2018年1月21日日曜日

損保ジャパン日本興亜美術館「クインテットⅣ-五つ星の作家たち」

損保ジャパン日本興亜美術館では「クインテットⅣ-五つ星の作家たち」が開催されています。
4回目を迎えた「クインテット」の今回のテーマは「具象と抽象の狭間」。
5人の中堅女性作家たちの個性が響きあうとても刺激的な展覧会です。



展覧会の詳細は公式サイトをご覧ください。

http://www.sjnk-museum.org/program/5165.html


それでは先日参加した内覧会に沿って展覧会の様子を紹介したいと思います。
(※「クインテットⅣ」の展示室内は撮影可能です。)

内覧会では、今回作品を出品された5人の中堅作家のみなさんからそれぞれお話をおうかがいすることができました。

最初の部屋は、船井美佐さん。

「この空間には線描と面で描く初期の作品から、『鏡』の作品、そして新作のドローイングまで今までの制作の流れに沿って作品が展示されています。こういった展示ははじめてのことです。」と船井さん。

初期の線描画。
日本画の伝統を守りながら、対象は動物だったり、植物だったり、人間の体だったり、体の中だったり、「見たこともない作品を描いた。」とのこと。


「これが線描時代の集大成。」と船井さん。
この作品は《womb-世界の内側と外側はどちらが内側で外側なのか》というミステリアスなタイトル。


この作品を見た人から、「これは楽園を描いているのですか。」と聞かれたという。
楽園は、誰もが行ったことがないのに、誰も知っている。それが不思議と思い、楽園を描くことを始めた船井さん。そこでできた作品が「鏡の作品」。


作品のタイトルは《Hole/桃源郷/境界/絵画/眼底》。
これは向こう側の理想の世界とこちら側の現実の世界を結ぶ「穴=hole」。
材料がアクリルミラーなので見ている人が入り込める不思議な感覚を覚える作品。
この作品は、船井さんが描いた原画を専門の工場で裁断したもの。線があまりに複雑なので工場では裁断するのをいやがられたと「現実」の苦労話もおうかがいしました。

この空間は「丸、三角、四角で構成されています。」と船井さん。
船井さんの後ろの作品はそのものずばり《まる、さんかく、しかく》ですが、四角はこの部屋そのものを指してませす。
だから、私たちはこの部屋に入った瞬間、作品の中に入り込む仕掛けになっています。

《まる、さんかく、しかく》と船井さん

あっ、うさぎが部屋から脱け出している!

展示会場入口

最近では2~3歳の子どもたちとのワークショップを開催しているという船井さん。
なぜかというと、生まれてまだ年数がたっていない2~3歳の子どもたちは生と死のはざまにいて、そこに原始的なパワーを感じるからとのこと。
そういったワークショップから生まれた作品。

《Strokes/猿》(左)、《Strokes/馬》(右)


次は室井公美子さんの部屋。



あの世とこの世の間のぼんやりとしたイメージを描いたという室井さんの作品は、大画面に絵の具を叩きつけるように描いたかのようなパワーを感じさせてくれます。

《Shadow》と室井さん


「描くときにはものすごいエネルギーが必要ではないですか。」とおうかがいしたところ、「絵を描く時は集中しますが、もともと絵を描くのが好きなので、自然とのめり込んでいます。」と室井さん。最初からはっきりとしたイメージをもつのでなく、絵の具をいじりながら体を使って考えていく、とのことです。

