宇都宮市郊外の緑豊かな丘の上に位置する宇都宮美術館では、宇都宮美術館開館30周年・市制施行130周年記念 ヴァルラフ=リヒャルツ美術館所蔵 ゴッホの跳ね橋と印象派展が開催されています。
世界遺産のケルン大聖堂で知られるドイツ・ケルン市にあるヴァルラフ=リヒャルツ美術館は、中世後期の宗教画からバロック、さらには19世紀から20世紀初頭までの絵画を所蔵するドイツ有数の美術館で、10年ほど前に訪れてその絵画コレクションの充実ぶりに驚いたことを今でもよく覚えています。
最近、ケルンをはじめドイツの美術館巡りを再開したいと考えていたところですが、このたびヴァルラフ=リヒャルツ美術館・コルブー財団のコレクションのなかから印象派を中心としたフランス近代美術の名品の数々が来日するというので、喜び勇んで宇都宮美術館に取材に行ってきました。
展覧会開催概要
会 期 2026年4月19日(日)~6月21日(日)
開館時間 9:30~17:00(入館は16:30まで)
休館日 月曜日、5月7日(木) ※ただし5月4日(月・祝)は開館
観覧料 一般1,200円、大学生・高校生 1,000円
※本展は、小学生・中学生は無料です。
展覧会の詳細、関連イベント等の情報は同館公式サイトをご覧ください⇒https://u-moa.jp/
※本展では写真撮影が可能ですが、SNS投稿禁止の作品もあるので、写真撮影については館内で注意事項をご確認ください。
展示構成
第1章 印象派前
第2章 バルビゾン派
第3章 印象派
第4章 ポスト印象派
第5章 点描派
第6章 20世紀の色彩画家
第1章 印象派前
西欧では、歴史画を頂点とした絵画の主題の序列がありましたが、序列が低かった風景画の価値を高めた印象派以前の先駆者たちの作品が展示されているのが第1章です。
第1章での注目の作品は、写実主義を貫いたギュスターヴ・クールベ(1819-1877)の《シヨン城》。
| ギュスターヴ・クールベ《シヨン城》1873年 |
クールベというと「海の風景画」のイメージが強く、今回も《海景》という作品が展示されていますが、この《シヨン城》にはクールベの政治的な活動が色濃く反映されています。
1871年に労働者階級を中心とした革命政権パリ・コミューンに参加し、帝政の象徴であったヴァンドーム広場の円柱破壊に関与したことで投獄され、釈放後の1873年にスイスに亡命してその地で失意のうちに生涯を閉じました。
レマン湖畔にあるシヨン城はかつて牢獄として使われ政治犯も収容した古城。クールベはパリを追われた自身をこの作品に投影したとされているのです。
写実主義の画家でありながら、明るい色調などを取り入れ、印象派の先駆者ともいわれるエドゥアール・マネ(1832-1883)が描いたのは、春の訪れを告げる美味しそうなアスパラガス。
この作品には価格より高く購入したコレクターにマネが「束から一本抜けていました」と書き添えられたアスパラガス一本だけの絵(オルセー美術館蔵)を届けたというユニークなエピソードがあります。
第2章 バルビゾン派
第2章に展示されているのは、パリ近郊、フォンテーヌブローの森のはずれにあるバルビゾン村に集まった風景画家たちのグループ「バルビゾン派」の詩情あふれる自然の風景を描いた作品です。
| 第2章 展示風景 |
春と夏には各地で習作を描き集め、秋と冬はアトリエで理想の風景へと再構築するバルビゾン派の代表格カミーユ・コロー(1796-1875)の作品は、日ごろあわただしい生活を送っている私たちの心を癒してくれます。
第3章 印象派
第3章には、クロード・モネ(1840-1926)やピエール=オーギュスト・ルノワール(1841-1919)をはじめ印象派の巨匠たちの名品が勢揃い。
国内で再現されたこの贅沢な空間をぜひともその場で味わっていただきたいです。
アルフレッド・シスレー(1839-1899)の《ハンプトンコート橋》は、1874年に開催された「第1回印象派展」の後に訪れたロンドン滞在時の作品。
手前を流れるテムズ河の川面は夏の日を浴びてきらきらと輝いている様子が描かれていますが、これは異なる色の絵の具を混ぜると明度が下がってしまうので、色を混ぜずに置いていき、作品を観る人に色が混ざり合うように見えるような効果をもたらす「筆触分割」という、印象派の画家たちがよく用いた技法で表現されているものなのです。
この作品で特に惹かれたのは、橋から画面中央の奥に向かって伸びる道がどこまでも続くかのように見える奥行きの深さでした。この先には何があるのだろうかかという期待を感じさせてくれる作品です。
