2025年8月3日日曜日

東京国立博物館 特別展「江戸☆大奥」

東京・上野公園の東京国立博物館 平成館では特別展「江戸☆大奥」が開催されています。

 
東京国立博物館 平成館前のパネル

大奥とは、かつて江戸城の中にあった、将軍の夫人である御台所(正室)や側室の居所で、その生活を支える女中たちが住み、将軍以外の男性は入ることができない男子禁制、政治に介入することは禁止されていても、実際には大きな影響を及ぼすことも少なくなかったというというミステリアスな空間でした。

今回の特別展では、庶民にとっては江戸時代からあこがれの場所でありながら江戸城の奥深く隠された世界でしたが、明治になってから錦絵などで内部の様子を垣間見ることができた大奥の全貌が令和の世になってようやく明らかにされるというとてもワクワクする展覧会です。

それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要


会 期  2025年7月19日(土)~9月21日(日)
開館時間 午前9時30分~午後5時
 ※毎週金曜、土曜、8/10(日)、9/14(日)は午後8時まで
 ※入館は閉館の30分前まで
休館日  月曜日 ※ただし、8/11(月・祝)、9/15(月・祝)は開館
観覧料(税込) 一般 2,100円、大学生 1,300円、高校生 900円
 ※中学生以下、障がい者とその介護者1名は無料、入館の際に学生証、
  障がい者手帳等の提示が必要。

展覧会の詳細等については展覧会公式サイトをご覧ください⇒特別展「江戸☆大奥」公式サイト 
  
※展示室内は一部を除き撮影不可です。掲載した写真は報道内覧会で主催者の許可を得て撮影したものです。
※会期中、一部の作品は展示替え等があります。展示期間は次の通りです。
  前期 7月19日(土)~8月17日(日)
  後期 8月19日(火)~9月21日(日)
※展示期間の表記のない作品は全期間展示されます。     

展示構成
 第1章 あこがれの大奥
 第2章 大奥の誕生と構造
 第3章 ゆかりの品は語る
 第4章 大奥のくらし


展示室に入ってはじめに驚いたのは、いきなり江戸城の中に入ったのではないかと思えるほどの臨場感でした。

展示風景

ここには、2023年にNHKで放送されたドラマ10「大奥」の撮影で使用された御鈴廊下のセットが一部再現されていて、キャストが実際に着用した衣装が展示されています。
将軍が住む中奥と大奥を結ぶ御鈴廊下の前を通り、登城の太鼓の音が響く中、お濠にかかる橋を眺めながら先に進むと、いやがうえにも大奥に入っていくんだという気分が盛り上がってきます。


展示風景

第1章 あこがれの大奥

大奥がいくら庶民のあこがれであっても、さすがに江戸時代には幕府の出版統制で公に描くことは許されませんでした。そのため浮世絵に大奥が描かれるようになったのは明治期に入ってからのことでした。

若い頃から歌川国芳をはじめ歌川派の絵師に師事し、幕末期には旧幕府軍に加わり戊辰戦争を戦ったという異色の経歴をもち、明治時代に活躍した浮世絵師、楊洲周延(1838-1912)が江戸城大奥での女性たちのくらしを描いた全40図の揃物《千代田の大奥》はとてもカラフル。全40図をすべて全期間見ることができるのは、今回の特別展の大きな見どころの一つです。

『千代田の大奥』 楊洲周延筆 明治27~29年(1894~96)
東京国立博物館蔵
 

第二章 大奥の誕生と構造

大奥の基礎を作ったのは、三代将軍徳川家光(1604-51)の乳母・春日局(1579-1643)でした。


春日局坐像 江戸時代(17世紀) 京都・麟祥院(京都市)蔵

二代将軍徳川秀忠の後継問題で、春日局が駿府の大御所家康に直訴して家光の世嗣に大きな役割を果たしたことはよく知られていますが、家光が将軍になると、御台所、側室や、そこに仕える女中たちの序列を整えるなど、大奥を統率し、内外に絶大な権勢を振るったのでした。

さて、気になる男子禁制の大奥ですが、江戸城のどこにあったのでしょうか。

江戸城本丸大奥総地図 江戸時代 19世紀 東京国立博物館蔵

なんと大奥は、現在の皇居東御苑、天守閣があった天守台の前に広がっていたのです。
今まで何回も季節ごとに散策していた東御苑ですが、ここに大奥があったとは今まで全く意識していませんでした。

