2025年9月17日水曜日

東京国立博物館 特別展「運慶 祈りの空間ー興福寺北円堂」

東京・上野公園の東京国立博物館では特別展「運慶 祈りの空間ー興福寺北円堂」が開催されています。

 


普段は非公開の奈良・興福寺北円堂(ほくえんどう)から、鎌倉時代を代表する仏師・運慶晩年の傑作として知られるご本尊の国宝《弥勒如来坐像》が、修理完成を記念して約60年ぶりに東京に来られました。
両脇を固めるのは、同じく運慶作の国宝《無著菩薩立像》、《世親菩薩立像》。そして今回の特別展では、かつて北円堂に安置されていた可能性が高い《四天王立像》(国宝)を合わせた7軀の国宝仏が一堂に会して、鎌倉復興当時の北円堂内陣が再現されるという奇跡の空間が実現しているのです。

どれだけすごい展覧会なのかは見てのお楽しみですが、さっそく展示の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要


会 期  2025年9月9日(火)~11月30日(日)
休館日  9/29(月)、10/6(月)、10/14(火)、10/20(月)、10/27(月)、11/4(火)、
     11/10(月)、11/17(月)、11/25(火)
開館時間 午前9時30分~午後5時
     *毎週金・土及び10/12(日)、11/2(日)、11/23(日)は午後8時まで開館
     *入館は閉館の30分前まで
会 場  東京国立博物館 本館特別5室 [上野公園] 
展覧会の詳細、チケットの購入方法、イベント等は展覧会公式サイトをご覧ください⇒特別展「運慶 祈りの空間ー興福寺北円堂」

※展示室内は撮影不可です。掲載した写真は、報道内覧会で主催者より許可を得て撮影したものです。


今回の見どころのひとつは、約60年ぶりに東京で公開されることになった北円堂のご本尊《弥勒如来坐像》。令和6年度の修理後初公開です。


手前 国宝《弥勒如来坐像》、奥左から《世親菩薩立像》、《無著菩薩立像》
すべて国宝 運慶作 鎌倉時代・建暦2年(1212)頃 
奈良・興福寺蔵 北円堂安置

展示室内のしつらえも素晴らしいです。
仏像を囲むように朱塗りの柱や梁が造られ、北円堂内陣の八角須弥壇とほぼ同寸の八角形のステージの上に《弥勒如来坐像》と両脇に《無著菩薩立像》、《世親菩薩立像》が鎮座しているので、まるで北円堂の中に入ったような雰囲気に一気に引き込まれます。

さらに北円堂ではできないことですが、弥勒如来や無著・世親像の後ろに回って背中まで拝むことができるのです。
通常は《弥勒如来坐像》の背中には光背が立てられているので、少しほっそりとして、それでいて安定感のある背中を拝むことができるのも今だけです。

左から、《無著菩薩立像》、《弥勒如来坐像》、《世親菩薩立像》
すべて国宝 運慶作 鎌倉時代・建暦2年(1212)頃
奈良・興福寺蔵 北円堂安置



弥勒如来は、弥勒菩薩が釈迦入滅後56億7000万年後の未来に成仏した姿でこの世に下り、衆生を救う仏さま。気が遠くなるほど待たなくてはならない仏さまですが、目の前に立つと温和なお顔に思わず心が和んでくるから不思議です。

左から、《世親菩薩立像》、《弥勒如来坐像》、《無著菩薩立像》
すべて国宝 運慶作 鎌倉時代・建暦2年(1212)頃
奈良・興福寺蔵 北円堂安置

以前、北円堂の特別公開の時に見て特に印象に残ったのが、目には玉眼を嵌め、まるで生きている人のように見えた無著と世親、北インドで活躍したふたりの兄弟の立像でした。
少し右に顔を傾けた《無著菩薩立像》と、左を向いた《世親菩薩立像》と目が合った瞬間、「よく来たな。」と声をかけられたような気がしたこと思い出したのです。
今回も「またお会いできました。」と心の中であいさつをさせていただきました。


興福寺北円堂は、興福寺の創建者・藤原不比等の追善のため721年に建立されましたが、1049年の火災、1180年の平氏による南都焼き討ちで二度にわたって焼失してしまいました。
復興には長い年月が費やされ、1210年頃には堂が完成し、造像は運慶一門が総力をあげて手がけ、1212年頃には北円堂諸仏が再興されています。
堂内に安置されていた仏像は、弥勒如来、両脇侍菩薩、四天王、二羅漢(無著、世親)の9軀で、そのうち四天王立像は長い間失われたものとされてきましたが、近年では現在、中金堂に安置されている四天王立像がこれにあたるという説が支持を集め、その優れた造形から運慶一門の作とも考えられています。
(現在、北円堂では両脇侍菩薩は後世のもの、四天王立像は平安時代のものが安置されています。)

今回の特別展のもう一つの見どころは、北円堂の弥勒如来像と無著・世親像、中金堂の四天王立像を組み合わせて展示することで、鎌倉復興当時の北円堂内陣が再現されていることです。

東を「持国天」、南を「増長天」、西を「広目天」、北を「多聞天」、どれも勇壮なお顔をして東西南北を守る《四天王立像》は近くで見るとこのとおり、ものすごい迫力が伝わってきます。

