2026年8月12日水曜日

大倉集古館 企画展「祈りと救いの美 ——国宝 普賢菩薩騎象像との出会い」

東京・虎ノ門の大倉集古館では、企画展「祈りと救いの美 ―—国宝 普賢菩薩騎象像との出会い」が開催されています。

大倉集古館外観

今回の企画展では、大倉集古館の設立者で、さまざまな近代事業を展開した大実業家、大倉喜八郎氏(1837-1928)が、明治期の廃仏毀釈による寺院の荒廃、仏教美術品の散逸や海外流出を憂い、それらを含む日本・東洋の古美術品の収集・保護に努めたコレクションの中から、仏教美術の名品の数々が見られる展覧会です。
そして、東京都内には「銅造釈迦如来倚像」(深大寺蔵)と合わせて2点しかない国宝の仏像の一つで、大倉集古館が所蔵する「普賢菩薩騎象像」にも久しぶりに対面することができます。

先日さっそくおうかがいしてきましたので、展覧会の様子をご紹介したいと思います。


展覧会開催概要


会 期  2026年7月28日(火)~9月27日(日)
     前期:7月28日(火)~8月30日(日)
     後期:9月1日(火)~9月27日(日)
     *展示替あり
会館時間 10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日  毎週月曜日(休日の場合は翌火曜日)
入館料  一般 1,000円、大学生・高校生 800円※学生証をご提示ください。
     中学生以下無料
展覧会の詳細、ギャラリートークなどのイベント、各種割引等は同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.shukokan.org/     

展示構成
 1章 経典と仏教伝来
 2章 釈迦如来とその弟子
 3章 極楽浄土と地獄
 4章 法華経信仰と普賢菩薩
 5章 密教
 6章 神仏習合

※今回の企画展ではすべての展示作品の撮影ができます。撮影の注意事項は会場内でご確認ください。
※本稿では後期展示の作品の写真も掲載していますが、これは主催者より広報用画像をお借りしたものです。

いつもおだやかな表情で私たちをお出迎えしてくれる重要文化財「如来立像」も今回は撮影可です。

重要文化財「如来立像」中国・北魏時代 5世紀末~6世紀初
大倉集古館蔵 通期展示


1章 経典と仏教伝来

冒頭からとても貴重な作品が展示されていました。なんと「世界最古の印刷物」!
それは、奈良時代の宝亀元年(770)、称徳天皇が鎮護国家のために「三重小塔百万基」を製作して、その中に陀羅尼(経文)を納め、大安寺、元興寺、興福寺、薬師寺、西大寺、東大寺、法隆寺、弘福寺、四天王寺、崇福寺の十大寺にそれぞれ安置を命じた「百萬塔陀羅尼 附属 百萬塔」。この陀羅尼は現存する印刷物としては刊行年代が明確な世界最古の印刷物といわれているのです。
「百萬塔陀羅尼 附属 百萬塔」奈良時代・8世紀 特種東海製紙蔵


紀元前5世紀から4世紀のインドで釈迦(ゴータマ・シッダールタ)によって始められた仏教が日本に初めて伝わったのは538年(あるいは552年)といわれ、その後、587年に蘇我馬子とともに排仏派の物部守屋を倒した聖徳太子(厩戸王)が仏教を広めたことはよく知られています。

重要美術品「聖徳太子勝鬘経講讃図」は、推古天皇14年(606)7月、35歳の聖徳太子(厩戸王)が天皇に命じられて『勝鬘経』を講じたという故事が描かれ、蘇我馬子や、遣隋使として隋に2回派遣された小野妹子らの姿も見えます。

右 重要美術品「聖徳太子勝鬘経講讃図」鎌倉~南北朝時代・14世紀
左 「釈迦三尊十大弟子像」南北朝時代・14世紀
どちらも大倉集古館蔵 通期展示

2章 釈迦如来とその弟子

釈迦の命により、釈迦の没後にこの世にとどまり、釈迦の仏法を守り、人々を救済するように遺言を託された16人の弟子たち(阿羅漢)がずらりと並ぶ様は壮観の一言です(全16幅のうち、前期後期で8幅ずつ展示)。

