2019年5月22日水曜日

東京藝術大学大学美術館「藝大コレクション展2019」第二期展示が開催中です!

東京・上野公園の東京藝術大学大学美術館では、「藝大コレクション展2019」の第二期展示が開催されています。

春の装いの展覧会チラシ

第一期(4/6-5/6)は。およそ90年ぶりに全12幅そろって展示された池大雅《富士十二景図》、明治期にはフランスに留学する画学生が多かった中、イギリスに学んだ画学生たちの作品や模写、浮世絵コレクション、奈良時代の国宝《絵因果経》、重要文化財の狩野芳崖《悲母観音》と高橋由一《鮭》が展示されるなど、話題性やバラエティーに富んだ充実の内容でした。

第一期の様子は以前にブログで紹介しています。→藝大コレクション展2019(第一期展示)

さて、現在開催中の第二期展示は大幅な展示替えがあるとのことでしたので、どのような内容になっているのか気になるところでした。
そこで今回は、美術館のご協力をいただいて開会前に取材に行ってきましたので、そのときの様子をお伝えしながら、展覧会の見どころを紹介したいと思います。

※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は美術館より特別の許可をいただいて撮影したものです。
※取材時には、同美術館の黒川廣子教授、熊澤弘准教授に作品の解説をしていただききました。今回のレポートはお伺いしたお話をもとに、私の感想などを織り混ぜながら構成したものです。
※紹介した作品は、別に表示しているものを除き東京藝術大学所蔵です。

展示室に入ってすぐの正面には、第一期と同じく黒田清輝と、黒田清輝のフランス留学時の師、ラファエル・コランの作品が仲良く並んでお出迎え。

右 黒田清輝《婦人像(厨房)》 左 ラファエル・コラン《田園恋愛詩》

見どころ1 近代日本画の風景画表現の流れを見てみよう

順路に沿って右側の展示スペースに入っていくと、そこには私たちになじみのある日本の自然が描かれた作品が目に入ってきます。

「特集:東京美術学校日本画科の風景画」展示風景


大正末期から昭和初期にかけて、古くから描かれていた絵巻物などに見られる大和絵を復興しようという動きがありました。
その中心となったのは、1918(大正7)年から1935(昭和10)年まで東京美術学校(現在の東京藝術大学)日本画科で教鞭をとった松岡映丘(1881-1938)です。
このコーナーでは、松岡映丘とその弟子たちの作品が、ほぼ年代を追って展示されていて、近代日本の風景画表現の流れがわかるようになっています。

松岡映丘《伊香保の沼》(大正14年)
はじめに師・松岡映丘の《伊香保の沼》。
背景の山は大和絵らしく丸みを帯びていていますが、木を一本一本丁寧に描くなど、松岡映丘のこだわりが感じられます。そして、群青や緑青を多用するのも松岡映丘の特徴。
丁寧に描きこまれた背景の前には、足を水の中にひたし、物憂げな表情でたたずむ若い女性。この女性は榛名湖の木部姫伝説をもとに描かれているので、美人だからといって見惚れていると大蛇に変身するのでご用心!

続いて弟子の狩野光雅《那智》と花田實《熊野路》。
いずれも南紀の名所を題材にした作品で、師・松岡映丘の影響から、群青色や緑青を多用した鮮やかな色彩の作品が特徴です。

右が狩野光雅《那智》(大正8年)、左の三幅対が花田實《熊野路》(昭和2年)
ここまでは大正末期から昭和初期までの色鮮やかな作品が並んでいますが、昭和も一ケタの後半になると、淡く柔らかい色の風景画に変化していきます。

「特集:東京美術学校日本画科の風景画」展示風景

上の写真中央の作品は山口蓬春《市場》。
この頃には画家の関心も海外にまで広がっていきました。こちらは旅先で訪れた平壌の市場の風景です。

山口蓬春《市場》(昭和7年)
©公益財団法人 JR東海生涯学習財団

一方で、東京美術学校の画学生たちは身近な上野近辺の風景も描きました。
こちらは三浦文治の《動物園行楽》。

三浦文治《動物園行楽》(昭和6年)


一見すると社寺参詣曼荼羅を思わせる俯瞰的な構図をとっていますが、そこに描かれているのは社寺の風景と参詣者たちでなく、動物舎に入っている象をはじめとした動物や、そこに集う人たち。左上に描かれた靄の中に浮かぶ五重塔がかろうじて社寺参詣曼荼羅らしさを伝えているようです。

しかし、よく考えてみると上野公園一帯は、かつては江戸城の鬼門を守った東叡山寛永寺の伽藍が立ち並んでいた場所。やはりこの作品のベースは社寺参詣曼荼羅だったのでは?