奈良時代の広目天は筆と巻子を持つのが通例でしたが、右手を腰にあて、左手に身の丈より長い矛(ほこ)を持ち、「どうだ!」と言わんばかりの堂々とした広目天の姿には新しい時代の息吹が感じられます。


国宝《四天王立像(広目天)》鎌倉時代・13世紀
奈良・興福寺蔵 中金堂安置

右手に矛を持ち、左手で宝塔を高々と掲げる姿の多聞天も、新しい時代の到来を高らかに宣言しているようで、こちらも好きなポーズです。


国宝《四天王立像(多聞天)》鎌倉時代・13世紀
奈良・興福寺蔵 中金堂安置

展覧会特設ショップでは、出品作品にちなんだ個性的なオリジナル商品が盛りだくさん。
「フィギュア多聞天」は小さいながらも迫力満点!
ほかにもほしいグッズが並んでいるので、どれにしようか迷ってしまいます。


展覧会特設ショップ


気鋭の写真家・佐々木香輔氏が堂内で撮り下ろした写真が60ページ以上にわたって続き、通常の図録よりも大判のB4サイズで、まるで写真集のような公式図録もおすすめです。
今回の特別展で紹介される7軀の像のX線断層(CT)調査の成果や、弥勒如来坐像の像内納入品、墨書などの記録や詳しいコラムも収録されています。
そして、この図録はなんと「本編」!
別冊図録「展示風景編」は10月下旬に発売予定ですので、こちらも楽しみです。


公式図録「本編」



運慶仏7軀が織りなす鎌倉期北円堂の奇跡の空間が目の前に広がります。
この秋おすすめの展覧会です。







【VR作品『興福寺 国宝 阿修羅像 』のご案内】

VR(バーチャルリアリティ)によるデジタルならではの新しい文化財鑑賞方法が体験できるTNM&TOPPANミュージアムシアターでは、9月23日(火・祝)から12月21日(日)までVR作品『興福寺 国宝 阿修羅像』が上映されます。
2009年に東京国立博物館平成館で開催された「国宝 阿修羅展」で空前の人気を博した国宝《阿修羅像》(興福寺蔵)の謎に迫る内容です。
詳しくはこちらをご覧ください⇒東京国立博物館ミュージアムシアター


『VR作品『興福寺 国宝 阿修羅像』
総監修:法相宗大本山興福寺 監修:金子啓明・鈴木嘉吉
 制作・著作:株式会社朝日新聞社・TOPPAN株式会社  


東京国立博物館本館1階11室「彫刻」の部屋では、特別展「運慶 祈りの空間ー興福寺北円堂」に合わせて、9月30日(火)から12月21日(日)まで、運慶の同世代や弟子たちが制作した彫刻が中心に展示され、慶派仏師の流派としての特徴や各仏師の作風の個性が紹介されるので、お見逃しなく!

2025年9月13日土曜日

泉屋博古館東京 特別展 巨匠ハインツ・ヴェルナーの描いた物語(メルヘン) ー現代マイセンの磁器芸術ー

東京・六本木の泉屋博古館東京では、特別展 巨匠ハインツ・ヴェルナーの描いた物語(メルヘン) ー現代マイセンの磁器芸術ー が開催されています。

泉屋博古館東京エントランス

今回の特別展は、夢の世界へと誘う魅力的なデザインで現代マイセンを代表する数々の磁器の名作を生み出した巨匠ハインツ・ヴェルナー(1928-2019)の日本で初めての回顧展。
《アラビアンナイト》、《サマーナイト》、《ブルーオーキッド》のシリーズをはじめ、彼がデザインを手がけた多彩なサービスウェアやプラーグ(陶板画)などの作品を通じて、その魅力を体感できる展覧会ですので、さっそく展示の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


展覧会名 特別展 巨匠ハインツ・ヴェルナーの描いた物語 ー現代マイセンの磁器芸術ー 
会 期  2025年8月30日(土)~11月3日(月・祝)
開館時間 11:00~18:00 ※金曜日は19:00まで開館 ※入館は閉館の30分前まで
休館日  月曜日、9月16日・10月14日(火) ※9/15・10/13・11/3(月・祝)は開館
入館料  一般1,500円、学生800円、18歳以下無料
展覧会の詳細、関連イベント等は同館公式ホームページをご覧ください⇒https://sen-oku.or.jp/tokyo/

展示構成
 プロローグ 名窯の誕生
 第1章       磁器芸術の芽吹き
 第2章   名シリーズの時代
 第3章   光と色彩の時代
 エピローグ 受け継がれる意志

※撮影はホール内および、№28《森の木の葉》ディナーサービス・№31《狩り》大燭台のみ可能です。館内で撮影の注意事項をご覧ください。
※掲載した写真は、プレス内覧会で主催者の許可を得て撮影したものです。

