2021年9月10日金曜日

大倉集古館 企画展「能 Noh-秋色モード-」

東京・虎ノ門の大倉集古館では、企画展「能 Noh-秋色(しゅうしょく)モード-」が開催されています。


大倉集古館外観

今回の企画展のテーマは秋の気配の意をあらわす「秋色(しゅうしょく)」。
秋の草花で彩られた能装束や、秋を舞台とした能演目で使われる能面はじめ、秋にちなんだ絵画や工芸作品が展示されていて、秋の気配が感じられる展覧会なので、さっそく行ってきました。

※大倉集古館では、因州(鳥取藩)池田家旧蔵「能面」と、備前(岡山藩)池田家旧蔵の「能装束」を多数所蔵しています。今回の展覧会ではその能楽コレクションの中から、「秋色」に注目した作品が展示されています。


展覧会概要


会 期  2021年8月24日(火)~10月24日(日)
開館時間 10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日  毎週月曜日(祝日の場合は翌火曜日)
入館料  一般 1,000円 大学生・高校生 800円 中学生以下無料
※会期中に一部展示替があります。
※新型コロナウイルス感染症の拡大状況により、会期等の変更が生じた場合は同館WEBサイトでお知らせします。
※展覧会の詳細、新型コロナウイルス感染症拡大予防策等については、同館WEBサイトでご確認ください⇒大倉集古館



展覧会チラシ

※展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は広報用画像を美術館よりお借りしたものです。
※展示されている作品はすべて大倉集古館所蔵です。

受付カウンターには、展覧会のチラシ、出品リストのほかに、「本展の主な能演目 あらすじ」と「能装束 用語解説」のプリントが用意されているので、私のような能の初心者にとっては、とてもうれしい心遣いです。

それでは、さっそく主な展示作品をご紹介していくことにしたいと思います。

展示は、大きく分けて1階と2階に分かれています。

1階 能装束の秋色デザイン
2階 絵画・工芸の秋色デザイン/謡曲と能装束・能面

1階 能装束の秋色デザイン

はじめにご紹介するのは、能装束〈白地石畳菊唐草模様唐織〉。

菊の花がデザインされた能装束ですが、花びらが規則正しく並んだ菊と、花びらが炎のように揺らめく乱菊が交互に配置されています。

能装束〈白地石畳菊唐草模様唐織〉/1領 江戸時代・18世紀


しばらく眺めていると、乱菊はゆらゆら動いているように感じられました。
「能装束 用語解説」を見ると、「唐織(からおり)」は「主として女役の上着に着用されるもの」とのこと。このゆらめきは女性の心の機微を表しているのでしょうか。

続いて、能装束〈紫地棕梠模様長絹〉。

能装束〈紫地棕梠模様長絹〉/1領 江戸時代・18~19世紀


上品な紫色の生地に、上には鶴が舞う姿のような棕梠、下には紅葉や銀杏、松葉などの落ち葉が配置されていて、秋の風情が感じられる能装束です。

「長絹(ちょうけん)」とは、「主として女役が舞を舞うときに上着として用いる」(「能装束 用語解説」より)とのことですが、舞っている時には、きっと紅葉などの葉がはらはらと落ちていくように見えてくるのでしょう。

能装束は、こうやって広げて展示されていると、一幅の屏風を見ているような楽しみも、動きを想像しながら見る楽しみもあります。


2階 絵画・工芸の秋色デザイン/謡曲と能装束・能面

2階には日本画ファンも満足できる屏風や絵画作品が展示されています。

こちらは、江戸幕府の御用絵師をつとめたやまと絵の一派、住吉派の祖、住吉如慶の6曲1双の〈秋草図屏風〉。

金砂子の霞の中に菊やススキ、萩などの秋草が浮かんでいるようで、とても幻想的な雰囲気の屏風です。

住吉如慶〈秋草図屏風〉/6曲1双(右隻)
江戸時代・17世紀


住吉如慶〈秋草図屏風〉/6曲1双(左隻)
江戸時代・17世紀


続いて英一蝶〈雑画帖〉36図のうち「柿栗図」「葡萄図」。

ユーモアや洒脱さのある絵を描く英一蝶は私のお気に入りの絵師の一人。

秋の味覚の柿と栗が入った籠を、絵の丸い輪郭を活かして描いているところなどは、英一蝶らしいアイデアが感じられます。

英一蝶〈雑画帖〉36図のうち「柿栗図」/江戸時代・17世紀


幕府の怒りを買って10年余りも三宅島に流罪になった一蝶ですが、「葡萄図」は流罪中に描いた作品。いつ江戸に戻れるかわからないつらい時期だったでのしょうが、こんな生き生きとした葡萄を描いていたのを知ってうれしくなってきました。

英一蝶〈雑画帖〉36図のうち「葡萄図」/江戸時代・17世紀



絵画作品では、多くの名作を生み出しながらも、数え38歳の若さで亡くなった明治期の天才日本画家、菱田春草の〈砧〉も展示されています。


そして、ふたたび能装束。
ご紹介するのは、「織を主とする能装束において、刺繍と摺箔を加えて模様を表したもの」(「能装束 用語解説」より)という「縫箔(ぬいはく)」。

この〈鬱金地垣夕顔模様縫箔〉は、束ねられ柴垣が、太い筆でグイッと描かれたような勢いがあって、特に印象の強い能装束でした。
柴垣に寄り添うように咲く夕顔もまた優雅な雰囲気を醸し出しています。

能装束〈鬱金地垣夕顔模様縫箔〉/1領 江戸時代・18世紀


秋の風物詩といって、真っ先に思い浮かぶのが「紅葉狩り」。
緑色や一部が紅葉した葉もあって、深紅の葉がより引き立って見えてきます。

能装束〈白地破菱紅葉模様縫箔〉/1領 江戸時代・18世紀


能の展覧会なのに「能面」の紹介をしていませんでした。


表情の変わらない人のことを「能面のような顔の人」と表現することがあります。
確かに一面の能面の表情は変わりませんが、数多くある能面にはそれぞれ表情や意味するものの違いがあって、その違いを見わけるのも楽しみの一つです。

こちらは能面「万媚」。

能面〈万媚〉/1面 「出目半蔵」朱塗書 
江戸時代・18世紀 


「万媚」は【紅葉狩り】で用いられる若い女性の面なのですが、どことなく妖艶さが感じられます。
それもそのはず。【紅葉狩り】は次のように恐ろしい物語なのです。

【紅葉狩り】全山真紅の紅葉に彩られた秋の山中で、謎の美女たち(実は鬼)が酒宴をしている。狩りのために通りかかった平維茂は、美女たちの色香と酒に溺れ酩酊するが、戸隠の神のお告げと神剣により、みごと鬼を退治する。
(「本展の主な能演目 あらすじ」より)


鬼になった時の面が恐ろしい鬼面の〈顰(しがみ)〉。〈万媚〉と並んで展示されています。

能面〈顰〉/1面 江戸時代・18世紀


因州(鳥取藩)池田家旧蔵の能面には、面裏に年号や作者、面の名称等が、朱漆書きか墨書がされているのが特徴。
この〈顰〉には「かし分(=「貸分」)」と書かれているので、藩主専用でなく能楽師に貸す面だったようです。


展覧会のサブタイトルは「能Noh 秋のデザインとストーリー」。

秋の風情が感じられるデザインや、能のストーリーが楽しめる展覧会です。
能に詳しくなくても大丈夫。会場内はとても心地の良い雰囲気ですので、気軽にふらりと訪れてみてはいかがでしょうか。