東京・南青山の根津美術館では、開館85周年記念特別展「光琳派 -国宝『燕子花図』と尾形光琳のフォロワーたち」が開催されています。
現在では「琳派」という呼び方が定着しているこの流派は、狩野派や土佐派などが血縁関係や師弟関係で続いているのに対して、江戸時代初期の俵屋宗達(生没年不詳)から江戸中期の尾形光琳(1658-1716)へ、光琳から江戸後期の酒井抱一(1761-1829)へと、年代を超えて「私淑」という先人への強いあこがれによって継承されてきました。
そして、今回の特別展では琳派の中でも、光琳と直接、間接にかかわりがあった渡辺始興(1683-1755)、深江芦舟(1699-1757)、立林何帠(生没年不詳)、光琳の弟・尾形乾山(1663-1743)という4人のフォロワーたちに焦点を当てています。
そのため特別展のタイトルは「琳派」ではなく、ずばり「光琳派」。
初夏の風物詩としてすっかり定着した尾形光琳筆・国宝「燕子花図屏風」(根津美術館蔵)を中心に、アメリカ・クリーブランド美術館から里帰りした渡辺始興筆「燕子花図屏風」をはじめ、光琳とそのフォロワーたちの名品の数々が展示される充実した内容の展覧会なので開幕を心待ちにしていました。
それではさっそく展示の様子をご紹介したいと思います。
展覧会開催概要
会 期 2026年4月11日(土)~5月10日(日)
前期(4/11-4/26)、後期(4/28-5/10)で一部作品の展示替えがあります。
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30まで)
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30まで)
【夜間開館】
5月5日(火・祝)~5月10日(日) 午後7時まで開館(入館は午後6時30分まで)
休館日 毎週月曜日 ただし5月4日(月・祝)は開館
入館料 オンライン日時指定予約 一般 1800円、学生(大学生以上) 800円
※当日券(一般2000円 学生1000円)も販売しています。ご予約の方を優先してご案内いたします。当日券の方は少々お待ちいただくことがあります。同館受付でお尋ねください。
※障害者手帳提示者及び同伴者1名は200円引き。高校生以下は無料。
展覧会の詳細、関連イベント、チケットの購入方法等は同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.nezu-muse.or.jp/
※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は報道内覧会で美術館より特別の許可を得て撮影したものです。
渡辺始興
最初に紹介するフォロワーは、「光琳派のキーパーソン」渡辺始興(わたなべ しこう)。
長い間、光琳の弟子と言われてきた渡辺始興ですが、始興が光琳に学んだという同時代の文献は存在しません。そこで、作品の中から二人の関わりをさぐろうという試みが今回の特別展の大きな見どころのひとつです。
冒頭に並んで展示されているのは、その二人による掛軸の作品。
| 右 黄山谷愛蘭図 尾形光琳筆・伊藤東涯賛 MOA美術館蔵 左 寿老鹿鶴図 渡辺始興筆 細見美術館蔵 どちらも江戸時代 18世紀 通期展示 |
両方の作品を見比べてみると、蘭を愛でる中国北宋の詩人・黄山谷(黄庭堅)と、鹿や鶴を前に地面に座る寿老人が着ている衣の線の太さの描き分けやポーズがそっくり。
どちらの作品も異なる美術館の所蔵ですが、このように並んで展示されると、始興が光琳の弟子であることがうかがえ、さらに、より緻密な描写を行い、周囲に鹿などを描き加えて賑やかな画面を作り出している始興の個性を見ることもできるので、このような機会はとてもありがたいです。
そして、今回の特別展の最大の見どころは、アメリカ・クリーブランド美術館所蔵の渡辺始興筆「燕子花図屛風」が里帰りして、根津美術館が所蔵する尾形光琳筆の国宝「燕子花図屛風」と並んで見られることです。これは初めてのことですので、この壮観な景色をぜひご覧いただきたいです。
| 右 国宝 燕子花図屛風 尾形光琳筆 根津美術館蔵 左 燕子花図屛風 渡辺始興筆 クリーブランド美術館蔵 どちらも江戸時代 18世紀 通期展示 |
こちらが渡辺始興筆「燕子花図屛風」ですが、いつも見慣れている尾形光琳筆の国宝「燕子花図屛風」と見比べてどのような印象を持たれますでしょうか。
筆者は、最初見たとき、カキツバタが上の部分しか描かれていないので、株の部分は水没しているのではと思ってしまいました。