見どころ2 明治初期の国づくりの意気込みを感じてみよう

第二期展示の大きな見どころの一つは、起立(きりゅう)工商会社の工芸図案。
近代日本画の風景画のコーナーの先の一角を占めています。

「特集:起立工商会社工芸図案」展示風景
起立工商会社は、1873(明治6)年に開催されたウィーン万博を契機に、家具や調度品などの漆工、金工、陶磁器、染織、木工など日本の伝統工芸品を輸出するために設立された会社で、工芸品の多くは海外に流出し、会社も1891(明治24)年に解散しましたが、工芸家たちの中には開校間もない東京美術学校の教官になった人もいたというご縁で同校に残されました。

「特集:起立工商会社工芸図案」展示風景
明治維新後、明治政府は近代国家としての体裁を整えるため、産業の育成に力を注ぎました。そして、外貨を稼ぐために動員されたのが、最高級の日本の工芸品を作る腕利きの工芸家たち。そして、その工芸家たちが作る工芸品のデザインを担当したのが、今となっては無名の多くの絵師たちだったのです。

中には作者の判明している図案もあります。

鈴木誠一、稲垣其達、荒木探令・・・

「一」とか、「其」とか、「探」とか、どこかで見たような字が使われた名前。もしかしたらと思い解説パネルを見ると、やはりそうでした。

鈴木誠一は江戸琳派の鈴木其一の次男、稲垣其達は鈴木其一の門下、荒木探令は狩野探幽に始まる鍛冶橋狩野派の流れを汲む狩野探美の門下。

江戸幕府や大名たちの庇護を失い、活躍の場を失っていた江戸末期の絵師たちも動員されていたのです。しかしながら、丁寧に描かれた工芸図案を見ていると、国策で動員されたとはいえ、腕を振るう場が見つかって生き生きと描いている彼らの姿が思い浮かんでくるようです。

近代国家の建設に向けて邁進していた時代の熱気が感じられる工芸図案を、近くで細部までじっくりご覧になってください。

そして、今回の展示に向けた調査の中で新たな発見がありました。

東京美術学校は1909(明治42)年に各種図案が貼り込まれた資料《下図類》を購入しのですが、《下図類》には《起立工商会社工芸図案》と同じ作者の印章や関連する図案が含まれていることが判明したのです。
《起立工商会社工芸図案》では用途不明であった図案の部分図が、《下図類》の図と類似していたため高卓(花台)の部分図と判明した例もあります(解説パネルより)。

「特集:起立工商会社工芸図案」展示風景

難しいパズルを根気よく解いていくような地道な作業から見えてくる新たな事実。
詳しくは『起立工商会社の花鳥図案』(黒川廣子、野呂田純一著 光村推古書院 2019)をご覧ください。ミュージュアムショップで販売しています。


こうした工芸図案をもとに作られた工芸品は、もともと輸出用なので、多くは海外に渡ってしまったのは仕方のないことなのですが、今回の展覧会では1点だけ工芸品が特別出品されています。

起立工商会社 杉浦行宗《烏図壷》(東京村田コレクション蔵)

最近では明治の超絶技巧が注目されていますが、アートファンとしては、こういった工芸品と工芸図案がずらりと並んで展示される展覧会がいつかは開催されないかな、と勝手に想像してしまいます。

まだまだ見どころは続きます!

