだけ詳細な解説をつくるのは大変なことだと思いますが、それぞれの画家の横顔がわかるので、いつも楽しみにしています。

第三章 突拍子もない造形

タイトルの解説は不要でしょう。さっそく作品を紹介していきます。

まずは伊藤若冲から。
顔がぬっと前に出てきている鯉、頭のやたら長い福禄寿。
右から、伊藤若冲《福禄寿図》《鯉図》
前期後期とも展示
続いて長沢蘆雪。
いくら郭子儀が子孫に恵まれたといってもここまでたくさん子どもたちを描かなくても・・・

長沢蘆雪《郭子儀図》(個人蔵(府中市美術館寄託))
前期のみ展示
近代洋画家の大胆な構図の作品もあります。

右から、村山槐多《スキと人》(府中市美術館)、児島善三郎《松》(個人蔵)
いずれも前期後期とも展示

第四章 苦みとおとぼけ

ここには綺麗とか、心地よさとの対極にある「苦み」と、立派なものとは正反対の「おとぼけ感覚」の作品が展示されています。

ようやく出てきました!これぞ寒山拾得!という奇妙な風貌の二人です。

右から、与謝蕪村《寒山拾得図》(個人蔵)、岸駒《寒山拾得図》(敦賀市立博物館)
いずれも前期展示

そしてこちらは「おとぼけ」の代表?
青木夙夜《南極老人図》(個人蔵)
前期展示

こんなにくつろいだ七福神見たことありません。
いつもは怖い顔をして睨んでいる毘沙門天も、後ろに手をついて地べたに座っています。

明誉古礀《七福神図》(奈良県立美術館)
前期展示

お持ち帰りできるお土産もあります。
掛軸模様のしおりにお好きなスタンプを押せば、オリジナルのしおりの出来上がり。


私は冒頭に展示されていた仙厓義梵の虎にしました。
(おひとり一枚限りです)

そしてもう一つお持ち帰りできるものがあります。
ロビーは撮影可なので、来館の思い出にお殿さまの絵との記念写真を撮ってぜひお持ち帰りください。



展覧会概要
会 期 3月16日(土)~5月12日(日)
 前期 3月16日(土)~4月14日(日) 後期 4月16日(火)~5月12日(日)
開館時間 10:00~17:00(入場は16:30まで)
休館日 月曜日(4/29、5/6は開館)、5月7日(火)
観覧料 一般700円(560円)、高校生・大学生350円(280円)、小・中学生150円(120円)
*カッコ内は20名以上の団体料金。
*未就学児および障害者手帳等をお持ちの方は無料。
*常設展もご覧頂けます。
*府中市内の小中学生は「府中っ子学びのパスポート」で無料。
作品の展示替えを行います。*全作品ではありませんが、大幅な展示替えを行います。
2度目は半額!観覧券をお求めいただくと、2度目は半額になる割引券が付いています(本展1回限り有効)。
関連イベントもあります。詳細はこちらをご覧ください→府中市美術館公式ホームページ

さて、「へそまがり日本美術」展はいかがだったでしょうか。
前期も「ゆる~い」感じなので、後期も期待できそうです。
「桜の便りが聞こえてきたら府中市美術館に行こう。」と誘っているのは、人気アートブロガーTakさんの青い日記帳。
ぜひこちらのブログもご覧ください→「へそまがり日本美術」

府中市美術館のある府中の森公園は桜の名所。
ぜひみなさんも桜に誘われて「へそまがり日本美術」展をご覧になってはいかがでしょうか。




 






2019年3月24日日曜日

泉屋博古館分館「特別展 明治150年記念 華ひらく皇室文化-明治宮廷を彩る技と美」

明治150年を記念して昨年の春から名古屋、秋田、京都と巡回してきた「華ひらく皇室文化-明治宮廷を彩る技と美」展が、この春東京にやってきました。

今回の展覧会は、六本木の泉屋博古館分館と目白にある学習院大学史料館との共催企画。
それぞれの会場のチラシも、淡い色の市松模様に展示作品がちりばめられていて、とても華やか。

