2017年11月5日日曜日

静嘉堂文庫美術館「あこがれの明清絵画~日本が愛した中国絵画の名品たち~」

静嘉堂文庫美術館では「あこがれの明清絵画~日本が愛した中国絵画の名品たち~」が開催中です。

静嘉堂文庫美術館の所蔵品の奥行きの深さはいつもすごいと感じていたのですが、今回もやはりすごいです。
今回のキーワードは「あこがれ」。
狩野探幽や谷文晁の模写も原本と並んで展示されていたり、柳沢淇園や池大雅の跋(作品を見た人が作品の感想などを記したもの)も作品と一緒に展示されていたりして、江戸時代の絵師たちがどれだけ中国絵画にあこがれをもって見ていたかがよくわかる構成になっています。

さて、それでは先日開催された内覧会の様子をレポートしながら展覧会の見どころを紹介したいと思います。

※掲載した写真は美術館より特別に許可をいただいて撮影したものです。

はじめに地下の講堂で「あこがれの明清絵画」トークショーがありました。

ゲストは、この人なしに中国絵画は語れないという東京大学東洋文化研究所・情報学環教
授の板倉聖哲さん、そして「饒舌館長」こと静嘉堂文庫美術館 河野元昭館長、ナビゲーターはアートブログの草分け的存在、「青い日記帳」主宰Takさんという豪華キャスト。

Takさん 今回展覧会のタイトルは「あこがれの明清絵画」ですが、どういった思いで「あ
    こがれ」というタイトルをつけたのでしょうか。

美術館入口の看板

河野館長 江戸時代、日本人には中国に対するあこがれがありました。そのあこがれのシ
    ンボルとして明清の絵画があります。
     明清絵画の展覧会は今まで多く開催されましたが、今回のコンセプトは、日本
    目線、われわれ目線です。日本人があこがれた明清絵画という視点から作品を展
    示しています。
     また、当館初の試みですが、今回は泉屋博古館分館とのコラボレーション企画
    です。
    (住友コレクション 泉屋博古館分館「特別展 典雅と奇想 明末清初の中国名画
     展は11月3日から始まりました。詳細はこちらでご確認ください。)
        ↓

板倉教授 中国に対するあこがれは時代によって変化しています。
     2014年に三井記念美術館で特別展「東山御物の美-足利将軍家の至宝」を開催
    しましたが、室町時代のあこがれの対象は、夏珪をはじめとした南宋絵画が中心
    でした。
     それが江戸時代には、新たに入ってきた明清の絵画があこがれの対象になりま
    した。
     今回の展覧会は、江戸時代に入ってきた明清絵画が日本でどのように受け入れ
    られてきたか系統立てて説明できるほどの作品が並んでいます。
Takさん 展覧会パンフレットには「若冲、応挙、谷文晁も、みんな夢中になった」とあり
    ますが、みんな夢中になったのでしょうか?
河野館長 当館所蔵の「文殊・普賢菩薩像」(京都・東福寺伝来)は、元代の作品なので今
    回の展覧会では展示しませんでしたが、伊藤若冲(1716-1800)が模写して「動植
    綵絵」とともに相国寺に寄進したのが「釈迦三尊像」(相国寺蔵)です。
     若冲がいかに中国絵画から影響を受けているかは、会場入口前にパネル「若冲
    の明清絵画学習」を展示したので、ぜひご覧になっていただきたい。   
Takさん 会場入ってすぐに張翬(生没年不詳)の《山水図》(明・15世紀)とそれを模写した
    狩野探幽(1602-1674)の摸本が並んでいます。
     当時このような原寸大の模写は多かったのでしょうか?
河野館長 原寸大のものは多くありませんでした。そういった意味では貴重な作品です。
     狩野探幽は『探幽縮図』に多くの作品を模写しましたが、この作品には特に感
    動して一生懸命模写したのでしょう。
     よく似ていますが、並べてみると美意識の違いが見てとれます。探幽の作品に
    はどこかやすらぎがあります。また、遠山は、探幽はフラットに描いています
    が、張翬は立体的に描いています。
板倉教授 張翬が活躍していた時期は沈周(1427-1509)とほぼ同じで、雪舟(1420-1506)
    が同じ時期(1467-69)に中国に行っているのが興味深いところです。
Takさん 展覧会パンフレットに猫の絵が選ばれていますが、これが今回の展覧会の目玉で
    しょうか?
河野館長 この沈南蘋(1682-1760~?)の《老圃秋容図》(清・雍正9年 1731)は名幅
    中の名幅です。沈南蘋の作品は日本から中国に帰国後の作品は多いのですが、来
    日前の作品は少ないのです。
    (沈南蘋は1731年12月に来日し、長崎に1年10ヶ月滞在しました。) 
Takさん 谷文晁派による《沈南蘋筆 老圃秋容図粉本》(個人蔵 江戸時代18~19世紀)
    も展示されていますね。
河野館長 この粉本は今回新発見のものです。
板倉教授 この粉本の右下には「写山楼」という印があります。これは谷文晁の画塾のこ
    とです。
Takさん 花鳥画も素晴らしいですが、山水画で見ておくものは?
板倉教授 張瑞図(1570-1641)《秋景山水図》(明・17世紀)ですね。そして同じく張瑞図
    《松山図》(明・崇禎4年 1631)は円山応挙(1733-1795)も見ていて模写してい
    ますが、応挙は書の方を大きく書き、絵は小さく描いています。応挙の中では張
    瑞図は画家としてよりも書家として評価していたのでしょう。
    (応挙の模写の写真が解説パネルに掲載されているので、お見逃しなく。)

