2024年12月11日水曜日

大倉集古館 特別展「志村ふくみ100歳記念ー《秋霞》から《野の果て》までー

東京・虎ノ門の大倉集古館では、特別展「志村ふくみ100歳記念ー《秋霞》から《野の果て》までー」が開催されています。

大倉集古館外観

今回の特別展は、紬織りを独自の感性と想像力で、芸術性の高い作品として発展させた人間国宝・志村ふくみさん(1924~)の紺色を基調にした初期の代表作から、2000年代以降の明るい色調の作品まで、70年にわたる染織家としての足跡を辿ることができる展覧会です。

着物の展示を見ていつも思うのは、着るときは着る人の体に合わせて小さくなる着物が、美術館の中で広げて展示されると実は意外と大きく、そこに写し出される模様や図柄を楽しむことができる大画面のキャンバスのように見えるということです。

今回の特別展も、展示ケースの中に広げられたさまざまな色合いの着物を見て心地よい気分になってくる、とてもいい雰囲気の展覧会ですので、さっそく展示の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


会 期  2024年11月21日(木)~2025年1月19日(日)
      前期 11月21日(木)~12月15日(日)
      後期 12月17日(火)~2025年1月19日(日)
開館時間 10:00~17:00 *金曜日は19:00まで開館(入館は閉館の30分前まで)
休館日  毎週月曜日(祝・休日の場合は翌平日)、12月29~31日
     *新年は1月1日から開館
入館料  一般 1,500円、大学生・高校生 1,000円、中学生以下無料
*展覧会の詳細、ギャラリートーク、各種割引等は同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.shukokan.org/ 


*展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は主催者より広報用画像をお借りしたものです。
*所蔵はすべて個人蔵です。


展示は志村ふくみさんが染織を始めるきっかけとなった作品から始まります。
ふくみさん自身が「はじめての着物」とも述べているこの《秋霞》は、1958年の第5回日本伝統工芸展で奨励賞を受賞しました。
近くで見ると、微妙に色合いの異なる紺色のグラデーションがとてもきれいです。

志村ふくみ《秋霞》1958年 紬織/絹糸、藍 個人蔵(通期展示)

《秋霞》の隣には、ふくみさんが影響を受けた染織家の母・小野豊さん(1895-1984)の作《吉隠》が並んで展示されています。
《吉隠》という作品名は、『万葉集』の中の歌に詠まれた奈良県桜井市吉隠の地にちなんでつけられたとのこと。
淡い色合いの紺の間の白い帯状の模様がいいアクセントになっています。

小野豊《吉隠》1960年頃 紬織/絹糸、藍 個人蔵(前期展示)
撮影:安河内聡


《野の果て》(手稿)は、ふくみさんが書いた童話に兄の小野元衞さん(1919-1947)が絵を描いた手稿です。 
画家を志した元衞さんは、結核を患い28歳の若さで生涯を閉じましたが、兄の芸術に対する真摯な姿勢は、妹のふくみさんのその後の創作活動に大きな影響を与えました。


文:志村ふくみ・画:小野元《野の果て》(手稿)
1943年 個人蔵(通期展示)

時がたって2023年、ふくみさんが100歳を目前にして遠い日の春の野を回想して制作したのが《野の果てⅡ》でした。
パステルカラーのような淡い萌黄色や紅色、紫色の色合いが、まるでメルヘンの世界にいるような気分にさせてくれる作品です。

志村ふくみ《野の果てⅡ》2023年 紬織/絹糸、紫根、
紅花、春草 個人蔵(通期展示)



今回の展覧会では、自然の光景や源氏物語などの古典文学、さらには海外への旅など、ふくみさんの発想の源泉の豊かさ、幅の広さに感銘を受けました。

はじめに、ふくみさんの出身地で、染織家としての道を歩み始めた近江八幡の目の前に広がる琵琶湖から。

《月の湖》は、満月に近い宵に琵琶湖のほとりで月の出を待ち、やがて湖上の沖島の上に月がのぼる瞬間に思わず感動して織り上げたという作品。
波間に月の光がきらきらと反映する様子が浮かんでくるようです。