大奥に住んでいた女中たち中でも最高の地位にあった御年寄は、権力も財力もほしいままにしたかわりに、生涯結婚することもなく、大奥の情報を表に出さないために生涯を江戸城内で過ごす運命にありました。
ところが中には、七代将軍徳川家継の生母・月光院に仕えた絵島(1681-1741)のように流罪となって幽閉生活を送った御年寄もいたのです。
時は正徳4年(1714)、増上寺、寛永寺に代参した帰りに歌舞伎を見て、宴席に興じたことから門限を破り、歌舞伎役者生島新五郎との恋愛沙汰の嫌疑がかけられ信州伊那の高遠藩に流され、そこで27年間を過ごし1741年に61歳の生涯を閉じました。
これが世にいう「絵島生島事件」。
ここに展示されている『絵島没後取調覚書』(長野・蓮華寺(伊那市)蔵)には、絵島が番人に見張られた窮屈な生活が記載されています。

展示風景


また、大奥最後の将軍付き御年寄・瀧山(1805-76)は、江戸城開城後に現在の埼玉県川口市に移り、そこで生涯を終えました。
こちらは瀧山の墓所・錫杖寺(川口市)に伝わる、瀧山所用とされる乗物(※)が残されています。
乗物の中には同じく瀧山所用とされる草履も残されているので、お見逃しなく。
※江戸時代には、同じ構造でも庶民が使用する簡易なものは「駕籠」、上位の人びとが乗る高級品を「乗物」と区別していました。

女乗物 瀧山所用 江戸時代 19世紀
埼玉・錫杖寺(川口市)蔵


第3章 ゆかりの品は語る
     

女性が婚姻によって富貴な身分を得ることを「玉の輿」と言いますが、その由来となったのが三代将軍家光の側室で、のちに五代将軍綱吉を生み育てた桂昌院(お玉の方、1627-1705)。
綱吉所用とされる長裃も展示されています。少し小さめの長裃ですが、綱吉は小柄だったようです。

展示風景

桂昌院とは反対に度重なる不幸に見舞われたのが浄岸院(竹姫、1705-72)でした。綱吉の養女となった竹姫は、江戸城で養育され、2度婚約しますが、どちらも婚約者が亡くなってしまったのです。
その竹姫によって奉納されたのが、東京・祐天寺の阿弥陀堂本尊の《阿弥陀如来坐像》です。
《阿弥陀如来坐像》の手前には、阿弥陀堂改修時に床下から発見された、竹姫のものとされる毛髪と鏡も展示されています。

阿弥陀如来坐像及び附属品 小堀浄運作、浄岸院(竹姫)奉納
享保8年(1723) 東京・祐天寺(目黒区)蔵

そして、豪華絢爛な掛袱紗は、綱吉が側室・瑞春院(お伝の方、1658-1738)へ、年中行事の祝い事にあわせた贈り物に掛けられていたと伝わるもので、前期後期で31枚すべてが展示されます。
この貴重な機会をお見逃しなく!

展示風景


第4章 大奥のくらし

女性だけの閉ざされた世界ではどのような生活が営まれていたのでしょうか。
大奥に迎え入れられた正室たちの贅を尽くした婚礼調度からそのきらびやかさが伝わってきます。

五代将軍綱吉の正室・浄光院(鷹司信子、1651-1709)が輿入の際に用いたと伝わる女乗物は、それ自体が蒔絵の名品といえる最高級品です。
それが露出展示されているので、葵紋や牡丹紋をくっきりと見ることができます。

竹葵牡丹紋散蒔絵女乗物 浄光院(鷹司信子)所用
江戸時代 寛文4年(1664) 東京国立博物館蔵

今回の展示では大奥の女性たちの衣装が壁一面に展示されている壮観な光景が見られますが、実際に衣装を着ているときの姿がマネキンで再現されているのも見どころの一つです。


展示風景


静寛院宮(和宮、1846-77)や天璋院(篤姫、1836-83)が用いたかるたや雛人形、楽器などから、日々の生活やあそびをうかがい知ることができますが、珍しいのは和宮が所持していたと伝えられる小さな人形や器、貝殻やタツノオトシゴなどの手廻り小物でした。
短い結婚生活ではありましたが、和宮と夫の十四代将軍・徳川家茂(1846-66)は大奥で玩具類を通じて語らいあったという、ほほえましい記事が残されています。


