2023年11月27日月曜日

上野アーティストプロジェクト2023 東京都美術館「いのちをうつすー菌類・植物・動物・人間」

今年で7回目を迎えた「上野アーティストプロジェクト2023」のテーマはいきもの
東京・上野公園の東京都美術館では「いのちをうつすー菌類、植物、動物、人間」が開催されています。

美術館前の看板


今回登場するのは、私たちの身の回りに生きるある特定の「いきもの」を「うつす」ことにこだわった6人のアーティストたち。そしてこだわった対象は、きのこ、植物、鳥、牛、馬、ゴリラとさまざま。
展示されている作品からはどれも作者の愛情が伝わってきて、自然と心が和んでくるとても心地よい雰囲気の展覧会です。

展覧会開催概要


会 期:2023年11月16日(木)~2024年1月8日(月・祝)
会 場:東京都美術館 ギャラリーA・C
休室日:2023年12月4日(月)、12月18日(月)、12月21日(木)~2024年1月3日(水)
開室時間:9:30~17:30(入室は閉室の30分前まで)
夜間開室:2023年12月1日(金)、12月8日(金)は9:30~20:00(入室は閉室の30分前まで) 
観覧料:一般500円、65歳以上300円、学生以下無料
※展覧会の詳細、展覧会関連イベント等については展覧会公式サイトをご覧ください⇒上野アーティストプロジェクト2023 いのちをうつす ー菌類、植物、動物、人間


「いのちをうつす」展ポスター

※一部撮影不可のエリアがあります。撮影の注意事項等は会場内でご確認ください。

※12月10日まで開催中の特別展「永遠の都ローマ展」のチケット提示で入場無料になります。
「永遠の都ローマ展」の紹介記事も書いてます。奇跡の来日を果たした《カピトリーノのヴィーナス》は東京展のみの展示です。ぜひこちらもご覧ください⇒永遠の都ローマ展
⇒東京展は終了しました。


それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。


最初にご紹介するのは、本にきのこの挿絵を描いたのがきっかけできのこに興味を持ち、きのこにこだわって描き続けた小林路子さんの作品です。

今回は、今まで小林さんが描いた850点以上の作品の中から、未発表作品を含む36点が展示されいていて、ご覧のように、きのこの特徴や地面の苔や落ち葉まで細かく描かれた作品が並ぶ様はまさに「きのこ博物館」。



そして、小林さんご本人の軽妙な解説もそれぞれの特徴をとらえていて、とてもわかりやすかったです。

いくつか解説を抜粋して例を挙げると・・・

ヤナギマツタケ
「街路樹から出ることもある。一方、深山や高山ではまだ見ない。都会派なのだろうか。」
ドクツルタケ
「全身純白の致命的猛毒きのこ。味もよいというのが恐ろしい。」

そして上の写真の《アメリカウラベニイロガワリ》は、「色のインパクトが凄いイグチ。触った所が瞬時に濃青色に変わるのでよけいに毒々しい。出ていても採る人もない。だが、このきのこは食用になる。きのこは外見だけでは判らない。」
(イグチとはカサの裏側がひだ状でなく、多くの孔が集まった「管孔」という形状をしているのが特徴のきのこの一種)

きのこそのものも「いのち」ですが、日々の食卓にのぼり、私たちの「いのち」を育む食用きのこもあれば、私たちの「いのち」を奪うこともある猛毒きのこもあって、先人たちは外見だけでは毒があるか判らないきのこを、きっと大きな犠牲を払いながら見分けていたのだろうなどと考えながら、いつのまにか小林さんの「きのこワールド」に引き込まれていきました。


続いては、明治末から昭和にかけて活躍した西洋画家の辻永(つじひさし)さん(1884-1974)の植物のスケッチ。
戦前の帝展や戦後の日展の審査員などを務め、油彩画を制作するかたわら、少年時代から植物を愛好し、日々出会った植物を描くことを続けた辻さんは生涯2万点以上描いたとされ、今回の展覧会では、現在残されている4500点を所蔵する水戸市立博物館から97点が展示されています。


展示風景


作品は年代順に展示されていて、キャプションにはそれぞれの植物画に書き込まれた写生年月日や場所、辻氏がのちに編纂した『万花図鑑』などの作品解説の抜粋が掲載されているので、描かれた時代背景などを思い浮かべながら作品を楽しむことができます。

