2020年12月6日日曜日

MANGAのルーツをたどってみませんか? すみだ北斎美術館「GIGA・MANGA 江戸戯画から近代漫画へ」 

いつも楽しい展覧会を企画してくれるすみだ北斎美術館の今回の企画展は、笑って楽しめて、諷刺のスパイスもきいた展覧会。それもそのはず、近代漫画(MANGA)のルーツを江戸戯画(GIGA)に求める、とてもユニークな展覧会なのです。

3階ホワイエの撮影スポット

そして、歌川国芳河鍋暁斎小林清親といった一筋縄ではいかないクセ者や、明治期に来日したチャールズ・ワーグマンジョルジュ・ビゴーといった世相に鋭く切り込む外国勢も、人気者「のらくろ」の田河水泡や「フクちゃん」の横山隆一も登場して、会場内は百花繚乱、多士済々。もちろんすみだ北斎美術館の主(ぬし)、葛飾北斎も登場します。

4階AURORA(常設展示室)の北斎と娘の阿栄(おえい)


今回展示されるのは全部で約270点。同館始まって以来の3つの会期に分けて展示される豪華版。会期は来年の1月24日(日)までです。
ぜひMANGAのルーツをたどる旅をお楽しみください。

展覧会概要


会 期 2020年11月25日(水)~2021年1月24日(日)
  前期 2020年11月25日(水)~12月13日(日)
  中期 2020年12月15日(火)~2021年1月3日(日)
  後期 2021年1月5日(火)~1月24日(日)
  ※前中後期で一部展示替えあり
休館日 毎週月曜日、年末年始(12/29(火)-1/1(金))
    1月11日(月・祝)開館、1月12日(火)休館
開館時間 9:30~17:30(入館は17:00まで)
観覧料 一般 1,200円ほか
※本展のチケットは、会期中観覧日当日に限り、AURORA(常設展示室)をはじめ全ての展示をご覧になれます。
展覧会の詳細、新型コロナウィルス感染症の拡大防止策等については同館公式HPをご覧ください⇒https://hokusai-museum.jp/

※展示室内は撮影不可です。掲載した写真は、内覧会で美術館の特別の許可をいただいて撮影したものです。AURORA(常設展示室)内は一部を除き撮影可。

展示は3章構成になっています。

第1章 商品としての量産漫画の誕生 江戸中期から戯画の大衆化~戯画本・戯画浮世絵~
第2章 職業漫画家の誕生 ~ポンチ・漫画の時代へ~
第3章 ストーリー漫画の台頭 ~昭和初期から終戦まで~

さて、さっそく3階展示室からご案内していくことにしましょう。


第1章 商品としての量産漫画の誕生 江戸中期から戯画の大衆化~戯画本・戯画浮世絵~



「鳥羽絵」本と鳥羽絵スタイル

やたら手足が細くて長い二人の若者が力くらべの腕相撲。

作者不詳《鳥羽絵風戯画 腕相撲》
前期展示


期待にたがわず最初から笑いを誘う絵が出てきたので、さてこれは何だろうと思い解説パネルを見ると、「鳥羽絵」本に影響された「鳥羽絵」風の戯画とのこと。

そして、鳥羽絵スタイルの画がユーモアあふれる「遊び絵」として発展したもののひとつが、漢字やひらがな、カタカナを使った「文字絵」
こちらは、丸っこいひらがなで武士や町人、馬や猫が描かれていて、狐はひらがなの「きつね」三文字。

有楽斎長秀《後篇 大新板文字画姿》
前期展示

もう一つの「遊び絵」は、「影絵」

歌川国利《有が多気御代の蔭絵》
前期展示
何やら楽し気な影絵遊び。
とは言っても演じている人は大変そう。
こうもりも、かたつむりも、富士山も、よく見るとかなり難しい姿勢を取っています。
橋の欄干の人は左足をちょこんと上げてお茶目なポーズ。