和宮手廻り小物 静寛院宮(和宮)所用 江戸時代 19世紀
東京・公益財団法人 徳川記念財団


江戸時代の娯楽として人気のあった歌舞伎は、大奥にいる女性たちにとっても気になるところでしたが、歌舞伎を見て門限を破った絵島のように厳しく罰せられることもありましたが、十一代将軍徳川家斉(1773-1841)の時代には大奥の中で歌舞伎が演じられました。
歌舞伎といっても大奥の中ですから、演じたのは女性。歌舞伎役者のお狂言師・坂東三津江が家斉の妹の蓮性院ほかの前で演じたと伝えられる衣装は、さすが大奥、豪華絢爛そのものです。

展示風景


大奥の展覧会ですので、グッズも彩り豊か。ぜひ、特設ミュージアムショップにもお寄りください。

特設ミュージアムショップ


特別展「江戸☆大奥」の全作品の魅力を余すところなく収めた公式図録も見応えあります。
『千代田の大奥』に登場する女性たちを散りばめた、華やかで煌びやかなデザインの表紙が際立っています。

特別展「江戸☆大奥」公式図録

今まで厚いヴェールに包まれていた大奥の真の姿が見られる展覧会です。
この夏、江戸時代にタイムスリップした気分になってみませんか。

2025年7月30日水曜日

根津美術館 企画展「唐絵 中国絵画と日本中世の水墨画」

 東京・南青山の根津美術館では企画展「唐絵 中国絵画と日本中世の水墨画」が開催されています。

展覧会チラシ

今回の企画展は、7600件を超える根津美術館のコレクションの中から、国宝や重要文化財を含む中国絵画や日本中世の水墨画の名品が展示される超豪華な内容の展覧会です。

それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


会 期  2025年7月19日(土)~8月24日(日)
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日  毎週月曜日 ただし8月11日(月・祝)は開館、翌火曜日休館
入館料  オンライン日時指定予約 一般 1300円、学生 1000円
     *当日券(一般 1400円 学生 1100円)も販売しています。同館受付でお尋ね
                        ください。
      *障害者手帳提示者および同伴者は200円引き。中学生以下は無料。
会 場  根津美術館 展示室1・2・5

展覧会の詳細、オンライン日時指定予約、スライドレクチャー等の情報は同館公式サイトをご覧ください⇒根津美術館          

*展示作品は、すべて根津美術館の所蔵です。
*展示室内及びミュージアムショップは撮影禁止です。掲載した写真は記者内覧会で美術館 
 より特別に許可を得て撮影したものです。

展示構成
 「唐絵」の源流 宋元画
 明時代の「唐絵」
 周文とその弟子たち
 花鳥画と草虫画
 小田原の狩野派と雪村
 祥啓と関東の水墨画


さて、そもそも「唐絵(からえ)」とはどういったものなのでしょうか。
「唐絵」とは、遣唐使が停止されたのちに、日中間の交易が再び盛んになった中世以降、様々な交易品とともに中国から輸入された文物に含まれたもののうち、中国の画院で描かれた院体画や、牧谿ら画僧による水墨画などの名品のことで、とりわけ足利将軍家をはじめとする武家の間で尊ばれました。

企画展「唐絵」展示風景


今回の「唐絵」展 の大きな見どころは、院体画と画僧による水墨画という唐絵の二つの流れのそれぞれを代表する国宝の作品が展示されていることです。

そのうちの一つ、国宝《鶉図》は、右手前に向って今にも一歩踏み出そうとしている鶉の頭から羽にかけては描線で硬めに、腹は彩色でやわらかく表現して立体感を出すという典型的な南宋時代の院体画の特徴を備えた作品なのです。


     国宝 鶉図 伝 李安忠筆 中国・南宋時代 1213世紀 根津美術館蔵



そして、この作品は足利将軍家の宝物・東山御物の一つで、右上には第六代将軍・足利義教の鑑蔵印「雑華室印」が捺されていることにも注目したいです。


唐絵のもう一つの流れは、禅僧たちが主に水墨で描いた仏教主題や花鳥画などの世俗的な主題の禅宗絵画です。


企画展「唐絵」展示風景


中国では評価が高くなかったのですが、日本では足利将軍家はじめ将軍家や大名に特に珍重されたのが中国・宋末元初の画僧、牧谿。
およそ3年にわたる修理ののち初めて公開された牧谿筆の国宝《漁村夕照図》は、以前より画面全体がくっきりとしたように感じられました。画面左上の山の間に沈もうとする太陽の光がゆらめきながら画面右の漁村を照らしているのがよくわかるので、近くでぜひご覧いただきたいです。