左から、《松山図》、《秋景山水図》いずれも張瑞図

     王建章(?~1627-1649~?)《米法山水図》(明・天啓7年 1627)は金箋(きん
    せん 金箔を塗った紙)地に描いたもので、濃淡のコントラストがはっきりし
    ていて絵が光って見えます。またこの絵には色があるので、それもよくご覧にな
    ってください。
     倪元璐(1593-1644)の《秋景山水図》は絖本(こうほん 光沢のある上質の絹)
    に描いた作品で、下から見ると光って見えます。
     金箋と絖本は日本から中国に入り、明末清初に特に蘇州でブームになりまし
    た。中国におけるジャポニズムと言えるでしょうか。」


(下の写真は下の方から撮りましたが、やはり実物でないと光っている様がわかりません。ぜひその場でご覧になってください。) 

左から、倪元璐《秋景山水図》、王建章《米法山水図》

Takさん さて、最後にこの展覧会の見どころは?
板倉教授 12年ぶりに開催される明清絵画の展覧会です。江戸時代の文人たちのあこがれ
    中のあこがれの作品を見ていただきたい。
河野館長 今回の展覧会のもう一つの見どころは明清の書です。
    11月25日(土)に高木聖雨氏(大東文化大学教授)と富田淳氏(東京国立博物館学芸企
    画部部長)の対談があるのでぜひこちらにも参加していただきたい。(拍手)

関連イベント情報は静嘉堂文庫美術館の公式ホームページをご参照ください。
 ↓
http://www.seikado.or.jp/exhibition/index.html

続いて場所を会場内に移して板倉教授による何ともぜいたくなギャラリートーク。

会場に入って正面に展示されているのが、張翬《山水図》と狩野探幽の摸本。

張翬《山水図》(左)、狩野探幽《張翬筆 山水図摸本》(右)

「明代には浙派と呼ばれた職業画家と呉派と呼ばれた文人画家たちの対立がありましたが、張翬の《山水図》はその対立の構図がまだあいまいだった時期の作品で、宋代の絵画にあった力強い表現が残っている作品です。」と板倉教授。

トークショーでも話題になりましたが、探幽はこの山水画が特にお気に入りだったのでしょう。夢中になって模写する探幽の姿が目に浮かんできそうです。

会場に入ってすぐは花鳥画のコーナーです。

「《牡丹図巻》のすごいところは輪郭がなく、墨の濃淡だけで牡丹を描いているところです。若冲の作品にも同じ描き方をするものが見られますね。」



李日華《牡丹図巻》、奥の金箋墨画の
呉令・邵弥《椿梅図扇面》も素晴らしいです。
花鳥画のコーナーが続きます。
「単純な構図の中に花や鳥を緻密に描く花鳥画は、室町時代後半に日本に入ってきて、当時の人たちのあこがれの対象でした。」
「江戸時代に好まれた花鳥画には二つの流れがありました。ひとつは、兎のようなめでたい動物、吉祥的なものを描く流れ。もう一つが写実的に描いた博物学的な流れです。」

徐霖《菊花野兎図》では、不老不死の象徴の兎が描かれています。《百雁図》では右下に一羽だけ描かれた白い雁は、「百」引く「一」の「白」を表し、白寿(99歳)を祝う意味が込められています。
左から 《百雁図》、陸治《荷花図》、徐霖《菊花野兎図》