重要美術品「十六羅漢像」16幅 鎌倉時代・14世紀
大倉集古館蔵 (前期:第1~8尊者、後期:第9~16尊者) 

各幅に一人ずつ描かれた阿羅漢のもとには、仏教に帰依する人物や動物が描かれているのですが、筆者のお気に入りは上の写真左から2幅目の龍。たいていは空を舞う勇壮な姿で描かれる龍がおとなしくしている様子がとても可愛らしく感じられるのです。

釈迦入滅の場面が描かれた重要美術品「仏涅槃図」は大作です。(下の写真右)
画面右上の飛雲に乗った仏母摩耶夫人の一行、画面中央に横たわる釈迦を取り囲む仏弟子や菩薩、そしてその外側の動物たちの嘆き悲しむ様子を細部まで見ているといつの間にか時間が経ってしまいます。

「2章 釈迦如来とその弟子」展示風景

3章 極楽浄土と地獄

「浄土」とは仏が住む世界のことで様々な浄土がありますが、平安時代以降の日本人にとって浄土といえば阿弥陀如来の西方極楽浄土のことで、阿弥陀如来が極楽浄土へ迎えるために今わの際の者のもとに飛来する「来迎図」が好んで描かれました。


右から 「当麻曼荼羅」南北朝~室町時代・14~15世紀 通期展示
「阿弥陀三尊来迎図」鎌倉~南北朝時代・14世紀 前期展示
重要美術品「山越阿弥陀図」冷泉為恭 江戸時代・文久3年(1863) 通期展示
いずれも大倉集古館蔵 

中でもひときわ目を引いたのは、令和に入って描かれたのではと思えるくらい鮮やかな色彩が残っている重要美術品「山越阿弥陀図」でした。(上の写真左)
それでも作者を見て納得。幕末期に活躍した復古大和絵派の絵師・冷泉為恭でした。
鮮やかな色彩の阿弥陀如来が、自然の情感豊かなやまと絵の山水景の中から現れる様は為恭ならでは。
為恭は「春日権現霊験記」(現在は宮内庁三の丸尚蔵館蔵、国宝)を模写するなど古典作品を精力的に研究していましたが、それがあだになってしまいました。
「伴大納言絵巻」(現在は出光美術館蔵)の閲覧許可を得るため小浜藩主・酒井忠義に近づいたことが佐幕派とみなされ、尊王攘夷派の長州藩士に惨殺されてしまったのです。


極楽浄土を描いた仏画がある一方で、この世で悪行をはたらけば死後に地獄へ行き責め苦を受けるという教えを説いたのが地獄図絵でした。
ぎょろっとした目でにらみつける閻魔王の表情も、生前の悪行が映る鏡もこわいので、きっと誰もが地獄へは行きたくないと思ったことでしょう。

重要美術品「探幽縮図 地獄十王図巻(部分、閻魔王)2巻の内」 狩野探幽
 江戸時代・17世紀 大倉集古館蔵 後期展示



4章 法華経信仰と普賢菩薩

いよいよ国宝「普賢菩薩騎象像」の登場です。
昨年(2025年)4月には大阪市立美術館で開催された「日本国宝展」でお目にかかっていますが、大倉集古館で拝見するのはいつ以来でしょうか。なんともいえないなつかしさがこみ上げてきました。

国宝「普賢菩薩騎象像」 平安時代・12世紀 大倉集古館蔵
通期展示

そして、今回は360度どこからでも拝むことができるので、背面に回って普賢菩薩の着衣の赤や緑の彩色の上に残っている截金(きりかね)文様を見ることができます。(どの部分に残っているかは、後方のパネルで紹介されています。)
さらに新たな「発見」もありました。
今回特に感じたのは、足を踏ん張って懸命に普賢菩薩を支えているどっしりとした象の重量感でした(象なので重量感があるのは当然のことなのかもしれませんが)。そして口の中の舌にも初めて気がつきましたが、舌のなめらかさはどうやって出したのだろうと思ったほど、当時の仏師の腕前のすごさに驚かされました。