       漁村夕照図 牧谿筆 中国・南宋時代 13世紀 根津美術館蔵


牧谿の「瀟湘八景図巻」は、室町時代に第三代将軍・足利義満の指示によって座敷飾りとするために切断され、江戸時代には諸家が分蔵していましたが、第八代将軍・徳川吉宗がそれらを一堂に集め狩野古信に模写させました。
今回の企画展では、幕末明治期に活躍した狩野則信が狩野古信の模本をさらに模写した作品も展示されています。

牧谿筆瀟湘八景図摸本 狩野則信筆
 日本・江戸~明治時代 19世紀 根津美術館蔵
 
模本の模本とはいっても、さすが江戸幕府の御用絵師集団・狩野派の中でも格式が高い表絵師十五家の一つ芝金杉片町狩野家の当主を務めた則信だけあって、牧谿が表現した空気感が見事に再現されています。
それにしても、この模本は牧谿が制作した時と同じく巻物形式なので、瀟湘八景のほかの図もどのような出来ばえなのか気になるところです。


中国から入ってきた唐絵は日本で手本とされ、それらに倣った和製の唐絵も多数制作されました。
「唐絵」展のもう一つの大きな見どころは、「和製唐絵」の名品も数多く見られることです。


企画展「唐絵」展示風景

「和製唐絵」の代表格のひとりが周文。
室町時代中期の画僧・周文は、相国寺の禅僧で、のちに室町幕府の御用絵師になり、日本の水墨画様式の基礎を築き、雪舟の師とされるにもかかわらず生没年不詳で、印や款記もないので確実に周文筆とされる作品がないという、有名なわりには謎の多い絵師なのです。
それでも伝周文とされる作品はどれも詩情豊かな名品ばかりで、「唐絵」展でも重要文化財《江天遠意図》、《柳下垂竿図》が展示されています。

ここにご紹介するのは、重要文化財《江天遠意図》。
俗世間を離れ、画面手前左の茅屋から右側の遠くに浮かぶ島を日がな一日眺めていたいと思わせてくれる、とてもいい雰囲気の作品です。

重要文化財 江天遠意図 伝周文筆 大岳周崇ほか十一僧賛
日本・室町時代 15世紀 根津美術館蔵

絵の上部には文字がびっしり書かれていますが、これは禅僧たちが絵にちなんで詠んだ漢詩文で、このような掛軸のことを詩画軸といって、応永年間(1394~1428)に流行しました。


拙宗等揚とは誰?と思われるかもしれませんが、のちに名を改め水墨画の名作の数々を生み出した雪舟その人のことです。
《山水図》では、画面右下の楼閣に座る高士が画面左上の遠くに見える山を眺めるモチーフや対角線構図が、中国・南宋時代の馬遠、夏珪に始まり、周文系の山水画に連なる流れを汲んでいることがわかります。


山水図 拙宗等揚筆 日本・室町時代 15世紀
根津美術館蔵 小林中氏寄贈

今回の「唐絵」展では、関東で活躍した絵師たちの作品も多く見ることができます。

企画展「唐絵」展示風景


室町時代後期の画僧で、常陸(茨城県)に生まれ、会津、小田原、鎌倉など東北、関東の各地を遍歴した雪村もその一人。
雪舟に私淑し、宋元絵画の影響も受けながら大胆な筆さばきで迫力のある独自の画風を確立した、これぞ雪村!といえる作品が《龍虎図屏風》。
目の前に立つと、吹き飛ばされそうな強い風が感じられてきます。


龍虎図屏風 雪村周継筆 日本・室町時代 16世紀
根津美術館蔵

今まで1階の展示室1、2の作品をご紹介してきましたが、今回の「唐絵」展は2階の展示室5にも続きます。

企画展「唐絵」展示風景

2階の展示室5は丸ごと「祥啓と関東の水墨画」。
祥啓とは鎌倉・建長寺の画僧・賢江祥啓のことで、書記を勤めていたので啓書記とも呼ばれた室町時代を代表する水墨画家です。
祥啓のほかにも鎌倉や関東ゆかりの水墨画が展示されている中、最初にご紹介するのは、重要文化財指定後初公開の《披錦斎図》。

    重要文化財 披錦斎図 宗甫紹鏡ほか六僧賛

 日本・室町時代 寛正5年(1464根津美術館蔵


これは鎌倉・円覚寺の少年僧を慕う人物が、夢に見た美しい書斎の光景をその少年僧に贈ろうと「画師」に描かせたもので、円覚寺黄梅院の宗甫紹鏡ほか鎌倉の文筆僧たちが賛を書いた詩画軸の名品です。
一見するとモノトーンのようにも見えますが、近くで見ると画中の木々が白・赤茶・緑で淡く彩られているのがわかります。

