2024年12月31日火曜日

2024年 私が見た展覧会ベスト10

早いもので今日が2024年の大晦日。今年も恒例の「私が見た展覧会ベスト10」を発表したいと思います。


第1位  特別展「中尊寺金色堂」


会 期  2024年1月23日(火)~4月14日(日)
会 場  東京国立博物館

中尊寺金色堂内にある3つの須弥壇のうち中央檀上の国宝仏像11体がそろって公開される展覧会でした。現地ではできないことですが、まるで中央檀の中を回遊するかのように仏様を拝むことができるという贅沢な体験ができました。




第2位 静嘉堂@丸の内 特別展「眼福ー大名家旧蔵、静嘉堂茶道具の粋」


会 期  2024年9月10日(火)~11月4日(月・振休)
会 場  静嘉堂@丸の内(明治生命館1階)

約1,400件にものぼる静嘉堂の茶道具コレクションの中から将軍家や大名家が旧蔵していた茶道具の名品をはじめ選りすぐりの79件が展示された超豪華な内容の展覧会でした。
名物の茶入だけでなく、茶入を含む仕覆(しふく)や箱など付属品も所狭しと並ぶ様は壮観でした。



 

第3位 泉屋博古館東京 特別展「オタケ・インパクトー越堂・竹坡・国観、尾竹三兄弟の日本画アナキズムー」


会 期  2024年10月19日(土)~12月15日(日)
会 場  泉屋博古館東京

今では忘れ去られた存在になってしまいましたが、近代日本画界に旋風を巻き起こした尾竹三兄弟の重要作や初公開作品など、前後期あわせて約70点もの作品が大集結した展覧会でした。
いつかは見たいと思っていた、日本画では珍しいアヴァンギャルドな作品、尾竹竹坡《月の潤い・太陽の熱・星の冷え》(宮城県立美術館蔵)を目の前にして大きなインパクトを受けました。





第4位 根津美術館 企画展 美麗なるほとけー館蔵仏教絵画名品展ー


会 期  2024年7月27日(土)~8月25日(日)
会 場  根津美術館

根津美術館が所蔵する約200件もの仏教絵画の中から、やまと絵と中国・宋代絵画が融合した国宝「那智瀧図」をはじめ、現存最古でありながら保存状態が良い大日如来像、中国・唐代の失われた原本を写した作品など、国宝・重文19件を含む約40件の貴重な名品が展示された展覧会でした。
 




第5位 三井記念美術館 「唐ごのみー国宝 雪松図と中国の書画ー」


会 期  2024年11月23日(土・祝)~2025年1月19日(日)
会 場  三井記念美術館

三井記念美術館の冬の風物詩・円山応挙の国宝《雪松図屏風》とともに、中国・宋~元時代から、明や清に至るまで、江戸時代の人たちが愛でた「唐ごのみ」の逸品が展示されている展覧会です。
王羲之や顔真卿はじめ、世界屈指の拓本コレクションで知られる同館所蔵の拓本の名品のレパートリーに感動しました。
新年は1月19日(日)まで開催しているので、まだの方はぜひ!




第6位 国立西洋美術館 企画展「内藤コレクション 写本ーいとも優雅なる中世の小宇宙」


会 期 2024年6月11日(火)~8月25日(日)
会 場 国立西洋美術館

活版印刷術がなかった中世ヨーロッパで羊や子牛などの動物の皮を薄く加工して作った獣皮紙に聖書などのテキストを写筆した「写本」のカラフルな装飾の華やかさや、今でいう「ゆるカワ」キャラクターのイラストが楽しめました。







第7位 山種美術館【特別展】犬派?猫派?ー俵屋宗達、竹内栖鳳、藤田嗣治から山口晃までー


会 期 2024年5月12日(日)~7月7日(日) 
会 場 山種美術館

江戸初期から現代までの可愛い犬や猫が描かれた日本画の作品が大集結した、動物好きにはたまらない、心が癒される展覧会でした。トリ派のためにも鳥の作品も展示されていました。






第8位 大倉集古館 特別展「大成建設コレクション もうひとりのル・コルビュジエー絵画をめぐって」


会 期   2024年6月25日(火)~8月12日(月・休)
会 場   大倉集古館

建築家として知られるル・コルビュジエの初期から晩年までの絵画作品が約130点も展示された展覧会でした。
作品のモチーフがどこに描かれているのだろうと考えさせられてしまう、ル・コルビュジエのミステリアスな抽象絵画は味わい深いものがありました。