ホール内の独立ケースに展示されている《アラビアンナイト》宝石箱は撮影可です。

《アラビアンナイト》宝石箱 装飾:ハインツ・ヴェルナー 器形:ケンドラー
1966年頃 個人蔵


プロローグ 名窯の誕生


展示は、巨匠ハインツ・ヴェルナーが活躍したマイセンと日本との深いつながりの紹介から始まります。

《色絵龍虎図輪花皿》 肥前有田 1670-90年代 愛知県陶磁美術館

1650年代、明末清初の動乱期にあった中国から磁器を輸入できなくなったオランダ東インド会社は日本に眼を向け、多くの色絵磁器が伊万里港(現:佐賀県)からヨーロッパに渡るようになりました。

一方、現在のドイツ東南部にあたるザクセンには熱心な東洋磁器愛好家の領主がいました。
その名は、「アウグスト強王」と呼ばれたザクセン選帝侯国の選帝侯フリードリッヒ・アウグスト1世(1670-1733)。

そのアウグスト強王の旧蔵品であったことがわかる日本磁器も展示されています。
《色絵柴垣松竹梅鳥図皿》と《色絵松竹梅図碗》には、それぞれ高台内に「N:74.□」、「N:75.□」と番号が記され、アウグスト強王の旧蔵品であったことがわかかります。「□」の記号は、日本陶磁として分類された印と考えられています。

左《色絵柴垣松竹梅鳥図皿》、右 《色絵松竹梅碗》どちらも肥前有田
1670-1700年代 個人蔵 

アウグスト強王がマイセンに王立磁器製作所を設立したのが1710年。その後、ヨーロッパ初の硬質磁器の焼成に成功したマイセンは、「柿右衛門様式」の色絵を愛するアウグスト強王の願いが叶い、シノワズリ(中国趣味)の色彩豊かな絵付にも成功し、西洋的な器の形と融合した多くの名品を世に送り出したのでした。
マイセン窯でつくられたこの《色絵梅竹虎図皿》は、絵の題材も色合いも、器の白も見事な出来栄えで、解説パネルを見なければ日本でつくられたものと信じてしまうくらいです。

《色絵梅竹虎図皿》1740年代 マイセン 愛知県陶磁美術館


第1章 磁器芸術の芽吹き


1928年にマイセン近郊の町コズヴィッヒで生まれたハインツ・ヴェルナーは、早くから絵の才能を見出され、1958年のライプツィヒ・メッセで装飾デザイナーとしてデビューしたのち、マイセン磁器製作所が創立250周年を迎えた1960年、「芸術の発展を目指すグループ」の設立メンバーに選ばれました。
「第1章 磁器芸術の芽吹き」では、ヴェルナーのデビュー作から「芸術の発展を目指すグループ」のひとりとして歩み始めた直後の1960年代初期の作品が紹介されています。

右《エンゼルフィッシュ》花瓶 装飾:ハインツ・ヴェルナー
器形:ハンス・メルツ 1958年、
左《森と動物たちの絵》プレート 装飾:ハインツ・ヴェルナー
器形:エーリッヒ・エーメ 1958年頃 どちらも個人蔵 

ここで1928年から1960年代までヴェルナーの足跡を駆け足でご紹介しましたが、この30年余りの間は、ナチス政権誕生(1933年)、ドイツ軍がポーランドに侵攻して第二次世界大戦勃発(1939年)、ドイツの敗戦と米英ソ仏による分割占領(1945年)、米英仏占領地域にドイツ連邦共和国(西ドイツ)、ソ連占領地域にドイツ民主共和国(東ドイツ)が成立(1949年)してドイツは東西冷戦の最前線に立つことになったというドイツ史の中でも特に激動の時期でした.。

こういった中、ヴェルナーのデザイナーとしての歩みは決して平坦なものではなかったのでしょうが、紫色の花で囲まれるように仲睦まじいカップルが描かれている《ハネムーン・サービス》コーヒーサービス(1964年)を見て、戦後、磁器製作所が国営になり、安住の地を得たことがヴェルナーにとって大きな救いだったのかもしれないと想像しながら作品を鑑賞していました。


《ハネムーン・サービス》コーヒーサービス 装飾:ハインツ・ヴェルナー
器形:ルードヴィッヒ・ツェブナー 1964年 個人蔵



第2章 名シリーズの時代


1960年代のマイセンでは、マイセンの長い伝統を守った製品も求められていました。
そこで誕生したのが、ドイツでは古くから親しまれ、日本でも『ほら吹き男爵の冒険』でよく知られた物語をモチーフにした《ミュンヒハウゼン(ほら吹き男爵)》です。
黄色地に円形の枠を描き、その中に絵付けをする絵柄は、当時、ヴェルナーが熱心に研究したアウグスト強王時代の絵付師ヨハン・グレゴリウス・ヘロルト(1696-1775)が創出したとされるマイセン初期のシノワズリ様式から着想を得たと伝わっています。


《ミュンヒハウゼン(ほら吹き男爵)》コーヒーサービス
装飾:ハインツ・ヴェルナー、器形:エアハルト・グローサー、
アレクサンダー・シュトルク、ルードヴィッヒ・ツェブナーの共作
1964年 個人蔵

ヴェルナーは、円形の枠の中に「ミュンヒハウゼン(ほら吹き男爵の冒険)」から抜粋した様々な場面を各アイテムに描いています。例えば中央のポットに描かれているのは長いひもを使って一度に多くの野鴨を捕まえた男爵が空を飛んで自邸に帰る場面で、一つひとつの器の絵を見ていると楽しい気分になってきます。