泉屋博古館分館 展覧会概要
会 場 泉屋博古館分館
会 期 前期 3月16日(土)~4月14日(日)
    後期 4月17日(水)~5月10日(金)
開館時間 10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日 月曜日(4月29日、5月6日は開館、4月30日、5月7日休館)、4月16日(展示替え)
入館料 一般 800円(640円)、大高生 600円(480円)、中学生以下無料
    *20名様以上の団体の方はカッコ内の割引料金
    *障がい者手帳ご呈示の方、および付添人1名まで無料
公式サイトはこちら→泉屋博古館分館公式サイト

展覧会チラシ
表面

裏面

学習院大学史料館 展覧会概要
会 場 学習院大学史料館展示室(北2号館1階)
会 期 3月20日(水)~5月18日(土)
開館時間 10:00~17:00(入館は16:50まで)
休館日 日曜・祝日・5月1日(水) 特別開館日 4月14日(日)
    ※4月30日(火)、5月2日(木)は開館
入場無料
公式サイトはこちら→学習院大学史料館公式サイト

展覧会チラシ
表面
裏面

どちらの会場にも、晩さん会で使われた豪華な食器類やドレス、織物や蒔絵などの工芸品、日本画、そして慶事の際に皇室から贈られるボンボニエール、といった明治時代の宮廷を飾った美術工芸品の数々が展示されていて、私たちの目を楽しませてくれそうです。

講演会やギャラリートークはじめ関連イベントも充実しています。
ぜひそれぞれの公式サイトでご確認ください。

4月27日(土)に学習院大学で開催される関連シンポジウムのチラシはこちらです。


さて、これからは開会に先立って泉屋博古館分館で開催された内覧会に参加しましたので、展覧会の見どころを紹介したいと思います。
※掲載した写真は、美術館より特別の許可をいただいて撮影したものです。

ロビーに入ってすぐに目につくのは、宝石がちりばめられた光り輝く豪華な「箱」。

手前から時計回りに、「梅花文宝石入小箱」「夕景~菖蒲華文・棗」
「金羽文小筥~小鳥たちのコロニー」
いずれも株式会社ミキモト装身具蔵

こちらの作品のみ、どなたでも撮影可です。ぜひ記念に一枚!

ミキモト銀座4丁目本店では「ようこそ、ボンボニエールの世界へ-皇室からのかわいい贈りもの-」が4月5日(金)から5月10日(金)まで開催されます。会場はミキモト銀座4丁目本店7階ミキモトホール、入場は無料です。


ロビー(第2会場)正面の展示ケースには、泉屋博古館分館が所蔵する明治の日本画と工芸品が展示されています。
※こちらは撮影不可です。ご注意ください。

右と中央がどちらも今尾景年「富士峰図」「深山瀑布図」
森寛斎「羅浮仙人図」泉屋博古館分館蔵

右から、どちらも初代宮川香山「青華紅彩桃樹文耳付花瓶」
「青華磁蓮形鉢」泉屋博古館分館蔵

右と中央が初代宮川香山「青華鳳凰形花入」「菊花形藤花図壷」
左が山崎朝雲「御尊像」泉屋博古館分館蔵

続いて第1会場と第3会場に移りまず。
こちらは写真撮影不可だったため画像の紹介はできませんが、それぞれの会場の見どころを紹介したいと思います。

第1会場最初のコーナーのキーワードは「鹿鳴館の時代と明治宮殿」

ここには現在の浜離宮の地にあった「延遼館」、日比谷にあった「鹿鳴館」そして皇居内にあった「明治宮殿」ゆかりの食器や花瓶、ドレスなどが展示されています。

そして第1会場中央の展示ケースにはかわいらしいボンボニエールが展示されています。
小さくても細やかな技巧がほどこされているボンボニエールは、まさに明治の超絶技巧です。

第1会場のもう一つのキーワードは「明治宮廷を彩る技と美」。

このコーナーで見逃せないのが、何といっても伊藤若冲「動植綵絵」を綴織にした2代川島甚兵衛「大鶏雌雄図 綴織壁掛」(作品番号25 川島織物文化館蔵)。
こちらは前期のみの展示で、後期には同じ伊藤若冲「動植綵絵」を綴織にした2代川島甚兵衛の「紫陽花双鶏図 綴織額」が展示されます。