作品のタイトルは哲学的なもの、ギリシャ神話からとったものが多いです。

《Psyche(プシュケー)》(左)、《DoxaⅠ(ドクサⅠ)》(右)
こちらはあの世とこの世の門番《Gatekeeper(ゲートキーパー)》。


「見る人の心を揺さぶる作品を描きたい。」と室井さん。
作品の前に立つとその作品がもつパワーを感じます。

続いて竹中美幸さんの部屋。

最初見た時は素材が何だかわかりませんでしたが、竹中さんのお話を聴いてびっくり。なんとこれはかつて映画で使われた35mmのカラーフィルム。

「透明の素材は、それ自体に存在感がないからこそ見る者に気づきを与えてくれるのです。」と竹中さん。

竹中さんがモチーフにしてるのは光と闇。フィルムは純粋な光に反応するので、表現する素材に適しているとのこと。
「フィルムは暗室で感光させて現像します。」


上の写真の左3枚は《新たな物語》のシリーズで、そこに映し出されているのは取り壊される実家とともに捨てられるたんす、カーテン、電灯。
「物語を排除したところに新たな物語が立ち上がる気がします。」と竹中さん。
近くでよく見ると、たんすの木目やカーテンのレースの模様、電灯のあかりがよく見えます。

もう一つのブースに展示されているのは、東日本大震災をきっかけに、大きなものごとが起きる前の前兆を感じて表現したという作品。
小さい頃、たんすに囲まれた部屋の中にいて、たんすの木目が人の顔に見えたり、雲に見えたりした体験があるという竹中さん。
いろいろな色彩の水玉模様が浮かんでいるようなこれらの作品は、どう見えるかは、まさに見る人の想像力にゆだねられているのかもしれません。

作品の解説をする竹中さん
こちらは透明なアクリル板2枚を重ねた《何処でもないどこか》のシリーズ。
左が《巡る雫》、右が《境界に浮かぶ橋》。
どちらもアクリル板特有のみずみずしさが感じられます。





そして青木恵美子さんの部屋。
「見えるものの奥にある、見えない普遍的なものを描きたい。」と青木さん。

Epiphany(顕現)、Presence(現前)、Infinity(無限)の3つのシリーズから考えて制作しているという青木さんの最初のコーナーはEpiphany(顕現)。

画面の上から大半を占める部分が「理想」、そして下の部分が「現実」。これらが響きあって一つの作品を構成しています。
近くで見ると、赤や青がとても鮮やかです。遠くから見ても部屋全体に赤と青のリズムが感じられます。
「色彩は私にとって重要なテーマで、大切な要素です。」と青木さん。


次はPresence(現前)。線で時間や空間を区切り、その存在を引き出しています。


そして、最近の作品はInfinity(無限)。近寄って横から見ると、いくつもの花びらが盛り上がっているのがわかります。これはすべてパレットの上で絵筆で固めたアクリル絵具を画面に貼り付けたもの。
「画面から動きのあるものを出したいと思っていたら、筆跡が花びらに見えてきました。身体性をともなった絵画、遠近法でないイリュージョンを表現する新しい絵画を描きたいと考えています。」

「赤は動、青は静。どちらも一番身近にある色で、空間として響きあうので赤と青を対比させました。」

《Infinity》と青木さん


最後は田中みぎわさんの部屋。
田中さんが絵を描くようになった動機は、母の実家の熊本に里帰りした時の夕立の体験にありました。
「外で遊んでいると急に黒い雲が出てきて、大きな太鼓のような雷の音がして、雨が降ってきました。天にはもっと大きな存在があって、怒って嵐をおこしているのではないかと、とても怖かったのですが、同時に白いカーテンのような雨に美しさを感じました。もともと絵が好きだったので、こういった心にあふれてくるものを絵で表現したいと思いました。」

下の写真の正面は《神様の手のひら》。嵐の激しさが伝わってくるようです。


次はなぜモノトーンで描くのか。
石垣島に1年半住んでスケッチをしていた時のこと。
「東の空に出てきた太陽に照らされて真っ赤に燃えた雲を表現するのに、赤い絵の具で描こうとしましたが、限界を感じました。五感で感じた色は白黒の方が表現できるのことがわかったのです。」




作品の解説をする田中さん

そして田中さんが今こだわっているのが、絵を描く紙。
柔らかくてしなやか、長持ちのする島根県産の「石州半紙稀」。その漉きたての生紙(きがみ)は自然のしみ込み方をするそうです。
熊本の天草半島で満月の夜、一晩中外で月を写生していた時に月の音を聴いたという田中さん。「私は自然の一部であると感じています。」

