2015年9月10日木曜日

青い日記帳×岡田美術館 ブロガー向け特別鑑賞会~琳派の夕べ~

9月5日(土)、「青い日記帳×岡田美術館 ブロガー向け特別鑑賞会~琳派の夕べ~」に参加してきました。

会場には16時前に到着しました。
特別鑑賞会の開始は閉館後の17時からでしたが、それまでは一般のお客さんと同じように鑑賞できるとのことでしたので、受付で参加費を払い、館内を1階から順番に回ることにしました。

岡田美術館には初めて来ましたが、1階に入ってすぐにその所蔵作品の充実ぶりに圧倒されました。1階には中国古代の青銅器、唐三彩、宋から清までの陶磁器がずらりと並んでいて、まるで今年7月に行ったばかりの台北故宮博物院に迷い込んだような気分です。

展示室は5階まであって、他にも日本の土偶や埴輪、桃山・江戸時代の絵画、平安・鎌倉時代の仏像はじめジャンルも幅広く、じっくり見ていたら時間がいくらあっても足りないのでは、と思うほどでした。

館内を回っていたらあっという間に1時間が過ぎたので、受付で資料をいただき、集合場所の5階ホールに向かいました。

特別鑑賞会の式次第

  17:00~17:10  5階ホールで参加者を前に青い日記帳主宰のTakさんと岡田美術館副館長
            寺元晴一郎さんのご挨拶
  17:15~18:00  寺元副館長のギャラリートーク(2階、4階)
  18:05~18:20  岡田美術館チョコレート マスターシェフ 三浦直樹さんの新作チョコレート
            発表会&試食会。
  18:20~19:30  全展示室の自由観覧・展示室撮影タイム(展示室は19時まで)


はじめにTakさんから「ようこそ箱根にお越しいただきました」との歓迎のご挨拶。
(こちらの方こそ、お招きいただきありがとうございました。)

寺元副館長からは、琳派400年を記念して開催される「箱根で琳派大公開」の概要についてのお話がありました。
今回の特別展は、前半(2015年9月5日~12月15日)が京琳派で、宗達・光悦・光琳の作品が中心、後半(2015年12月19日~2016年3月31日)は江戸・大阪の琳派で、抱一、其一、芳中の作品が中心です。




このあとは、参加者全員が2階に移動して、寺元副館長のギャラリートーク。
美術作品の見方や購入されたときのエピソードなどをご披露いただき、とても楽しい解説でした。

まずは2階から。
仕切りもなく広々としたフロアーの正面に、暗がりの中から浮かび上がってくるのは
尾形光琳「菊図屏風」(岡田美術館蔵)。


この屏風は個人蔵で東博に寄託されていたものを購入されたとのこと。
個人蔵だとなかなか一般の人に公開する機会はないのですが、こうやって美術館蔵になると定期的に展示することができる、と寺元副館長はお話されていました。
(おかげさまで私たちも見ることができます。本当にありがとうございます)

写真ではわかりませんが、近くで見ると横長の紙をつないだつなぎ目が見えます。

寺元副館長から、
 
 ○ この屏風は5枚の紙をつないでいますが、時代を下るほど紙すきの技術が進歩して幅広の紙
  をすくことができたので、紙すきの幅が広いほど時代が新しく、狭いほど時代が古いという見方
  ができます。

 ○ 金箔も、時代が新しいほど薄く広げる技術ができたので、古いほど金箔の升目が小さく、
  また、角がつぶれないよう重ねたあとが見えます。

といった解説をいただき、あらためて屏風を見て、なるほど、とうなずきました。

他にも、

 ○ 菊の花びらはハマグリを砕いた胡粉で盛り上げていますが、薄墨を塗った上に胡粉を塗って
  いるので、この菊は少し黒っぽく見えます。
 ○ 葉脈の細い線は金泥です。細い線を金泥でなく截金で表現する絵もありますが、金泥と截金
  の違いは、金泥は筆のあとが見えるのに対して、截金はへらで押していくので、どこかで切れ目
  が見えるところです。

