2017年10月22日日曜日

パナソニック汐留ミュージアム「表現への情熱 カンディンスキー、ルオーと色の冒険者たち」

パナソニック汐留ミュージアムで10月17日(火)から「表現への情熱 カンディンスキー、ルオーと色の冒険者たち」が始まりました。



カンディンスキーが見たくてミュンヘンのレンバッハハウス美術館まで行ったくらいカンディンスキー好き(←声に出すと言いにくい!)の私としては絶対に見逃せない展覧会だと思っていましたが、やはり大好きなパウル・クレーのコーナーもあったり(デュッセルドルフのK21州立美術館も行ってきました!)、ルオーもパナソニック汐留ミュージアム所蔵に加え、約40点も来日してそのうち約20点は初来日という見どころ満載の展覧会です。

さらに驚いたのはカンディンスキー作品18点、パウル・クレー作品23点のすべてが国内の美術館の所蔵だということ(カンディンスキー作品の1点が高知県立美術館蔵で、他はすべて宮城県美術館蔵)。
もう30年近く前に『日本で観る世界の名画』(講談社文庫 昭和63年 嘉門安雄監修)という文庫本を買って名画の旅に出かけたこともありましたが、日本国内でもこんなにたくさんの世界の名画を楽しむことができるということをあらためて実感しました。

さて、前のめりしすぎて前置きが長くなりましたが、開催に先がけて行われた内覧会に参加してきましたので、その時の様子を紹介したいと思います。

※掲載した写真は主催者の特別の許可をいただいて撮影したものです。

ご案内いただいたのはパナソニック汐留ミュージアム学芸員の富安玲子さん。

モスクワに生まれて画家になるためドイツのミュンヘンに出てきたドイツ表現主義の代表者ヴァシリー・カンディンスキー(1866-1944)と、パリに生まれてパリを中心に活動した宗教画家ジョルジュ・ルオー(1871-1958)。

「抽象画のカンディンスキーと宗教画のルオーでは接点がないように思われますが、今回の展覧会では『そんなことはない』ということをお見せしたい。」と富安さん。

展示は3章構成になっていて、第1章「カンディンスキーとルオーの交差点」では新しい芸術を生み出そうとした二人の出会いを見ることができます。

「この部屋はカンディンスキーとルオーの出会いというイメージで部屋を六角形に区切り、壁の色をブルーに統一してサロン風の雰囲気を出しました。」と富安さん。

この部屋で目につくのはやはりこの作品です。
カンディンスキー《商人たちの到着》(宮城県美術館)

30歳の時、モスクワで開催された美術展でモネの《積み藁》を見て、「モネのようなあいまいな色使いもありなのか!」と驚き画家になることを決心してミュンヘンに出てきたカンディンスキーが1905年にパリで開催された展覧会「サロン・ドートンヌ」に出品したのがこの作品。新しい芸術を目指した「サロン・ドートンヌ」展は、その創設にルオーがかかわっていました。
「1905年の展覧会には、フォービズム(野獣派)と呼ばれたマティスやドランの作品が展示されていましたが、こういった中、一見オーソドックスなこの作品をカンディンスキーはなぜ出展したのか、と思われかるかもしれませんが、この作品には、画面の中でいかに隣の色どうしを響き合わせるかという、その後のカンディンスキーの抽象絵画に通じるものが表現されています。」

第1章ではルオーの《町はずれ》や《法廷》も注目です。
《町はずれ》は、カンディンスキーが1910年に開催したミュンヘン新芸術家協会の展覧会に招いたルオーの作品3点のうちの1点で、今回の展覧会のために修復後、最初に公開されるものです。社会の不正を訴えた《法廷》にはパナソニックの最新のスポットライトが使われているので、画面の明暗がより一層浮かび上がって見えます。
他にもルオーの最晩年の作品で第3章に展示されている《降誕》は、ルオー独特の厚塗りをしすぎて額縁だけでなく、絵の裏側まで色を塗ってしまったり(裏側は見えませんが)、ルオーの作品は著作権の関係で画像で紹介はできませんが、ルオーの作品群も見応え十分ですので、ぜひ会場でご覧になってください。

