東京・六本木の泉屋博古館東京では、企画展「もてなす美―能と茶のつどい」が開催されています。
| 泉屋博古館東京エントランス |
今回の企画展は、きらびやかな能装束やわび・さびが感じられる茶道具を通して、住友家における「もてなしの美」が紹介される展覧会です。
約100点を数える能装束を有する泉屋博古館東京では、今までも能をテーマとした企画展が開催されてきましたが、前回開催されたのがほぼ20年前、平成18年(2006)1月の「THE 能」とのこと。
この時は見逃してしまったので、今回初めて拝見する住友コレクションの能装束を楽しみにしていました。
それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。
展覧会開催概要
会 期 2025年11月22日(土)~12月21日(日)
開館時間 11:00~18:00 ※金曜日は19:00まで開館 入館は閉館の30分前まで
休館日 月曜日
入館料 一般1,200円、学生600円、18歳以下無料
展覧会の詳細、関連イベント等は同館公式ホームページをご覧ください⇒https://sen-oku.or.jp/tokyo/
展示構成
第Ⅰ章 謡い、舞い、演じるために ―住友コレクションの能装束
第Ⅱ章 もてなす「能」 ―住友家の演能と大西亮太郎ゆかりの能道具
第Ⅲ章 茶の湯の友 ー春翠と亮太郎
特集展示 染・織・刺繍をいろどる金属、そして新たな可能性
※撮影はホール内、展示室①のみ可能です。撮影の注意事項は館内でご確認ください。
※上記以外の展示室の写真は、主催者より広報用画像をお借りしたものです。
展示室①に入ってすぐに感じたのは、展示室いっぱいに広がる華やいだ雰囲気でした。
唐織(からおり)や厚板(あついた)など、豪華絢爛な模様が施された能装束は、演者が身に着けている姿も見栄えがしますが、広げて展示されると大画面の絵画を見ているようで、このように並んでいる様はまさに壮観。一気に気分が盛り上がってきます。
一方で、住友コレクションの能装束は、能を好み、自らもたしなんだ住友家十五代当主・住友春翠氏によって集められたもので、その特徴は、唐織、狩衣(かりぎぬ)をはじめ、法被(はっぴ)や長絹(ちょうけん)などの表着(うわぎ)、厚板、縫箔(ぬいはく)などの着付、さらには袴まで、演能に必要な装束が一式揃っていることです。
そのため、狩衣や長絹など、比較的落ち着いた美しさを見せる装束が展示されているのも、今回の展示の見どころのひとつです。
ここまで能装束の種類など専門用語が出てきましたが、筆者を含め能装束に詳しくなくても心配はいりません。展示室①の入口には能装束の種類や織物・加飾技法の語句解説のパネルがあるので、事前に予習して展示を見ることができます。
例えば、「金銀糸や色糸をふんだんに用い、能装束の中でももっとも豪華絢爛な美しさを見せる唐織は、主に女性用の表着として着装される装束。」など、装束の材料や着る演者の役の説明もあります。
そして能に欠かせないのは能面。展示室①には春翠氏が最初に入手した能面のひとつ《白色尉(はくしきじょう)》が展示されています。
| 《白色尉》 桃山時代・16世紀 泉屋博古館東京 |
《白色尉》は、天下太平・国土安穏・五穀豊穣・子孫繁栄を祈る祝言能「翁(おきな)」で用いられる、とてもおめでたい能面。老人のおだやかなほほ笑みに癒されます。
展示室②に移ります。
春翠氏は客人をもてなす際に演能を催しましたが、その舞台をつとめたのが能楽師・大西亮太郎の一門でした。また、春翠氏の能道具収集に助力をしたのも大西亮太郎で、その範囲は装束だけに留まらず、能面をはじめ、笛、小鼓、大鼓、太鼓など、能にまつわる諸道具にまで及んでいます。
展示室②にはこれらの能道具が展示さていますが、能装束や能面だけでなく、楽器類などが展示されているのも今回の展示の見どころのひとつです。
能面を収める面箪笥は初めて拝見しましたが、武蔵野の景色を蒔絵で表した《武蔵野蒔絵面箪笥》(江戸時代・18世紀 泉屋博古館東京)の美しさは特に印象的でした。
こちらは、明治45年(1912)に大西亮太郎の取り次ぎで購入された装束のひとつ、《紫地鉄線唐草模様長絹》。春翠氏が実際に着用したと思われる長絹です。
《白色尉》とは対照的に、眉間に皺を寄せて険しい表情をした老人の能面は《妙作尉(みょうさくじょう)》。明治43年(1910)に、春翠氏が大西亮太郎から購入したものです。
展示室③には、春翠氏が主催し、余技として茶をたしなんでいた大西亮太郎が参加した茶会で用いられた茶道具が展示されているので、茶の湯という側面からも二人の交流の足跡をしのぶことができます。
残された茶会記から、春翠氏が大阪の茶臼山本邸で開いた大正7年(1918)10月、大正8年(1919)2月、大正9年(1920)2月の茶会に亮太郎が参加していたことがわかり、《小井戸茶碗 銘 筑波山》は、大正7年10月の茶会で用いられた茶碗です。
展示室③に展示されている茶道具の名品が見られるのも今回の展示の見どころのひとつですが、展示室の壁面には当時の茶室の写真パネルが掲示されているので、茶会の雰囲気を感じながら作品を鑑賞することができました。
| 《小井戸茶碗 銘 筑波山》朝鮮時代・16世紀 泉屋博古館東京 |
江戸琳派の祖・酒井抱一が下絵を描き、蒔絵師・原羊遊斎が蒔絵を施した棗(なつめ)は、大正8年2月の茶会で用いられたものです。
展示室③には、大阪能楽堂のパネル写真と解説も掲示されていました。
明治維新によって一時衰退していた能の復興・発展に尽力した大西亮太郎は、大阪・天王寺堂ヶ芝の地に敷地面積約800坪の大阪能楽堂を建設しましたが、この土地を寄付したのは住友家でした。当時日本一の規模を誇った大阪能楽堂は、昭和20年(1945)の空襲で惜しくも焼失しましたが、ここでも住友家と能の深いつながりがあることがわかりました。
展示室④の特集展示は、染・織・刺繍をいろどる金属、そして新たな可能性
染織物と金属と聞いて、一瞬、相容れないものでは、と思ってしまいますが、実は染織物の中には金属を使ったものが多くあることに気が付かされました。
たとえば《紅地時鳥薬玉模様縫箔》では、紅色の綾地に金砂子を雲状に蒔き、裾の部分に撚金糸、撚銀糸が用いられているのです。
展示室④に展示されている能装束には、どの部分にどのような金属、技法が用いられているかがわかる解説パネルが掲示されているので、とても参考になります。
展示は12月21日(日)までです。
華やかさも落ち着いた雰囲気も感じられる企画展「もてなす美―能と茶のつどい」は、今年の締めくくりにぴったりの展覧会です。おすすめです。