といった具合に、美術作品を味わうための細かな視点まで解説いただきました。

次は特別展「箱根で琳派大公開」の作品が展示されている4階に移動しました。

はじめは俵屋宗達下絵・本阿弥光悦書「謡本」(岡田美術館蔵)。

この謡本のシリーズは、雲母摺(きらずり)文様の表紙に絵入りの題簽(だいせん)を貼ったもので、表紙・題簽の下絵は宗達初期の作品と考えられています。
全巻は手放さない、との元の持ち主の方のご意向で、半分だけ買い取ることができ、残りの半分は京博に所蔵されているとのことです。
(写真では全体を写しているのでよくわかりませんが、作品の素晴らしさは実際に近くでじっくりご覧になってください)

続いて俵屋宗達下絵・本阿弥光悦書の「花卉に蝶摺絵新古今和歌巻」(岡田美術館蔵)。

この作品は宗達が木版に金泥、銀泥をたっぷり使っているもので、切断されずに巻頭から巻末まで残っている貴重なもの、とのことです。
寺元副館長が関西にお住いの元の持ち主の方との最後の交渉に出向いたのですが、交渉が成立したのが夜の8時。その後、東名高速を車で戻ってきたのですが、時期は冬、あいにくの大雪で関ヶ原のあたりで行く手を阻まれ、パーキングエリアで雪が収まるのを待っていたとき、大事な作品を積んでいるのでトイレにも行かれなかった、この作品を見るたびに美術作品を入手する苦しみを思い出す、としみじみお話されていたのが印象的でした。

寺元副館長さんはじめ、岡田美術館の皆さんのこういった努力があるからこそ私たちも素晴らしい芸術作品を見ることができると思うと、ひたすら感謝、感謝です。

掛軸のコーナーでは、一文字風体の説明をいただきました。
上から下がっている細長い2本の紙と、作品の上側と下側の約10㎝幅の紙は同じ紙を使う決まりになっていて、これが一文字風体と呼ばれていますが、掛軸をつくるときにはここにお金をかけるとのことで、高いものでは1㎝あたり5万円もするそうです。



      俵屋宗達下絵・本阿弥光悦書 柳に波下絵和歌色紙「はるごとに」(岡田美術館蔵)

こちらは今年の1月21日から2月2日まで日本橋三越本店で開催されていた「岡田美術館所蔵 琳派名品展」の入ってすぐのところに展示されていた尾形光琳「蕨図団扇」(岡田美術館蔵)。
久しぶりの再会です。
この掛軸は、琳派好みの植物を描いた、光琳を見つめる基準となる作品とのこと。
この作品を買受けたときには、絵の上下だけがくるくる巻かれ、平たい箱に入っていたとのことです。そのため絵の部分の色が剥落をまぬがれました。



ここからは光琳の弟・尾形乾山の陶磁器のコーナー。
こちらは尾形乾山作・光琳画の銹絵白梅図角皿(岡田美術館蔵)。


乾山は光琳が絵を描く皿は、お兄さんの絵を見えやすくするため、縁の部分を低くしたとのことです。

こちらはニューヨークで入手して、帰りの飛行機ではファーストクラスに乗せて持ち帰ってきたという尾形乾山 色絵宇津山(蔦細道)図角皿(岡田美術館蔵)。
蔦の細道といえば宗達の「蔦の細道図屏風」(重要文化財 相国寺蔵)を思い浮かべますね。

こちらは新たに重要文化財に指定された尾形乾山 色絵竜田川文透彫反鉢(岡田美術館蔵)。
この重文の鉢に実際に料理を盛ってみたい、と寺元館長は楽しそうにお話されていました。
ちなみにこの鉢、入手するまで6年半かかったとのことです。