例えば、せいようにんじんぼく「1943年7月27日 中村研一君宅よりのものを写した。」、ふくりんじんちょうげ「1937年6月5日 岡田三郎助邸において写生したものである。」からは同時代の洋画家たちとの交流がうかがえ、のげし「1944年4月21日 戦争たけなわの折、省線目黒駅付近の土手にはえてるものを写した。」からは戦時中の緊張感が伝わってきました。(実際に翌年5月には空襲で渋谷の自宅が焼失しています。)

ほかにも東京都美術館のある上野公園で写生した植物もあるので、展覧会を見たあとに上野公園を散策してみてはいかがでしょうか。


展示風景


先ほどのきのこの作品のエリアにも展示されていましたが、辻永さんの油彩画の向かいに鳥の彫刻が見えてきました。

展示風景


こちらは日本バードカービング協会の会長を務め、バードカービングによる鳥類保護に取り組んでいる内山春雄さん(1950-)の作品。
これらはFRPで型抜きしてアクリル絵の具で彩色したもので、作品として飾るだけでなく、同じ型を使って製作されたデコイ(模型)が鳥を繁殖地へと誘導する保護活動に使われるなど、鳥獣保護の活動に役立っているのです。


展示風景


そして内山さんがもう一つ意欲的に取組んでいるのが、目の不自由な人たちに鳥の姿かたちを知ってもらうための「タッチカービング」の活動です。


展示風景

展示の最後のエリアでは、実際に作品に触って、触感でそれぞれの鳥の姿かたちを実感することができます。
それだけでなく、その場で貸出しているタッチペンを台座の左下の穴に差し込むとその鳥の鳴き声を聞くことができるので、ぜひお試しください。

ヤンバルクイナがかなりけたたましい声で鳴くことは初めて知りました。

内山春雄 タッチカービング《ヤンバルクイナ》
2023年 作家蔵


写真家 今井壽惠さん(1931-2009)のとの出逢いは衝撃的でした。
タクシー乗車中に交通事故に遭い一時的に視力を失い、視力が回復して最初に見た映画が「アラビアのロレンス」。そこでスクリーンに映し出される馬たちの生命力に魅せられたのが、その後馬を対象とするきっかけになったのです。



展示風景

今井さんの作品には、競走馬がレースで走る場面もありますが、自然の中の牧場で躍動する姿を撮った作品も多く、水しぶきを上げて疾走する馬の集団や、夕陽を背景にシルエットのように浮かぶ馬の作品など、幻想的な光景に思わず見入ってしまいました。

展示風景



木版画家の冨田美穂さん(1979-)がモチーフとしているのは
武蔵野美術大学在学中に北海道の酪農牧場でアルバイトをした時に、初めて牛に身近に接したことが衝撃として残り、それが、牛をモチーフにした木版画を制作するきっかけだったのです。


展示風景


冨田さんの作品には背景は描かれず、牛だけが描かれ、それも前から横からとさまざま。
中にはこちらをじっと見つめている牛もいて、思わず「私たちのために乳製品をありがとう。」と拝みたくなる作品もあります。

《701全身図》の牛は横目でちらりとこちらを見てますね。

冨田美穂《701全身図》2018年 作家蔵


冨田さんのすごいところは、北海道に移住し、酪農業に従事し、同時に木版画の制作を行うようになったこと。だからこそ、私たち人間の「いのち」ために生きる動物への愛情がひしひしと感じられるのです。


画家の阿部知暁さん(1957-)がこだわって描くのはゴリラ

絵の制作に迷いがあった時期、自分が好きなものは何かと考えた時に頭に浮かんだのが、子どものころ、檻の中にいた小さなゴリラに笑われた経験。
それから日本各地や海外の動物園、さらにはアフリカでは野生で暮らすゴリラを訪ねてゴリラを描き続け、現在では「ゴリラ作家」と呼ばれるようになったのが阿部さんでした。


阿部さんの《座るブルブル》もカンヴァスに描いた油彩画なのですが、何となく日本画のテイスト、特に琳派のテイストが感じられるのは気のせいでしょうか。

阿部知暁《座るブルブル》1994年 作家蔵

ところが、実は気のせいではありませんでした。上野動物園のゴリラ・ブルブルの背景はなんと日本画の屏風などで見られる金箔を貼っているのです。

もちろん金箔の屏風は琳派以前からありますが、そこに体格のいいゴリラが描かれていると、俵屋宗達、尾形光琳、酒井抱一と続く《風神雷神図屏風》の系譜を連想してしまうのです。

ほかにもゴリラに長年接してきた阿部さんらしく、一頭一頭表情もしぐさも違う個性的なゴリラたちの姿が楽しめました。

展示風景


阿部さんは「ゴリラが胸をたたくわけ」というゴリラの絵本の挿絵も手掛けていて、その原画と絵本のストーリーが展示されているので、ぜひこちらもじっくりご覧いただきたいです。

展示風景


展示作品のカラー図版や詳しい解説が掲載された展覧会公式図録(税込1,800円)も好評発売中です。






コレクション展「動物園にて 東京都コレクションを中心に」同時開催中!