下の写真は《波間の子守唄(4枚組)》のうちの1枚。
嵐を描いた作品とはうってかわって、月夜の静寂さを感じさせてくれる作品です。





いかがだったでしょうか。
冒頭でもふれたように、会場内には5人の作家たちの個性が響きあっています。
ぜひともその場でご覧になってください。
2月18日(日)までです。

2018年1月14日日曜日

山種美術館 企画展「生誕150年記念 横山大観 -東京画壇の精鋭ー」 

山種美術館では企画展「生誕150年記念 横山大観 -東京画壇の精鋭ー」が開催されています。

横山大観と言えば「富士山」というイメージが定着していますが、2013年に公開された映画「天心」を見てからは、ついつい映画に出てくる人間味あふれる大観を想像しながら作品を見るようになりました。
映画では大観を演じる中村獅童がいい味を出していました。
大観が描いている作品の横をずかずか通って菱田春草に作品を注文する画商をムッとした顔でにらみつけたり、第1回文展の祝賀会であたりを見渡して誰も見ていないことを確かめてから大きな徳利を手に取ってそのままお酒をおいしそうに飲んだり、こういった姿が思い浮かんでくるので、今回の展覧会も楽しく拝見できるのではと心待ちにしていました。

会期は2月25日(日)までです。横山大観《楚水の巻》と《燕山の巻》は1月30日より場面替えがあります。
※展覧会の様子や関連イベント情報は公式サイトをご覧ください。

  http://www.yamatane-museum.jp/


それでは先日参加した特別内覧会に沿って展覧会の様子を紹介したいと思います。

※掲載した写真は山種美術館の特別の許可を得て撮影したものです。また、本展覧会の作品はすべて山種美術館蔵です。

はじめに山種美術館の山﨑妙子館長から新年のご挨拶がありました。
「昨年は川合玉堂展や上村松園展、それに川端龍子展のような珍しい展覧会も開催し、おかげさまでどれも盛況でした。新しい山種ファンも増えたのでは。」と山﨑館長。

続いて広報担当の髙橋さんから展覧会の概要について説明がありました。

○ 今回の展覧会では初公開作品を含む当館所蔵の大観作品全41点を公開しています。

第1会場入口では横山大観《霊峰不二》(1937(昭和12)年)がお出迎え。


○ 当館創立者・山﨑種二氏と交流があった小林古径、安田靫彦、前田青邨、東山魁夷は
 じめ東京画壇を代表する画家たちの作品も同時に展示しています。
○ 今回撮影可の作品は《作右衛門の家》(作品番号06)です。(←記念写真をぜひ撮りまし
 ょう!)
○ 「Cafe椿」では横山大観の作品にちなんだ和菓子を提供しています。

中央が《雲の海》、右上から時計回りに《不二の山》《冬の花》《花のいろ》《葉かげ》
どれも美味です。


○ ショップでは、本展覧会の小冊子やオリジナルグッズを販売しています。


○ 次回の展覧会は3月10日(土)から始まる企画展「桜 さくら SAKURA 2018」。
  関連イベントとして、日本画家 千住博氏の講演会を4月1日(日)に開催します。タイ
 トルは「美術は語る」です。ご参加お待ちしています。

次に、明治学院大学教授で山種美術館顧問の山下裕二さんから展覧会の見どころをスライドでご紹介いただきました。

山下さんの大観との出会いは、1967(昭和42)年、国際観光年に発行された記念切手「霊峰飛鶴」。当時は大変な切手ブームで山下さんも「切手少年」だったとのこと。
「少年時代から、大観といえば富士、と頭の中に刷り込まれていました。」と山下さん。

第1章 日本画の開拓者として

~第1章には明治大正期の大観の作品が展示されています。~

「今回の展覧会の大きな目玉は、1910(明治43)年の作品《楚水の巻》と《燕山の巻》。これは大観の中国旅行の体験をもとに描いた作品です。」
「雪舟の《山水長巻》を意識して、これを超えるサイズの巻物に描いていますが、雪舟との違いは、かなり極端な遠近法をとっていることです。西洋美術の影響がうかがえます。」