第9位 相国寺承天閣美術館 企画展「禅寺の茶の湯」


会 期  2024年9月14日(土)~2025年2月2日(日)
会 場  相国寺承天閣美術館

室町幕府第三代将軍・足利義満によって創建された臨済宗相国寺派大本山相国寺と、鹿苑寺(金閣寺)、慈照寺(銀閣寺)をはじめとした塔頭寺院の茶の湯の名品がⅠ期Ⅱ期で全203作品が展示される展覧会です。
知っているようで知らなかった禅寺と茶の湯のかかわりがわかるとても興味深いに展覧会です。
会期は2025年2月2日(日)まで。メインビジュアルになっているⅡ期展示の国宝《玳玻散花天目茶碗》(相国寺蔵)が展示されています。ご興味のある方はぜひ!






第10位 川崎浮世絵ギャラリー


川崎浮世絵ギャラリーは、希少な肉筆浮世絵から、役者絵、美人画、武者絵、新版画まで豊富な浮世絵コレクションで知られる「斎藤文夫コレクション」が展示される美術館ですが、去る11月29日に同館名誉館長の斎藤文夫さんが逝去されました。
ご冥福をお祈りするとともに、これからも毎回、企画展を楽しみに通い続けたいと思います。斎藤文夫さんありがとうございました。





番外編 東京長浜観音堂


滋賀県の長浜「観音の里」から毎回一体の観音様に東京までお出ましいただいていた「東京長浜観音堂」が今年12月1日に閉館になりました。
長い間ありがとうございました。





毎年、見に行った展覧会はどれも印象的でベスト10を選ぶのに苦労しますが、今年は一つ美術館・博物館につき一つの展覧会というルールで選んでみても、例えば東京国立博物館では、本阿弥光悦展にしようか、はにわ展にしようか悩みました。
それだけ今年もアートライフが充実していたということだと思います。
来年も新たな展覧会にめぐり会えるのが楽しみです。

あらためまして今年一年のご愛読ありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。

みなさまよいお年をお迎えください。

「私が見た展覧会ベスト10」のバックナンバーはこちらです。



2024年12月27日金曜日

山種美術館【特別展】HAPPYな日本美術―伊藤若冲から横山大観、川端龍子へ―

東京・広尾の山種美術館では、【特別展】HAPPYな日本美術―伊藤若冲から横山大観、川端龍子へ―が開催されています。

展覧会チラシ

【展覧会開催概要】


会 期  2024年12月14日(土)~2025年2月24日(月・振休)
開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで) 
休館日  月曜日[1/13(月・祝)、2/24(月・振休)は開館、1/14(火)は休館
     12/29(日)~1/2(木)は年末年始休館]
入館料  一般 1400円、中学生以下無料(付添者の同伴が必要)
     【冬の学割】大学生・高校生500円 
     ※本展に限り、特別に入館料が通常1100円のところ500円になります。

その他、各種割引、展覧会の詳細等は山種美術館公式ホームページをご覧ください⇒https://www.yamatane-museum.jp/ 

展示構成
 第1章 福をよぶ―吉祥のかたち
 第2章 幸せをもたらす―にっこり・ほのぼの・ほんわか


展覧会チラシをご覧になって「あれッ?」と思われた方がいらっしゃるのではないでしょうか。いつも江戸時代から近代・現代日本画の名品の展覧会を開催している山種美術館なのに、チラシにはなぜかハニワの写真も。
しかし、そのナゾは展示室に入ってわかりました。

※掲載した写真はプレス内覧会で美術館より許可を得て撮影したものです。
※今回の特別展では、《埴輪 猪を抱える猟師》(5-7世紀(古墳時代) 個人蔵)のみ写真撮影OKです。撮影はスマートフォン・タブレット・携帯電話に限定されています。その他、撮影の注意事項は展示室内でご確認ください。