そして特別展の締めくくりは、尾形光琳 雪松群禽図屏風(岡田美術館蔵)。



この屏風は、寺元副館長と岡田名誉館長の出会いのきっかけとなった作品で、光琳の屏風を入手したいという岡田さんに寺元さんがお見せしたもので、初めてこの屏風を見たとき岡田さんは、あまりの素晴らしさに屏風の前でしばらく無言のままじっとしていらっしゃったとのことです。
その後、岡田さんから「美術館をつくりたい」というお話を打ち明けられましたが、東京には出光美術館や根津美術館のように素晴らしいコレクションをもっている美術館があって、それに匹敵するだけの美術館ができるかどうか自信がなかったので、最初はあまりいい返事をしなかったのですが、岡田さんの熱意に「ではこれから美術作品を蒐集して様子を見ましょう」と答えたそうです。

寺元副館長の楽しいギャラリートークが終わり、ふたたび5階ホールに戻ると、机の上には岡田美術館チョコレート マスターシェフ 三浦直樹氏による新作のチョコレートが用意されていました。
これは尾形光琳「菊図屏風」をモチーフにした「ボンボンショコラセレクション 光琳菊図屏風チョコレート」。
左から松茸と南瓜、和三盆糖と胡桃、安納芋とサフラン、柚子とマスカルポーネ、宇治抹茶と黒豆といった意外な取り合わせのチョコレート5種類で、どれも美味です。これはミュージアムショップで買うことができます。
飲み物は「菊図屏風」に合わせて、さっぱりとした菊茶でした。



次は自由鑑賞と展示室撮影タイム。
まずは5階ホール横の仏教美術の部屋から。
入口を入ると2体の木造金剛力士立像がお出迎えしてくれます。その横でにらみをきかしているのが四天王さんたち。


木造四天王立像(鎌倉時代前期 岡田美術館蔵)

1階は冒頭にもご紹介した中国古代の青銅器、唐三彩、宋から清までの陶磁器、それに韓国の陶器や日本の埴輪、土偶も展示されています。





2階は先ほど紹介した光琳の「菊図屏風」と日本の陶器、ガラスのフロアで、3階は日本絵画のフロアです。
日本橋三越本店で開催された「岡田美術館所蔵 琳派名品展」でお目にかかった懐かしい作品もあります。(以下の作品はいずれも岡田美術館蔵です)

「岡田美術館所蔵 琳派名品展」に出展された長谷川派「浮舟図屏風」(上)、「誰ケ袖図屏風」(下) 




狩野派の作品も展示されています。

狩野派「春夏花鳥図屏風」


狩野元信「四季花鳥図屏風」


江戸中期の代表的な絵師・伊藤若冲もいます。

伊藤若冲「三十六歌仙図屏風」

近現代のコーナーには狩野芳崖や橋本雅邦といった幕末から明治にかけて活躍した狩野派最後の絵師たちの作品も展示されています。
 狩野芳崖「高士観瀑図」

橋本雅邦「四季山水図屏風」

そして4階はすでに紹介した特別展「箱根で琳派大公開」のフロアー。

※展示室の画像は主催者の許可を得て撮影したものです。

外に出ると建物の壁面には福井江太郎筆「風・刻」。



この現代の「風神雷神図」の正面には足湯カフェがあり、ドリンクを飲みながら足湯をすることができます。美術館めぐりで疲れた足を癒してはいかがでしょうか。

最後はミュージアムショップ。
ここでは図録『岡田美術館名品撰』と『琳派名品展』(こちらは日本橋三越本店で開催された「岡田美術館所蔵琳派名品展」の図録です)を購入しました。

素晴らしい美術作品を見て心も豊かになり、図録でザックもズシリと重くなり、とても充実したブロガー特別鑑賞会でした。

展覧会の詳細は岡田美術館の公式サイトをご参照ください。

http://www.okada-museum.com/exhibition/

9月18日(金)~20日(日)には琵琶演奏のイベントがあり、小林館長と寺元副館長のギャラリートークがあるので見逃せません。

http://www.okada-museum.com/information/archives/710


後期もがんばって行くつもりです。
ちょうど寒い時期なので、美術館鑑賞のあと温泉につかるのも楽しみです。

本当に素晴らしい美術館です。みなさんもぜひお越しになってください。
そしてぜひ箱根に泊まってください。
(念のため、お出かけ前に箱根山の火山情報をご確認ください。)