「今回初公開の《虎図》は16世紀の明代の作品で、毛描きがクロスしているところに特色があります。京都・正伝寺の《猛虎図》を模写した若冲のプライス・コレクションの《虎
図》も毛描きがクロスしています。」
(一見してよく分からなかったので「どの部分がクロスしているのでしょうか。」と板倉教授におうかがいしたところ、「特に肩のあたりがよくわかります。」と丁寧に教えていただきました。ありがとうございました。)

「《花鳥図》の鳥は羽根が一枚一枚描き分けられています。」
沈南蘋《老圃秋容図》は日本に初めてもたらされた、彼の一番重要な作品でしょう。この作品は来日前に描かれたもので、中国への帰国後日本にもたらされた作品と比べて、すっきり、さっぱりしています。飛んでいる虫も写生的で、自然主義的な描き方をしています。」
「谷文晁派の粉本では虫の表現に注目してください。おそらくそこがこの絵のポイントと理解してきちっと模写したのでしょう。」

細かい部分を見れば見るほど絵の面白さがわかってきそうです。ぜひとも近くでよくご覧になってください。
左から 沈南蘋《老圃秋容図》、《花鳥図》、《虎図》
続いて「民清の道釈人物・山水画」のコーナーです。

丁雲鵬(1547-1628)、盛茂燁(?~1594-1640~?)の合作《五百羅漢図》は今回初公開。もともと25点を京都・仁和寺が所蔵していたものが散逸し、所在のわかっているものが10幅、最近海外オークションに出されて話題になったものが2幅、そして静嘉堂文庫美術館の元学芸員の方の丹念な調査で旧・仁和寺所蔵のもの間違いなしと認定さえれたのがこの作品。
「これは大変な発見です。これで13幅目。残りを見つけたら教えてください(笑)。」と板倉教授。
「この作品は、左下の『リアルなおじさん』に注目です(笑)。」
確かに、修行を積んでいるきりっとした羅漢さんたちに比べて少しにやけた感じのおじさんがいます。この五百羅漢図の注文主でしょうか。

趙左(?~1609-1631~?)は明末を代表する画家で、宋代にあこがれて大きな絵を描きました。
李士達(1540頃-1621以降)は明末に蘇州で活躍した画家で、実写に近い山水を描き、コロッとした人物を描くのが特徴です。

左から李士達《秋景山水図》、趙左《雪景山水図》、
丁雲鵬、盛茂燁《五百羅漢図》
「藍瑛(1585-1664?)は明末の杭州で活躍して、浙派の殿(しんがり)と呼ばれた画家で、江戸時代の日本では特にはやりました。それは、この作品のように、元末四大家の一人、王蒙に倣うとこういう絵になるという考え方を出してくれたので、日本人にはなじみやすかったからです。」
「谷文晁がこの作品を模写していますが、藍瑛の『こってり』に対して谷文晁は『あっさり』といった印象があります。また、谷文晁の模写は下が短くなっています。」

右が藍瑛《秋景山水図》、左が谷文晁の模写
次は「文人の楽しみと明清の書跡」のコーナーです。


「陳曽則(生没年未詳)《蘭竹図》は、自由な筆遣いで描かれ、頼山陽が愛した作品です。」
「江戸時代の文人たちは、今でいう展覧会にあたる書画会や煎茶会で中国絵画を見ていました。」
今回の展覧会では、書画の手前にある書画会や煎茶会に欠かせない小道具の展示も見逃せません。

左 王建章《川至日升図》、 右 陳曽則《蘭竹図》


「こちらには特徴的な三点の書が展示されています。米万鐘(1570-1628)は北宋の文人・米芾の子孫で、張瑞図は木の葉返しという太い筆で表現しています。王鐸(1592-1652)は、王羲之などの古典を良く学んだ人で、紙には文様が入っています。」
乾隆帝の時代には王鐸のように明と清に仕えた人は『弐臣』と呼ばれ作品の価値が下がり、そのため彼らの多くの作品が日本に流出しました。

左から 王鐸《臨王徽之得信帖》、張瑞図《草書五言律詩》、
米万鐘《草書七言絶句》

「文伯仁を思わせる《青緑山水図巻》は、今ではこの作品を文伯仁作と言う人はいませんが、江戸の文人たちが初めてこの絵を見たときの感動に思いをはせていただきたいです。」(拍手)  

左 伝 文伯仁《青緑山水図巻》、右 厳調御《臨古帖》

この秋おすすめの展覧会がまた一つ増えました。
ぜひみなさんも江戸時代の文人たちがあこがれた中国絵画をご覧になってください。 

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