横山大観《燕山の巻》(1910(明治43)年)(部分)
ポスターやチラシに掲載されている場面です。

「《陶淵明》は狩野派でよく描かれていた画題ですが、人物を大きく象徴的に描いています。」

横山大観《陶淵明》(1913(大正2)年頃)

次は今回の展覧会で撮影可な作品《作右衛門の家》。
「ここに描かれた作右衛門なる人物は、大観も何も書き残していないので誰だかわからない、謎の画題です。」

横山大観《作右衛門の家》(1916(大正5)年)




1919(大正8)年の作品《喜撰山》。
「大正時代に入ると大観はグリーンを基調とした作品を多く描きました。南画、文人画的なリズム感が感じられます。」

横山大観《喜撰山》(1919(大正8)年)
第2章 大観芸術の精華

~第2章には昭和期の大観の作品が展示されています。~

1927(昭和2)年の作品《叭呵鳥》。
「叭呵鳥は中国原産で日本には生息していませんが、水墨画の画題として描かれていました。」
同じ黒い鳥でもカラスとの違いは頭の前の方にふさふさと生えている毛。

横山大観《叭呵鳥》(1927(昭和2)年)


1932(昭和7)年に描かれた《華厳瀑》と《飛瀑華厳》。
ほとんど同じ絵柄ですが、「筆に迷いがある《飛瀑華厳》が試しに描いたもので、《華厳瀑》が完成品では。」というのが山下さんの意見。

横山大観《華厳瀑》(左)、《飛瀑華厳》(右)(いずれも1932(昭和7)年)

ガラスケースの中には小品が並んでいます。
手前はおなじみの富士山。大観は生涯、富士山を2000点!も描いたそうです。
横山大観《不二霊峯》(手前)(1947(昭和22)年頃、
《波に叭呵鳥》(奥)(20世紀(昭和時代))
叭呵鳥が小さくてよく見えないので、アップで。頭の上に毛が三本!

横山大観《波に叭呵鳥》(20世紀(昭和時代))
「中国絵画の龍のスタイルを取り入れた《龍》です。」

横山大観《龍》(1937(昭和12)年)

「《春の水・秋の色》は、一見すると川合玉堂では、という作品。玉堂にも感化されたのでしょう。」

横山大観《春の水・秋の色》(1938(昭和13)年頃)


《春朝》《蓬莱山》《寿》とおめでたい画題の作品が並びます。
「《寿》の下絵は金泥です。」

横山大観《春朝》(1939(昭和14)年頃)


横山大観《蓬莱山》(1939(昭和14)年頃)

横山大観《寿》(20世紀(昭和時代))

第3章 東京画壇の精鋭たち

~第3章には山﨑種二氏と交流があった小林古径、安田靫彦、前田青邨、東山魁夷を
 はじめ東京画壇を代表する画家たちの作品が展示されています。~

小林古径《牛》(1943(昭和18)年)(左)、
川合玉堂《松竹朝陽》(1956(昭和31)年頃)(右)



山下さんが最後に紹介されたのが、京都・大徳寺の牧谿《観音猿鶴図》を大観が模写した《観音猿鶴図(模写)》(東京国立博物館蔵)。
私も2年前の正月、申年にちなんで東京国立博物館で展示されていたのを見ましたが、大徳寺の《観音猿鶴図》が何でトーハクにあるんだ、と一瞬驚いたほど、ものすごくいい出来でした。

師であった橋本雅邦から狩野派の影響を受け、水墨画や文人画などの表現を取り入れ、昭和期には美術界にゆるぎない地位を築いた大観。
こういった大観があるのも「(古画を模写する努力をしていた)基礎があったからこそでしょう。」(拍手)

続いて、会場で山種美術館学芸員・三戸さんのギャラリー・トークをおうかがいしました。

「横山大観というと誰でも知っている有名な画家。”ミスターベースボール”長嶋茂雄氏になぞらえて『ミスター日本画』と言った方がいますが、大観はとても運の強い人、もっているものがある人です。」と三戸さん。