2015年8月10日月曜日

「画鬼暁斎」ブロガー内覧会@三菱一号館美術館

8月6日(木)、三菱一号館美術館で開催中の「画鬼暁斎~幕末明治のスター絵師と弟子コンドル」のブロガー内覧会に参加してきました。


三菱一号館といえば英国人建築家ジョサイア・コンドルが設計した西洋風の近代建築の建物。
そこに型破りな河鍋暁斎の作品がどう展開されるのだろうかと、わくわくしながら会場に向かいました。

はじめに高橋館長からのごあいさつ。

「みなさま暑い中ようこそブロガー内覧会にお越しいただきました」との温かいお言葉のあと、
「三菱一号館美術館は西洋美術専門と見られているので、今回の展覧会は意外と思われるかもしれませんが、もともとこの美術館には西洋美術だけでなく、近代をいろいろな角度から見たいというコンセプトがありました。そこで以前からいつかは暁斎展を開催したいと考えていたのですが、開館5周年の企画として、コンドルが設計したこの三菱一号館にふさわしい企画として実現することができました。」と、この展覧会にかける思いのこもったお話をいただきました。

続いて、ナビゲーターのTakさんが今回の展覧会担当学芸員の野口さんに展覧会の見どころをおうかがいしました。

野口さん
「日本近代建築の父・コンドルにはもう一つの顔がありました。それは日本美術、日本文化好きという顔です。踊りも落語も好きでしたが、もっとも心血を注いだのが絵です。」

Takさん
「コンドルはなぜ暁斎に弟子入りしたのでしょうか?」

野口さん
「暁斎は、大衆的な浮世絵からフォーマルな狩野派まで勉強したので、なんでもできる絵師として、当時、大変人気がありました。コンドルが暁斎に目をつけたのも自然な流れであったと言えます」

Takさん
「今回の展示作品の見どころやエピソードは?」

野口さん
「まずは入口に入ってすぐにある「枯木寒鴉図」です。これは暁斎が第二回内国勧業博覧会に出品し最高賞をとったもので、暁斎の名を高めたターニング・ポイントとなった作品でした。
出品作品は売り物だったので価格をつけなくてはならなかったのですが、暁斎は当時としては破格の百円という価格をつけました。鴉(からす)一羽に百円は高すぎるのではという声に、『これまでの研鑚修行の対価だ』と応えたそうですが、これを意気に感じた榮太郎総本舗の当主・細田安兵衛が購入しました。この作品は以後『百円鴉』と呼ばれ、その後、鴉の絵の注文が多くなったとのことです。」

会場入口を入ると「枯木寒鴉図」の鴉(からす)がお出迎え

Takさん
「他に見どころはどの作品でしょうか?」
野口さん
「今みなさんがいらっしゃる部屋(Ⅳ.暁斎とコンドルの交流)は、かつてコンドルが所蔵していた作品を展示しています。また、暁斎は絵日記をつけていたのですが、ここによくコンドルが登場します。コンテールと書かれていますが、いっしょに日光に旅行に行ったりして、二人の間柄がよくわかります。あまりに多く出てくるので、そのうちコンドルの似顔絵のスタンプを作って押してます(笑)。」

ここがかつてコンドルが所蔵していた作品の部屋
(手前のガラスケースの中に展示されているのが絵日記)


野口さん
「ここから先はジャンル別になっています。 春画のコーナーもあります。暁斎の春画はおおらかで女性の方でも楽しんでいいただけるようなのでほっとしています(笑)。」

野口さんの楽しくてわかりやすい解説の後、会場内をめぐってみました。
展示は5つの章に分かれています。

Ⅰ.暁斎とコンドルの出会い-第二回内国勧業博覧会
   ここに先ほど紹介した「枯木寒鴉図」や、コンドルが設計した上野博物館(現在の東京国立博
  物館。ここで内国勧業博覧会が開催された。)も描かれた明治初期の上野山の絵が展示されて
  います。
  