一見すると人の顔のように見えても、実は何人もの人間のかたまり。
これが歌川国芳が得意とした「寄せ絵」です。
でも、実際に人間がやるのはちょっと無理そう。

歌川国芳《人をばかにした人だ》
前期展示

ところで「鳥羽絵」本とは何なのでしょうか。

冒頭に展示されているのが江戸中期、1720(享保5)年に大坂で刊行された「鳥羽絵」本

右から、竹原春潮斎『鳥羽絵欠とめ』、通期展示
大岡春卜『鳥羽絵三国志』、前期展示
作者不詳『軽筆鳥羽車』、通期展示


ガラスケースの上には本の中の絵がパネル展示されていますが、これが、手足が長く、眼は黒丸か一文字に省略されたスタイルが特徴の鳥羽絵なのです。

パネル展示『鳥羽絵欠とめ』


平安時代にまでさかのぼれば、貴族など特権階級の人たちだけが楽しんでいた戯画も、江戸時代に入って木版摺が発達して、さらに人口が急増した江戸中期になると町人も戯画が印刷された本を読むようになって、まさに第1章のタイトルにあるように、戯画が大衆化した時代でした。

ところで、「鳥羽」とは平安時代に活躍した天台宗の高僧、鳥羽僧正覚猶(1053-1140)のこと。
画家としての力量も相当のものだったようで、あの《鳥獣戯画》の作者ではとの説もあったくらい「戯画」も得意だったようです。
当時の人たちにとって「鳥羽」といえば「戯画」。
「鳥羽絵」とは売れ筋を考えた絶妙のネーミングだったのです。
それにしても600年近くもたって自分の名前が勝手に使われた鳥羽僧正はさぞかし驚いたことでしょう。


『北斎漫画』

「漫画」といっても『北斎漫画』は現代の「マンガ」と違って、「漫然と描いた絵」とのことですが、けっして「漫然」ではなく、北斎の弟子たちにとっては絶好の教科書でした。

北斎漫画
一部展示替えあり

その中でも現在の四コマ漫画の源流ともいえるのが『北斎漫画』十編 芸競べ図

葛飾北斎『北斎漫画』十編 芸競べ図
前期展示(中期後期には明治版が展示されます)


歌川国芳の「諷刺画」

「江戸戯画」にはもう一つ、大きな側面がありました。
当時の世相を風刺する「諷刺画」です。

当時は幕府に不平不満があっても大っぴらに言うことはできなかった時代。少しひねりをきかせた諷刺が人気を呼びました。
中でも人気だったのが「江戸のヒットメーカー」歌川国芳

歌川国芳《浮世又平名画奇特》
前期展示


正面切って諷刺ができなかった当時は、幕府を諷刺していることをわからせないようにして検閲をかいくぐるのが腕の見せどころ。それでも絵師や版元は薄氷を踏む思いでした。

歌舞伎役者を大津絵のキャラクターに見立てたこの《浮世又平名画奇特》も幕府の重臣を諷刺したものという評判が立って売れに売れたのですが、後に発禁になり版木は没収されてしまいました。


私のお気に入りの一枚が、厳しい統制政策で庶民を苦しめた天保の改革を諷刺した《源頼光公館土蜘作妖怪図》


歌川国芳《源頼光公館土蜘作妖怪図》
前期展示


描かれているのは、右から大江山の酒呑童子退治の伝説で知られる源頼光、頼光四天王(卜部季武、渡辺綱、坂田金時、碓井貞光)の面々なのですが、当時の人が見れば誰を描いているのかは、すぐにわかったのでしょう。
頼光の後ろで衣をかけようとしている土蜘蛛は、厳しい取り締まりで「妖怪(耀甲斐)」と恐れられた南町奉行鳥居耀蔵、頼光は将軍徳川家慶、卜部季武は老中水野忠邦、背後の妖怪は庶民を苦しめた禁止令や倹約令だったのです。


こちらは、1868(慶応4)年の江戸開城を暗喩したものの可能性があるという《当時流好諸喰商人尽》。徳川慶喜は豚肉を好んだので「豚一殿」と呼ばれたとは知りませんでした。
手前の豚は慶喜を表しているのでしょうか。
ただし、この前年に徳川慶喜は京都・二条城で大政奉還して、その後、王政復古によって将軍職も罷免されたので、この時はすでに「元将軍」。幕府も消滅したので、作者はとがめられることもなかったのでは。