象の鼻のような形をした奇岩で知られるノルマンディー地方の景勝地エトルタはモネが繰り返し描いた場所なので、これはすっかりおなじみの光景です。
1885年にこの地を訪れた作家のモーパッサンは、モネが5~6枚のカンヴァスを子供たちに持たせて、それぞれのカンヴァスにモネが時間の経過に伴い変化する光や雲を描いていたといったモネの制作風景を記述しています。おそらく小遣い目あてでしょうが、強い風の中、長時間カンヴァスを持ち続けていた子供たちの姿を想像して、ほほえましく感じられました。
| クロード・モネ《エトルタの浜辺の漁船》1883-84年 |
今回の展覧会では、モネも、ルノワールも趣きの異なる作品がそれぞれ4点来日しています。
上の写真はルノワールの4点の作品で、右から2番目の作品は、一瞬、ルノワールが縫物をする可愛らし女の子を描いた作品と思ってしまいますが、実はモデルはルノワールの次男ジャン。
なぜジャンが女の子の姿をしているのかというと、乳幼児死亡率が高かった当時、特に男の子の死亡率が高かったことが背景にあるようです。本人は周囲からからかわれたりしたので嫌がっていたようですが、親の子に対する愛情が伝わってくる作品です。
第4章 ポスト印象派
「ポスト印象派」というのは特定の表現様式でなはく、印象派の流れをくみながらも独自の世界を切り開いた個性的な画家たちの総称で、第4章にはその中心的な人物、ポール・セザンヌ(1839-1906)、ポール・ゴーガン(1848-1903)、フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)らの作品が展示されています。
ピカソをはじめとするキュビズムに大きな影響を与えたセザンヌの《梨のある静物》は不思議な作品です。
キュビズムの特徴は「複数の視点の組合せ」ですが、この作品では机の側面を真横から見ている視点と机の奥の面を上から見下ろしている視点、皿は横から見ているようで上からも覗き込んでいるような視点が混在していて、それでいて一つの作品として成り立つように構成するというセザンヌの試みをうかがうことができます。
そしていよいよ今回の展覧会のメインビジュアルになっているファン・ゴッホの《跳ね橋》の登場です。
ミレーの影響を受け真の農民画家を目指した頃の重厚な色調の《ニューネンの農家》と、南仏アルルの明るい色調の《跳ね橋》という対照的な作品が「VIPルーム」に並んで展示される演出がとても素晴らしいです。
第5章 点描派
1874年に第1回が開催されて以来、内部での対立が続いた「印象派展」は1886年に最後となる第8回が開催されますが、その時にはモネ、ルノワール、シスラーの姿はなく、新たに参加したのはジョルジュ・スーラ(1859-1891)、ポール・シニャック(1863-1935)らの点描派の画家たちでした。
印象派の画家が感覚的に「筆触分割」を行っていたのに対し、点描派の画家たちはそれを科学的に進め、また、彼らは現場ではスケッチにとどめ、アトリエでじっくりと制作する手法をとりました。
イタリアの地中海沿岸の景色を描いたシニャックの《カポ・ディ・ノリ》では、自由に描かれていた印象派の作品と比べて、規則的に色が配置されていることがよくわかります。
第6章 20世紀の色彩画家
第6章に展示されているのは、鮮烈な色彩と荒々しい筆致から名付けられた「フォービズム(野獣派)」の指導者であったアンリ・マティス(1869-1954)や、ゴーギャンから影響を受けた「ナビ派」のモーリス・ドニ(1870-1943)、ピエール・ボナール(1867-1947)、エドゥアール・ヴュイヤール(1868-1940)らの作品です。
(第6章にはSNS投稿不可の作品が多いのでご注意ください。下の写真はSNS投稿不可でない作品です。)
19世紀から20世紀初頭のフランス絵画コレクションの充実ぶりにはあらためて感動しましたが、展覧会関連グッズの豊富なラインナップにも驚かされました。
背面の壁にかかっているのは、《跳ね橋》をモチーフにしたストール。
展示作品のカラー図版や詳しい解説、それぞれの画家の年表も掲載された展覧会公式図録は永久保存版です。
ほかにもファン・ゴッホ、マネ、セザンヌのイラストが描かれた缶に入っている瓦せんべいなどのスイーツもありますので、お帰りの際にはミュージアムショップにもお立ち寄りください。
| ミュージアムショップ |
宇都宮美術館のあとには、あべのハルカス美術館、名古屋市美術館に巡回しますが、東日本ではここ宇都宮以外では開催されないので、東日本にお住いの方はこの機会にぜひ宇都宮でご覧ください。
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