ところがこれは、宗達工房に見られる、金泥によって花だけが浮かんでいるような表現ではないかと考えられているのです。総金地に燕子花を描くという発想は光琳の影響でしょうが、同時に始興は宗達の影響を受けていたのでした。
また、一つひとつの花のつぼみや開花の様子、さらに花びらの裏側まで細かく描かれているところは、植物学に詳しく、植物写生図『花木真写』を著した近衛家熙(このえ いえさと)に始興が仕えたことが大きく、また、始興自身も写生を重視したことは、次の世代の円山応挙に影響を与えました。
深江芦舟
続いてのフォロワーは深江芦舟(ふかえ ろしゅう)。
今回の特別展でクリーブランド美術館から里帰りした2点のうちのもう1点が、『伊勢物語』第九段、東国へ下る男が駿河国の宇津の山で旧知の修行僧に出会い、都に残してきた女への手紙を託す場面が描かれた深江芦舟の筆による「蔦の細道図屛風」。
根津美術館が所蔵する尾形光琳筆「白楽天図屛風」と並んで展示されています。
| 右 蔦の細道図屛風 深江芦舟筆 クリーブランド美術館蔵 左 白楽天図屛風 尾形光琳筆 根津美術館蔵 どちらも江戸時代 18世紀 通期展示 |
光琳が足掛け6年に及んだ江戸滞在から京都に戻ったのは芦舟が11歳の時で、芦舟が16歳の時には京都銀座の役人であった父が銀座取締りにより流罪になり、芦舟自身も京都を追われ、光琳はその2年後に亡くなっているので、若い芦舟は晩年の光琳に絵の手ほどきを受け、その後は宗達やその後継者たちの影響を受けたと考えられています。
上の写真右の「蔦の細道屛風」の、男が修行僧を見送る場面は、光琳や宗達の作品にならうものですが、特に山の色面で金地画面を構成する手法は宗達画への理解がうかがえます。
芦舟作品で光琳からの影響が見られるのは「独特の枝ぶり」。
比較的若い頃の作品とされる「白梅に鴬図」の白梅の枝ぶりは、光琳最晩年の名作・国宝「紅白梅図屛風」(MOA美術館蔵)を芦舟なりに咀嚼した結果と見ることができます。
立林何帠
次のフォロワーは、生没年も不詳で、相模鎌倉の人であるとも、加賀前田家の医官であったとも伝えられる謎の絵師・立林何帠(たてばやし かげい)。
確かなのは、ある時期に江戸に出て、晩年そこに暮らした乾山に師事したこと、乾山から光琳が宗達の扇面画を写した巻物を与えられたこと、光琳晩年の名である「方祝(まさとき)」の印を用いたことで、酒井抱一はそんな何帠を、乾山(「光琳二世」)から継いだ「光琳三世」とみなして評価したので、のちの江戸琳派の形成にも一定の役割を担ったとされる絵師でした。
そして、何帠の作品の特徴はその多様性。
何帠の「天神図」(下の写真左)が、師・乾山の晩年の書画、重要文化財「花籠図」(下の写真右)と並んで展示されていますが、どちらも意匠化されて落ち着いた雰囲気の琳派風の作品とは少し違う、いい意味での荒々しさ、おおらかさが感じられました。
| 右 重要文化財 花籠図 尾形乾山筆 江戸時代 18世紀 福岡市美術館蔵(松永コレクション) 前期展示 左 天神図 立林何帠筆 江戸時代 延享2年(1745) 永青文庫蔵 通期展示 |
かと思うと、二曲一双の屏風「扇面貼交屛風」は、屛風に貼り交ぜられた計18枚の扇面画の図様は、乾山画や、乾山も利用した光琳による工芸図案などに典拠しているので、これぞ琳派という上品な作品に仕上がっています。
茶碗を描いた扇面画があるのは、乾山へのオマージュでしょうか。
| 扇面貼交屛風 立林何帠筆 江戸時代 18世紀 千葉市美術館 通期展示 |
光琳、乾山を特集した展覧会は多くの美術館で開催されますが、深江芦舟や立林何帠の作品がこれだけまとまって見られるのは貴重な機会かもしれません。
尾形乾山
最後にご紹介するフォロワーは、光琳の弟。尾形乾山(おがた けんざん)。
これまでご紹介した作品は1階の展示室1、2に展示されていますが、2階展示室5は尾形乾山特集のエリア。乾山作や、乾山作・光琳画の兄弟合作のやきもの、乾山晩年の書画などがずらりと並んで展示されています。
青銅鏡の展示替えがありました。
今回のテーマは、「鏡・神の依代、そして天上界への道しるべ」です。
青銅鏡に表された文様は、古代中国の人々の宇宙観、世界観がどのようなものだったのか思いをはせることができるので、いつもじっくり見ています。
展示室6 初夏の茶の湯
立夏(5月5日)を迎えると、暦のうえでは夏。
茶の湯では、冬から半年間続けた「炉」を塞ぎ、畳の上に「風炉」を据えて釜をかける夏の仕様に替わる時期です。
道具も夏向きのものへと一新され、茶室にはさわやかな風が吹いているように感じられます。
| 展示風景 |
今回のお気に入りの一品は、こちら。
竹にとまる色鮮やかな翡翠(かわせみ)が陶板の嵌め込みによってあらわされた溜塗の煙草盆と、縞状に巡らされた色絵具が可愛らしい火入です。