《埴輪 猪を抱える猟師》5-7世紀(古墳時代) 個人蔵



新年を迎えるのにふさわしいおめでたい展覧会ですので、松竹梅、七福神、富士山、鶴や来年の干支の蛇など、おめでたい画題の作品がずらりと並んでいます。

展示風景

第1展示室の冒頭を飾るのは富士山をはじめとした吉祥画を数多く描いた横山大観の《天長地久》(昭和18年頃 山種美術館 上の写真左手前)。青々と茂る松林と、画面右から左に飛んでいく鶴の群れが緊張感を感じさせる印象的な作品です。
「天長地久」とは、永久に変わることのない天地のように、物事がいつまでも続くことを意味する語ですが、太平洋戦争のさ中、連合軍の反攻で日本軍が劣勢に立たされるようになった昭和18年頃の大観の、変わることのない日本を残したいという思いが伝わってくるようです。

大観の願いもあってか、敗戦後も日本は滅ぶことなく平和な日々が訪れました。
戦後に描いた松林にはどことなくのどかな雰囲気がただよっているように感じられます(下の写真中央)。


横山大観・川合玉堂・川端龍子《松竹梅》
(右から川合玉堂「竹(東風)」、横山大観「松(白砂青松)」、川端龍子「梅(紫昏図)」1955(昭和30)年 山種美術館


三人の巨匠によるこの作品は、山種美術館の創設者・山﨑種二氏の希望により企画された松竹梅展で実現したもので、青龍社を創設して大観と袂を分かった川端龍子と横山大観は、戦前は仲たがいしていたのですが、戦後は交流が復活して、二人でひたすら酒を酌み交わしたという、これまたおめでたいエピソードも残されています。

今回のメインビジュアルの中でも特に大きく扱われているのは、その川端龍子が描いた《百子図》(大田区立龍子記念館)。

川端龍子《百子図》1949(昭和24)年 大田区立龍子記念館


象のまわりを子どもたちがうれしそうにはしゃいでいて、見ている私たちも明るい気分なってきます。
この作品は、戦後、「象を見たい」と東京の子どもたちが行動を起こし、「戦時猛獣処分」で象がいなくなった上野動物園にインドから「インディラ」と名付けられた象が贈られ、象は首につけた鈴を鳴らしながら芝浦の港から上野動物園まで歩いたというエピソードに触発されて龍子が描いたものでした。

HAPPYな気分になれるのは、やはり平和があってこそ。
今回の展示を見て、あらためて平和の大切さを感じました。


続いては、二つの国立博物館での展覧会ですっかり人気者になったハニワが登場。
冒頭でご紹介したハニワは、獲物の猪を抱えて得意気な表情をしています。

展示風景

その左隣の独立ケースに展示されているのは、極楽浄土に棲み、その美しい声で仏法を説くという想像上の鳥で、上半身は人の姿、下半身は鳥の姿の迦陵頻伽(かりょうびんが)像。
仏涅槃図でよく見かける迦陵頻伽は嘆き悲しむ表情で描かれていますが、この迦陵頻伽は子どもがにこやかに笑っているような表情をしています。
どちらもHAPPYな表情をしているので今回の特別展に展示されているということがここで初めてわかりました。そして展覧会のタイトルも「HAPPYな『日本画』」でなく「HAPPYな日本美術」になっているナゾも同時に解けました。


新年の楽しみのひとつは七福神めぐり。展示室内でも七福神めぐりができます。

こちらは狩野探幽没後に江戸狩野派の総帥となった狩野常信の《七福神図》。
七福神をかこんではしゃぐ子どもたちがとてもかわいいです。

狩野常信《七福神図》17-18世紀(江戸時代) 山種美術館



初夢でどんな夢を見るのかは、大いに気になるのではないでしょうか。
ここで富士山が描かれた作品を見て富士山のイメージをつかんで、ぜひいい初夢を見ていただきたいです。

右から 小松均《赤富士図》1977(昭和52)年、奥村土牛《山中湖富士》
1976(昭和51)年、横山大観《心神》1952(昭和27)年
いずれも山種美術館


今回の特別展では、山種美術館所蔵の《伏見人形図》をはじめ《鶴図》《鶏図》《叭々鳥図》《蛸図》(いずれも個人蔵)の5点もの伊藤若冲作品を観ることができます。
中でも海中をゆらりと泳ぐ「さかさタコ」は初めて見ましたが、くりっとした目が愛らしいです。