第3会場には、蒔絵の硯箱、七宝、木彫、織物などの「明治宮廷を彩る技と美」が展示されています。

この中でも注目は、明治36(1903)年に大阪で開催された第5回内国勧業博覧会に出品された12代西村總左衛門「天鵞絨(ビロード)友禅嵐図壁掛」(作品番号66 宮内庁三の丸尚蔵館蔵)。
嵐の中まさに飛び立たんとする鷲のものすごい迫力!
こちらは前期のみの作品です。

前期と後期で入れ替えがあるので、後期展示も見逃せないです。
それに学習院大学史料館の展示もぜひ見てみたいです。

春にふさわしい、とてもきらびやかな展覧会。
ぜひどちらの会場にも足を運んでご覧になっていただければと思います。
(二つの会場は会期が少し異なり、また、休館日も異なりますのでご注意ください。)

2019年3月23日土曜日

4月19日(金)ロードショー!映画「ヒトラーvs.ピカソ 奪われた名画のゆくえ」

ヨーロッパ全土を戦火に巻き込み、ホロコーストの嵐が吹き荒れた、歴史上とりわけ特異な時代だっただけに、ヒトラーやナチスの時代は今まで多くの映画で描かれてきました。

最近でも、「ゲッベルスと私」「ナチス第三の男」「小さな独裁者」はじめ多くのナチス関連の映画が公開されています。

そういった中、アートファンにとって気になる映画が、4月19日から公開されるイタリア、フランス、ドイツ合作の映画「ヒトラーvs.ピカソ 奪われた名画のゆくえ」です。
今回はその試写会に参加しましたので、この映画のもつ魅力や関連する情報などを紹介したいと思います。

「ヒトラーvs.ピカソ」は、イタリア映画界の名優トニ・セルヴィッロの渋いナレーションの進行で物語が進んでいくドキュメンタリー映画。

ナチスに美術品を略奪された画商やユダヤ人一族の遺族たち、その略奪された美術品を追跡する弁護士、歴史学者たちの証言、さらにはナチスの党大会やヒトラーの演説、長い間ナチ・ナンバー2の座にあったゲーリング、SS(ナチス親衛隊)隊長ヒムラー、宣伝相ゲッベルス、建築家でのちに専門外の軍需相に就任したシュペアーといったナチ・エリートたちの映像によってナチスによる美術品略奪の実態が浮き彫りにされていきます。

美術品を略奪するナチスの特殊部隊「全国指導者ローゼンベルク特捜隊」の活動や、略奪された美術品を取り戻すために組織された連合軍側の特殊部隊「モニュメンツ・メン」の活躍も紹介されます。
(「モニュメンツ・メン」は、2013年のアメリカ映画「ミケランジェロ・プロジェクト(原題はずばり"The Monuments Men")」をご覧になられてご存知の方もいらっしゃるのでは。)

映画の中にはよく知られた名画や教会の祭壇画も出てきます。

ヒトラーがフェルメールを好んでいたのは知られていますが、こちらはフランス占領後にフランスのロスチャイルド家から奪った「天文学者」。
戦後、ロスチャイルド家に返還され、現在ではルーブル美術館が所蔵しています。


そして、フェルメール自身が生涯手離さなかったという「絵画芸術」。
こちらはオーストリア併合後の1940年にオーストリアのツェルニン伯爵家からヒトラーが強制的に購入したもので、現在ではウィーン美術史美術館に所蔵されています。

(上2枚の画像は、昨年そごう美術館で開催された「フェルメール 光の王国展2018」で展示されたリ・クリエイト作品です。)

そして、最後にようやくピカソとヒトラーの対決が実現します。それは直接対決でなく、ピカソとヒトラーの手先であるゲシュタポ将校とのやりとりを通じてですが。
(ゲシュタポは、ドイツ語のGeheime Staatspolizei(国家秘密警察)の略称で、ゲーリングが創設し、のちにSS(ヒトラー親衛隊)の一組織となり、反ナチス運動、ユダヤ人弾圧などを行った組織。トップはヒムラー。)

