2026年1月30日金曜日

東京国立博物館・台東区立書道博物館 連携企画「明末清初の書画」

東京国立博物館と台東区立書道博物館では、今年で23回目を迎えた連携企画が開催されています。
今まで、王羲之、趙孟頫、文徴明、董其昌はじめ歴代中国の書家たちの特集が続き、昨年は国内にある拓本の名品が大集結した「拓本のたのしみ」が開催され、すっかり新春の風物詩として定着した連携企画の今年のタイトルは「明末清初の書画」。

明末清初は、明王朝(1368-1644)から異民族である満洲族が漢民族を支配する清王朝(1616-1912)に転換する激動の時代。
今回の連携企画では、このような時代に生まれた書画の名品が展示されるのはもちろんのこと、作品を生み出した文人たちのさまざまな生きざまが紹介される、とても興味深い内容になっています。

展覧会チラシ

展覧会が開催される両館共通のタイトルは「明末清初の書画」ですが、サブタイトルは東京国立博物館が「乱世にみる夢」、台東区立書道博物館が「八大山人 生誕400年記念」と、それぞれ特徴のある展示が見られますので、館ごとに見どころをご紹介していきたいと思います。


東京国立博物館


展覧会名  東京国立博物館・台東区立書道博物館 連携企画「明末清初の書画」
      ―乱世にみる夢—
会 期   2026年1月1日(木・祝)~3月22日(日)
      前期:1月1日(木・祝)~2月8日(日)
      後期:2月10日(火)~3月22日(日)
会 場   東京国立博物館 東洋館8室

※展覧会の詳細等については同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.tnm.jp/
※東博コレクション展では個人利用に限り撮影ができます。ただし、撮影禁止マークのついている作品は、所蔵者の意向により撮影ができません。
※後期展示の作品は、主催者より広報用画像をお借りしたものです。


いつも中国書画の名品が展示されていて、中国の上海博物館に瞬間移動した気分にさせてくれる東洋館8室に入ってすぐに感じたのは、金色にきらきらと輝く華やいだ雰囲気でした。

展示風景


展示作品の解説を読んでその理由がわかりました。
文化が爛熟した明時代後期には、金による装飾を施した料紙の金箋(きんせん)や、滑らかで光沢のある絹織物の絖(ぬめ)を用いた絖本(こうほん)など、きらびやかな材質の紙・絹が好んで用いられたからなのです。

こちらは張瑞図(1570-1641)が、北宋時代に蘇軾ら16名の文化人が集った様子を描いた「西園雅集図」に米芾が題したと伝える文書を金箋12幅に書写した大作《行草書西園雅集図記軸》です。

《行草書西園雅集図記軸》張瑞図筆 明時代・17世紀
東京国立博物館蔵 前期展示


そして、縦に長い長条幅や扇面などの特徴的な形式が好まれるようになったのもこの時代で、一字一字が連続した草書体の「連綿草」やデフォルメなどによる新規な表現が独創的な様式に発展したのが明末清初でした。

高士のくつろいだ様子がなごめる扇面の作品は、張瑞図や黄道周ら明末の文人たちとの交流が知られ、日本で高く評価された王建章(生没年不詳)の《観泉図扇面》です。


《観泉図扇面》王建章筆 明~清時代・17世紀
東京国立博物館蔵(比屋根郁子氏寄贈) 前期展示


そして、これぞデフォルメの極致ともいえる作品は、詳しい一生は不明な点が多い呉彬の《渓山絶塵図軸》。奇怪な岩や山が入道雲のように湧き出てくる様子は一度見たら忘れられないほど強烈な印象です。2月25日~3月22日の期間限定展示ですのでお見逃しなく!


《渓山絶塵図軸》呉彬筆 明時代・万暦43年(1615)
個人蔵 展示期間(2/25-3/22)

明末清初の漢民族の文人たちは、明王朝の滅亡に際して自らの立場の選択を迫られました。

倪元璐(1593-1644)は、明末の農民反乱、李自成の乱のときに自ら縊死して明と運命を共にした烈士(れっし)のひとり。明末清初の連綿趣味を代表する一人でもありました。

展示風景


傅山(1607-84)は、清において官吏に推挙されても固辞したという、明への忠節を貫いた遺民(いみん)のひとりでした。傅山の書は狂逸的な連綿草と評価されていますが、《草書五言絶句四首四屛》(下の写真左の四幅 東京国立博物館蔵 前期展示)のようにここまで自由に筆を走らせていながら、破綻なくまとめるところはさすがです。
これぞ狂逸的といえる後期展示の《草書五言律詩軸》(東京国立博物館蔵)も楽しみです。

展示風景

遺民画家の立場を貫いた龔賢(1619?-89)の巨幅《山水図軸》(重要美術品 東京国立博物館蔵)は後期に展示されます。

重要美術品 《山水図軸》龔賢筆 清時代・康煕12年(1673)
東京国立博物館蔵 後期展示

そして明清の両王朝に仕えたため弐臣(じしん)として批判され、書も長らく評価されなかったのが王鐸(1592-1652)でした。

《行書五律北方俚作詩軸》王鐸筆 清時代・順治7年(1650)
東京国立博物館蔵(高島菊次郎氏寄贈) 前期展示

ほかにも明朝の遺民で王朝復興を果たせず日本に亡命して儒者として厚遇された朱舜水や、清になって初めて官僚として仕えた文人たちもいましたが、ここで頭の中に浮かんできたのは、筆者が明朝滅亡に遭遇したらどの道を選び、どのような夢を思い描いたかということでした。