師弟の水墨画が並んで展示されていました。
下の写真右は、祥啓が京で絵画修行を行っていた時の師・芸阿弥が、修行を終えて鎌倉に戻る祥啓に与えた重要文化財《観瀑図》。左は祥啓山水画の最高傑作で同じく重要文化財の《山水図》。


右 重要文化財 観瀑図 芸阿弥筆 日本・室町時代 文明12年(1480)
左 重要文化財 山水図 賢江祥啓筆 日本・室町時代 15世紀
どちらも根津美術館蔵

そして、この《観瀑図》は、足利将軍家の同朋衆として絵画関係業務を司った芸阿弥の現存唯一の作例で、祥啓や、同じく展示室5に展示されている祥啓の後継者、祥孫や祥宗などの作品からうかがうことができる鎌倉をはじめとした関東画壇への影響の大きさからみても絵画史的意義がとても大きいことがわかります。


同時開催 テーマ展示


展示室4 古代中国の青銅器 青銅鏡展示 太平の大空を駆ける 鳳凰

展示室4の青銅鏡展示は、「唐絵」展にちなんで美しい線描で鳳凰が描かれた北宋時代の鏡はじめ鳳凰がテーマの青銅鏡が展示されています。

展示室4展示風景


展示室6 涼みの一服

展示室6には、猛暑の折にふさわしく、口が大きく開いていることから茶が冷めやすい青磁の平茶碗はじめ、涼しさが感じられる茶道具が展示されています。


展示室6展示風景


季節ごとに折々の草花で私たちを楽しませてくれる庭園に新たな仲間が加わりました。
庭園の池に植えられた蓮に花やつぼみが付いているのが見られます。これから成長してたくさんの花を咲かせるのを楽しみにしたいです。


庭園の蓮


「唐絵」展を機会に新たに出版された「根津美術館 新蔵品選」の第9冊『中国絵画・中世絵画』は、「唐絵」展出品の絵画作品すべてをはじめ、全133件が詳しい解説とともに掲載されています。
展覧会図録としても活用できるのでおすすめです。



中国絵画や日本中世の水墨画のファンはもちろんのこと、あまりなじみのない方でも、ひとたび名品の数々を見ればその素晴らしさに魅了されること間違いなし。
どなたにもぜひご覧いただきたい展覧会です。

2025年7月29日火曜日

そごう美術館 Ukiyo-e 猫百科 ごろごろまるまるネコづくし

横浜駅東口・そごう横浜店6階のそごう美術館では、 Ukiyo-e 猫百科 ごろごろまるまるネコづくしが開催されています。

そごう美術館入口パネル

今回の展覧会の主役は、ご覧のとおり、ごろごろ、まるまる、な猫たち。
大の猫好きで知られる幕末期の浮世絵師、歌川国芳をはじめ、江戸時代から明治時代にかけての浮世絵版画147点をとおして猫の生き方や歴史、人との関わりを「猫あるある」を交えて紹介する、とても楽しい展覧会です。

先日、取材に行ってきましたのでさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


会 期   2025年7月19日(土)~9月2日(火) 会期中無休
開館時間  午前10時~午後8時 *入館は閉館の30分前まで
入館料(税込) 一般1,400円、大学・高校生1,200円、中学生以下無料
展覧会の詳細、各種イベント等は公式HPをご覧ください⇒そごう美術館         

※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は取材で主催者より特別に許可を得て撮影したものです。

展示構成
 第1章 猫の姿
 第2章 猫と暮らせば
 第3章 猫七変化
 第4章 おもちゃ絵猫


展示室入口に入ってすぐのパネルは撮影可です。
右上の「いろはにほへと」から左の「ゑひもせす」まで並ぶ「いろはカルタ」は作品を楽しむヒントになるので、展示室内でぜひ探してみてください。




展示室内で最初にお出迎えしてくれるのは、鬼才・河鍋暁斎の暁斎楽画[猫と鼠]ですが、この作品が冒頭に展示されていることには大きな意味がありました。

猫というと、特に家猫は縁側で気持ちよさそうにひなたぼっこをしていたり、人にじゃれつく姿ばかり想像してしまいますが、「第1章 猫の姿」の解説を読んではっとしました。
そうです、かつては鼠退治に重宝されてた猫は「単独行動の待ち伏せ型ハンター」だったのです。一日の多くを睡眠に費やすのも狩りのエネルギーを蓄えるため、熱心に毛づくろいするのも獲物に自分のにおいを消すことが目的だったと考えると、猫を見る目もガラッと変わってきます。    