ドイツ民主共和国(旧東ドイツ)の国章が描かれたプレートを見つけました。
中央には労働者を表すハンマーと知識人を表すコンパス、それを取り囲むのが農民を表す小麦の穂、その下にはドイツ国旗の黒、赤、金の帯。
これは東ドイツ建国20周年記念に製作された特注品で、国の貢献者に贈呈されたというとても貴重なものです。

「東ドイツ建国20周年記念」プレート 装飾:ハインツ・ヴェルナー
1980年 個人蔵

このプレートを見て、東ドイツに行った時のことを思い出しました。
1989年8月下旬、東ベルリンとドレスデンに行ったのですが、現地では道行く人たちはよそよそしく、レストランでは客が誰も入っていないのに「席はない!」と追い払われ、ホテルのバウチャーを受け取りに旅行会社のカウンターに行ったら「ここにはない」と言われ(結局そこにあったのですが)、あげくのはては保育園帰りの子どもたちにもにらみつけられる始末。
あとになって悪名高きシュタージ(国家保安省)による密告網が一般市民にまで浸透していて、西側の人間と話していると「あの人は西側のスパイだ」と密告されて不利益を被ってしまうことが理由だとわかったのですが、当時はそんなことはわからず、あまりに印象がよくなかったので、帰りの飛行機の中で「こんな国、二度と来るものか!」と心の中で叫んでしまいました。
ところがその2ヶ月少し後の11月9日にベルリンの壁が「実質的に」崩壊して、翌1990年10月に東ドイツは「ドイツ再統一」の名のもとに西ドイツに吸収合併されて消滅してしまったので、当時は、まさか本当に二度と行かれなくなるとは夢にも思いませんでした。
(統一後もドレスデン、ワイマールはじめ旧東ドイツ地域の都市を訪れましたが、町の人たちは親切で、レストランで入店を断られることなどはないのでご心配なく。)


さて、本題に戻ります。
《ミュンヒハウゼン(ほら吹き男爵)》の成功がきっかけとなって、ヴェルナーは物語(メルヘン)からインスピレーションを得た代表作《アラビアンナイト》、《サマーナイト》はじめ新たなシリーズを次々と生み出しました。

《アラビアンナイト》の作品群はヴェルナーの夢の世界。
よく知られている「空とぶ絨毯」はじめ、どのアイテムにも物語の一場面が描かれていて、ヴェルナー直筆の陶板画もロマンチックで思わずうっとりしてしまいます。

展示風景

実は、陶板画がヴェルナーの直筆というだけでなく、マイセン製品は一点一点、職人によって丹念に描き上げられた手描きによるものなのです。
画面上の幕の表現の細やかさなどは驚くほかありません。

右から 《アラビアンナイト》チュリーン、ポタージュスープ皿
装飾:ハインツ・ヴェルナー 器形:ルードヴィッヒ・ツェブナー 1966年
《アラビアンナイト》プレート 装飾:ハインツ・ヴェルナー 1966年
(1985年制作) どちらも個人蔵



シェイクスピアの喜劇「真夏の夜の夢」がモチーフの《サマーナイト》は、「芸術の発展を目指すグループ」のアーティストのひとりが第二次世界大戦時に捕虜としてイギリスの地でシェークスピアに出会ったことがきっかけでした。
焼き物だからこそ平和への思い、生きる喜びを表現することができるという思いが込められた《サマーナイト》に登場する人物たちはとても生き生きとしています。


《サマーナイト》ティーサービス 装飾:ハインツ・ヴェルナー
器形:ルードヴィッヒ・ツェブナー 人形造形:ペーター・シュトラング
1969年(1974年以降制作) 個人蔵


それぞれのアイテムには花や虫、鳥などが散りばめられ、登場人物の体まで花の集まりで表現されているのです。
妖精王オーベロンの体も花でいっぱい。背中には目を閉じた可愛いミミズクがいるので、ぜひみ見つけてみてください。


《サマーナイト》ティーサービスのうち「妖精王オーベロン」
 装飾:ハインツ・ヴェルナー 器形:ルードヴィッヒ・ツェブナー
人形造形:ペーター・シュトラング 1969年(1974年以降制作) 個人蔵



第3章 光と色彩の時代


1980年代後半頃から、一見すると抽象絵画のような表現が登場してきます。
新機軸を打ち出したデザインの《ヴィジョン》コーヒーサービスのうちプレートには、まるでだまし絵のようにバラの花が隠されているので、ぜひ探してみてください。

《ヴィジョン》コーヒーサービス 装飾:ハインツ・ヴェルナー
器形:ルードヴィッヒ・ツェブナー 1990年 個人蔵


ヴェルナーの70歳および勤続55年を記念して製作されたのが「アフロディーテ」のシリーズ。年齢を感じさせない大胆な筆さばきに感動しました。


《アフロディーテ》コーヒーサービス 装飾:ハインツ・ヴェルナー
器形:ルードヴィッヒ・ツェブナー 1998年 個人蔵



エピローグ:受け継がれる意志


ヨーロッパの宮殿の食卓を再現した豪華な大燭台と、手前のディナーセットはともに撮影可。
こんな素晴らしい雰囲気の食卓で食事をしたらさぞかし豊かな気分になれるのではと思う一方、食器を割ってしまったらどうしようとひやひやしてしまうかもしれません。