作者不詳《当時流好諸喰商人尽》
前期展示



河鍋暁斎「狂斎百図」

第1章最後のハイライトは、画鬼・河鍋暁斎「狂斎百図」

全104枚が発行されたというこのシリーズ、今回の展覧会では三期に分けて36枚が展示されます。

「ふぐハ喰いたし命はおしし」「地獄デ仏」「牛にひかれて善光寺まいり」など聞いたことのあることわざが戯画になった、暁斎らしいユーモアたっぷりで色鮮やかな絵ばかりの、まさに「暁斎ワールド」。

河鍋暁斎「狂斎百図」
右 小坊主に天狗八人/ふぐハ喰いたし命は惜しし
左 地獄デ仏
前期展示

河鍋暁斎「狂斎百図」
右 書の大天狗/象の鼻引、左 すずめ踊り
前期展示


上の写真左の「すずめ踊り」は、『北斎漫画』三編の「雀踊り図」に倣ったものなので、ぜひ比べてみてください。

葛飾北斎『北斎漫画』三編(明治版)
雀踊り図 通期展示


続いて、4階の第2章に移ります。

4階企画展示室入口



第2章 職業漫画家の誕生 ~ポンチ・漫画の時代へ~


チャールズ・ワーグマン『THE JAPAN PUNCH』


さて、明治に入って文明開化の時代らしく外国勢が登場。
まずは、幕末から明治にかけて美術特派員として日本に滞在したチャールズ・ワーグマン

手前から、チャールズ・ワーグマン『THE JAPAN PUNCH』1883(明治16)年5月号、
仮名垣魯文『絵新聞日本地』第1号、第2号
いずれも通期展示


上の写真手前は、ワーグマンが横浜の居留地で創刊した『THE JAPAN PUNCH』
時局諷刺画のことを指す「ポンチ」という言葉が使われたのは、この雑誌がきっかけとのこと。
そして奥は、当時の日本のジャーナリスト代表、仮名垣魯文。新聞小説の草分けで、『安愚楽鍋』が有名です。

ところで、『THE JAPAN PUNCH』表紙のサムライ、どこかで見たことありませんか。
そうです、横浜・馬車道にある神奈川県立歴史博物館の営業部長、「パンチの守(かみ)」です。(地元民でないと知らないかも)
神奈川県立歴史博物館ツィッター⇒https://twitter.com/kanagawa_museum


雑誌ブームに火がついた!

「ギェーッ」という悲鳴が聞こえてきそうなこの絵の作者は誰だと思いますか。

「團團珍聞」第508号 眼を廻す器械
前期展示

なんと、明治の東京の風景を描いたあの光線画の小林清親なのです。清親は、1882(明治15)年から8年間、「團團珍聞」に諷刺画を寄稿していたのでした。

そして、二人目の外国勢は、日本美術研究のために来日したフランスの画家、ジョルジュ・ビゴー。学校の教科書でもビゴーの諷刺画を見たことがあるのでは。
居留フランス人向けに発行した諷刺雑誌『TÔBAÉ』の表紙を飾るのは道化師の扮装をしたビゴー自身。
もしかしたらビゴーさん、副題に"JOURNAL SATIRIQUE"(諷刺雑誌)と注釈をつけて「鳥羽絵」という言葉をフランス人にも流行させたかったのかも。

ジョルジュ・ビゴー『TÔBAÉ』10号/33号
通期展示 

筆禍事件で3年間投獄されたあとも時代諷刺を続けたのが気骨のジャーナリスト宮武外骨。外骨が創刊した『滑稽新聞』はヒットして、明治後期の漫画雑誌ブームに火をつけました。

『滑稽新聞』 右 第109号 通期展示 
左 第120号 前期展示

同じく漫画雑誌ブームに火をつけたのが、日本初の職業漫画家とされる北沢楽天らが創刊した『東京パック』。ユーモラスな似顔絵が目を引きます。

第1次東京パック第1巻第4号
通期展示


ビゴーは官憲の追及をおそれて帰国しましたが、大正時代に「鳥羽絵」が甦りました!
こちらの『トバヱ』は、石井柏亭、平福百穂、岡本一平、近藤浩一路らが美術としての漫画の創造をめざして創刊したものです。

