東京・南青山の根津美術館では、在原業平生誕1200年記念 特別展「伊勢物語 ―美術が映す王朝の恋とうた―」が開催されています。
今回の特別展は、美男子の誉れ高く、情熱的な和歌が多いことで知られる平安時代初期の歌人、在原業平(825-880)の生誕1200年を記念して、業平の和歌にまつわる物語を集めた短編物語集『伊勢物語』が生み出した書、絵画、工芸が一堂に会する展覧会です。
展示室内には、きらびやかな料紙に書かれた『伊勢物語』の写本の断簡、金泥や彩色で彩られた掛軸、絵巻物、屛風、さらには細やかな文様が描かれた優美な蒔絵の硯箱はじめ、平安王朝の華やいだ雰囲気が伝わってくる作品が展示されています。
それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。
展覧会開催概要
会 期 2025年11月1日(土)~12月7日(日)
※会期中、前期(11/1-11/16)と後期(11/18-12/7)で、一部作品の展示替、頁替え等
があります。
休館日 毎週月曜日 ただし、11月24日(月・祝)は開館、翌火曜日休館
開館時間 午前10時~午後5時(入館は閉館30分前まで)
入場料 オンライン日時指定予約
一般 1500円 学生 1200円
*障害者手帳提示者および同伴者は200円引き、中学生以下は無料
会 場 根津美術館 展示室1・2・5
展覧会の詳細、オンライン日時指定予約等の情報は同館公式サイトをご覧ください⇒根津美術館
※展示室内及びミュージアムショップは撮影禁止です。掲載した写真は記者内覧会で美術館より特別に許可を得て撮影したものです。
展示構成
第1章 在原業平と伊勢物語 ―古筆と古絵巻―
第2章 描かれた伊勢物語 ―歌とともに―
第3章 伊勢物語の意匠 ―物語絵と歌絵のあわい―
第1章 在原業平と伊勢物語 ―古筆と古絵巻―
展示の冒頭では在原業平ご本人がお出迎えしてくれました!
実はこの《在原業平像》は、今まで公開する機会がなく、今回が初公開とのこと。生誕1200年の今年(2025年)、満を持してご登場いただいたという貴重な肖像画です。
服装は貴族が朝廷に参内する際の束帯(そくたい)、そして左手に料紙を持ち、筆を持った右手は頭の横に上げ、視線を遠くに向ける様子は、ちょうど新たな和歌を案じているところのようです。
まさに天皇の孫で、六歌仙や三十六歌仙に名を連ねた和歌の名手にふさわしいお姿。そのうえ、美丈夫(美男子)といわれたように端正な顔立ちをしています。
もちろん、生前の姿を伝えるものが残されていないので、実際にこのような顔立ちをしていたかどうかはわかりませんが、この《在原業平像》は、南北朝時代(14世紀)の《在原業平像》(重要文化財、個人蔵)に次ぎ制作年代の古いものとしても貴重な作品です。
印刷技術が発達していなかった時代には、物語は写本や書写した本文に絵を添えた絵巻や絵本の形で伝わりました。
『伊勢物語』の写本は古くても12世紀までのものしか残っていないのですが、第1章には平安時代(12世紀)の写本の断簡はじめ貴重な作品が展示されています。
流れるような文体はもちろん、料紙の装飾の美しさにも注目したいです。
第2章 描かれた伊勢物語 ―歌とともに―
『源氏物語』とならんで、日本の古典文学ではその名がよく知られている『伊勢物語』。
主人公は業平その人ではないかともいわれていますが、作者や成立年は未詳で、「古今和歌集」が成立する延喜5年(905)以前から物語の原型ができ、その後、章段の数が増え、125段からなる形が定着しました。そして、収められている和歌は全部で209首にも及びます。
江戸時代初期に出版され、その後の『伊勢物語』を主題とした絵画に大きな影響を与えたのが嵯峨本『伊勢物語』。
次にご紹介する《白描伊勢物語図屛風》も影響を受けた作品のひとつ。場面数も一致し、絵の構図もほぼこの嵯峨本『伊勢物語』を踏襲しているのです。
章段ごとの区切りに金砂子が撒かれた白描の《白描伊勢物語図屛風》には、44の章段から49の場面が描かれています。
| 《白描伊勢物語図屛風》江戸時代 17世紀 根津美術館蔵 通期展示 |