奥 《狩り》大燭台 装飾:ハインツ・ヴェルナー、ルディ・シュトレ
器形:ペーター・シュトラング 手前 《森の木の葉》ディナーサービス
装飾:ハインツ・ヴェルナー 器形:ルードヴィッヒ・ツェブナー
どちらも1973年 個人蔵

1990年代になると、ヴェルナーは若いアーティストたちの育成に力を注ぎ、教え子たちとの共作をいくつも手がけています。
青色が印象的な《祝祭舞踏会》コーヒーサービスは、ヴェルナーのもとで絵付を学んだザビーネ・ヴァックス(1960-)が手がけた「波の戯れ」の器形にヴェルナーがヴェネツィアのカーニバルから着想を得て装飾を施したミステリアス感あふれる作品です。

《祝祭舞踏会》コーヒーサービス 装飾:ハインツ・ヴェルナー
器形:ザビーネ・ヴァックス 1998年 個人蔵




展示の最後にとてもいい作品を見させてもらいました。
特別出品《飾り皿》です。

1970年代の東西対立緩和の世界的流れの中、1972年に東西ドイツが相互の主権・国境等の尊重を決めた基本条約を締結し、翌1973年には東西ドイツが同時に国連に加盟しました。
同じ1973年には日本と東ドイツの国交が成立し、それが日本におけるマイセン製品の需要が高まる大きなきっかけとなり、1975年に初来日を果たしたヴェルナーは、日本の美しい風景に魅了され、その後も日本におけるマイセン展に伴いたびたび来日しました。
来日中にヴェルナーが見た風景が描かれたこの作品からは、マイセンで磁器を製作するきっかけとなった日本に対する愛が感じられました。


特別出品《飾り皿》ハインツ・ヴェルナー 1970年代 個人蔵


出品作品のカラー図版や拡大写真、詳しい解説や関連年表も掲載された展覧会図録もおすすめです。

展覧会公式図録


現代マイセンを代表する巨匠ハインツ・ヴェルナーの名作、代表作の数々が見られる、とても華やいだ雰囲気の展覧会です。
この機会にヴェルナーが描いた物語(メルヘン)の世界を楽しんでみませんか。


【巡回展情報】
 福島会場 郡山市立美術館     2025年11月22日(土)~2026年1月18日(日)
    愛知会場 愛知県陶磁美術館 2026年5月30日(土)~9月27日(日)(予定)
 京都会場 細見美術館       2026年11月21日(土)~2027年1月31日(日) 

2025年8月28日木曜日

山種美術館 【特別展】江戸の人気絵師 夢の競演 宗達から写楽、広重まで 特集展示:太田記念美術館の楽しい浮世絵

東京・広尾の山種美術館では、【特別展】江戸の人気絵師 夢の競演 宗達から写楽、広重まで 特集展示:太田記念美術館の楽しい浮世絵が開催されています。

展覧会チラシ



浮世絵、琳派、文人画、狩野派に伊藤若冲。
今回の特別展は、百花繚乱、多士済々の江戸絵画シーンの中でも人気絵師たちの名作が一堂に会する展覧会です。そのうえ、浮世絵専門の美術館として知られる太田記念美術館から「楽しい浮世絵」が出展されてさらにパワーアップ!
まさに「夢の競演」が実現しているのです。

それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要



展覧会名 【特別展】江戸の人気絵師 夢の競演 宗達から写楽、広重まで 特集展示:太田  
     記念美術館の楽しい浮世絵 
会 場  山種美術館
会 期  2025年8月9日(土)~9月28日(日)
     ※浮世絵は前・後期で展示替え(前期:8/9-8/31、後期:9/2-9/28)
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日  月曜日(9/15(月・祝)は開館、9/16(火)は休館)
入館料  一般1400円、夏の学割  大学生・高校生500円
     中学生以下無料(付添者の同伴が必要)
※各種割引等は同館公式ホームページをご覧ください⇒https://www.yamatane-museum.jp/

展示構成
 第1章 山種美術館の浮世絵
 第2章 山種美術館の江戸絵画
 特集展示:太田記念美術館の楽しい浮世絵


※展示室内は次の1点を除き撮影禁止です。掲載した写真はプレス内覧会で美術館より許可を得て撮影したものです。

今回撮影可の作品は鈴木其一《四季花鳥図》(山種美術館)。スマートフォン・タブレット・携帯電話限定で写真撮影OKです。展示室内で撮影の注意事項をご確認ください。

鈴木其一《四季花鳥図》19世紀(江戸時代)
紙本金地・彩色 山種美術館 【全期展示】


見どころ1 人気絵師の代表作がそろう山種美術館の浮世絵コレクションを前・後期で一挙公開!



