2012年11月16日金曜日

ギュンター・グラスの見たドイツ統一(7)

次に第7段落と第8段落。

独裁政権は崩壊したがギリシャの悲劇はさらに続く。

権限を持たない国を、いつも自分が正しいと思う人が意のままにし、
ベルトをギュッときつく締めつける。

 君に反抗してアンティゴネーは喪服をまとい、人々は国じゅうで喪に服している。
君は彼らのお客さんだったのに。

「ベルトをギュッと締めつける(den Gürtel enger  und enger schnallt)」は「生活を切り詰める」という意味でも使われる。この場合はもちろん後者の方だが、ドイツをはじめとしたユーロ各国が「年金や公務員給与をカットしろ、さもなくば追加融資はしないぞ」とギリシャ人のたるんだおなかをベルトでギュッと締めつける光景が浮かんでくるようなので、前者の方を採用した。

アンティゴネーはギリシャ神話に出てくる気高い王女。
父は古代ギリシャ・テーバイの王オディプス。
オディプスの死後、彼の二人の息子(エテオクレスとポリュネイケス、アンティゴネーの兄にあたる)は1年交代で王位につくことにしたが、約束を守らなかったエテオクレスに国を追い出されたポリュネイケスはアルゴス王の女婿となりテーバイに攻め入った。
相まみえることになった二人の兄弟は、互いに相手を討ち戦死する。
そこで王位についたのがオディプスの妃の兄弟クレオン(つまりアンティゴネーの叔父)。
新王クレオンは、テーバイを守ったエテオクレスの遺体は丁重に埋葬したが、テーバイに刃(やいば)を向けたポリュネイケスについては、葬ってはいけない、嘆き悲しんでもいけない、死体は放置しておけ、といったお布令(ふれ)を出した。
しかし兄思いのアンティゴネーは堂々とそのお布令に背きポリュネイケスの亡骸の上に乾いた土砂をふりかけて体を覆い隠し、弔いの儀式を行った。
そのことを聞きつけた新王クレオンは激怒し、アンティゴネーを人里離れた岩屋の洞穴にわずかばかりの食料を与えて幽閉した。けなげなアンティゴネーは自分の運命を受け入れ、その洞穴の中で自ら命を絶った。

グラスは、クレオン王をドイツに、アンティゴネーをギリシャに見立てている。
しかし、ギリシャ人たちは喪に服しておとなしくはしていない。
10月9日にアテネを訪問したドイツのメルケル首相(まさにクレオン王)を出迎えたのは「メルケルは出て行け」といったプラカードをもった数万人のデモ隊だ。

さて、第8段落では「君」と呼びかける相手方が入れ替わっている。
今までは、ギリシャ人に対して「君」と呼びかけていたが、第8段落以降はドイツに向かって「君」と呼びかけている。つまり、ここからはグラスによるドイツへのメッセージなのだ。

最後の一行の意味はもちろん、ドイツ製品を買ってくれるギリシャ人はドイツにとっていいお客さんだということを指している。

(次回に続く)