「第1のポイントは、近代の1ページ目である明治元年に生まれ、近代とともに生きたこと。第2のポイントは、岡倉天心が校長を務めていた東京美術学校(現:東京藝術大学)の記念すべき第一期生として入学したこと(1879(明治22)年)。」

その後、天心は東京美術学校助教授の地位を得ますが、1888(明治31)年、岡倉天心の東京美術学校追放に伴い、大観も同校を辞職し、日本美術院創立にかかわります。
日本美術院時代は作品を描いても売れない苦しい時期が続き、1906(明治39)年には日本美術院が経営難に陥り、大観は下村観山、菱田春草、木村武山とともに岡倉天心に従って北茨城・五浦(いづら)に移住します。

今回の展覧会には大観とともに五浦で制作に励んだ3人の作品も仲良く並んで展示されています。

左から、下村観山《朧月》(1914(大正3)年頃)、
菱田春草《釣帰》(1901(明治34)年、木村武山《秋色》(20世紀(大正時代))
彼ら五浦組が天心から課せられた命題は「輪郭線を使わずに光や大気を表すこと」。
しかしながらこの実験的な試みは「朦朧体」と揶揄され、評判はよくありませんでした。

不遇の時代が続いた大観でしたが、次の「もっているポイント」がやってきました。
「第3のポイントは、寺崎広業と中国旅行をしたあと、1910(明治43)年の第4回文展に《楚水の巻》を出品してその個性を評価されたことです。」

横山大観《楚水の巻》(1910(明治43)年)(部分)

横山大観《楚水の巻》(1910(明治43)年)(部分)
そのときの評は、「(テクニシャンで絵が上手な)広業君のよりは面白い。うまいのかへたなのかわからない、とぼけたところが面白い。家屋にしても、上から見たのか下から見たのかわからない。パースペクティブ(遠近法)がないに等しい。」といった趣旨のもの。
ほめているのか、けなしているのかわかりませんが、「何か魅力がある。」と個性を評価されたことは間違いないようです。

横山大観《楚水の巻》(1910(明治43)年)(部分)
「パースペクティブ(遠近法)がない」と評された場面

「その大観の個性が大画面に表現されたのが《作右衛門の家》と《陶淵明》です。」

手前から 横山大観《作右衛門の家》《陶淵明》《叭呵鳥》
《芍薬》(1929(昭和4)年頃)

「《作右衛門の家》は緑青を多用し、大和絵、琳派の影響が見られます。《陶淵明》の右隻には『帰去来辞』の、陶淵明が官職を辞して帰郷後、近くを散歩しているとき松を撫でて立ち去り難い気持ちを表した場面が描かれ、左隻には大画面に遠山が描かれ、画面を『きゅっ』と引き締めるように小さい鳥が描かれています。遠山のたらしこみに琳派の影響が見られます。このような構成の大胆さが大観の魅力でしょう。」

左方からみた横山大観《陶淵明》
「大観は、松の木を松の葉が下に下がっていく独特の描き方をしています。」
「大観は『五浦の海岸で松の木をたくさん見た。』と言っていたそうですが、五浦で見た松の木のイメージが強く残っていたのでしょうか。」

横山大観《松》(1940(昭和15)年頃)、《夏の海》(1952(昭和27)年頃)、
《天長地久》(1943(昭和18)年頃)


「《燕山の巻》は先ほどの《楚水の巻》とは空気の表現が違います。《楚水の巻》は江南地方の湿潤な空気を表現していますが、《燕山の巻》は北京の景色なので乾いた空気を表現しています。」

横山大観《燕山の巻』(部分)

横山大観《燕山の巻》(部分)

「中国旅行中、大観はロバに乗って旅行をしたのですが、ロバが大変気に入り日本に連れて帰ってきました。《燕山の巻》の後半にはロバが描かれています。」
(《燕山の巻》と《楚水の巻》の後半は場面替えする1月30日から見ることができます。ロバに注目です。)