志村ふくみ《月の湖》1985年 紬織/絹糸、藍、玉葱
個人蔵(前期展示)


1987年の第34回日本伝統工芸展に出陳された《光の道》は初期の代表作。
こちらは月ではなく、日の光でしょうか。日の出か夕暮れ時の湖面の光と闇の対比が見事に表現された作品です。
志村ふくみ《光の道》1987年 紬織/絹糸、藍、渋木
個人蔵(前期展示)


京都・嵯峨に構えた工房の近くの清凉寺境内に光源氏のモデルとなった源融の墓所があることに気がついたことがきっかけで、ふくみさんは『源氏物語』の帖名に由来する作品をいくつも手掛けています。

《若紫》は『源氏物語』「若紫」の帖にちなんだ作品です。絵画では光源氏が幼き紫の上を垣根の間から「垣間見る」場面が描かれることが多い「若紫」ですが、この作品では高貴な血を引きながらも田舎住まいをしている少女の世塵に染まっていない有り様を表現しているように感じられます。
志村ふくみ《若紫》2007年 紬織/絹糸、紫根、茜
個人蔵(後期展示)

風景だけでなく人間の心情も着物で表現したふくみさんは、海外への旅によって欧州の文化を吸収しました。

《舞姫》は、森鴎外『舞姫』に登場する薄幸の少女エリスの揺れ動く切ない心情を表現しているように思えました。

志村ふくみ《舞姫》2013年 紬織/絹糸、紅花、紫根、刈安、藍、
梔子 個人蔵(前期展示)

ベートーヴェンのバイオリン・ソナタ9番「クロイツェル」が由来の《クロイツェル・ソナタ》の模様は、楽譜のようにも見えて、時には静かに、時には激しく奏でるバイオリンとピアノの調べが聞こえてきそうです。
志村ふくみ《クロイツェル・ソナタ》2013年 紬織/絹糸、
黒、刈安 個人蔵(後期展示)

斬新なデザインの《風露》は、切継と呼ばれる小さな布片を接ぎ合わせる技法で、端切れをつなぎ合わせて着物に仕立てたものですが、ふくみさんがある抽象絵画をみて着想を得たとのこと。

志村ふくみ《風露》2000年 紬織/絹糸、紅花、藍、刈安、紫根
個人蔵(後期展示)

詩人・石牟礼道子さんの最後の著作を原作とする新作能「沖宮」のために制作された衣裳にも注目したいです。
「沖宮」は、島原の乱ののちの天草の地で、天草四郎の霊が干ばつに苦しむ村のために龍神への人柱になる少女あやを海底の「沖宮」へ導くという物語で、物語の内容にふさわしく、衣裳には独特の雰囲気が漂っています。
舞衣《紅扇》は主人公あやの、狩衣《竜神》は神である龍神の、小袖《Francesco》は四郎の衣裳で、このうち《紅扇》と《Francesco》は上演時には着用されず、今回が初公開になるものです。


志村ふくみ監修 制作:都機工房 舞衣《紅扇》2021年
紬織/絹糸、紅花、藍、刈安、臭木 個人蔵(後期展示)




志村ふくみ監修 制作:都機工房 小袖《Francesco》2020年
紬織/絹糸,臭木、藍 個人蔵(後期展示)



志村ふくみ監修 制作:都機工房 狩衣《竜神》2018年
紬織/絹糸、藍、梔子、玉葱 個人蔵(前期展示)


日本の伝統的な着物に日本の風景や古典文学の登場人物の心情を込めた作品、海外の文化を取り入れた作品をはじめ、様々な色合いの作品が楽しめるので、普段から着物を着ている方や着物ファンの方はもちろんのこと、着物とはあまり縁のない方にもおすすめできる展覧会です。 
寒い日々が続きますが、心温まる展覧会をぜひご覧ください。