2021年10月26日火曜日

すみだ北斎美術館 企画展「学者の愛したコレクション-ピーター・モースと楢﨑宗重-」

 東京墨田区のすみだ北斎美術館では、企画展「学者の愛したコレクション-ピーター・モースと楢﨑宗重-」が開催されています。

3階ホワイエのフォトスポット

今回の企画展は、すみだ北斎美術館が所蔵する、北斎研究家のピーター・モース氏(1935-93)と、浮世絵研究の第一人者・楢﨑宗重氏(1904-2001)の二大コレクションからセレクトされた約140点の作品が前後期で見られる展覧会。

北斎や浮世絵に対する二人の学者の優しいまなざしが感じられる、とても内容の濃い展覧会ですので、さっそくプレス内覧会に参加した時の様子をご紹介したいと思います。

展覧会概要


会 期  2021年10月12日(火)~12月5日(日)
 前期  10月12日(火)~11月7日(日)
 後期  11月9日(火)~12月5日(日)
 ※前後期で一部展示替えあり
休館日  毎週月曜日
開館時間 9:30~17:30(入館は17:00まで)
観覧料  一般 1,000円ほか
※展覧会の詳細、新型コロナウイルス感染症拡大防止策、関連イベント等は同館公式ホームページをご覧ください⇒すみだ北斎美術館 

展覧会構成
 第1章 ピーター・モースコレクション (3階企画展示室)
 第2章 楢﨑宗重コレクション(4階企画展示室)

※出品作品はすべてすみだ北斎美術館所蔵品です。
※企画展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は、プレス内覧会で美術館より特別の許可をいただいて撮影したものです。


第1章 ピーター・モースコレクション (3階企画展示室)

第1章に展示されるのは、北斎作品や研究資料など総数約600点に及ぶピーター・モースコレクションの中からセレクトされた95点(前後期合わせて)。。
縁あって墨田区に里帰りしたピーター・モースコレクションですが、もしかしたら海外にあったかもしれない貴重な北斎作品を身近な場所で楽しめる幸せを味わいながら見ることができました。

そして、細部までじっくり見て楽しめるのが北斎作品いいところ。最初の展示でさっそく楽しませてもらいました。


葛飾北斎《神田明神休茶屋》 前期展示

こちらの作品は、今でも参拝客でにぎわう神田明神の様子を描いた作品ですが、画面の右端に目を向けると、子どもが狛犬の背に乗って楽しそうに遊んでいます。

葛飾北斎《神田明神休茶屋》(部分) 前期展示

今ではとても考えられないことですが(よい子は真似しないでくださいね)、当時は日常のありふれた光景だったのでしょうか。
子どもに乗られている狛犬も、気のせいか困ったようでもありながら嬉しそうな表情にも見えます。

続いてこちらも今でも参拝客が多く訪れる目黒不動尊の様子を描いた作品。

葛飾北斎《目黒不動尊詣》前期展示

主役は中央の女性二人なのでしょうが、画面左に目を向けると、池に入って亀を捕まえている二人の子どもたちが描かれています(こちらもよい子は真似をしないでくださいね)。
先ほどの《神田明神休茶屋》でも藁細工の亀を引いている子どもがいましたが、亀は今よりも身近な存在だったのかもしれません。

この二つの作品は、限られた範囲の人たちだけに配られた「摺物」。
きっと大切に保管されていたのでしょう。とても鮮やかな色あいが残っています。

展示室入口には、浮世絵って何?、錦絵って何?といった、「いまさら聞けない」浮世絵の基本知識がQ&A形式で解説されている「浮世絵マメ知識」が掲示されているので、ぜひご一読ください。今までより何倍も浮世絵が楽しめること請け合いです。


続いて、ピーター・モース氏が最も大切にしたシリーズをご紹介。


葛飾北斎《新板浮絵八ッ山花盛群集之図》前期展示

「浮絵」とは、遠近法を利用して奥行きを強調した形式のことで、「新板浮絵」と題して江戸の名所が描かれたこのシリーズは、ご覧のとおりの赤い「すやり霞」が特徴で、現在13図が確認されていて、ピーター・モースコレクションでは12図が収集されているとのこと。
保存状態がとてもいいので、この色合いをぜひお楽しみいただきたいです。
後期には同シリーズから《新板浮絵三囲牛御前両社之図》他が展示されます。