文人の書斎を再現したスペースに飾られた「ラストエンペラー」宣統帝の《楷書七言聯》を眺めつつ、烈士となるのが潔くてもそれだけの勇気があっただろうか、遺民を貫いて清貧な生活に耐えることができただろうか、官吏に推挙されたら安定した収入を拒むことができただろうか、など頭の中で考えながら会場をあとにしました。

展示風景



台東区立書道博物館


展覧会名  東京国立博物館・台東区立書道博物館 連携企画「明末清初の書画」
      ―八大山人 生誕400年記念—
会 期   2026年1月4日(日)~3月22日(日)
      前期:1月4日(日)~2月8日(日)
      後期:2月10日(火)~3月22日(日)
会 場   台東区立書道博物館

※展覧会の詳細等については同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.taitogeibun.net/shodou/
※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は主催者より広報用画像をお借りしたものです。

台東区立書道博物館の展示のメインテーマは、今年(2026)、生誕400年を迎えた八大山人(1626-1705)。
八大山人は明の皇族出身で、通名は朱耷。明滅亡後に出家し、50歳代なかばに還俗して故郷の江西省南昌に戻り、そのころから八大山人を名乗つて書画を売り生計を立てた遺民画家でした。
八大山人は、自由奔放な筆致で、今でいうゆるキャラのような鳥や魚を描いていますが、そこには明の皇族出身としての誇りや、異民族の清朝に対する抵抗が込められているとの指摘があります。

《乙亥画冊》には八大山人の全8図が収められています。一度に全部広げることができないので、会期中に1ページずつ展示期間を区切って展示されます。
こちらの第4図は2月3日から2月15日までの展示です。
鳥たちは上目遣いで何を見ているのでしょうか。
八大山人の置かれた立場を考えると、清朝の皇帝をはじめとした支配層を皮肉っぽく眺めているようにも見えてきます。


《乙亥画冊》 八大山人筆 清時代・康煕34年(1695)
調布市武者小路実篤記念館蔵 通期展示


今回は八大山人の特集なので、これはぜひ見たいと思っていたのが晩年の代表作《安晩帖》(泉屋博古館蔵 展示期間 2月23日~3月8日)。
2022年に開催された「泉屋博古館東京リニューアルオープン記念展Ⅲ 古美術逍遥―東洋へのまなざし」では前期に第七図(叭々鳥)、後期に第六図(鱖魚)を見ることができましたが、2025年に泉屋博古館(京都)で公開されたときには行かれなかったので、どの図が見られるのか楽しみにしています。
そして今回は明末清初の文人たちの生きざまに焦点を当てた展覧会ですので、ぜひとも遺民・八大山人の忸怩たる思いにも注目したいです。


重要文化財《安晩帖》 八大山人筆 清時代・康煕33年(1694)、
康煕41年(1702) 泉屋博古館蔵 展示期間(2/23-3/8)

こちらは八大山人が80歳で亡くなる年の書《酔翁吟巻》(泉屋博古館蔵 後期展示)。
遺民・八大山人が最後にどのような境地に達したのか、興味深く拝見したいです。


《酔翁吟巻》(部分) 八大山人筆 清時代・康煕44年(1705)
泉屋博古館蔵 後期展示

八大山人の精神は、清中期に江蘇省揚州の繁栄を背景に登場した揚州八怪に引き継がれていきました。
こちらは揚州八怪のひとり、李鱓(1686-1762?)の《風荷図軸》(大阪市立美術館蔵 後期展示)。


《風荷図軸》 李鱓筆 清時代・18世紀
大阪市立美術館蔵 後期展示

八大山人へのオマージュは、清王朝が滅び、中華民国時代になっても続きます。
清末から現代にかけて活躍した斉白石(1863-1957)は、石濤や八大山人など遺民画家の作風を継承した文人画家でした。
画面下からぬっと姿を現す蟹がとても可愛らしいです。

《蟹図軸》 斉白石筆 中華民国時代・20世紀
台東区立朝倉彫塑館蔵 通期展示


台東区立書道博物館2階一番奥の中村不折記念室には、明末清初から揚州八怪、さらには中華民国時代までの書画が並んで展示されています。

以前、呉昌碩や斉白石の絵を見て、中国ではいつからこんなに自由に描くようになったのだろうと驚いたことがあったのですが、17世紀から20世紀までの中国書画が並んで展示されるのを見て、明末清初から現代まで続く自由な画風の流れがあることがよくわかりました。

最後にご紹介するのは、後期に中村不折記念室に展示される、明朝の忠臣・黄道周(1585-1646)の《山水図軸》(京都国立博物館蔵 後期展示)。
前面に描かれた大きな松の木が印象的です。
黄道周は明が滅んだ後も福王や唐王を立てて明王朝復興を目指しましたが、清軍に捕らえられ刑死した烈士でした。


《山水図軸》 黄道周筆 明時代・崇禎8年(1635)
京都国立博物館蔵 後期展示

会期は3月22日(日)までですが、前期は2月8日(日)までです。
展示期間限定の作品もあるので、展示リストをチェックして、激動の時代の中国書画の名品の数々と文人たちの生きざまをぜひご覧いただきたいです。