右 伊藤若冲《伏見人形図》1799(寛政11)年 山種美術館
左 《蛸図》18世紀(江戸時代) 個人蔵

今回もミュージアムグッズは、新発売も多く出ていて内容が充実してます。



《百子図》(大田区立龍子記念館)をモチーフにしたミニトートバッグ(税込1,650円)はおすすめです。ハニワや伊藤若冲《伏見人形図》(山種美術館)ほがのアクリルホルダー(各 税込770円)がぶら下がっているのが見えますでしょうか。とてもオシャレです。




Cafe椿では、出品作品にちなんだ和菓子に加え、クリスマスやお正月限定の和菓子も楽しむことができます。



年内は12月28日(土)まで。新年は1月3日(金)から。
2025年がHAPPYな年になることを願って、ぜひ訪れていただきたい展覧会です。 

2024年12月11日水曜日

大倉集古館 特別展「志村ふくみ100歳記念ー《秋霞》から《野の果て》までー

東京・虎ノ門の大倉集古館では、特別展「志村ふくみ100歳記念ー《秋霞》から《野の果て》までー」が開催されています。

大倉集古館外観

今回の特別展は、紬織りを独自の感性と想像力で、芸術性の高い作品として発展させた人間国宝・志村ふくみさん(1924~)の紺色を基調にした初期の代表作から、2000年代以降の明るい色調の作品まで、70年にわたる染織家としての足跡を辿ることができる展覧会です。

着物の展示を見ていつも思うのは、着るときは着る人の体に合わせて小さくなる着物が、美術館の中で広げて展示されると実は意外と大きく、そこに写し出される模様や図柄を楽しむことができる大画面のキャンバスのように見えるということです。

今回の特別展も、展示ケースの中に広げられたさまざまな色合いの着物を見て心地よい気分になってくる、とてもいい雰囲気の展覧会ですので、さっそく展示の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


会 期  2024年11月21日(木)~2025年1月19日(日)
      前期 11月21日(木)~12月15日(日)
      後期 12月17日(火)~2025年1月19日(日)
開館時間 10:00~17:00 *金曜日は19:00まで開館(入館は閉館の30分前まで)
休館日  毎週月曜日(祝・休日の場合は翌平日)、12月29~31日
     *新年は1月1日から開館
入館料  一般 1,500円、大学生・高校生 1,000円、中学生以下無料
*展覧会の詳細、ギャラリートーク、各種割引等は同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.shukokan.org/ 


*展示室内は撮影禁止です。掲載した写真は主催者より広報用画像をお借りしたものです。
*所蔵はすべて個人蔵です。


展示は志村ふくみさんが染織を始めるきっかけとなった作品から始まります。
ふくみさん自身が「はじめての着物」とも述べているこの《秋霞》は、1958年の第5回日本伝統工芸展で奨励賞を受賞しました。
近くで見ると、微妙に色合いの異なる紺色のグラデーションがとてもきれいです。

志村ふくみ《秋霞》1958年 紬織/絹糸、藍 個人蔵(通期展示)

《秋霞》の隣には、ふくみさんが影響を受けた染織家の母・小野豊さん(1895-1984)の作《吉隠》が並んで展示されています。
《吉隠》という作品名は、『万葉集』の中の歌に詠まれた奈良県桜井市吉隠の地にちなんでつけられたとのこと。
淡い色合いの紺の間の白い帯状の模様がいいアクセントになっています。

小野豊《吉隠》1960年頃 紬織/絹糸、藍 個人蔵(前期展示)
撮影:安河内聡


《野の果て》(手稿)は、ふくみさんが書いた童話に兄の小野元衞さん(1919-1947)が絵を描いた手稿です。 
画家を志した元衞さんは、結核を患い28歳の若さで生涯を閉じましたが、兄の芸術に対する真摯な姿勢は、妹のふくみさんのその後の創作活動に大きな影響を与えました。


文:志村ふくみ・画:小野元《野の果て》(手稿)
1943年 個人蔵(通期展示)

時がたって2023年、ふくみさんが100歳を目前にして遠い日の春の野を回想して制作したのが《野の果てⅡ》でした。
パステルカラーのような淡い萌黄色や紅色、紫色の色合いが、まるでメルヘンの世界にいるような気分にさせてくれる作品です。

志村ふくみ《野の果てⅡ》2023年 紬織/絹糸、紫根、
紅花、春草 個人蔵(通期展示)