平清盛が平家一門の繁栄を祈願して厳島神社に奉納した国宝「平家納経」(厳島神社蔵)を、日本美術研究家、日本画家、書家、料紙製作者という多くの肩書を持つ田中親美が制作した模本も展示されています。
模本とはいえ本物さながらの出来栄えなので、原本が持つ料紙のきらびやかさはもちろん、『法華経』を信じる人たちの信仰心の深さが伝わってくるようでした。

「4章 法華経信仰と普賢菩薩」展示風景


5章 密教

密教では、修法に用いるために、密教の最高尊、大日如来を中心に仏・菩薩などを体系的に配置した両界曼荼羅(金剛界曼荼羅、胎蔵界曼荼羅)が数多く制作されました。
2幅対の「金胎両界大日如来像」(大倉集古館蔵 通期展示、下の写真右)は、両界曼荼羅から金剛界と胎蔵界のそれぞれの大日如来の姿を取り出して描いたものです。

「5章 密教」展示風景

前期には大日如来の化身ともいわれる不動明王が二童子をしたがえた「不動明王二童子像」、無尽蔵の知恵と福徳をつかさどる「虚空蔵菩薩像」、金剛界の大日如来が姿を変えて現れたものとされる大勝金剛が描かれた重要美術品「大勝金剛像」が展示されています。(いずれも大倉集古館蔵)
どれも密教美術の名品なのですが、なかでも重要美術品「大勝金剛像」の着衣や台座の蓮弁に見られる墨の濃淡による陰影のつけ方があまりにも絶妙なので、思わず見入ってしまいまいした。

重要美術品「大勝金剛像」鎌倉~南北朝時代・13~14世紀
大倉集古館蔵 前期展示

後期には、重要美術品「愛染明王像」、重要文化財「一字金輪像」(どちらも大倉集古館蔵)が展示されます。
下の写真は、重要文化財「一字金輪像」ですが、着衣の文様がとても細かく描かれているので、ぜひ近くでじっくりと拝見したいです。

重要文化財「一字金輪像」鎌倉時代・13世紀
大倉集古館 後期展示


6章 神仏習合

飛鳥時代に日本に伝わった仏教は、日本の在来信仰である神道と結びつき、平安時代後期には、日本の神々は仏教の仏菩薩が衆生を救済するために姿を変えて現れたとする本地垂迹説が生まれました。


「6章 神仏習合」展示風景

ここでも真新しく感じられる冷泉為恭の作品に巡り合うことができました。

重要美術品「仏頂尊勝陀羅尼神明仏陀降臨曼荼羅図」冷泉為恭
江戸時代・文久3年(1863) 大倉集古館蔵 前期展示

この作品は為恭が死の直前に天台僧・願海の求めに応じて描いたもので、右側から日本の神々、左側から仏菩薩の計33体が降臨するさまが描かれた大作です。神々や仏菩薩がそれぞれの特徴をとらえていて、とても厳かな雰囲気が感じられる名品です。
これだけの画才のある絵師が41歳という若さで亡くなったことが惜しまれます。

後期には、石清水八幡宮の景観を描いた宮曼荼羅、重要文化財「石清水八幡曼荼羅」が展示されます。今回が修理後、初公開なのでこちらも楽しみです。
なお、本地垂迹説では、仏菩薩は本来の姿(本地)、神は仮の姿(垂迹)とみなされ、石清水八幡宮の本地仏は阿弥陀如来が当てられていました。

重要文化財「石清水八幡曼荼羅図」鎌倉時代・13世紀
大倉集古館蔵 後期展示


国宝「普賢菩薩騎象像」をはじめ、大倉集古館が誇る仏教美術の名品が展示されているので、展示室内はとても落ち着いた雰囲気で、展示室内をめぐっているうちに自然と心がなごんでくるように感じられました。
暑い日々が続きますが、都会の喧騒からいったん離れて、祈りと救いの美の静謐な世界を体験してみませんか。おすすめの展覧会です。



【展覧会図録のご紹介】
 こちらは昨年11月から今年1月まで大倉集古館で開催された企画展「人々を援け寄り添う 神と仏—道釈人物画の世界」の展覧会図録で、その時に購入したものですが、今回の企画展での展示作品もいくつか掲載されています。
 地下1階のミュージアムショップで販売していますので、ぜひお手に取ってご覧ください。こちらもおすすめです。