都立の博物館、美術館のコレクションを展示するコレクション展の今回のテーマは、「いのちをうつす」展との関連で、東京都美術館に隣接する日本最古の「動物園」上野動物園に焦点を当てる「動物園にて 東京都コレクションを中心に」



展覧会開催概要

会 期:2023年11月16日(木)~2024年1月8日(月・祝)
会 場:東京都美術館 ギャラリーB
休室日:2023年12月4日(月)、12月18日(月)、12月21日(木)~2024年1月3日(水)
開室時間:9:30~17:30(入室は閉室の30分前まで)
夜間開室:2023年12月1日(金)、12月8日(金)は9:30~20:00(入室は閉室の30分前まで) 
観覧料:無料
※撮影不可




どちらも、あらためて「いのち」の大切さに気付かせてくれる展覧会です。
「いのちをうつす」展も、コレクション展「動物園にて」もぜひあわせてご覧ください!

2023年11月2日木曜日

上野の森美術館 「モネ 連作の情景」

東京・上野公園の上野の森美術館では「モネ 連作の情景」が開催されています。

美術館前看板

印象派の画家の中でも日本で特に人気の高いモネ(1840-1926)の展覧会は今までも開催されていますが、今回のモネ展は国内外40館以上の美術館から60点を超えるモネの代表作が大集結した「100%モネの展覧会」
そして、この展覧会の大きなこだわりは「連作」
普段は別々の美術館に所蔵され展示されている〈積みわら〉〈睡蓮〉などのモティーフを時間などを変えて繰り返し描いたモネの連作をまとまって見ることができる絶好のチャンスです。さらに普段はあまりなじみのない「印象派以前」のモネの作品も展示されているので、画家の生涯をたどることもできるのです。

それでは開会前に開催されたプレス内覧会に参加しましたので、展示の様子をさっそくご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


会 期  2023年10月20日(金)~2024年1月28日(日)
休館日  2023年12月31日(日)、2024年1月1日(月・祝)
開館時間 9:00~17:00(金・土・祝日は~19:00) 
     ※入館は閉館の30分前まで
会 場  上野の森美術館
入館料(税込) 日時指定予約推奨   
平日(月~金) 一般2,800円/大学・専門学校・高校生1,600円/中学・小学生1,000円
土・日、祝日 一般3,000円/大学・専門学校・高校生1,800円/中学・小学生1,200円
チケットの購入方法、展覧会の詳細等については展覧会公式サイトをご覧ください⇒モネー連作の情景


巡回展情報
 大阪展  大阪中之島美術館 2024年2月10日(土)~5月6日(月・休)
 *東京展、大阪展で出品作品が一部異なります。


展覧会公式図録には東京展、大阪展に出品される全75点すべてのカラー図版に加え、詳細なコラムや作品解説、年譜、関連年表も掲載されています。
モネの旅路の追体験ができる究極の一冊です。

展覧会公式図録


展示構成
 1章 印象派以前のモネ
 2章 印象派の画家、モネ
 3章 テーマへの集中
 4章 連作の画家、モネ
 5章 「睡蓮」とジヴェルニーの庭

※展示室内は一部を除き撮影禁止です。掲載した写真は内覧会で美術館より許可を得て撮影したものです。


展示室内で最初にお出迎えしてくれるのは、モネが後半生をすごしたジヴェルニーの自邸の「睡蓮の池」。



壁面に映されているのは実際の「睡蓮の池」で撮影された映像で、すぐに「モネの世界」に入り込んだ気分になりますが、それだけでなく床面の一部には触覚提示技術Haptics(ハプティクス)を搭載したソニーの「Active Slate(アクティブスレート)」が設置されていて、人の歩行にあわせた多彩な振動フィードバックによって水の上を歩くような感覚を体験することもできるのです。
※会場内にある「体験前の注意事項」をご確認ください。


モネがサロン(官展)に落選したことをきっかけに新たな境地を切り開いたことはよく知られていますが、「1章 印象派以前のモネ」にはまさにそのサロンで落選して、モネにとっての転機となった大作《昼食》が展示されています。 