ピカソのアトリエを訪れたゲシュタポの将校が、机の上に置かれた「ゲルニカ」の絵はがきを見て「これはあなたの作品か。」ときいたのに対して、独裁者に対する怒りに満ちた芸術家の良心から発した言葉が、私たちの心に強く響いて映画はエンディングを迎えます。

「ヒトラーvs.ピカソ」は、「ミケランジェロ・プロジェクト」のように派手なアクション・シーンは出てきません。
ホロコーストの犠牲者の名前が刻まれた記念碑の映像が、ナチスの残虐行為の悲惨さを暗示しますが、ホロコーストの悲惨な現場のシーンも出てきません。

それでも、アートのもつ魔力、名画がたどった数奇な運命、などなどアートファンにとって、とても興味を惹かれる魅力的な映画であることは間違いありません。

アートファン必見の映画です!

さて、ここまで映画「ヒトラーvs.ピカソ」の紹介をしてきましたが、当時の歴史的な背景を知らなければ映画の良さもわからないのでは、と思われる方もいらっしゃるのでは。
もちろん知っているに越したことはありませんが、ほんの少しの予備知識があればこの映画のもつ魅力を感じることができるので、少しだけ紹介したいと思います。

背景その1
ナチスが略奪した美術品は約60万点、そのうち約10万点は現在でも所在不明

ナチス時代に略奪した美術品は約60万点というからものすごい数です。
そして、そのうち約10万点は現在でも所在不明ですが、これもまたものすごい数です。
どのくらいすごいのかというと、東京国立博物館の所蔵品数が約11.7万件以上(同館ホームページより)なので、すでに滅失してしまったものもあるかもしれませんが、もしすべて発見されたら大きな国立博物館がひとつ建ってしまうくらいの数なのです。

さらに時代的な背景を知っていると、映画の展開を理解するのに役立ちます。
「ヒトラーvs.ピカソ」に関連する項目に絞って、ナチスの時代にヨーロッパではどのような出来事があったか、リストアップしてみました。

背景その2
ヒトラー率いるナチス・ドイツが全ヨーロッパを席捲

ヒトラー率いるナチスがドイツを支配していたのは、1933年1月のヒトラー政権誕生から、ドイツが降伏する1945年5月までの約12年間。
その間、周辺諸国を併合し、さらには第二次世界大戦を引き起こし、ついにはドイツ全土を破滅に陥れました。
映画「ヒトラーvs.ピカソ」に関連する主な出来事は次のとおりです。

1933年1月30日 ヒトラー内閣成立(ナチス政権の始まり)
1937年4月26日 スペイン内乱でフランコ将軍を支援するドイツ空軍がスペイン北部の町
       ゲルニカを無差別爆撃
1938年3月13日 オーストリア併合
1939年3月15日 ドイツ軍、プラハ占領(チェコスロバキア解体)
1939年9月1日 ポーランド侵攻(その後英仏がドイツに宣戦布告し第二次世界大戦勃発)
1940年4月9日 ノルウェー、デンマーク侵攻
1940年5月10日 オランダ、ベルギー侵攻
1940年6月22日 パリ占領
1941年6月22日 ソ連に侵攻
1943年1月末 スターリングラードでドイツ軍敗北
1943年7月~8月 クルクスの戦いでドイツ軍がソ連軍に敗れ、以後、東部戦線後退
1943年9月3日 イタリアが連合国に降伏
1944年6月6日 連合国軍がノルマンディー上陸
1944年8月25日 パリ解放
1945年4月30日 ヒトラー自殺 
1945年5月7日 ドイツが連合国に降伏

続いて、ナチス時代の美術品略奪についてもっと知りたいという方のために、おススメの書籍や雑誌を紹介します。

ナチスによる美術品略奪関連資料

篠田航一著『ナチスの財宝』講談社現代新書 2015年
ナチスによる美術品略奪から、戦後の各国による争奪戦までカバー。まるでサスペンス小説のようなスリルが感じらる、とても読みやすい新書です。