今回の展覧会では、自然の光景や源氏物語などの古典文学、さらには海外への旅など、ふくみさんの発想の源泉の豊かさ、幅の広さに感銘を受けました。

はじめに、ふくみさんの出身地で、染織家としての道を歩み始めた近江八幡の目の前に広がる琵琶湖から。

《月の湖》は、満月に近い宵に琵琶湖のほとりで月の出を待ち、やがて湖上の沖島の上に月がのぼる瞬間に思わず感動して織り上げたという作品。
波間に月の光がきらきらと反映する様子が浮かんでくるようです。


志村ふくみ《月の湖》1985年 紬織/絹糸、藍、玉葱
個人蔵(前期展示)


1987年の第34回日本伝統工芸展に出陳された《光の道》は初期の代表作。
こちらは月ではなく、日の光でしょうか。日の出か夕暮れ時の湖面の光と闇の対比が見事に表現された作品です。
志村ふくみ《光の道》1987年 紬織/絹糸、藍、渋木
個人蔵(前期展示)


京都・嵯峨に構えた工房の近くの清凉寺境内に光源氏のモデルとなった源融の墓所があることに気がついたことがきっかけで、ふくみさんは『源氏物語』の帖名に由来する作品をいくつも手掛けています。

《若紫》は『源氏物語』「若紫」の帖にちなんだ作品です。絵画では光源氏が幼き紫の上を垣根の間から「垣間見る」場面が描かれることが多い「若紫」ですが、この作品では高貴な血を引きながらも田舎住まいをしている少女の世塵に染まっていない有り様を表現しているように感じられます。
志村ふくみ《若紫》2007年 紬織/絹糸、紫根、茜
個人蔵(後期展示)

風景だけでなく人間の心情も着物で表現したふくみさんは、海外への旅によって欧州の文化を吸収しました。

《舞姫》は、森鴎外『舞姫』に登場する薄幸の少女エリスの揺れ動く切ない心情を表現しているように思えました。

志村ふくみ《舞姫》2013年 紬織/絹糸、紅花、紫根、刈安、藍、
梔子 個人蔵(前期展示)

ベートーヴェンのバイオリン・ソナタ9番「クロイツェル」が由来の《クロイツェル・ソナタ》の模様は、楽譜のようにも見えて、時には静かに、時には激しく奏でるバイオリンとピアノの調べが聞こえてきそうです。
志村ふくみ《クロイツェル・ソナタ》2013年 紬織/絹糸、
黒、刈安 個人蔵(後期展示)

斬新なデザインの《風露》は、切継と呼ばれる小さな布片を接ぎ合わせる技法で、端切れをつなぎ合わせて着物に仕立てたものですが、ふくみさんがある抽象絵画をみて着想を得たとのこと。

志村ふくみ《風露》2000年 紬織/絹糸、紅花、藍、刈安、紫根
個人蔵(後期展示)

詩人・石牟礼道子さんの最後の著作を原作とする新作能「沖宮」のために制作された衣裳にも注目したいです。
「沖宮」は、島原の乱ののちの天草の地で、天草四郎の霊が干ばつに苦しむ村のために龍神への人柱になる少女あやを海底の「沖宮」へ導くという物語で、物語の内容にふさわしく、衣裳には独特の雰囲気が漂っています。
舞衣《紅扇》は主人公あやの、狩衣《竜神》は神である龍神の、小袖《Francesco》は四郎の衣裳で、このうち《紅扇》と《Francesco》は上演時には着用されず、今回が初公開になるものです。


志村ふくみ監修 制作:都機工房 舞衣《紅扇》2021年
紬織/絹糸、紅花、藍、刈安、臭木 個人蔵(後期展示)




志村ふくみ監修 制作:都機工房 小袖《Francesco》2020年
紬織/絹糸,臭木、藍 個人蔵(後期展示)



志村ふくみ監修 制作:都機工房 狩衣《竜神》2018年
紬織/絹糸、藍、梔子、玉葱 個人蔵(前期展示)


日本の伝統的な着物に日本の風景や古典文学の登場人物の心情を込めた作品、海外の文化を取り入れた作品をはじめ、様々な色合いの作品が楽しめるので、普段から着物を着ている方や着物ファンの方はもちろんのこと、着物とはあまり縁のない方にもおすすめできる展覧会です。 
寒い日々が続きますが、心温まる展覧会をぜひご覧ください。