「さて、大観が日本に連れて帰ってきたロバは、その後どうなったか。それは本展覧会の小冊子に掲載されているのでご覧になってください。」


「『もっている』大観のもう一つのポイントは、着想の斬新さです。」

「《竹》は白い紙に水墨で描いていますが、紙が少し黄色く見えないでしょうか。これは裏箔といって、裏に金箔をはっているからです。これで竹林にほんわかと光が差すイメージを表現しています。」

横山大観《竹》(1918(大正7)年)

「《喜撰山》は紙に金箔を貼っています。よく見ると縦横の線が見えます。この作品は宇治の山を描いていますが、京都の赤土特有の色を出すため紙に金箔を貼ったのです。こういった革新的な着想が大観にはあります。」

横山大観《喜撰山》1919(大正8)年(再掲)


「主題設定も大観の魅力の一つです。大観といえば「富士山」がトレードマークですが、もう一つのトレードマークは「山桜」です。大観は桜を描いても山桜しか描きませんでした。これは本居宣長の和歌『敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花』に日本の精神を見たからなのでしょう。」


横山大観《山桜》(1934(昭和9)年)


大観展ですので、やはり富士山コーナーはあります。
下の写真中央の《心神》は、山種美術館設立に際し、大観から「美術館をつくるなら」という条件で購入を許されたという作品。

大観には戦前も戦後も富士山を描いてほしいとの依頼があり、それぞれ表情の違う富士山を描き続けました。
「大観は富士山に日本の精神、そして自分の精神を見たのでしょう。」

左から 横山大観《富士》(1935(昭和10)年頃、《心神》(1952(昭和27年)、
《富士山》(1933(昭和8)年)

「大観は戦中戦後の時期に、熱海にある山﨑種二氏の別荘に滞在していました。この別荘を大観は『嶽心荘』と名付け、大観が揮毫した書を木彫りしたのがこの銘板です。」

銘板 嶽心荘(書:横山大観 刻:中村蘭台[2代])


「今回の展覧会は、当館所蔵の大観作品全41点を公開する初めての試みです。大観も、東京画壇の画家たちの作品も楽しめる展覧会ですので、ぜひ多くの方にお越しいただきたいです。」(拍手)

ひょうひょうとしていて、何となくゆるそうで、それでもしっかり人の心をつかむツボを心得ている、そういった大観作品の良さをあらためて実感できる展覧会でした。
この冬おすすめの展覧会です。








2018年1月3日水曜日

2017年 私が見た展覧会ベスト10

あけましておめでとうございます。
昨年一年間のご愛読ありがとうございました。
今年もドイツ政治の動きや美術展情報などを掲載してきたいと考えていますので、お付き合いのほどよろしくお願いいたします。

昨日(1月2日)は、東京国立博物館に初もうでに行ってきました。
和太鼓の演奏や獅子舞があったりして、正月らしくとても華やいだ雰囲気でした。
そして今年の干支の「戌」にもたくさん会ってきました。
円山応挙の杉戸絵、かわいらしい香炉、おどけた表情の水滴、それに絵の中のどこに犬がいるか探すのも楽しいです(展示は1月28日(日)まで)。


円山応挙《朝顔狗子図杉戸》(部分)

染付子犬形香炉
仔犬水滴

伝夏珪《山水図》

さて、続いてすっかり年頭の恒例行事となった「私が見た展覧会ベスト10」2017年版を紹介します。 
いつものことながら、どれもいい展覧会ばかりでしたので、その中からベストテンを選ぶのは至難のわざですが、悩みながらもそれぞれの展覧会のことを思い出して楽しみながら選んでみました。

第1位 京都・大徳寺聚光院「狩野松栄・永徳父子の国宝の障壁画」特別公開

 去年見た絵の中で一番といえば、聚光院・室中之間の狩野永徳「花鳥図」。
去年3月までの1年間限定で寄託先の京都国立博物館から聚光院に里帰りした時に見てきました。やはり元あった場所に納まった「花鳥画」は格別でした。