摺りにもさまざまな技法がありますが、私が特に好きなのは、色をつけずに凹凸をつける空摺(からずり)
手間がかかる技法なので、後摺になると省略されることが多いのですが、ピーター・モースコレクションの《冨嶽三十六景 武州玉川》の川面にはくっきりとした空摺を見ることができるので、ぜひ前から横からご覧になってください。

葛飾北斎《冨嶽三十六景 武州玉川》前期展示


琉球の名所8カ所を描いた「琉球八景」シリーズの作品も展示されています。
こちらは琉球ではありえない雪山が描かれている《琉球八景 龍洞松濤》。
北斎は実際に琉球には行ったことはありませんが、北斎のファンタジーの世界として純粋に楽しむことができるシリーズです。
後期には同シリーズから《琉球八景 中島蕉園》が展示されます。

葛飾北斎《琉球八景 龍洞松濤》前期展示

小品ながらも手の込んだ摺りが気になったのが《五歌仙 月》。
女性の衣装の後ろの格子模様一つひとつに銀色が埋め込まれているように見えるのです。

葛飾北斎《五歌仙 月》前期展示



第2章 楢﨑宗重コレクション(4階企画展示室)

第1章がまさに「北斎尽くし」なら、第2章は北斎とその一門の葛飾派や、歌川広重など同時代に活躍した他派の作品、さらには新版画など多岐にわたる楢﨑コレクションの世界。

フロアも3階と4階に分かれていて、4階の企画展示室では意外な作者の作品も出てくるので、そういった意味で今回の展覧会は、「一粒で二度おいしい」内容になっているのです。

そして第2章には解説パネル「楢﨑先生の解説」付きの作品もあるので、まるで楢﨑先生のギャラリートークを聞きながら作品を見ているかのような気分にもなってくるのです。

少し例をあげてみてみましょう。

まずは北斎作品の『富嶽百景』から。
楢﨑先生の解説「・・・線は有効に活動して居り、而も大地の空気が動いてゐるのである。・・・北斎最大の傑作となすに(はばか)らない。」(楢﨑宗重『北斎論』、1994年)


葛飾北斎《富嶽百景》初編 通期展示


北斎のライバル、歌川広重について楢﨑先生はこのように解説しています。
楢﨑先生の解説「広重は浮世絵の中に風景を芸術的に高度化した天才であった。・・・」(内田清之助、楢﨑宗重『浮世絵版画の鳥』、1974年)


歌川広重《不二三十六景 安房鋸山》前期展示


肉筆画も展示されています。
こちらは葛飾派の中でも特に肉筆画に力を注いだ蹄斎北馬《夕立図》。
茶屋で雨宿りするさまざまな人たちの様子が生き生きと描かれています。
そして、線ではなく、薄墨でサーッと描かれた雨の表現が絶妙の味を出しています。

蹄斎北馬《夕立図》前期展示

意外な絵師の一人が河鍋暁斎。
この冊子のタイトルは北斎を意識した『暁斎漫画』(初編)ですが、ちょんまげでなくざんぎり頭の人がいたりして時代はすっかり文明開化。頭の長い福禄寿がかぶるのはシルクハット!

河鍋暁斎『暁斎漫画』(初編)
前後期で頁替え


そして最近では一大ブームになって人気が出ている新版画も。

右 小林清親《両国雪中》、左 川瀬巴水《雪の寺》
どちらも前期展示
後期には小林清親《百面相》、川瀬巴水《中尊寺金色堂》が展示されます。

楢﨑氏は川瀬巴水と親交があり、巴水の没後、伝記「川瀬巴水」(『川瀬巴水木版画集』)を執筆し、当時から巴水を高く評価していたのです。

そしてお帰り前には4階展望ラウンジにある「学者展作品番附」で、2人の学者、モース氏、楢﨑氏の情熱やこだわりが感じられた作品に投票をしてみましょう。

「学者たちの情熱に投票しよう!学者展作品番附」

私も投票しました。
どの作品が一番になるのか興味津々です。

2人の学者の情熱が感じられる貴重なコレクションをぜひお楽しみください!