Ⅱ.コンドル-近代建築の父
  コンドルが設計した鹿鳴館の写真と、階段の一部が展示されています。この階段は三菱一号館の一部ではと思えるほどこの建物の雰囲気にマッチしています。
 


Ⅲ.コンドルの日本研究
 師・暁斎について絵の修行をしたコンドルの作品が展示されています。
画号は「暁英」。イギリスから来た暁斎の弟子、という意味でしょうか。
鯉などいい雰囲気出してます。鷹の目がかわいらしいのはご愛嬌。


Ⅳ.暁斎とコンドルの交流
 ここは先ほど紹介した、かつてコンドルが所有していた作品の部屋です。

Ⅴ.暁斎の画業
 ここから先はジャンル別になっています。
 
 1 英国人が愛した暁斎作品-初公開 メトロポリタン美術館所属作品
   題材は猿サルだったり、鷲だったり、鹿だったりとバラエティに富んでいます。



 
2 道釈人物図
   このコーナーはいかにも狩野派らしい作品が並びます。
   風神雷神図(下の写真左)けっこう迫力ありました。




  


 このコーナーを出ると、巨大な猫に驚くところを記念撮影できるスポットがあります。
   

 「3 幽霊・妖怪図」、「4 芸能・演劇」と続いたあとは「5 動物画」。
暁斎の鷹は獲物を追う鋭い目つきをしています。


続いて暁斎には珍しい「6 山水画」。
右の二幅は秋冬山水図。いい雰囲気出してます。


 7 風俗・戯画
   ここは蟹が綱渡りをしていたり、蛙が猪の背に乗っていたり、おもわず笑みが出てくる作品が 
  多いです。



 8 春画
   最近になってようやく日が当たるようになった春画。これは袋に入ったハガキ大の大きさの春
 画で、それぞれの月の祭礼や行事にちなんで明るく描かれています。
   写真では小さくてわかりにくいので、その場で現物をじっくりとご覧になってください。  


 そして最後は「9 美人画」。女の人が楽しそうに蛙の相撲をながめている作品(下の写真右)などけっこうなごめます。




作品を見終わってとても満足。
多才な暁斎の画業の全体像を見ることができる貴重な展覧会です。
9月6日(日)までです。お早めに。
詳細は公式サイトをご参照ください。

http://mimt.jp/kyosai/


最後になりますが、今回の内覧会を企画していただいたみなさま、ご招待いただきどうもありがとうございました。

※ 掲載した写真は、主催者の特別な許可をいただいて撮影したものです。

2015年7月13日月曜日

ドイツ世界遺産とビールの旅(14)デュッセルドルフ・K20州立美術館

平成26年9月7日(日)デュッセルドルフ・K20州立美術館


K20州立美術館は、その名の通り20世紀美術の宝庫(Kはドイツ語で芸術(Kunst)の頭文字)。
特にパウル・クレーがナチスが政権を取った1933年までデュッセルドルフ大学で教鞭をとっていた縁で、クレーの作品を多く所蔵している。
それに企画展示室では「エジプト後~マックス・スレヴォークトとパウル・クレーの旅行」というタイトルでパウル・クレーとドイツの印象派画家 マックス・スレヴォークトの特別展が開催されていて、K20以外の美術館所蔵のクレー作品も楽しむことができた(こちらは企画展なので撮影不可)。

こちらは撮影可の常設展示室。

まずはクレーのコーナー

そしてピカソ


どこを見てもピカソ、ピカソ、ピカソ。


さらにはアンリ・マティスも、

はじける前のカンディンスキーも、 

はじけたあとのカンディンスキーも、

シャガールも、

キリコも、


ダリもいる。 

そして建物も芸術(Kunst)している。

デュッセルドルフには他にもクンストパラスト美術館やゲーテ博物館(イエーガーホフ城)など見どころが多いが、とても全部見て回る時間がなかった。次回の楽しみにとっておこう。