三井記念美術館 唐ごのみー国宝 雪松図と中国の書画ー

東京・日本橋の三井記念美術館では「唐ごのみー国宝 雪松図と中国の書画ー」が開催されています。




今回の館蔵品展は、冬の風物詩・円山応挙の国宝《雪松図屛風》とともに、「唐物」と呼ばれ、鎌倉・室町時代に将軍家や武家を中心に好まれた宋や元時代の中国の文物から、明や清に至るまで、江戸時代の人たちが愛でた「唐ごのみ」の逸品が展示される、とても充実した内容の展覧会ですので、開幕を楽しみにしていました。

それではさっそく展覧会の様子をご紹介したいと思います。

展覧会開催概要


会 期  2024年11月23日(土・祝)~2025年1月19日(日)
開館時間 10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日  月曜日(但し1月13日は開館)、年末年始12月27日(金)~1月3日(金)、
     1月14日(火)
入館料  一般 1,200円、大学生・高校生 700円、中学生以下無料
展覧会の詳細、各種割引等については同館公式サイトをご覧ください⇒https://www.mitsui-museum.jp/
 

展示構成
 第1章 拓本コレクターとその蒐集品
 第2章 北三井家旧蔵の書画
 第3章 墨蹟と書
 第4章 名物絵画の世界

※本展覧会では12月6日(金)より、国宝《雪松図屛風》をはじめとする展示室4の作品の一部に限り撮影可能です。それ以外の作品の写真はプレス内覧会で美術館の許可を得て撮影したものです。
※展示作品はすべて、三井記念美術館所蔵です。


国宝《雪松図屏風》円山応挙筆 江戸時代・18世紀


今回の展覧会の見どころの一つは、拓本や中国絵画をはじめ多くの作品が初公開されていることです(初公開作品には出品目録に★印がついてます)。
そして、もう一つの見どころは、それぞれの作品の旧蔵者や三井家への伝来の経緯などがよくわかる、とても興味深い展示になっていることです。


第1章 拓本コレクターとその蒐集品


展示室1には、真筆が残っていないとされる書聖・王羲之(303-361)や、唐代に独自の筆法を創出した顔真卿(709-785)の書をはじめとした、世界屈指の拓本コレクションで知られる三井記念美術館が所蔵する拓本の名品の数々が個別ケースに展示されています。

展示室1 展示風景


現在、同館が所蔵する拓本はほぼ、新町三井家9代・三井高堅(みつい たかかた 1867-1945)氏の旧蔵品からなるもので、同氏は、特に宋拓や唐拓といった古拓本の収集に力を注ぎました。

下の写真右は、書家で初唐三大家の一人、褚遂良(596-658)による《雁塔聖教序》で、『西遊記』の三蔵法師でおなじみの玄奘三蔵が天竺から持ち帰った経典を漢訳した功績を称えるために建立された石碑の拓本です。
左は、三井髙敏氏が息子の高堅氏(当時の名は堅三郎)に宛てた《雁塔聖教序》送付の礼状で、三重・松坂在住の高敏氏が、美術作品が集まる京都に住む息子に拓本収集を依頼していたことがうかがえる資料です。礼状には「想像よりも良い品で嬉しい。」と書かれていて、入手した時の高敏氏の喜びようが伝わってくるようです。

右 《雁塔聖教序》褚遂良筆 唐時代・永徽4年
左 三井高敏書簡 三井堅三郎(高堅)宛 明治時代・19世紀



いつもとっておきの名品が一品だけ点だけ展示される展示室2には、《石鼓文 中権本(宋拓)》が展示されています。

「石鼓文(せっこぶん)」とは、中国に現存する最古の石刻文のことで、10個の太鼓状の石に刻まれていることからこの名があり、戦国時代に作られたものとされています。
およそ2500年前の文字が残っているということだけでも貴重なのですが、その伝来にもドラマがありました。


《石鼓文 中権本(宋拓)》 戦国時代・前5~前4世紀


拓本は、元の碑文の摩耗や戦乱での破壊などで、刻まれた文字が失われてしまうことが多いので、文字数が多く、摩耗の少ないものが貴重なものとされていて、この石鼓文の拓本は497字を収め、最も字数が多いものです。これは明代を代表する書画コレクターの安国が20年間探し求めてようやく手に入れたもので、安国が子孫にあてた跋文には、この拓本を末永く守り伝えるように記しています。
また、元末四大家の一人、文人画家の倪瓚(げいさん)が観賞したことを自ら記しているのですが、筆を抑え気味に描き空気感のある山水画を描く倪瓚のファンとしては、倪瓚と同じものを見ていると思うと、より味わい深いものに感じられました。