多色摺木版画の錦絵を完成させた鈴木春信、「清長風美人」で知られる鳥居清長、美人画で名高い喜多川歌麿に版元・蔦屋重三郎プロデュースによる東洲斎写楽、江戸時代後期のスーパースター、葛飾北斎歌川広重
同館が所蔵する江戸時代に活躍した六大絵師たちの代表作が前・後期で全点公開されます。
そのうえ、浮世絵は光や湿度などで傷みやすいのですが、同館の浮世絵コレクションは保存状態の良いものばかり。はっきり、くっきりと見ることができます。
(第1章、第2章の作品はすべて山種美術館所蔵です。)


「第1章 山種美術館の浮世絵」展示風景


展示室に入ってすぐにお出迎えしてくれるのは、東洲斎写楽《二代目嵐龍蔵の金貸石部金吉》。
一度見たら忘れられないユニークな表情をした役者大首絵で知られる東洲斎写楽は、1794(寛政6)年にデビューしてわずか10カ月で忽然と画壇から姿を消した謎の絵師。
生没年も不詳でミステリアスなところも魅力なのですが、現存する約140点の役者絵や相撲絵はすべて蔦屋重三郎を版元としているので今年特に注目したい絵師のひとりです。

東洲斎写楽《二代目嵐龍蔵の金貸石部金吉》1794(寛政6)年
大判錦絵 山種美術館【前期展示(8/9-8/31)】

東洲斎写楽の作品は、ほかにも前期(8/9-8/31)に《八代目森田勘弥の駕篭舁鴬の次郎作》、駕籠舁鴬の次郎作》、後期(9/2-9/28)に《三代目坂田半五郎の藤川水右衛門》が展示されます。

そして後期(9/2-9/28)にお出迎えしてくれるのは、葛飾北斎の名作《冨嶽三十六景 凱風快晴》ですので、こちらも楽しみです。

葛飾北斎《冨嶽三十六景 凱風快晴》1830(文政13)年頃
大判錦絵 山種美術館【後期展示(9/2-9/28)】
  
  
歌川広重の代表作・保永堂版《東海道五拾三次》は前・後期で全作品が展示されます。
東海道を日本橋から京都まで徒歩で完全制覇した人は身近にもいますが、筆者はつまみ食い派。昔ながらの宿場町の雰囲気が残っている区間だけを歩いたり、丸子宿でとろろ汁を食べたりしたくらいなのですが、それでも展示を見ているだけで旅行気分が味わえます。


「第1章 山種美術館の浮世絵」展示風景

そしてさらに注目したいのは山種美術館が所蔵している《東海道五拾三次》のシリーズが最初期の摺りであることです。
版画では最初に摺られたものが初摺、2回目以降に摺られたものは後摺と呼ばれますが、後摺になると表現が省略されることがあります。
《東海道五拾三次之内 日本橋・朝之景》の画面上には空の左右に雲が摺られていて、少しずつ明るくなってくる時間の経過が感じられるのですが、後の摺りでは雲が省略されているので平板な印象を受けます(作品の左にある解説パネルをご参照ください)。


歌川広重《東海道五拾三次之内 日本橋・朝之景》1833-36(天保4-7)年頃
大判錦絵 山種美術館【前期展示(8/9-8/31)】


《東海道五拾三次》の向かいには鈴木春信、鳥居清長、喜多川歌麿ほかの作品が展示されています。摺りの技法などの解説もあるので、とても参考になります。

「第1章 山種美術館の浮世絵」展示風景

NHK大河ドラマ「べらぼう」に登場している喜多川歌麿の作品はこのコーナーで見られます。前期(8/9-8/31)には《美人五面相 犬を抱く女》、後期(9/2-9/28)には《青楼七小町 鶴屋内 篠原》が展示されます。


喜多川歌麿《青楼七小町 鶴屋内 篠原》1794-95(寛政6-7)年頃
大判錦絵 山種美術館【後期展示(9/2-9/28) 】


見どころ2 太田記念美術館所蔵の「楽しい浮世絵」にご注目!

 
日本有数の浮世絵美術館として名高い太田記念美術館の15,000点を数える膨大なコレクションの中から、夏の風物詩の花火や秋のお月見、擬人化した動物たちが描かれた子ども向けのおもちゃ絵など、見ていて楽しくなる浮世絵がピックアップされています。
(「特集展示:太田記念美術館の楽しい浮世絵」の作品はすべて太田記念美術館所蔵です。)


「特集展示:太田記念美術館の楽しい浮世絵」展示風景

変わりダネのお月見は後期(9/2-9/28)に展示される歌川広重《名所江戸百景 上野山内月のまつ》。
上野公園内の上野清水観音堂前に生える松は、枝が円を描いているので、まるで満月のよう。この「月の松」は明治初期の台風被害で失われてしまいましたが、2012(平成24)年に復元されたので、今の私たちも同じような「月の松」を見ることができます。


歌川広重《名所江戸百景 上野山内月のまつ》1857(安政4)年
大判錦絵 太田記念美術館【後期展示9/2-9/28】 

蛸や猫、金魚や亀が擬人化した作品もとてもユニーク。

「特集展示:太田記念美術館の楽しい浮世絵」展示風景


後期にも見ていて楽しいおもちゃ絵が展示されます。

歌川芳藤は、横浜絵や武者絵などのほか、おもちゃ絵を描いたので「おもちゃ芳藤」と呼ばれましたが、猫好きで知られる歌川国芳の門人だけあって猫のしぐさや表情がとてもリアル。


歌川芳藤《しん板猫のたわむれ踊のをさらゐ》1868-77(明治元-10)年頃
大判錦絵 太田記念美術館【後期展示9/2-9/28】


芳藤はウサギも擬人化していました。力士には体の模様などにちなんだしこ名がついていて、画面上には東西の番付まで書かれているという凝りようです。

歌川芳藤《兔の相撲》1873(明治6)年
大判錦絵3枚続 太田記念美術館【後期展示9/2-9/28】


見どころ3 山種美術館所蔵の江戸絵画の名品が一堂に!