第2位 静嘉堂文庫美術館「あこがれの明清絵画」と泉屋博古館「典雅と奇想~明末清初の中国名画展」のコラボ企画

 去年は国内にある中国絵画の名品を見る機会に恵まれました。展示替えもあって、講演会やギャラリートークもできるだけ聴くようにしたので、去年の秋は二子玉川と六本木一丁目には何回も行きました。

第3位 国立新美術館「ミュシャ展」

 超大作《スラブ叙事詩》全20作は圧巻でした。ミュシャの祖国チェコ国外では初公開。大きな展示スペースをもつ国立新美術館ならではですね。国立新美術館に感謝です。

第4位 出光美術館「水墨の風」「江戸の琳派芸術」

 どちらもいい展覧会だったので、少し苦しいですが室町時代から桃山時代、江戸時代と連続した一連の展覧会としました。ほとんど同館所蔵作品だけでこの時代の日本絵画史の概観が語れるのはすごいです。出光美術館の奥行きの深さをあらためて感じました。



第5位 三井記念美術館「驚異の超絶技巧!」

 2014年に開催された「超絶技巧!明治工芸の粋」の第二弾。今回は明治工芸と現代アートの対決編。会場内に火花がバチバチ飛び散る緊張の連続でした。現代のアーティストもすごい!

第6位 山種美術館「川端龍子 -超ド級の日本画-」

 51年目のスタートを切った山種美術館。去年もとても素敵な展覧会ばかりでしたが、一押しは大画面の作品でインパクトがあった川端龍子展。まさに超ド級。大田区立龍子記念館「龍子の生きざまを見よ!」と合わせ技で去年は龍子の迫力を実感できた年でした。


第7位 上野の森美術館「怖い絵展」

 絵の背景がわかればより怖さがわかる。入場までの待ち時間が話題になりましたが、それだけ見応え十分の展覧会でした。《レディ・ジェーン・グレイの処刑》の前に立って、絵のもつ説得力の強さに圧倒されました。


第8位 パナソニック汐留ミュージアム「表現への情熱 カンディンスキー、ルオーと
    色の冒険者たち」

 特に思い入れの強いカンディンスキーとクレーの作品をたっぷり見ることができて大満足でした。それも二人の作品のほとんどが宮城県立美術館の所蔵作品。こんないい作品がたくさん日本にあってくれて、とてもうれしくなりました。

第9位 三菱一号館美術館「パリグラフィック ロートレックとアートになった版画・ポスター展」

 外観も内装もヨーロッパの雰囲気そのままの三菱一号館美術館。そこに19世紀末のパリの街が登場しました。BGMにはシャンソンが流れていて、まるでタイムスリップしたような気分。会期は1月8日(月・祝)までですので、まだ間に合います!

第10位 六本木・森美術館「N・S・ハルシャ展」

 2千人もの人物が描かれていて一人一人のしぐさや表情が違って、中には動物もいたり、急激な近代化によって失われていくインドの伝統をさびしげな目で描いたり、じっくり作品を見れば見るほど楽しめる展覧会でした。

以上です。
みなさまのベストテンと重なる展覧会はありましたでしょうか?

全体として和洋中のバランスをとり、原則として1つの美術館につき1展覧会としました。また、第1位に狩野派を入れたので、サントリー美術館「狩野元信展」をはずしたり、第2位に「明清絵画」を入れたので、東京国立博物館と台東区立書道博物館とのコラボ企画「董其昌とその時代-明末清初の連綿趣味」をはずしたりと、バランスを考えて泣く泣くはずした展覧会もありました。

ベストテンから惜しくもはずれた展覧会もいいものばかりでした。見に行った展覧会の感想は私のツィッターにアップしていますので、こちらもぜひご覧になってください。


また、昨年も台北故宮博物院と上海博物館に行ってきました。こちらの様子はもう一つのブログで紹介していきますので、ぜひこちらもご覧になってください。