三井記念美術館の拓本コレクションの充実ぶりは、2019年に東京国立博物館で開催された特別展「顔真卿 王羲之を超えた名筆」で多くの拓本が展示されているのを見て初めて知ったのですが、いつも年初めに楽しみにしている東京国立博物館と台東区立書道博物館の連携企画に来年は三井記念美術館も加わり、同館所蔵の拓本の名品が台東区書道博物館に展示されるとのことですので、こちらも楽しみです。
(2025年1月4日~3月16日 台東区立書道博物館「拓本のたのしみ」)


第2章 北三井家旧蔵の書画


展示室4には、国宝《雪松図屏風》と中国書画が展示されています。

展示室4 展示風景

先ほど、初公開作品が多いことはご紹介しましたが、第2章と第4章では、これまで評価が定まっていなかった「伝」のつく中国絵画の多くが初めて公開されています。

中には、牛を連れて放浪する高士が二幅に描かれた(伝)張芳汝《牧牛山水図》のように、現在ではおそらく中国絵画を模して日本で描かれたとみられる作品もありますが、中国絵画といわれても信じてしまうほどの出来映えの「和製中国絵画」もとてもいい雰囲気を醸し出しているので、江戸時代の人たちが中国絵画として愛でていたことは不思議ではないと感じました。
作品の左の資料からは、室町時代に画家や美術鑑定家として活躍した能阿弥筆と伝わる外題(現代における作品ラベル兼鑑定書に相当)や、江戸時代初期の狩野派の総帥・狩野探幽ら、江戸時代の画家の鑑定を得たことがわかります。


《牧牛山水図》(伝)張芳汝 室町時代・15~16世紀



国宝の茶室「如庵」を再現した展示室3には、南宋~元代の茶器と、中国の名勝として知られる瀟湘八景の一つを題材にした珠光筆《漁村夕照図》が展示されていて、唐ごのみで統一された落ち着いた空間が広がっています。

展示室3 展示風景


第3章 墨蹟と書


続いては、禅僧たちの書が並ぶ展示室5と展示室6へ。

展示室5 展示風景

ここでも墨蹟と並んで、その伝来が記された付属資料が展示されているので、どちらも見比べながらご覧いただきたいです。


《陳大観園中竹一首》(伝)蘇軾・黄庭堅 15~17世紀


《陳大観園中竹一首》は、北宋時代の書家・詩人で『赤壁賦』で知られる蘇軾と、蘇軾の門弟で同じく北宋を代表する書家・詩人の黄庭堅の筆と伝わるというだけでもすごいのですが、加藤清正が朝鮮出兵時に現地で得て豊臣秀吉に献上したと伝わっているものなのです。
伝来の真偽はわかりませんが、表具の天地は秀吉が馬印にも用いた瓢箪の文様なので、秀吉ゆかりの品として茶室で愛でられたのかもしれません。


第4章 名物絵画の世界

  
最後の展示室7には、松江藩10代藩主で、大名茶人として名高い松平不昧(1751-1818)が旧蔵した「雲州名物」や徳川幕府の旧蔵品「柳営御物」、中国絵画の名品が展示されています。

展示室7 展示風景

ここでも作品だけでなく、付属資料にも注目したいです。
牧谿筆と伝わる《川苣図》は、一見すると何が描かれているかよく分からないのですが、小松菜のような葉野菜が葉を下にして束ねられていて、ラッキョウのような植物が刺されているのです。
そしてこの作品は、狩野探幽の所蔵品で、幕府に献上されたのち、土浦藩土屋家へ下賜されたという由緒あるもので、さらに作品が収められている外箱も、金の蒔絵が施されている立派なものです。

《川苣図》(伝)牧谿 14~16世紀


「唐ごのみー国宝 雪松図と中国の書画ー」は来年1月19日(日)まで開催されているので、国宝《雪松図屏風》を見て年を越すのもよし、年始に国宝《雪松図屏風》を見るのもよし、中国書画の名品の数々とあわせてぜひご覧いただきたい展覧会です。