さて、展示室を少し戻って、東京美術学校日本画科の風景画の向かいは、第一期に引き続き、「特集 イギリスに学んだ画家たち」。

光と影のコントラストが見事な原撫松の《裸婦》は第一期からの展示、そして第二期にはレンブラント《使徒パウロ》の模写が展示されています。前回のブログでも紹介しましたが、海外から入ってくる本物の西洋絵画が少なかった明治期には、模写作品は国内の画学生にとって貴重な教材でした。

右の肖像画は、日本人で初めてロンドンのロイヤル・アカデミーに入学して伝統的な肖像画の画法を身につけた石橋和訓の《男の肖像》。

右から、石橋和訓《男の肖像》、原撫松《裸婦》、
レンブラント・ファン・レイン原作 原撫松摸本制作《使徒パウロ》

次に「特集 イギリスに学んだ画家たち」の反対側の展示スペースに向かいます。
左側が「名品:西洋画」、右側が「名品:日本画」のコーナーです。

「名品:西洋画」展示風景

「名品:日本画」展示風景

「名品:西洋画」のコーナーでは、五姓田義松《操芝居》、第一期から引き続きの高橋由一《鮭》(重要文化財)と並んで展示されている、彼らの次の世代の山本芳翠の作品《西洋婦人像》に注目です。


左 山本芳翠《西洋婦人像》、
右 ジョン・シンガー・サージェント《ジュディット・ゴーティエ像》
この作品のモデルは、文豪テオフィル・ゴーティエの娘で象徴派詩人のジュディット。
ジョン・シンガー・サージェントが記念として山本芳翠に送った《ジュディット・ゴーティエ像》と並んで展示されています。

フランスに渡り、パリでジェロームらからアカデミックな技法を学んだ山本芳翠ですが、滞欧時の作品のほとんどは、作品を積んで日本に向かっていた船が沈没して失われるという不運にみまわれました。
この《西洋婦人像》は滞欧期の数少ない作品の一つで、まばゆく輝くばかりの女性をこんなに美しく描く山本芳翠のほかの作品もぜひ見てみたかったと思いました。

ちなみに山本芳翠の作品を積んていた船は、旧日本海軍がフランスに注文した巡洋艦「畝傍(うねび)」だったのです。
大和三山の畝傍山からとって命名されたこの巡洋艦が日本に回航途中の1886(明治19)年12月、シンガポール出港後に行方不明になり、のちに沈没と認定されたことは知っていたのですが、まさかこの軍艦に美術品が積まれていたとは想像もできませんでした。

「名品:日本画」のコーナーには、明治初期の近代日本画界の二人のスーパースター、橋本雅邦の《白雲紅樹》、狩野芳崖の《不動明王》(いずれも重要文化財)、そして、橋本雅邦が指導した次の世代の横山大観、下村観山、川合玉堂ほかの作品が展示されています。

橋本雅邦の《白雲紅樹》はなにしろ大きな作品です。
ビッグサイズの作品が展示できるように作られた、この美術館の大きな展示ケースだからこそ展示できる作品です。この迫力をぜひ感じとってください。

橋本雅邦《白雲紅樹》(重要文化財)(明治23年)
狩野芳崖は、第一期の《悲母観音》に続き、第二期に展示されているのは亡くなる前年に描いた《不動明王》。

狩野芳崖《不動明王》(重要文化財)(明治20年)

「藝大コレクション展2019」の後期展示はいかがだったでしょうか。
第二期も盛りだくさんな内容でバラエティに富んだ展示です。

緑が映える季節になってきました。ぜひ上野公園の東京藝術大学大学博物館にお越しになってください。

「藝大コレクション展2019」第二期展覧会概要
会 場  東京藝術大学大学美術館 本館地下2階 展示室1
会 期  5月14日(火)~6月16日(日)
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日  毎週月曜日
観覧料  一般 430円(320円) 大学生 110円(60円)
*高校生以下及び18歳未満は無料
*(  )は20名以上の団体料金
*団体観覧者20名につき1名の引率者は無料
*障がい者手帳をお持ちの方(介護者1名を含む)は無料

展覧会の詳細はこちらをご覧ください→東京藝術大学大学美術館公式サイト

美術館の建物に入って正面のチケット売り場前の床の鮭も健在です。
ここだけは撮影可なので、みなさんの足元と一緒にぜひ記念に一枚!




今回の展覧会紹介記事は、アートブログ「あいむあらいぶ」主宰・かるびさんの取材に同行したレポートです。
かるびさんの詳細な展覧会レポートはこちらです。

【日本画ファン必見】藝大コレクション2019・第2期展示の見どころを一挙紹介!【展覧会レビュー・感想・解説】