河鍋暁斎 暁斎楽画[猫と鼠] 明治14年(1881) 個人蔵


展示室入口のパネルに出ていた「いろはカルタ」の「い」を見つけました。
遊廓の2階から外を眺める猫が描かれているのは、歌川広重の人気シリーズ「江戸名所百景」の「浅草田圃酉の町詣」。田圃の真ん中には熊手を持った酉の市詣帰りの人たちの行列が見えます。
猫の視力は人間の10分の1程度ですが、動体視力は4倍もあるそうです。そして猫は縄張り意識が強いので、自らのテリトリーに侵入者が来ないかも監視しているのです。
さすがハンター!

歌川広重 名所江戸百景 浅草田圃酉の町詣 安政4年(1857)
渡邊木版美術画舗蔵



鼠退治で重宝された猫は、江戸時代にはすっかり人々の暮らしになじんで、浮世絵版画でも「猫あるある」の生活の一コマが描かれました。特に女性が猫と戯れる姿は人気があったようです。


展示風景

女性たちと戯れる猫が描かれた作品が展示された明るい雰囲気の展示室の一角に、赤色のバックライトで照らされた怪しげなコーナーが見えてきました。
猫は夜行性で、暗闇の中でも目が光って見えることなどから、江戸時代には「猫は化ける」という伝説が広まりましたが、ここには歌舞伎の演目に登場して人気を得た「化け猫」を演じる歌舞伎役者が描かれた浮世絵版画が展示されています。

展示風景


猫は体が柔らかいことはよく知られていますが、猫の骨の数は、人間200に対して240もあり、靭帯も柔らかく、小さな鎖骨はどの骨ともつながっていないことは初めて知りました。
それも「待ち伏せ型ハンター」である猫にとっては、狭い場所に対応できるように柔軟な体を持つ必要があったからなのです。
そんな猫の特性に注目したのは、多くの猫と一緒に暮らしていた歌川国芳でした。
なんと猫で当て字をつくってしまったのです!

左から 歌川国芳 猫の当字 かつを、猫の当字 なまづ
どちらも天保13年(1842)頃 個人蔵

猫を擬人化するのも歌川国芳の真骨頂。

展示風景

ところがそこには国芳の幕府に対する反骨精神があったのです。
時は天保12年(1841)、老中水野忠邦は幕府の政治・経済改革「天保の改革」で、倹約・風俗粛正を断行し、出版統制も課せられ、歌舞伎役者や遊女の似顔絵を描くことは禁止されてしまいました。
そこで国芳が描いたのは猫になったと仮定した役者の似顔絵。当時の人たちは隈取(メイク)や着物の柄などからどの猫がどの歌舞伎役者だかわかり、大人気だったようです。

右 歌川国芳 猫の百面相[またたび 荒獅子男之助ほか]、
左 歌川国芳 猫の百めんそう[小田原提灯]
どちらも天保12年(1841) 渡邊木版美術画舗蔵


猫の擬人化は、江戸幕末から明治前半にかけて流行した「おもちゃ絵」に引き継がれました。
「おもちゃ絵」には、双六や、厚紙に貼り、切って組み立てるもの、「〇〇づくし」や子どもたちの教育のためのものなど様々なものがありました。


展示風景


「志ん板猫のそばや」ではそば屋の店内の様子が面白おかしく描かれています。
作品に書かれているセリフはくずし字なので読みにくいのですが、右隣のパネルではセリフを活字にしているので、どの猫が何をしゃべっているのかがよくわかります。

四代歌川国政 志ん板猫のそばや 明治6年(1873) 個人蔵 


夏休み期間中なので、子どもたちが楽しめる企画もあります。

会期中、中学生以下の方に受付で無料配布するジュニアガイド。

ジュニアガイド

会場内には夏休みの宿題スペース「小・中学生優先ジュニアルーム(自習室)」があります。展覧会を見て見学レポートや思い出をまとめてみましょう!

ジュニアルーム

立体になった猫ちゃんたちは撮影可です。



顔はめパネルもあります。みなさんも猫の歌舞伎役者になってみましょう!



主役が猫ちゃんなので、大人も子どももみんなで楽しめます。
この夏おすすめの展覧会です。