第2章「色の冒険家たちの共鳴」では、産業革命や列強の植民地主義によって社会が大きく変化する中、社会不安に敏感な芸術家たちの作品が展示されています。

ドイツ表現主義の画家たちは植民地からもたらされた原始的なものや自然に理想化された世界を求めました。
下の写真のヘッケルとべヒシュタインは1905年に結成されたドイツ表現主義の最初のグループ「ブリュッケ(橋)」のメンバー。カンペンドンクは1911年にカンディンスキーが結成した「青騎士」のメンバー。

左 エーリヒ・ヘッケル《木彫りのある静物》、中央 マックス・ペヒシュタイン《森で》、
右 ハインリヒ・カンペンドンク《少女と白鳥》

こちらはペヒシュタインの版画集『われらの父』の作品群。
全部で12点のうち現在展示されているのは前期(10/17~11/14)の6点。後期(11/16~12/20)には作品の入れ替えがあります。

マックス・ペヒシュタイン《版画集『われらの父』》

そしてはじける直前のカンディンスキーの作品。
富安さん「色や形を画面の中でどう響き合わせているか注目です。」
カンディンスキー《「E.R.キャンベルのための壁画No.4」の習作(カーニバル・冬)》

第2章には色と形がうごめく作品がずらりと並んでいます。
そのため第2章はとにかく見てわかってほしいという趣旨で、「作品をぎゅっと並べてみました。」、また、「壁の色はニュートラルな白で統一しました。」と富安さん。

第3章「カンディンスキー、クレー、ルオー ーそれぞれの飛翔」では、第一次世界大戦(1914-1918)後の三人の画家たちの作品が展示されています。

はじめにまるごとクレーのコーナー。

右を向いても、

左を向いてもクレー、クレー、クレー。
なんとも贅沢な空間です。


富安さん「前面に出てくるオレンジ色と、奥に引っ込む青色を組み合わせてクレーは絵を立体的に見せています。これがクレーのマジックです。」

クレー《グラジオラスの静物》(左)、《橋の傍らの三軒の家》(右)

続いてカンディンスキーのコーナー。




このコーナーでひときわ目立つのが《活気ある安定》。
はじけてしまったあとのいかにも「これぞカンディンスキー!」という作品ですが、今回の展覧会のおいしいところは、作品3点でカンディンスキーの歴史をたどることができるということです。
まずは第1章の抽象画以前の代表作《商人たちの到着》。
次に第2章の抽象画に移行する時期の《「E.R.キャンベルのための壁画No.4」の習作(カーニバル・冬)」。
そして、抽象画を確立したこの《活気ある安定》。

この作品でも色と形が画面の中で響きあっています。
「右上の紫色と左下の赤色が対になっていて、右下の緑色が赤色の補色になっています。このように一つの色も動かすことができないようになっています。」と富安さん。

カンディンスキー《活気ある安定》
以上、駆け足で展覧会の紹介をしてきましたが、見どころ満載のとても素晴らしい展覧会です。この秋おすすめの展覧会がまたひとつ増えました。

詳細は展覧会公式サイトをご覧ください。

会場の出口付近には、最近の美術展ではすっかりおなじみとなった記念撮影コーナーがあります。


しかし普通の記念撮影コーナーではありません。
そこはエレクトロニクスメーカー・パナソニック。
設置されているカメラで撮ってあとでスマホやパソコンにダウンロードできる「PaN」システムを体験することができます。

また、1階のショールームでは、今回の展覧会とのコラボでカンディンスキー作品のポスターが掲示されていて、照明によって絵の雰囲気が変わる様子を見ることができるので、ぜひお帰りに立ち寄ってみてください。

最後になりますが、私のブログの宣伝を。

デュッセルドルフのK20州立美術館(Kはドイツ語で芸術(Kunst)の頭文字)は、ナチスが政権をとる1933年までパウル・クレーがデュッセルドルフ大学で教鞭をとっていた関係でクレーの作品を多く所蔵しています。興味のある方はぜひこちらもご覧になってください。

ドイツ世界遺産とビールの旅(14)デュッセルドルフ・K20州立美術館

また、ミュンヘンのレンバッハハウス美術館は、カンディンスキーをはじめとした「青騎士」の画家たちの作品の宝庫です。こちらも過去のブログで紹介しています。

バイエルン美術紀行(17)レンバッハハウス美術館


2017年10月8日日曜日

上野の森美術館「怖い絵展」

10月7日(土)から上野の森美術館で「怖い絵展」が始まりました。

ギリシャ神話や聖書の物語、悪魔や地獄、戦争や犯罪、貧困、天災、そして権力闘争。
一見しただけで怖い絵もありますが、作品の背景を知ってはじめてその怖さがわかる絵も多く、作品の謎を読み解くうちにいつのまにか今回の展覧会を特別監修された中野京子さん(作家・ドイツ文学者)の「怖い絵」の世界に引きこまれていくとてもミステリアスな展覧会です。