浮世絵の名品がそろっている展覧会ですので、やはり「浮世又兵衛」とよばれ、「浮世絵の祖」と伝説化された岩佐又兵衛の作品ははずせません。
豊頬長頤(ふっくらとした頬と長い顎)とよばれる顔立ちや細かな描写が、又兵衛らしい個性を感じさせてくれる作品です。
(第2章作品は、一部頁替え、巻替えがありますがその他はすべて全期間展示されます。)


岩佐又兵衛《官女観菊図》【重要文化財】17世紀(江戸時代)
紙本・墨画淡彩 山種美術館【全期展示】



こちらは同じ「祖」でも、江戸時代を通して続いた琳派の祖・俵屋宗達の絵と本阿弥光悦の書のコラボ作品《鹿下絵新古今集和歌巻断簡》。
絵と文字の絶妙のバランスがよく、とても味わい深い作品です。

[絵]俵屋宗達 [書]本阿弥光悦《鹿下絵新古今集和歌巻断簡》17世紀(江戸時代)
紙本・金銀泥絵・墨書 山種美術館【全期展示】 


ほかにも江戸中期に京都で活躍した池大雅や伊藤若冲をはじめ、江戸時代を代表する絵師たちの優品がそろい踏みしています。

「第2章 山種美術館の江戸絵画」展示風景


これだけ充実した内容の展覧会ですので、展覧会出品作品をデザインしたグッズなど人気商品が盛りだくさん。ミュージアムショップで販売中です。




観覧後のひとときには、展覧会出品作品にちなんだオリジナル和菓子はいかがでしょうか。
1階「Cafe椿」では、お茶やスイーツが楽しめます。



まだまだ猛暑の日々が続きますので熱中症対策を万全にして、江戸絵画の名品が楽しめる【特別展】江戸の人気絵師 夢の競演 宗達から写楽、広重まで 特集展示:太田記念美術館の楽しい浮世絵をぜひご覧いただきたいです。
この夏おすすめの展覧会です。

2025年8月19日火曜日

大倉集古館 特別展「藍と紅のものがたり」

東京・虎ノ門の大倉集古館では、特別展「藍と紅のものがたり」が開催されています。

大倉集古館外観

今回の特別展は、古くから日本で親しまれてきた藍と紅のふたつの色と染料技術の歴史、そこから生まれた衣類や反物などが紹介されて、その魅力を見つめなおす展覧会です。

江戸時代から現代まで約100点の作品(会期中展示替えあり)が同じ空間に展示されているので、「藍と紅のものがたり」が時間軸でよく伝わってくる内容になっています。

それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。 


展覧会開催概要


会 期  2025年7月29日(火)~9月23日(火・祝)
     前期:7月29日(火)~8月24日(日)
     後期:8月26日(火)~9月23日(火・祝)
開館時間 10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日  毎週月曜日(ただし9/15は開館)、9/16(火)
入館料  一般:1,500円、大学生・高校生:1,000円、中学生以下無料
※各種割引料金、ギャラリートークなどのイベント、展覧会の詳細は同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.shukokan.org/ 

※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は主催者より広報用画像をお借りしたものです。


1階展示室内に入ってすぐに目に入ってきたのは大きな「満月」でした。

福本潮子《時空 Time Space》1989年 染・清流館蔵【通期展示】


これは、日本を代表する藍染美術家・福本潮子(1945~)のインスタレーション作品《時空 Time Space》。
縦210cm、横200㎝の藍染め布12枚を等間隔に連続して吊った作品で、白い大きな円が時間の経過とともに少しずつ藍色に染まっていく様子が表現されています。
展示方法もすごくよかったと思います。
これが人間の目線の位置に展示されていてはあまり感動しなかったかもしれませんが、天井から吊り下げられているので、まるで夜空を見上げるように作品を見ることができたからです。

紅のものがたり


3世紀頃に中国から日本に伝来したとされる紅花の花びらには2種類の色素(黄色・赤色)が含まれていて、赤色はわずか1%未満というとても貴重な染料で、古くから大切にされてきました。

1階展示室には、江戸時代から現代までの美しい紅の着物や、関連する資料が展示されていて、とても華やいだ雰囲気です。

松と鶴の模様が繰り返されるおめでたいデザインの着物は《絹地紅板締め松樹鶴模様下着(胴抜き)》【前期展示】。
「紅板締め」とは、花や鳥などの模様を彫った版木(型板)に薄絹(江戸時代は縮緬地が多い)を挟み、そこへ赤い染料液をかけ、紅色地に白い模様を染め出す技法で、江戸中期から明治にかけて流行しました。
紅板締め用の版木も参考展示されていますが、彫りの細やかさに驚かされます。