右 『トバヱ』第2巻第1号 通期展示
『トバヱ』第2巻第2号 前中期展示

大正時代にはアメリカ漫画の翻訳も出てきました。
ひょんなことから上流階級の仲間入りをしたジグスとマギー夫婦の日常生活を描いた漫画『親爺教育』。


ジョージ・マクマナス『親爺教育』第1集
通期展示

この頃になると、今の漫画と同じような体裁になってくるので読みやすそうです。

小星・東風人『お伽 正チャンの冒険』二の巻
通期展示




第3章 ストーリー漫画の台頭 ~昭和初期から終戦まで~



ナンセンス漫画の流行


下の写真右は、アメリカのナンセンス漫画を紹介したり、投稿欄には「フクちゃん」で知られる横山隆一の漫画も掲載した『月刊マンガ・マン』。


右から、『月刊マンガ・マン』第2年第3号、
『漫画の国』第1巻第3号、以上通期展示
『漫画の国』第1巻第5号 前期展示
 『漫画』第8巻第9号 通期展示


横山隆一といえば新聞4コマ漫画のフクちゃん。
1936(昭和11)年に朝日新聞東京版で「江戸っ子健ちゃん」の連載が始まったときは脇役だったフクちゃんは、のちに主役になって、戦後になって『毎日新聞』で連載が始まって、1971(昭和46)年まで5000回を超えて連載されたロングラン。私もかすかに覚えています。

横山隆一『江戸っ子健ちゃん』
通期展示

漫画界にも忍び寄る戦争の影

企画展の最後は、戦争の影が大きく映し出された戦前期の漫画。
多くの漫画家たちは、国家体制に組み込まれ、国威発揚、戦争推進のための漫画を描くことになります。

下の写真右は、平井房人が大阪朝日新聞に連載した漫画をまとめた単行本『家庭報国 思ひつき夫人』(1938(昭和13)年~1939(昭和14)年)。倹約をテーマにして人気を博した作品です。
下の写真左は、杉浦幸雄『ハナ子さん』(1942(昭和17)年。開いているページは戦地に赴いている兵士に送る慰問袋のお話。


右 平井房人『家庭報国 思ひつき夫人』全3集
杉浦幸雄『ハナ子さん』
いずれも通期展示

戦時下という厳しい状況の中でも日々、一生懸命生きようとする人たちの姿を見ていると、キュッと胸を締め付けられる思いがしました。
もしかしたら、この時代の漫画からは、今の平和な時代に向けて「二度と戦争を起こしてはならない」というメッセージが発信されているのかもしれません。


笑いに始まり、シリアスに締めた今回の特別展ですが、展示はこれだけではありません。
4階ラウンジに展示さている、すみだ北斎美術館・マンガ館 友好協力協定締結1周年記念「クラクフ ドラゴンとドラゴン」展もお見逃しなく!
※会期は特別展「GIGA・MANGA 江戸戯画から近代漫画へ」と同じです。
※「クラクフ ドラゴンとドラゴン」展も撮影不可です。


「クラクフ ドラゴンとドラゴン」展も見逃せない!



ポーランド南部の古都クラクフにある日本美術技術博物館マンガ(通称:マンガ博物館)とすみだ北斎美術館が友好協力協定を締結して一周年を記念指定開催されている「クラクフ ドラゴンとドラゴン」展
北斎へのオマージュ作品をはじめ、ポーランドの現代アーティストの作品は必見です!




建築家・磯崎新氏が地元クラクフの建築家と協力して設計したマンガ博物館も北斎の浮世絵風。


ダ・ヴィンチの貴婦人が抱いているのは白貂ではなく、お岩の霊。
非業の死を遂げたお岩の霊を優しく抱く貴婦人の姿が印象的です。



目を凝らせば富士山や神奈川沖浪裏も作品の中に見つけられるジャポニズムの版画。


冒頭に紹介した撮影スポットや、北斎さんに会えるAURORA(常設展示室)もあって盛りだくさんのすみだ北斎美術館。
今回紹介したのは前期展示ですが、中期後期も充実のラインナップ。
いつ来ても、三期全部来ても楽しい展覧会です。