それではさっそく展覧会の様子を、開催に先立って行われた内覧会に沿って紹介したいと思います。

※掲載した写真は主催者の許可を得て撮影をしたものです。

ポール・ドラローシュ《レディ・ジェーン・グレイの処刑》

展覧会は6章構成になっています。
内覧会では中野京子さんに、第1章のギリシャ神話のオデュッセウスの物語にちなんだ作品と、今回の展覧会随一の人気作品、第6章の《レディ・ジェーン・グレイの処刑》を解説していただきました。

まずは第1章 神話と聖書 から。

会場に入ってすぐの正面にはギリシャ神話の英雄・オデュッセウスにちなんだ作品が並んでいます。


その一つがジョン・ウィリアム・ウォーターハウス《オデュッセウスに杯を差し出すキルケ―》。

オデュッセウスは、ギリシャとトロイアの間で10年間続いてギリシャの勝利に終わったトロイア戦争のあと、トロイアから故郷のイタケー島に海を渡って凱旋するまでの間、嵐の中を漂泊して、いくつもの危機を乗り越えて10年かけて故郷の町に帰りました。
その間、アイアイアという島にたどり着き上陸しましたが、そこには魔女キルケ―が住んでいて、部下たちは進めるまま酒を飲み、御馳走を食べ、キルケ―の持つ杖で触れられるとたちまちその姿は豚に変わりました。

キルケ―は「さあ、お飲みなさい」と酒の入った杯を右手で差し出し、左手には杖を高々と掲げています。画面右下にいるのが豚に姿を変えられたオデュッセウスの部下、キルケ―の後ろの鏡に映っているのが部下たちを助けに来たオデュッセウス。


ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス
《オデュッセウスに杯を差し出すキルケ―》
オデュッセウスはキルケ―にすすめられて酒を飲みましたが、剣で抵抗して部下たちを人間の姿に戻すよう約束させました。

「面白いことにこのあとオデュッセウスはキルケ―と恋に陥り、なかなか故郷に帰ろうとしませんでしたが、部下たちが催促したので、ようやく故郷に帰る決心をしました。」と中野さん

そこでキルケ―はオデュッセウスに歌声で船員を誘惑するセイレーンに気を付けるよう忠告します。
船員たちはセイレーンの歌声が聞こえないように耳に蜜蝋をつめましたが、セイレーンの歌声を聴いてみたかったオデュッセウスはとり乱して海に飛び込まないように、部下に自分をマストの柱に括り付けるよう命じました。

ハーバード・ジェイムズ・ドレイパー《オデュッセウスとセイレーン》
「セイレーンたちに注目してください。海の中から出てきたセイレーンは上半身が人間の女性で下半身が魚、船に上がってきたセイレーンは下半身も人間の姿になって藻を身にまとい、船の上のセイレーンは服をまとっています。このように3段階に変化していますが、これは、美しいものは実際には魔性があるという逆の順番ともとらえることができます。」
「この作品には風や波のものすごい音が聞こえてこないでしょうか。」と中野さん。

「このままの調子で説明しているといつまでたっても終わらないので(笑)。」と中野さん。
中野さんの解説はいっきに第6章まで飛びましたが、私たちは第2章に進みたいと思います。

第2章 悪魔、地獄、怪物

今回の展覧会は、章ごとに色を変えたボードにセリフをつけて展示している作品が会場の所々にあるのが大きな特徴です。これが展覧会場のいいアクセントになっています。

ヘンリー・フューズリ《夢魔》
この作品の上に書かれたセリフは「眠りとエロス」。
仰向けに寝る女性の腹の上に怪物インクブスが乗り、奥のカーテンの隙間から馬が顔をのぞかせるという恐ろしい作品。小さい作品なので、ぜひ近くでご覧になってください。