ゲーテ博物館は建物の前まで行った。
正面の建物がゲーテ博物館。「ファウスト」の自筆原稿があるそうだ。


さて、歩き疲れたところで旅行最終日は世界遺産はこれ。



もちろんドイツビールは世界遺産に指定されていないが、今回の旅行ではドイツが誇る文化遺産も十分に味わった。
ここはデュッセルドルフ中央駅近くのレストラン。
少し遅めのお昼を食べてたあと、私はデュッセルドルフ国際空港に向かった。
お昼に飲んだビールのせいか、帰りの飛行機ではほとんど寝ていたので、午前中にライン川沿いで心地よい風にあたってたと思ったら、夕方には家にいるという、不思議な気分になった。

「ドイツは近い」

あらためて実感した旅行だった。


(ドイツ世界遺産とビールの旅は今回で終了です。長い間のご愛読ありがとうございました。今年はドイツ旅行を計画していないので、これからしばらくはドイツの時事問題などトピックを紹介したいと思います。
実は近頃、中国絵画を見に中華圏に行くことが多くて、ドイツに行く時間がとれないというのが実情なのですが、中国旅行についてもブログで紹介していますので、ぜひこちらもご覧になってください。)
 ↓
http://yamasannoomochabako.blogspot.jp/







2015年6月28日日曜日

ドイツ世界遺産とビールの旅(13)デュッセルドルフ

平成26年9月7日(日)デュッセルドルフ

いつものようにゆっくりと朝食を食べて、朝もやの中のケルン大聖堂を見上げながらケルン中央駅に向かった。
8時31分発の各駅停車に乗って、デュッセルドルフ9時3分着。

この日は日曜日。朝9時の街はまだ目覚めていなかった。
インフォメーションセンターもまだ開いていない。

「少し出てくるのが早かったかな」と思いつつ、街中を少し散歩することにした。

この日のメインは、パウル・クレーをはじめ20世紀の画家たちの作品を多く所蔵するK20州立美術館。



開館は10時だと思っていたので、あと1時間ほど市街を散歩していれば入館できるなと思いながら、日本総領事館のあるインマーマン通りを通って旧市街地の方に向かった。
ところが、途中でK20州立美術館の前を通ったら土、日、祝は11時開館との表示があり、がっかり。

「あと2時間か」

ザックの荷物も肩に重くのしかかってきたので、ライン川沿いならベンチでもあるだろう、と思い、旧市街地を通り抜けてライン川の方に向かった。

途中で見つけたのがヴィルヘルム1世とビスマルクの銅像がならぶ広場。
左側の建物はノルトライン・ヴェストファーレン州の法務省。


1871年、普仏戦争に勝利してドイツを統一、ドイツ帝国皇帝に即位したヴィルヘルム1世と、



プロイセン時代からヴィルヘルム1世を支えてきた宰相ビスマルクの銅像。

銘板にはヴィルヘルム1世の像は1896年、ビスマルクの像は1899年に建てられ、さらに普仏戦争当時の陸軍参謀総長モルトケの像も1901年に並んで建てられたが、第二次世界大戦時に土台から吹き飛ばされてた失われた、と書かれてある。
それだけ連合軍の爆撃がすさまじかったのだろう。




旧市街地は、両側にレストランが並ぶとても雰囲気のいい通りが続いている。


旧市街地の中にある詩人ハイネの家。今では書店兼カフェになっている。



ライン川に出た。思ったとおり川に沿った遊歩道沿いにベンチが並んでいたので、空いていたベンチに腰かけて一休み。
こうやって心地よい風に吹かれながら、ライン川の流れや行きかう船を眺めていたら、やっぱり今年もドイツに来てよかった、という気持ちがこみ上げてきた。



11時も近くなってきたので、川沿いのレストランでは昼食の準備で大忙し。
ソーセージを焼くにおいがあたり一面に立ち込めてきた。
さて、そろそろK20州立美術館に向かおうか。
(次回に続く)