「芸術新潮」1992年9月号


「芸術新潮」1996年9月号

いずれも古いバックナンバーですが、私は地元の図書館で借りて読みました。

最後に、ヒトラーが登場する映画を二本紹介しましょう。

ひとつは2004年の作品「ヒトラー、最期の12日間」。
(原題はドイツ語で Der Untergang、没落、日没といった意味)


この映画でヒトラー役を演じたのは、今年2月15日に77歳で亡くなられたスイスの俳優 ブルーノ・ガンツさん。独裁者ヒトラーの熱演ぶりが印象的でした。
ご冥福をお祈りいたします。

次に紹介する映画は、ヒトラーが現代によみがえり、テレビに出演して世相を斬るというコメディ映画「帰ってきたヒトラー」(原作は2012年、映画化は2015年)。


原題は、"Er  ist wieder da"。直訳すると「彼が戻ってきた」。ドイツではこの髪型とちょび髭だけで、「彼」が誰を指すのかわかるのです。


この映画は1945年に自殺したヒトラーが2011年によみがえったという設定。

この当時はまだドイツでもコメディとして受け入れられる余裕がありました。
しかし、2015年秋に内戦が続くシリアなどから押し寄せた100万人もの難民を受け入れてから情勢が変わりました。
ドイツではユダヤ人迫害の過去の反省から、政治的に迫害された難民を積極的に受け入れてきましたが、この時は政治的難民だけでなく、ドイツで豊かになりたいという経済的な理由による難民も、十分な審査もなく受け入れてしまったとの疑惑がもたれています。

それ以来、反移民・反難民を唱えるAfD(ドイツのための選択)という政党が台頭し、AfDの政治家の中にはナチスを擁護するような発言まで出てきています。そして、外国人排斥の動きはドイツだけでなく、いまやヨーロッパ全土に広がっているような状況です。

「ヒトラーvs.ピカソ 奪われた名画のゆくえ」の試写会に参加して、「非寛容」が広まる危うい今の時代だからこそ、アートファンははもちろん、多くに人に見ていただきたい、と思いました。

東京・有楽町のヒューマントラストシネマ有楽町ほかで4月19日(金)からロードショー。
シアター情報は公式サイトでご確認ください
 ↓
映画「ヒトラーvs.ピカソ 奪われた名画のゆくえ」公式サイト


2019年3月3日日曜日

足立美術館がトップ!~「goo+dランキング(グッドランキング)」発表!

アートファンのみなさま、こんにちは。
先週木曜日(2月28日)にgooプレスリリースで人気美術館ランキングが発表されましたが、ご覧になられましたでしょうか。

今回発表されたのは、NTTレゾナントが運営する「gooウェブ検索」とNTTドコモが運営する「dメニュー」の昨年一年間の検索回数を抽出してランキングしたもので、最も検索回数件数が多かったのは、都内などアクセスのいい美術館を抜いて、島根県安来市にある足立美術館でした。

記者発表はこちらです→gooプレスリリース「gooウェブ検索」と「dメニュー」の検索回数から人気美術館ランキングを発表!

人気美術館ランキングは次のとおりです。

1位 足立美術館(島根県安来市)    100
2位 国立新美術館(東京都港区)     98.5
3位 上野の森美術館(東京都台東区)   48.8
4位 ジブリ美術館(東京都三鷹市)    48.3
5位 兵庫県立美術館(神戸市)      29.1
6位 横浜美術館(横浜市)                        28.2
7位 国立西洋美術館(東京都台東区)  23.1
8位 根津美術館(東京都港区)     22.8
9位 サントリー美術館(東京都港区)  21.3
10位 佐川美術館(滋賀県守山市)    19.6

右の数字は、1位の検索回数を100ポイントとして、2位以下のポイントを相対的にスコアリングしたもので、1位の足立美術館と国立新美術館が飛び抜けてアクセス数が多く、続いて、第2集団が3位の上野の森美術館、4位のジブリ美術館、第3集団が5位以下の6つの美術館という結果になっています。