《絹地紅板締め松樹鶴模様下着(胴抜き)》江戸時代・個人蔵
【前期展示】

後期に展示される《絹地紅板締め花鳥松皮菱模様着物》もとても華やいだ雰囲気のデザインです。


《絹地紅板締め花鳥松皮菱文様着物》江戸時代・個人蔵
【後期展示】



江戸時代における紅花の一大産地は山形県の最上川流域で、生花から上質の紅花染料「紅餅」を作って京都へも運ばれていたのですが、明治以降、化学染料の普及などで衰退し、昭和に入り再興の機運が高まりました。平成30年には山形の紅花栽培と紅花交易が日本遺産「山寺が支えた紅花文化」として認定され、現在では、栽培から製品化までの一貫制作を行う人たちが活躍しています。
今回の展覧会では、一度衰退しながらも再興した現代の紅花染めの作品が多く見られるのも大きな見どころの一つです。

夜明けの様子をイメージした《紅花染手織紬帯「朝陽」》は後期展示。いくつもの色のグラデーションが見事です。



株式会社新田《紅花染手織紬帯「朝陽」》2019年
株式会社新田蔵【後期展示】


今回の展示にふさわしい屏風が展示されていました。
右隻には豊作を祈る春祭り、種蒔き、花摘み、花踏み、花寝かせの作業を経て紅餅ができるまでが描かれ、左隻には、紅餅の出荷の様子と北前船のルートを通って敦賀港(現:福井県)に入る20艘の紅花船、そして最後に京都の紅花問屋の店先で販売されるまでの様子が描かれています。
描かれた人たちはみんな明るい表情をしていて、活気が感じられる屛風です。そして、帆に風をいっぱいに受けて港に入る紅花船の堂々とした姿が印象的でした。

青山永耕《紅花屏風》(右隻)江戸時代後期~明治時代、山寺芭蕉記念館蔵
【通期展示】


青山永耕《紅花屏風》(左隻)江戸時代後期~明治時代、山寺芭蕉記念館蔵
【通期展示】


藍のものがたり


2階展示室は「藍のものがたり」の部屋。華やいだ1階展示室とは対照的に、明治の頃、「ジャパンブルー」と称された藍染の落ち着いた雰囲気の世界が広がっています。

藍を染める布地のうち、木綿が普及したのは江戸時代中期以降で、それ以前は古くから麻や絹が使われてきました。
《縹絹地青海波模様唐衣(采女装束のうち)》は、天皇のそばで食事や身の回りの世話をする下級女官である采女(うねめ)が着用した腰高の上着で、藍染の生絹(精製していない生糸)の地に貝殻を粉末状にした胡粉で青海波文様が描かれています。


《縹絹地青海波模様唐衣(采女装束のうち)》江戸時代、奈良県立美術館蔵
【前期展示】


《納戸麻地熨斗目取り紋散し模様被衣》は後期に展示されます。
「被衣(かずき)」とは、女性が外出する際に頭からかぶって顔を隠すための着物のことです。

《納戸麻地熨斗目取り紋散し模様被衣》江戸時代、
松坂屋コレクション J.フロントリテイリング史料館蔵
【後期展示】
 



白の木綿に藍染で蔦の模様をあらわした《白木綿地下がり蔦模様浴衣》は、紺と白の蔦の葉が交互に配置されていてとてもリズミカルなデザインです。
葉の下に蔓が伸びているのでまるで風船が空に飛んでいくようにも見えてきます。


《白木綿地下がり蔦模様浴衣》江戸時代後期~明治時代、
松坂屋コレクション J.フロントリテイリング史料館蔵
【前期展示】

木綿地に藍染で市松模様をあらわした《紺木綿地市松模様絞り浴衣》の白地の部分は真っ白でなく、絞り染めで文様を表しているところがいいアクセントになっています。

《紺木綿地市松模様絞り浴衣》、明治時代、今昔西村蔵
【前期展示】


藍染も現代作家の作品を多く見ることができます。
「長板中形」とは木綿の浴衣地を染めるのに用いられた模様型のことで、「長板中形」の技術は人間国宝となった松原定吉(1893~1955)、定吉の4人の息子「松原四兄弟」の一人・松原利男(1929~2005)に師事した息子の松原伸生(1965~)に引き継がれています。
細やかな文様が特徴の「長板中形」の制作過程は、地下1階のモニターで上映されている映像「長板中形ー松原伸生のわざ」で見ることができます。


松原伸生《紺麻地長板中形漣模様浴衣》2019年、個人蔵
【後期展示】

琉球織物の復興に携わった沖縄出身の秋山眞和(1941~)は、太平洋戦争時に沖縄から疎開した宮崎で独自の織物の制作を目指して活動しています。
こちらはシンプルなデザインの良さが感じられました。

秋山眞和《絹地藍染花織着物》2015年頃、個人蔵
【後期展示】


江戸時代から現代まで続く藍と紅のものがたりが楽しめる特別展「藍と紅のものがたり」。
この夏おすすめの展覧会です。