2015年6月7日日曜日

ドイツ世界遺産とビールの旅(12)アウグストゥスブルク城

9月6日(土)アウグストゥスブルク城

観光初日の9月3日(水)はライン渓谷、4日(木)はケルン大聖堂、5日(金)はアーヘン大聖堂と、1日1ヶ所の世界遺産を巡った旅も残すところあと2日。
観光4日目のこの日は、ケルン中央駅から南へ向かう各駅停車で4つめの駅「ブリュール」にあるアウグストゥスブルク城を訪れることにした。

アウグストゥスブルク城

いつものように1階の食堂でゆったりと朝食をとり、身支度を整えてケルン中央駅に向かった。
駅の構内に入りチケットカウンターの方に行こうとすると、なんだかいつもと様子が違う。大きな荷物を持った人たちがあちこちに大勢たむろしていて、みんな電光掲示板に注目している。さらに、中央コンコースのインフォメーションの方を見ると、そこには長蛇の列。
何があったのだろうと私も電光掲示板を見ると、「DGL(ドイツ機関士労働組合)がストライキ。長距離列車に遅れ」とのテロップが流れていた。
ブリュールには行けるのだろうか思いながらチケットカウンターに行くと、いつもなら入口で感じのいい女性職員が案内役を務めているのに、そこには屈強な男性職員が3人もいて、いかにも中に入れさせないぞという勢いで腕組みをして立っている。
私が恐る恐る「ブリュールに行きたいんですけど」と聞くと、3人のうち一番左のひげ面の男性がニコリと笑って「近距離列車なら出てますよ。チケットは自動券売機で買ってください」と言う。
「でも自動券売機だと、やり方が難しいんですが」と言うと、「そんなことないですよ」と言って画面を操作してくれた。見た目とは違ってとても親切な人だった。
ホームに向かって歩いていると、「ボン行きの各駅停車は9時8分に出ます」とのアナウンスが聞こえたので、急いでホームに上がり、列車に乗り込んだ。
列車が動き始めたのは9時8分でなく9時12分であったが、それでもどうにか動いてくれたので2人掛けの座席に深く座り直し、ようやくほっと一息つくことができた。

ケルン中央駅からブリュールまでは約20分。
駅を降りてまっすぐ歩くと、10分もしないで城の入口が見えてくる。


アウグストゥスブルク城の中はガイド付き。いくつもの部屋があり、内装は豪華絢爛だが、残念ながら写真撮影は禁止。

ユネスコの世界遺産には、このアウグストゥスブルク城と狩猟の時の休憩場所となっているファルケンルスト城、そして庭園が一体となって指定されている。

庭園側から見たアウグストゥスブルク城 

ファルケンルスト城までは歩いて15分ほど。緑の中の小路が心地よい。

こじんまりとしたファルケンルスト城。
こちらもきらびやかな内装の部屋があるが、撮影は禁止。

帰り際には雲が多くなり、雨もポツリポツリと降ってきたが、特に気になるほどではなかった。

自然の中のお城と散歩を楽しんでケルン中央駅に戻ると、「ストライキは終了したがダイヤはまだ乱れている」とのテロップが流れていた。
中央コンコースのインフォメーションにはまだ長蛇の列ができていた。


遅めの昼食をとって、夕方はケルン市内を散歩することにした。
さすがに土曜日の午後とあって、街じゅうのどの通りにも人、人、人。
午後になって太陽も出てきたので気温は26℃になり、湿気も出てきた。歩いていると汗ばんでくる。

ケルン大聖堂横の階段にたむろす若者たち。

この日の夕食は、メモ帳に「さつまいものような歯ごたえのイモ。でも甘くない。ナスもとろけて美味しい」と書かれているが、珍しく写真を撮るのを忘れてしまったので、何を食べたか覚えていない。ホテルの部屋で食べたのは間違いないので、駅ナカで野菜の煮込みでも買って食べたのだろうか。
こうしてケルン最後の夜は更けていった。
(次回に続く)