それぞれの作品の解説パネルの一番上についているフレーズにも注目です。
このヒエロニムス・ボス風の作品には「騒々しいやつら」。

作者不明(オランダ派)《聖アントニウスの誘惑》

そしてやたら長いタイトルの作品には「混とんたる宴」。

ウィリアム・エッティ《ふしだらな酔っ払いの乱痴気騒ぎに割り込む破壊の天使と悪魔》


第3章 異界と幻視

死の象徴である骸骨が出てきたのになぜ「実は笑い話」なのか。
色つきパネルに展示されている作品には解説パネル「中野京子's eye」があるのでぜひご一読を。

ジョセフ・ライト《老人と死》
現実的な場面に神々や妖精といった超自然的な存在を紛れ込ませるのが得意なチャールズ・シムズの《クリオと子供たち》には戦争の傷跡が大きく影を落としています。
解説パネルのフレーズは「血塗られた歴史」。
この作品は1913年に完成しましたが、1914年、第一次世界大戦で長男を失ったシムズは歴史を司る女神クリオが持つ巻物を血の朱で染めました。

チャールズ・シムズ《クリオと子供たち》

第4章 現実

暗闇の中の海岸で男女二人がブロンドの長い髪の女性を殺そうとしている場面。
作者はなんとセザンヌ。
若い頃にこういった作品を描いていたとは。不遇な時期の心情を表したものなのでしょうか。


ポール・セザンヌ《殺人》

社会の底辺に生きる人たちに温かいまなざしを向けたウィリアム・ホガース。
ここでは版画連作《娼婦一代記》《ビール街とジン横丁》のうち《ビール街とジン横丁》を紹介します。


ウィリアム・ホガース《ビール街》(右)《ジン横丁》(左)
ビールを飲む人たちはみんなビール腹で食べ物も豊富にある。一方のジン横丁では安いジンを飲んでいる食べ物ひとつに事欠く人たち。
第4章には犯罪や貧困といった現実社会の闇を描いた作品が展示されています。

第5章 崇高の風景

この章には風景画に潜む「怖さ」が描かれた作品が展示されています。

ターナーが描くのは荒涼としたウェールズの山頂に建つ古城。
そして画面手前には兄弟間の戦いに敗れ、20年以上もこのドルバダーン城に幽閉された兄オワインが後ろ手に縛られ兵士に引き立てらる姿が小さく描かれています。

ジョセフ・マロード・ウィリアム・ターナー《ドルバダーン城》



ギュスターヴ・モローの作品は、旧約聖書に登場する悪徳の町ソドムが焼き尽くされる場面を描いた《ソドムの天使》と、トロイア戦争は私が原因で始まり悲劇が続いている、と自身を責めるヘレネ―を描いた《トロイアの城壁に立つヘレネ―》。


ギュスターヴ・モロー《ソドムの天使》(右)《トロイアの城壁に立つヘレネ―》(左)


第6章 歴史

この章の圧巻、そしてこの展覧会の圧巻はポール・ドラローシュの《レディ・ジェーン・グレイの処刑》。

ここでふたたび中野京子さんにご登場いただきます。
この作品を借りるのに相当苦労されたとのこと。
「この作品が来なければ今回の展覧会はやらないと考えていました。」と中野さん。

イギリス王室内の権力闘争に巻き込まれ、女王に即位したもののわずか9日でその座を追われ、処刑される16歳の少女ジェーン・グレイ。
実際に処刑は戸外で行われ、ドレスも黒いものを着用してたようですが、作者のドラローシュは演劇的効果を上げるため舞台を屋内に置き換え、若さと無実の象徴として白いドレス姿のジェーンを描きました。

処刑を前に取り乱すことなく凛とした態度で自分の宿命を受け入れるジェーン・グレイ。この絵の前に立つと、絵の大きさだけでなく、絵のもつ力、絵が訴えかけてくる力に圧倒されました。

作品解説をしていただいた中野京子さん

こちらは会場を出たところにある撮影コーナー。
魔女キルケ―の後ろは鏡になっていて、オデュッセウスでなく自分自身が写る仕掛けになっています。
さてあなたは魔女キルケ―の誘惑に勝てるか?



それぞれの作品の背景を知れば知るほど怖さが増してくるとても不思議な展覧会です。
静かな口調で語りかける女優・吉田羊さんの音声ガイドも参考になります。

間違いなくこの秋おすすめの展覧会です。
「怖い絵展」は2017年10月7日(土)から12月17日(日)まで上野の森美術館で開催しています。
展覧会の詳細はオフィシャルホームページをご参照ください。

http://www.kowaie.com/