1位の足立美術館といえば、四季折々の情緒あふれた日本庭園が人気で、海外からの観光客の注目度ナンバーワンの美術館。
足立美術館公式ホームページ→https://www.adachi-museum.or.jp/

それに、横山大観をはじめとした近代日本画や河井寛次郎や北大路魯山人の陶芸の所蔵で知られていて、近代日本画ファンの私としては四季ごとに開催される特別展にはぜひ行ってみたいと以前から思っていました。

こちらは昨年、東京と京都の国立近代美術館で開催された「横山大観展」のチラシのトップを飾る、足立美術館所蔵で紅葉の赤と川面の青のコントラストが見事な横山大観の《紅葉》。(私が行ったのは東京の方ですが、こちらは京都のチラシです)。




2位の国立新美術館では、「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」「東山魁夷展」「オルセー美術館特別企画 ピエール・ボナール展」はじめ人気の展覧会が開催されました。また、展示室がいくつもあって、同時並行で企画展や公募展が開催できるのも国立新美術館の強みでは。
国立新美術館公式ホームページ→http://www.nact.jp/

今年も日本・オーストリア外交樹立150周年記念「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」が4月から始まるので今から楽しみにしています(開催期間 4月24日~8月5日)。


第2集団のうち、上野の森美術館は、やはり「ミラクルエッシャー展」と「フェルメール展」がインパクトありましたね。
上野の森美術館公式ホームページ→http://www.ueno-mori.org/


ミラクルエッシャー展については内覧会に参加したときの様子をブログに書いていますので、現在、福岡アジア美術館に巡回しているミラクルエッシャー展に行かれる方はぜひご覧になっていただければと思います。

上野の森美術館「ミラクルエッシャー展」内覧会

上野の森美術館では、今年10月に開催予定の「ゴッホ展」(10月11日~2020年1月13日)も楽しみです。

第3集団の中で健闘したのは、堂々6位の横浜美術館。
ヨコハマ美術館公式ホームページ→https://yokohama.art.museum/

地元の美術館なので、どうしても肩に力が入ってしまうのですが、昨年は特にモネ展がよかったですし、コレクション展も充実しているので、いつも行くのが楽しみな美術館です。


今年は夏に企画展「原三溪の美術 伝説の大コレクション」(7月13日~9月1日)が開催される予定なのでこちらも楽しみにしています。
原三溪といえば、雪舟や宗達をはじめ美術品を収集したコレクターで、若手の近代絵画の画家たちを支援した横浜の実業家。関東大震災を機に横浜の復興に力を入れたことから、収集した美術品の多くは散逸してしまいましたが、今回は原三溪の生誕150年・没後80年を記念した展覧会なので、里帰り美術品が見られるかと思うと、いやでも期待が高まります。

原三溪や三溪園については、NTTレゾナントが運営する「いまトピ」で紹介しています。

初夏のヨコハマ、おススメ散策&美術展ガイド~近代日本画の足跡を訪ねて五浦から横浜へ~

「いまトピ」ではyamasanのペンネームで他にもコラムを書いていますので、ぜひご覧になってください。


そして、今回発表された中で興味深かったのは、人気美術館ランキングTOP5の検索ユーザー男女比。(数字の左が男性、右が女性)

足立美術館    36.5 対 63:5
国立新美術館   28.2 対 71.8
上野の森美術館  27.7 対 72.3
ジブリ美術館   19.2 対 80.8
兵庫県立美術館  25.3 対 74.7

どの美術館も圧倒的に女性のアクセスが多いのが特徴です。
アートに興味をもつのは男性よりも女性に多いのか、それともそれぞれの美術館が女性をターゲットにPRした成果なのか、その辺はなんとも言えませんが、女性に好まれるかどうかがランクインに大きく影響することは確かなようです。  

さて、みなさまお気に入りの美術館はランクインしていますでしょうか。
人気美術館ランキングについてとりとめのない感想を書いてみましたが、みなさまもぜひブログやツィッターでご意見・ご感想を発信してみてはいかがでしょうか。