「1章 印象派以前のモネ」展示風景
中央がモネ《昼食》1868-69年
 シュテーデル美術館、フランクフルト

当時のサロンは画家にとっての登竜門でした。
渾身の自信作《昼食》が落選したので大きく落ち込んでしまったモネですが、その後、サロン落選を経験したルノワール、ピサロ、ドガら仲間たちとグループを結成して1874年に開催したのが「第1回印象派展」でした。


「2章 印象派の画家、モネ」には、第1回から1886年の第8回まで開催された「印象派展」(※)とほぼ同時期の、「印象派の画家」としての歩みを始めた頃のモネらしい、パリ郊外ののどかな風景が描かれた作品が続きます。
(※)モネは第1回~第4回、第7回の5回のみ参加。

「2章 印象派の画家、モネ」展示風景


ここである考えがふと頭の中に浮かんできました。
歴史に「もし」は禁物と言われますが、もし《昼食》がサロンに入選して、その後、サロンの常連として順風満帆な人生を歩んでいたら、「印象派」という言葉も、モネの名作も生まれていなかったのかもしれません。

ご存じのように「印象派」は、「第1回印象派展」にモネが出品した《印象、日の出》(パリ、マルモッタン美術館蔵)が批評家に酷評されたことからモネたちのグループが「印象派」と呼ばれるようになったのですが、もしモネが《印象、日の出》を描かなかったら、このグループは何と呼ばれていたのでしょうか。

「2章 印象派の画家、モネ」展示風景


続いて今回のサブタイトルにある「連作」の兆しが見えてくる「3章 テーマへの集中」へ。

「印象派の画家」モネは、新たな画題を求めてノルマンディー地方のル・アーブルやエトルタ、地中海沿岸のマルセイユからイタリアのボルディゲラはじめヨーロッパ各地を旅して、海岸の風景を描きました。

「3章 テーマへの集中」展示風景


海岸を描いた作品の中でも特にモネらしさが感じられるのは、ノルマンディー地方のプールヴィルや象の鼻の形をしたアヴァルの門で知られるエトルタなどの荒々しい波が押し寄せる断崖絶壁の風景ではないでしょうか。

「3章 テーマへの集中」展示風景


そして「4章 連作の画家、モネ」からはいよいよ連作の始まりです。

モネが体系的に「連作」の手法を実現したのは〈積みわら〉が最初であると考えられています。
フランスの収穫期の田園風景が描かれている〈積みわら〉ですが、ここにもジャポニズムの影響が見られるのです。意外かもしれませんが、この積みわらの形は歌川広重(初代)の人気シリーズ《東海道五拾三次之内 鞠子 名物茶屋》のとろろ汁の茶店の藁ぶき屋根から影響を受けたものなので、〈積みわら〉の作品を見ると条件反射的に鞠子宿で食べたとろろ汁の味わいを思い出してもう一度食べたくなってくるのです。
(おそらくモネさんはとろろ汁は食べたことはないでしょうが。)

「4章 連作の画家、モネ」展示風景

とろろ汁はともかく、〈積みわら〉の作品を見て思い浮かべるのが抽象絵画の先駆者カンディンスキー。
1896年、モスクワで開催された「フランス美術展」でモネの〈積みわら〉の作品を見たカンディンスキーは自然の光を採り入れた明るく自由な色遣いに大きな衝撃を受けて、モスクワでの法学者としてのキャリアを投げうってパリと並んで芸術の都だったミュンヘンに飛び出していったのです。カンディンスキー30歳の時でした。
その後、カンディンスキーは前衛的な芸術家集団「青騎士」に加わり、その後、バウハウス教授を務めるなどして数多くの名作を残しました。

歴史に禁物の「もし」を繰り返しますが、《昼食》が入選してモネが〈積みわら〉の連作を描かなければ、カンディンスキーの抽象絵画は生まれなかったのかもしれません。

そんなことを考えながら先に進むと、モネがたびたび訪れたロンドンの〈ウォータールー橋〉の連作が見えてきました。

ここから先は撮影禁止のマークのある作品以外は撮影ができます。撮影については会場内の注意事項をご確認ください。

「4章 連作の画家、モネ」展示風景



そして、展示の最後には、冒頭で体験したジヴェルニーの庭をモネが描いた〈睡蓮〉の連作が展示されていて展覧会のクライマックスを迎えます。


「5章 「睡蓮」とジヴェルニーの庭」展示風景


印象派以前のモネの作品に始まり、モネの画業をたどりながら、モネが繰り返し描いた〈積みわら〉や〈睡蓮〉などの連作をはじめとした名品がまとまって見られる絶好のチャンスです。
ぜひこの機会に新たなモネを発見してみてはいかがでしょうか。