『伊勢物語』は、「八橋」「隅田川」「宇津の山」など断片的には知っているけど、どの場面が描かれていて、どのような物語なのかはよくわからない、という方もいらっしゃるかもしれませんが(筆者もその一人)、ご心配なく。
展示室内には、《白描伊勢物語図屛風》のそれぞれの場面の章段とタイトルや、その中から選ばれた10の名場面の物語のあらずじが記された解説パネルが掲示されているので、とても参考になります。
125段すべての詞書が描かれ、そのうち63段の77場面が描かれているという豪華な内容の絵巻は《伊勢物語絵巻》(全6巻 東京国立博物館蔵)。
作者は、土佐派から分かれ、江戸幕府の御用絵師となった住吉派の祖、住吉如慶。
今回の特別展では、6巻のうち巻1と巻6が展示されています。(前期・後期で巻替)
住吉派の《伊勢物語絵巻》(下の写真右奥)と、土佐派の土佐光起による《伊勢物語図屏風》(下の写真左、個人蔵)が並んで展示されているのも何かのご縁でしょうか。
上の写真右の独立ケースに展示されている扇子は、『伊勢物語』第87段「海人の漁火」の絵を描いた鈴木其一、そして反対側の和歌を書いた其一の師・酒井抱一という、江戸琳派を代表する二人の絵師による師弟競演の作品です。
今回の特別展では、琳派の祖・俵屋宗達、宗達に私淑した尾形光琳、光琳に私淑した酒井抱一という、江戸時代における琳派の系譜をたどることができます。
宗達作と伝わるのは、登場人物の表情やしぐさが可愛らしい《伊勢物語図色紙》。
| 第2章展示風景 |
次に宗達派の屛風、尾形光琳、酒井抱一と続き、さらには江戸初期の絵師で、浮世絵の祖といわれた岩佐又兵衛、幕末に活躍した復古大和絵派の絵師・冷泉為恭はじめ、江戸時代を代表する絵師たちが描いたそれぞれ特徴のある『伊勢物語』が並びます。
第3章 伊勢物語の意匠 ―物語絵と歌絵のあわい―
展示は、2階の展示室5に続きます。
和歌とその歌の内容を描いた扇型の絵を集めた「扇の草子」と呼ばれる《扇面歌意画巻》は、扇面がパタパタと音をたてて空中に浮かんでいるように見えて、にぎやかで華やいだ雰囲気が感じられます。
| 《扇面歌意画巻》(部分)江戸時代 17世紀 根津美術館蔵 通期展示 |
今まで見てきた作品は物語の場面が描かれた「物語絵」でしたが、こちらは和歌の情景が描かれた「歌絵」。全部で100首が描かれた和歌のうち、『伊勢物語』からは29首もの和歌が取られているのがこの作品の特徴です。
右から左に物語を追っていくのが絵巻物ですが、はじめに蓋の絵、次に蓋を開けて裏蓋の絵、最後に箱の中の見込の絵という具合に、蓋を開けながら物語の展開を見ていくのが蒔絵の硯箱。
蓋の下には鏡が置かれていて、裏蓋の絵を見ることができるので、蓋を開けた気分で物語の展開を楽しむことができます。
『伊勢物語』はいくつかの章段のあらすじを知っている程度だったのですが、物語にちなんだ作品を見ているうちにその魅力に引き込まれ、『伊勢物語』についてもっと詳しく知りたいと思わせてくれる展示でした。
同時開催
展示室3 仏教美術の魅力 ー近世の仏像ー
見た瞬間、大きなインパクトが感じられた、忿怒相の不動明王や愛染明王、すべてを包み込んでくれるやさしいお顔の大日如来。
展示室3には、根津美術館が所蔵する室町時代から江戸時代の仏像の優品が展示されています。
展示室6 口切 ー茶人の正月ー
11月は、茶席で茶壺の封を切り、この年の初夏に摘んだ新茶をいただき、茶の湯の新しい一年の始まりの月。茶人たちの正月にふさわしい茶道具が展示されています。
| 《肩脱茶壺 銘 長門》福建 中国・元~明時代 14~15世紀 根津美術館蔵 通期展示 |
「肩脱」とは口から肩にかけて釉薬が施されていない茶壺のことで、この作品は、封をするときに使用された紙が残存する加賀藩前田家伝来品です。
ミュージアムショップ
新年のカレンダー、オリジナル香「伊勢物語」はじめオリジナルグッズも盛りだくさん。
ミュージアムショップにもぜひお立ち寄りください。
三館合同キャンペーン 秋の三館美をめぐる2025
今秋も、三井記念美術館・五島美術館・根津美術館では三館合同キャンペーン実施中!
詳しくはこちらをご覧ください⇒秋の三館美をめぐる2025
2026年度の展覧会スケジュールが発表されました⇒年間スケジュール
来年度も充実のラインナップなので、毎回の展覧会か楽しみです。